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2004年12月26日に発生したスマトラ島沖地震による津波の映像を見て
境 有紀

2004年12月26日にスマトラ島沖を震源とするマグニチュード9.0というとんでもない地震が発生しました.マグニチュード9.0という規模の大きさにも驚きましたが,何と言ってもインド洋全体という広範囲に津波が発生し,20万人にも達しようかという犠牲者を出してしまって,あらためて津波の恐ろしさを痛感しています.津波による犠牲者数としては公式な記録があるものでは史上最悪,地震によるものを含めても1976年唐山地震以来という大惨事です.

今回の地震の特徴の1つとして,ビデオカメラなどのAV機器の普及によって津波がいったいどういうものなのかを探る数多くの貴重な映像が記録されたことがあげられます.そして,それは私が今までもっていた津波に対するイメージとはかなり異なるものでした.私は地震防災,耐震工学を仕事としていますが,津波の専門家ではありませんので,一エンジニアとして貴重な映像の数々を見て思ったことを書いておこうと思います.

私が今まで津波に対してもっていたイメージは「ものすごい高さとスピードでものすごい破壊力」です.実際,過去の地震では高さ数10mというものもあります.実際,沖合ではジェット機並,海岸に近づいても新幹線並のスピードと言われています.しかし今回の映像を見る限り,私は正直に言うと,見た目は想像していたよりは怖そうには見えないものだな,と思いました.と同時に,だからこそこれはまずい,だからこそ多くの犠牲者が出てしまうとても怖いものだと思いました

もちろん映像が残っているということは生き残った人が撮影しているわけですからそれは差し引いて考えないといけないとは思いますが,高さはせいぜい数mですし,上陸してからのスピードも思っていたほどではありません.実際,津波の存在そのものを知らなかったり,認知していない場合もあるでしょうが,津波が来ているにも関わらず,見物している人も多く見られます.ほとんどの地域では地震の揺れは感じなかったということで,私も現地にいたらこれは津波だ!とはすぐには気づかなかったかもしれません.

例えば,最近放送されたバンダアチェ中心部を襲った津波はものすごい量の瓦礫を巻き込んだ津波と言うよりは瓦礫の流れでしたが,高さはわずかに70cm程度,スピードも最初は人が走る程度かそれよりやや速いくらいです.たった,それだけの高さ,スピードであの破壊力,あれだけの量の瓦礫をやすやすと運んでしまうわけで,あの中に人間が巻き込まれてしまったらひとたまりもありません.

あの映像を見てイメージしたのは,津波ではなく洪水,あるいは,洪水で増水した川の流れです.考えてみれば人間なんてものの10分も息ができなければ死んでしまうわけですし,極端な場合,深さ30cmの溝で溺れることすらあるわけです.水の流れに巻き込まれれて,瓦礫や土石,あるいは,立木や建物などの様々な障害物に衝突すればそれだけで命を落としてしまいます.それは,洪水で増水した川に転落した人がほとんど助からないことからもわかります.

しかし,深さ(高さ)数10cm,速さ秒速10m程度の水の流れでは,ぱっと見にはそれほど恐ろしいものには見えないのだと思います.実際,何年か前になりますが,大雨で増水していく川を見て,結果的に中州に取り残されたり,不幸にして数多くの人が命を落としてしまったということがありました.今回の映像を見ても多くの人が逃げずに見物しているのがわかります.

こういう見かけの「怖くなさ」が津波による人的被害を拡大させているような気がします.例えば,日本では津波が発生する可能性がある地震が起こると津波警報・注意報が出ますが,やってくる津波の高さが数10cmだということがわかると逃げる人はほとんどいないのではないでしょうか?しかし,高さ数10cm,秒速10m程度の水の流れで人は立っていることはできません.すると当然莫大な量の水の流れに巻き込まれます.津波は「波」ではなく「流れ」なので一旦巻き込まれて脱出するのはほとんど不可能です.それは洪水で増水した川に転落したのと同じ状態であり,非常に高い確率で命を落としてしまうことになってしまいます.

私は今回の映像を見て津波のイメージが変わりました.それは,想像していた「ものすごい高さとスピードでものすごい破壊力」というものではありませんでした.しかしやはり,いや,だからこそ「津波は怖い」と思いました.つまり,見かけが怖そうに見えないからこそ怖いと思いました.実際に今回の津波で20万にも達しようとする尊い命が失われています.もし今回の映像を見て津波って思ったより怖そうではないな,と思ったとしたら,そう思えばこそ,津波は怖いものだ,ということを再認識する必要があると思いました.

しかし,今回の映像を見て津波による人的被害を軽減するヒントのようなものも確認することができました.それは,木造家屋は全滅ですが,多くの鉄筋コンクリート造建物はしっかり建っている,ということです.実際,過去の多くの津波被害においても鉄筋コンクリート造建物はしっかり建っているケースが多いです.私が実際に被害調査をした中では,1993年北海道南西沖地震(奥尻島で200人以上の犠牲者が出てしまった地震です)でもそうでした.もちろんここでいう鉄筋コンクリート造建物というのは,ちゃんと耐震設計あるいは,構造設計されたもので,ただコンクリートに鉄筋が入ってるだけというものは対象外です.

鉄筋コンクリート造建物は津波に強い,ということは以前から一部の研究者によって指摘されていましたが,それが今回も確認されたことになります.理論的にも例えば高さ数m,速さ10数m程度の水の流れに対して,人や木造家屋は簡単に押し流されてしまいますが,ちゃんと耐震設計,あるいは構造設計された鉄筋コンクリート造建物なら大丈夫である可能性は高いと思います.今回の映像から津波の高さや速さなどの定量的なデータが得られれば正確な計算もできるでしょう.

地震の揺れを海岸近くで感じたらできるだけ海岸から離れ,高い場所に逃げるというのが一番なのは言うまでもありませんが,海岸の近くに高台がない場合も多いでしょう.そういう場合は鉄筋コンクリート造建物があればその上層階に避難することで命を落とす確率はかなり下がると思います.海岸の近くに高台がない地域でそういう避難のための施設を鉄筋コンクリートで造るということも考えられます.

もう1点,今回の地震による津波被害ので問題点としてほとんど地震の揺れを感じなかった,ということがあります.過去にも例えば,1960年チリ地震(マグニチュード9.5)で発生した津波が太平洋をまる1日かけて横断して日本にまで到達し,三陸海岸で多数の死者を出したことがありました.そして,チリ地震を契機に太平洋沿岸諸国が加盟する津波警報システムが作られました.今回の津波を契機にインド洋でもそのようなシステムの必要性が叫ばれていますし,このような大惨事を二度と繰り返さないためにも是非とも必要なものだと思います.

津波はとにかく時間との勝負です.震源が海岸に近ければ警報が出てからではとても間に合いません.しかし,多くの場合は地震による揺れを感じます.ただし,稀に揺れの大きさはさほどでもないにもかかわらず大きな津波を引き起こすいわゆる「津波地震」もあるので注意が必要です.ですから海岸の近くで少しでも地震の揺れを感じたらとにかく高台に逃げる,高台がなければ次善の策として,近くの鉄筋コンクリート造建物(高い方がいいですが,3,4階程度でも逃げないよりは遙かにましです)に逃げ込んで上層階へ駆け上がるということが考えられると思います.

最後になりましたが,この文章の多くは,名古屋工業大学の梅村先生とのメールのやりとりの中でいろいろ思ったことを書き留めたものです.

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