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4/1'25
[一転して]

 昨日から1日経って,新年度ということで,お世話になりました,という挨拶から一転して,お世話になります,という挨拶で,たった1日でこの大逆転はなんなんでしょうか.まさにハードランディングってことじゃないですかね.

 自分は,その「墜落」に耐えられるでしょうか.いや,お世話になりました,から,お世話になります,ならまだしも,お世話になりました,だけだと「死ぬ」ようなものですよね.

 最近というか,ずっとそうなのですが,次から次へと仕事が振って来るというか,常時,ものすごい数の仕事が走っていて,ここまで来ると,何か致命的なミスを犯さないかと思ってしまいます.こんな状態で「お世話になりました」だと,まさに墜落しかねないんですが,最後の1年でなんとかうまくソフトランディングできればということでしょうか.

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 こんな大変なことになるのに,そういうこともなんとなくわかっていたのに,どうして防災研に来たのかとある人にきかれました.

 話があった時のことは,よく憶えていて,第一印象は,どこかで書いたと思いますが,「めんどくさいことになったな」です.もちろん,断ることもできたのですが,断ることを想像した時,それはないな,とも思いました.つまり,めんどくさいことになるけどやるしかないか,ということです.

 じゃあ,どうして,めんどくさいことになるのに行くことにしたかですが,つくばに17年半もいたので,どこかに移りたかったということはありますね.そして,その先が防災研なら尚更というか,研究所なので,学部よりは,学務の仕事は少なくて研究できるかもということはありましたかね.でも,地震研にいた経験から,それ以外の仕事がいろいろ大変というか,防災研を外から見ていて大変そうなところだなあとは思ってましたからね.

 じゃあ,どうして来たかですが,やっぱり,お声がけいただいたということが大きいんじゃないですかね.公募に出ただけだと,応募することはなかったと思いますからね.筑波大に移った時もお声がけいただいたので,やっぱり,そういうことですかね.

 とは言え,お声がけいただいてもお断りしたこともあったので,なんでもほいほい乗っかるわけでもなくて(そりゃそうだ),そこのところのバランスというか総合的にというか直感的に判断ということですかね.

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4/3'25
[生きてる感じがしない]

 なんか変な感じです.いろいろ大変で,でも,どれも大事な仕事なので,しっかりやらないといけないので,やるしかないのですが,私じゃないとできない仕事じゃないし,ましてや,やりたい仕事でもないし,自分の意思で動いているというよりは,ロボットのように何かの指令で動いてる感じで,言葉はどうかと思いますが,「生きてる感じ」がしません.

 そういうことに社会的責務とかやり甲斐を感じて頑張ってる人もいるんですが,私は,「そういう人」じゃないんですよね.

 でも,そういう中,そういうことに全てを支配されてるわけではなくて,学生がちゃんと研究したり(でも,ちゃんと研究しないと逆にストレスになるけど),ほんの少しでもやりたいことができたり,会いたい人に会えたりとか,そういうことでなんとかもってる感じですが,そういうことがなくなってしまうと,かなりやばい感じがします.

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 そういうことに社会的責務とかやり甲斐を感じて頑張ってる人もいるってことですが,どういうことですかね? というか,そういう人は,それが生きる目的というか,生きることそのものってことですよね.

 でも,リタイアしたらどうなる? いや,そういう人は,リタイアしても,次の仕事に就くとかして,そういうことを続けるのでしょうし,それが生き甲斐なんですよね.

 私はそうじゃないということだったはずなんですが,よくわからなくなってきたというか,どんどんはめられてるというか,実際,頼まれると断れないわけですからね.

 結局,人間,生きることに目的はなくて,社会的責務を果たさないといけないとか,家族を養わないといけないとか,「そういうことにしてる」のが実情で,でも,それで気分よくやって行けるのならそれでもいいんでしょうが,私は,なんか違和感があります.

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[70くらいで逝くのも悪くない]

 一般的に言えば,多くの人は,長生きしたいんですよね.私の場合,そんなに長生きしたいとは思わないのですが,心身の健全を保てて,要介護にならないのなら,ありがたくいただきますということはありますし,早く死にたいと思っても死ねるものでもなく,長生きしてしまう「リスク」もあるわけで,それなら,心身の健全を保てるように,要介護にならないようにしないといけないと思ってましたし,長生きしたいとは思わないけど,死に方が重要というか,痛いのとか苦しいのは嫌なので,病気にならないようにということで,でも,そうすると,結果的に長生きしてしまうかも,でも,心身の健全を保てて,要介護にならないのなら,ありがたくいただきます,ということだったわけです.

 でも,最近,考え方が変わってきて,70くらいで逝くのも悪くないんじゃないかということです.

 一つは,心身の健全を保つのは,思いの外,難しいということです.右脚の状態はよくなくて,なかなか治らなくて,そうするともう治らないかもしれないわけです.そして,そういうことが他にもこれからどんどん出てくるかもしれません.実際,右脚が痛くなったのも一瞬のことで,それまでは,普通にバドミントンとかスキーとかできてたわけですからね.

 ピアノも指が動かなくなってきてますし,ペダルを踏むので,右脚が痛くなります.指が動かなくなってるので,このサイトの文章を書くのも以前ほどスムーズには行きません.研究は,まだまだ行けると思いますが,右脚のように,あっという間にできなくなるかもしれません.そんな感じで,やりたいこともできない状態で生きていてもつまらないですし,心身の健全を保ったとしても,確実に歳はとって行くわけで,いろいろ大変なこともあるでしょうし,老いぼれた姿を晒したくないというのもあります.

 そして,今なんですが,仕事が大変で,このままでは,ソフトランディングどころかハードランディング,つまり,墜落ということになりそうで,大学をやめたらガクッと来て体調を崩して70くらいで逝くというのも現実味が出てきました.

 もしそういうことになったら,あの人,防災研に行って体を壊して早く亡くなったけど,そんなことなら防災研になんか行かなきゃよかったのにね,と言われるのかもしれませんが,そうではないということです.こんなことになるんだったら,防災研になんか来るんじゃなかったとも思いません.

 だって,来ることを選んだのは自分自身ですし,防災研に来て,よかったと思うことも多いですし,一方,やりたいことはもう充分やってきましたし,しんどい思いして長生きするくらいなら,そんなに苦しまずにさっさと逝った方がいいわけで,防災研に来たことで,そうなる可能性が出てきたことも悪くないということでしょうか.

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4/5'25
[70という歳]

 70くらいで逝くのも悪くないってことですが,そう予定通りに行くとは限りません.でも,自死はだめなので,じゃあ,どうしたらいいかということですね.

 一つは,とにかく仕事が大変でストレスを溜めて体を傷めつけるということで,今の状況はそれに近いですが,ちょっと間接的過ぎますかね.いや,ストレスを感じて,暴飲暴食をして肥満とか,アルコールに溺れてアル中とかもあるんですが,もうそんなに食べられないし,アルコールもそんなに好きじゃないし,私には,ちょっと難しいですかね.ていうか,病気になって痛いとか苦しいのは,やっぱり,嫌ですからね.

 どこかで書いたと思いますが,事故に見せかけた自死というのは,結構,あると思いますが(ザードの坂井泉水は,そんな感じがする),自死ほどではないですが,事故も痛ましくて,回りにショックを与えてしまいますし,痛いのも嫌ですからね.

 私が登山家なら,遭難(に見せかけた自死)というのもあり? そっか,スキーをするので,滑走禁止エリアに入って,雪崩に巻き込まれて,というのは,現実的? でも,ちょっと間抜けだし,捜索とかで回りに迷惑をかけていまいますし,これもそんなうまく行くとは限りませんね.ていうか,脚が痛くてもうスキーできないし,わざわざ死にに行くのもめんどくさい.

 少しずつ摂取して,一定量に達すると発動みたいなものってないんですかね(ありそう).睡眠薬ってどうなんですかね.あるいは,脚が痛いということで,痛み止めなら一石二鳥? ちょっと検索したんですが,いのちの110番とか出てきました(笑).そういうのじゃないんですけど.いや,そういうことなのかな.

 でも,10代,20代という将来のある若い人と,もう充分生きてきて,満足もしている一方,これからどんどん厳しい状況になって行く上に,そんなに先もない年寄りは,全然違うと思うんですよね.

 とか書くと,心配する人もいると思いますが(いなかったりして),もちろん,今すぐどうこうということではないですし,大学にいて研究室に学生がいる間や,親が生きている間,会いたい人がいる間は,そういうことはないです.

 でも,大学をやめて,社会から必要とされなくなって,親とか会いたい人もいなくなって,やりたいことも思うようにできなくなって,70を過ぎて,なんかもうつまんないなーと思った時は,そういう選択肢もあるとは思いましたし,それはそれで前向きというか,一種ポジティブなことだとも思うんですよね.

 そう,70って,そういう歳なんじゃないですかね.60代で死ぬのは,ちょっと早い感じがしますが,70代ならまあなんとかという感じで,70って,一つの大きな節目かもしれませんね.

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 とにかく仕事が大変でストレスを溜めて体を傷めつけ(てい)ると書きましたが,どうなんですかね? 確かにめんどくさい大変な仕事が来た時は,ストレスを感じますが,やるしかないならやるしかないですし,どうせやるなら楽しむくらいのつもりでやった方がいいわけで,そうするともうストレスは(そんなに)感じなくて,でも,そういう場合も,体にダメージは蓄積するらしいです.

 でも,やりたいことやってるとまで行かなくても,何とかそれなりに楽しめるというか,やり甲斐があるというか,少なくとも責務を果たすことはできている一方,体は蝕まれて行って,結果,歳をとって衰えて行く中,しんどい思いをせずにさっさと逝けるのなら,それはそれでありってことなのでしょうか.

 そして,そういう破滅的な生き方というか,生き急いでるような人は,結構,いて,私は,全然そういう感じじゃなかったんですが,この期に及んでそんな感じになってきてしまったってことなんですかね.

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 でも,どうなんですかね? 確かに仕事は大変なことになってますが,仕事以外何もできてないというわけではないですし,実のところ,そんなに大したことないのもかもしれません.というか,そう考えることが大事ということでしょう.

 むしろ,30代とか40代の時の方が追い込まれてる感は強くて,それは,仕事以外にいろんなことをしてたからで(例えば,学会から夜帰って来て,その足で,準指の養成講習に前乗りで出かけたりとか),でも,今は,バドミントンもスキーもしてないですからね.でも,それで,右脚が痛くなったのでしょうし,仕事以外にやることをやらなければ,仕事ばっかりになって,それはよくないのですが,何とかピアノは弾いてますし,30代とか40代の時がやば過ぎで,仕事以外にやることは,今くらいがちょうどいいのかもしれません(でも,仕事は大変過ぎ).

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4/6'25
[(一段現実的な)生きる目的]

 このサイトで,再三,生きてることに目的はないと書いてきました.これは,私がそう思うというだけではなく,哲学的な結論でもあり,人生所詮退屈しのぎというのは,そういうことです.でも,そう簡単に死ぬわけにも行きませんし,それなら,楽しく気分よく退屈しのぎして行きましょうとも書いてきました.

 でも,そういう哲学的なところから一段現実的なところに降りれば,生きる目的は,DNAにそう書いてある,つまり,本能に従うのなら,人類の存続で,それは,即ち,子供を作って育てることでしょう.このことは,裏を返せば,人生50年,つまり,子供を作って育てれば,もはや生きてる意味はないということです.

 ただ,両親ともに社会に出て働くようになった現代社会の状況を勘案すれば,孫の世話という新たな役割,あるいは,50を過ぎても,社会に貢献することで人類の発展に寄与するということもないこともないかもしれません.

 じゃあ,私自身の場合は,どうかですが,子供はいないので,孫もいません.一方の,社会に貢献ということについては,幸いまだ働いていますので,定年までは,(一段現実的な)生きる目的はあることになります.

 でも,このことが意味することは,(定年で)仕事がなくなれば,(一段現実的な)生きる目的がなくなることになり,もうのんびりやりたいことやったらいいというのは,(一段現実的な)生きる目的なく生きることになるので,かなり厳しいということですね.

 なので,定年以降も(一段現実的な)生きる目的をもって生きて行くには,死ぬまで働くなどして,なんらかの形で社会と関わることになりますが,それはもうしんどいということなら,70くらいで逝くのも悪くない,あるいは,何とかできる社会と関われることをするということですかね.

 もちろん,(一段現実的な)生きる目的なしに生きて行けるのなら,それもありでしょう.例えば,(社会と関わらない)やりたいことをやることで生きて行ける人もいるでしょうし,何をするでもなく自堕落に(楽しく)生きて行ける人もいるでしょうし,それならそれでもいいと思います.

 ただ,一段現実的なものだとしても,生きる目的は,あった方がいいということはあるでしょうし,やりたいかどうかというのは,非常に不安定ですし,体が衰えていって,できなくなることも多いですからね.

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 結局,自分が誰かから必要とされるか,ってことなんでしょうね.

 個人的には,50を過ぎたあたりで,もう(研究ではなく大学は)リタイアしてもいいと思ったのですが,研究室に来たいと言ってくれる学生達のおかげで,何とか思いとどまることができたわけですし,その後,お声がけいただいて,今のところに移ってきたおかげで,なんとか最後(定年)まで完走できそうというところまで漕ぎつけることができたということでしょうか.

 そして,それは,定年後も然りということですかね.研究は,続けて行きたいと思っていますが,とても怠け者の私なので,一人でしこしこは,やっぱり,厳しんだと思いますし,それは,研究に限らずということでしょうか.

 でも,こればっかりは,他力本願なんですが,誰からも必要とされなくなったら,70くらいで逝くのも悪くないと思えたので,それはそれでありということでしょう.

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4/7'25

 とか書くと,社会から,あるいは,誰かから必要とされたいみたいですが(もちろん,そうであれば頑張りたいとは思いますが),そういうわけでもなく,社会からも誰からも必要とされなければ,それはそれで,お役御免というか,肩の荷が下りるとも言えて,そうなれば,やりたいことやってのんびり過ごして行きます,と書いてきたのですが,それは,なかなか難しそうで,だったら,70くらいで逝くのも悪くないという選択肢も出てきたということですかね.

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[必要とされることと必要とすることは,表裏一体]

 社会や誰かから必要とされるか,ということもありますが,逆に私が社会や誰かを必要とすることもあるわけです.

 研究室に来たいと言ってくれる学生達のおかげで,なんとかやってこられたと書きましたが,それって,まさに私が彼らを必要としていたとも言えますからね.社会から必要とされる一方で,食べて行くには,社会が必要なわけですし,誰かから必要とされるってことは,その人のことを必要としているということでしょう.

 つまり,必要とされることと必要とすることは,表裏一体なわけで,必要とされれば頑張るというのも変な話で,じゃあ,自分自身はどうなんやということでしょう.

 なので,必要とされれば,という受働的なことだけではなく,ある程度,能動的なことも必要になって来るんですが,老害ってこともあるし,定年でクビってことは,要らないと言われてるわけですし,やろうと思ってもできなくなることも多いでしょうから,そう簡単な話ではないですが,まあ,自然の流れというか,自分の気持ちに正直にってことですかね.

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[生き方も変わってくる]

 5年とか10年後に逝くことも想定すると,当然,生き方も変わってきます.要は,将来のことを考えないということですね.

 具体的なこととして,またサプリメントを摂り始めました.30代から40代にかけて摂ってたんですが,長期的に摂り続けることで将来的に何か副作用的なことがあるかもと思って,40代のどこかでやめたのですが,今はもう将来がそんなにないので,今の体調を優先ということです.

 逆に添加物ばんばん摂っても,蓄積して何十年後かに発がんしても関係ないので,添加物も摂っていいのですが,添加物排除生活を始めたのは,「今の」体調をよくしたいからで,これは,継続ですね.

 あとは,やはり,荷物ですね.将来,いつか必要かもしれないというものは,廃棄ということなんですが,5年10年だとまだ廃棄というわけにはいかないですかね.

 でも,定年の時に引っ越さないといけなくて,その前にできるだけ荷物は減らしたいので,〇年後,どういう心境になっているかですね.

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[前日比ではない]
(経済, 相場)

 Tランプ関税で市場は大荒れで,想定以上の厳しい措置という報道ですが,事前に充分想定されたことなんじゃないんですかね.

 でも,一つ気づいたことがあって,日本市場にしろ,アメリカ市場にしろ,「前日比」で,大幅下落と言っていますが,実際は,現物市場が開いていないときでも,先物市場は,開いてるわけで,具体的には,今日の日本市場は,大幅下落という報道ですが,それは,今日のことではなく,むしろ,先週のアメリカ市場のことで,今日の日本市場は,昼間は,むしろ上がってたわけで,夜になると,アメリカ市場が暴落と言ってますが,日本市場の先物は,むしろ上がってるわけです.

 つまり,その国の市場の「前日比」で上がった,下がったと言っても意味ないってことでしょう.

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[単に筋力が落ちてる]
(体)

 右脚もそうですが,今度は,左腕が痛くなってきました.今弾いてる曲は,左手のオクターブででバーンバーンというのが多いのですが,それで筋肉痛というか痛くなるくらいでは...というか,要は,単に筋力が落ちてるってことなのかもしれなくて,そういう意味では,右脚もそういうことかもしれません.

 そして,筋力がないと,その分,力が入って,益々パフォーマンスが落ちて,の悪循環ですかね.当然,脱力しようとは,するのですが,筋力がない状態で脱力することは,難しいです.

 じゃあ,筋トレとかして鍛えればいいじゃん,とは,ならないというか,そんなこと再三やってるにも関わらず,全然,効果がないわけで,つまり,どうしようもないわけです.

 そうすると,どうなるかと言うと,単純に今までできた強度のことがもうできないということで,でも,歳をとれば,そういうことが起こるのは,当然ということかもしれません.

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4/8'25
[高一の春]

 少し肌寒い日もあったのですが,もうすっかり春のような感じです.

 これまでの〇十〇回の春の中で,思い出す春は,どういうわけか,いつも高一の春です.どうしてかな? 修猷しか入れなかったというと怒られるかもしれませんが,入るのは全然余裕だったと思うので,そんなに希望に満ち溢れてたわけでもないんですけどね.中学が男子校(西南)で,女の子がいたのは嬉しかった(笑)ですが,それが理由とも...

 そもそも,高一の春,どういう心構えというか,どういう風に過ごして行くつもりだったんですかね.そこのところが全然記憶にないんですよね.少なくとも,東大に行くために勉強するぞ,でなかったことは確実(笑)ですが,どうしてそう思わなかったのかってことですかね.

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4/9'25

 どうして,思い出す春がいつも高一の春かですが,高校生活が始まるポイントで,(父が亡くなる高二の冬までは楽しかったけど)もっと違う過ごし方ができたんじゃないか,もし戻れるのならやり直したい(でも,実際のところは,戻っても同じことを繰り返すだけだし,高二の冬の父の死をまた経験するのは辛すぎるので,ほんとは戻りたくない)ということなのかもしれません.

 逆に言えば,それ以外の時期は,不遇というか逆境のような時もそれなりの過ごし方ができてたとは思うんですよね.

 そういう時期としては,大学に入ってからの1年半は,理論物理に失望して進路を見失ってしんどかったのですが,あまり真面目な部員ではなかったのですがバドミントン部の練習には出てましたし,知られざる近現代音楽を開拓しながら東大ピアノの会でピアノを弾いたり,そして,何よりも自分に興味がもてる分野を探し続けて建築構造に辿り着いたわけですからね.

 地震研に就職して,何年かしてやるべきことを見失ったというか,やってることが評価されなかった時も研究は続けて,それが今やってることに繋がりましたし,バドミントンで全日本を目指したり,スキーの準指を受けてたり,相場研究もしてましたからね.

 でも,高校時代は,勉強しなかったということはありますが,じゃあ,それ以外何をしてたかと言うと,ブラスは途中でやめてしまいましたし,ピアノは,弾いてたと思いますが,そんなに打ち込んだわけでもなく,ピアノやピアノ以外の音楽を開拓したのといろいろ本を読んだくらいで,何でもいいからやりたいことをやった感じがしないんですね.

 なので,春が来ると,高一の春を思い出して,あの時,こうしてたらと考えるのですが,戻りたいとは思いませんし,思い出すとしても一瞬のことですし,あの時の失敗があって今があると思うので,別に大した意味はないんだと思います.

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 でも,父が亡くなる高二の冬まで,勉強してなくて,ちょうど高二の冬くらいに,そろそろやらないとやばいと思って,勉強を始めたところに父が亡くなって,ということなんですが,じゃあ,高三の春あたり(に戻るの)は,どうかと考えました(妄想の世界).

 もちろん,父が亡くなったショックがそう簡単に癒えるわけはなく,でも,やらないといけないわけで,(1年2年と男女クラスだったのに,3年は男クラになってがっかりはしたのですが(笑))当時,そういう心境にはなったと思います.

 でも,うまく行かなかったですね.やらないといけないのにやる気にならないのをどうすることもできず,もちろん,今は,そういう場合の方法論をもっていますが,当時は,どうしようもなかったということですかね.

 いや,そういう意味では,それは,今も変わらないので,じゃあ,どうして今は何とかなってて,当時はならなかったのか不思議ですが,それは,今は何か方法論をもってるというよりは,あきらめてるというか,できる範囲でできることしかやらないということなんですが,これがまさに方法論なんですかね.

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 いや,違うかな.結局,勉強という,既にわかってることを勉強するということがつまんなかったんじゃないですかね.実際,大学4年の春,研究室に入って,研究というものに出会って,全てが変わったわけですからね.

 研究に限らず,仕事の多くは,創意工夫というか,自分で考えて行くようなところはあるわけで,学生時代はぱっとしなかったけど,社会に出て活躍する人もいますし,逆に学生時代は優秀だったけど,社会に出たらぱっとしない人もいるわけですからね.

 でも,勉強の仕方にも創意工夫はできるわけで,でも,私の場合,創意工夫ばかりして(笑)(どうやって効率よく勉強するかばかり研究して)勉強しなかったのが敗因ということですかね.

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[自分で自分の首を絞めてる?]
(経済)

 Tランプ関税で,世界経済だけではなく,Aメリカ自身の経済も低迷するので,自分で自分の首を絞めてると言う人もいるんですがどうですかね?

 関税をかけた分は,Aメリカの収入になるわけで,それを国内に還元,具体的には,減税すれば,Aメリカ国内はチャラなんじゃないですかね.つまり,関税の分,インフレになっても,国民の手取りは増えるし,法人税を減税すれば,企業の儲けは残るので,その分,価格転嫁しないで済むわけです.

 じゃあ,何が起こるかというと,割を食うのは,Aメリカ以外の(Aメリカに多くを輸出している)国で,Aメリカファーストというのは,Aメリカ以外の国を犠牲にして,Aメリカを優先するということなので,その通りになってるということでしょう.

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[社会から必要とされれば,あるいは,自分のことを必要としてくれる人がいれば]

 あと5年とか10年で逝くのも悪くないと書いていますが,やりたいことができなくなって行っても,社会から必要とされれば,あるいは,自分のことを必要としてくれる人がいれば,ということは,あるんじゃないの,と言う人もいると思います.

 そうですね.それは,私もそう思いますが,まず,社会から必要とされれば,ですが,何度か書いてるように,体よくこき使われないように注意しないといけません.つまり,ほんとに必要とされているのか,誰でもできるとは言いませんが,私じゃないとできないことではないことを押し付けられてないか気をつけないといけないということですね.

 自分のことを必要としてくれる人がいれば,ということについては,もしそういう人がいれば,そういう人と多くの時間を過ごしたいと思うので,まだまだ生きて行きたいということに繋がりますが,私がどんどん衰えて,例えば,要介護になったとして,そういう人に負担をかけてしまうのは,本望ではないですし,そういう人に醜態を晒すのも耐えられないので,それなら,ということはあります.

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 やりたいことができなくなったということについても,右脚について言えば,歳をとってからもバドミントンを競技レベルで続けたということがあるんだと思いますが,40になった時の一瞬でしたが,全日本の試合に出て何回か勝てるくらいのところまでは行きましたし,何年か前,ようやくバドミントンという運動の本質というか,どう動けばいいかがわかった感じがして,それは,スキーも同様で,何年か前まで,一日中がんがん滑ることができたわけで,充分楽しんだという意味では,細く長くよりは太く短くというか,こんな歳までできたということは,ある程度,太く長くできたということでしょう.

 でも,ピアノは,もう少し弾けるかと思っていたので,ちょっと予想外でしたし,バドミントンもどう動けばいいかわかったところでできなくなったことやスキーも「わかる」までもう少しだったので,それはちょっと残念ですが,これも充分やったということに変わりはないですかね.

 もちろん,体が動かなくなっても,やりたいことが全部なくなったわけではないのですが,残っているのは,研究,このサイト,世の中や経済,相場研究ですが,やっぱり,研究がいつまでできるかですかね.そういう意味では,大学をやめる定年という節目は,やはり,大きくて,そこから一人でしこしこ何十年も研究して行くのは,難しいでしょうから,やっぱり,あと,5年とか10年というのは,妥当なところかもしれません.

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[死んでるのと同じこと]

 要は,要介護になって,赤の他人に尊厳を失うような介護されるのはもちろん,回りや大事な人に迷惑をかけるくらいなら死んだ方がましということですかね.

 いや,要介護にならないように,というつもりだったんですが,右脚とか左腕とか,急に不具合が出て,厳しい状況になってきたということです.

 でも,出かけたりピアノを弾いたりはできなくなっても,何とか家の中で自活できて,家の中で退屈しのぎできれば,ということは考えられるでしょうか.でも,これって,どこかで書きましたが,「最期の時」の過ごし方で,そうすると,やっぱり,5年とか,せいぜい10年という気がします.

 それに,出かけることができなければ,誰かに会うこともできないですし,回りからすると,死んでるのと同じことですよね.あるいは,何とかこのサイトを時々更新することができれば,生きてることだけはわかる? でも,そんなことに意味ある?

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[楽しくていい人生だった]

 いろいろ書いてますが,楽しくていい人生だったと思います.やりたいことやって,それなのに,思いの外,社会的にも成功したと思いますしね.

 でも,それは,これまでの話で,これからどうなるかと考えると,思ったほど楽しいことにはならなさそうで,だとすれば,さっさと逝くのもありということですが,それでも,70代のどこかまで生きられれば,充分というものでしょう.

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4/10'25
(日記, 運保)

 次々に降って来る(研究以外の)仕事に日々対応するのに大変なんですが,相場の方も大変なことになってます.でも,こういう時は,大チャンスで,かなりいただいていて,今日(の朝寄りで決済した玉)は,一日の利益としては,今までに見たことがない数字(桁が違う)になりました.でも,だから何?って感じですかね.

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[責務をある程度果たせた]

 楽しくていい人生だったと思うのですが,それだけでは違和感があって,やっぱり,一仕事できたというか,責務をある程度果たせたということが大きいですかね(勝手にそう思ってるだけかもしれませんが).

 この世に生を受けて,何がやりたいかということもありますが,自分に何ができるかということはあるわけで,社会的に成功するとかは,どうでもいいんですが,自分ができること,社会に貢献できることを見つけて,一仕事するのは,大事だと思います.

 防災研に来て,そういう仕事をいろいろするようになって,大変なことになったのですが,「そういう感覚」になったのは,大きかったかもしれません.

 そして,何とか責務を果たせたかなと思えた時に,楽しくていい人生だったということでしょうか.

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[長生きすることの意味]

 あと5年とか10年とは言っても,首尾よく?そこで逝けるかどうかはわからないわけで,そうすると,何とか退屈しのぎをして行かないといけないことになります.

 どこかで書いたと思いますが,長生きすることのメリットというか意味の一つとして,世の中がどうなって行くかを見ることができるということはあります.今の状況を見ても,世の中はドラスティックに動いていて,見ているだけで楽しめるというと語弊はありますが(でも,戦争だけは見たくない),退屈しのぎには,なるでしょうし,どうなるかを予測して相場を張って一儲けすることもできるかもしれません(でも,あまりいい方向に行ってないのは明らかですし,早く死んで見ない方がいいってこともあるかも).

 子供がいる人にとっては,孫ができて孫の顔を見るとか世話をするというのもあるかもしれませんが,子供が社会に出て頑張ってるのを見守りたいでしょうし,心の支えになるでしょう.

 私には,子供はいませんが,研究室に来てくれた学生達はいるわけで,私にとっては,みんな子供のようなものです.なので,年に1回でも会って,元気にやってる様子を話できけるのは,やはり,楽しみです.

 そういう中に,研究者になってくれた人やこれからなろうとしている人もいるわけで,彼らがその世界で頑張ってくれれば,もっと身近にそれを感じることができますし,相談に乗ることもできるかもしれません.でも,老害にならないように,こちらからどうこうということにならないようにということですが,私の場合,そういうことはないですし,むしろ,いっしょに共同研究して行ければということですかね.

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 そういう意味では,私(の若い頃)はどうだったんでしょうか.

 地震研時代の上司だったというか,卒論の時からお世話になった南先生は,私が30代後半の時に亡くなってしまわれましたし,学生時代にお世話になった青山先生,小谷先生は,ずっとご健在なんですが,私がRCをやらなくなったので,卒業後は,何かご相談するというようなことは,なかったと思います.

 でも,どこかで見ていただいているというか,私自身は,先生方のことをずっと意識してきたというか,支えになっていたと思いますし,そういう意味では,母親もまだ存命で,生きていてもらえるだけでありがたいので,翻って,私と学生達のことを考えると,私も(ひょっとしたら)生きてるだけで意味があるのかもしれません.

 そして,私にとって大事な人にとっても,私がどういう状態になっても生きてさえいればいいということはあるのかもしれません.

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4/11'25
[結局,どこまで受け入れられるか]

 結局,どこまで受け入れられるか,ということなのでしょうか.なお,これは,どのみち「相対的」な話で,具体的には,いつかは死ぬので,いくつまで生きるかもそうですし,いくつになった時,どういう状態かというのも同様ということでしょうか.

 私の場合,長生きしたいとは,そんなに思ってないのですが,生かされるのなら,それは,ありがたくいただきたいとは思っています.でも,辛くて苦しい状態,あるいは,退屈でつまらない状態で生きて行くのは,厳しいですし,若い頃ならともかく,歳をとって,ある程度,お役目も果たした状態ならなおさらです.

 具体的には,病気になって痛くて苦しい状態で生きて行くことは,耐えられないと思います.なので,ある日,具合が悪くなって,あと半年の命と言われれば(例えば,癌なら抗がん剤などで末期がんの治療することは,大きな苦痛を伴うので),潔く受け入れて,しっかりペインケアをしてもらって,その時を待ちます.

 でも,病気になって痛いのや苦しいのは嫌ということで,食事とか,添加物をできるだけ摂らないとか,そういうことには,気をつけてきました(長生きしたいからではありません).そのおかげか,これまで大きな病気はしてませんし,健康診断の数値でも大きな問題はありません(コレステロールが少し高いが,これは,若い時からそう).

 なので,そんなに長生きしたいとは思ってないけど,結果的に長生きしてしまいそうで,でも,それはそれで受け入れて,ありがたくいただけばいいと思っていました.でも,それは,辛くて苦しくなければの話で,そうであれば,例えば,大きな病気になって,治療に大きな苦痛が伴うのなら,無理して治療はしないということです.

 そういうことで,これまでの何となくのイメージは(大きな病気をしなければ),体力が衰えるのは仕方ないとしても,今やってることは,できる範囲で,80くらいまでは,できるんじゃないかと思ってたんですが,1年半くらい前に急転直下,右脚が痛くなり,バドミントンもスキーもできなくなってきました.つまり,今が80のイメージということです.

 歩くのもしんどいので,出かけることも億劫になったのですが,個人的には,出かけることは,そんなに好きではないので,それは問題ありません(むしろ,仕事とかで出かけないといけないことが苦痛).ピアノも左の人差し指が動かなくなって来て,PCのキーボードも打ちにくくなってますし,最近は,左腕も痛くなってきました.

 つまり,今やってることは,できる範囲で,80くらいまでは,できるんじゃないか,というこれまでのイメージ通りには行かなくなってきたということで,じゃあ,それを受け入れられるか,ということですね.つまり,辛くて苦しい状態,あるいは,退屈でつまらない状態で生きて行くのは厳しいと書きましたが,前者はクリアできたとしても,後者が厳しくなってきたということですかね.

 でも,受け入れるも何もどうしようもないなら受け入れるしかありません.具体的には,ピアノやバドミントンやスキーができないくらいなら死んだ方がましとはならないということでしょうか.

 でも,何もしないで,ぼーっと生きて行くことはできないので,他に何をして行くかですが,仕事も(まだ)ありますし,やることは,他にいくつかあります.でも,仕事は,あと〇年で終わりで,そうなった時にどうなるかですね.なかなか厳しそうですが,生来の怠け者なので,意外と何とかなるのかもしれません.

 でも,重要なのは,やはり,要介護になるかどうかでしょう.尊厳を失うような介護を受けるくらいなら死んだ方がましとは思いますが,そんなこと言わずに,おとなしく施設に入って,とにかく生きてさえいてくれればいいと言う人がいれば,そういう道もある? いや,とにかく生きてさえいてくれればいいと言う人がいなければ,そんなの関係ないですよね.

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 いや,「辛くて苦しい状態,あるいは,退屈でつまらない状態で生きて行くのは厳しいと書きましたが,前者はクリアできたとしても,後者が厳しくなってきた」と書きましたが,右脚は,起きている時,座って作業している時は,まだ大丈夫ですが,立ったり歩いて移動する時は,痛みがありますし,何より夜寝ていて,3時間とか4.5時間くらいすると痛くなって目が覚めるのは,かなりしんどいです.

 つまり,今の状態がおそらくぎりぎりで,これ以上,症状が悪化すると,前者も厳しいことになるんだと思います.実際,靴下を履くのや足の指を切るのもぎりぎりで,ここを越えると要介護ということになるのかもしれません.

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(経済)

 Tランプの暴走を止める方法として,Aメリカ株の暴落があると書きましたが,その通りになって,しこたま儲けさせてもらったのですが,実は,ちょっと違ってたみたいです.

 というのは,彼を動かしたのは,株の暴落ではなく,Aメリカ国債の暴落だったということのようです(でも,これもほんとのところはわからないが).株は,株をもってる人間だけが損をするだけだけど(でも,ほんとはそんなことはなくて,株式を含めていろんなものが担保に入っていて,つまり,レバレッジがかかっていて,経済全体がやばくなる),国債が暴落,即ち,金利が急上昇すると一般市民や企業が大きなダメージを受けるし,国債償還も大変なことになるということです.C国がAメリカ国債を売り浴びせたという噂もありますが,どう思いますか?

 日本,やばくないですか? ずっと書いてますが,同じことが日本で起こったら終わりでしょう.債務(のGDP比)は,Aメリカの比ではないですし,実際,日本国債は,度々,売り浴びせられていて,N銀が必死に買い支えてやってきたのが実情です.

 もちろん,N銀は,いざとなったら通貨を大量に発行することができますが,そんなことすれば,インフレになるのは当然で,つまり,日本財政が破綻することはなくても,ハイパーインフレ,即ち,1万円の価値が1000円になって,そういう形で,日本国民は,「借金返済」させられるということです.そして,Z務省が,ある意味,それを狙っているということもずっと書いてきました.

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[(自作)Y1000終了]
(生活)

 自作Y1000ですが,終了することにしました(でも,リンクを貼って気づいたのですが,半年続いたんですね).

 理由としては,特に効果がない(特に睡眠に対して)ことと,糖質が多いのが気になったということ,そして,夕食に+αとして摂るので,単純に摂取カロリーを減らしたいということもあります.

 ちゃんと自作できてたかについては,何とも言えませんが,毎回固形化しているので,菌は生きているということでしょう.あと,どうして半年続いたかですが,原料の脱脂粉乳をがばっと買ってしまったからで(あと,ブドウ糖も),でも,もうそんなに残ってはいなくて,脱脂粉乳は,コーヒーに入れて飲んでもいいですし,ブドウ糖も,甘みが必要な時に使えばいいですかね.

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4/14'25
(右脚)

 相変わらず右脚はよくないのですが,どうしてこうなったかと言うと,普段から座り過ぎという生活をしていて,でも,まめに立ち上がって少し体を動かしたりは,してたわけで,それでもこうなってしまったのは,バドミントンで右脚付け根を傷めたということがあって,それでも,数年前まで練習に行って何とかバドミントンはできてたんですが,練習に行かなくなってこういうことになったわけです.

 つまり,練習に行って動かしていれば何とかなったのかもしれなくて,でも,こうなったらもう練習に行くことはできないので,どうしようもなくなってるのですが,練習に行かなくなったのは,練習に行く気がなくなったからで,それならそれでも構わないということになるのですが,バドミントンができない以上に支障が出てしまっているのが問題で,特に寝ている時に痛くなるのは,多分,よく眠れてないですし,かなりしんどいです.

 それで,思ったのは,どうして練習に行く気がなくなったかです.でも,これは,突然そうなったというよりは,歳をとるとともにだんだんそうなってたので,体や心の衰えということなんでしょうが,歳をとっても,ある程度は,体を動かさないといけないので,バドミントンの練習に行くというハードルが高かったということでしょうね.

 なので,それほど強度が高くない体を動かすことをやるべしといことなんでしょうが,その気になるかということが大きくて,そういう意味では,今は,脚が痛くなければ,練習に行く気はあるので,その気自体は,戻って来てる気はします.

 なので,少し戻ったその気を使って,できる範囲で体を動かすことからやるんですかね.

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4/15'25

 でも,脚が痛くなければ,練習に行く気はあるとは言え,これまで,健康のために体を動かすということは,一切してこなかった,つまり,私にとって,健康のために体を動かすのは,練習に行くよりハードルが高いわけで,だから練習に行かなくなってこうなったわけですからね.

 それは,そんなに困ってないということはあって,寝る時痛いと言っても,寝る時は痛くなくて,明け方一度目が覚めた時痛くなってるということで,そこでストレッチをして起き上がってトイレに行って戻ってくると,だいたい治まります.

 あとは,階段を登る時痛いのですが,職場ではエレベータを使えばいいので,唯一,宿舎の階段ですね.でも,右で一段登って,左で右で登った段に一度着地して,とやれば大丈夫ですし,手すりとか横の壁で支えると,一段ずつでも何とか大丈夫です.

 でも,30分座っていると,立った時痛いので,まめに立ち上がって,関節を大きく動かすことはやって行った方がいいですね.

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4/17'25
[どう歳をとって行くか]

 歳をとるのは仕方ないとしても,どう歳をとって行くかということだと思うんですよね.

 具体的には,1年に1%歳をとると言われてますが(ちなみに1年に1%だと,100年で0ってことではなくて,実際は,0.99**100=0.366),その通りなら,むしろ,理想で,実際は,ある日,がくんと歳をとるわけです.

 これがハードランディングで,ある日を境に定年で仕事を失う(100から0になる)ことは,そういうことに繋がりやすいでしょうし,怪我をしたり病気をしたりということもそういうことのきっかけになることが多いです.

 私の場合,つい数年前までは,バドミントンもスキーもできてましたが,右脚が痛くなって,まさにある日突然,できなくなったわけです.

 喩えて言えば,若い頃,100mを12秒で走れていたものが,歳をとるにつれて,13秒,14秒と徐々にタイムが遅くなっていくのは,しょうがないというか,むしろ理想的で,これがある日突然走れなくなったわけですから,60秒とかになってしまったわけです.

 問題は,これが怪我とかの一時的なものなのか,加齢の一環かですが,バドミントンで痛めた右股関節が原因なのなら怪我ということになるのかもしれません.でも,問題は,怪我か加齢かとかではなく,回復するのかどうかなわけで,でも,少なくとももう1年半,いろんなことをしても回復しないわけで,加齢が不可逆的なものだとすると,そういうことも考えられるというか,受け入れないといけないということでしょうか.

 とは言え,まだあきらめたわけではないというか,ある意味,あきらめて,こうなってしまった根本原因を取り除くということで,できる範囲で体を動かすとかして行くしかないということでしょうか.

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[円安是正を求められると困る?]
(世の中, 経済)

 Tランプとの交渉で,円安是正を求められると,輸出産業が苦しくなるので困ると言ってます.

 あれー? ここ数年で急激に円安が進んで,輸入物価が上がって大変,円安になればなるほど輸出産業には有利になるということではなく,エネルギーや原材料価格は高騰するので,1ドル130円くらいがちょうどいいとか言ってなかったですか?

 メディアって,言ってることがほんと支離滅裂というか,場当たり的ですよね.

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4/18'25

 じゃあ,ほんとはどうかですが,輸出業者は,円安になればなるほどいいに決まってます.エネルギーや原材料価格が上がっても,製品は,それより遥かに高価格なので(エネルギーや原材料を基に自動車という製品を作って付加価値を付けて儲ける商売なので)当然のことです.

 でも,円安になって輸出産業がウハウハでも,輸入産業や一般市民は大変なので,130円くらいがちょうどいいと言ってるだけの話で,でも,そういうほんとのことは言わないわけです.

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(野球)

 野球ですが,ライオンズは,去年ほどひどくはなくても,最初はあんまりよくなくて,でも,ロッテとかソフトバンクにも互角で,まあ普通にはやれてる感じで,徐々によくなって来て,今日は,今井で勝って勝率5割まで来たのかな.隅田もいますが,若手のピッチャーが出てきてる感じもします(左で後ろが小さくて変則ですげー打ちにくそうな(特にセットアップの時)ピッチャーもいた.そうそう,菅井ですね.後ろは小さいけど,投げ方は,巨人にいた内海っぽい).

 それにしても,今井はすごいピッチャーになりました.最初に書いたのは,作新にいた時,つまり,甲子園の時ですが,その時は,腕がきれいにしなっていいフォームで投げてるなあという印象で,今は,上半身がかなり強くなってて,フォームは後ろが小さくて力感がなくて,それでいてものすごくクイックで,あのストレートの球速と変化球の切れですから,そりゃあ打てんわなという感じです.

 でも,メジャー行っちゃうのかなあ.タイプとしては,ドジャーズの山本に似てると思いますが,現時点で,既に今井の方が上だと思います.

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4/19'25
[やりたくないことはやらなくていいけど,やりがいのあるやりたいことはできる]
(世の中)

 万博が始まって,こっちでは,メディアでいろいろやってるのですが,おそらく東京では,そんなに取り上げてないんですよね.

 でも,万博って何なんでしょうね.新しい技術とか,未来というか,世の中がどうなって行くかを展示するってこと? でも,火星に行くとか,空飛ぶ車とかに明るい未来は感じないし,もっと本質的にどういう世の中になったらいいかを考えた方がいいでしょう.

 じゃあ,どういう世の中になったらいいかですが,やりたくないことはやらなくていいけど,やりがいのあるやりたいことはできる,というのがよくないですか? つまり,AIとかロボットが人間がしてる仕事をするようになって,人間は仕事をしなくてよくなればいいというものでもないわけです.

 でも,そういう風に「最適化」される形で世の中が変わって行かないのは,明らかで,ということは,そういう激変して行く世の中の中で,自分はどうするかを各自しっかり考えないといけないということです.

 そして,それは,やはり,やりたくないことは(できるだけ)やらずに,やりがいのあるやりたいことを(できるだけ)やるように,ということでしょう(私の場合).

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4/25'25
[あと〇年ということになり,内的に変化が]

 4/1を過ぎて新年度になってあと〇年ということになり,でも,外的状況が急に変わったわけではないのですが,内的には,変化があったような気がします.

 要は,あと〇年という実感が湧いてきたということで,いろいろ準備をしないとということですが,今年度まで執行部にいるので,すぐにどうこうすることはできそうもないですし,風呂敷を畳むのではなく,広げないといけないみたいなことにもなってるわけです.

 でも,外部状況がそうであるがゆえに,内的には,準備を進めないといけないわけで,それが進んでいれば,来年以降,スムーズに事が進むということもあるかもしれません.

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[お金の使い方を変える]
(生活, 運用)

 あと〇年ということで内的変化があったことと関係するのかもしれませんが,仕事を失うということは,収入が激減するということで,お金の使い方も考えないといけません.

 とは言え,ずっと書いてきましたが,私は,収入がいくらあるからいくら使うというお金の使い方はしないので,それは,ずっと変わらないと思います.とは言え,これだけ使うという額が収入を超えていれば,節約しないといけないんでしょうが,そういうこともしないということですかね.つまり,これまでもこれからも節約なんかしないってことですかね.

 じゃあ,仕事を失った後,どうしていくかですが,貯蓄を切り崩して行くのは,嫌なので稼ぐしかないのですが,一応,準備していることはあります.でも,給与のような安定収入ではないので,どうなるかはわからないですし(でも,給与だって定年でクビなんですから,今にして思えば,安定収入でも何でもなかったんだなと思いますね),場合によっては,貯蓄を切り崩したり,節約したりということもやらないといけないのかもしれません.

 まあそうなったらそうなったで,その時,考えればいいのですが,若い頃と違うのは,die with zeroじゃないですが,金抱えて死んでもしょうがないので,ある程度,使っていくことも考えた方がいい,つまり,これまでは,収入がこれだけあるからこれだけ使うということはしてこなかったけど,これからは,そういうこともあるかもと思うようになりました(ここ数日の心境の変化).これから仕事を失うのに,そういう心境になるのは,変な感じですが,要は,残り時間の問題ってことですかね.

 じゃあ,具体的にどうするかですが,私の中に明確な目安はあります.それは,資産は減らさずに運用で得た分だけ使うということです.例えば,資産1000万で年利10%で回したら年に100万,資産1億なら1000万まで使うということですね(なんか10兆円ファンドみたい).

 でも,一方で,どれだけの年利で回せるかはわからないので,場合によっては,マイナスになって,切り崩して行かないといけないわけで(そこが10兆円ファンドとは違う.でも,10兆円ファンドも,結局,そうなる可能性もある),そういうことも勘案すると,残り時間も考えて,自ずといくらくらいの資産があれば,ということになってきます.

 その額は,何度か書いたので書きませんが,要は,その額に達するまで複利で運用して,その額に達したら,それ以上は,必要ないので,運用はするけど,複利ではなく,つまり,利益を元本に回すことはしないで使うということですね.

 まあ,これも10兆円ファンド同様,取らぬ狸ということで,そうなったらそうするというだけの話で,年金+今の資産を切り崩して行くでも,やって行けると思うので,結局は,やっぱり,経済感覚というか,バランス感覚の問題ということでしょうか.

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 でも,必要以上のお金は必要ないと何度も書いているように,金の使い道なんかないんですが,こういう世の中ですから,使おうと思えば,いくらでも使える気はします.

 一番,効率的に金を使えるのは,旅行などの移動でしょう(逆に言えば,ほんとは,一番,効率が悪いということ).ファーストクラスで世界中を旅すれば,いや,プライベートジェットを購入すれば,ということはありますし,大金持ちがこぞって宇宙に行くのは,そういうことがあるわけです.でも,私は,旅行にも宇宙に行くことにも興味はありません.

 豪邸にもタワマンにもブランド品や高級車にも興味はないですが,よりいい立地に住むことには,多少のメリットはあるかもしれません.今はもう東京に帰りたいとは思いませんが,東京には東京以外にないものがあるのは確かで(物質的なものより,会いたい人にすぐに会えるとか),でも,高い家賃を払ってまでとは思いませんが,むりくり金を使わないといけないとすると,そういうことは候補になるかもしれません.

 でも,買うことはなくて,それは,買うより借りた方が安いということもありますが,1億のマンションを買うより,賃貸にして浮いた1億を運用した方がトータルでプラスになる確率が高いということもあります.飽きたらすぐに引っ越しできますし,引っ越し代もばかになりませんが,それも金の使い道と考えることもできます.

 移動ということだと,例えば,東京から電車で1時間のところに住むなら,(大宮〜東京でも,横浜〜東京でも)新幹線を使えば,速くて楽ということはあるでしょうし,駅近とか駅直結に住むとかすれば,住居費がかかる(かけることができる)ということはありますかね.

 でも,そのくらいですかね.食べ物は,現状で充分ですし,あとは,ピアノと防音室くらいですが,指が動かなくなって,最近は,腕も痛くなってきたので,そういうことに金かけても仕方なくなっていくかもしれません.

 でも,やっぱり,もっと有意義な金の使い方はないかと思いますよね.すぐに思いつくというか,思い出したのは,研究所です.ポスドク,あるいは,ドクターをとろうという修士卒くらいの研究員を年収500万くらいで3人くらい雇って,彼らを指導して,研究して論文書いて業績積んでもらって,公募に応募して大学に教員として就職,ということをすると,年間1500万必要で,10年で1億5千万なんですが,上で書いた話と比べると,むしろ,全然お安いくらいです.

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4/26'25

 金の使い道ですが,これから荷物を整理して,減らして行くということなんですが,そんなことしないというのもありかもしれませんね.めんどくさいし.

 先日,浄水器を取り付けるのにうまく付かなくて,工具をいろいろ引っ張り出して,なんとかできたんですが(でも,研究室用に買ったのですが,付いたことは付いたんですが,蛇口がものすごく下になってしまって,これまたお蔵入り?),もし荷物を減らして工具も減らしてたら,合うものがなかったかもしれなくて,そうすると,ホームセンターに買いに行くとかなって,めんどくさいことになったわけです.

 とは言え,普段,気分よくは過ごしたいので,よく使うものは,近くに収納して,あまり使わないものは,物置部屋みたいなものを作って,どこに何があるかわかるうようにして,「いつでも引っ越しできる状態」で収納ってことですかね.

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4/27'25
[「いつでも引っ越しできる状態」にして,どんどん引っ越しして,いろんな街に住む]
(生活)

 金の使い道じゃないですが,「いつでも引っ越しできる状態」にして,どんどん引っ越しして,いろんな街に住むというのはありかもしれませんね.

 費用も,契約が切れる2年に1回引っ越すとしても,年に何回か海外旅行するより全然安いんじゃないですかね(更新料も払わなくていいし.でも,私は,今まで一度も更新料なるものを払ったことはないですが).ていうか,何日か海外に行くより,いろんな街に住める方が楽しくないですか?

 いや,金の使い道なので,費用がかかってもいいとすると,自分は何もしないで完全お任せでいいのですが,「いつでも引っ越しできる状態」にしておけば,お任せでないのにお任せみたいになる(自分はほとんどすることがない)ということでしょう.

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[「ある額」]
(運用)

 ある額に達したら複利で回さず,利益を使うですが,その「ある額」は,なかなか難しいかもしれません.

 拘束条件は,いくらで回せるかと,あと何年生きるかで,そのどちらもわからないわけですからね.

 仮に年利10%で回せて,あと30年生き(てしまうリスクがあ)るとすると,1000万なら年100万しか利益が出ないし,切り崩しても年30万では話にならないでしょう.1億なら年1000万の利益ですが,切り崩すと年300万なので,ちょっと心もとないですよね.

 3億なら年3000万の利益で,切り崩しても年1000万なので,最低このくらいあればということですが,ここまでの計算は,年利10%で回せた場合なので,そんな利回りで回せなければもっと必要ということになります.でも,こうして考えてみると,いくらで回せるかなんてわからないし,やっぱり,切り崩して行っても大丈夫という方が重要ですかね.

 あるいは,もっと違う拘束条件として,例えば,給料というキャッシュフローを失う定年時点の資産でfixするという考えもあるかもしれませんね.

 でも,以前書いていた「ある額」は,また別の考えに基づくもので,やっぱり,この額に達するまでは,運用は続けるんですかね.

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4/28'25
[新しい?経済感覚]
(生活)

 でも,ある額に達したらとか,定年時点でfixとか,ハードランディングというか硬直的に考えるのではなく,ソフトランディングというか徐々にということでいいのかもしれませんし,これもバランス感覚ということでしょうか.

 つまり,これまで経済感覚,即ち,支出と収入のバランス感覚,それは,収入に応じて支出するのではなく,1万円支出して得られるものと1万円稼ぐ労力のバランスを考えるべし(もっとはっきり言えば,1万円稼ぐより1万円支出を抑える方が遥かに簡単)と書いてきましたが,歳をとって,それに「残り時間」という拘束条件が加わり,「新しい経済感覚」が必要になってくるということで,でも,これは,収入に応じて支出する,という要因が加わるということで,私以外の多くの人の感覚に少し近づくということなんですかね.

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[こっちに来て,○○万以上得したってこと?]
(大学)

 そう言えばなんですが,前の大学(筑波大)は,元々〇歳が定年で,でも65に伸びて,でも〇歳で一旦退職というわけではないですが,再雇用みたいな感じで,給料ががくっと(3割くらい)減る(けど,仕事は全然減らない)と言われていたことを思い出しました.

 で,京大はどうなんかなと思って見てみたんですが,少なくとも今月の給料は,先月とほとんど変わってなかったです.てことは,こっちに来て,○○万以上得したってこと?(でも,前の大学に比べて手当とかびみょーに減ってる気はするけど,全体からすると僅か)

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4/29'25
[幸せになるには?]

 どこかで,横軸に年齢をとって,縦軸に(アンケート結果による)幸福度を描くと,40代後半が底で,そこから歳をとるほど幸福度が上がって行くということを紹介しました.確か何回か前の夜更かしでもやっていて,その時は,50代前半が底でしたが,結果は,だいたい同じでした.

 それで,その時の解説としては,50代にもなると多くの人があきらめの境地で,というようなことを言っていたと思います.どう思いますか?

 「そういうこと」ですよね.つまり,何もかもあきらめてしまえば幸せになるのです.存外簡単な話じゃないですか?

 頑張って勉強していい大学に行く必要もないし,いい会社に入っていい暮らしをする必要もないし,やりたいことを見つける必要もないし,雨露と暑さ寒さをしのげてゆっくり休める家と食料と,それをまかなえるそんなに辛くない仕事があれば,そして,何でもいいのでささやかな楽しみがあれば,それ以上,何が必要なのでしょう?

 でも,人間には欲があって,それだけでは満足できないってことなんですかね.でも,個人的に言えば,私には,そういう欲はなかったし,そっか,だから基本的にずっと幸せだったんですかね.

 でも,これも何度も書きましたが,私は,幸せなんか目指してないし,幸せになりたいとも思ってません.あきらめるという意味では,最初からあきらめてるとも言えますが,幸せになるためにあきらめるということはないわけで,わかりやすい例としては,認知症になれば,幸せになれるとしても認知症にはなりたくないですからね.

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4/30'25
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