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2/2'25
[10年の人生と30年の人生]

 何度か書いたように,私の(実質的というか社会的)人生は既に終わっているのですが,現実にはまだ生きてて,第二の人生というか,そういうものが始まってますし,定年でまた一つの人生が終わり,また第〇の人生が始まることになるのでしょう.

 でも,もうこんな歳なので,その人生が何年続くかはわかりません.そして,そのスタートを0歳とすると,その人生が5年とか10年になるかもしれないし,30年になるかもしれない.そう考えると,その差は大きいですし,もっと重要なのは,その間,どういう人生になるかで,体や脳の状態,もっと具体的には,要介護になるかならないかでしょうか.

 でも,右脚の具合はよくないですし,何となく普通にちゃんとやってれば,大丈夫というのは,全然考えが甘いことを実感していて,かなり大変だなあと思っています.

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[1日で1兆円の利益]
(相場)

 先日のディープシークショックに伴うエヌビディア株の暴落で,空売りで何と1日で1兆円の利益をあげたところがあるそうです.どう思いますか?

 こういうことが起こることがわかってたわけではないでしょうから,たまたまということなわけで,逆に動いていたら,1日で1兆円損してたってことですよね.

 つまり,こういうのって,先見の明とかそういうことじゃなくて,いろんな人がいろんなことをする中で,相場が大きく動くと,そういう人もいるというだけの話でしょう.

 あと,1日で1兆円の利益をあげたところがあるということは,ゼロサムの中でそれに対応する1日で1兆円の損失があるということですが,でも,そういうことは,あまり報道されないわけです(エヌビディアの時価総額がいくら吹っ飛んだということではなく,暴落前に買った人がいたわけで,そういう人は,大損してるということ).

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2/3'25
[活かしているつもりで,その実,自分で自分の首を絞めている]
(大学)

 防災学概論という全学向けの教養科目(文系の受講者が多い)のレポートの私の担当部分を採点したのですが,悲惨でした.課題は,授業をきいてれば,あるいは,資料を見れば簡単に書けるもので,80人くらいのうち,半分は,100点満点に近い一方,半分は,明らかにChatGPTとかに書かせたり,インターネットでてきとーに調べたもので(ほんと簡単にわかる),ほぼ0点に完全に二分されました(採点は楽(笑)).

 一体,大学に何しに来てるんでしょうね.インターネットに載ってるようなことを講義するわけないし,レポート課題に出すわけないじゃん.そもそも,インターネットで調べてわかるようなことなら,大学なんか来ずに嘘にまみれたインターネットのしょぼい情報で勉強?すればいいわけですよね.

 せっかく京大まで来て,インターネットなんかでは得られない貴重な講義(防災という以上に,これからどうサバイブしていくかという非常に貴重な情報)を提供しているのに,ほんと○ホとしか言いようがないですね.

 いや,大学になんか何も学びに来ていない,就職に有利になるように京大卒という肩書さえ得られればいいという人もいるんでしょう.まあ,人それぞれなんで,とやかくは言いません.

 でも,ChatGPTという「便利な道具」が出現したおかげで,もし出現しなかった場合には何とかとれた単位が(少なくとも私の講義では)とれなくなった(あるいは,この講義は5人で分担しているので大幅失点してる)わけで,結局は,本人の能力次第というか,「便利な道具」を生かすも殺すも本人次第どころか,活かしているつもりで,その実,自分で自分の首を絞めているわかりやすい例ですね.

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2/5'25
(日記)

 今週は,修論,卒論と桂通いなのですが,昨日の夕方から急に寒くなって,夜から朝は氷点下,昼の最高気温も5度がやっとで,ちょっとしんどいですね.

 その行き帰りでこのサイトの読み返しがやっと現在に到達しました.ということで,またどこかから読み返す,気にはならないですね.つまり,「やること」が一つ減った感じです.でも,寝る時どうしよう.と言っても,いつもあっと言う間に寝るんだけど.

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2/7'25
[何となく「解」に辿り着いたような気もします]
(右脚)

 右脚のその後ですが,内旋は,痛いのを我慢すれば,足幅くらいは行けるようになりました.でも,痛いのを我慢すれば,ということは,まだ痛いということです.でも,まだ20日くらいなので,続けた方がいいんですかね.

 でも,その後もいろいろ調べていて,何となく「解」に辿り着いたような気もします.それは,腸腰筋などの股関節回りの筋肉が縮んで固くなっているので,それをほぐして伸ばすということです.実際,股関節回りの筋肉を伸ばすと痛いです.

 そうなると,立ってる時も,股関節をかばって股関節と膝が少し曲がった状態になって,太腿に負担がかかって太腿が痛くなるという流れです.スキーをするときは,股関節と膝が少し曲がった状態になるのですが,15時くらいになると太腿が痛くなるという症状が出るようになってたこともどこかで書きました.

 対策としては,立ってる時,膝や股関節が曲がらないようにすること,歩くときも右脚後ろの時,膝を伸ばして踵が付いてる状態をできるだけ維持すること,そのために上体を起こすこと,座っている時,股関節回りの筋肉ができるだけ縮まないようにすること,ジグリングなどでまめに動かすこと,そして,時々立ち上がって伸ばすということでしょうか(あとは,しっかりしゃがむことも).

 でも,すぐに効果が出ることはないので,そういうことをとにかく続けることですかね.

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2/10'25
[座りきりの人生]
(右脚)

 何となく「解」に辿り着いたような気もして,右股関節回りを伸ばすようにはしてるのですが,すぐに効果が出るわけではなく,というか,逆に痛くなって来てるような感じもします(というか,そういうことは,ずっとやってたような気もするし).座っている時は,大丈夫なんですが,ピアノは,ペダルを踏むと痛いです(一昨年,電子ピアノを弾いていた時は,ペダルを踏むと逆によくなったので,状態がその時とは違う?).

 長年に渡ってこうなったので,元に戻るのにも何年もかかるということなのかもしれませんし,予防的にそうするのならともかく,縮こまって硬くなったものを引き伸ばして元に戻るのかということもありますし,こんな歳なので,もうずっとこのままということも想定しないといけないのかもしれません.

 そうすると,どうなるんですかね.寝たきりとは言いませんが,これからは,座りきりの人生ということになるんでしょうか.バドミントンやスキーやゴルフができないのは言うまでもなく,出かけることもままならず,基本,家で何かしてるってことですかね.

 でも,あとどのくらいの人生があるのかはわかりませんが,そんな人生はつまらないので死んだ方がましとは,思いませんでした.というか,それはそれで楽というか,楽しめる感じもします.

 でも,ある程度,体を動かさないと体調が悪くなるかもしれないので,脚を使わないちょっとした運動を考えないといけないんですかね.

 あと,座っている時は,大丈夫ですが,寝ている時に痛いのは,しんどいので,それはなんとかしたいですね.いっそのこと,椅子の上で寝る? いや,それなら布団を椅子みたいにする方がいいか.

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2/12'25
[寝ている時に痛めている?]
(右脚)

 右脚ですが,寝ている時に痛くなるということは,寝ている時に痛めているってこともあるんじゃないですかね.

 私は,どうやって寝ているかというと横向きです.1, 2年前までは,最初右横向きでスマホでこのサイトの記事とか読んで,でも,すぐ眠くなって,一旦仰向けになり,その後,左横向きになって寝ていましたが,最近は,左横向きになると右脚が痛いので,右横向きのまま寝ています.

 人間は,一晩寝る間に20回くらい寝返りを打つと言われていますし,私も1, 2年前までは,そうだったと思いますが,今は,ずっと右横向きのままのような気がします.眠っているのでほんとのことはわかりませんが,ここ1, 2年は,起きた時.100%右向きなので,確率的にそうということでしょう(夜中に,痛くて何度か目が覚めて,寝返りというか動くことはあるが).

 横向きがよくない理由は,単純に左右非対称の外力がかかるということです.頻繁に寝返りを打てば,それは解消されるのですが,今の私は,おそらくずっと右横向きですし,痛めている右脚が下なので,長時間,右脚に力が加わり続けているということですね.

 じゃあ,以前のように左横向きに寝れば,ということですが,右脚が上になると,左脚の上にぴったり右脚が乗らない限りは,右脚が布団の上に来ることになり,そうすると痛いですし,そもそも,この体制も左右非対称です.

 じゃあ,どうすればということですが,(左右対称の)仰向けに寝るのがいいということになります.でも,もう大分前から,仰向けだと眠れなくなりました.理由は,よくわからないのですが,股関節を傷めると仰向けに寝るのがしんどくなるということなので,これが関係してるのかもしれないと思ったのですが,仰向けで眠れなくなったのは,もっと若い頃からなので,関係ない気もします.

 逆に言えば,仰向けに寝てないから,横向きに寝てるから右脚を傷めた可能性もあるわけで,じゃあ,どうすればということだと,仰向けに寝るということになります.

 いやいや,仰向けでは寝れないのにどうすんの?ということなんですが,眠くて椅子の上で寝るときは「仰向け」なわけですし,眠くなったら寝るでしょうから(笑),とにかくやってみるということですかね.椅子のように上体を少し起こした状態からやってみるというのもありかもしれません.

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 という記事を書いて,その前の作業時間と合わせて,1時間くらい座ってて,立ったら体がこわばって硬くなって,右脚も(座ってる時はなんともないですが,立った時に)痛くなってて,なので,座ってる時も傷めているわけで,じゃあ,どうすれば,ということだと,寝る時と同様,座り方もありますし,まめに立ち上がるってことですかね(でも,夜,寝るときは,そうは行かない).

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[これからは,これまでのように普通に生きて行くことはできない?]

 右脚の不具合もそうですが,これからは,これまでのように普通に生きて行くことはできないんでしょうね.実際,あと〇年で大学はクビで,それは,文字通りそういうことなわけです.むしろ,少子高齢化で年金が足らなくなって,ほんとはもう働けないのに無理やり働かされているということかもしれません.

 こんなことならさっさとやめていれば(実際,50過ぎくらいにリタイアすることを考えた)とも思うのですが,何とかあと〇年というところまで来られたのは,研究室に来てくれた学生達やいっしょに研究しませんかと誘ってくれた人たちのおかげですね.

 なので,これまでのことは(どのみち過去のことなので)いいんですが,問題はこれからです.少なくとも,悠々自適にやりたいことやって,なんてことは,夢のまた夢で,それ以前にまともに生きて行けるかということですかね.

 そう考えると,リタイアして,5年とか10年くらいで逝くというのがちょうどいいようになってるって気もしてきます.

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 もし,あと〇年の命と言われたらどうですかね.どこかで書いたと思いますが,ああそうですか,って感じで,今の状況やこれからのことを考えると,今はもっとスムーズにすんなり受け入れられる気がします.

 理想の死に方は,いつものように寝て目が覚めないってことなんですが,それには,いつ死んでもいいように準備しておく必要がありますし,今から5年とか10年後にそんな死に方ができる可能性は低いし,これから,これまでのように普通に生きて行けないとすると,あと〇年の命と言われて,荷物とかばんばん捨てて,死ぬ準備をして,というのも悪くない気もします.

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 問題は,これからは,これまでのように普通に生きて行くことはできないのか,今の状況が(ある程度)一時的なものなのかですね.

 思い返すと,親の庇護下に置かれて何もわからなかった0代はおいておいて,10代は,将来やりたいことを見出せずに(あまり勉強せずに)ずっと今一だったと思いますし,やりたいことを見出せた20代は,よかったと思いますが,30代は,そのやりたいこを見失って迷走しましたし,40代は,そういうことに辿り着いて一仕事できたと思いますが,ずっと体調は悪かったですし,50代は,もう人生終わったと思ってたわけで,こうしてみると,結局,何事もなく順調に過ごせたことなんか,ほとんどなかったわけで,でも,一方では,基本的に楽しくやってきたとも思うので,よくわからないのですが,結局,「ニュートラル」というか,あと〇年の命と言われれば,それはそれで全然構わない一方,生きろと言われれば,ありがたく頂戴して生きて行きますが,生きて行くのがしんどい状態で生きて行くのは,やっぱり,ちょっとしんどいですね.

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[寝方とか座り方とか]
(右脚)

 寝方とか座り方ですが,まず座り方ですが,股関節が圧迫されないようにだらーんと座ることにして,このサイトにも書いたと思うのですが,いつの間にか,やらなくなってることに気づきました.でも,そういう座り方をすると,腰によくないですね.

 関連することとして,寝方ですが,若い頃のいつからか,仰向けで寝なくなったということですが,バドミントンをバリバリやってて,仰向けに寝ると腰が痛かったことを思い出しました.

 ということは,右脚をかばうか腰をかばうかの二律背反的なことになっていて,じゃあ,腰が痛いのと右脚が痛いのをどっちを選ぶかですが,そう考えると,右脚が痛い方がましな気がします.

 でも,そうすると,もう五体満足では生きて行けないということですかね.あるいは,腰が痛いのと足が痛いのとの絶妙なバランスを目指すというのも考えられなくもないのですが,両方痛くなったら目も当てられません.

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[何もかもあきらめて全てを受け入れる]

 これからは,これまでのように普通に生きて行くことはできない?ですが,いっそのこと,何もかもあきらめて全てを受け入れるというのもありかもしれません.具体的には,荷物のほとんどを処分して施設に入るということでしょうか.施設に入って,何をするでもなく,上げ膳据え膳で認知症にならないかということですが,認知症になっても施設なら面倒を見てくれるのでしょうし,認知症になった本人はもう何もわからないわけですからね.要介護にならずに,自分で自分の面倒をみられる状態を維持して「一人,時々,みんな」とか,夢のまた夢だったということですかね.でも,施設に入れば,死ぬ時のことの心配は無用になりますね.

 そうすると,必要になるのは,お金だったりします.施設と言ってもピンキリでしょうからね.そう言えば,島崎遥香だったかな.老後,高級で快適な施設に入るために今のうちにいっぱい稼いでおくと言ってました.まだ若いのにそんなことを考えるのかとも思いましたが,しっかり現実を見てるのかもしれませんね.

 でも,そうすると,今でもそこそこのところに入れるとは思いますが,もっと稼がないと,という感じもしてきます.と言っても,大学の給料がもらえるのは,あと〇年ですし,その後,稼ぐとしたら○○しかないわけで,○○は,施設に入ってからもできるとは思いますが,さすがに自転車操業は厳しいでしょうから,入る前にある程度は稼いでおかないと,ということになりますかね.

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[失われた30年]
(世の中)

 J民党で選択的夫婦別姓の議論が始まったとの報道です.最初に議論が始まって30年ということですし,このサイトのこの記事を書いてからも20年以上が過ぎています.

 ちなみに,この記事で出てくるS.T.議員というのは,もちろん,T市のことで,その戦略で日本初の女性首相の一歩手前まで来ました.つまり,彼女は,そういうことを利用しているわけで,選択的夫婦別姓の議論もそうですが,J民党がそういう仕組みになってること自体がいかに今の政治がグダグダかということです.

 で,J民党で選択的夫婦別姓の議論が始まったということで,私がどう思ったかですが,少なくとも私はもう関係ないということです.30年という年月は,そういう長さですし,こうやって,一人の人生の一部を奪ってしまうわけで,無能で無策で自分の功名心目的の政治家の罪は大きいと思います.

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[刑務所とは言いませんが]

 何もかもあきらめて施設に入るということで,ちょっと調べてみました.でも,刑務所とは言いませんが,私にとっては,そんな感じです.

 介護の人が自室に入ってくるのもそうですが,不特定多数の人達と生活すること,食事の時に食堂に行かないといけないことですら苦痛に感じます.金を積んで高級なところなら自室に食事を運んでくれるのかもしれませんが,自室に入ってこられちゃうわけですからね.

 これなら,施設に入るつもりになって,荷物をほとんど処分して死ぬ準備をして,人知れずどこかで一人暮らしした方が百倍ましな気がします.そうすると,とにかく身の回りのことだけでも自分でやらないといけないわけで,なかなか大変なんですが,右脚が動かなくなっても何とか家の中を移動することができればということはありますし,今の状態だと,もうすぐ足の爪が切れなくなると思いますが(どこかで書きましたが),月一くらいでネイルサロンに行って切ってもらう,いや,これも靴下を履くのと同様,何か器具のようなものを使えば何とかなるのかもしれません.

 なので,重要なのは,やはり,認知機能で,脳だけはちゃんと働くようにしておかないといけませんね.

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2/13'25
[仰向けで寝てみました]
(右脚)

 仰向けで寝てみましたが,いつものようにすぐに眠くなり,入眠はスムーズでした.でも,夜中,何度か目が覚めて(でも,その時に寝返り的に左右に動くことはできる),その時の脚の痛みも,朝起きた時の痛みもいつも通りでした.でも,腰に負担がかかるということはありませんでした.

 これをどう解釈するかです.横向きで寝ているのと変わらないのなら仰向けで寝ることの効果はないのか,いやむしろ変わらないのなら,左右対称に負荷がかかる仰向けの方がいい(しばらく続けると効果が出る)のかです.

 でも,変わらないのであれば,続けてみる価値はあるかもしれません.

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[51番目の州にはなれない]
(経済, 世の中)

 (もちろん,非現実的なことですが)日本が51番目の州になればということですが,経済格差が大きい国との併合は難しいけど,日本とかカナダとかオーストラリアとかなら全然問題ないと書きましたが,だめですね.

 それは,ここ数年の円安で経済格差が広がってしまったからです.つまり,日本は,名実ともに先進国ではなくなったということで,今日本が51番目の州になれば,今の為替と物価が固定されるので,(今の給料のままで)卵1パック2000円の生活になるということです.

 いや,ここから更に円安が進めば,もっとひどいことになるので,ここで手を打った方がいいということはあるかもしれませんね.近い将来,あの時,Aメリカの51番目の州になっておけばよかったという時代が来なければいいですけどね.

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[選択的夫婦別姓の議論の根本]
(世の中)

 選択的夫婦別姓の議論ですが,T市などの反対者は,通称でいいじゃないかという論調ですが,何もわかってないですね.

 この議論の根本は,姓が変わると不便とかいうこと以前に男女間に未だに存在する不公平です.通称を使うということは,戸籍上は,姓を変えるわけですよね.そして,現実として,95%の女性が男性の姓に変えています.その物理的手続きの煩雑さもそうですし,真っ当な人間なら,どうして私だけ姓を変えないといけないの?と思って当然じゃないですか.

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[悪い方向に行く可能性が低い最低限のことだけやる]
(右脚)

 右脚ですが,整体もそうですが,何とかしようとするとよくない気がします.痛いわけですからとにかく安静ということで,出かけて歩くと痛くなるのもそうですし,去年,建築学会で東京に行って元に戻ったのとも整合します.

 ということで,できるだけ動かさないということでやってみようと思いますが,全く動かさないわけにはいかないですし,仰向けに寝るとか(仰向けに寝ることで膝下に枕のようなものを入れて負担を軽減することもできる),座り過ぎずに時々体を動かすとか,立ってるときに膝を曲げないとか,股関節に負担がかからない座り方とか姿勢とか,悪い方向に行く可能性が低い最低限のことだけやるということでしょうか.

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[何もかもあきらめて全てを受け入れるが施設に入らないようにするには]

 何もかもあきらめて全てを受け入れて施設に入ることも考えったのですが,現実には厳しそうで,じゃあ,どうするんやということです.

 もちろん,右脚がよくなることもあり得るのですが,ここでは,そうならず,逆に症状がどんどん悪化して歩けなくなることを想定して,ということになります.

 歩けないのですから出かけることはできないので,家の中で過ごすことになります.全く歩けなければ,家の中で過ごすこともできないのですが,そこが何とかなれば,ということですね.

 それには,とにかく今の状態をできるだけ維持することでしょう.整形外科や整体などは,当たれば,よくなる可能性もありますが,はずれれば,逆に今より悪化する可能性もあるので,リスクがあります.そうすると,今の状態を何とか維持できるように無理せず,「今動く範囲で」動かすことでしょうか(可動域を広げようとすると悪化する可能性がある).

 それでも,徐々に動かなくなっていくでしょうから,まず最初に来るのは,靴下をはく,足の爪を切る,ですが,器具を使えば何とかなる気がします.重要なのは,トイレと入浴ですね.でも,なんとか家の中を移動できて,座る,立ち上がるができれば,トイレはなんとかなるでしょうし,入浴もシャワーでいいので,これもなんとかなるのかな.買い物は,宅配でなんとかなるでしょうし,食事の準備も洗濯も大丈夫でしょう.

 あとは,何して退屈しのぎするかですが,バドミントンとスキーとゴルフは,できません.今の感じだとピアノも厳しいかもしれません(ペダルが踏めない).まあでも,ちょっと触ってみたくなることもあるかもしれないので,電子ピアノくらいは,残しておきますか.

 「何もかもあきらめて全てを受け入れて施設に入る」ことはないのですが,「何もかもあきらめて全てを受け入れる」ことに変わりはないので,メンタリティー的には,そういうことになります.なので,いつ死んでもいいようにしておく必要はありますね.

 具体的には,荷物のほとんどを処分することになります.もっと具体的には,バドミントンとスキーとゴルフの道具やグランドピアノや防音室もそうですし,いつか使うかもしれないというようなものは全て処分で,おそらく95%の荷物が該当すると思います(つくばで,引っ越した時,3万円ぽっきりで冷蔵庫とか洗濯機とか生活に必要なものだけ運んでもらって,それで充分生活できた時のイメージ).

 でも,生活するだけでは,退屈しのぎできないので,何をするかですが,PCとインターネット(スマホ)があれば,社会と(こちらから一方的に)繋がることはできますし,PCでできることとしては,運保と研究はありますね.研究については,ほとんどの資料を電子化したので,荷物もほとんどありません(運保も同様).あとは,テレビとHDレコーダくらいでしょうか.そうそう,冷暖房や布団も必要ですね.

 こうしてみると,ミニマリストとは言いませんが,かなりそれに近い状態で,ワンルームとは言いませんが,1LDKくらいで充分行けそうです.

 あとは,どこに住むかとどういう家に住むか,具体的には,購入か賃貸か,集合住宅か戸建かですね.

 まず,どこに住むかですが,基本的には,出かけないので,どこでもよくて,それなら住居費が安い田舎の方がいいことになります.でも,わざわざ山の中に住むこともないですし,生活クラブは便利なので,それが使える都市部から電車で1時間くらいってとこですかね.

 購入か賃貸か,集合住宅か戸建かは,結構,難しいです.賃貸なら年寄りに貸してくれるところということでURになるでしょうが,死ぬ時のことを考えると,戸建を購入した方がいい気もします.ずっと家の中で過ごすので,家の中を快適にしたいということもありますし(でも,防音室とか体を動かすスペースとかは要らなくなった),エネルギーを自給できるようにもしておきたいですしね.

 こうして考えてみると,なんとかやって行けそうな気もします.問題は,いつ「何もかもあきらめて全てを受け入れる」かですね.そして,それは〇年後かもしれません.

 こういう状況は,もっと歳をとってからの最期の時期を想定していたのですが,予想以上に早くそういう状況になるかもしれず,そういう時期がもっと長くなってしまうかもしれないということですかね.いや,そこから何年かして死ねば,想定通り?

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2/14'25
[理想の死に方2]

 右脚もそうですが,手もこわばって指も動かなくなって,ピアノもPCのキーボードも思うように弾いたり打ったりてきなくなり,その他にも不具合的なことも出てきて,これまでのイメージだと,80くらいになった感じです.つまり,ここ1, 2年で一気に20も歳をとったということですかね.

 そうすると,平均+σくらいとしても,あと5年とか10年の命という感じで,これを実年齢に戻すと70くらい,もうちょっと生きても70代で逝くということでしょうか.でも,そう考えると,逆に「ちょうどいい」感じもしてきます.

 もちろん,親より先に逝くわけには行かないので,なんとかそれまでは,とは思いますが,親はもう90を過ぎてるので,10年はともかく,20年ということはないと思うんですよね(もちろん,親があと20年生きてくれれば,私も頑張りますが).

 でも,「長生きしてしまうリスク」と何度も書いてきましたが,いろいろ不具合はあっても,現状,命に繋がるような病気はなくて,でも,それこそ,一気に20も歳をとるわけですから,いつ何が起こってもおかしくないってことですよね.そうすると,どういうことが考えられますかね.

 いつものように寝て,起きてこず,知らないうちに死んでたというのが理想ですが,それは,やっぱり,難しいんでしょうね.一人暮らしだと,回りに迷惑をかけてしまいますしね.

 ピンピンコロリだと脳や心疾患とかはそうなんでしょうが,間際は苦しいらしいですし,何よりちゃんと死ねればいいですが,死に損なって後遺症が残った状態で生きて行かないといけないのは,避けたいです.

 そうすると,やっぱり癌ですかね.癌になって苦しんでる人は多いのですが,それは,抗がん剤とか使って治療するからで,症状が現れるのは末期なので,人間ドックとか行かずに(実際,一度も人間ドックとか行ったことなし),症状が出て病院に行って,いきなりステージ4であと半年の命と言われて,はい,わかりました,って感じで,荷物とか身辺整理とかして,人生で最初で最後の入院をして,ペインケアしながらその時を待つというのは,結構,いいのかもしれません.

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 そっか,70代で癌で死ぬのが理想(2)なのなら,添加物排除生活なんかやめて,コンビニ食とかインスタント食摂ったり,外食とかばんばんすればいいし,その方が楽ですよね.

 いや,私が添加物排除生活を始めたのは,長生きしたいとかそういうことじゃなくて,体調が悪いのを何とかしたかったからですし,そもそも,添加物摂りまくっても10年くらいでは間に合わない(笑)ですね.

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 右脚が(動くと)痛いのや手のこわばりやそれ以外の不具合は,できれば,なんとかしたいとは思うのですが,なんともならないとしても,それはそれでしょうがないというか,生きるというか働くというか活動するのを免除されるという感覚もあって,「何もかもあきらめて全てを受け入れる」,もっと具体的には,あと5年か10年くらいして具合が悪くなって病院に行って,ステージ4の癌であと半年の命ということになると,どういう心境になるかと思ったのですが,思いの外,すっきりというか,悪い気分ではないのにちょっと驚いています.

 なので,ある意味,これを前提に生きて行くというのもいいのかもしれません.でも,そうすると,今の生き方がかなり変わるというか,実際に変わった感じがします.

 一言で言うと,もう将来がないので,将来のために(やりたくないのを我慢して)何かしようという気にはならないですね.バドミントンやスキーは,物理的にできないですが(ゴルフは微妙),ピアノは,もう(そんなに)弾く気にならないですね.このことが意味することとしては,どうしてピアノを弾くのかということです.

 つまり,単純にピアノを弾くこと,具体的には,指を動かして鍵盤を押して音楽を奏でるというプリミティブなことではなく,弾けるようになるとか,ピアノプロジェとかの人前で弾くことが,実は結構,動機付けになってたんだなあということでしょうか.これは,かなり意外でした.

 対照的に,研究や運保は,将来がなくても続けて行きたいと思えました.つまりは,純粋に研究したり解析したりするのが楽しいんでしょうね.これもかなり意外で,どこかで何か一つだけ残るとしたら,それは,音楽とかピアノだと思っていたのですが,そうではなかったということで,思わぬ発見ということでしょうか.

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 そっか,あと5年とか10年で家を買うのはありえないですね.ていうか,あと5年か10年くらいして具合が悪くなって病院に行って,ステージ4の癌であと半年の命ということなら,家で死ぬことはなくて回りに迷惑もかけないので賃貸でいいか.なんかいろいろ整ってきたというか自動的に決まってきた感じですね.

 でも,あと5年か10年くらいして具合が悪くなって病院に行って,ステージ4の癌であと半年の命ということで過ごしていても,全然そうならず,10年,20年,30年と過ぎていったらどうしましょうね.まさに長生きしてしまうリスクという感じですね.

 でも,なんとなくですが,楽しく退屈しのぎできなくなれば,生きてても意味ないわけで,そうすると生活も退廃的になって,癌になるかどうかはともかく,具合が悪くなって入院ということになるでしょうし,逆に,10年,20年,30年と過ぎても,楽しく退屈しのぎできてれば,それはそれで問題ないわけです.

 つまりは,「あと5年か10年くらいして具合が悪くなって病院に行って,ステージ4の癌であと半年の命」を前提に生きていって,そこから+αがあるのならそれはそれで受け入れるということなんですが,それには,URとかの賃貸の集合住宅で,基本,家の中で一人で退屈しのぎして行かないといけないということで,それは,5年でも10年でも20年でも30年でも変わらないということですかね.

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 「あと5年か10年くらいして具合が悪くなって病院に行って,ステージ4の癌であと半年の命」で,個人的にはいいのですが,既に書いたように親より先に逝くわけには行きません.他にそういう人はいないのかってことですが,私には,子供はいませんが,今まで研究室に来てくれた学生たちは,みんな無条件にかわいいですし,私がいなくなると悲しいというか残念に思ってくれる人もいるとは思いますが,彼らはみんな若いので,私が先に逝くのは,自然の道理とも言えます.

 パートナーはどうかってことですが,どこかでその人のことを愛しているのなら先に逝くのではなく,その人が先に逝ってしまって悲しい思いをしたのなら,その人にそういう思いをさせずによかったと思えばいいと書きましたが,そういう人がいればってことですよね.

 でも,いろんなところでいろんな人と話をするんですが,とある場面で,自分が逝った時,悲しい思いをする人がどのくらいいるか,というか,いるのかという話になった時,「はい!」って手を挙げてくれた人がいたんですね.もちろん,嬉しかったんですが,じゃあ,お前はどうやってことで,そういう人がいれば,そういう人のために生きるということもありますし,私自身,そういう人と少しでも多くの時間を過ごしたいので,それは生きる目的というか活力になります.

 というか,そもそも,「あと5年か10年くらいして具合が悪くなって病院に行って,ステージ4の癌であと半年の命」というのは,それを望んでいるというわけではなく,それはそれで受け入れるというか,今の状況がよくならずにそういうことになった時に,これなら受け入れられるというラインを確認して,そういうことも想定してやって行くということです.

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[とにかく右太腿に負担をかけない]
(右脚)

 右脚ですが,仰向けに寝るということで,膝の下にクッションを入れて上体を少し起こして股関節への負担を減らすというのをやってみましたが,よくなかったです.夜中に目が覚めた時,太腿が痛いのは変わらなかったですし,よく眠れなかったです(朝は,いつもの時間に起きたけど,朝食の後,眠くなって少し寝た).なので,仰向けは続けるとしても,それ以外のことはやめた方がいいですね.

 そもそも,痛いのは太腿で,元はと言えば,股関節で,それをかばって太腿が痛くなってということなので,股関節をかばうより太腿に負担がかからないようにする方が先でしょう.

 でも,なんか変な感じもしてきました.股関節が元とは言え,1年以上も太腿の痛みが続くというのは,尋常なことではないですし,そもそも,股関節とか関係なく,太腿に負担がかかる何かがある,でも,それなら左が何ともないのは何なのか,いろいろパズルは必要なのですが,姿勢とか,とにかく右太腿に負担をかけないというのはあると思います.

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2/15'25
[早く死ぬことのメリット]

 「あと5年か10年くらいして具合が悪くなって病院に行って,ステージ4の癌であと半年の命」ですが,早く死ぬことのメリットもあるってことですかね.もちろん,若くしてではなく,仕事もリタイアして,平均より少し早いくらいの70代のどこかで,ってことでしょうか.

 まずは,リタイア後問題がなくなる,具体的には,お前は社会に必要ないという状態で過ごすことが(そんなに)ないということですかね.世の中の役に立たず年金だけもらって暮らすのが楽ちんでいいという人も多いんでしょうが,それだと,リタイアするまでどういう人生を送ってたんだってことになりますからね.

 次は,老いぼれた姿をさらさずに済むということでしょうか.70代くらいまでなら何とかリタイアする頃の延長上の状態で,という感じはしますからね.

 そして,回りの人より先に逝けば,回りの人が亡くなって悲しい,寂しい思いをしなくて済むということはありますね.でも,逆に言えば,回りの人を悲しませる,寂しい思いをさせることになってしまうのですが,70代まで生きれば,まあなんとかってことはありますよね.

 あとは,やはり,体の不調や病気で苦しむ時間を短くできるってことはあるでしょう.癌がわかりやすいですが,頑張って治療しようとすると苦しむ時間が長くなってしまいますが,そういうことをしなければ,しっかりペインケアをしてそんなに苦しまずに半年くらいで逝けるんじゃないですかね.あと半年の命という時にちゃんとお別れを言うこともできて,そういう意味では,寝て起きてこない理想の死に方より(家で死んで周りに迷惑もかけないことやちゃんと身辺整理もできるし)いいかもしれません.

 もちろん,歳をとっても体の不調や病気で苦しむことがない状態であれば,とは思いますが,私は,そういうことがそんなにない方だと思っていたのですが,全然そんなことはなくて,そういうことが夢のまた夢とは言いませんが,非常に難しいことであることを実感しています.

 こうしてみると,早く死ぬことのメリットが結構多いことに気づかされて,逆に元気が出るというと変ですが,まさに全てのことは一長一短いうことですかね.

 もちろん,デメリットもあって,それは,単純に人生の時間が減るということで,いっしょにいたい人がいたり,まだまだやりたいことがある場合は,特にそうでしょう.でも,体の不調や病気になってしまえば,やりたいことはできないでしょうし,いっしょにいたい人がいない場合,いてもいっしょにいられないこともあるでしょうからね.

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(ピアノ)

 もう将来がないので,将来のために(やりたくないのを我慢して)何かしようという気にはならない,ピアノは,もう(そんなに)弾く気にならないと書きましたが,今日は,久しぶりにピアノを弾きました.なので,指を動かして鍵盤を押して音楽を奏でるというプリミティブなことも多少はあるってことですかね.

 でも,指は思うように動かないし,弾いててもそんなに気持ちよくないし,若い頃のように行かないのはしょうがないとしても,なんだかなあ感はありますかね.

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2/16'25
[「もう将来がない」ことを前提として]

 「あと5年か10年くらいして具合が悪くなって病院に行って,ステージ4の癌であと半年の命」のがいいかどうかはともかく,とにかく「もう将来がない」ことを前提として,その日その日を生きるというですし,そういう生き方に適合できるようにということですかね.「あと5年か10年くらいして具合が悪くなって病院に行って,ステージ4の癌であと半年の命」なら,死ぬ準備をすることができますが,そうはならないこともあるので,いつ死んでもいいようにある程度準備しておくことも必要ですね.

 もちろん,まだ定年まで〇年あるので,その間は,大学に在籍しているという立場でやるべきことをやっていくのは当然ですが,〇年後,ハードランディングにならないように準備の準備をして行くことは必要でしょう.

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 と書いたのですが,既にそういう生き方(将来があることを前提とせずその日を生きる)をしている気がします.50を過ぎて,人生が終わったと思った後もそうですし,40代も既にそんな感じだったかな.

 30代は,将来のことを考えたと思いますが,考えるとしんどくなって,その辺から考えなくなったということですかね.でも,考えなくなってからの方が結果的にうまく行くようになった気がします.

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 そっか,今もいろいろ具合が悪くなって,こんな感じで10年も20年も生きて行くのかとか,将来のことを考えるのがしんどくなってるのかもしれません.でも,将来のことを考えなくなってからの方が結果的にうまく行くようになったのなら,今回もそう行きますかね?

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2/17'25
[将来がないので将来のことを考えない(で済む)]

 そっか,10代や20代の前半のやりたいこと探しをしていた時,つまり,将来のことを考えていた時は,よくなかったわけで,でも,大学4年の春,研究室に入ってやりたいことを見つけてからは,とにかく研究することが楽しくて将来のことなんか全く考えなくなったわけですし,40代の一番仕事(研究)してたというか,研究は20代の時が一番してたと思うので,一番成果が出てた頃も将来のことなんか全然考えてなかったですね.

 じゃあ,将来のことなんか全然考えない方がいいかというと,もちろん,そんなわけはなくて,まずは将来のことを考えて,どうするか決まったら将来のことなんか考えない,つまり,まさに「近く,時々,遠く」ことですね.

 じゃあ,時々の頻度ですが,私の場合,最初が建築構造に辿り着いた20代前半,そして,次が「地震動の性質と建物被害の関係を探求し,それを地震災害軽減に結びつけて社会に還元すること」に辿り着いた30代後半なので,なんと人生でたった2回です.

 そうすると,今回が3回目ということですかね? いや,50を過ぎて人生が終わったと思った時? でも,その時は,何かに辿り着いたわけではなくて,でも,何かに辿り着くための旅が始まったというか,そういう旅をするということに辿り着いたということですかね.

 そういう意味では,今回もそういう旅の一環とは言えますね.ただ,20代前半や30代後半のように具体的に何をするかに辿り着いたということではないですが,方向性が決まったら将来のことを考えないということではなく,逆にあと5年とか10年の命ということで,将来のことをそういう形で意識するとどうなるかということで,「近く,時々,遠く」ではなくなるというか,人生の終盤に来て初めて使える手法?ということですが.あと5年とか10年の命というのは,将来のことを考えるのではなく,将来がないので将来のことを考えない(で済む)とも言えますね.

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[C.P.E.バッハのソルフェジェット]
(ピアノ)

 とある人がC.P.E.バッハのソルフェジェットが好きで練習したということで動画を見せてもらいました.でも,その動画を見てもぴんと来ないというか,こんな曲あったかなという感じでした(大分前の話).

 で(ここからは最近)YouTubeで見てみました.これですね(譜面付き).

 でも,これは(prestissimoと書いてあるのに)遅すぎですね.せめて,このくらいの↓テンポで弾かないと様にならない感じがします.

 うーん,でも,この曲,きいたことあるけど,ちゃんと認識はしてなかったですね.でも,どうやら有名曲というかポピュラー曲のようで(G線上のアリアみたいな感じ?),いろんな人がいろんなアレンジで弾いています.

 エレキギターによるアレンジはかなりいいと思いましたが,一番すごかったのは,これです↓.

 さすがのアムランもこれは弾けないか(笑).

 上の動画では,ドラえもんが5人(体)で弾いてますが,このテンポで音を揃えるのは至難でしょうね.いや,ドラえもんならできるのかな?

 いや,ドラえもんって,(5本)指あったかな? いや,各パートは,ほぼ単旋律なので,親指(はあるみたい)1本で両手で交互に弾いてる?

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[20年の月日]

 東大建築のMLのことはどこかで書きました.O山が中心になって,かなり頻繁にやりとりがされてますし(番号を見たら3780なので富士山は超えた),東京六大学で神宮球場で東大を応援した後飲むみたいな感じで時々集まってるようです(でも,5〜10人くらいのほぼ固定メンバーか).

 先日は,駒場に集まって散策した後,渋谷で飲んだみたいで,その時の写真が送られてきました.でも...

 ぱっと見た時は,誰が誰かわからない感じで,でも,参加者の名前と照らし合わせながら写真をジーっと見て,最終的には,ほぼ全員同定できました.

 でも,ぱっと見た時は,誰が誰かわからない感じだったわけで,彼らと顔を合わせたのは,卒業後20年経った時の20年会が最後で(30年会もあるが,私は行かなかった),それから20年経ってるわけで,月日の流れを感じてしまいました.

 そして,誰かわからないという点では,私も同様なんでしょう(でも,テレビに結構出てるので,少しはキャリブレーションできてる?).40年会ってあるんだっけ? でも,こんな感じだとあまり足が向かないというか,そもそも,もう「将来がない」わけですからね.

 いや,旧知の人と会うのは,将来は関係ない? でも,将来のことを考えず,今を生きるというのは,過去も見ないわけなので,やはり,メンタリティー的にはそんな感じです(でも,正直,会って話したい人はいるんですけどね).

 あ,いや,20年会の後も何度か集まって飲みましたね.なので,最後に会ってから20年も経ってないのですが,月日の流れを感じたことに変わりはありません.

 でも,あくまで写真を見ての話で,実際に会って話すと,全然違うんだと思いますが,そこにたどり着けるかということでしょうか.

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(相場)

 今朝のMーサテで,AメリカのSP500が2年連続20%以上上昇していて,PERとかで見てもかなり割高になってて,新NISAで投資を始めてオルカンとかSP500とか買ってる人はどうしたらいいかということで,出遅れている日本株とか新興国とか他のセクタへの一部乗り換えを薦めていました.どう思いますか?

 もし,SP500が割高ということで調整したら,あるいは,暴落したらどうなりますか? 全世界巻き込まれますよね.なので,乗り換えても意味ないわけで,じゃあ,SP500が割高で下げると思った時の正しい投資行動は,売却です.当たり前の話です.

 でも,経済番組では,絶対にそういうことは言いません.理由はわかりますよね.

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(世の中)

 世の中の変な動きについて,いくつか思うことを(好き勝手に)書いておきます.

 令和の米騒動?ですが,どう思いますか? 5kg2000円で買えてたものが3000円になって高すぎる? いやいや,5kg3000円ってめちゃめちゃ安くないですか? まだまだ,パンとかの小麦の実質半値以下ですよね.

 まだまだ上がるんじゃないかということで在庫を隠し持ってる業者がいるんじゃないかということですが,それが相場というものですし,政府が本気で米価を下げたいのなら,備蓄米を大量に放出しまーすと言えばいいわけで(口先だけでOK),そうしないのは,理由があるわけです.

 キャベツ一玉100円とかで買えてたものが500円というのも同様で,そもそもキャベツ一玉100円というのが安すぎるし,食糧の自給とかちゃんと考えて,ちゃんとそれなりの値段にするのが筋というものでしょう.

 Tランプ関税も相互関税というのは,もっともな話で,要は,公平にしましょうということですよね.いやいや,Aメリカは金持ちなんだから,身を切るべきというのは,これまでの話で,もうそんな余裕なんかないということでしょう.つまり,Aメリカも没落したということですよ.

 Uクライナ戦争の終結というか停戦ですが,Rシアは,Uクライナの?ATO加盟を絶対に認めないということですが,そういうことにして停戦して,ある日突然,Uクライナの?ATOに加盟したらどうなりますかね? Rシアが怒って攻め込んでも?ATO相手だとさすがに厳しいですよね.でも,いっそのこと,Rシアも?ATOに加盟したらどうですか?

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2/18'25
[調子がいい?悪い?]

 右脚の不具合とか,「あと5年か10年くらいして具合が悪くなって病院に行って,ステージ4の癌であと半年の命」とか書いたのを読んでくれたのか,調子悪そうですねと連絡してくれた人がいました(ありがとうございます).

 一方で,調子よさそうと言った人もいて,その人は,ウェブサイトを見てではなく,直接,私の様子を見てということです.

 どっちが本当かですが,普通に考えれば,ウェブサイトではなく,直接本人を見て,ということなんでしょうが,何とも言えないところはあります.ほんとは,調子悪いのに調子がいいようにふるまうこともできるわけですからね.でも,実際のところは,調子悪いのに調子がいいようにふるまうことはしていません.

 じゃあ,調子がいいのか悪いのかどっちなんやということですが,どっちでもないというか,何度も書いたように「ニュートラル」なんだと思います.そして,その「ニュートラル」がいいわけで,そういう意味では,「調子がいい」のかもしれません.

 実際,「あと5年か10年くらいして具合が悪くなって病院に行って,ステージ4の癌であと半年の命」という状況を想像したら,気が楽になって,元気になったというと変ですが,そんな感じで,それも悪くないと思えて,全く自然に受け入れられたんですね.

 でも,「あと5年か10年くらいして具合が悪くなって病院に行って,ステージ4の癌であと半年の命」は,いいことばかりではないわけで,まさに一長一短なんですが,それがニュートラルということでしょう.

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(ピアノ)

 アムランのソルフェジェットのピアノロール版を実際に弾いてる動画がありました.

 5人で合わせるのは,大変だと思ったんですが,1人ずつ被せて行くのでそうでもないのかな.このテンポでちゃんと弾くだけでかなり大変だとは思いますが.

 でも,一番手前の5人目がずっと譜めくりだけしてて,なんで譜めくりが一番手前にいるんや,みたいな感じなのが(笑).

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2/19'25
[なんとかここまで生きてくることができた]

 「あと5年か10年くらいして具合が悪くなって病院に行って,ステージ4の癌であと半年の命」と考えると(しつこい?),なんか安心したというかほっとしたってことですが,もう一つの側面としては,なんとかここまで生きてくることができた,あと5年とか10年してそういうことになったとしても,まあ何とか十人並みというところまで来られたということもあると思います.もちろん,5年どころか,明日死ぬかもしれないのですが,それは,加齢は関係なくて,若い人がそうなるのと確率はそんなに変わらないでしょうからね.

 でも,そういう意味では,あと〇年,つまり,定年までは,ちょっと困りますかね.研究室の学生もいますし,回りに迷惑もかけてしまうでしょうからね(他にもあるけどそれは書けない).でも,その可能性も0ではないので,ある程度は対処できるように準備しておくことも必要ですかね.

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2/21'25
[これから若い頃のように結構節目がある]

 「あと5年か10年くらいして具合が悪くなって病院に行って,ステージ4の癌であと半年の命」ですが,あと5年か10年くらいしてかどうかはともかく,死に方的には,宮田がそういうことを言っていたのを思い出しました.

 それで,今回,思ったこととしては,「具合が悪くなって病院に行って,ステージ4の癌であと半年の命」という状況になるかどうかはともかく,「そういう瞬間」というか,人生に一区切りというか,そういう節目のようなものはあるのかも,ということでしょうか.

 これからの節目としては,最初に来るのが今の大学の定年で,その次が次があれば,その定年,そして,その次が「そういう節目」で,こうしてみると,これから退屈な人生かと思いきや,結構「節目」があるってことですかね.

 これまでの節目としては,大学に受かって上京,研究室に入って研究というものに出会う,就職,結婚,1999年台湾集集地震をきっかけにやるべきことに辿り着く,筑波大に移る,京大防災研に移る,という感じだと思いますが,1999年台湾集集地震をきっかけにやるべきことに辿り着く,は,私の特殊事情でしょうし,大学を移ったのも自分の意思で,移らない人も多いでしょうから,そうすると,節目は,結婚までの若い頃に集中してるわけで,そのまま定年まで行って,その後,また若い頃のように,いろいろ節目が来るということでしょうか.

 でも,これは,若い頃は,成長して行く,新しい世界に出会っていくということなのに対して,歳をとってからは,後退していくとは言いませんが,広げた風呂敷を畳んで行くとか,死ぬ準備をするということなわけで,でも,それでも,変化があるのは,悪くないのかもしれません.

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 それで,そういう節目ですが,具体的に何をするかというと,「身辺整理」ということですね.

 もう「これから」はないということだと,「いつか」はなくなるので,一応とっておくようなものは,全て処分なわけで,感覚的には,95%は,そういうものだと思います.

 京都に来る時に,電子化も含めて,荷物の2/3を処分したと思うのですが,それ以上の身辺整理ということですね(その時も気持ちよかったですが,その時以上に気持ちいいんでしょう).そして,その分類は,今すぐにでもできると思います.具体的には,今というか,少なくとも半年以内に使うものとそうでないものということでしょうか.

 そっか,今の大学をやめる時にも,身辺整理というか,荷物の大幅圧縮はしたいですね.引っ越すことになりますし,「研究室」というスペースもなくなるでしょうからね.

 そうすると,分類は,今というか,少なくとも半年以内に使うものとそうでないもの以外に,その中間的なものもあるということか.ちょっとめんどくさくなって来ましたが,それでも今の半分にはなるというか,しないといけないと思うので,まずはそこですかね.

 でも,京都までもって行くかとか,今というか,少なくとも半年以内に使うか,という明確な基準がないというか,そういう基準を設定する必要がありますね.

 でも,一つ思ったのは,収納の仕方です.今は,多くの荷物がファイルボックスに入っていて,引っ越す時は,それが4つ入る組み立て式のダンボールがあるので,そこに入れるだけなんですが,「今使っているもの」以外は,ファイルボックスに入れておいてもあまり意味ないし,むしろ,ダンボールに直接入れた方がたくさん入るし見つけやすいので,そういう収納方法に変えていくのがいいかもしれません.

 つくばで引っ越した後,引き出し式のダンボールに荷物を入れていったら,あっという間に片付いたんですが,そういうイメージですかね.でも,引き出し式のダンボールだと,そのまま引っ越せないんじゃないか,ということに気づいて,それは,やめたんですが,イメージとしては,そんな感じでしょうか.

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2/24'25
[確実にやった方がいいことをすぐに効果が出なくてもやり続ける]
(右脚)

 右脚のその後ですが,あまりよくないです.でも,悪くなってるってこともないので,最低限の状況は維持しているとも言えるでしょうか.最大の問題は,解がないということ,いや,解がまだ見つかってないということですかね.

 整体や整形外科に行けばいいのなら簡単な話で,そういうところに行っても何も変わらないどころか,よくない方向に行ったこともありましたし,実際,いろいろ情報を集めると,彼らが言ってることは,ばらばらというか真逆で,例えば,動かすなという人と動かせという人がいるわけです.

 このことが意味することは,どれも正しくないというか,正しくない可能性があるということで,それでは,そういうところに行っても,よくならないどころかよくない方向に行くことがあるのは当然で,今以上悪くなるのは避けなければならないので,そんな一か八かに賭けるわけには行きません.

 じゃあ,どうすればいいかですが,確実に正しいと思えることをするしかないですかね.具体的には,動かすか,動かさないかではなく,「適度に」動かすことで,それは,寝たきり座りきりでも,激しい運動でもだめなことが明らかということは,その中間のどこかに最適解があって,そこを探すしかないわけで,それは,整形外科や整体ではわからないでしょう.

 つまりは,治療というよりは,どういう生活をするかということで,実際,こうなったのには,原因があるわけで,その原因を除去するということです.痛みが出ているから痛みをとるというよりは,痛みという形で警告を発している自分の体を信じるということもあります.

 具体的には,適度に体を動かす,座り過ぎない,座ってる時に脚を動かす,しっかりしゃがむ,姿勢に気をつける(骨盤を立てる),歩き方(蹴り脚の膝を伸ばす)や立ち方(膝を曲げない)に注意する,仰向けに寝るなど,これらを全部やるだけでも大変です.

 そして,そういうことを実行しても,すぐにはよくならないわけで,でも,何か確実に正しいかどうかわからないことをして,よくならなければ,効果がないということで,持続性がなくなるのですが,確実に正しいというか,やった方がいいことなら,やり続けた方がいいわけで,それでよくなろうがならなかろうが,とにかく続けるということですね.

 そういう意味では,全部確実に実行はできないので,できる範囲でやるということが持続するという点でも重要でしょう.

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2/26'25

 と書いたのですが,確実にやった方がいいことをやるだけでは,厳しいかもしれませんね.歪んだものを治すには,歪の反対方向に動かして戻す必要があるでしょうからね.

 そもそも,悪くなってるってこともないので,最低限の状況は維持している,と書きましたが,少しずつ悪くなってるような気もしてきました.

 現状は,とぼとぼ歩けば大丈夫ですが,普通に歩くと痛いですし,少しの上り坂や下り坂も痛いというか違和感があります.階段を登るのも痛くて,壁や手すりに触らないと危ない感じです.靴下を履くのは,背もたれを使ってぎりぎりですし,椅子に座ったり椅子から立ったりしゃがんだりすると太腿が痛いです.

 じゃあ,どうすれば,ということですが,一か八かとは言いませんが,リターンを得るには,ある程度,リスクをとる必要があるということですかね.

 でも,人任せだと失敗した時に納得できないので,やはり,自分でいろいろやってみるということですかね.でも,そういうことを繰り返してる感じですが,効果が感じられたものもあって(例えば,右に捩りながら少ししゃがむ),でも,いつの間にか,効果を感じられなくなってやめてる感じですが,効果があったこともあったということで,そういうことを続けるってことですかね.

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2/27'25
[スクリャービンという作曲家]
(ピアノ, 音楽)

 今年は,スクリャービンのアニバーサリー(没後110年)ということで,彼の曲をぱらぱら弾いてるのですが,ここで思ったのは,10年前の2015年は,没後100年だったわけで,その時は,何しとったんや?ということです.

 で,当時のこのサイトを見てみると,トゥールのピアノソナタとか弾いてますね.まあ,この頃は,弾く気になる曲がほとんどなく(要は,やる気なしということ.それは,今も変わらないが,10年前より今の方がましにはなってきた),弾く曲探しが大変で,アニバーサリーとか関係ないというか,そういう縛りをかけると弾く気になる曲がなかったですからね.

 でも,プログラムを見ると,村木さんは,いつもスクリャービン(それも主として後期)を弾いてるので,アニバーサリーとか関係なし(笑)でしょうが,ちゃんと弾いてくれてますし,多賀谷がソナタの4番弾いたんですね.そうだったかなあ(よく憶えてない).

 あ,記事を見ると,最初は,ファンタジーを練習してたんですね.でも,あの時が10年前かあ.もう随分前のような気がするなあ(10年以上前に感じるということ).

 で,今年ですが,何とかスクリャービンを弾ければと思ってるのですが(でも,10年前の今頃は,ファンタジーを練習してたので,これからどうなるかはわからない),あらためてスクリャービンという作曲家について考えてるというか,どういう作曲家だったのか,ということでしょうか.

 ここちょっと書いてますが(この記事は,もう20年前),その時と何が違うか違わないかということですかね.

 もちろん,いろいろあるのですが,そういうことの1つに,生涯で作風を大きく変えて行ったということで(とは言え,彼は,43で亡くなってるので,晩年とは言え40代前半).簡単に言えば,最初は,ロマン派の延長上からスタートして,(同学年のラフマニノフとは対照的に)途中から,無調,そして,神秘的な独特の音楽へと変遷していったわけで,それは,1900年代という,まさにシェーンベルクなどが無調音楽を書くようになっていた時期と重なっていて,つまり,彼は,当時の最先端にいたということですね.

 ただ,シェーンベルクが,その後,十二音に到達したのに対し,スクリャービンは,亡くなってしまったということもありますが,無調という中で,神秘和音というような縛りで音楽を書いていて,生きていたらどうなったかはわかりませんが,自らの道を突き進んだような気がするんですね.

 つまりは,彼は,受ける曲とか売れる曲とかではなく,あるいは,学術的音楽的新規性を追及してたというよりは,自分が書きたい,作りたい曲を(ある意味,独りよがりに)書いてたわけで,それってすごいというか,そう考えると,以前よりスクリャービンが好きになるというか,後期の,多くの人にとってなんじゃこら?という難解な無調音楽も違った聴こえ方がするのは,不思議な感じがします.

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 ということで,彼の音楽を,前期→中期→後期とざっと(読みやすくということで,音楽的にちゃんとしたものではなく,アバウトでいい加減な)紹介したいのですが,前期は何がいいですかね.一番よく弾かれるのは,ソナタの2番(Op.19)ですかね.

 非常にピアニスティックですし(当初は,ラフマニノフよりスクリャービンの方がピアニストとして嘱望されていた)ショパンの影響を受けたロマン派の延長上とは言え,彼独特の音楽で,この曲の人気があるのがわかります.

 ちょっとマニアックなところでは,Op.11のプレリュードの最初の曲は,私は好きですし,

 更にマニアックなところでは,Op.17-5のプレリュードも好きです(大変な難曲ですが).

 私が一番好き(だった)ファンタジー(Op.28)は,中期という人もいますが,前期だと思います.

 それで,中期というか,どの辺から「変な感じ(笑)」がしてくるかですが,どこかで書いたと思いますが,最初にそんな感じがするのは,Op.32のポエム(詩曲)です.

 どこかで紹介した30秒!で弾けるOp.33-3のプレリュードも何か変ですよね.

 短い(1分以内の曲シリーズ?)で紹介したOp.48のプレリュードもちょっと変な感じです.

 中期の代表曲は,やはり,ソナタの5番(Op.53)だと思います.出だしの「ドカドカドカドカ」というトレモロは,びっくりしますが,

それ以降は,割と聴きやすいと思います.

 で,いよいよ,後期ということですが,どこから後期かは,どうなんですかね? 無調ってことだと,最初に無調で書かれたのは,Op.52の3つの小品の2曲目の謎(Enigma)と言われていますが,どうですかね.

 でも,Op.56の4つの小品の4曲目のエチュードやOp.59の2つの小品まで来ると,大分,無調ぽい感じですし,Op.59は好きですね.

 Op.59-2のプレリュードは,こっちの演奏の方がわかりやすい.

 ソナタの6番(Op.62)は,一つの節目とは言われていますが,

ちょっとおどろおどろし過ぎるということで,7番(Op.64)の方がよく弾かれますかね(スクリャービン自身も).

 あとは,9番(Op.68)と焔に向かって(Op.72)ですかね.

 個人的には,Op.65-3のエチュードもそうですが,

 最近,はまってきたというか,いいと思うようになったのは,Op.73の2つの舞曲と

ギレリスのライブの演奏がすごいということで紹介しましたが,最後のOp.74の5つのプレリュードです.つまり,Op.72と合わせると,最後の3曲(集)ということになりますね.

 ここまで来ると,まさに「行き着いた」という感じもしますが,スクリャービンは,43で急死したわけで,この後も作品を書き続けたらどうなったんだろうとは思いますね.

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2/28'25
[つくばに17年もいたわけ]

 考えてみたら,つくばに17年もいたんだなと思いました.

 一番長いのは,東京の22年なので,それに次ぐというか,それに匹敵する長さです.で,どうして,そんなに長い間,つくばにいたのかなと考えました.

 まず,つくばは,住みたい街ではありません(でも,住みたい街ランキングでは全国でもトップクラス).学生の頃,建研に何度か(遊びに)行って,当時は,大学院を出ても助手(今の助教)のポストがあるとは限らず,そうすると,建研に行く可能性もあって(実際,S原先生は,建研に行った),でも,つくばに行くのは嫌だなあと思ってました(すみません).

 じゃあ,どうしてつくばに行ったかですが,地震研で行き詰ったというか,展望が見えない中,筑波大の公募が出て,声がかかったからで,でも,つくばに行くことになるので,どうしようかなあとは思いました.

 で,行くことにしたのは,数年後,電車(TX)が来るので,東京が近くなるということもありましたが(当時は,首都圏というか東京近郊にいたかった),やはり,「構造動力学」(と公募の要項にも書いてあった)という自分のやろうとしてることができそう,しかも,筑波大は,大講座制で,全く0から自分の研究室を立ち上げて,何のしがらみもなくできそうということが大きくて,それは,実際,そうなりました.

 でも,つくばという街に住んでる違和感のようなものはずっとあったと思いますし,行ってしばらくは,東京に帰りたいと思ってました.でも,結果的に17年もいることになったわけで,それは,どこからも声がかからず仕方なく,ということではなくて,実際,7年くらいしてQ大からお話はいただいたわけですし,じゃあ,どうして,その話を断ったかということです.

 行く先は,F岡なので,まさに出身地ですし,ほんとにいいところで,つくばより全然住みたい街です.でも,東京から遠く離れるということはありましたし,夢破れて帰るイメージというか,出身地がゆえに行けないということもありました.

 2回目のチャンスは,職員宿舎が老朽化で立ち退きになった時で,東京に帰りたいということなら,自宅だけでも東京(の近く)に引っ越すこともできて,そういうことも考えましたが,そうすることはなく,つくば市内のマンションに引っ越しました.

 その時は,もう東京に帰りたいとは思わなくなってたこともありますが,内的熟達的生活ができるようになっていたので,どこに住むかは,関係ない感じになってました.じゃあ,内的熟達的に何をしていたかですが,それは研究で,つまり,研究するのに筑波大がいいところだったということですね.筑波大は,つくばにありますから,そこで研究するのなら,移動時間が少ないつくばに住んで方がいいに決まってます.

 じゃあ,筑波大の何がよかったかですが,上で書いたように,何のしがらみもなく,やりたいことができたということがあるのですが,今にして思えば,「建築じゃない」のがよかったような気がします.

 どういうことかと言うと,建築だと建築の中の構造ということになって,建築の場合,最初は多くが意匠志望なわけで,でも,筑波大(の工シス)は,意匠はなくて,機械とかエネルギーとかロボットとかコンピュータとかのバリバリのエンジニアリングの中に構造というか防災があるので,多くの優秀な学生が第一志望で来てくれたんですね.そして,そういうところって,日本では,筑波大以外にはないと思います.

 なので,(街は住みたい街ではないけど)いたかったからいたってことですが,じゃあ,どうして防災研に来たんや?ってことですよね.研究所なので,学部より講義などの負担が減って研究できるかもということはあったと思いますが,外から見てても「大変そうなところだなあ」と思ってましたし,実際,そういうところはあります.学生は,地震研などの東大の研究所と違って4年生からとれるのですが,「建築」という枠組みですしね.

 もちろん,お声がけいただいた,ということが大きいですが,こうなったのも何かの縁というか,Q大の話の時から10年経ってますし,〇〇の暴走とか,筑波大自体にいろいろ問題が出てきてたということもありましたかね.

 でも,17年もつくばにいたのかと思うと,何か変な感じがしてくるのは,なんなんですかね.じゃあ,どこにいればよかった? ずっと東京にいればよかった? それも何か違う? じゃあ,結局,どうだったらよかったなんかないわけで,別にどうこういう話じゃないってことですかね.

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[あと10年くらいがちょうどいい]

 別に長生きしたいとは思いませんが,どこも悪いところはないし,結果的に長生きしちゃうんじゃないか,悪いところがないのなら,それはそれで楽しめると思っていました.

 でも,そうは行かなくなってきて,具体的には,右脚とか左手とか,それ以外にもいろいろ不具合が出てきたこともありますし,もうすぐ社会からお前はもう要らないということになるし,あと10年くらいがちょうどいいというか,そんな気持ちになってきたんですね.

 そして,それは,そんなに残念という感じでもなくて,お役御免というか,ほっとするところもあるわけです.

 ただ,同時に,それを阻害するというか,それが何かは書きませんが,もっと生きたいと思うことに繋がることもあったりするんですが,うーん,どうなんですかね? それこそ,10年後は,どうなってるかわからないですし,そういう意味では,あと10年くらいでいいと思っていても,ほんとにそうなるかはわからないですし,結局,「近く,時々,遠く」というか,とりあえず今ってことですかね.

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[あと10年でやっておかないといけないこと]

 でも,あと10年ということだと,そんなに時間はないわけで,じゃあ,それまでにやっておかないといけないことは何でしょうね.

 研究は,まだやりたいことはありますが,どこまで行ってもゴールはないわけで,そういう意味では,命ある限りやればいいとも言えますし,これまで充分やってきたというか,道を切り開くという一番大変だけど一番美味しいところはやったと思いますからね.

 ピアノとかバドミントンとかスキーとかの仕事以外にやってきたことも充分やったということではそうですし,そもそも,右脚とか左手の不具合でもうできそうにないですしね.このサイトは,どう生きるかについて考えてきたので,あと10年で人生が終わるとなると,もうそんなに意味はないですかね.大分,何かに近づいた気もしますしね.

 運保というか相場分析も充分楽しみましたし,戦績も数年前に全てをひっくり返すことが起こって大きくプラスになりましたが,機会を増やして確率の再現性を高めて複利で回すモデルには時間が必要なので,あと10年では,ということもありますし,資産を守る資保に至っては,あと10年ならもう何とかなるでしょう.

 そうすると,これからどうやって生きて行くかというよりは,どうやって死んでいくかというか,畳んで行くかということの方に重点が来るわけで,やるべきことは,身辺整理ですかね.

 でも,それこそ,ある程度のお金を残しておけば,全部処分してくださいでいいわけで,そのくらいのお金は残るでしょうから,いろいろ掘り返されて困るものだけ何とかしておけばいいのですが,それならすぐに終わる気がします.

 つまりは,荷物を減らしてすっきりしたいというのも,気分よく生きて行くためのものということで,あと10年なら,それも必要なくなるということですかね.

 ということで,あと10年ということで,特段やっておかないといけないことはないということになって,それはそれで,ちょっと驚きなんですが,じゃあ,何して過ごすかですが,それは,やっぱり,いっしょにいたい人と過ごすことでしょう.というか,それしかないんじゃないですかね.

 でも,もちろん,そういう人がいればの話なわけで,でも,いっしょにいたい人,過ごしたい人の範囲を,いっしょに楽しく研究や仕事ができる人や,会って楽しく話ができる人と話をするということまで広げれば,ということはありますかね.でも,老害にならないようにということもありますし,自分からどうこうということはないですかね.

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