現在の震度は,大地震直後の対応にとって非常に重要な高震度(震度6, 7)において実際の被害と対応していません.実際の被害と対応する震度の代替案を提案しています.
震度は,1996年に人による判断から機械判定,即ち,地震動の時刻歴データから計算する計測震度となりました.これにより,地震発生後直ちに震度情報が得られ,自治体などの迅速な対応が可能になるシステムが確立されたことは特筆に値します.しかしながら,計測震度が運用されてからの1997年の鹿児島県北西部地震,2000年の新島・神津島近海を震源とする地震,鳥取県西部地震,2001年芸予地震,2003年の三陸南地震,宮城県北部地震でいずれも震度6弱あるいは6強を記録したにもかかわらず,観測点周辺での被害はさほどでもなく,大地震直後の対応にとって非常に重要な高震度(震度6, 7)において実際の被害と対応していません.ここでは,高震度(震度6, 7)において実際の被害と対応する震度算定方法の提案を行っています.
なぜ,被害を推定する指標を別途提案するのではなく,あえて震度算定方法の提案を行うのか,などについては,提案する震度算定法に関するQ&Aをご覧ください.また,震度って何なの?という方は「震度とは」を先にご覧ください.
提案する震度算定方法は,基本的に1996年以前の震度階級説明文(表1)を想定しています.
震度が本来どうあるべきかについては,様々な議論があるところですが,表1の説明文は,定性的な表現が多いなど完全なものではないものの,人間が感じるかどうか,といった非常に小さな揺れから,建物が倒壊するという非常に大きな揺れまで,非常に広い範囲の地震動強さをカバーしていて,もしこれを定量的に計算することができれば地震動の強さを「1つの指標」で表現するものとしては理想に近いものと考えています.
そのためには表1を見ればわかるように,震度5程度以下の低震度では人体感覚と室内物品の動き,震度6以上の高震度では大きな建物被害,と震度の大きさに従って対象を変化させなければなりません.対象を固定してしまえば,例えば,震度5以下では大きな建物被害は全く生じず,一方,人は震度5を越えると震度の違いを判別できなくなるなど,カバーできる震度の範囲が限定されてしまいます.
表1を定量的に表現することに関しては,精力的に研究されています(例えば(岡田・鏡味, 1991, 岡田・高井, 1999)).しかし,これを再現するように地震動の時刻歴データから震度を計算するには,震度の大きさによって変化する対象に対応して,地震動の周期を変化させなければなりません.対応する地震動の周期は,人体感覚は0.1〜1秒(岡田, 2001)で,最も敏感なのは0.25秒(翠川・福岡, 1988, 三輪・米川, 1971),室内物品の動きは0.5秒(翠川・福岡, 1988),大型の室内家具が0.5〜1秒(翠川・福岡, 1988),大きな建物被害は1.2〜1.5秒,やや範囲を広げて1〜2秒(境・纐纈・神野, 2001)と,震度が大きくなるに従い長くなる傾向にあります.
しかしながら,震度の大きさに従って対応する地震動の周期を変化させることは難しく,計測震度は対象とする地震動の周期を人体感覚に対応した0.1〜1秒程度に固定していて,これが高震度で建物被害と対応しない原因となっています.しかし前述のように,もし震度の大きさに従って地震動の周期を変化させて震度を算定することが可能なら,幅広い範囲で地震動の強さを震度という「1つの指標」で表現することができます.
ここでは,そのような震度の高低により対象,即ち,地震動の周期帯を変化させた震度算定法,具体的には地震動の周期帯として
1. 人体感覚から室内物品の動き(周期帯0.1〜1秒)に対応する2つの周期帯を用い,低震度では人体感覚から室内物品の動き,高震度では大きな建物被害に対応した震度算定法を提案しています.以下,簡単に提案する震度算定法について説明します.
まず,高震度(震度6以上)を対象として,大きな建物被害(周期帯1〜2秒)と対応する震度の定式化を行います.図1は表2で示した,日本で起こった様々な地震の強震記録と周辺の建物被害データを用いて,何秒の揺れの強さが実際の建物被害と対応しているかを示したものです.縦軸の相関係数が大きな値の周期が建物被害と対応していると言えます.これを見ると大ざっぱに言って,1-2秒という比較的長い周期の揺れの強さが実際の建物被害と対応していることがわかります.
そこで,低層住宅の全壊率を標準正規分布の累積確率による対数正規分布を用いて大きな建物被害と相関をもつ1〜2秒における弾性速度応答で表現し,被害関数(式(1))とします.
DH =Φ(-10.26+3.843*log(V1)) (1)
ここで,DH: 全壊率(%),V1: 1-2秒における弾性速度応答(減衰定数5%,水平上下2成分ベクトル和),cm/s),Φ(x): 標準正規分布の累積確率.
次に(岡田・高井, 1999)による震度の被害関数D4を基に設定した式(2)を用い,式(1)(2)より全壊率DHを消去して,Iv1をV1によって表現し,高震度における震度算定式としました(式(3)).
DH =Φ(-12.03+1.770*Iv1) (2)
Iv1 = 2.17*log(V1)+1.00 (3)
ここで,Iv1: 大きな建物被害に対応した震度.
図2に現行の計測震度と実際の建物被害の対応,図3に式(3)によって算定した震度と実際の建物被害の対応を示しています.現在の計測震度より,提案した算定法による震度の方が実際の建物被害とよく対応していることがわかります.
次に,低震度(5以下)を対象として,人体感覚から室内物品の動きに対応した0.1〜1秒における弾性速度応答を用いて震度の定式化を行います.
図4は,2001年12月2日までにK-NETにおいて観測された地震のうち,最大震度が震度5弱以上を観測した地震の全ての記録(5481記録)について弾性速度応答スペクトル(減衰定数5%,水平上下2成分ベクトル和)の下限周期から上限周期までの積分値と現行の計測震度との相関係数をコンターで示したものです.下限周期が0.1秒,上限周期が1秒の時,最も相関係数が高くなっています.つまり,現行の計測震度は人体感覚から室内物品の動きに対応した0.1〜1秒と最も相関が高いことになります.このことは,現行の計測震度は対象とする地震動の周期を人体感覚に対応した0.1〜1秒程度に固定していて,これが高震度で建物被害と対応しない原因となっている,と言うことができます.実際に図2を見ると,現行の計測震度と相関が高い人体感覚や室内物品の動きに対応する0.1-1秒の揺れの強さは,建物被害と対応していないことがわかります.
表1を見ると震度5以下の低震度では,人体感覚から室内物品の動きで震度を表現しているので,現行の計測震度を人体感覚から室内物品の動きに対応した震度と考え,0.1〜1秒速度応答と現行の計測震度の関係(図5)から低震度の定式化を行いました(式(4)).
Iv2=1.92*log(V2)+2.02 (4)
ここで,Iv2: 人体感覚から室内物品の動きに対応した震度,V2: 0.1-1秒に おける弾性速度応答(減衰定数5%,水平上下2成分ベクトル和),cm/s).
つまり,提案する震度算定法は,低震度では現行の計測震度とほぼ一致することになります.
最後に式(1)と式(4)を組み合わせて,基本的に高震度では式(1),低震度では式(4)を用いるように,最終的な震度を算定するアルゴリズムを構築しました.
提案する算定法によって震度を計算するプログラムをこちらで公開しています.
参考文献