9/27'03
Last updated on 12/05'03
2003年9月26日に発生した十勝沖地震の被害調査報告
−強震観測点周りの被害と強震記録−
境有紀(筑波大学機能工学系),中村友紀子(新潟大学工学部)
纐纈一起(東京大学地震研究所)
※内容は修正されることがあり,順次更新していきます.何かご意見などあり
ましたら,また内容の一部を引用される場合もメールでご連絡ください.
※10/6からの地震学会秋季大会で2003年十勝沖地震に関する緊急報告ポスター
掲示しました.■ここ■
※日本地震工学会平成15年十勝沖地震被害調査報告会で報告させていただいた
内容を基に更新しました.
■調査方針
・主たる調査目的は強震観測点周りの建物被災度調査し,観測された地震動と
建物被災度の関係を検討するデータを収集することである.
・調査地点は,K-NET, KiK-netで震度6弱以上を記録した17点(うち6強が2
点)の全てと震度6弱以上の震度計観測点,震度5強以上のK-NET, KiK-net
の一部の計26点である.
・調査地点の位置を以下に示す

図1 調査地点
■強震記録
・今回の地震で震度6弱以上を記録したK-NET, KiK-netの強震記録による弾性
加速度応答スペクトル(水平2方向合成,減衰定数5%)を以下に示す.




図2 弾性加速度応答スペクトル(水平2方向合成,減衰定数5%)
・これらを重ねて描いた図を5/26の三陸南地震と比較して示す.

(1) 十勝沖地震

(2) 三陸南地震
図3 弾性加速度応答スペクトル(水平2方向合成,減衰定数5%)
・短周期のみが卓越した地震動が発生した5/26の三陸南地震と比較すると,短
周期(0.5秒以下)が卓越したものだけではなく,建物被害をもたらす1-2秒
の周期にパワーをもったものも見られる.
・地動最大加速度(PGA),計測震度,建物被害に最も影響を与える1-2秒応答
を基に提案する算定法による震度(1-2秒震度)を以下に示す.

(1) 地動最大加速度


(2) 計測震度 (3) 1-2秒応答を基にした震度
(1-2秒震度)
図4 K-NET, KiK-netの強震記録を基にした
地動最大加速度,計測震度,1-2秒応答を基にした震度のマップ
・今回は,短周期のみが卓越した地震動が発生した5/26の三陸南地震と比較す
ると,計測震度と被害震度の間に有意な差は見られない.それは,上で示し
たスペクトルを見ればわかるように,短周期以外の1-2秒にもパワーのある
地震動も発生しているためであり,1995年兵庫県南部地震の場合も同様の傾
向(計測震度と被害震度に大きな差が生じない)が見られた.
■被害調査結果(リンクが貼ってあります)
○第1回調査(9/27〜9/29)
・苫小牧市内の余震観測を行う候補地点をいくつか見て回る
そのうちの1つの石油タンクの火災現場
翌日に再び違う石油タンクで火災が発生
・KiK-net厚真(震度6弱)
強震観測点周りにある建物は厚真中学校のみで,この校舎建物は桁行方向に
多量の壁が入っており,そこが損傷を受けている.構造データを収集した
ので地震動の強さから被害の大きさを説明できるのかを検討する予定
・K-NET鵡川(震度6弱)
周辺に特に被害は見られない.
・K-NET浦河(震度5強)
震度計を兼ねているとのこと.周りに特に被害はない.
なお,浦河6弱という発表は,同じ浦河町内の別の点の値.
・K-NET広尾(震度6強)
地震によるものかどうかは不明だが何棟か被害を受けた家屋あり.
・K-NET大樹(震度6強)
強震計が設置してある敷地内の大樹町役場の屋上の展望台が崩壊.
大樹町役場の横にある大樹小学校にも被害.
・豊頃震度計(震度6弱)
周辺に特に被害は見られない
・KiK-net豊頃(震度6強)
何棟か被害を受けた家屋あり.
豊頃周辺は道路の陥没の被害が多い
・K-NET池田(震度6強)
強震計が設置してある敷地内の池田町役場建物に被害.
壁に亀裂が入るなどの被害が受けた家屋が多数存在.
・K-NET本別(震度5強)
・KiK-net本別(震度6弱)
この両点は同じ場所に設置.周辺に特に被害は見られない.
・K-NET浦幌(震度6弱)
役場建物の入り口の基礎の部分が衝突によって損傷.
役場建物の西側にある浦幌町中央公民館の脇の地盤の損傷.
周辺の家屋に特に被害は見られない.
・K-NET直別(震度6強)
強震計自体が大きく傾いている
近くに建物は少ないが,かなり損傷を受けている.
・K-NET白糠(震度6弱)
周辺に特に被害は見られない
・K-NET釧路(震度6弱)
周辺に特に被害は見られない
・K-NET標津(震度6弱)
やや大きな被害を受けた古い家屋が数棟見られた.
・釧路空港
空港ビルの天井が落下.
○第2回調査(10/14〜10/15)
・KiK-net大樹(震度6弱)
周辺に建物はほとんどない
・忠類村震度計(震度6弱)
周辺に数十棟の家屋.特に被害はない.
・幕別町震度計(震度6弱)
役場建物に被害.周辺には建物が多数存在.やや被害を受けた家屋,商店が
多数.
・KiK-net白糠南(震度6弱)
周辺には学校建物(エキスパンションジョイントの衝突程度の被害)と数棟
の家屋(特に被害はない)
・釧路町震度計(震度6弱)
役場建物の車寄せが落下.周辺に家屋が数十棟あるが,
いくつか軽微な被害が見られる程度.
・K-NET浜中(震度5強)
役場の裏の山の中腹に設置.やや被害を受けた家屋が1棟.
・KiK-net浜中(震度6弱)
周辺には公共建物が1棟あるだけ.特に被害はない.
・K-NET本別海(震度6弱)
周辺に建物はほとんどない
・KiK-net標津南(震度5強)
周辺に建物はない
・KiK-net標茶北(震度6弱)
周辺には学校建物と家屋が数棟.特に被害無し.
・KiK-net阿寒南,K-NET阿寒(震度6弱)
周辺に数十棟の家屋があるが,軽微な被害を受けたものが数棟程度.
・釧路空港(再)
■強震観測点周辺の建物被災度
・被災度調査を行った強震観測点周辺の概況を示す.
表1 震度6弱以上を記録した強震観測点,および,
周辺の調査を行った強震観測点と被害概況

・家屋にやや大きな被害が見られたのは,K-NET池田,K-NET直別,K-NET標津,
幕別町震度計で,これらの地点での家屋の構造体への被害は,北海道の家屋
には屋根瓦がほとんど使われておらず,耐震性能的に有利であるにもかかわ
らず,2003年三陸南,2003年宮城県北部地震の全ての強震観測点周辺より明
らかに大きい.これは自治体の判定基準の非常に大きな隔たりがある,とい
うことも意味している.
・K-NET直別,K-NET標津には,全壊相当の家屋があり,いずれも周辺の家屋の
数は100棟以下なので,被害率は1%以上となり,6弱(直別は6強)相当と
計算上はなる.
・ただし,建物母数が少ないので被害数は多くない.しかし,地震動の強さと
対応する被害レベルは被害数ではなく被害「率」であり(どんなに地震動が
強くても建物がなければ被害が出ないのは当たり前),そういう意味ではこ
れらの点では地震動の強さに見合った被害が出ていると言える.
・家屋以外の建物にやや大きな被害が見られたのは,KiK-net厚真,K-NET大樹,
釧路町震度計だが,これらの地点の周りには家屋は少ない.
・軽微な被害のある家屋がわずかに見られたのは,K-NET広尾,KiK-net豊頃,
KiK-net阿寒南(K-NET阿寒),家屋以外に軽微な被害があったのがKiK-net
白糠南,K-NET浦幌だった.
・K-NET鵡川,K-NET浦河,豊頃震度計,KiK-net本別(K-NET本別),K-NET白
糠,K-NET釧路,忠類町震度計の周辺には被害は見られなかった.
・KiK-net浜中,K-NET本別海,KiK-net大樹,KiK-net標津南には,地震動の性
質との対応性を検討するための,充分な数の建物,あるいは,学校建物など
の耐震性能が定量的に把握できる建物は存在しなかった
■建物被災度と地震動の性質との関係
・建物にやや大きな被害が見られたK-NET直別,K-NET標津,K-NET池田,
KiK-net厚真,K-NET大樹の弾性加速度応答スペクトル(図2)を見ると,い
ずれも建物被害をもたらす1-2秒応答が大きいことがわかる.
・強震記録の性質と強震観測点周りの建物被災度との関係についてやや定量的
に検討するために,震度6弱以上のK-NET,KiK-net観測点について,周辺の
被害レベルを次の3つのグループに分け,それぞれのグループの弾性加速度
応答スペクトルの比較を行った(図5).
・被害やや大以上(やや大以上の被害があった地点): 表1の濃い黄色
K-NET直別,K-NET標津,K-NET池田,KiK-net厚真,K-NET大樹
・被害あり(大きくはないが被害があった地点): 表1の薄い黄色
K-NET広尾,KiK-net豊頃,KiK-net白糠南,K-NET浦幌,KiK-net阿寒南
(K-NET阿寒)
・被害なし(被害がなかった地点): 表1の白
K-NET釧路,KiK-net標茶北,KiK-net本別
※KiK-net浜中,K-NET本別海,KiK-net大樹は地震動の性質との対応性を検討
するための,充分な数の建物,あるいは,学校建物などの耐震性能が定量
的に把握できる建物が存在しないため検討対象から除外した.

赤: 被害やや大以上
緑: 被害あり
青: 被害なし
図5 建物被災度レベルによる弾性スペクトルの違い
・被害が大きかった点ほど建物被害に最も大きな影響をおよぼす1-2秒におけ
るスペクトル値が大きくなっていることがわかる
・図をわかりやすくするために,3つのグループ毎にスペクトルを平均したも
のを図6に示す.

図6 建物被災度レベルによる弾性スペクトルの違い
(被害レベル毎に平均)
・被害が大きかった点ほど建物被害に最も大きな影響をおよぼす1-2秒におけ
るスペクトル値が大きくなっている傾向がより鮮明にわかる
・これに対して,1秒以下の計測震度に対応する周期帯を見ると,3本のスペク
トルは入り交じり,0.5秒以下ではむしろ被害なしのスペクトルが最も大き
くなっていて,1秒以下の短周期では実際の建物被害を予測できないことが
わかる.
・実際,震度6弱以上が観測された点の中で,被害が見られなかった地点は,
0.5秒以下の短周期応答のみが大きい地震動が観測されたのものだった.
・よって,1-2秒応答が大きい地震動が建物被害をもたらし,0.5秒以下の短周
期地震動は,被害を引き起こさない,ということがほぼ確認される結果とな
った.
まとめ
・短周期(0.5秒以下)のみが卓越したものだけではなく,建物被害をもたら
す1-2秒応答が大きい地震動も発生した.
・そのような地震動が観測された地点の周辺ではやや大きな建物被害が発生.
建物の数が少なく,被害の「数」はさほどでもないが,被害「率」で見れば,
かなりの被害と言える.
・これらの点では北海道の家屋の屋根にはほとんど瓦が使われておらず,耐震
性能的に有利であるにもかかわらず,5月,7月の宮城県の地震の全ての強震
観測点周辺より明らかに大きい.これは自治体の判定に著しい隔たりがある
ことを意味している.
・逆に,短周期のみが卓越した地震動が観測された地点周辺では,震度が大き
くても建物被害はほとんど生じていない
・よって,震度が大きくても短周期地震動では建物被害は生じず,建物被害は,
地震動の1-2秒応答と相関が高いことがほぼ確認された.
謝辞
防災科学技術研究所のK-NET,KiK-netの強震記録を使用させていただきました.
防災科学技術研究所功刀卓氏には,有益な情報をいただきました.被害調査の
際,現地の方々は,被災されていたにもかかわらず,快く応対していただき,
様々な資料も提供していただきました.地動最大加速度,計測震度,1-2秒震
度を用いたマップは,広島大学大学院神野達夫氏に計算,作成していただきま
した.
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