9/14'2004
                         updated on 9/16'2004
                         updated on 9/28'2004
 
       紀伊半島南東沖の地震(2004/9/5)の地震動
 
             境有紀(筑波大学大学院システム情報工学研究科)
              大月俊典(筑波大学第三学群工学システム学類)
 
今回の地震で最も大きな震度5弱を記録した次の4点の強震記録について,
 
・KiK-net東吉野(19:07)
・K-NET名張  (23:57)
・K-NET白山  (23:57)
・KiK-net東吉野(23:57)
 
加速度波形(3成分)と弾性応答スペクトル(水平2方向ベクトル合成,減衰
定数5%)をそれぞれ図1,2に,計測震度,地動最大加速度(PGA),地動最
大速度(PGV)を表1に示す(PGA,PGVは水平2方向ベクトル合成).
 
  NS成分  EW成分  UD成分
           KiK-net東吉野(19:07)
  NS成分  EW成分  UD成分
           K-NET名張(23:57)
  NS成分  EW成分  UD成分
           K-NET白山(23:57)
  NS成分  EW成分  UD成分
           KiK-net東吉野(23:57)
            図1 加速度波形
 
     加速度
     速度
     変位
図2 弾性応答スペクトル(水平2方向ベクトル合成,減衰定数5%)
 
表1 計測震度,地動最大加速度(PGA),地動最大速度(PGV)
 
観測点コード 観測点名   計測震度 PGA(cm/s2) PGV(cm/s)
NARH05   KiK-net東吉野   4.5   198.85  7.03
MIE008   K-NET名張     4.7   162.73  8.54
MIE007   K-NET白山     4.6   269.77  8.57
NARH05   KiK-net東吉野   4.5   202.03  6.51
 
 
2003年5月26日に発生した三陸南地震と同様に0.5秒以下が卓越した短周期地震
動であることがわかる.0.1-1秒(計測震度に対応),0.5-1秒,1-2秒の3つ
の周期帯に対応した震度を比較すると(表2),建物被害に対応した1-2秒震
度より計測震度(人体感覚)に対応した短周期の0.1-1秒震度が大きくなって
いることがわかる.これは今回の地震が三陸南地震と同様に,スラブ間ではな
くスラブ内地震であったことが短周期が卓越した地震動が発生した要因の1つ
と考えられる.
 
     表2 0.1-1秒震度,0.5-1秒震度,1-2秒震度
 
観測点コード 観測点名   0.1-1秒震度 0.5-1秒震度 1-2秒震度
NARH05   KiK-net東吉野   4.08    3.13    2.90
MIE008   K-NET名張     4.48    3.53    3.14
MIE007   K-NET白山     4.30    3.36    3.13
NARH05   KiK-net東吉野   4.10    3.14    2.87
 
今回の地震は,想定する東南海地震の震源域のすぐ近くで発生したが,想定東
南海地震と比較すると
 
1)震源域がスラブ間ではなくスラブ内であったこと
2)震源からの距離も遠く,かつ,深かったこと
3)地震規模を表すマグニチュードも想定する8よりもやや小さかったこと
 
から短周期が卓越し,振幅もさほど大きくなく大きな被害は生じなかったが,
想定東南海地震は上の1)〜3)の3条件のいずれも危険側,即ち,
 
1)スラブ間地震の方がスラブ内地震より長周期が卓越
2)震源からの距離も近い
3)マグニチュードが大きく振幅が増大し,かつ長周期も卓越する
 
であり,被害レベルははるかに大きくなる可能性が高い.
 
また今回の地震では,震源レベルでは短周期が卓越したにもかかわらず,関東
平野,濃尾平野,大阪平野で5〜10秒の長周期地震動の発達が顕著に見られて
おり(纐纈・三宅),上記の3条件を考えると,関東平野,濃尾平野,大阪平
野での長周期地震動の発達はスラブ間地震でより大きくなると可能性があり,
注意を要する.
 
そこで,関東平野,濃尾平野,大阪平野に位置する
 
・K-NET新宿
・K-NET名古屋
・K-NET堺
 
の3点について,加速度波形を図3に示す.いずれも主要動の後,表面波によ
る長周期地震動が明確に見られる.特にK-NET新宿は後続の長周期地震動の振
幅が主要動のそれに匹敵するものとなっている.
 
NS成分EW成分UD成分
                K-NET新宿
NS成分EW成分UD成分
                K-NET名古屋
NS成分EW成分UD成分
                K-NET堺
      図3 K-NET新宿,名古屋,堺の加速度波形
 
弾性加速度,速度,変位スペクトル(水平2方向ベクトル和,減衰定数5%)を
図4に示す.比較のため,昨年の2003年十勝沖地震で石油タンクのスロッシン
グによる火災を引き起こした苫小牧におけ応答スペクトルを1995年兵庫県南部
地震の葺合,2003年三陸南地震で0.5秒以下の短周期が卓越して最大加速度1G
以上を記録したK-NET釜石と比較して図5に示す.また,今回の地震で最も大
きな震度5弱を記録した次の4点の強震記録についても図6に再掲する.なお
長周期成分を見るために横軸はいずれも周期10秒までとってある.
 
・KiK-net東吉野(19:07)
・K-NET名張  (23:57)
・K-NET白山  (23:57)
・KiK-net東吉野(23:57)
 
まず図6を見ると大きな震度(5弱)を観測した4記録は,上で述べたように
短周期地震動であり,そのスペクトル形状は図5の中では0.5秒以下の短周期
が卓越した2003年三陸南地震の釜石とよく似ている.対照的にK-NET新宿,名
古屋,堺の3点(図4)は,全く異なっていてそのスペクトル形状は図5の中
では,石油タンクのスロッシングによる火災を引き起こした苫小牧のものと非
常によく似ている.纐纈らが指摘しているように新宿(関東平野)では6〜8
秒程度,堺(大阪平野)では5〜6秒程度が卓越していることがわかる.今回
の地震は上記の1)〜3)の要因で振幅が小さかったために大きな被害は生じなか
ったが,スラブ間でM8クラスの地震が起これば1)〜3)の要因で大きな振幅と
なる可能性もある.
 

       加速度             速度             変位
図4 K-NET新宿,名古屋,堺の弾性応答スペクトル(水平2方向ベクトル合成,減衰定数5%)
 

       加速度             速度             変位
図5 苫小牧(2003年十勝沖地震),葺合(1995年兵庫県南部地震),釜石(2003年三陸南地震)
   の弾性応答スペクトル(水平2方向ベクトル合成,減衰定数5%)
 

       加速度             速度             変位
図6 今回の地震で震度5弱を記録した地点の弾性応答スペクトル
  (水平2方向ベクトル合成,減衰定数5%)
 
耐震技術は戦後急速に発達し,戦前の技術では不可能だった超高層建物,大規
模構造物,更には,免震構造の建設をも可能にしたが,これらはいずれもまだ
M8クラスの長周期地震動が励起される大地震を経験していない(あえて言え
ば,昨年の十勝沖地震の石油タンクのスロッシングによる火災がそうかもしれ
ない).なぜなら,大きな被害をもたらした1995年兵庫県南部地震は最も頻度
の高い中低層建物に大きなダメージを与える1-2秒にパワーをもった地震動が
発生したが,M7クラスで直下地震であったため,その波形はパルス状で長周
期地震動を励起させるM8クラスの継続時間の長いものとは性質が異なってい
たと考えられるからである.
 
関東平野,濃尾平野,大阪平野などの広い堆積平野には,人が多く集まること
になり,大都市が形成され,従って超高層建物,大規模構造物,免震構造が多
く存在することになる.このことはある意味「危険な偶然」とも言えるかもし
れない.いずれにしてもこれらの構造物は,スラブ間のM8クラスの大地震が
起こる前に何らかの対策が必要だと考えられる.
 
<以下更新箇所>
 
そこで,堆積盆地のどういう地点が長周期地震動の危険性が高いかを関東平野,
濃尾平野,大阪平野のいくつかの強震観測点について見てみる.検討した各堆
積盆地の強震観測点の位置を図7に示す.また,紀伊半島南東沖(2004/9/5,
23:57)の地震による各地点の速度応答スペクトル(水平2方向ベクトル合成,
減衰定数5%)を図8に示す.
 
  
     大阪平野             濃尾平野

          関東平野
図7 各強震観測点位置(防災科学技術研究所のHPの図に加筆)
 

       大阪平野          濃尾平野
 紀伊半島南東沖(2004/9/5)M7.4 

      (東京湾岸)  関東平野   (内陸)
 紀伊半島南東沖(2004/9/5)M7.4
図8 紀伊半島南東沖(2004/9/5,23:57)の地震による各地点の
   速度応答スペクトル(水平2方向ベクトル合成,減衰定数5%)
 
これを見ると,大阪平野では,盆地の中央部に近い堺では長周期地震動が見ら
れるが,それ以外の端部に近いところ(大阪など)ではあまりその傾向は見ら
れない.濃尾平野においてもほぼ同様で長周期地震動が見られるのは盆地の中
央部に近い津島のみである.そして,運良くこの2平野ではその端部に都市部
があり,超高層建物などは都市部にあると考えられるので,長周期地震動によ
る影響は少ないかもしれない.
 
これに対して,関東平野のケースを見ると,都市部が集中する東京湾岸はもち
ろんのこと,多少内陸側の春日部や川越などでも長周期地震動の傾向が見られ
る.特に東京湾岸は,都市部の超高層建物のみならず,石油タンクの数も多い
ところで注意を要する.
 
そこで,関東平野を対象として今回以外の地震について長周期地震動の発生状
況についていくつか見てみる.対象としたのは,次の8地震で震源の位置によ
り,南方の海洋性地震,直下地震,東方の海洋性地震の3つのタイプごとに見
てみた.全地震の震央位置を図9に示す.
 
・南方の海洋性地震
新島・神津島近海(2000/ 7/ 1)M6.5
新島・神津島近海(2000/ 7/15)M6.3
三宅島近海   (2000/ 7/30)M6.5
 
・直下地震
茨城県南部   (1996/12/21)M5.6
千葉県北東部  (2000/ 6/ 3)M6.1
千葉県南部   (2003/ 9/20)M5.8
 
・東方の海洋性地震
茨城県沖    (2002/ 2/12)M5.8
茨城県沖    (2003/11/15)M5.7
 

図9 各地震の震央位置(防災科学技術研究所のHPの図に加筆)
 
まず,南方の海洋性地震を見ると東京湾岸では今回の地震と同様顕著な長周期
地震動の傾向が見られる.一方,内陸部では若干その傾向が見られるが,今回
の地震ほどではない.
 

      (東京湾岸)  関東平野   (内陸)
 新島・神津島近海(2000/7/1)M6.5

      (東京湾岸)  関東平野   (内陸)
 新島・神津島近海(2000/7/15)M6.3

      (東京湾岸)  関東平野   (内陸)
 三宅島近海(2000/7/30)M6.5
図10 南方の海洋性地震による関東平野の各地点の
   速度応答スペクトル(水平2方向ベクトル合成,減衰定数5%)
 
これに対して,直下地震のケースを見ると,いずれの地点も長周期地震動の傾
向はほとんど見られない.
 

      (東京湾岸)  関東平野   (内陸)
 茨城県南部(1996/12/21)M5.6

      (東京湾岸)  関東平野   (内陸)
 千葉県北東部(2000/6/3)M6.1

      (東京湾岸)  関東平野   (内陸)
 千葉県南部(2003/9/20)M5.8
図11 直下地震による関東平野の各地点の
   速度応答スペクトル(水平2方向ベクトル合成,減衰定数5%)
 
また,同じ海洋性地震でも東方を震源とする場合を見ると,直下地震と同様に
長周期地震動の傾向はほとんど見られないことがわかる.
 

      (東京湾岸)  関東平野   (内陸)
 茨城県沖(2002/2/12)M5.8

      (東京湾岸)  関東平野   (内陸)
 茨城県沖(2003/11/15)M5.7
図12 東方の海洋性地震による関東平野の各地点の
   速度応答スペクトル(水平2方向ベクトル合成,減衰定数5%)
 
以上のことから,関東平野の長周期地震動は海洋性地震の震源が南方にある場
合にその発生が危惧されることがわかる.これは,古村(東大地震研)による
と「直達波に加えて伊豆半島から丹沢にかけての山地側を回り込んでくる地震
動からも表面波が形成されるため、二つの波群が観測され継続時間が長くな
る」ためとも考えられ,詳しい検討にはやはり深部を詳細にモデル化した強震
動シミュレーションが必要だと考えられる.いずれにしても東京湾岸には,厚
い堆積層があり,この地域で長周期地震動の発生が危惧され,なおかつ,都市
部が存在しており(この点が大阪平野,濃尾平野と著しく異なる点である),
何らかの対策を講じる必要があると言えるだろう.
 
謝辞
 
防災科学技術研究所のK-NET,KiK-netの強震記録を使用させていただきました.
2003年十勝沖地震の苫小牧の強震記録は港湾空港技術研究所に,1995年兵庫県
南部地震の葺合の強震記録は大阪ガスに提供していただきました.