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3/1'22
(世の中)

 ロシアのウクライナ侵攻ですが,ウクライナの徹底抗戦でロシアの侵攻が予想外に手間取っていて,諸外国や報道は,それに対してウクライナ頑張れという雰囲気なのも気になります.もちろん,悪いのは侵攻したロシアで,ウクライナがそれに抵抗するのは当然なのかもしれませんが,抵抗すればするほど双方に犠牲者が出るわけですよね.報復の連鎖では事態は泥沼化する一方です.

 丸腰で降伏して,ロシアに対する制裁や懲罰は国際社会に任せろとは言いませんが,もっとやりようがあると思うわけで,でも,これは,ウクライナの問題というよりは,やはり,国際秩序というか枠組みの問題だと思います.

 そもそも,殺人という犯罪が戦争という名の下に容認されることが絶対におかしいわけで,戦争を仕掛けたら直ちに犯罪として裁かれる国際秩序の枠組みが必要でしょう.

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 定年後問題ですが,結局は,自分が社会や他の人からもう必要とされないということを潔く受け入れて,「一人,時々,みんな」で内的熟達的にやって行くにはどうしたらいいかということで,まさに哲学的に人生の根幹である「人生所詮退屈しのぎ」に立ち戻るというかそこをデフォルトとして,そういう状況でどうやって行くかということなんだと思います.

 もちろん,こんな私でも必要としてくれる人がいるのなら,それは嬉しいことなので,喜んで応じたいと思いますが,そんな他力本願を前提にするのはリスクが大き過ぎると思うんですよね.

 そして,そのために必要なことは,給料というキャッシュフローを失った状況で経済的なことをどうするか,一日の多くを過ごすことになるであろう家をどうするか,どこに住むか,借りるのか買うのか,そして,何よりどうやって内的熟達的に退屈しのぎをして行くかなわけです.

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 この中で一番重要なのは,(必要最低限の経済的なことが何とかなれば)どうやって内的熟達的に退屈しのぎをして行くかですが,これってどうしようもないところもあって,逆に言えば,その時その時その気になることをやって行けばいいとも言えて,逆にどうしようも「ある」という意味では,意外と難しいのが家です.どこに住むのか,買うのか借りるのか,一軒家かマンション(集合住宅)か,駅近か駅から離れた広々としたところかなど選択肢が多く,どれも一長一短なのが悩ましいです(これまでは職場の近くに借りればよかったのでほんと簡単だった).

 今自分がいるところの感覚的には,日本の中での位置だと東京近郊だと思うのですが,今京都にいますが,全然違和感はないので,意外とどこでもいいのかもしれません(でもまあ,現実的には,東京まで新幹線で2時間程度以内か).

 居住空間的には,一軒家よりマンション(集合住宅)が快適です.でも,ピアノを入れることや周囲からの生活音,部屋の中で体を動かすこととか考えると,回りにあまり家がないところに一軒家の方がいいでしょう.

 買うか借りるかについては,経済的には借りた方が得ですが,年寄りに貸してくれるところは限られますし,一日の多くの時間を過ごすことを考えると,一軒家をカスタマイズして建てた方がよりよい居住空間が得られるでしょうし,集合住宅にピアノを入れるのなら,買った方が選択肢は広がります.

 てなことで,なかなか決められないのですが,最近の考え的には,借りるより買う方に傾きつつあります.それは,経済的には損でも,いくらあるからいくら使うというお金の使い方をしないとしても,人生の残り時間を考えると,お金を抱えて死んでもしょうがないし,だったら,経済的なことを度外視して,よりよい居住空間が得られる方を選ぶのもありだし,給料というキャッシュフローを失った状態で,年金の額も限られる中で,家賃を払い続けるのに一抹の不安もあるわけで,資産の極一部で済むのなら,来るべき経済危機に備えて住む家くらいは確保しておいた方がいいと感じるようになったからです.

 でも,家を建てるのはめんどくさいとすると,消去法的にマンションを買うということになり,合理的に考えれば,一番ありえない選択肢になるかもしれないのは,意外な感じです.

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 蛇足?ですが,定年までまだ○年もあるのに,もう準備するの?今が大事じゃないの?と思う人もいると思いますが,一つは,単なる「趣味」なので,いろいろ考えることが楽しい(笑)ということがあります.でも,準備はもう大分前からしていて,やっぱり,10年くらいはかかると思うし,確実に何かに近づいているので,あと○年もあるというよりは,もう○年しかないと思いますね.

 でも,まだ○年あるわけで,その間,やりたいこと,やるべきことはいくらでもあるので,そこが大事なのは当然のことです.

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 自分が社会や人から必要とされるかどうかは他力本願だから,必要とされないことを前提に準備して行くということなんですが,いくら何でもそこまではやり過ぎというか,しんどいんじゃないのとも思いますよね.

 ていうか,おそらく多くの人は,だったら,社会や人から必要とされる人間になればいいじゃんって思うんでしょうが,それって結構危ないことで,だって,どうすべきとかいう価値観を社会や他人に合わせるってことですからね.

 大事なのは,社会や回りに迎合することではなく,自分がどうあるべきかであって,もちろん,それで社会や回りが自分のことを必要としてくれれば,嬉しいことですが,そうでなければ,回りに迎合してまでどうこうしようとは思わないってことですかね.

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[下げるハードルと頻度の関係]
(生活)

 将来,どこに住むかですが,非常に具体的に言えば,「下げるハードルと頻度の関係」とうことでしょう.

 最も頻度が高いのは,やはり,家で過ごすことで(毎日),その次が買い物とかで近所に出かけること(週に数回),そして,最後が電車に乗って出かけること(週一か二週一)ですかね.

 でも,そうすると,最も重要なのは,家の中の快適性,その次が家の周辺の状況,そして,最後が駅に近いこととなり,駅から離れてはいるけど,スーパーとか買い物するところが近くにあるところに家を建てるということになりますね.

 ただ,何かの仕事のようなことや家族や友人達と会うために週に数回くらい出かけるようなことになれば,駅から離れているよりは駅近の方がいいし,家にいる時間も短くなるので,駅近のマンションということになるのでしょうか.

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(日記)

 ピアノを弾かなくなって1ヶ月くらい経ったのですが,スキーにもバドミントンの練習にも全然行ってないし,その分,活動度も落ちてると思います.つまりは,ピアノを弾かなくなった分,スキーにもバドミントンの練習にも行ってない分,生まれた時間を全然活かせてないってことですね,

 このことが意味することとしては,いろいろやりたいことがあるのではなく,一つのことに集中した方がいいなんてことはないってことです.つまりは,全体の活動度がどうかということで,結局,「今は調子が悪い」ということなのでしょう.

 でも,仕事はちゃんとしてるわけですし,こういう時は,仕事以外のところの活動度を落として休息モードということでいいんだと思います.

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[右脚力<左脚力]
(体)

 今日気づいたんですが,明らかに「右脚力<左脚力」でした.具体的には,左では片脚スクワットができますが,右ではできませんでした(でも,昔はどっちも楽勝でできてたと思うのでどのみち衰えたってことですね).これまでランジをすると右前の方が安定しなくて,右股関節の故障のせいだと思っていたのですが,単純に脚力の問題だったということでしょうか.

 でも,バドミントンをする人ならわかると思いますが,右打ちならどう考えても右脚の方が脚力が必要というか,自然とそうなるはずです.でも,ランジをすると右前の方が安定しないというのは,ずっと前からそうなので,一体どうしてこういうことになってしまったのかと思ってしまいます.

 私は走り幅跳びは左で踏み切るので(と言っても走り幅跳びなんかもう何十年もしてないけど)左が利き足ってことなんですかね.でも,右の脚力がないのは,バドミントンプレーヤーとしては致命的なので,何とかしないといけないというか,逆に言えば,そこを何とかすると何かが変わるってことですかね(と言っても,いつバドミントンするかわからないけど).

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[見かけだけ若くてもしょうがない]
(体)

 上の話じゃないですが,歳をとったなと思うのですが,考えてみたらもう○歳なんですよね.そして,20代とか30代とかの時の○歳のイメージからすると,かけ離れているとは言うか,イメージしていたのとは全然違います.だって,当時は○歳って「おじいちゃん」ですからね.いや,今の20代とか30代とかから見たら,おじいちゃんなのかな?

 でも,見かけはともかく,問題は中身ですよね.もう80近くて,でも,とてもそうは見えなくて50代くらいに見える人がいたんですが,中身は80で,もう体が全然動かないんだそうです.

 見かけと体,あるいは,脳も含めてどれが若いのがいいですか? そう考えると,見かけだけ若くてもしょうがないと思うのですが,そうでない人もいるんですかね?

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3/2'22
[全て繋がってる]
(体)

 右脚力<左脚力ですが,やはり,右股関節が故障してそれをかばってるうちに脚力が落ちたということなんでしょうね.そして,今でもそうということは,右股関節はまだ治ってないということで,それは事実ですし,でも,じゃあどうすればということですが,逆に言えば,右脚力を元に戻すというか少なくとも左と同程度にすればいいってことになりませんかね.

 そう言えば,スキーでも左外足ターンより右外足ターンが圧倒的に苦手で,それは最初はバドミントンという非対称運動のせいで体が捻れてその逆方向に腰が回りづらいからと思っていたのですが,去年だったか,右股関節が内旋しづらくなってることに気づいて,更に昨日,右脚力自体が落ちてることに気づいたわけで,要は,「全て繋がってる」ってことですかね.

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[退職金]
(お金)

 仕事をリタイアした後,どこに住むかとか,家を買うかどうかなんですが,家を買いたくない理由の一つとして,給料というキャッシュフローを失って,年金だけでは足りないので,資金を運用して稼がないといけないんですが,家を買えば,運用する元手が減るということがあったわけです.逆に言えば,元手にほとんど影響がない,具体的には,元手の1割くらいで買えるのならということだったんですが,そう言えばなんですが,退職金というのがありましたね(やっぱり,結構,間抜け).

 つまりは,退職金で買えるくらいの家なら買ってもいいというか,おそらく,そのくらいの額はあると思うんですよね(多分).もちろん,その退職金も運用して得られる利回りで家賃を払って借りるというのもあるんですが,これもリスクとリターンとか,全体的にいろんなことを考えてのバランスの問題ですかね.

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[水浸し]
(生活)

 買うか借りるかもありますが,一軒家かマンションかというのもあります.それは,居住性とかカスタマイズできるかとか,駅近には,実質,マンションしかないというのもあるんですが,水害のこともあります.

 具体的に言えば,もちろん,水害マップで安全なところでないといけなくて,ちゃんと調べればわかりますが,日本は川だらけで,水害マップで安全でないところは非常に多くて,例えば,熊谷駅周辺は「水浸し」です.

 でも,一軒家ならアウトですが,マンションの3階以上ならということはあるのかもしれません.うーん,でもやっぱり,「水浸し」はなしかなあ.

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[筑附や筑駒は筑波大の附属高校?]
(大学)

 次の天皇候補が筑波大附属に進学ということで,○長がコメントを出したようなんですが,これは私の中での感覚かもしれませんが,筑波大附属って「筑波大」附属なんですね.私は筑波大に大分長くいましたが,筑附や筑駒が筑波大の附属高校ということを認識したことはほとんどなかったです.

 そう言えば,学生実験を筑附や筑駒の生徒が見学に来たことがあったような気がしますが,いろんな進学校の生徒が来る中の一つという感じでしたし,あとは,バドミントン部の体専の学生が教育実習に行くんですが,普通は母校とかに行くんですが,そうでない場合に筑駒に行ってひどい目に会った(笑)という話をしていたくらいですかね.

 これまたそう言えばなんですが,筑附や筑駒から筑波大にどのくらい来てるんですかね? ほとんど来てない気がしますけど(少なくとも個人的には一人も知らない).もちろん,東大が第一志望(特に筑駒)ということはあるでしょうが,筑附は,もう東大には数十人しか行ってないわけで,その次の選択肢として,筑波大はありうると思いますが,(多分)ほとんど来てないわけで,筑附や筑駒と筑波大は,実質ほとんど関係ない感じがします.

 まあでもそれは,東大附属(ってあるの知ってますか?)もそうですかね.つまり,そんな程度の関係ということですかね.

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 関係ないのですが,上の「次の天皇候補が筑波大附属に進学ということで,○長がコメントを出した」記事を知ったのは,Q大のとある先生のFBなのですが,そこで,「T波大の○長が指定国立大学の時に色々暗躍した」と書いてありました(笑).

 全くその通りなんですが,そのおかげ?でT波大はQ大より先に指定国立大学になったわけで,それをQ大の先生が「暗躍した」と言うのはむべなるかなといったところなんですが,実際は,○長はPーチンのような独裁政権をひいてて(意向調査という選挙結果も無視),学内でやってることは滅茶苦茶なんですが,対外的にはそういう結果になってて,ほんととんでもない話だと思いますね.

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[ピアノとかバドミントンとかスキーがなくても]

 ピアノも1ヶ月くらい弾いてないし,スキーにもバドミントンの練習にも行ってなくて,もちろん,全体に低調ということはあるんでしょうが,仕事をしてるのは当然としても,このサイトの文章を書くことや,運保や,ご飯を作って食べたりとか日常生活で必要なことはちゃんとやってるわけです.

 それで思ったこととしては,もちろん,種目による浮き沈みはあると思いますが,ピアノとかバドミントンとかスキーよりは,上で書いたことの方がハードルが低いというか,将来的にこれらを中心というか,ピアノとかバドミントンとかスキーがなくてもやって行けるのかもというか,そういうことに気づかせてくれたような気がしました.

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[1ヶ月ぶりくらいにピアノを弾きました]
(ピアノ)

 とか書いたんですが,1ヶ月ぶりくらいにピアノを弾きました.でも,そんなに弾きたくなったわけではなくて,元の木阿弥に戻らない1ヶ月という期限が来たというか,1ヶ月全く弾いてなくてどうなってるのか確かめたいという「実験」的要素はありましたかね.

 でも,結果はまあ予想通りですかね.もちろん,弾けなくなってるのですが,また譜読み同然からという元の木阿弥では全然なくて,ここから練習すれば,1ヶ月前くらいにはすぐ戻ると思います.

 でも,フィジカルの衰えは明らかで,一番影響が大きかったのは,意外にもシューベルトのOp.120で,この曲は,技術的には難しくないんですが(でも,ほんとはとても難しいんですが),音は並んでも,全く表現したいように弾けなくて,つまり,表現するということにフィジカルが必要ということを思い知りました.でも,これもしばらく練習すれば,戻るのかな.

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[そんなにやりたいわけじゃないけど,他にやりたいこともないからやるか,とはならない]

 要は,結局「やりたいことなんかない.やらないといけないことがあるだけ」なんでしょうか? そこまで行かなくても,特にやりたいことはないけど,やってもいいかなということ,具体的には,お金がもらえるとか,人と繋がれるとか,責任を果たせるとか,それそのものじゃなくてやる目的があることをやるというか,つまり,それがまさに仕事ってこと?(やる気三要素的には,報酬とか人との繋がり)

 でも,私の場合,やる気三要素的には内的熟達というか,やらないといけないことはやりつつも,基本的には,やりたいことをやってきたんですよね.

 そうするとどうなるかと言うと,ピアノでもバドミントンでもスキーでも,やりたいと思わなくなると,そんなにやりたいわけじゃないけど,他にやりたいこともないからやるか,とはならず,やらなくなるってことですかね.

 でも,そうすると,仕事をやめたら,生活のこととか,ほんとにやらないといけないこと以外はやらなくなってしまうわけで,それはちょっとまずいなと思うんですが,このサイトとか,運保とかはあるんですが,それもどうなるかわからなくて,でも,ピアノやバドミントンやスキーもまたやりたくなるかもしれないけど,そうでなければ,何か(ハードルが低い)新種目を開拓した方がいい?

 あるいは,無理に種目を増やそうとするのではなく,自分の知的好奇心を信じるというか,今やってることに興味を失ったら,その分,何か他のことに自然と興味をもつってことはあるのでしょうか.

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3/3'22

 でも,ゴルフは友人といっしょに行ってたときは行ってたわけですし,スキーもいっしょに行く人がいれば(でも,予定を合わせて平日に行ける人なんかほとんどいないけど)行くと思いますし,バドミントンもいっしょに練習するメンツが楽しければ行くと思うんですよね.そういう意味では,ピアノだってピアノプロジェがあるから何とかやって来られたわけですし,研究だって学生達がいたからとは何度も書いた通りです.

 なので,もちろん,人との繋がりを排除するわけではなくて,でも,定年で仕事をやめたり,歳をとったりして行くと人との繋がりがなくなってくるわけで,でも,必要とされてないのに人と繋がりたいという勝手な理由でしゃしゃり出て迷惑はかけたくないわけで,なかなか難しいんですが,「一人でも大丈夫」ならそれをクリアできるので(非常に難しいけど)それを目指すということでしょうか.

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3/5'22
[バランスがとれた]

 何度も書いているように,人との繋がりは,正負両面があって,しかも,人が自分のことを必要としてくれるかという他力本願で安定しないことを考えると,「一人でも大丈夫」が無敵だとは思うのですが,実際のところは,非常に難しいですよね.

 それは,「一人でも大丈夫」も安定しないからで,例えば,これを一人でしこしこやって行きたい,これさえあれば生きて行けると思ったとしても,1年後,5年後,10年後はどうかなんてわからないし,ていうか,これまでの経験からすると,全然そんなことはなかったわけですからね.

 もっと具体的に言えば,仕事をリタイアして,これからは,内的熟達的に「一人でも大丈夫」で生きて行こうと思って,山の中のポツンと一軒家とは言いませんが,そういうところに住んで,あるいは,家の中でほとんどのことが完結するように環境を整えて,ほとんどどこにも出かけずやって行きたいと思ったとしても,何年かしたら,やっぱり,しんどいってなるかもしれないわけですからね.

 そういう意味では,どうなっても対応できるように「バランスがとれた」ところに住んで,「バランスがとれた」ライフスタイルってことですかね.そして,それがまさに「一人,時々,みんな」で,「時々」のあんばいをその都度調整するってことでしょうか.

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(体)

 右脚力<左脚力ですが,何か変ですね.走り幅跳びでは左で踏み切るとは言え,サッカーとか空手とかで蹴る方は右脚なので(と言っても,どれももう何十年もやってないけど),やっぱり,利き足は右だと思うんですよね.でも,利き足は右でも軸足になる左の方が大きな力がかかって筋力が付くってこと? そういう意味では,バドミントンのフットワークで帰ってくる場合やストロークには,右脚力が必要ですが,ホームから動き出すときは,だいたい左を蹴ってますからね.

 まあでも,バドミントンにしてもスキーにしても,右脚力が足りないことによるパフォーマンスの低下があるのは間違いないでしょうから,右脚力を上げるという方向性は間違ってないと思うというか,何でも実験的には,何でもやってみるんでしょうね.

 でも,そう思って,右脚力を上げるようなトレーニング的なことを少しやってるんですが,ほとんど効果が感じられないわけで,これはまさに40代半ばからそうだったわけで,それで,そういうことを(やっても効果がないだけではなく怪我するだけなので)やらなくなったわけで,もうどうすることもできないというか,そうすると,もう衰えて行くのをただ茫然と見ていることしかできないってことなんですかね.あるいは,そういうことをやれば,多少は衰えの程度を少しは抑えられるのでしょうか?

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[東大とか京大の先生って]
(大学)

 こっちに来て1年以上が過ぎ,更には,年度末になって,どんな感じか一通りのことはわかったと思います.こっちに来たのは,声をかけてもらった(もちろん,公募なので公募を勝ち抜く必要はあったのは当然ですが)ということもありますが,よりよい研究環境を求めてということがあったわけです.そして,それは期待通りだったと思いますが,その分,いろいろ大変なこともあるってことですかね.

 ていうか,東大とか京大って,やっぱ,大変だなあと思いますね.私はもうあと○年という感じなので,何とか最後までしっかり勤め上げたいと思いますが,何十年もずっとそういうところでやって行くのは,ほんと大変だと思うわけで,東大や京大の先生は偉いというか,やっぱ,並大抵のことでは務まらないと思いますね.

 それとは別に地震研とか防災研とかのいわゆる研究所というところも,例えば,講義とか学務的な仕事が少ないとかはあるんですが,その分,学部とは別の研究所ならではの仕事も学外の仕事もかなりありますし,それはそれで大変なわけです.

 私はこのまま行くと,最初は東大にいて,最後は京大にいて,それに挟まれた時期に筑波大にいたことになりますが,もちろん,筑波大は筑波大で,いろいろ大変なことはあったのですが(特に最後の5年くらいは),今にして思えば,気楽とは言いませんが,ある意味,(研究以外の仕事をきっちりこなしながら)学生達と研究に没頭できた幸せな時期だったのかもしれませんね.

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[ドラゴンボールの社会的,哲学的側面]

 ドラゴンボールの社会的,哲学的側面について,何度か書きました.社会的側面としては,ほとんどの登場人物に苗字がないこと(ある意味,夫婦別姓より進歩的),哲学的側面というか,生き方的には,苦労(修行)を苦労と思わなければ(そういうものを見つければ)成功する(社会的成功ではなくより本質的成功)というようなことでしょうか(そういう意味では,社会的に成功したミスターサタンをまさにそういう風に描いている).

 これら以外にもいくつか思い出すことがあって(もう何十年も読んでないけど憶えてるってのが...),一つは,確かナメック星に行くときに,時間がかかって,悟空はその間一生懸命修行してるのに,ブルマは退屈して,睡眠装置をもってくればよかったとか言っていて,当時の(若かった)私は,与えられた時間を睡眠で潰すという感覚にのすごく違和感を感じたのを憶えています.

 あとは,悟空は戦いで何度も死ぬんですが,死後の世界があって,でも,ベジータが改心した後,死ぬシーンがあって,その時に俺は死んだらどうなるんだ?ときいて,お前は罪なき人々を大量に殺すなどの悪事を働いたので,死後の世界はなく,ただ無になるとか言われて残念だと言ったと思うのですが,現実の世界には,死後の世界はないわけで,つまり,人間はみな悪事を働いているので,みんな死ねば無になるって(鳥山明は考えてるって)ことですかね.

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3/6'22

 うーん,でもバランスがとれたというときこえはいいですが,結局,覚悟が足りないというか中途半端というか,まずは現状を受け入れるとか言ってるのに,全然それができてないってことですよね.

 極端に言えば,山の中の一軒家で暮らして行くと決めたのなら,しんどくなってもその中で生きて行くしかないわけだし,どうしてもだめならのたれ死ぬくらいの覚悟がないと上手く行くわけないと思うんですよね.

 でも,その一方で,別にそんな修行僧?のようなことをする必要もないわけで,この期に及んでもうてきとーにやって行ってもいいわけで,そう単純な話でもないわけです.

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 背景にあるのは,やっぱり,定年でクビを切られるという強烈な違和感なんだと思います.もちろん,自分に能力がないのなら仕方ないですが,そうではなく,ある年齢に達したからクビというのは,どう考えてもおかしな話です.

 でも,じゃあ,まだまだ働きたいかというとそういうわけでもなくて,もちろん,研究はして行きたいですが,そういうことと関係ない仕事は,もういいかなと思うわけで,でも,やめるのなら自分で決めるってことですかね.

 とは言え,現実には,何も変わらないわけで,まさに現状を受け入れてやって行くしかないのですが,そうであれば,そういうおかしな社会と距離を置いてやって行きたい,山の中の一軒家は極端としても,「一人,時々,みんな」で内的熟達的にやって行きたいってことに繋がってるわけですからね.

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[まあしょうがないかってことなのかもしれません]

 ていうか,心が動くようなことがないとってことなんでしょうね.

 別に出世したいとか思ってるわけじゃないけど,責任ある仕事を任せられたら大変そうだなと思っても心が動けばやるのでしょうし,そんなの全部捨てていっしょにいたいと言ってくれる人がいたらいっしょにいるのかもしれません.

 でも,そういうことがなければ,自分で何とかするしかないわけで,それがまさにやりたいことを見つけて「一人,時々,みんな」で内的熟達的にやりたいことをやるってことで,そうして行きたいというか,まあしょうがないかってことなのかもしれません.

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3/7'22

 いやいや,そうじゃないですよね.やる気三要素というか,生き方三原則としては,内的熟達>人との繋がり>報酬で,それは最先端の心理学の成果であるとともに実感でもあるわけです.つまり,内的熟達,即ち,それそのものにやる価値を見出すことを見出せない場合は,仕方なく,人との繋がりとか,評価されるとか世の中の役に立つとかに流れ,それもままならない場合は,お金とかの報酬目当てに成り下がるという順番なわけです.

 なので,まず目指すべきは,内的熟達なんですが,そこに一抹の不安というか,それ以外のことを排除する覚悟がなくて,「一人,時々,みんな」とかの中途半端なことを言ってるってことですかね.

 でも,凡人である以上は,できないことはできないわけで,せいぜい自分がその程度の人間であることを認めるというか,これまた現状を受け入れるということかもしれません.

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 山の中で「一人でも大丈夫」は極端としても,「一人,時々,みんな」で内的熟達に過ごして行ければ,定年で仕事をクビになるとか関係ないというか,面倒な仕事がなくなって(研究は続けて行けるし)渡りに船なわけで,まさにそれこそが「準備」だったはずです.そして,そのために必要なのが経済的なこともありますが,何より日々の多くの時間を内的熟達的に一人で過ごして行ける「対象」ということになります.

 でも,例えば,ピアノは,いろいろ創意工夫をしてうまく行ってた気がしたんですが,突然弾く気がなくなり,1ヶ月全く弾かないことになりましたし,バドミントンの練習もスキーも全然行ってないわけで,全然だめじゃんとなったわけです.

 もちろん,これら以外にやることがあればそれでもいいんですが,仕事とか研究とか運保とかこのサイトはあるんですが,ピアノやバドミントンやスキーに費やす時間がなくなった分,これらにかける時間が増えたわけでも他に何かやってたわけでもないし,まさに純減ということなんですが,ここまで書いて気づいたのは,それはそれでもいいのかもしれませんね.

 その気がずっと継続するわけでもないし,やりたくなくなったときは,しばらく休んでもいいわけで,1ヶ月ピアノを弾かなかったのは,1ヶ月弾かないとどうなるかという実験でもあったわけですからね.

 そして,どうしても退屈なのなら,退屈だという感覚に「助けられて」何かするのでしょうし,退屈と思わないのなら,退屈を受け入れて(でも,最低限,体力や脳力が衰えて要介護にならないようにして)しばらく休んでればいいのかもしれません.

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(運保)

 今日は商品先物の値上がりがすごかったです.特に原油は10%くらい上がったんじゃないですかね.それを受けて日本株は大きく下げたんですが,短運で売ってるのでそれはOKですし,大手総合商社は逆行高してるのでそれもいいんですが,マザース先物やNasdaq100先物やVIX先物は大分下げて(VIXは上げて)でもトータルとしては,かなりのプラスで今年に入ってからの戦績も堅調です.

 うーん,でも,どうなのかなあ.たまたまって感じもしないでもないです.やっぱり,一番値動きが大きいVIX先物が一番ものを言うわけで,これがはまってナンボだと思いますからね.

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3/8'22
[研究や運保やこのサイトや体を整えることや生活に必要なことをすることはピアノやバドミントンやスキーやゴルフと本質的に違う]

 最近続いているこの辺の議論,即ち,リタイア後問題というか,もっと本質的な(リタイア前後関係なく)生き方問題,具体的には,「一人,時々,みんな」で内的熟達的に過ごして行くのか,やはり,人との繋がりがもっと必要なのか,更に具体的には,(リタイア後)どういうところに住んでどういう生活をしていくのかですが,何か本質的に違う感じがしてきました.

 「一人,時々,みんな」で内的熟達的に過ごして行くのが厳しいんじゃないかと思い始めた一つのきっかけは,種目の一つとしてのピアノが順調に行ってると思っていたのに突然弾く気にならなくなってしまって,バドミントンやスキーやゴルフは尚更で,そんなことでは,一人の時間を中心として,日々内的熟達的に過ごして行くことは厳しいのではないかと思ったことがあります.

 でも,そういうことじゃないんじゃないかということです.具体的に言えば,ピアノやバドミントンやスキーやゴルフと,続いている研究や運保やこのサイトや体を整えることや生活に必要なことをすることは本質的に違うんじゃないかということです.

 どういうことかと言うと,研究は(今は)仕事なので,やらないといけないということです.いや,やらないといけないのは,実際のところは,研究以外の大学の仕事なんですが,本質的にはそういうことじゃなくて,研究を「やらないといけない」のは,私にしかできないことだからですし,それがほんとの仕事というものでしょう.

 でも,定年でクビになればできなくなるわけで,自分にしかできないことがあるのにそれができなくなる社会って,一体どんな社会なんやというか,そんな社会に未来はないと思いますが,それは「社会の都合」なわけで,私は私でやって行けばいい,つまり,大学をやめても研究を続けて行くのなら,そうすればいいということでしょう.

 でも,大学の職を失えば,収入が激減するわけで,そこを何とかしないといけないんですが,定年でクビを切られて社会からお払い箱になった私に何ができるかと考えて浮上したのは運保だったわけです.

 そして,そのバックグラウンドにあるのが,経済的なことだけではなく,世の中全体の動きというか,ほとんどの人が見過ごしているその本質を見通すことで,更に言えば,そういう中で,自分がどう生きていくかは何より重要なことで,それがこのサイトということになるわけですし,体を整えることや生活に必要なことの重要性も然りです.

 これら,研究,運保,このサイト,生活に必要なことに対して,ピアノ,バドミントン,スキー,ゴルフは,もちろん,やりたいと思えばやるんですが,逆に言えば,そうでなければ,別にやらなくても問題ないわけで,前者と後者は本質的に決定的に違うということです.

 なので,結論?的に言えば,今の状況は別段気にするようなことではないのかもしれません.リタイア後について言えば,前者の研究や運保やこのサイトや体を整えることや生活に必要なことさえやって行けば,後者のピアノ,バドミントン,スキー,ゴルフは,(ピアノなら最低月に数時間,スポーツは,体を整えておけば)やりたければやればいいということでしょうか.

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 ということで,本質的には,リタイア前後で変わりはないのですが,状況的に大きく変わるのは,研究でしょう.それは,学生達を育てながらいっしょにやって行くことができなくなるということや(ほんとはおかしいと思うけど私の分野では)一丁上がりという雰囲気があることで,そういう中で,どうして行くかは考えないといけません(考えています).

 あとは,これまでは,単なる興味でやって来た運保が,ある意味,仕事というか収入を得る手段になるということで,これは自分でも予想外のことなのですが,見方を変えると,これもまさに研究ですし,非常に厳しい世界の中で勝って行くには,それこそ日々研究していくことが必要なので,世の中とか生き方研究をしているこのサイトも含めてこれらがそういうことにとってかわるのかもしれません.

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 あとは,やりたいことがやらないといけないことにいつの間にか化けてしまってたというのも失敗だったかもしれません.「やりたいことなんかない,やらないといけないことがあるだけ」という側面は確かにあるのですが,私は,とにかく怠け者というか,やらないといけないと思うとだめで,そういう自分のことは自分がよくわかっていたつもりが,全然できてなかったってことですかね.

 もちろん,仕事もそうですが,周りに迷惑をかけないとか,責務を果たすとか,やらないといけないことはやらないといけないのですが,やらなくても自分に返ってきて自分で引き受ければいいこと(受験とか昇進とかピアノとかスポーツとか)を「やらないといけない」と思うことは,私のような自堕落な人間には無理ってことですね.

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 でもなんか変ですね.自分に返ってくることは自分で引き受ければいいというのは確かにそうですが,だったら,自分にしかできないことができなくても,食事がいい加減になって添加物摂取しまくって病気になっても,体や脳が衰えて要介護になっても,自分が引き受ければいい話ですからね.

 いや,要介護になれば,回りに迷惑はかけますし,病気も然りです.でも,もちろん,回りに迷惑をかけたくないということもありますが,それ以前に自分が受け入れられないってことだと思いますからね.

 その一方で,ピアノがないと,バドミントンがないと生きて行けない人もいるわけで,本質的に違うというよりは,結局,その人にとって,何が大事か,絶対に譲れないものとそうでないものの境目がどこにあるのかってことで,それが「本質的に違う」ということですかね.

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 じゃあ,私にとっての境目がどこかですが,上で書いた通り,ってわけじゃなくて,何でもやりたいときとそうでないときがあるように時と場合によるってことでしょう.つまり,そういうことに拘らない,「やらないといけない」と思わないってことですかね.

 例えば,定年で大学をクビになって研究する気がなくなったら,自分にしかできないことだから「やらないといけない」と思わなくていい,やりたければやればいい(回りに迷惑をかけずに何とか生きて行ければ,やりたくなければやらなくていい)ってことで,これは研究に限らず何でもってことでしょうか.

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 そうすると,非常に現実的な話として,リタイア後どこに住むかですが,山の中の一軒家とか極端なことは避けた方がよくて,それは東京の都心も同様で,どう転んでも大丈夫ということなら,東京から電車で1時間,いや,30分ということなら大宮周辺ということになりますかね.買うか借りるかについても,借りた方がつぶしがきくとは思いますが,経済破綻的なことを考えると,資産の極一部で買えるのなら買うのもありでしょうか.

 でも,それなら借りて住んでも大丈夫というか,条件のいいURを押さえておくことの方が資産価値的には,大きかったりするわけで,いずれにしても,かなりの安全率を見込んで相当の資産が必要なわけで,大学をクビになってもまだまだ稼がないといけないってことですかね.そして,それはそれで悪くない感じです.

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3/9'22
[分裂状態?]

 ここまで来ると,何でもありというか,(ある一定ラインを押さえておけば)その時その時やりたいようにやって行けばいいとなるんですが,これって,結局,何も決まらないってことですよね.

 それは近視眼的ということではなく,一度,しっかり遠くを見て,近くを見るということなので,それはそれでありだとも思うのですが,なんかしっくり来ないというか,一種の分裂状態というか,なんか落ち着かない感じがします.バランスがとれてると言えば,聞こえはいいですが,それはとても不安定で,両側が谷底の稜線を歩いているような感じです.

 具体的に言えば,定年でクビになるのは,腹立たしい限りですが,悪いことばかりではなくて,めんどくさいことから解放されるという側面もあるわけで,でも,研究はして行けると思いますが,学生を育てながらいっしょにやって行くことはできなくなります.つまり,両者のいいとこどりはできないわけです.社会から必要とされ,その気になれば頑張るとは思いますが,実際のところは,いろいろ大変なことも多いのも同じです.

 大きく人との繋がりということについても,めんどくさい人間関係は要らないですが,つき合いたい人とはつき合いたいわけで,でも,これもいいとこどりはできないのかもしれません.例えば,誰かといっしょに暮らせば,楽しいことも多いでしょうが,めんどくさいこともあるわけで,逆に一人暮らしは,気楽でいいとは思いますが,寂しいと思うこともあるわけです.

 道は2つしかなくて,1つはどちらかに賭ける,もう1つは,不安定ながらもバランスのいいところを探ろうとすることでしょうか.普通に考えれば,前者はリスクがありそうですが,後者も不安定なので,リスクはあります.つまり,どのみちどうなるかわからないわけです.

 じゃあ,どうしたらいいかですが,これもどこかで書きましたが,結局,自分では決められないんだと思います.そうすると,自然の流れに身を任せるってことですかね.

 具体的には,最初の岐路は,定年で大学をクビになるときですが,その時にいい話が来れば受ける,来なければ(来たとしても体よくこき使われるような話しか来なければ),内的熟達的に「一人,時々,みんな」でやって行くということなんですが,そうすると結果的にそういう道を選ぶことになるので,そこそこの覚悟は必要ですね.

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[定年で大学をやめたら自分で研究して論文を書いて発表するのは怖い]
(研究)

 これまでずっと学校とか大学(あるいは,会社とか省庁とか)とかの「社会の中」にいたものを,ある日,突然,放り出されるわけで,やっぱり,なかなか難しいことなんだと思います.自営業とかフリーランスの場合も定年がないというだけで,どこかでそういう時は来るわけですからね.やっぱり,何とか方策を考えて死ぬまで働き続けるしかない?

 そういう意味では,私は大学人という以前に一研究者なわけですから,研究を続けて行けばいいというだけの話なんですが,大学をやめて,社会との繋がりがなくなると,研究に対するモチベーション云々ということではなく,大学をやめても一人でしこしこ研究して行けると思うのですが,非常に具体的に,日々の研究生活を想像してみるに,面白い研究テーマを思いついて,研究して成果が出たとき,どういう気持ちになるかと考えたときに,なんかいいイメージが湧かないんですよね.

 そういうときに「こんなことやっててどうすんだ?」と思ったとしたら怖くないですか?

 どこかで,ゴルフが趣味の人がいて,会社をやめたら好きなだけゴルフができると思って楽しみにしていたけど,実際にそうなったら,つまらなかったという話を書きましたが,それは,会社という本業があってのゴルフだった,つまり,会社の仕事に比べたら吹けば飛ぶようなレベルの金にもならないゴルフなんかやったって,ってことですが,私の場合の研究は,それとは全然違う(そもそも,本業だし,レベル的にも趣味のゴルフとは全然違う)わけです.

 でも,大学をやめても研究を続けて,大きな成果を出して,それを論文に書いて公表したとしても,スルーされるというか,こいつ大学やめてまだ研究なんかしてんのかというか,そういう他者評価は気にしなければいいとは言え,自己評価というか,自分で結果は面白いし,地震災害を減らすことに大いに貢献できるとしても,実際にそうならなければ,大学にいるうちは注目されていても,大学をやめて注目されなくなって,社会との繋がりがなくなってしまえば,「こんなことやっててどうすんだ?」と思ってしまわないかというか,そう思ってしまったら,何か大きなものを失うような気がするんですよね.

 こうしてみると,やっぱり,社会との繋がりが必要という単純な話なのでしょうか? もちろん,研究と言ってもいろいろで,一人でしこしこやって,結果が出たら,あるいは,出なくても探究して行ければそれでOKというものもあるでしょうが,私がやってきたことは工学なので,何らかの形で社会と繋がっていなければ意味がないってことなんですかね?

 でも,そうだとすると,結局は,他者評価ということになって,それはそれで問題なわけで,何か余計なパンドラの箱が開いてしまうような感じがするんですよね.つまり,定年で大学をやめたら(もちろん,意見を求められたら応じるとか,委員会とか顧問的な仕事は話があればできると思いますが),自分で研究して論文を書いて発表するのは「怖い」という妙な感じがしてしまうのです.

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 うーん,でも,勝手な思い込みかもしれませんね.例えば,東大から筑波大に移るとき,震度算定法を変えるのなら「東大の先生」だった方がいい(筑波大に行ったら相手にされなくなる)と思ったりもしたのですが,全然そんなことはなかったですからね.

 なので,結局は,「こいつ大学やめてまだ研究なんかしてんのか」と思われるような研究なのか,注目を集めるような地震被害を減らすことに繋がる研究なのか,ってことですかね.もちろん,「注目を集めるような」というような他者評価に迎合することはなくて,結果として,そういう研究ができるかってことですが,40代のときのように自分が正しいと思えれば,他者評価なんか関係なかったというようにこれからもやって行けるのかってことですかね.

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[忘れてはいけません]
(世の中)

 長期化,泥沼化の様相を呈してきて,ロシアやウクライナだけではなく,全世界が大きなものを失うことになる可能性が大きくなってきたロシアのウクライナ侵攻ですが,日本も含めた「西側」の報道は,「そういうもの」がほとんどです.でも,忘れてはいけません.メディアの言うことは,嘘ばっかりですよ.

 もちろん,ロシアがウクライナに侵攻したのは事実ですし,それは断じて許されるものではないですが,その背景的なことは,ほとんど報道されてませんし,画面に映るものは(加工をしなければ)真実なのでしょうが,何を報道して何を報道しないかは勝手に取捨選択できますからね.

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[僅差]
(政治)

 隣の国で大統領選挙をやっているのですが,歴史上稀に見る接戦とか僅差と言ってます.でも,スポーツの試合じゃないんですから,接戦だから面白いとかドラマチックってことにはなりません.

 僅差ということは,負けた方は,半分近くの支持を集めたにも関わらず,負けるわけで,それって,「分断」ということですね.そして,それは,近年のアメリカ大統領選挙もそうですし,まさに分断ということになってるわけです.

 それは,意見が真っ二つということもあるかもしれませんが,どっちもどっちというか,どっちもしょぼいってこともあるわけで,そういう意味では,日本も然りですし,世界的にそんな感じで,いろいろいやーな感じはしますよね.

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[稼がないといけない]
(経済)

 でも,こうしてみると,定年後問題というか,今の仕事を失った後ですが,言葉はどうかと思いますが,やっぱり,稼がないといけないと思いますね.でも,決定的に違うのは,大学の給料のような安定したキャッシュフローとは行かないわけで(何かいい話があったとしても,そんなのまたいつクビ切られるかわからないわけで),だとすると,安全率を見て大学の給料の10倍くらい稼いでトントンという気がします.

 新型コロナもそうですが,実際,ロシアのウクライナ侵攻で原油や食料が暴騰して,「こんなこともあろうかと」ではないですが,資保で商品先物を買っておかなかったら,もし年金暮らしだったら,ただでは済まないどころか,ロシアのウクライナ侵攻は序章に過ぎないというか,こういうことは,これからどんどん起こるでしょうし,インフレになる一方で,株が暴落して,?PIFが破綻すれば,年金はがっつり削られ,ETF買いしまくってるN銀が破綻してお金が紙くずとか,国債が暴落して銀行が破綻して預金がなくなるとか,あり得る話ですからね.

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3/10'22
[○○○金融資本]
(世の中, 経済)

 とあるMLで,VクチンもRシアのUクライナ侵攻も,全て○○○金融資本が自分達が儲けるために(国やメディアや大企業を利用して)全世界の国民を洗脳して仕組んだことだと言ってる人がいましたが,そういうことですね.

 このサイトでもずっと書いて来たことです.太古の昔から貴族と奴隷という構図は変わってなくて,現代で言えば,極一部の大金持ちが自分達の既得権を維持拡大して左うちわでのうのうと暮らして行くために,国民を洗脳して目先の経済を回してこき使ってるわけです.Vクチン,RシアのUクライナ侵攻に限らず,地球温暖化,SDGs,ゼロカーボン,EVシフト,全て繋がっています.

 じゃあ,下々の我々はどうしたらいいかですが,これも何度も書いているように,洗脳されず騙されず,目先の経済を回すことに加担しないことでしょう.でも,大多数の人間は,騙されてしまいますから,やはり,そういう世の中から距離をおいてやって行くことですかね.

 ただ,全体主義がこれだけわかりやすく進んで物騒な世の中になってくると,それに巻き込まれないことは非常に難しいと思います(ほんと戦前みたい).具体的には,これもずっと書いて来ましたが,経済危機,世界恐慌,戦争です.そして,戦争は現実に起こってしまいました(決して,どこか遠い国の話ではありません).

 でも,今の世の中を全て○○○金融資本が動かしているかというと,もちろん,彼らはそう画策し動いていて,○ホな世の中はそれに追従しまくってるのですが,これもずっと書いていましたが,私はもっと大きな力が働いていると思っていて,それは,欲にまみれた人間のDNAのようなものでしょうか.このことが意味することとしては,この流れは,誰にも止められないということです(まさに全ては138億年前に決まっている).

 (ずっと書いてますが)大変な世の中になってきましたね.でも,90年周期ではないですが,そういうタイミングということです(世界恐慌から93年).人間ってほんとに○カですよね.

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 でも,こういうことを考えると,山の中の一軒家は極端でも,現実的には,少なくとも,大宮周辺から熊谷周辺(駅近ではなく駅から車で10分)に傾いてしまいますね.

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3/11'22
[結局,どっちも似たようなものじゃないですかね]
(世の中)

 ロシアのウクライナ侵攻ですが,ウクライナの抵抗が予想以上でロシアが手こずっていて,国を守るために戦うウクライナの人を賞賛し,ウクライナ頑張れという感じですが,既に書きましたが,戦争が長引くほど犠牲者が増えるわけで,もっと違った方法があるのではと思ってしまいます(でも,大統領が強気になるほど支持率が上がるので,これも一種の衆愚状態.ほんと戦前の日本と似てる).

 一方のロシアでは,反戦運動が弾圧されていて,戦争に反対というようなことも言えない言論統制が行われているという報道です.でも,(もちろん,軍事侵攻したのはロシアで,そのこと自体は絶対に許されるものではないですが)日本だって,ウクライナ(の大統領)の問題やロシアにも一理あるようなことを言えば,たちまち叩かれるわけで,結局,どっちも似たようなものじゃないですかね.

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[近くも遠くも]

 どこに住むか,どういう家に住むかですが,生き方的に考えるとどうなんですかね?(と考えました).

 あと何十年も生きるわけじゃないだろし,残す人もいないのに,今更家なんか買ってもしょうがないじゃんということはあるのですが,逆に残された時間が限られていて,残す人もいないのに資産を抱えて死んでもしょうがないのなら,経済的に割高でも生活がより快適になるのなら,生きてるうちに有効に使った方がいいということもあるわけで,つまり,生き方的にはどっちもありってことですよね.

 どこかで,120まで生きて「しまう」可能性もあるので,そういう「リスク」に備えて生きて行かないといけないけど,実際は(多分)もっと早く死ぬわけで,半永久的に生きてしまうことを想定はするけど,もっと早く死んでもいいように,いつ死んでもいいように,しっかり準備をしておくと気が楽になる,と書きましたが,これとも整合しているのかもしれません.一般的に言えば,「近く,時々,遠く」というか,「近くも遠くも」ということなのかもしれません.

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3/12'22
[分裂状態なのが当たり前]

 分裂状態ってことなんですが,考えてみたら当たり前のことですよね.だって,全てのことに一長一短があるわけで,つまり,いいとこどりはできないからです.

 具体的に言えば,定年で大学をクビにならずに,社会から必要とされ続けてずっと働いていきたいと思う反面,もうめんどくさいことから解放されてのんびりやって行きたいとも思うわけで,範囲を広げて,人との繋がりということについても然りなわけです.

 そして,これは,自分のことについての分裂状態,即ち,自分のようなどうしようもない人間が何とかここまでやってきたことが不思議と思う反面,もっと全然できたしできると思ってるところも繋がってる気がします.

 じゃあ,どうしたらいいかですが,例えば,人との繋がりについては,「一人,時々,みんな」とかちょうどいいバランスのところということになりそうですが,それは非常に危ういバランスなので,分裂状態のような感じになってしまうのかもしれません.

 でも,敢えて言えば,「バランス」ではないと思うんですよね.じゃあ,何かと言うと,「いいとこどり」でしょうか.「近く,時々,遠く」じゃなくて「近くも遠くも」というのもそういうことです.そんなことできんのかってことなんでしょうが,個人的には,何かを犠牲にして何かを得るということがどうしてもできないので,そうするしかない(結果的に成功しなくても)感じです.

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[考え続けること]

 将来どこに住むかもそうですが,しょーもないことを毎日のようにだらだら(楽しく)書いてると思うのですが,「考え続けること」が大事な気がします(でも,私の場合,考え続けることが大事だから考えるのではなく,そうしたいからそうしてるだけですが).

 非常に具体的で卑近な例として,将来どこに住むかですが,おそらく,今の大学を定年で辞めるときにどうするか決めるんだと思いますが,そんなの,その時に考えればいいんじゃない?だと危ういと思うんですよね.なぜなら,「その時の気分」で決めることになるからです.

 これまでは,そんな感じで決めてきて,全く問題なかったんですが,それは,その時の職場などに応じて「とりあえず決めればよかった」からでしょう.でも,次の「岐路」では,もし家を買うのなら,そうは行かないと思うんですよね.

 その証拠というわけではないですが,これまで将来どこに住むかは,いろいろ変化しているわけで,それが意味することとしては,その中のどのタイミングで定年というか引っ越しが入るかで,結果が大きく変わったということで,それは,結構,危うい話なわけです.

 でも,ずっと考え続けて,その「積分値」として,いろいろ考えた結果,どうするかということになると,結果は,それなりに安定する気がするんですね.

 とは言え,解決法の一つは,解決しないことですから,これからもこれまでのように「とりあえず決める」で死ぬまで行ければ最高なんですが,年寄りに貸してくれるところは限られるとか,仕事をやめると家に居る時間が長いとか,ピアノをどうするかとか,「とりあえず」とは行かなくなるので,仕方なくってことですかね.

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[ピアノ問題]

 一つの大きな問題として,ピアノがありますね(弾く気になるかどうかではなく,ピアノを入れるかどうか.でも,結局,弾く気になるかどうかが大きく関わってくる).考えてみたら,これまでほんと奇跡的に何とかなって来たんですが,これからも何とかなるとは限りませんからね.

 いくつか選択肢はあって,一つは,ピアノを入れていいですよという民間のマンションを借りることですが,年寄りという制限が加わるわけで,そうすると,年寄りにも貸してくれるURはあるんですが,これまでのようにうまく行くとは限りません.

 借りるのが厳しいとすると,買うしかないのですが,これは,マンションか一軒家かということになって,ちゃんと防音すれば,どうこう言われる筋合いはないものですが,隣は何をする人ぞではないですが,そういうリスクはあって,賃貸なら引っ越せばいいだけの話ですが,持ち家となるとそう簡単には行きません.

 そうするともう,山の中とは言いませんが,ポツンと一軒家ということになるわけで,でも,そこまでする?というか,ピアノは,もちろん,あった方がいいですが,ほんとにそんなに必要なのかと言われると,弾く気にならない時も実際多いわけで,しかも,将来どうかなんてわからないし,グランドピアノでなくても,電子ピアノでも何とかなるんじゃないかというか,もっと言えば,荷物を減らして「いつでも引っ越せる状態」で身軽に暮らしたいというのもあるわけです.

 そもそも,ピアノを弾くのなんかリタイアしても1日1時間程度でしょうし,それも,弾く気にならない日も多いですし,それだったら,それ以外の日常生活の方が大事で,それは「ポツンと一軒家」とは相容れないものですよね.

 つまり,非常に各論であるピアノ問題についても,一長一短というか「分裂状態」が起こってるわけで,じゃあ,どうするかと言うと,バランスポイントを探すのではなく,いいとこどりをしたいわけで,それに必要なのが,やはり,考え続けるということでしょうか.

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 でも,これって「お金で解決できる問題」なのかもしれませんね.家を買って,何か問題があったとしても簡単に引っ越せないと言っても,お金が腐るほどあるのなら,簡単に引っ越せるでしょうからね.でも,そのために汗水垂らしてというか,やりたくもないしやり甲斐もない仕事をしようとは思わないわけで,これもそういうこととのバランスということになってくるんですが,というか,これもバランスではなく,まさに「いいとこどり」ができればということですね.

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 一つ浮かんだアイデアとしては,「二軒体制」でしょうか.東京と郊外の「二軒体制」については,書いたと思いますが,今回は郊外の「二軒体制」です.具体的には,駅近で日常生活が送りやすいマンションとそこから車で10分くらいのところにポツンと一軒家ということでしょうか.必然的にピアノはそこに入れることになりますね.

 そうすると,生活はマンションでして,ポツンと一軒家に「出かける」ことになります.大学をやめて,研究室という「出かけるところ」がなくなると厳しい気がするということでしたが,図らずもその問題?も解決することになるのでしょうか.つまりは,ポツンと一軒家は,ピアノが置いてあるだけではなく,研究室(みたいなもの)にもなるということで,例えば,朝起きて朝ご飯を食べてちょっとのんびりして,お昼くらいに一軒家に出かけて午後をそこで研究したり作業したりピアノを弾いたりして過ごす.そして,夕方には駅近のマンションに帰ってきて,帰り道で買い物とか生活に必要なこともする感じでしょうか.

 でも,イメージ的には逆ですよね.つまり,ポツンと一軒家で寝泊まりとか過ごしたりして,午後,駅近の「研究室」に出かけるということでしょうか.翌日,朝早く電車で出かけたり,夜遅く帰ってきたときは,そこに泊まることもできます.そっちの方がしっくり来ますし,「研究室」はワンルームの賃貸でもいいでしょう.でも,それだと「元に戻る」というか,出かけるのがめんどくさくなって,結局,一軒家だけでいいじゃんってなりそうな気もします.

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 そうすると,ポツンと一軒家が建てられるところはどこかとなるんですが,もちろん,田舎に行けば行くほどそういうところはあるんですが,東京から一番近いところはどこかということになります.距離的なことよりは,時間的なことなので,新幹線が使えるのならそれも考慮に入ります.

 そうすると,結局,大宮周辺,熊谷周辺ということになって,またまた元に戻るってことですかね.でも,いいとこどり的に言えば,熊谷周辺よりは大宮周辺,できるだけ駅に近くてスーパーとか日常生活に必要なものもあって,周辺の環境もいいところということで,そういうところを探すということですかね.

 というか,具体的にいくつか目星を付けているところはあるんですが,どこもまだ決定打がないという感じで,つまり,宝探し的にまだまだ探して行くということでしょうか.

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(世の中)

 ウクライナ問題ですが,こうなる前にほんと何とかならなかったものかと思いますが(ロシアとかPーチンが悪いとか言ってもどうしようもないし,ほんとはこうならないようにうまくやるべきだった.具体的には,NATOの東方拡大をやり過ぎてロシアを追い込んでしまった),こうなってしまったものはもうどうしようもないわけで,問題はこれ以上ひどい状態にしないこと,具体的には,戦争がこれ以上広がらないようにすることでしょう.

 一つの考えとして,何度か書いてるように,とにかく早くこの戦争を終わらせた方が犠牲者も少なくて済むのですが,それではウクライナが黙ってないということはあるでしょう.でも,それには,調整することが必要なんですが,今のしょぼい各国のリーダー?達では,望むべくもなさそうです.

 そうすると,もう傍観するしかないということになってしまいます.そして,(そうは言わないけど)現実として,そういう道を選んでいるわけですよね.つまり,確信犯的にウクライナは,ロシアに渡す,その代わり,これ以上,ロシアに勢力拡大させないという道を選んでるわけです.

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 こういうことになって,ロシアから天然ガスを輸入しないで済むように早急に脱炭素を進めないといけないと言ってました.てことは,こうなることは予定通りで,確信犯的に事を進めてきたってことですか?

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3/13'22
[欺瞞や偽善に満ちている.そして,それが全て○○○に繋がっている]
(世の中)

 ロシアのウクライナ侵攻に限らず,メディアやインターネットから流れてくるものをつらつら見ていると(中身が云々ということ以上に,そういうことを通しての企みが見え見えで),つくづく欺瞞や偽善に満ちていると思いますね.そして,それが全て○○○に繋がっているわけです.

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 こんなどうしようもない世の中とはとにかく関わりたくないわけで,さっさと離脱したいとも思うんですが,もちろん,真っ当な人もいるわけで,そういう人から自分が必要とされれば,頑張りたい気持ちもあるわけで,まさに分裂状態? でも,世の中全体の流れは変わらないわけで,そうすると,自分が必要とされなければいいことに気づかされます.

 そして,そうなるようにやろうと思えばできるわけで,それは,こいつは使えねーとか無能だと思われればいいわけですし,もっと行けば,嫌われればいいわけです.簡単な話?

 でも,それが意外と難しいんですが,少なくとも,私は誰かに必要とされたいとか好かれたいというような他者評価を基準に行動することは全くないわけで(このサイトで書いてることがまさにそう),必要とされない可能性も嫌われる可能性も大いにあるわけで,それで「うまく」行けば結果オーライってことですかね.

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(日記)

 就寝してから(途中で目が覚めても二度寝して)○時間は起床しないようにすると調子が悪くないということだったんですが,あんまり関係なくなってきました.最近は,途中で目が覚めることがなくなってきたってこともあります(でも,相変わらず,寝ている間の「別世界感」が半端ない).

 結局,周期的な調子の問題だったのか何だったのかよくわからないのですが,あんまり拘らない,無理して二度寝する必要もないし,疲れたら休むでいいし,ということでしょうか.

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[納税額]
(運保)

 そうそう,先日,確定申告を出したんですが,ほんとわかりにくいのは相変わらずですが,予想してたとは言え,納税額が半端なかったです.少なくともこれまでで一番納税した年と比べても桁が違います.税金の取り立ては翌年に来るので注意が必要というのはきいてましたが,こういうことですね.

 でも,私の場合,○ホな芸能人やスポーツ選手と違って,儲かったからと言って散財するわけないので特に問題はないのですが,資金移動は必要なので,めんどくさいというだけです.

 なお,ここでそんな余計なこと書かない方がいいのでは?と思う人もいると思いますが,納税額が半端ないとか,これまでで一番納税した年と比べても桁が違うというのは,あくまで相対的なことで,納税額が絶対的に多いとは全く書いてない(例えば,これまでで一番納税した年の額が500円で,今年が5000円かもしれない)ですからね.

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3/14'22
(日記)

 体調というか調子は悪くないと思いますが,あまり気分がよくないというか,つまらないことはつまらないというか,そんなことやってどうすんだって感じですかね.世の中のことは,関わらなければいいだけの話というか,そうするしかないのでどうということはないですが,そうでないことは,そうも行かないですからね.でも,こういうときは,「一人,時々,みんな」で内的熟達的にやって行ければ,何の問題もない感じがしてしまいます.

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3/15'22

 あまり気分がよくないというのは違いますかね.気分は悪くないと思いますからね.

 確かに世の中はひどい状況ですし,回りを見ても,ちゃんとやれよとか,そんなことやってどうすんだとかいう感じですが,冷徹な言い方をすれば,自分には関係ないというか,もちろん,自分ができること,役割分担的にやるべきことはやりますが,基本的には,回りは関係なく自分は自分でやって行けばいいわけですし,それはできてると思いますからね.

 じゃあ,何が問題かと言うと,そこまで冷徹になりきれないというか,しょうがねーなー,やってやるかと思ってしまうってことで,まだまだ仙人(笑)は遠いですね.

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 でも,気分がよくないということはないのですが,何かもの足りないというか,何とも言えない変な感じなのは何なんでしょうね.単にもう人生がとっくに終わってるってこと?

 でも,無病息災というか,毎日おいしくご飯が食べられて,暑さ寒さや雨露をしのぐ家があって,やることがあるのなら,それ以上何を望むというのでしょうか.

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[結局「新曲」]
(ピアノ)

 ピアノは,2月上旬〜3月上旬のほぼ1ヶ月,全く弾いてなかったのですが,またぼちぼち弾き始めました.一つは,再発見的にとある「新曲」をちょっと弾いてみる気になったということがあります.

 つまりは,結局,既に弾いた曲をぐるぐるというのが無理があったってことですかね.うまく回っていたように見えた時も,メトネルの悲劇的が新曲だったというだけの話かもしれません.

 でも,「新曲」もいつか新曲でなくなりますし,それは,今やってる曲も同じです.ずっと「新曲」,つまり,いろんな曲を弾き散らかして,どれも途中で放り出すということでも(人前で弾くことより普段ピアノを弾いていくことが優先なので)いいのですが,元の木阿弥は嫌だとすると,1ヶ月に1回数時間くらいは,何とか頑張って弾くってことですかね.

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 別の見方をすると,「新曲」が新曲でなくなる前にどこまで弾けるようになるかが勝負ってことですね.つまり,新鮮さが残っているうちにある程度弾けるようになる自分の練習量と技量に合った曲を選ぶべしということなんでしょうが,そんなことで選んだら,弾く気になる曲がないので,それは無視することになるんですが,途中で放り出しても月一でぐるぐる回しているうちに,またちょっと新鮮味が出て,というようなことがあるのか,あるいは,年に1回の演奏会前数ヶ月くらいはちょっと頑張るってことでしょうか.

 ここで気づくんですが,1日に何時間も(6時間とか8時間とか)練習すれば,「新曲」が新曲でなくなる前に(飽きずに)弾けるようになるんじゃないですかね.でも,1日に何時間も(6時間とか8時間とか)練習できないのですから,どうしようもないですね.

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[何がどうなればいいというのがない]

 何かが足りないというか,何かが足りないのかどうかもよくわからないのですが,問題は,何がどうなればいいというのがないってことですかね.

 ずっと仕事(研究)をして行きたいとは思うのですが,だったら定年がなくなればいいのかと言うとそういうわけでもない(研究はして行きたいけど,研究以外の仕事はもうしんどい),現実的には,今の大学の定年の時に次の(研究以外の)仕事がというのも同様,自分のことを必要としてくれる人がいたらと思ったとしても,それはそれで大変そう,てな感じです.

 そういう意味では,何がどうなればいい的には,何でもいいのでやってて楽しいことがあればとは思いますね.「たった一つ」でもいいですし,そういうのがたくさんあって取っ替え引っ替えでもいいです.いや,たくさんあるんですが,どんどんめんどくさいというか,やるハードルが高くなってる感じがするんですよね.

 そうすると,お金はあった方がいいんですかね.何度も書いているように,私は必要以上のお金は要らないのですが,仕事を失って,やらないといけないことの多くを失うと,これまで以上にやることが必要になって,でも,やるハードルがどんどん高くなってる感じで,やること自体にお金はそんなにかかりませんが,お金があれば,やるハードルを多少なりとも下げることはできるとは思いますからね.

 でも,やりたいことをやるハードルを下げるためにお金を稼ぐために働くということにはならないわけで(やりたくない仕事をすることの方が遥かにハードルが高いので),道があるとすれば,やりたいことをして稼ぐということですかね.

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 あるいは,(リタイアしたら)退屈という感覚に助けられる,のではなく,退屈を受け入れてしまえばいいのかもしれません(まさに孤独と退屈を受け入れる).そんなことでは,要介護にまっしぐらということになりそうな気がしていたのですが,体も脳も存外ほんのちょっとしたことで維持できるような気もしてきたんですよね.

 これ以外にも,例えば,ピアノなら,月に数時間で最低限は維持できるとか,このサイトに文章を書くのも1, 2時間程度(この1年の平均は1日1.6時間.記録を付けてるのですぐ計算できる),運保に至っては,1日20分程度ですから,このままでは,まさに退屈になりそうで,でも,それを無理矢理何とかするのではなく,受け入れてその中でどうするかということなのかもしれません.

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3/16'22
[やりたいことをして稼いで行く]

 「何がどうなればいいというのがない」ということで書いていくうちにいつの間にか「やりたいことをして稼いで行く」ということに辿り着きました.何とも当たり前の話なんですが,まさに学生時代「やりたいことを見つけてそれを仕事にしたい」ということで今の仕事に辿り着いたことと同じことを,今の仕事を失うまでにすればいいってことです.

 やりたいことは,いろいろあるんですが,稼げるものは非常に限られます.つまりは,もう働かなくても何とか食べて行けるのだから,そういう条件ははずれるということだったのですが,ぐるり回ってそうではなくなったということでしょうか.

 まずは,研究というか,地震防災に関係したことはできるでしょう.でも,大学は定年でクビになりますから,それ以降どうするかが問題で,もしそういう話があれば,受けることになりますが,研究というか地震防災というか,要は,やりたいことである必要がありますし,自分で研究所を作ったりコンサルやったりすることも考えられますが,そういうことで自分がほんとにやりたいことができるのかということに注意する必要があります.

 あとは何かですが,研究以外で稼げることは,私の場合,運保しかありません.そんなことで?とは,正直思うのですが,それしかないのなら背に腹は代えられないですし,そうならやるしかないわけです.そして,それは,やりたいことでもありますし,実際,これまで楽しくやってきたことでもあるわけで,でも,現状,1日20分では,退屈しのぎにもならないのですが,ただ面白いので余剰資金でだめ元でやるのではなく,全財産を守るために,そして,稼ぐためにやるのなら,日々研究して行くことも必要でしょう.

 1日20分だけ片手間ならともかく,そんな金儲けみたいなこと,やる意義としてどうなん?ということはあったんですが(でも,やりたいのならそんなの関係ないですが),思うのは,大きく世の中全体の動きに繋がってることで,それは,かなり意義があることのような気もしてきたということもあります.

 具体的には,世の中や経済はどんどんおかしくなっていて,一方では,メディアとかインターネットとかを見ていると,まさに嘘ばかりで(でも,全てが嘘というわけではなくて,それはそれで非常に厄介),多くの人が騙されて搾取されてる中で,自分なりに世の中や経済の見通しをもってそれを運用という形で表現して行く,そして,このサイトで「ほんとのこと」を情報発信して行くことは,一つの種目としては,ありだと思うようになってきました.

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[成功ではなく成長]

 筑波大バドミントン部のFBにサッカーの本田圭祐の「成功ではなく成長」という言葉が引用されて,熟達を目指すということ,と書いてありました.でもこれって,筑波大バドミントン部で何度も話したことで(このサイトでも何百回も出てきてるやる気三要素の内的熟達のこと),今頃?というか,ようやくわかってもらえたのか,今までわかってもらえてなかったのか,という感じでしょうか.

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(ピアノ, 日記)

 今日は,午前中が学外の委員会で,午後が学内のシンポジウム(自分の発表もあり)で,ここ半年は,こういう日も時間があれば,ピアノをそんなに弾く気にならなくても少し頑張って弾いてた気がするのですが,今日は弾きませんでした.というか,そういう感じで行こうと思います.つまりは,そんなに弾く気にならないのなら弾かないでいいし,一日の中で活動度をある一定量以下に抑えた方が持続性があるような気がしてきました.

 そうすると,週に数回,1時間か1時間半ずつくらいということになりそうで,そんな練習量では,大した曲は弾けないと思いますが,1ヶ月丸々弾かなくなるようなことが起こるよりそっちの方がいい気がします.

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[基本的にやってて楽しくない面白くないことは続かない]

 基本的にやってて楽しくない面白くないことは続かないと思うのですが,そうでもないこともあって,例えば,30代の頃は,トレーニングしてたわけですが,それは,トレーニング自体が楽しかったわけではなく,トレーニングすれば,バドミントンのパフォーマンスが上がってバドミントンが楽しくなったからでしょう(でも,40を過ぎてトレーニングしても全く効果が感じられなくなってやらなくなり,バドミントンのパフォーマンスもどんどん低下していった).ピアノもしばらく「新曲」に効力感を感じるのは,どんどん弾けるようになって行くからで,でも,ある程度のところまで来ると頭打ちになって,放り出すわけです.

 でも,それそのものが面白いこともあって,研究はそうですし,いろいろ考えてこのサイトに文章を書くこともそうですね.相場研究も,それで金が儲かるからではなく,それそのものが面白いわけです.ですから,やっぱり,それそのものに効力感を感じることをやるのが早道ですかね.

 と思ったのですが,研究そのものは面白いですが,実験したり,調査をしたり,データを集めたりするのは大変なわけで,これってバドミントンにおけるトレーニングみたいなものですよね.でも,じゃあ,実験したり,調査をしたり,データを集めたりするのが楽しくないかというそんなことはないわけで,それは,思い返してみると30代の頃のトレーニングもそれそのものに効力感をそれなりに感じてましたし,ピアノも若い頃は,もっと練習できてたと思いますし,結局,やっぱり,それそのものに効力感を見出せるかなわけで,それは,バドミントンにおけるトレーニング,ピアノにおける練習も然りということで,トレーニングや練習がしんどいのであれば,続かないし,そういうことより,やってて効力感を感じることをやるべしということですかね.

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3/17'22
(日記)

 今日は,zoomで会議に出ながら,ずっと(地震の)メディア対応で少々疲れました(ピアノも弾かず).

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[「何事かを成し遂げようとする」という「何事か」が必要]

 (内的熟達的に)日々淡々と過ごして行くというのでいいと思うのですが(今日はさすがにそうは行きませんでしたが),それだけでは,何か物足りなくて,日々過ごして行く中で「何かに近づいていく」感覚は必要でしょう(「近く,時々,遠く」).でも,それには,どこかで書きましたが「何事かを成し遂げようとする」という「何事か」が必要です.

 それは「真理に近づく」というような壮大なことだとは思うのですが,「その気」とか「気分」的には,目先,そんなに壮大なことでなくてもよくて,でも,それが積み重なると壮大というか,大きなことに繋がってることは,やはり,必要な気がします.

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[甚だ疑わしい]
(世の中)

 連日,ウクライナの戦争の様子が報道されてるのですが,最優先すべきは,やはり,とにかく戦争をやめることです.日本での報道は,欧米サイドに立ったものなので,ロシア(Pーチン)が悪いの一辺倒ですが,ニュートラルな立場に立てば,100%それが真実というわけではないことに注意する必要があります.

 つまり,報道の多くは「嘘」なわけですが,どれが嘘でどれが真実かを見抜くのは簡単ではありません.でも,一つだけ真実があるとすれば,それは,ロシアがウクライナに侵攻したということでしょう.それだけで,ロシアは(どんな理由があるにせよ)非難されて然るべきですが,逆に言えば,それ以外のことの信憑性は甚だ疑わしいということです.

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[不都合な事実]
(世の中)

 更に言えば,新型コロナのVクチンも次々と「不都合な事実」が明らかになっているようです.私個人的には,(多くの人が素直?にメディアやお上の言うことをきくのが戦前みたいで嫌悪感を感じたということもありますが)単純に「得体の知れない異物を体内に入れる」のがとにかく気持ち悪いということで打たなかったのですが(食品添加物も同じこと),そういう直感的なことが意外と正解だったりするものです.

 いや,Vクチン打ったけどなんともないんだけど,という人もいるようですが,なんともないものも入れておけば,そんなの簡単な話ですよね(でも,これって,壮絶なくじ引きだったってことか).

 もっと言えば,新型コロナウィルス自体も「得体の知れない異物」なわけで,新型コロナにかかっても軽症だから平気というのは全く以てあり得ない話です.

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3/19'22
[この体たらく]
(世の中)

 何かの番組でロシアのウクライナ侵攻について議論?してました.要は,どうしてロシアはウクライナに侵攻したのか,アメリカなどの西側諸国はどうしてそれを止められなかったのかということです.

 そこには,最近よくテレビに出てくる専門家?みたいな人がいっぱいいて,でも,彼らが口を揃えて言うのは,まさかロシア(Pーチン)がウクライナに侵攻するとは思わなかった,どう考えても合理的でない,彼は狂った,精神に異常をきたしているのではないかというようなことです.

 でも,そんなことを言ってるようで,ほんとどうしようもない話で,専門家?として恥ずかしくないんですかね(まさに東日本大震災が想定を越える津波高さだったと言ってるようなもの).要は,私にはわかりませんと言ってるわけで,それをPーチンの精神異常のせいにしているようでは,まんまと彼にやられてるわけで,この体たらくでは,この戦争は止められないでしょうし,負けてるようなものでしょう.

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[失敗しても挽回できる]

 高校入試で失敗しても大学入試で挽回できると言ってる人がいました.

 そう思いますね.実際,私の回りには,東大,京大出身者,しかも,その中でも特に優秀な人がいるわけですが,出身高校は,もちろん,灘,筑駒,開成といったトップ校の人もいますが,そうでもないというか,少なくとも高校受験で失敗したような高校出身の人も結構います.そして,そういう高校出身の東大京大合格者は,灘,筑駒,開成といったトップ校より圧倒的に少ないわけですから,率から言うと,高校受験で失敗して大学受験で挽回した人の方が遥かに優秀ということになります.理由としては,早慶(は東大,京大,東工大,一橋の滑り止め)の話じゃないですが,一度失敗してそこから立ち上がるというのが大きいでしょう.

 じゃあ,私はどうだったかですが,そういう意味では「最悪」だったと思います(と気づきました).どういうことかと言うと,何度か書きましたが,私は地元(福岡)でNo.1の進学校(修猷)出身ですが,実際は,高校受験に失敗しています(ちなみにラサール,久留米付設は受けてない).でも,修猷に行ったことで(ほんとは失敗していて挽回しないといけないのに),失敗したという意識が消えてしまって,のほほーんと過ごしてしまいました(ほんと音楽にかまけてる暇なんかなかったはず).ほんと○カですね.

 でも,何とか浪人して東大に滑り込むのですが,結果的に,そういう巡り合わせもあって,ここまで何とかやって来ることができました.つまりは,私は,高校受験で失敗したのにその意識がなくて大学受験で失敗しましたが,それをその後のどこかで挽回したということですかね.でも,失敗したから挽回しないと,という意識は全くなくて,やりたいことを見つけてそれをやってたらいつの間にかって感じではあるんですが.

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[アラームが鳴ったのに]

 これもどこかで読んだんですが,若くしてアルツハイマーを発症した東大の先生のことが紹介してありました.確か50代半ばくらいで発症して,仕事に支障があるということで何年かして東大をやめるのですが,それまでは,その世界の第一人者でものすごく精力的に活動していたとのことです.

 もちろん,病気なので仕方ないと思うのですが,そうとも思えないという言い方はどうかと思いますが,その人は,30年間とにかく走り続けてきたということで,そういうことに体や脳が悲鳴を上げたというか,どこかでアラームが鳴ったのに,走り続けてしまったのではないかと思ってしまいました.

 自分のことを振り返ってみると,こんなどうしようもない奴がよくここまでやって来られたもんだとつくづく思うのですが,良心的解釈をすると,何度もアラームが鳴って(ていうか鳴りすぎ?)頑張れないことで,結果的に頑張らずに済んだという気もするんですよね(大学受験もある意味そうだったのかも).もちろん,それで何度も失敗してるのですが,そこで「終わる」ことはなかったですし,何度も挽回(という意識はなかったですが)して,その度に,失敗する前より高いところに戻って来られた気がしますし,そういうアラームというか,「その気」に従うことも必要な気がします.

 でも,何の苦労もせずにできることしかやらないのでは,てんで大したことはできないですし,その気になったらそれを制御することもできないですし,そこのところが非常に難しいのですが,それを(結果的にでも)うまくマネージした人が成功するのかもしれませんね.

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[結局,経済力]
(世の中)

 ロシアのウクライナ侵攻で思ったのは,結局,軍備力がものを言うということになってしまってるってことでしょうか.

 でも,これって実は,当たり前のことですよね.人間に置き換えてみれば明らかですが,どんなに賢くても,人間的に優れていても,殴り合いの喧嘩になったら,結局,力が強い方が勝っちゃうわけです(素手でなければ有能な武器をもってそれを使いこなせる方が勝つ).いやいや,そうならないように法律とか警察があるんでしょってことなんですが,世界で戦争が始まったときには全くそういうことが機能しないことは,今回のことで嫌と言うほどわかったはずです.

 もちろん,戦争は絶対避けなければなりませんが(でも,今こうして現実に起こってしまってるわけで),強大な軍事力を有していれば,相手はそう簡単に戦争はしかけられないわけで,そういうことが逆に戦争を防ぐことにもなるわけです.

 じゃあ,軍備力とは何かですが,結局,経済力ですよね.つまりは,資本主義とか目先の経済を回すとかつべこべ言ってないで,どんどん金儲けして外貨を獲得せよということなんでしょうか(K朝鮮のように国民を虐げて核開発をやってるところもあるが).

 でも,やっぱり,何度も書いていますが,そもそも「国」という境界線を引くことの無意味さを感じますね.新興国の経済が先進国にキャッチアップすれば,自然と解消されるとは思うのですが,近年は,逆の動き,具体的には,資本主義 vs 共産主義みたいに,民主主義 vs 専制主義という構図が(C国が経済的に,つまり,軍事的に躍進することで)出てきていて,それはとても厄介なことです.

 民主主義は民主主義で,衆愚政治になってしまうなど,いろいろ問題はありますし,戦争になれば,民主主義は,(条件が同じなら)(言うことをきく兵隊をもってる)専制主義に勝てないのは明らかですからね.

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[結局,お金?]

 国における軍事力が経済力なら,これを人間にまた戻してみると,結局,お金ということになってしまいます.

 もちろん,そんなわけはなくて,でも,何度か書いてるように,お金で何でも解決するわけはないですが,お金で解決できる問題はかなりあるわけです.

 例えば,リタイアしたらどこに住もうかとか,家を買うのか借りるのかとか言ってますが,お金が腐るほどあるのなら,そんなに深く考えることもないかもしれませんし,若い人を育てながら研究して行きたいのなら,研究所を作っちゃえばいいわけですからね(例えば,学部卒か修士卒で,年収500万もらって何年か研究指導を受けて,査読論文を何本か書いて,私がよく知る大学の先生のところで博士をとってもらって,公募に応募して大学に就職できるということなら来る人はいるんじゃないですかね).

 あるいは,スキーに行きたい気持ちはあるけど,めんどくさいというかハードルが高いということなら,キャンピングカー,あるいは,でっかい高級ワゴンを買って,後ろの部分を快適に過ごしたり,ゆっくり眠れる空間に改装して,運転手も雇ってしまえば,相当ハードルは下がる気がしますし,バドミントンの練習はしたいけど,シングルとか思うような練習ができないということなら,高い時給でヒッティングパートナーを雇えばいいし,体育館がとれないのなら,自分で建てちゃってもいいし,何十万もするノックマシーンを買ってもいいわけですし,家の中に最高級のゴルフシミュレータがあれば,少しは練習するかもしれませんからね(対照的にピアノは,防音室付きのグランドピアノをもってるので,これ以上ハードルはそんなに下がらなくて,ピアノをスタインウェイにしたり,24時間弾ける家を建てちゃうくらいか).

 でも,そこまで行くと,桁違いのお金が必要でしょうし,何度も書いてるように,お金っていくらあるからいくら使うというものではないですし,そもそも,お金に物を言わせるのって無粋というか,格好悪いと思ってしまうんですよね.

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 あとは,筋論的なことはありますかね.例えば,上の「学部卒か修士卒で,年収500万もらって何年か研究指導を受けて,査読論文を何本か書いて,私がよく知る大学の先生のところで博士をとってもらって,公募に応募して大学に就職できるということなら来る人はいるんじゃないですかね」ですが,私が私にしか提供できないものを提供するのに私が年間500万も払うのはおかしな話ですからね(でも,やりたいことではあるので,只でもやるとは思いますが).

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[英雄?]
(世の中)

 もちろん,軍事侵攻したロシア(Pーチン)が悪いのですが,世界(西側)がまるで英雄のように讃え,国民からは絶大な支持を受けてるウクライナの大統領ってどうなんですかね.確かテレビタレントだったんですよね.そういう無能とは言いませんが,微妙な世界情勢のこともよくわからず,バランス感覚や判断力を欠いた人間を国のトップに選んで,危ういながらも何とかバランスを保っていたというか,少なくとも軍事侵攻を受けるようなことにならずに済んだものを墓穴を掘ったということはあるんじゃないですかね.少なくともロシアが怖いからウクライナがNATOに加盟するというのは,いくら何でもロシアをこけにし過ぎですし,バランス感覚を欠いたということはあるでしょう.

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3/20'22
[デマとか都市伝説]
(世の中)

 いろいろ物騒?なことを書いてるんですかね? でも,その実,全然大したことないというか,ごく当たり前のことを書いてるだけだと思いますけどね.

 Vクチンが一番わかりやすいと思うのですが,反Vクとかデマとか都市伝説とかいろいろありますよね.Vクチンを打ったら○年で死ぬとか,中にマイクロチップが仕込まれてるとか(笑).

 それは,もちろん,デマというか都市伝説でしょうが,同じように,Vクチンは安全というのも甚だ怪しいわけで,どっちもどっちというか,世の中に信頼できる正しい情報なんかほとんどないわけで,結局,限られた情報から正しいと思うことを自分で導くしかないということです.

 そういう点からすると,ちゃんと感染対策ができれば,充分な安全性が検証されていないVクチンを打たないに越したことはないという極々当たり前の結論に達するのは自然なことだと思いますけどね.いや,仕事で人と接するし,子供もいるから仕方ないという人もいるでしょうが,自分や子供の命が大事なのなら,仕事を変えてもいいし,子供を学校に行かせないという選択肢だってあるはずです.

 同じようなことは,Vクチン以外のことにも言えて,でも,思うのは,世の人々,特に日本の人達は,よく考えもせずに,メディアやお上や専門家?の言うことをすぐ信じるのに驚かされるわけで,やっぱり,危ない国だなあと思いますね.実際,80年前,そうやって戦争に突き進んだわけですからね.

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[暮らしやすい国]
(世の中)

 でも,どこかで書きましたが,現状を見る限り,「暮らしやすい国」だと思います. 国民がすぐ騙されて従順ということは,欧米やC国のように無理矢理締め付ける必要がないわけで,逆に言えば,騙されなければ,こんなに暮らしやすい国はないでしょう.

 例えば,Vクチンの場合,騙されずにやばいと気づいたとしても,C国では接種は義務ですし,欧米でも打たないとクビになる会社もありましたからね.

 ただ,現状ではそうですが,戦前や戦中は,今のC国やRシアのような言論統制が平然と行われていたわけで,ずっとこのままとは限りません.

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 経済的にはどうでしょうね.これまではデフレでまさに「天国」だったと思いますが,これからはそうも行かない雰囲気も出てきました.でも,外貨や商品や外国株を買うという方法もあるわけですから,ちゃんと対策すれば,「いいとこどり」ができるわけで,これも上の「騙されなければ」を「ちゃんと対策をすれば」に置き換えれば,こんなに暮らしやすい国はないのかもしれません.

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3/21'22
[犠牲になるのは]
(世の中)

 連日,ウクライナのニュースが流れてくるのですが,戦争の光景は,ほんとに見るに堪えません.とにかく早くこの戦争を終わらせて欲しいです.もちろん,侵攻したRシア(Pーチン)は糾弾されて然るべきですが,Rシア(Pーチン)を責めるだけでは問題は解決しないでしょう.でも,現実には,Rシア(Pーチン)もウクライナも西側も譲歩することはないでしょうから,そうすると,犠牲になるのはウクライナ「の国民」ということになってしまうのでしょうか.

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3/22'22

 Uクライナが地理的にも歴史的にも難しいところにあるという状況でどうして行くかを決めるのは国のリーダーで,民主主義国家であれば,それを選ぶのは国民自身です.つまりは,そういうことで失敗した大統領を選んだ国民が犠牲になっているというのは,ちょっと違うかもしれません.

 でも,Pーチンが「犯罪者」であれば,被害者ということになるのかもしれません.でも,彼って「犯罪者」なのでしょうか? いや,国際ルールを破ったという意味では,彼は犯罪者ですが,彼が「100%」悪いのでしょうか.

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 Uクライナの大統領ですが,どうするか国民投票で決めるとか言ったみたいです.ひどいな.この状況でどうやって国民投票するかってこともありますし,責任を国民に転嫁するのではなく,支持率が下がっても,こうなった責任をとって毅然と自ら決断すべきなのでは?

 でも,国のリーダーが無能というのは,全く以て他人事ではないですね.つまり,この国の行く先を案ずるのなら,政治に無関心ではだめってことなんですが,どいつもこいつもじゃないですが,選択肢がないわけで,それはこの国に限らないわけで,この国は,というか,世界はどうなって行ってしまうのかと思います(が,何度か書いてるように世界を動かしているのはもはや政治ではないんですけどね).

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3/24'22
[話は繋がってる]
(世の中)

 今回の戦争ですが,一番得をしているのはAメリカ(の○○○金融資本)だと言ってる人がいました.だって,EーロッパがRシアから買ってたエネルギーをAメリカから買わないといけないわけですし,地政学的にも遠く離れたところの話ですからね.

 つまり,話は繋がってるというか,地球温暖化に始まって,EVシフト,EーロッパのRシアへのエネルギー依存と平行して,?ATOを東方への勢力拡大させてRシアを煽り,UクライナをそそのかしてRシアに侵攻させて経済制裁というシナリオ通りってことですかね.

 まさにそこまでやるかってことなんですが,そうだとしたら空恐ろしい話で,でも,話は繋がってるんですよね.

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3/26'22
[地震被害調査]
(防災)

 3/16に発生した福島県沖の地震の被害調査に行ってました.今回は,宇都宮大の助教になった中澤先生にチーフになってもらい,山形大の汐満先生と江口さん,そして,4年生の藤田さんの5人で回りました.

 結果は,予想通り,震度6強,6弱を記録した強震観測点回りに全壊などの大きな被害を受けた建物はありませんでした.

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3/29'22
[スポーツを嫌っている人,憎んでいる人]
(世の中, スポーツ)

 筑波大バドミントン部のFBに元400mハードルのT末さんが書かれた記事が紹介されていました.内容としては,スポーツを(トップレベルで)やっていると気づかないかもしれないけど,世の中には,スポーツを嫌っている人,憎んでいる人がいるということとその理由です.おそらく,東京五輪の時の騒動が念頭にあるんじゃないですかね.

 彼が言うには,スポーツを嫌っている人がいる理由としては,スポーツの世界の体育会系的なノリとか,縦社会的な旧態依然としたところとか,体育の授業の問題ということでしたが,そうなんですかね? 私はそうは思いません.

 そもそも,スポーツを嫌っている人,憎んでいる人は,そんなにいないですよ.新型コロナの状況下で東京五輪反対とか言って街頭やSNSで騒ぐ人はいましたが,そういう人は少数でしょう.

 じゃあ,どういう人が多いかというと,「スポーツになんか興味がない人」です.でも,オリンピックとかワールドカップとかあると,メディアやインターネットでがんがんやるし,日本人選手が活躍すれば,日本中が熱狂とか(嘘ばっかり)言う.そういうことに辟易している人は多いと思いますし,新型コロナが蔓延してる状況で,オリンピックなんかやってる場合じゃないと思う人は少なくないでしょう.

 じゃあ,スポーツ選手はどうしたらいいですが,何度か書きましたが,「こんな世の中の役に立たないことをやらせてもらってありがとうございます」ということでしょう.いい成績を残したり,プロスポーツで法外な報酬をもらったからと言って,偉くなったつもりでいたら,とんでもない話ということです.

 でも,逆に言えば,やりたいことをやらせてもらって,こんなに幸せなことはないと思うんですよね.

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 似たもの(世の中の役に立たないもの)に学術と芸術もあって,これも似た側面はあります.でも,まず,学術の場合は,スポーツほどメディアで大騒ぎするわけではない(それこそノーベル賞のときくらいだが,これは正直うざい)ですし,世の中の役に立つものもありますからね(でも,世の中の役に立つことを第一義としていたのでは,いい研究もできないし,結果として世の中の役に立つものもできないのは再三書いてる通り).

 そういう点で,芸術は,スポーツに近いです.と言っても,商業芸術の類の話で,新型コロナの状況で(商業)音楽は生きて行くのに必要なものと言っても,実際は,そんなわけないわけです.でも,真の芸術とも言えるものは,本来,そんなにメディアで取り上げられるようなものではないわけで,そういう点では(真の)学術と似ています.そういう意味では,(真の)スポーツなら,世間に注目されるとか,メディアに取り上げられるといったのものとは関係ないはずです(その世界でしっかり評価されればそれで充分).

 でも,スポーツ,学術,芸術,共通して言えるのは,「世の中の役に立たない」ということで,もちろん,実際は,全く「世の中の役に立たない」わけではないのですが,要は,やってる当人は,スポーツや学術や芸術が「世の中の役に立つ」と思ってはいけない,「世の中の役に立つ」ことを目的としてはいけない,それは,そう考えると,苦しくなるし,結果も出ないし,当人にとって,そして,世の中にとっても何もいいことはないと思うからです.

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[継続性]

 筑波大バドミントン部のFBということで,思い出したんですが,バドミントンに限らず,もっと広く社会的なことについて問題提起して議論するというのが行われていたですが,(予想通り)気づいたら,もうそういう投稿はほとんどありません.要は,監督に言われてノルマとしてやったということですかね.

 この件に限らず,こういうことをやるといいということがやられることは多いのですが,重要なのはやはり「継続性」です.じゃあ,どうやったら継続するかですが,やっぱり,興味があるかどうかですよね.バドミントンだけではなく,広く社会的なことに興味があるのかってことですが,興味がないのならしょうがないってことなのでしょうか.

 でも,バドミントンが強いだけで社会性に欠ければ,それは必ず自分に返ってきますし,バドミントンの競技力自体にも影響するでしょう.つまりは,なるようになるということです.

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 でも,上の話に戻ると,「スポーツの世界の体育会系的なノリとか,縦社会的な旧態依然としたところとか,体育の授業の問題」に関しては,筑波大バドミントン部は,数ある強豪校の中で一番遠いというか無関係なところにいるわけで,まさに筑波大バドミントン部が筑波大バドミントン部たる所以ということになります.

 ですから,そんなのは「当たり前」の話なんですが,T末さんの記事が投稿されたのは,筑波大以外の大学やスポーツ界のそういうところを変えていかないといけないってことなんですが,それには,筑波大のちゃんとしたやり方で圧倒的な競技力で勝たないといけないってことですかね.

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 でも,バドミントンに限らず,自分がやりたくてやってることには興味があるけど,広く社会的なことには,あるいは,もっと広く,生き方的なことには,興味がないってどういうことでしょうね.

 いや,興味がもてることにはもてるけど,もてないことにはもてないんだから当たり前の話? でも,バドミントンが強くなりたいわけですよね? だったら,バドミントンだけやってればいい?

 そんなわけないですよね.例えば,新型コロナの状況で,社会の中でバドミントンやスポーツがどういうものか嫌と言うほどわかったはずですし,そういうことも含めてバドミントンのことだけ考えてればいいなんてことはあり得ないわけで,だったら,社会的なことに興味があるとかないとか以前にもたざるを得ないってことで,それは,生き方的なことも同じでしょう.

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(ピアノ, スキー, 日記)

 ピアノですが,「再発見的新曲」を弾き始めて3週間くらいですが,まだ効力感をもって弾けています.問題は,これがいつまで続くかですかね.完成度としては,2, 3割ってところなのでまだまだ大丈夫? でも,メトネルの悲劇的もそんな感じでずっと弾いて行けると思いましたが,実際は,そんなことなかったわけですからね.

 スキーは,結局,びわ湖バレイと奥伊吹に1日ずつ,合計2日行っただけです.いろいろ忙しかったということはあるんですが,行きたければ行くでしょうから,そんな気にならなかったということでしょう.実際,寒いところに出かけるより,暖かい部屋の中で何か活動してる方が楽しいですからね.

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3/30'22
[機を逸する]

 うーん,でも,どうなんですかね? 結局は,その気の問題ではあるんですが,その気を制御するのが非常に難しい(というか不可能?)以上,それ以外の条件を整える,つまり,ハードルの高さを低くするということだったと思います.

 でも,ピアノは,自宅に防音室付きのグランドピアノがあるわけで,これ以上ハードルは下がらないでしょうし,スキーだって,車で1時間とか1時間40分なわけですから,行くのに車でも電車でも3時間かかったつくばにいた頃より遥かにハードルが低いにも関わらず,この体たらくなわけです.

 出かけることのハードルの高さについては,先日,地震被害調査に行ったんですが,全くハードルの高さは感じないわけで,そういう問題じゃない,つまり,やっぱり,その気の問題ってことですかね.

 スキーに関しては,こっちに来る5年前くらいから,シンプルに動きを洗練することに効力感を見出せてたわけで,でも,ハードルが高かったので,そんなに行かなかったのですが,少なくとも今よりは,その気があったと思います.

 そうすると,何度か書いてますが,その気になったときを逃すなということになるわけで,そういう意味では,スキーは,「機を逸した」ということでしょうし,バドミントンもしっかりシングルの練習がしたいと思ってもそういう練習ができないうちにその気をなくす,半年ちょっとで100を切った後,山本が関西に転勤になって行かなくなったゴルフもそんな感じでしたね.ていうか,高二の冬に父親が亡くなった大学受験もそうだったし,大概そんな感じかな.

 そういう意味では,研究は,その気になったとき,それを妨げるものはありませんでしたし,東大ピアノの会に入ってピアノを弾いていたときとか,30代の頃,文京区でバドミントンをしていたときもうまく回ってた感じはしますね(そういう意味では,ゴルフも山本のおかげで半年だけしっかり取り組んだとは言えるか).

 でも,うまく回ってたときとそうでないときを比較して明らかなのは,その気のレベルが全然違うってことですね.実際,その気さえあれば,どんなことをしてでもやる,つまり,ハードルの高さは関係ないわけで,そういう時を絶対に逃すなということですね.

 でもどうなのかなあ.例えば,当時の東大ピアノの会やプーナとか文京区のような環境というか雰囲気があれば,スキーやゴルフもいっしょに行く人がいれば,全然違うような気もします.でも,前者については,あくまで「当時の」ということで,今はもう当時とはいろんな意味で違うわけで,現実的には,どうしようもないんですかね.

 でも,こんな歳だし,これからどういうものにどのくらいその気になるのかってことはありますし,ハードルを低くした方がいいとは言っても,ハードルが下がったスキーには行かなくなってしまったわけで(それは,防音室付きグランドピアノを買ってハードルが下がって弾かなくなったピアノも然り),結局,やっぱり,その気の問題ってことで,でも,これは,どうしようもないところもあるわけです.

 まあでも,もうこんな歳ということは,その気にならないものは,無理して頑張ってやる必要もないし,その気になることもあるわけで,そういう「その気」に従って,無理せずやって行けばいいってことですかね.

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 でも,ピアノもバドミントンもスキーも,まだやめるつもりはなくて,つまり,今はその気にならないけど,その気になったらできるようにはしておかないといけなくて,でも,ピアノは,1ヶ月に数時間弾けばいいことが「わかっちゃった」わけで,思い返すと,それがきっかけで弾かなくなったと思うんですよね.

 スキーなら年間数日行けば,というか,もう10年以上,そんな感じなわけですし,バドミントンは,週に何回も練習に行って体を痛めるより,普段から体を整えておくことが大事ということにしたわけですからね.

 つまりは,最低限やらないといけないことをやっておくということなんですが,それは,存外「ほんのちょっぴり」でよくて,でも,それが「やらなくなる」原因でもあるんですが,まあそれで何とかなるのならそれでいいってことですかね.

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[妥協すること]

 関連するのかもしれませんが,「まあいっか」じゃないですが,妥協することも大事な気がするんですよね.いろんなことに効力感をもって取り組めれば,それに越したことはないでしょうが,そんなスーパーマンみたいにわけに行くわけないですし,生来の怠け者の私なら尚更のことです.

 例えば,失敗した大学受験のことを思い返すと,大事な時期に父親が亡くなったということはあるんですが,それは,やっぱり,言い訳に過ぎなくて,ちゃんとやればできたはずというか,具体的には,どこかで書きましたが,勉強しようとしてある参考書や問題集をやり始めると,その欠点をすぐに見出して,こんな参考書や問題集なんかやってもだめだと思ってしまう,今なら自分で完璧な参考書や問題集を作ればいい,そういうことを楽しめると書きましたが,現実問題としては,一介のしょぼい高校生にそれは難しかったでしょう.

 だとすれば,どうすればよかったですが,参考書や問題集に欠点を見出しても「妥協して」ちゃんと普通に勉強すればよかったと思うんですよね.

 でも,そういう「妥協しない」ところがあったから研究者として何とかなったとも思うわけで,話はそんなに単純でないのは明らかなんですが,当人にとってのその絶妙なバランスポイントを見出すってことなんですかね(ありきたりな結論ですが,ありきたりということで済ませるかそうでないかということ).

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[とんでもないパラドックス]

 このサイトで再三書いてることもそうですが,ほとんどのことは「当たり前」なんだと思います.例えば,すぐ上で書いたこともそうですが,自分の頭でよく考えるとか,やりたいことをやったらいいとか,近く時々遠くとか,活動と休息とか,やる気三要素とか,人間関係において相手の立場に立って考えるとか,枚挙にいとまないですね.

 じゃあ,そういう「当たり前のこと」は,当たり前なので,みんなわかってるのかと言うと,実際のところは,ちゃんとわかってる人は,極少数なわけで,ほとんどの人は,そんなことわかっとるわいと思っていながら,その実,全くわかってないわけです.だって,できてない人がとても多いわけですからね.

 このとんでもないパラドックスって一体何なんでしょうね?

 かく言う私も若い頃は,人間関係において相手の立場に立って考えるということがどういうことか全くわかってませんでした.でも,ある日突然というか,気づいたらそれがどういうことかわかるようになった.つまり,わかってるときとわかってないときの両方を知っているので,わかっている,わかっていないというのがどういうことかよくわかるのです.

 じゃあ,どうしてわかったか,どうしたらわかるかってことですが,よくわかりません.でも,人間関係においては,南研時代にあったことが大きかったと思います.具体的には,南先生や(韓国からの留学生だった)田さんに言われたことの積み重ねだったような気がします.

 つまりは,やっぱり,人と話をするってことですかね.

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[ほんとのことは言わない]
(世の中)

 ある(大手)新聞社のサイトに高校生からの質問とその回答が載っていました.質問は,メディアは,ウクライナに侵攻したロシアが悪いの一辺倒ですが,ほんとにそうなんですか?というもので,対する回答は,自分の家に勝手に侵入してきたんだからロシアが悪いという,まるで小学生に対する回答でした.高校生なんですから,そんな○ホなことをきいてるわけじゃなくて,その辺のほんとの事情が知りたかったんじゃないですかね.もっとも,その(大手)新聞社もメディアですから,ほんとのことは言わないでしょうけど.

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[波乱の連続]
(世の中)

 今回のロシアのウクライナ侵攻もそうですが,2年前は,新型コロナ,今世紀になってからでも,同時多発テロ,リーマンショック,東日本大震災による原発事故,中国の台頭による世界の分断,ブレグジット,Tランプ当選と(まだ他にもいろいろあったと思うけど)まさに波乱の連続なわけで,どうして平和というか,普通に過ごして行くことができないのでしょうか.

 何度か書いたように,世の中を便利にする的には,もういいところまで来ているわけで,他国を侵略したりして熾烈な資源の争奪戦をしないと生きて行けないということはもうないはずです.じゃあ,どうしてこんなにバタバタしてるかと言うと,どれも結局「人災」なわけで,つまり,自分達がまいた種ってことなんですが,じゃあ,種をまいてるのは誰かというと,まさに目先の経済を回して金儲けをしようとしてる奴らなんですが,騙されて乗っかる庶民も然りということですかね.

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(野球)

 プロ野球(NPB)が始まっていて,始まったのに気づかなかったというか,被害調査の初日が開幕だったようで,いっしょに回った山形大の江口さんが熱烈な中日ファンらしく,それで気がつきました.ライオンズは,開幕日はオリックスの山本にやられたんですが,その後は,山川が打ちまくって,ずっと勝ってて悪くないですね.阪神は,開幕ですごい負け方をして,尾を引くというか,もう優勝はない感じなんですが(逆に言えば,これで優勝したら大したもん),案の定,ずっと負けてるみたいです.新庄が監督になった日ハムもずっと負けてて,人気だけで何とかなるほど甘くはないってことですかね.

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[体にいいことをしても体に悪いことをしたら全て台無し]
(体)

 体にいいことと悪いことがあります.いいことは,栄養バランスに気をつけて添加物を排除してしっかり食事をとって,適度に体を動かして,充分な睡眠をとるというようなことでしょうか.

 一方の体に悪いことは,その反対で,食事が疎かになるとか,運動不足,睡眠不足ってことになると思いきや,そうではないというのがこの記事の主旨です.もちろん,食事がだめとか,運動不足,睡眠不足は,よくないですが,それ以外にも体に悪いことはあるわけで,一つは,やはり,過剰なストレスでしょう(でも,適度なストレスは体に悪くない).

 あとは,食事というか,摂取するものとしては,添加物の類もそうですが,アルコールとかたばことか体に悪いものはいくらでもあるわけで,いくら食事を気をつけて体にいいことをしていても,体に悪いものを摂取したら「全て台無し」ということです(たまに摂取するのは問題ないですが,アルコールやたばこ常習化(中毒化)しやすいし,多くの食品は添加物まみれ).どこかで書きましたが,とある芸能人がものすごく食事に気をつけていて,でも,その理由というのが晩酌をするためらしく,それじゃあまさに「台無し」なわけです(実際,健康診断結果は悲惨).

 こういうのは,ダイエットとか経済感覚と同じで,暴飲暴食をしていたらいくら運動をしても痩せないですし,経済感覚が麻痺していたら,いくら稼いでも足りません.逆に言えば,必死こいて運動するより食べる量をバランスよく少し減らす方が全然楽だし,無駄なものに支出しない方が稼ぐよりよっぽど簡単なのも同様です.

 でも,これも目先の経済を回すじゃないですが,アルコールやたばこが常習化(中毒化)しやすいこともそうですが,それ以外のいろんなことも同様で(ギャンブルとかブランド品とか旅行とか),まさにはめられているわけで,結局,これもそういうものに騙されないってことですかね.

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 とは言え,一度はめられてしまうと抜け出すのは容易ではないかもしれません.そういう意味では,添加物排除生活は,意外と簡単ですが,酒や煙草は,難しいみたいですからね.

 でも,暴飲暴食もそうですが,こういうのって,だいたいストレスから来てるんですよね.なので,その元凶であるストレスを排除する,あるいは,酒とか煙草とか暴飲暴食とは違った形でストレス発散をするのがいいのかもしれませんね.

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3/31'22

 どこかで書いたとは思うのですが,こういうのって「確率の問題」ですよね.つまりは,いろいろ気をつけていても病気になることもあるし,気をつけてなくても何とか大丈夫な人もいます.そういうことを言った人がいて,だから彼は煙草をやめないと言っていました.でも,彼は,私と同い年くらいですが,既に亡くなってしまいました.

 そういう意味では,これも正常化の偏見でしょうね.「確率の問題」というのは確かにそうですが,そうすると,なぜか自分だけは大丈夫と思ってしまう(個を犠牲にして種を繁栄させる)本能なわけです.津波警報が出ても実際に津波が来るのは8回に1回なので,避難しなくてもだいたい助かるわけですからね.でも,それはたまたまですし,添加物と同じで,摂取して何もいいことがないものを摂取するのはばかげてますし,そもそも,経済を回して金儲けしようとしてる奴等にはめられてるってのが嫌というか癪だと思いませんか.

 でも,全ての元凶はストレスなわけで,酒や煙草や過食を無理してやめて,逆にストレスをためてしまうこともあるわけで,無理なダイエットがその後リバウンドするのもこれが原因です.なので,無理せずストレスをためない範囲でということなんですが,これが難しいんですかね.

 やめるのなら一気にやめるしかないと一般には言われてますが,ほんとにそうなんでしょうか? 私だったら,まず,記録を付けますね.そして,それを見ながら少しずつ減らして行くと思います.多少の上下動はOKで,移動平均も付けるかな.そういうのってゲーム感覚で面白いし,結構楽しめると思いますけどね.

 あとは,元凶であるストレスですが,仕事をしている以上は,それを完全に排除することは難しいですよね.だとすると,それを解消する方法ってことなんですが,よく使われるのは運動です.これはいいと思いますが,体を動かすのが好きじゃない人もいますからね.

 あとは,酒を飲んでくだを巻く(笑)じゃないですが,人と話をしてアウトプットするのはいいと思います.私の場合,このサイトがまさにその役割を果たしてくれています(笑).

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[ずっと心の中にいる]

 何度か書いてますが,私は,仕事もそうですが,仕事以外にもいろんなことをやっていて,いろんな分野のいろんな人と付き合ってきました.でも,考えてみたら,そういうのってもう10年,いや20年以上前の話ということに気づきました.実際,結構付き合っていたのにもう何十年も会ってない人も多いですし,中には亡くなってしまった人もいます.

 でも,そういう人達は,ずっと私の心の中にいるというか,それは亡くなった人もそうで,思い出じゃないですが,それでも充分「人との繋がり」が感じられるというか,このサイトで文章を書いてるときにも読んでくれる人のことを考えると「人との繋がり」が感じられるように,何だか不思議な感じです.

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