このような簡単な検討をしていたのですが,新潟県中越地震で公開が遅くなっ
てしまいました.現在進行中ですが,現段階のもの(新潟県中越地震発生以前
のもの)をとりあえず公開します.順次検討を続けていきます.
 
                              10/16'2004
    長周期地震動による高層,超高層建物の地震応答
 
             境有紀(筑波大学大学院システム情報工学研究科)
              大月俊典(筑波大学第三学群工学システム学類)
              小杉慎司(筑波大学第三学群工学システム学類)
                  中村友紀子(新潟大学工学部建設学科)
 
昨年(2003年)9月26日に発生した十勝沖地震でいわゆる長周期地震動が発生
し,石油タンクがスロッシングによる火災を起こしました.そのような地震動
が,特に,関東平野,濃尾平野,大阪平野などの大都市圏で発生することは,
十勝沖地震が起こる前から強震動シミュレーションにより予測されていました
し,観測もされています.例えば,今年(2004年)9月5日に発生した紀伊半島
南東沖の地震でもマグニチュードが小さく震源も遠かったため振幅は小さいで
すが長周期地震動が関東平野でも観測されました(纐纈・三宅, 2004)
 
特に危惧されるのは長周期地震動に大きな影響を受けると考えられる,高層,
超高層,免震建物が長周期地震動の発生確率が高い都市部に集中していること
です.そこでここでは,長周期地震動が発生したとき,実際に存在する高層,
超高層,免震建物にどの程度の被害が生じうるかを簡単な地震応答解析(シミ
ュレーション)によって検討してみました.
 
まず現存する高層,超高層建物の構造性能(弾性周期,ベースシア係数(強
さ),減衰定数)について調べる必要があります.ここではまず高層,超高層
建物の多くを占める鉄骨造(S造)について検討します.
 
まずS造の弾性周期を,高層,超高層建物ついてよく用いられる式(1)で表現し
ます.
 
T=0.03H                              (1)
ここで,T: 弾性周期(秒),H: 建物高さ(m)
 
日本に存在する超高層建物は一番高いランドマークタワーで296mですので弾性
周期で9秒程度までを考えればいいことになります.ちなみに式(1)によれば,
階高を3mとすると,階数と弾性周期の対応は,20階建てで1.8秒,30階建てで
3.6秒となります.よって高層,超高層建物は弾性周期で2〜9秒程度が対象
となります.
 
次にベースシア係数を式(2)の形で表現します1)2).
 
Cy=A/T                               (2)
ここで,Cy: ベースシア係数,A: 定数,T: 建物の弾性周期(秒)
 
文献1)によれば現存するS造のAは0.2〜0.4の範囲に分布していています.そこ
で,ベースシア係数はA=0.2, 0.3, 0.4(劣,普,優)の3ケースを考えます.
 
最後に減衰定数hですが,これも現存するS造の減衰定数を調査した結果3)によ
るとh=0.005〜0.015の範囲に分布していることがわかります.S造の耐震設計
ではh=0.02を想定することが多いので,実際の減衰は想定値よりやや小さいこ
とがわかります.そこで,減衰定数hは0.005, 0.010, 0.015(劣,普,優)の
3ケースを考えます.
 
以上で高層,超高層S造建物の構造性能のモデル化ができたことになります.
復元力特性はS造なのでbilinearモデルを用い,降伏後の剛性を弾性時の1%と
して一自由度系を用いた地震応答解析を行いました.簡単のため,そして1次
モードが卓越すると考えて一自由度系にモデル化しましたが,高層,超高層建
物は当然高次モードの影響が考えられるので,ここでの結果は1次モードのみ
を考えた場合,即ち,被害レベルを低く見積もっていることに注意する必要が
あります.
 
まず,実際に発生した長周期地震動である2003年十勝沖地震による苫小牧にお
ける記録(水平2成分ベクトル合成最大方向)を用いて地震応答解析を行いま
した.この記録は実際に被害をもたらすレベルの長周期地震動を記録した非常
に貴重なものと言えます.速度波形を図1に,弾性速度応答スペクトル(減衰
定数5%,水平2成分ベクトル合成)を1995年兵庫県南部地震の葺合,2003年三
陸南地震のK-NET釜石と比較して図2に示します.
 

(1) 加速度

(2) 速度
図1 2003年十勝沖地震による苫小牧における加速度,速度波形
  (水平2成分ベクトル合成最大方向)
 

       加速度             速度             変位
図2 苫小牧(2003年十勝沖地震),葺合(1995年兵庫県南部地震),釜石(2003年三陸南地震)
   の弾性応答スペクトル(水平2方向ベクトル合成,減衰定数5%)
 
加速度振幅は小さいですが,速度波形および速度応答スペクトルを見ると7秒
程度の長周期が卓越していて,変位応答スペクトルを見るとその周期帯で変位
応答は1995年兵庫県南部地震の葺合以上であることがわかります.
 
また,想定される東海地震のシミュレーション波によると,地動最大速度は関
東平野で30〜40cm/s程度4),濃尾平野で30cm/s程度5)であり,これらとほぼ同
レベルであることがわかります.つまり想定東海地震では2003年十勝沖地震の
苫小牧の記録程度の長周期地震動は発生が予測されているということになりま
す.
 
まずベースシア係数がA=0.2の場合について減衰定数hを0.005, 0.010, 0.015
と変化させた場合の応答塑性率,累積塑性変形倍率をそれぞれを図3,4に示
します.塑性率とは地震による最大応答変形を降伏変形で規準化したもの,累
積塑性変形倍率は最大値だけではなくそれを累積したもので,いずれも被害レ
ベルを表現します.S造では塑性率とともに累積塑性変形倍率がよく用いられ
ています.図3,4を見ると減衰定数が0.005, 0.010, 0.015と変化しても応
答塑性率,累積塑性変形倍率にはほとんど変化がないことがわかります.

図3 塑性率(Cy=0.2/T, パラメタ:減衰定数)

図4 累積塑性変形倍率(Cy=0.2/T, パラメタ:減衰定数)
 
そこでh=0.010の場合についてベースシア係数をA=0.2, 0.3, 0.4(劣,普,
優)と3通りに変化させた場合の応答塑性率,累積塑性変形倍率をそれぞれ図
5,6に示します.また,文献6)に示された,塑性率,累積塑性変形倍率と被
害レベルの対応関係を表1に示します.これを見るとA=0.2(劣)の場合には
応答塑性率が表1の大破に対応する4近くに,累積塑性変形倍率が中破に対応
する10以上になる場合が見られることがわかります.一方,A=0.4(優)の場
合は,応答塑性率が中破に対応する1.5を越える場合が見られるのに対して,
累積塑性変形倍率は5以下となっています.つまり,建物耐力に余裕がない場
合はある程度の被害が予想されるが,建物耐力に余裕をもって設計されている
建物では累積塑性変形倍率で見れば被害はさほどでもないことがわかります.
 

図5 応答塑性率(h=0.010, パラメタ:ベースシア係数)

図6 累積塑性変形倍率(h=0.010, パラメタ:ベースシア係数)
 
表1 塑性率μ,累積塑性変形倍率ηと被害レベルの対応
 
     被災度
     大破   4.0<μ   20<η
     中破   1.5<μ≦4.0 10<η≦20
     小破   1.0<μ≦1.5 5<η≦10
   軽微・無被害    μ≦1.0   η≦ 5
 
そこで,いくつかのケースについて応答塑性率の時刻歴を図7に示します.
 

(1) h=0.010, T=4秒, Cy=0.2/T=0.05

(2) h=0.010, T=8秒, Cy=0.2/T=0.025

(3) h=0.010, T=7秒, Cy=0.4/T=0.057
図7 応答塑性率の時刻歴の例
 
図7を見るといずれも最大応答塑性率は主要動,即ち,長周期地震動の前に発
現しており,後半の長周期の繰り返し入力のある長周期地震動の部分では,塑
性化によるエネルギー吸収,即ち,等価粘性減衰が効くことにより,繰り返し
によって応答変形が増幅していく様子は見られません.ただし,主要動による
応答によって一方向への偏りが見られ,塑性領域で繰り返し変形していること
には注意する必要があります.その繰り返し振幅も塑性率で±1程度と決して
小さいものではありません.
 
以上の地震応答解析は一自由度系を用いているので高次モードの影響が入って
おらず,復元力特性にbilinearモデルを用いているので建物の塑性化によるエ
ネルギー吸収が理想的に行われる場合を想定しています.つまり,いわば「最
良」のケースであり,実際の被害はもっと大きくなる可能性があります.入力
も2003年十勝沖地震による苫小牧の1ケースに過ぎません.
 
今回の解析はとりあえずということで,地震動を2003年十勝沖地震による苫小
牧におけるもの,高層,超高層建物をその多くを占めるS造について示しまし
た.引き続き,建物としてダンパーなどの減衰を付加したもの,鉄筋コンクリ
ート造,免震建物について,更には,もし入手できれば想定東海地震などのシ
ミュレーション波を用いた検討を行う予定です.
 
謝辞
 
2003年十勝沖地震の苫小牧,1995年兵庫県南部地震の葺合,2003年三陸南地震
のK-NET釜石の強震記録はそれぞれ,港湾地域強震観測システム,大阪ガス,
防災科学技術研究所に提供していただきました.
 
参考文献
 
1)市村将太, 福島東陽, 寺本隆幸, 鋼構造超高層建築物の設計用パラメータに
 関する研究―その1 剛性分布・固有周期・ベースシャー係数―, 日本建築
 学会大会学術講演梗概集,C-1, 305-306, 1999.
2)市村将太, 福島東陽, 寺本隆幸, 超高層鋼構造建物の弾性設計用パラメータ
 に関する研究 (その1)各パラメータの定式化, 日本建築学会大会学術講
 演梗概集,C-1, 867-868, 2000.
3)森田高市, 神田順, 常時微動測定に基づく鉄骨建物の1次減衰定数の評価,
 構造工学論文集, Vol.44B, 333-340, 1998.3.
4)古村孝志, 深部地盤のモデル化と3Dシミュレーション, 物理探査学会 地震
 防災シンポジウム「地震防災と地盤−強震動予測のための地盤探査の現状と
 課題」講演論文集, 2004.
5)藤川智, 早川崇, 渡邊基史, 松島信一, 佐藤俊明, 壇一男, 福和伸夫, 久保
 哲夫, 愛知県名古屋市を対象とした設計用地震動策定のための強震動予測そ
 の1, 想定新東海地震による強震動予測掲載, 日本建築学会大会学術講演梗
 概集,B-2, 155-156, 2003.
6)清水健輔,千葉雄平,寺本隆幸,兵庫県南部地震時のS造建物の挙動に関す
 る研究 −その3−,日本建築学会大会学術講演梗概集,C-1, 871-872,
 2000.