熊本地震でわかったこと

 2016年熊本地震の発生から1年近くが経ち,地震の揺れと建物被害の関係について(現段階で)わかったことを一通り書いておこうと思います.要点は,以下の5つになります.

1. 益城町で史上最悪の地震動が発生した(のか?)
2. 益城町以外での被害や発生した地震動は?
3. 新耐震建物に大きな被害を引き起こす地震動が発生した
4. 震度7の連続の影響はどうだったのか
5. 西原村で記録された長周期成分

 詳細は,文献1)2)3)をご覧いただければと思いますが,簡単に解説すると以下のようになります.

1. まず予備知識として,震度の大きさと建物被害は関係ありません.震度は,主として周期1秒以下の人体感覚,つまり,人がどれで強い揺れだと感じるかを測っているもので,建物の大きな被害を引き起こすのは,もう少し長い1-2秒,1-1.5秒の周期です4).つまり,益城町で大きな被害が出たのは,震度7だからではなく,1-2秒の成分が大きかったからです.実際,同じ震度7でも東日本大震災の栗原市震度計(K-NET築館)周辺では,建物の大きな被害は全く生じていません5)が,これは,1-2秒の成分が小さかった(益城町の1/5以下)からです.

 益城町震度計の記録の1-2秒成分を見ると,これまで最大だった阪神・淡路大震災のJR鷹取を超えており,史上最悪の破壊力をもつ地震動だったことがわかります.震度計周辺(半径200m以内)木造建物の全壊率は,44.4%にも及びます.

 ただし,震度計は,役場建物内に設置されており,役場建物は,基礎に被害を受けていて,建物が長周期化してその成分が入っていることが考えられます.実際,大阪大学の秦先生らが観測された震度計から60mほど離れた本震の記録6)や600m離れたKiK-net益城を見ると,1-2秒より少し短い1秒弱程度が卓越しています.

 しかしながら,それでも,JR鷹取に匹敵する1-2秒成分をもっていることに変わりはなく,1-2秒成分が建物の大きな被害を引き起こすことがあらためて確認されたことになります.

2. 益城町以外の多くの観測点でも震度6弱,6強といった大きな震度を記録しましたが,1-2秒の成分は,大きくなく,大きな被害もほとんどありません.これも1-2秒の成分で被害を説明できるということになりますが,言い方を変えると,大きな震度で被害が大きくなかったからと言って,安心してはいけない,震度6弱や6強でも1-2秒の成分が多く含まれれば,大きな被害を受ける可能性があるということに注意する必要があります.

3. 大阪大学の秦先生らが観測された本震記録や益城町震度計から600mほど離れたKiK-net益城の記録もそうですが,建物に大きな被害を引き起こす1-2秒よりやや短い1秒弱が卓越しています.この成分が卓越すると,古い木造家屋よりは,耐力が高い新耐震建物に被害が出る可能性があります.それは,壁をたくさん入れるなどして耐力を上げると,同時に固くなって,周期が短くなるからです.

 0.5秒〜1秒が卓越した地震動は,これまであまり発生したことがなく,そのような地震動が発生するとほんとに耐力が高い建物が被害を受けるのかという検証実験を2015年に行い,そうなることを確認していました7)8).そして,2016年熊本地震で,実際にそのような地震動が発生したことになり,新耐震建物に被害が出ました.

 そうすると,建物は強く造らない方がいい(となることもある)となってしまうのですが,現状では,どこでどの周期が卓越した地震動が発生するかを予測するのは,非常に難しいので,これまで通り強く造るということで問題ないと思いますが,物理的にこのような現象が起こるということは,気をつけるべきでしょう.

4. 2016年熊本地震の特徴として,震度7が連続して起こったことがあり,その影響で大きな被害になったと言われていますが,そのことについて,連続入力による建物の劣化を考慮に入れた復元力特性モデルを開発して検証しました.その結果,震度7が連続したことが原因で被害が大きくなったわけではなく,単独でも大きな被害になったことがわかりました.

5. 益城町での大きな被害が注目されていますが,西原村でこれまでにない長周期成分を記録したことは,あまり報道されていません.これも予備知識ですが,免震建物というのは,決して地震を「免」れるものではなく,実際には,長周期の地震動があまり発生しないことに注目して(減衰を多少付加して)建物の周期を伸ばしているというのが実情です.

 つまり,あまり発生しない長周期の揺れが起これば,却って被害が出てしまうということです.そして,そういう揺れが西原村で発生しました.もしここに免震建物があれば,大きな被害を受けたことが予想されます.周期が長いという意味では,超高層建物も同じです.

 一般的な免震建物のクリアランスは,50cm〜100cm程度である一方,変位応答スペクトルを見ると,西原村の変位応答は,これを大きく超える200cm近くに達していることがわかります.

謝辞

 強震記録は,防災科学技術研究所,気象庁,鉄道総合技術研究所,熊本県,大阪大学秦氏ら6)より提供いただきました.

参考文献

1) 汐満将史,境有紀,神野達夫,松尾真太朗,中尾隆,白井周,中澤駿佑,太田圭祐, 2016 年熊本地震で発生した地震動の性質と建物被害に及ぼした影響,日本地震工学会大会梗概集,2016.9.

2) 境有紀,汐満将史,神野達夫, 2016年熊本地震で発生した地震動と建物被害, 地震学会秋季大会予稿集, 2016.10.

3) 境有紀,汐満将史,神野達夫, 建物被害の観点から見た地震動の性質,第42回地盤震動シンポジウム 2016年熊本地震で何が起きたか,2016.12.

4) 境有紀, 神野達夫, 纐纈一起: 震度の高低によって地震動の周期帯を変化させた震度算定法の提案, 日本建築学会構造系論文集,第585号, 71-76, 2004.11.

5) 林佑樹,飯塚裕暁,汐満将史,小林雄,境有紀: 2011年東北地方太平洋沖地震の宮城県における強震観測点周辺の状況と発生した地震動との対応性,日本地震工学会論文集,第13巻,第5号,62-101,2013.11.

6) Hata, Y., H. Goto and M. Yoshimi: Preliminary Analysis of Strong Ground Motions in the Heavily Damaged Zone in Mashiki Town, Kumamoto, Japan, during the Main Shock of the 2016 Kumamoto Earthquake (Mw7.0) Observed by a Dense Seismic Array, Seismological Research Letters, Vol. 87, No.5, pp.1044-1049, 2016.

7) 境有紀,汐満将史,五十田博,荒木康弘,松森泰造, 木造建物を対象とした入力地震動と建物耐力をパラメータとした振動実験と地震応答解析(その1)入力地震動と建物耐力をパラメータとした振動実験,日本建築学会大会学術講演梗概集,2016.8.

8) 汐満将史,境有紀,五十田博,荒木康弘,松森泰造, 木造建物を対象とした入力地震動と建物耐力をパラメータとした振動実験と地震応答解析(その2)一自由度系地震応答解析による実験結果の再現,日本建築学会大会学術講演梗概集,2016.8.

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