T市政権の支持率は,相変わらず高いようですが,最も期待する政策は,物価高対策なんだそうです.○ホですか?(口悪)
彼女がやろうとしていることは,インフレを加速させますよ.それを支持して物価高を何とかしてくれって,○ホですか?
そんなことでは,どんどん国に搾取されますよ.
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積極財政で強い経済を,と言ってますが,当然,インフレになります.インフレになっても,その分,給料も上がればトントンですが,所詮トントンってことですし(でも,○ホな奴はぱーっと散財するので,実際は逆に苦しくなる),給料が物価ほど上がらなければ,生活は苦しくなりますし,実際そうなっています.
じゃあ,国民というか庶民にとっては,インフレとデフレとどっちがいいのでしょうか? そりゃあ,経済がよければ,商売繁盛で,会社も利益を上げて給料も上がるからそっちの方がいい? でも,実際に給料が上がるかどうかは,従業員にはどうしようもないですよね.
逆にデフレだと景気はよくないんですが,給料が「下がる」ことはそうそうないですし,仕事も暇になって楽そうです(笑).そして,物価が下がった分,生活は楽になるので,庶民にとっては,デフレの方がいいってことになりませんかね(とは言え,景気が悪いと会社が倒産するかもしれないので,そういう可能性の低い会社とか公務員とかなら).
裏を返せば,インフレになって嬉しいのは,庶民ではない奴らということになり,それは,富裕層とか国ってことです.資産をもってる富裕層がインフレにしたいのは当然ですし,会社を経営していれば,儲かるということもありますが,従業員を働かせて搾り取れるということもあるでしょう.
国がインフレにしたい理由は,何度も書いてるように借金の圧縮ですが,右の人間にしてみれば,稼いで軍事費を増やしたいというのもあって,何ともきな臭い話です.
インフレにして借金を圧縮するということは,そういう方法で国民から金を巻き上げるということですし,戦争になって戦場で実際に戦うのも国民で,結局,○カを見るのは,国民ということです(しっかり自衛しましょう).
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推し活ですが,自分がやってる気分になれるか,錯覚できるかということもありますかね.一種の依存状態で危ういとは思いますが,夫婦間でパートナーに裏切られるようなことも起こりにくそうですし,そういうことがあっても乗り換えできるでしょう.
観客になるよりプレイしたいとは思いますが,スポーツの場合は,歳をとるとそうも行きませんし,プレイするとしても,例えば,サッカーなら1/11なわけですし,オケで演奏するとしても,大勢の中の一人という点では同じです.
ピアノなら一人ですが,古今東西あらゆる曲を演奏することはできないし,弾くより聴く方が遥かに楽なのは間違いありません(超難曲も聞くだけなら「簡単」).
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今朝,家から大学に向かって歩いている時,ふと「やりたいことなんか要らない.(そんなに嫌じゃない)やることがあればいい」と思いました.
もちろん,やりたいことがあって,そのやりたいことが思う存分できれば,それに越したことはないと思いますが,やりたいと思ってもいつもやりたいわけじゃないし,やりたいことでも楽しいだけってわけでもないし,一方,やらないといけないことも,嫌で嫌でしょうがないというほどでなければ,それなりに楽しめることもありますし,振り返ってみると,私は,相当やりたいことをやってきたとは思いますが,別段そんなにやりたいってわけじゃないけど,成行上?やることになったこと(主として研究以外の仕事)もかなりやってきましたし,それなりに効力感をもってやれたことも多かったと思うんですよね.
でも,もうすぐ大学はクビで,そういうやることがなくなるってことですが,やりたいことではなく,「やること」だったら仕事以外いくらでもあるってことないですかね.
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いつだったか,確か座王で,「インバウンドちょれー」というネタをやってました.ちょっと日本ぽいもの,でもその実,なんやそれというものに外国人観光客が殺到してるというもので,お笑いの世界では,そういう本質をついたようなものが結構あります.随分前ですが,ヒーローインタビューで,今日勝てたのは,ファンの皆さんのおかげですって言ってるけど,んなわけないやろ,みたいな.
で,インバウンドちょれー,ですが,どう思いますか? ほんとそうですよね.なんちゃって日本みたいなものがものすごい高値でどんどん売れるし,インバウンドではないですが,海外で寿司とかラーメンとかやれば,その実,三流でも繁盛する.
問題は,そうやって稼いでいる人がどう思ってるかです.まさに「インバウンドちょれー」って思ってるわけですよね.こんなんで儲かって楽勝,おめえら○ホやなあって感じでしょうか.
でも,そういうことをしてる人自身は,どういう気持ちですか? やってて楽しいですか?
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今度こそ?冬が来ちゃった感じですね.今日だけじゃなく,これから一週間の(宇治の)最低気温を見ても1〜5度って感じですからね.でもまあもう12月だからしょうがないか.
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京阪黄檗の駅に貼ってありました(笑).
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今日,昼間,打ち合わせの後,懇親会で出かけたんですが,スマホを見ると,今日一日で1万歩歩いてました.思ったのは,たったこんだけで1万歩ということと,1万歩歩いたからと言って,右脚は痛いですし,別に何も起こらないということでしょうか.
動かせば痛いし,痛いのを我慢して動かしてもよくはならないし,動かさないと動かさない時は痛くないですが,動かすと痛いし,整体とかいろんなところに行っても効果ないし,一体どうすればいいんですかね.
まあでも,ちょっと考えてることはあるので,とにかくなんでもやってみるということですかね.
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とにかく何でも,ではなく,論理的に考えることが必要です.
まず,痛いのは,股関節ではなく,股関節周辺の太ももの筋肉です.そして,明らかに筋力が落ちています.しゃがむと立ち上がるのは容易ではありません.整体などいろんなところに行きましたが,唯一効果があったのは,奈良のカイロプラクティクで,でも,1日,いや,1時間すると元に戻ってしまいます.
じっとしている時は,痛くないのですが,朝起きた時,しばらく(30分でも)座った後に立ち上がると痛くて動けないほどで,でも,えっちらおっちら動くと何とか動けるようにはなりますが,歩いたり動いたりすると痛みはあります.
以上のことを論理的に考えると,右太ももの筋肉が衰えて硬くなっていると考えるのが妥当で,それには,座り過ぎない,ある程度動かすことが必要ということなんですが,それだけでは,よくなる感じはしなくて,筋トレなどして筋力を付けることが必要だと思いますが,痛いのを我慢してやるのは,しんどいというかできないし,普通の筋トレでは効果がない感じで,その方法で考えていることがあるということです.
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背景としてあるのは,やはり,老化でしょう.実際,多くの人がこんな感じで歩けなく,そして,動けなくなって行くわけですからね.60過ぎでこうなるのは早いのかもしれませんが(でも,回りに50代で脚が痛いという人は結構いる),私の場合,座ってる時間が長い(時々立ったりはしてきた),元々体が硬く姿勢も悪い,バドミントンなどでかなり酷使したという事情はあると思います.
でも,そもそも,老化って何でしょうか.それは,筋力と柔軟性の衰えでしょう.つまり,何もしなければ,自然と衰えて行くということで,それを止めることはできないけど,緩やかにするには,何かしないといけません.
基本は,充分なたんぱく質の摂取と運動ですが,私の場合,前者は,ずっとしてきましたし今でもしていますが(一食30gが目安),後者も数年前まではしていましたが,後者をやめると途端にこういう状態になったということです.運動を再開しようとしても,動かすと痛いので,落ちた崖から這い上がることができないということですね.なので,せめて運動できるところまでと思っていろんなことをしていますが,なかなかそういう状態になりません.
もう一つの老化による柔軟性の低下については,メカニズムとしては,筋肉が硬く衰えて行くと縮むんじゃないかと思っていて,そうすると,筋肉は,縮むことによって関節を動かすので,体がどんどん「曲げって」行くことになります.実際,年寄りってそんな感じですよね.
右脚だけではなく,ピアノやキーボードを弾く時,左指が動かなくなって来ているのもこれで説明できて,左の2(人差し指)が曲がった状態になって伸ばしにくいということですし,ピアノを弾く時,4の指が落ちてしまうのもそうです.
つまり,筋力と柔軟性の衰えは関係していて,筋肉が硬くなって縮むと縮んだ状態から更に縮むことは難しいので筋力が衰えるということでしょうか.そして,筋肉が縮んだ状態がニュートラルになると,そこから動かすと痛いということで,動かさなくなるので,益々衰えて行くということですかね(そうやって,曲がった状態で可動域もどんどん狭くなって行く).
そして,曲がった状態になると,それは進行する感じがしていて,寝ている時,座っている時もそうで,朝起きた時,立ち上がった時に痛いということなのかもしれません.実際,できるだけ曲げないように座った後,仰向けに寝た後は,痛みは少ない感じがしますが,それはなかなか難しいです.
いずれにしても,曲がった状態を反転させるには,逆のことをしないといけない,つまり,筋肉を伸ばさないといけないのですが,痛みを伴いますし,長年に渡ってそうなって来たので,徐々に少しずつということですかね.
つまり,指や脚や体の筋肉を伸ばす,曲がって行くものを伸ばすということでしょう.ただ,筋肉は,「関節」を曲げるものと伸ばすものがあるので,その両方に動かす(体なら前屈と後屈)ことが必要ということですが,関節を曲げる方の筋肉が縮んでいくことの方が優勢なので(歳をとると体全体が丸まって来るイメージ),そちらを重点的にやった方がいいのかもしれません.
もちろん,筋力の衰えは,その全てが筋肉が縮むことが原因ではなく,筋肉そのものの筋力の衰えもあって,それを回復させるには,筋トレなんですが,動かすと痛いので,動かせる範囲で動かして,筋肉を伸ばすことで可動域が広がるに従って,動かす範囲も広げてということでしょうか.
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気づいたら,もうこんな歳で,もうすぐ仕事もクビになるし,体も思うように動かず,そもそも,人生も終盤でもうそんなに生きられるわけでもない.こんな状況で楽しく気分よく生きて行けるんでしょうか.
でも,私もそうでしたが,若い時にそういうことは考えない,でも,若い人もいずれ歳をとる,つまり,そういうことをずっと忘れてたというか,棚上げしてるだけだと思うんですよね.そして,実際にそういう状況になって愕然とするわけです.
こうしてみると,人生って一体何だったんだというか,因果なものだなと思うのですが,不思議なことに,まあもう別にいっかという感じでもあるんですよね.でも,それは,多分,何か変な脳内物質が出てるだけの話で,状況としては,どう考えても深刻です.
でもまあもう別にいっか.
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整体とか治療とかより普段の生活が大事ということですが,意外と単純なのかもしれません.具体的には,どんどん曲がって行くのなら伸ばす,普段からそういう意識をもつということです.
具体的には,立っている時は,右脚の付け根の前を伸ばすようにする(歩く時はそうしてる).難しいのは,椅子に座っている時ですが,右脚の付け根の前を伸ばすまでは行かなくても,縮まないように,くらいは何とかできて(仰向け寝に近い状態にして,膝を伸ばすか,逆に曲げて太ももを伸ばす),でも,そうすると,座って作業はできません.なので,作業する時は,(右脚の付け根の前を伸ばすように)立って,座る時は,右脚の付け根の前を縮まないように座る,つまり,作業は,基本,立ってして,座る時は,休む時ということで,多くの時間を立って過ごすということでしょうか.
寝る時は,仰向けですかね.私は,ずっと横向き寝なんですが,最初は,右脚の付け根の前を伸ばすようにしているのですが,いつの間にか曲がって丸まってるような気がします.
指も同じで,キーボードを打つ時は,手が丸まってますよね.あるいは,指を使ってないときも丸まってる気がする.なので,これも伸ばすように意識することでしょうか.
あー,私の場合,コントロールキーを無変換に割り当てて,左手の親指がそこの位置にあるので,左手が,特に親指の隣の人差し指が丸まりやすい気がします.実際,キーボードを打った後,左手がこわばって指が動かしにくくなります.なので,コントロールキーをCapsLockに割り当てて,そこに小指を置くようにすれば(ずっと昔はそうしてた),少し指を伸ばして打てる気がします.いや,いっそこのこともっと上のTABキーにするか(TABは,CapsLockに割り当てればいい).
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昨日の夜,布団に入って(いつものように)すぐに眠くなったので,仰向けになったのですが,あんまりよく眠れた感じではないですね.あとは,PCのキーボードの入れ替えもしたのですが,これも慣れるのに少し時間がかかりそうです.
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サッカーWCのグループリーグ組み合わせ抽選が終わったようです.
日本は...ということなんですが,もちろん,ラッキーなのは,開催国(カナダ,アメリカ,メキシコ)が第1ポッドの組(特にカナダの組)なんですが,まあ別に..って感じですかね.
そもそも出場国が32から48に増えて,こんな国でもWCに出られるようになったんかという感じですし,24の時のように3位まで決勝トーナメントに行けるということですが,その時点でまだ32ですからね.
あと,フィギャーのGPファイナルを見たんですが,やっぱ,マリニンはすごいですね.4回転アクセル苦も無く跳んでるし(ジャンプの時に一本の細い棒のようになっててワリエワを思い出した),これじゃあ,どうやっても勝てないですね.どうやっても勝てないという点ではワリエワもそうでしたが,実際はああいうことになったわけで,でも,そういうことはないのかな.
対照的に女子は混戦なんですが,ロシア勢が出られなくなったわけですからね.今度のオリンピックから出られるようですが,どうなりますかね.
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右脚ですが,老化ということだと,もうずっとこういう状態,いや,ここから更に衰えて行くとすると,どうするか考えないといけません.でも,何とか暮らして行けるとすると,どんな感じなんですかね.
スポーツや運動ができないのは,当然としても,基本,出歩くことはできないわけで,そんなんで楽しく気分よく生きて行けるでしょうか.私は,そんなに出かけたいタイプではないので,それは意外と大丈夫だと思いますが,体を動かすことは,ずっとやって来たことなので,それができないのは,やはり,大きな何かを失ったというか,人生の多くの部分を失った感じはします.というか,自分のアイデンティティの大きな部分を失ったと言った方がいいですかね.
でも,仕事ももうすぐ失いますし,ピアノも指が動かなくなって行って,これからは「そういう人生」ということなんですかね.
でも,まだできることはあるでしょうし,そもそも,今までと同じ分量のことをやって行くことはできないのでしょうから,そういう形でやることが削られていくというので丁度いいということかもしれません.
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定年というその人の能力を全く無視した数字で大学をクビになるのは,あり得ないと何度も書いてきました.ちょっと調べてみたんですが,憲法27条の勤労の権利に違反するということで争われたこともあるようですが,「合理的な定年制度は憲法違反でない」ということになったみたいです(でも,合理的ってなんや?).定年を禁止している国も多いのに,ほんとこの国(政府)はとにかく保守的でだめだなと思います(そして,そういうことがどんどん国力の低下に繋がっている.元気でまだまだ働ける人を定年でクビにして年金与えて飼い殺しにして社会保障がやばいってほんと○ホ).
定年があるのが当たり前というか,みんな当然と思っていて,完全に思考停止になってると思いますが(まさにガラパゴス),よくよく考えてみると,とんでもないことですよね.
で,先日,ある私立大学の先生が定年が70と言ってました.国立大学の65より5年も長くて羨ましい?
そういうことじゃないんですよね.だったら(能力があるのなら)そういう大学に移ればいいわけですし,特任とかもあるわけで,でも,また5年すれば,定年が来るわけで,単なる時間の問題ということで,結局は,よくわからない,いい加減な理由でクビになることに変わりはありません.
でも,世の中,どんなにひどくてもなかなか変わらないので,現状の中でどうするかってことですが,私の場合,研究や研究指導以外の仕事はもうしたくないし(週何コマくらいの講義はやってもいい),お金も要らないので,実は,早くやめたいということはあります.50過ぎくらいにやめようと思ったこともありましたしね.
なので,実は,定年は渡りに船というか,やめるいい口実とも言えるのですが,自分からやめるのとやめさせられるのでは,全然違うのは言うまでもありません.
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実際のところは,ろくに仕事もせずに高い給料だけもらって居座ってる人間が多いというのが実態で,そういうのを定年でクビにするということなんでしょうが,そうでない人間をそういう人間といっしょにまとめてクビにして,使える人材を活かせない社会や組織に未来はないでしょう.
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増長するC国ですが,どうしてこんなことになったんでしょうね.というか,それは明らかですよね.
多くの企業が人件費が安いという理由で生産拠点をC国に移し,技術を盗まれ,結果的に大きく経済成長させてしまったわけで,金儲けに目がくらんだ,まさに自業自得,身から出た錆ということで,このままでは,軒を貸して母屋を取られることになるでしょう.
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定年という訳の分からない理由で大学をクビになるのが腹立たしいというのも何か変ですね.別に大学に頼み込んで働かせてもらってるわけじゃないし,働かないと食べて行けないわけでもないし,お前はもう要らないということなら,まさにお役御免で,喜んで荷物を降ろして解放されればいいわけですからね.
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小さい頃,想像していた大人になっているか,と言ってました.
考えたこともないですね.その人は,お笑いの世界に入りたくて漫才師になれてるからなれてると言ってました.
そっか,それなら,楽しそうに仕事している父親を見て,自分も興味があることを見つけて,大学の先生になりたいと思っていたので,私もなれてることになるのか.でも,東大に行って京大の先生になるとは思わなかったかな.でも,重要なのは,大学の先生になるとか,どういう大学の先生になるかではなく,何をしたかなわけで,そういう意味では,何かをしたとは言えるでしょうか.
でも,小さい頃,想像していた大人になっているか,ってそういうことなんですかね? その言葉を聞いた時,どういうことをしているか,したかではなく,その人そのもの,まさにどういう人か,だと思いました.
そして,小さい頃,そんなことは考えてもみなかったし,考えたとしても,こんな大人(笑)とか年寄りになってるとは,全く想像できなかったと思います.
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右脚太ももですが,運動不足と加齢で単に筋力がものすごく落ちてるだけと考えることもできます.実際,しゃがんだ状態から立ち上がるのが大変なわけですからね.
何とか歩くことはできても走ることができないのも,痛くて走れないのではなく,筋力がなくなって物理的に走れない気がします.だって,痛いということなら意を決して痛みを我慢して走ることもできると思いますが,どうやっても走れないわけですからね.
じゃあどうすればいいかですが,加齢ならあきらめるしかありません.でも,運動不足ということなら運動とかトレーニングすればいいんですが,それが痛くてできない,のではなく,今の筋力に見合ったことしかできないということかもしれません.
そうすると,できるところから少しずつということなんですが,そうしてるつもりなんですが,少しずつでも筋力が付いてる感じがしないんですよね.あるいは,できるところから少しずつのマネージメントがうまくできてないのでしょうか.
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でも,一方では,左脚は何ともないわけで(筋力も充分),どうして右脚だけがこうなったかですが,思い当たる節は,付け根の痛みがあって(でも,今は太ももの痛みがメインで付け根の痛みはほとんど感じない.相対的に打ち消されてるだけかもしれないが),それをかばってるうちに右太ももの筋力が低下したということでしょうか.
いずれにしても,左より右の脚力が著しく落ちてるのは間違いないので(左で片脚スクワットは楽勝だけど,右は全くだめ),そこを何とかするということでしょう.
とにかく何でもやってみるということで,実は,動かさないでトレーニングする方法として,あるものを注文しようとしたのですが,ふるさと納税で実質ロハで入手できることがわかって,そっちで発注して,でも,なかなか品物が来ません.
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他国と比べた日本の優位性ってなんでしょうね.
海に囲まれて外敵の侵入を避けられたというのは,航空機のない昔の話でしょう.資源もないし,国土の大半は,人の住めない山地だし,それでも,かなりの人口がいるというのはありましたが,他国の人口増加で,その優位性はかなり低下しています.少子化でこれから減っていきますしね.
やっぱり,温暖な気候じゃないですかね.四季というか「適度な」季節の変化があるというのもいいと思います.温暖ということでは,世界トップクラスのサンフランシスコ郊外に1年住んでましたが(年間平均気温が10〜20度),なんか味気ない感じでした.
でも,近年の夏の高温化,そして,冬の低温化でその温暖な気候,「適度な」季節の変化が失われてしまったと感じています.地球温暖化と言うのなら,夏の高温化はしょうがないとしても,冬の低温化はなんでやねんってことですが,もちろん,地球温暖化と言っても,場所によって変動はあるわけで,日本はその最悪の巡り合わせの場所ということでしょうか.
じゃあ,どこがいいんですかね.気候が全てではないですが,日本が最悪の場所なら,相対的にましなところはあるはずです.例えば,冬の寒さが和らいだ北の方のどこかとか,逆に夏の暑さが和らいだ南の方とか.でも,全体としては温暖化ということは,前者の方が多いはずです.
でも,日本の夏がこれだけ暑くなって,そうすると(多分)南の方に行っても夏の暑さはそんなに変わらないってことはないですかね.それにエアコンもかなり普及してきましたしね.しかも,そういうところの冬は確実に日本より暖かいです.
つまり,これまで暑かったグローバルサウスの国々の優位性が高くなってるってことはないですかね.そして,実際,そういう国々は躍進しています.
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あとは,これまでは,暑いより寒い方が優位だったということはあると思います.なぜなら,暖房は薪ストープとかの火で暖をとることができましたが,暑いのはどうしようもなかったからです.実際,ソ連(ロシア),北欧,カナダなど寒い国に先進国は多いです.でも,クーラーの発明と普及によって,暑い国でも快適性,生産性が上がり,その勢力図に変化が出てきているということがあるのかもしれません.
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日本が最悪の巡り合わせの場所ということですが,「地球温暖化によって冬が温かくなったところはありますか?」とチャッピーにきいてみました.そしたら,日本の北海道や東北の冬の気温は,1〜2度上昇している,東京の冬日(最低気温が0℃未満の日)も減少してるらしいです.ヨーロッパや北米でもそういう傾向らしいです.
なので,日本が最悪の巡り合わせの場所というわけではなさそうで,全体に気温が上がってるということで(でも,8月下旬のリスボンはとても涼しかったし,調べたところ,8月中旬は,暑かったみたいですが,日本みたいに猛暑日が連続してることはなかった),冬寒くなってると感じるのは感覚的なものってことなんですかね..
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一方で,どうして,地球は温暖化してるのに,日本の冬は寒くなってるのかの解説として,こういうの(北極海の氷が解けることによって,結果的に偏西風が蛇行して寒気が流れ込みやすくなるから)があるんですが,これは,上のチャッピーの答え(は各地の気温データの変化に基づいている)と矛盾していて,どういうことかと言うと,「そういうことにしたい」んじゃないですかね.
つまり,地球温暖化で夏は暑くなるけど,冬も暖かくなるから,それはそれでいいじゃんというのを全力で否定してデメリットしかないことにしたい,地球温暖化対策と称して,予算をゲットしたい,経済を回したいという思惑があるってことじゃないですかね.ていうか,そもそも,地球温暖化対策ってそういうものですからね(人間が排出するCO2が温暖化の原因という証拠はないし,対策をしても実はほとんど効果はない).
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人生の残り時間も減ってきて,大学ももうすぐクビで,未来のない現在を生きてるんだなと思います.
そういうことを見越して,あるいは,自然とそうなった的に「「一人,時々,みんな」で内的熟達」的生活になってきてますし,人生,基本,未来ではなく現在を生きる,というか,「その日その日を過ごす」だと思うので,何とかやって行けるとは思いますが,残り時間が少なく未来がそんなにない年寄りにも未来がある人生を過ごすことができます.
それは,若い人を育てることでしょう.孫の世話(笑)はまさにそうですし,私が学生とかの若い人の研究指導をしたいと思っていたのもそういうことでしょう.でも,大学はもうすぐクビなので学生の研究指導はできなくなります.
でも,研究しない学生をmotivateしてまで指導するのはもういいかなとも思うので,なるようになって来てる感じもします.
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でも,学生が楽しそうに研究して,面白い結果を出したり,研究活動を通して成長したりするのを見るのは,ほんとに楽しいしやり甲斐があります.私より世代が下の共同研究者も同様です.
大学は,いろんな雑事が増えて,研究できなくなって来て,昔ほどパラダイスでなくなってるのは確かにそうですが,こういう形で若い人達と研究できるのは大学しかないので,(そういうことがしたい人にとっては)大学の教員になるメリットはやはり大きいと思います.
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今年の漢字というのがあって,今年は「熊」なんだそうです.まんまやん(笑).
でも,報道では,「熊」ではなく「クマ」と書いてたので(動植物はカタカナで書くのが基本),今年の漢字が「熊」というのは,変じゃない?
そもそも,前から思ってますが,この今年の漢字ってなんなんすかね? 漢字一文字で今年を表すということなら,漢字が表意文字であるということで,一字で今年を象徴するものを選ばないといけないのに,選ぶ方は,そんなの関係なくて,グダグダ感満載です.
で,クマですが,クマらしきものが目撃というのもちらっときいたことはあったのですが,秋田とかとは危機感が違うのは当然で,と思っていたら,なんとスキー場にクマが出てボーダーを追いかけてきたそうです.野沢温泉でも出たらしい.
てことで,突然,他人事じゃなくなった気もしたのですが,スキーできなくなったので,やっぱ関係ないか.
ちなみに,野沢温泉で思い出したのですが,最上部のやまびこから見える海らしきものは,どうやらほんとに海らしいです.何十年も通ってて,ずっと気づかなかったのは,どうしてですかね.
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スキーということで,YouTubeにこんな動画が上がってました.すぐにぴんと来ました.どこかで書いたと思いますが,青山小谷研スキーで八方に行った時,ちょうど全日本技術選(日本一スキーが上手い奴を決める大会)をやってて,でも,前日暖かくて雪が解けて当日急に冷え込んでガリガリのアイスバーンになって,ちょっと見てましたが,全日本クラスの選手が転倒しまくりという最恐の状態でした.バーンは,最大斜度30度を超える黒菱で,コブ斜でアイスバーンなので,ほんとしゃれになりません.
最初の方は,女子の上位者が流れますが,悲惨です...そういう中,男子で優勝したのが渡辺一樹で,別格の滑りですが,あの状況で,この滑りは,ちょっと考えられないですね.
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動画を見ていろいろ思い出してきました.当時は,佐藤正人が王者で,そこに渡部三郎が挑むという構図で,学連出身の我慢嘉治がアグレッシブな滑りで注目を集め,という中,渡辺一樹がさっそう現れて優勝し,その後,何連覇かして,彼の時代がしばらく続いたと思います.1980年代後半くらいですかね.
今から40年位前の話なんですが,その時,40年後はどうなってるかなあと考えた時(でも,実際は,当時は,そんなこと考えたことはなかったと思うけど),今の実際の40年後を何らかの方法で知ることができたらどう思ったんでしょうね.
というか,今の世の中ってどう言えばいいんですかね.コンピュータやインターネットやスマホが普及して,ソ連は崩壊したけど,C国が急成長してAメリカと覇権争いをしてて,両国のトップはこんな感じで,40年もして今(40年前)と大して変わらないというか,むしろ,状況的には後退してて,世界というか世の中もほんとぱっとしないなーと思うんじゃないですかね.
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J1昇格の最後の椅子をかけたプレーオフですが,ついにジェフが上がるんですね(O形君,よかったね).17年ぶりかー.古河電工時代からの名門チームですが,その間,何度もチャンスを逃してたので,ほんとに苦節17年ですね.
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出産費用を無償化すると言ってます.
え? 無償じゃないの?(子供がいないので知らない)
そんなこともやってなくて,なにが少子化対策ですか?
何度も書きますが,少子化対策だけは,財源なんかなくても,借金してでもやってください.増税してもいいです.
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ピアノプロジェまであと〇週間で,練習しないといけないんですが,と書いたんですが,あと〇週間の段階で練習しないといけないようでは話になりませんね.でも,それはいつものことで(でも,グバイドゥーリナとシチェドリンは,亡くなった後ということで,練習を始めたのが遅かったので,いつもに増してそういう状態),じゃあ,1か月前,3か月前,半年前はどうだったかですが,ずっと練習しないといけないけど練習できない状態でした.
仕事が忙しいというのは関係ないことはないですが,そうでなくても思うように練習できない,具体的には,弾いててすぐに手や腕が痛くなってしまうんですよ(あとペダルを踏む右脚も).左手がこわばってきたとは何度か書きましたが,その状態で弾くとそうなるということもあります.
こわばって動かない指を動かすと力が入って指が痛くなりますし,打鍵する指以外の指が落ちて,鍵盤に当たってしまうことで,鳴ってはいけない音がしたり,得意だったオクターブが全然弾けなくなって,1と5の間の234が落ちるので当たって痛いし(なので,4でとれるところは4でとる),当たらないようにすると力が入って腕がすぐに痛くなります.シチェドリンは,左のオクターブが続くので,とにかく痛いのを我慢するのが大変ですし,グバイドゥーリナは,中間部で左のオクターブが激やばなところがあって練習しないといけないのですが,弾くとすぐに痛くなって,痛いのを我慢しても3回が限界です.
でもまあしょうがないですかね.できる範囲でできることをするしかないですからね.
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出産費用が無償じゃないことを知らなかったというのは,出産に費用がかかることを知らなかったということではなく,これだけ少子化が問題になってるのに,出産費用ですらまだ無償になってなかったということを知らなかった,ということです.病院によって費用がまちまちということなら,一律50万補助すればいいというだけの話ですよね※.ほんとに今の(ここ数十年くらいの)政府は無能です.そして,それはどんどん加速しています.
このままでは,年寄りは,姥捨て山に捨てられるでしょう.金なんかいくらもってても意味ないです.人手がいなければ,どうしようもないからです(要介護になって買い物に行けなくなって,100万円出すから食べ物買ってきてと言っても誰も手を上げなければ餓死するしかない).
でも,年寄りがもってる金を若い人達にもっと回すことで,少子化が止まれば,それが変わります.でも,我々の世代は,もう間に合わないかもしれません.それとも,フィジカルAIに賭けるしかない?
※一律50万の支給は既に行われているそうです.だとすると,ここ数日の出産費用無償化の報道はなんなんですかね? (経済的に余裕があって)50万以上かかる人に更に補助するということ? それこそとんちんかんな話では?(高校無償化と似ている) 東京は高いということなら,東京都が(いっぱい税金あるわけだし)追加で補助すればいいだけの話ですよね.
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でも,出産費用を無償化にするなど子供がいる人を優遇すると,子供がいない人から不公平だという声も出るんでしょうね.でも,全ての人の意見を聞いて,それらを全て満足させることはできません.全体を俯瞰的に見て,社会全体として,いい方向に行くように税金を配分するのが政治の役目です.そして,政府が無能で,それができてないのが今の惨状です.
少子化を止めるには,出産費用を無償にするくらいではだめです.とりあえず子供を作れば,後は何とかなるというところまで持って行く必要があります.
50年前はそういう状況でした.でも,それは,大家族で近所付き合いもあって,おじいちゃん,おばあちゃんや近所の人が面倒を見てくれた,あるいは,女の人が家庭に入るという犠牲を払っていたからで,今の時代,そんな時代錯誤なことはできません.
じゃあ,どうすればいいかですが,何度も書いてますが,社会でそれをやるしかありません.具体的には,子供が生まれたらいつでもリーズナブルな料金で預けることができて,熱が出たりしても対応できる体制を作ることで,条件面も含めた保育士の育成も必要でしょう.何なら子供作った方が得じゃんというところまでもって行くくらいじゃないと.
でも,当然のことながら,莫大な予算がかかります.でも,北欧のように医療費の無償化まではしなくていいと思いますし(病気にかかったもん勝ちはよくない.医療費も膨らむ),教育費も高校無償化まで来たので,そんなに法外なことにはならないと思いますし,何度も書いていますが,少子化対策だけは,将来に対する投資と考えれば,借金してもいいと思います.
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穿った見方をすると,これからAIやロボットやフィジカルAIがどんどん普及して,人手が要らなくなる,子供を作って人口を増やしても,働かずにBIだけもらって資源を浪費するだけなので,少子化対策を敢えてやらないということはあるのでしょうか?
もっと言えば,どこかで書きましたが,そもそもどうして少子化になってるかというと,人類がこれ以上増えると,地球のリソースとのバランスがとれないので,DNA的に子供を作らないような本能的な何かが働いてるということがあったりするのでしょうか(まさかね).
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現実的な別の方向性としては,やはり,働ける年寄りには働いてもらうことでしょう.でも,私も(ほんとはもう働きたくないですが,社会的危機なのでもう少し働いてと言われれば,まだまだ全然働けますが)もうすぐクビです.なんなん?
でも,私はともかく,そうでもない人も多いんでしょうね.でも,人手不足をフィジカルAIで何とかして,働けない人間を切り捨てるよりは,そういう人達を動けるようにする,つまり,ロボットとAIを繋いでフィジカルAIを開発するより,ロボットというか,フィジカル的なものと人間を繋いで,人間が歳衰えても動けるようにするデバイスの開発をもっとやった方がいいとは思うんですよね.
イメージとしては,ロボットスーツのようなことですが,あそこまで行かなくても,もっと手軽に着脱出来て,動きを補助する的な.もちろん,そういうものは,既にいくつかあるのですが,体が衰えた年寄りというよりは,肉体労働者を想定したもので,何度か書いてますが,どういうわけか,世の中のあらゆることの対象が年寄りに向かってない感じで(それこそ詐欺の対象くらい),年寄りは使えないというか,使えない年寄りを何とか使えるように,という発想がないと思います.
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右脚ですが,転機となったのは,2023年なので,その年のこのサイトの記事を読んでたんですが,なかなか進まず,気づいたら年末で,今年を振り返って,という記事を書かないといけないので,急遽2025年の記事を読み始めたんですが,あっと言う間に読み終わったので,書く量が減ってるのかもしれませんね.
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ちょっと調べてみました.そしたら,2023年のこのサイトのファイルサイズの合計1771KBなのに対して,今年が(12/18までですが)826KBなので,半分ですね.
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現実的な別の方向性としては,やはり,働ける年寄りには働いてもらうということなんですが,いやいや,もう働きたくなんかないよという人も多いと思うので,働きたい人ということでいいんですが(でも,日本人の場合,70過ぎまで働きたいという人が過半数),気持ちとしてはそうだけど,働きたくても働けない,体や心が追い付かないということはあると思います.
体については,そういうデバイスを開発するというのもありますが,気力の問題もありますよね.つまりは,心の問題でしょうか.そして,体だけでなく,働く気力というか活動する気力を何とかできれば,まだまだ働きたいという人は多いと思うんですよね.そういうのを何とかする方法があれば,摂取すると元気になる薬が開発されればとかいうと,危ない話になっちゃうか.
でも,体と心は表裏一体で,気力がないのは,体がしんどいからということも多いわけで,でも,気力はあるのに体が動かない,体は動くのに気力がないという場合もあるので,そういう場合は,何か方法があればということですが,考えてみたら,これは,年寄りとか関係ない話なので(怠け者私の場合は特に),そんなうまい方法があれば世話ないんですが,そういうことをもっと研究した方がいいんじゃないかってことですかね.というか,このサイトは,そういうことをずっと研究というか考えてきたのか.
うーん,でもどうかなあ.これまではそうだったかもしれませんが,これからは,体や心の問題とかも全部ひっくるめて,もういいかなとも思うんですよね.でも,ある日突然,体も心も疲れ知らずで,今のいろんな不具合も解消しますという安全な薬が格安で発売されたらやっぱり飲んじゃう? でも,それって,不老不死の薬に近くて,そういうのってなんか格好悪いというか潔くないと思うのは,格好つけ過ぎですかね?
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10兆円ファンド(国際卓越)ですが,無事,通った(候補に内定)とのことです(先日,京大から(実質)2人ノーベル賞出て,さすがにお落とせんやろと言ってる人もいましたが).東京科学が頑張ってて,東大が緩んでるという噂でしたが,その通りになりましたね.
でも,これから大変というか,バタバタするでしょうね.執行部の任期は,あと3か月ちょっとですが,どのくらい関わるか,関わらないかというか,3か月だけではどうしようもないので,とにかく,うまく次期執行部に引き渡せればと思います.
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東大ピアノの会の同期で友人の青木さんが,私の当時の演奏の録音をもってるということで,いつか聴かせて欲しいとお願いしていたんですが,mp3にして送ってくれました.ほんとにありがとうございます.
曲は,何回か紹介したストラヴィンスキーの春の祭典をピアノソロに自ら編曲したもので(2台用のものはもちろん参考にしましたが,フルスコアから音を拾った),音源は,第2部なので,大学4年の五月祭の時ですね(第1部は,大学2年の駒場祭で演奏).
カセットテープから起こしたということで,音が歪んでいたり飛んだりしているところもありますが,充分に聴けると思います.恥をしのんで,公開しておきます.

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聴いてみました.もちろん,ここは,こう弾いたらいいのにとか,ここ危なかったなとかはあるんですが(それにしても腕が何本必要なんや?というとんでもない編曲),思ったよりちゃんと弾いてますし,今より全然弾けてるというか,ミスタッチもそんなにないし,少なくとも,今は,もうこうは弾けません.
譜面の一部がここにありますが,編曲も含めて,よーこんなことやったなというか,やっぱり,もう歳をとった,気づいたら,いろんなものを既に失っているということなんですかね.
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演奏を聴いた感想?は,上の通りですが,なんかやっぱり,ショックというか,どこかで書きましたが,こっちに来る時に引っ越しで荷物の整理をしていて,古いビデオテープが出てきて,自分の演奏があって,思った以上に弾けてる(今は弾けなくなってる)ことにショックを受けた時のような感じです.
折しも,もうすぐ演奏会で,練習しないといけないのですが,練習する気がなくなるというか,こんな感じで練習してもというか,ちょっとあんまりよくないですね.
でも,そんなこと言ったら,バドミントンやスキーは,もうすることさえできなくなってるわけで,ピアノは,指が動かないなりに,まだ何とか弾ける,いや,ピアノが弾けなくなってるだけでなく,バドミントンもスキーもできなくなってるってことか.
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今週の響け!ユーフォ..は,黄前久美子が目覚めるというか,コンクールの地区大会前で,ユーフォのパートの一部が吹けずにそこの部分をはずされて,悔しくて悔しくて,もっと上手くなりたいと泣き叫ぶというものですが,家でお姉ちゃんと話をしていて,お姉ちゃんも吹部だったけど,受験でやめて,でも,志望校には受からなくて,そのお姉ちゃんに,部活ばっかやってないで,今のうちから勉強しとかないと,とか,音大行くわけじゃないのに,ユーフォばっかやっても意味ないじゃんと言われるというものです.どう思いますか?
お姉ちゃんの言うことは,至極もっともで,音大行ってユーフォで飯を食うのでなければ,吹部で全国行ってもそれに何の意味があるのかってことですよね.
それに対して,黄前久美子は,猛反論するわけですが,その反論というのが,だって,ユーフォが好きだもん,です.どう思いますか?
まさにそういうことですよね.つまり,そんなことやってどうすんの?ってことでもやりたいことがほんとにやりたいことで,彼女は,ようやく遂にそういうものに辿り着いた,そういうものに出会えたら,死んでも離すな,受験とか仕事とかどうでもいい吹けば飛ぶようなことなんだと思います.
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春祭をピアノソロに(とんでもない)編曲して弾くというのも,まさに,そんなことやってどうすんの?ってことで,でも,その気になったらその気を抑えることなんかできないし,やってる時は,ほんとに楽しかったし,充足感も大きかったと思います.
でも,じゃあ,そんなことして何かいいことがあったかと言うと,何もないわけで,意味ないじゃんってことですが,そういうことをどれだけできたかがどれだけ人生を楽しんだかだとは思います.
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黄前久美子は,小学校からユーフォをやってる,つまり,とっくの昔にユーフォに出会ってるのですが,高校入学までは,ただ何となく続けていて,でも,あることをきっかけに,突然,もっと上手くなりたいと強烈に思うようになることで,「そんなことやってどうすんの?ってことでもやりたいこと」に「出会った」ということでしょう.
私もピアノは,中二までは,ただ何となくやっていて(でも,黄前久美子よりは,ある意味,ちゃんとそれなりにやってたかも),でも,その後,いくつかの「出会い」によって,そういうものになったわけですし,それは,バドミントンやスキーもそうです.いや,バドミントンはそうだけど,スキーは,最初から面白かったかな.
そういう意味では,研究は,まさに「突然の出会い」でした.勉強は何となくしていたけど,それがある日突然,というのは,全く違っていて,研究室配属で青山先生と小谷先生の研究室に入って,勉強とは全く違う研究というものに生まれて初めて出会って,まさに「一目惚れ」だったと思いますからね.
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そういうものに数多く出会って,まさに人生を楽しんだと思いますが,大学はもうすぐクビで,研究を続けていくのは簡単ではないと思いますし,右脚が痛くてバドミントンもスキーもできなくなり,ピアノも左手が動かず,思うように弾けなくなってきて,まさにこれからどうやって人生を楽しめば,ということですが,それが老後というものなのでしょうか.
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今日は,M-1の決勝で,裏では(というか,どっちが表か裏かということはありますが),全日本フィギャーの女子フリーをやってて,M-1は,大本命のエバースが第一ラウンドではトップでしたが,優勝したのは,たくろうでした.実際,今日のネタの面白さを純粋に比較すれば,たくろうが一番だったと思います.ドンデコルテを見たのは初めてでしたが,これも面白かった.
ミルクボーイが優勝した時がわかりやすいですが,新鮮味というか,今までにない新しさがある方が有利で,純粋な漫才の上手さとかネタの面白さだけだと厳しいですね.ヤーレンズは,そういう感じで,出番が1番という不利な条件もあって沈んだんですが,令和ロマンはそれでも優勝したので,そこまで飛び抜ければってことですかね.
女子フィギャーは,坂本さんが優勝したんですが,やっぱり,島田さんの方に魅力を感じますね(オリンピックには,僅かに年齢制限で出られない.でも,中井さんは,逆に僅かなところで出られる).そもそも,最初のジャンプがダブルアクセルって...それで,世界チャンピオンって言っても,ロシア勢出てないし.でも,そう思ってたんですが,坂本さんの演技を見ると,それまでの選手とスピードや体の切れが全然違うとは思いました.
でも,そうやって楽しませてはもらえるのですが,心が晴れないというか,ピアノプロジェが近いので,ピアノも弾いたんですが,左手が痛くて弾けなくて(特にシチェドリンのバッソ・オスティナートは,左のオクターブが続くので厳しい),今こうしてPCのキーボードを打つ時もまだ痛くて,なんだかなあという感じです.
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もうすぐ大学をクビになって,思うように研究できなくなり,左指が動かなくなってピアノも思うように弾けなくなり,右脚が痛くなってバドミントンもスキーもできなくなり,ということで,やりたいことがどんどんできなくなってきたんですが,やりたいことができないより,やりたくないことをやらなくていい方がいいと考えることにしますか.
やりたいことができるとしても,やりたいことだけができるわけではなくて.大学にいれば,研究以外の仕事もあるし,ピアノは練習しないといけないし,バドミントンは練習しに行かないといけないし,スキーに至っては,寒い遠いところに出かけて行かないといけないし,そんなことするくらいなら,冬は暖かい,夏は涼しい部屋でのんびり過ごして,その時を待てばいいでしょう.
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そんなことやってどうすんの?ってことでもやりたいことがほんとにやりたいことってことですが,具体的にはどういうものがありますかね.
黄前久美子のユーフォはそう,つまりは,吹部で全国目指してる学生のほとんど,あるいは,甲子園目指してる球児のほとんどもはそうってことですね.私のピアノやバドミントンやスキーもそうですかね.研究も本来はそうなんですが,私がしている研究を「そんなことやってどうすんの?」と言う人は(30代の頃はいたけど),今はいなくなりました.
全くのボランディアで発展途上国(とは最近は言わないが,要は,医療が遅れているところ)に行って無償で医療をしている医者もまさに回りからすると「そんなことやってどうすんの?」なんでしょう.実際,そういう人は,自己満足でやってますと言いますからね.ボランティアってそういうものですし,そういうつもりでそういうことをやってる人は,ほんとにやりたいことができてるんだと思います.
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やりたいことができないより,やりたくないことをやらなくていい方がいいと考えるですが,そう言えば,30代の頃,そう考えたことがあったことを思い出しました.当時学生だった畑さんと(なので,1993年とか1994年か),10億くらいあって,やりたくないことやらなくていいけど,家でテレビ見ることしかできないとしたらどうする?みたいな(しょーもない)話をしたのを憶えてますからね(彼は,それは厳しいと言ってました.そりゃそーだ).
当時の私の状況としては,結婚しようと思ってた人と結婚できなくて,自分のやってる研究もなかなか認められず,一方で,学外の仕事が大変で,毎月のように解析して委員会の資料の作成に追われている一方,1993年は,釧路沖,北海道南西沖,グアム島,1994年ノースリッジと1年に4回被害調査に出かけて報告書を書いて,当時は,今のような学術的な調査ではなく「お仕事」で(でも,大事な仕事.でも,みんなで分担すべきなのに,どうして自分に仕事が集中するのかと思っていた),かなり疲弊していたと思います.
その上,仕事以外に,全日本を目指してバドミントンの練習に行ったり,1級をとろうとスキーに行ったり,相場研究もしていて,仕事が大変な上に,そんなことまでして,今にして思えば,却って追い込まれていたんじゃないですかね.そして,そういう(仕事以外の)やりたいことができなくても,研究以外のお仕事的なやりたくないことをやりたくないと思ってたんでしょうね(下半身不随になって車椅子になれば,被害調査に行かなくていいかもと思ったこともあったことを思い出した.そして,車椅子になれば,バドミントンもスキーもできないので,まさに「やりたいことができないより,やりたくないことをやらなくていい方がいい」ということ).
なので,今とは,状況は全然違うのですが,「やりたいことができないより,やりたくないことをやらなくていい方がいいと考え」たということでは同じで,つまりは,私って元々そういう人間(怠け者)なので,「やりたいことができないより,やりたくないことをやらなくていい方がいい」と考えるというのでも行ける気もするんですよね.
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芸能人で,ギャンブルに大金を突っ込んで散財する人いますよね.霜降りの粗品とか,ギャンブルじゃないけど(でも,本人は投資と言ってるけど,私から見るとギャンブルみたいなもの),卓球の水谷とか.どう思いますか? 依存症? 一攫千金で金が欲しい? 武勇伝的なこと?
そういうこともあるとは思いますが,彼らは,金が要らないんじゃないですかね.でも,芸能活動はしたい.でも,芸能活動をして売れると大金が入る.でも,使い道がないというか,ギャンブルで散財するのが使い道というか,宵越しの金はもたずに仕事頑張るみたいな.
つまりは,ギャンブルで散財するのが金の使い道ってことで,でも,ひょっとしてどこかで当たり始めて,というのも考えなくもないのかもしれませんが,多分,そんなの関係なくて,とにかく金があったらあっただけ突っ込むってことでしょう.
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世代間格差ってありますよね.就職する時に就職氷河期だったとか,少子化の時代に生まれて重い社会保障を背負わないといけないとか.
そういう意味では,相場にも世代間格差はあると思います.具体的には,投資を始めた時,どういう状況だったかです.例えば,大学を卒業して社会人になった時が2012年くらいだとすると,そこから日本株はほぼ右肩上がりなので,基本,何を買っても儲かったわけです.家とかマンションを買った場合もそうですね.
ウォーレン・バフェットが投資の神様とか言っても,ここ100年くらい,アメリカ株は,右肩上がりなので,誰が何を買っても,基本,儲かる状態だったわけです(でも,これから先はわからない).
私の場合は,どうかと言うと,株式投資を始めたのは,大学院博士課程を出た1991年なので,バブルが崩壊して,一服したくらいで,いいタイミングだと当時は言われていましたが,実際は,そこから20年くらい相場は低迷したわけで,でも,私の場合は,半年くらいでそういうことに気づいて,下げ相場でも勝てる方法を研究して行ったのですが,結果が出だすまで10年以上かかりました.
なので,結局,状況は関係ないってことですかね.少子化とかも,どこかで書きましたが,同世代の競争相手が少ないわけですからね(例えば,30年前は,とても東大京大に入れるレベルでない人でも今は入れる).
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やりたいことができないより,やりたくないことをやらなくていい方がいいと考えるですが,「両方は選べない」,つまりは,やりたいことをやるには,ある程度,やりたくないこともやらないといけないし,やりたくないことをやりたくなかったら,やりたいこともできないってことですね.
じゃあ,どっちを選ぶかですが,そりゃー,ある程度,やりたくないことをやっても,やりたいことをやりたいってことなんでしょうが,大学をクビになったり,体が動かなくなって,それができなくなるので,やりたいことはできないけど,その代わり,やりたくないこともやらなくていいということを選ぶしかないし,そこに活路を見出すってことですかね.
でも,活路を見出すと言っても,何をするでもなく,ただただ「めんどくさく疲弊することとか,やりたくないことをやらなくて済んで幸せ♪」と思いこむってことですかね.
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30代のことについて,何度か書いてきました.小さい頃,大学教授だった父親が楽しそうに仕事をするのを見て,私もやりたいこと(研究分野)を見つけて大学の先生になりたいということで,東大に行って,一度は,理論物理に失望したものの,その後,建築構造というやりたいことを見つけて,青山先生,小谷先生の研究室に入って,研究というやりたいことに遂に辿り着き,研究して成果を出して,地震研に就職して大学の先生になれて,しばらくは,幸せだったけど,その後,凋落?の30代が始まったというようなことでしょうか.
具体的には,当時付き合っていた人と結婚したいと思っていたけど,それが叶わず,研究も自分がやっていることがなかなか認められず,そんな感じで30代を過ごして,40になった時,自分は,この10年一体何をしてきたのかと暗澹たる気持ちになった,まさに失われた10年と思った(時期がバブル崩壊後の10年と重なって,世の中でもそう言われていた.でも,世の中の失われた10年は,30年になったが,私はそうはならなかった)というような感じでしょうか.
断片的に憶えていることとしては,畑さん(現鹿島)に10億くらいあって,やりたくないことやらなくていいけど,家でテレビ見ることしかできないとしたらどうする?と言ったこともありますが,当時,K-1の興隆期で,そのスター選手だったアンディ・フグが急逝したのですが,これも当時学生だった真田さん(現阪大)にこんな感じで急逝したのが羨ましいとか言ったと思います(フグが急逝した年を調べると2000年なので,まさに30代後半ですね.この年は,新島で地震があって,被害調査のことで壁先生とも行き違いがあって(もー吉岡が付いて来てくださいとか言うから),ほんとしんどかった).
でも,当時は,あるいは,その後もそう思っていましたが,今から振り返ると,30代は,楽しかったというか,まさしく波乱万丈?というか,貴重な10年だったと思うんですよね.
まず,結婚しようと思っていた人と結婚できなかったということですが,原因は,親が反対したからなのですが,もちろん,若気の至りですが,私は,本気で駆け落ちしようと思ってました(でも,相手が乗って来なかったので不発に終わりましたが).でも,一時の気の迷いだとしても,そこまで思い詰めることってなかなかないことで,まさに得難い経験だったと思うんですよね.
それは,研究も同様で,私としては,回りからは認められなくても,すぐに結果が出て認められるようなことをやるのではなく,興味があって未だ解明されていない(おそらく)自分にしか解明できないことをやろうとしてて,実際,10年後,認められることになったわけですからね.
仕事以外では,40になった時,全日本に出ようと思ってかなりバドミントンの練習やトレーニングをしていましたし,スキーは,1級を1995年にとって,その後,スキークラブの会長の岩立さんにプッシュされて準指を受けることになり,でも,これは,かなり大変で,なかなか受からなくて,でも,それも得難い経験でした.
相場研究も,研究を始めて運用もしていたものの,30代は,なかなか勝てずに損失が膨らんで行く状況でしたが,その後,40を過ぎたあたりで,一つの解に辿り着いて,結果が出るようになり,ようやく数年前になって,全てが引っくり返ったような感じです.
こうして振り返って見ると,30代は,非常に密度が高いというか,今からすると,よーそんないろんなことしたというか,いろんなことがあって(結婚できなかった人との話がだめになった後,今の妻と知り合って結婚していっしょにバークレーに行ったのもこの時期です),その多くがその後に繋がることで,決して失われた10年ではなかったと思います.
まあでも,全てもうとっくに終わったことですし,ちょっと美化しすぎな感じもして,具体的には,研究は,もっと要領よくすぐに結果が出ること「も」やって業績積んでおけば,よかった気もするのですが,そうすると,筑波大に行かずに,ずっと地震研にいたかもしれなくて,でも,それがよかったとは思えないので,これは結果オーライですかね.
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ちらっと見えただけですが,ドビュッシーが弾けるようになるまで,みたいなタイトルのドラマをやってて,もちろん,ドラマ自体は,見てないのですが,月の光が流れていました.で,思ったのは,多くの人にとって,ドビュッシーって,どういうイメージというか,どういう曲が広く認知されているのかなということです(どーでもいいけど).そう言えば,もう大分前ですが,爆笑問題の太田がドビュッシーが好きと言ってたと思いますが,ドビュッシーのどの曲が好きだったんでしょうか.
ドビュッシーは,もちろん,ピアノ以外の曲も多く書いていますが,牧神の午後への前奏曲(は音楽的な意味は大きい)とか海とかが,多くの人のドビュッシーと言えば,で挙がるとは思えないので,やっぱ,ピアノ曲ですよね.
有名どころとしては,月の光(ベルガマスク組曲の第3曲),2つのアラベスクの第1番,亜麻色の髪の乙女(プレリュード第1集第8曲),夢想,子供の領分の第6曲のゴリウォーグのケークウォークといったところでしょうか.
正直,どれも食傷気味(笑)ではあるのですが,こうして並べて見ると,どれもいい曲で,ドビュッシー以前のショパンとかとのロマン派の音楽と比べると,音楽的な大きな違いはないものの,雰囲気は全然違っていて,まさに天才というか,センスがすごいと思うのですが,彼の本領が発揮される,つまり,音楽的に大きく飛躍したものは,これ以外の曲なのは言うまでもないです.
でも,代表的なものとなると何になりますかね.花火?(プレリュード第2集の第12曲).もう少しわかりやすいところだと,沈める寺?(プレリュード第1集の第10曲)
でも,彼の最後の作品は,エチュードで,プレリュードは,これに比べると俗っぽいという人は,結構いて,でも,じゃあ,エチュードのどの曲が傑作と言えますかね.
うーん,やっぱり,花火(プレリュード第2集の第12曲)と沈める寺(プレリュード第1集の第10曲)なんですかね.
でも,これって,ちょっと音楽やってるくらいの人ならだいたいそう思うと思うので,なんか面白くないですね.
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そんなことやってどうすんの?ってことでもやりたいことがほんとにやりたいことですが,「好き」というのは(黄前久美子はそうかもしんないけど),(私の場合)ちょっと(大分)違うかな.研究とかピアノとかバドミントンとかスキーとかいろいろ考えてこのサイトに文章を書くこととか相場研究が好きかと言われると...
別の要素としては,「できそうな気がする」ですかね.研究したら,まだ誰も見出してないことが見出せそうとか.ピアノやバドミントンやスキーは,そこまでではないですが,自分にしかできない取り組み方はできると思ってるとはどこかで書きました.
でも,できそうなことでも興味がなかったらやらないですかね.なので,「できそうな気がする」だけではないですが,「好き」というのとは違う.ここで気づくのですが,私には,下手の横好きも,できるのに興味がないこともないですかね.単に興味をもったことは何でもやって,どれもそこそこできたってだけか,と書くと自慢みたいですが,そこそこやれば,そこそこはできるようになると思うんですよね..
ここで,一つの例として挙げた全くのボランディアで発展途上国(とは最近は言わないが,要は,医療が遅れているところ)に行って無償で医療をしている医者を考えると,彼らはそういうことが「好き」なわけではないですよね.でも「やりたい」.
つまり,「好き」とか「やりたい」理由を探す必要はなくて,(なんか知らんけど)やりたいからやりたい,でいいんじゃないですかね.
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今住んでるのは,職員宿舎なので,今の大学をやめるときに引っ越さないといけません.つまり,その時,どこに住むかを決めないといけないのですが,何か話があって,受けることができて,次の職場があれば,その近くに住むと思いますが,どこからも話がないか,あっても受けられない場合は,そういう「制限」がないので,どこに住んでもいいのですが,そうすると,多くの友人や家族がいる東京近郊になるんですかね,と書きました.
でも,そういう「制限」は,急速になくなりつつあって,例えば,東京に帰れば,昔よくいっしょにプレイした友人達とまたバドミントンができるかも,スキーに行けるかもと思っていたのですが,みんな歳をとってるわけですし,そもそも私がバドミントンもスキーもできなくなってしまって,東京近郊で北の方の高崎線沿線なら新幹線で1時間で越後湯沢に行けるので,リタイアしたら,冬は晴耕雨読でスキーに行くというのもなくなりました.バドミントンやスキー以外関係でも,脚が痛くて出かけるのが億劫になれば,会うこともできませんしね.
家族は,いるのですが,そんなにしょっちゅう会うわけでもないですし,例えば,高崎線沿線なら2時間くらいはかかるので,それなら京都からとそんなに変わらない,例えば,熊谷と京都なら,前者が1時間45分,後者が2時間15分ですからね(熊谷は,熊谷⇔東京で新幹線を使えば1時間半にはなるが,それでもそんなには変わらない.熊谷より東京寄りだと新幹線は使えないので在来線になる).
でも,何も「制限」がないと住むところが決められなくて,何かそういうのないかなと思ったんですが,「引っ越す距離」というのはあるかもしれません.例えば,今住んでるところにそのまま住み続けられれば,引っ越す距離0,つまり,引っ越さなくてよくて.引っ越しはめんどくさいのでそれに大きく引っ張られるでしょうし,こっちに来る時,たまたま職員宿舎にしましたが,もし民間のマンションなら,そこに住み続けることもできたと思いますが,実際は,そうではないので,それなら近くの新幹線の駅(京都とか新大阪とか)に近い(数駅くらい)ところというのはありかもしれません.
と思ったんですが,どうせ引っ越すなら,(自分引越しができるほど近所でなければ.でも,自分引越しはもうしないと思うけど),外国とか離島とかに行かない限りは,距離は関係ない感じもします.
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でも,大学をやめた60代無職の人間に貸してくれるところなんかほとんどないか.
ひょっとして,失敗したってことなんですかね.
具体的には,50代のどこかで民間のマンションを借りていたら,そのまま住み続けることができたってことですよね.
でも,そうするとどうしたらよかったんですかね.こっちに来る前に住んでたつくばのマンションを借りたのは50代で,何も問題なくて,そこに住み続けることはできたのですが,そうすると,こっちに来ずに,ずっとつくばに住むということなんですが,それはないですかね.
こっちに来る前に考えていたこととしては,将来住むところでなんとかつくばに通えるところ,例えば,小山とかに住むということもあったんですが(その頃は,もう東京という選択肢はなくなっていた),結局,こっちに来たので,同じことですね.じゃあ,将来住む住居のことを考えれば,こっちに来るべきではなかった.いや,それもあり得ないですね.
あるいは,50代のどこかでマンションか家を買っておけばよかった?(実際,回りでそうしている人は多い) でも,買うのなら年寄りでもできますよね.
ということで,一瞬,しくったと思ったのですが,実際は,そんなことないですね.賃貸で行くのなら,URなら年寄りにも貸してくれますしね.
あるいは,こっちに来る時,職員宿舎じゃなくて,民間のマンションにしておけばよかった? でも,防音室付きのグランドピアノを入れられるとか,職員宿舎の立地のよさに勝るものはなかったですし,今の大学をやめた後も同じところに住み続けることは,当時は考えもしなかったですからね.いや,そこまで考えが及ばなかったということか.いや,それなら,まだ職がある今のうちなら,近くの民間のマンションに引っ越すこともできる?
そっか,もし,上で書いた「近くの新幹線の駅(京都とか新大阪とか)に近い(数駅くらい)ところ」に引っ越すのなら,今の大学にいるうちに引っ越しておくのもありだと思いますが,今の大学をやめた後のことがどうなるかわからないので,それも難しいか.
てことで,どのみち,どうなるか決まってからってことですかね.
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先日,ピアノプロジェが終わったのですが,だめでした.もうずっとだめなので,抜本的に考え直さないといけません.

まず,経緯的には,ここのところの失敗を考えて,弾く曲をリストとスクリャービンのプレリュードに絞りました(総演奏時間25分くらい).リストは,弾きやすいし暗譜もできていいウォーミングアップになるかなという感じで,スクリャービンは,没後110年というアニバーサリーということで,生涯に渡って書いた90曲ものプレリュードを通して,初期,中期,後期,そして,更に次の音楽へということを感じさせる最後のOp.74で締めくくるという企画もの?で,Op.17-5以外は,無謀と言えるような難しい曲はないと思っていました.
ところが,グバイドゥーリナが亡くなったことに気づき,追い打ちをかけるようにシチェドリンが亡くなりということで,急遽,グバイドゥーリナのシャコンヌとシチェドリンのパッソ・オスティナートを弾くことにしました.つまり,いつものやばいパターンになってしまったわけです.でも,どちらの曲も弾きやすいとはいいませんが,シチェドリンは,昔弾いたことあるし,まあ何とかなるかなという感じでした(でも,いつもそんな感じで何ともならないのだが).
でも,何度か書きましたが,左指,特に人差し指が思うように動かなくなってきてしばらく弾いてると痛くなってきて思うように練習できません.宮田とそういうことを話した時,イメージの中で弾くことで弾くことの多くは達成できてるということもきいて,そういうこともやってみたんですが,効力感を感じられなくてちょっと厳しい感じでした.
特にシチェドリンは,左のオクターブが続いて,そうすると左手が痛くなって左指がまともに動かなくなってしまいます.まあそれでも何とかなるというか,弾ける範囲で弾くしかないという感じだったのですが,12月上旬のつくば出張の時,宿の近くのスタジオを借りて1時間くらい練習したのですが(今までそんなことはしたことない),ピアノはC3だったと思いますが,あんまりよくなくて,「ピアノが変わると風景が変わる」感じで(でもそういうことはよくある),嫌な感じがし始めて,更に,大学時代の春祭の演奏を聴いて,今の惨状とギャップがあり過ぎてショックを受けて,弾く気力が失せてしまいました(宮田のところにも彼の当時の演奏の録音が届いたそうですが,彼は賢くピアノプロジェが終わるまで聞かないことにしたそうです).
あと数日というところで,試しに一度録音して聞いてみましたが,シチェドリンの出来がひどくて(左指がほんと動いてない)これをやめることにして(でも弾いてると何とか弾けてる感じでも録音して聞くと弾けてないこともある一方,そうでもないことがあるのはどういうことかと思うのですが,どういう形でも弾けてないものは弾けてないことに間違いない),でも,追悼ということで,シチェドリンの他の曲ということで,急遽フモレスケの譜読みを始めました.
そんな感じで,左手の具合はよくないし,弾けてたところも弾けなくなって行く感じで,それでも弾かないといけないので,何とか練習はして,でも,弾けることもあるけど,弾けないこともある感じで,これでは,ほんと当日のコンディション次第ということで,当日ですが,やはり,「ピアノが変わると風景が変わる」嫌な感じで,去年と同じピアノのはずですが,なんか弾きにくい.で,急遽,スクリャービンのプレリュードのOp.17-5をやめることにしました.シチェドリンのフモレスケも含めて,当日のプログラム変更は,初めてです.
最初のグバイドゥーリナのシャコンヌは,いつものようには全然弾けなかったのですが,まあ何とか弾きました.でも,いつもは引っかからないところが引っかかったり,突然,わからなくなるようなことが頻発しました.シチェドリンのフモレスケは,数時間しか譜読みしてないのですが,これも何とか弾いたと思います.技術的には平易ですぐ弾けると思ったのですが,結構弾きにくいところも多くて,特に途中,大跳躍があるのですが,それは全部当たりました.ということで,急遽,やることになったグバイドゥーリナとシチェドリンを何とか乗り切って,あとは(Op.17-5を弾かないので)何とかなると思いました.ところが...
次のリストですが,これは,弾きやすいし暗譜もできてて,問題ないと思っていたのですが,突然,わからなくなりました.こういうことがあるともうどうしようもありません.と思ったのですが,どこかで書きましたが,じゃあ,ピアノを離れて頭の中で音を追えるかと言うと,わからなくなったところでわからなくなるので,暗譜していたつもりで全然暗譜できてなかったということですね.
スクリャービンも同じで,普段は,そういうことはほとんどないのですが,譜面を見ていてもわからなくなることが頻発し,特にOp.48-1とOp.48-4は,跳躍が多く譜面を見ながらは弾けないので暗譜で弾いたのですが,途中でわからなくなりました.そう言えば,Op.33-3でもわからなくなって,急遽譜面を見て,という感じだったかな.Op.74-1に至っては,最後の左の和音が譜面を見てもわからなくなりました.他にもそういう箇所がいくつもあったと思います.もうボロボロですね.
そういうことになった時のために譜面は置いているのですが,破綻したリストや33-3や48-1や48-4は,練習の時,そういうことがほとんどなかったので,とっさに譜面のどこを見るかという対策ができてませんでした.つまり,暗譜で譜面を見ずに弾いて,暗譜が飛んだ時,どうするかということですが,暗譜が飛ぶ可能性が少しでもあるのなら,今どこを弾いてるか把握しておくために,譜面を(ちらちら)見ながら弾くべしということにあります(48-4は,そういうことがちょっとあったんですが,まあいっかと思ってしまった).
思い返すと,シューベルトのOp.120のソナタで暗譜して(したと思って)弾いた時,いきなり,1段目でわからなくなったわけで,つまり,暗譜するなら完璧に暗譜しないといけないし,それができないなら,譜面を見ながら弾ける曲しか弾かないことにしたはずですが,Op.48-1や48-4は,跳躍の連続で,譜面を見ながらは弾けないので,弾いてはいけない曲,弾くなら完璧に暗譜しないといけないのですが,頭の中で音を追ってみると全くできないので,一か八かだったということですね.
でも,それでも,昔は,何とかリカバリしてたような気もするのですが,もう歳でそうは行かなくなってるということなんでしょうし,譜面を見てもわからなくなることがあったのは,脳の衰えが原因だとすると,事態は深刻ですね.
まあでも,そういうことは,若い頃もあったと思いますし,いつでもどこでも暗譜で弾けると思っていたハチャトゥリアンのトッカータも実はそう思ってただけだった気がします.実際,青山先生宅で弾いた時は,(酔っぱらってましたが)わからなくなりましたからね.
暗譜については,何度か書いたように,小学生の発表会で(弾きたくない曲を弾かされて)暗譜が飛んで,それ以来,怖くて暗譜で弾けなくなったのですが,それで50年以上やってきて,いきなり暗譜で弾こうと思っても無理な話で,譜面を見て弾けばいいし,譜面を見ながら弾ける曲しか弾いてはいけないということですかね.
それでも,暗譜するに越したことはないのですが,それには,ピアノなしで頭の中で追えるくらいにしないといけないと思います.そこまでしなくても,暗譜で,というか,譜面を見ないで弾くことはできるのですが,一か八かになるというか,野球で空振りしそうと思うと空振りするように,一瞬そういう感覚になると途端に破綻するので,非常に危ういです.
ということで,このままではだめなんですが,何度か書いているように,演奏会で演奏するのは,年に1日だけで,準備ができてなくて憂鬱になったり,本番で醜態を晒して恥をかいて嫌な思いをするのも当日と前後数日だけで,残りの360日,何とか効力感をもってピアノが弾ければ,それでいいじゃん,と言えなくもないのですが,自分はよくてもお耳汚しは申し訳ないので,やっぱり,もっとちゃんとやらないとですね.
でも,それには,左指を何とかしないといけないのですが,これも老化でもうどうしようもないのなら,弾ける曲を弾くしかない,シチェドリンのバッソ・オスティナートはもう弾けないということですね.
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うーん,でも,リストにしても,スクリャービンのプレリュードの33-3や48-1や48-4にしても,暗譜もして,だいたい問題なく弾けてた曲に限って,破綻したわけで,油断のようなものもあったかもしれません.つまり,そういうことがなければ,まあ何とかなったという感じもしないでもないです.
でも,そういう曲にもそういうことは起こり得るということは,そういうことが起こらないようにやはりハードルを上げないといけないということですね.
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でも,毎年,同じようなことを書いてる気もして,要は,それなりに練習するけど,充分な準備はできず,まあ何とかなるやろと思って,何とかなることもあるけど,ならないことが多い,そして,何とかならないことがどんどん増えてるってことですね.
一つの問題として,どうして,そんないい加減な危うい状態で弾いてるかですが,半分内輪の会なので,甘えというか緊張感のなさはあると思います.ちゃんと練習すれば,どのくらい弾けるか,ほんとはどのくらい弾けるかはわかってくれてると勝手に思ってるみたいな.でも,そんなことを何年も続ければ,もうそれがほんとの「ほんとはどのくらい弾けるか」ですよね.それに,彼らは,聞き手としては,トップレベルで,ほんとは,ものすごくシビアに聞いてるはずです.みんな大人なので,はっきりとは言いませんが,演奏後の反応や会話で,どう思ったかはわかります.
ということで,どうしましょうね.演奏の後は,さすがに落ち込みましたし(でも,いつものことなので,あーまたかという感じで,落ち込み具合が減ってきているのが問題),左手も動かなくなって来てるのですが,(どういうわけか)もう弾くのはやめようとは思いませんでした.でも,弾くのなら,せめて破綻しないようにはしないとですね.精神衛生上もよくないですし.
それには,やはり,確実に弾ける曲しか弾かないということですが,そこまで行かなくても,少なくとも破綻する可能性がある曲は弾かない,具体的には,暗譜に拘らず,原則として,譜面を見ながら弾ける曲しか弾かない,それには,跳躍があるなど譜面を見ながら弾けない曲は,弾かないということですが,どうしてもそういう曲を弾きたいときは,ピアノなしで頭の中で追えるくらいまで(その箇所を)暗譜する(そして,譜面に確実に戻れるようにする),それができなければ,弾かないということですかね.
でも,大きな跳躍があるところは,譜面を見ながらは弾けないということですが,辻井さんは,目が見えなくても弾いてるので,大きな跳躍があるところは,譜面を見ながらは弾けないということはない,つまり,最初から最後まで,譜面にかじりついて弾ける曲を弾くということでもいいかもしれません.
それでも,譜面を見ていてもわからなくなることもあるというのは問題で,脳の衰えということかもしれませんが,逆に言えば,脳トレになる,それであきらめてしまうと,どんどん脳が衰えて行くということなので,それはそういうつもりでやればいいと思います.
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ピアノプロジェで他の人の演奏を聴いて思ったこととしては,何人か,テンポを落として(しっかり)弾いてる人がいました.テンポで弾いて破綻するくらいならその方が遥かにいいですし,曲の中に一か所でもテンポを落とさないと弾けないところがあるのなら,そこに合わせて全体のテンポを落とすというのは真っ当な考えです.
でも,私には,それができないんですね.普段の練習でも,多くの人がやっている「ゆっくり練習」をすることは,ほとんどありません.
それは,ゆっくり練習には弊害があるからということもあるんですが(ゆっくりとテンポでは弾き方が違うので,ゆっくりで弾けるようになってからテンポを上げても弾けるようにはならない),気づいたこととして,暗譜するのに有効なのでは,とは思いました.
上でで書いたピアノを離れて頭の中で音を追えるかということですが,これって,多分,(超)ゆっくり練習と同じですよね.一応,ピアノを弾くので,頭の中で音を追うより効力感も感じられそうですし,電子ピアノでも,それこそ,紙の鍵盤でもできそうです.そして,指や手に負担もかけない.つまり,ゆっくり練習は,練習としては,どうかと思うけど,暗譜には有効,譜面を見ながらでも,確実に指を置いて行ける確認にはなるということはないですかね.
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私の性格なのでしょうがないのですが,まあいっか,まあなんとかなるやろ,と思ってしまうんですよね.ピアノの練習ができてなくても,受験勉強してなくても,まあ何とかなるやろみたいな.そういういい加減な奴は,どこかで痛い目に会って懲りて,ということなんですが,私の場合,性懲りもなくというか,何度も痛い目には会ってるとは思うのですが,喉元過ぎれば...という感じで,そういうどうしようもない奴なんですが,もうこんな歳ですし,こんなどうしようもない奴でも何とかなったということでしょうか.
でも,これは,悪いことばかりでもなくて,本番前にそんなに不安になることもないし,失敗しても,まあいっかと思っちゃうわけで,精神衛生上悪くないというか,メンタルが強いと言えなくもないですが,いやいや,ちゃんと反省してちゃんとやれよってことですよね.
でも,「結果」には,いろいろあって,出来不出来が0〜100点の中で変化する「アナログ」のものが多いですが,受験は,合格か不合格の0か100の「デジタル」で,ピアノもそういうところがあって,それは,破綻するかどうかで,全体としての出来は,悪くなくても一か所でも破綻すると0点になるとは言いませんが,全体の印象が台無しになるところはあります(フィギャーのジャンプの転倒や体操の落下と似てるし,究極は,スキーのアルペン競技の旗門不通過でしょうか).
なので,ピアノの場合,出来不出来があるのは,しょうがないとしても,最低限,破綻しないようにしておくことは必要で,今回もそれができてなかった,せめてそのくらいは,ちゃんとやれ(完璧に暗譜してないのなら譜面を見て弾け)ってことですかね.
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田村さんが録音を送ってくれたので(いつもありがとうございます),(今回は,さすがに聴く気はなかったのですが)聴いてみました.
今年は,練習の時に何回か自分でも録音していて,その時の印象としては,ピアニスティックなものより,歌うような緩徐的なものが意外といいなと思っていたのですが,そんな感じです.なので,そういうものしかやらないということも考えられるのですが,さすがにまだそこまではですかね.
破綻しているところは,(当然)破綻しているんですが,思ったほど致命傷でもない感じだったのは意外でした(でも,破綻しているので致命傷には違いない).
あとは,ずっと書いてますが,タッチが甘くて全然だめなのは,相変わらずです.これは,練習するしかないのですが,曲を選ぶことで,ある程度,解決できる(誤魔化せる)ことは発見していて,それには,当然,曲を選ばないといけないのは,言うまでもありません.
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うまく行かなくて嫌な思いをするのなら,やらなきゃいいわけですよね.
ピアノなら演奏会とか人前で弾かなきゃいいし,弾くとしても,問題なく弾ける曲を弾けばいいわけです.バドミントンなら試合になんか出なきゃいいし,スキーなら検定とか準指とか受けなきゃいい.
でも,そうしないというのは,自ら選んでるわけで,失敗してもだめ元なわけですし,やらないよりやって失敗した方がいいとはいいませんが,失敗しても,その実,大したことない,やらないと失敗しないということは,やらないことを完全に包含しているので,失敗しても気にしなければいい,失敗してもやらないよりはまし(東大を受けて落ちることもあるけど,受けないと絶対に受からない)ということでしょう.
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例年の慣例ということで,今年を振り返って,という記事を(自分が後で読み返して思い出すために)書いておきます.
この記事を書くために,今年のこのサイトの記事を読み返すのですが,右脚の不具合の記事が多かったですかね.よくなくなった,具体的には,動かすと太ももが痛くなって,何とか歩けはするけど,走ったりバドミントンやスキーはできないという状態になったのが2023年の12月あたりなので,もう2年(今年の始めでも1年)ということで,もちろん,いろんなことをしたり,いろんなところに行って診てもらったりはしているのですが,なかなかよくならず,不具合というより老化,つまり,もうずっと,いや,ここからよくなることはなくて,老化なら更によくなくなるわけで,右脚だけでなく,左指も動かなくなって行って,ピアノも思うように弾けず,PCのキーボードも打ちにくくなって,やりたいことができなくなって行って(バドミントンやスキーやゴルフは全くできず),靴下を履くのももうぎりぎりで,そのうち要介護になるのなら,元々そんなに長生きしたいわけでもないし,もうすぐ大学もクビになるし,これまで,思う存分,やりたいことをやって満足もしてるし,あと5年とか10年の人生ということでもいいかなと思うようになりました.
ただ,やりたいことができなくなっても何とかそれなりに楽しく生きては行けると思いますし,捨てる神あれば,拾う神ありではないですが,そういう考えにストップをかけるようなことも起こっていて,それで思い直すこともあるので,そうなったらそうなったで,という話です.
仕事は,副所長の仕事の2年目で,1年目のように,何をどうすればいいかよーわからんようなことを何とかしてやるようなことはなくなったんですが,忙しいのは相変わらずで(とにかく会議が多い),でも,久しぶりに海外(に行くつもりは,もうなかったのですが,ポルトガルのリスボン)の学会に行って発表しました.この内容については,来年は,「平(ひら)」に戻るので,何とか京大にいるうちに形にしたいと思っています.
世の中的というか経済的には,AIブームが相変わらずというのもありますが,Tランプが再びAメリカ大統領になり,春先当たりのTランプ関税発動で大揺れで,夏の終わりには,T市総裁が誕生したかと思えば,K明が連立を離脱してJ民が下野するかも,と思ったら,I新が連立に加わって,上へ下への大揺れとなりました.
運保は,モロにその影響を受けて,年初は,負けが込んでずるずる資金を減らして行きましたが,Tランプ関税で,一気に跳ね上がり,1日で得た利益としては,見たことがない桁が違う利益になった日もありました.その後も,順調に推移して,9月くらいには,指運は,このまま行けば,年利150%(資金が2.5倍)という状態になりましたが,一転して,T市総裁当選,K明の連立離脱で一気に利益を減らし,その後も連戦連敗で,結局,指運の年利は28.5%でした.(買いだけやる)資保は, 商社(+建設)株が27.1%,商品先物が40.2%,外貨(は,玉が建ってないことが多くて)が4.1%なので(数字は,いずれも含み益も含めたもの),今年は,まあまあというか,そこそこ益が出た年にはなりました(↓は,青が資保,緑が指運で,水色が合計).

ピアノは,ここ数年の失敗の反省を活かして?曲を絞って難度も落としたつもりだったのですが,グバイドゥーリナとシチェドリンが亡くなって,急遽,彼らの曲を入れることにして,いつものやばいパターンになってしまって,でも,久しぶりに割と効力感をもって取り組めてたと思うのですが,左指が動かなくなったり,左手が痛くなったりして,思うように練習できず,しかも,リスクマネージメントというか対策が不十分で,ピアノプロジェではだめでした.
このサイトについては,相変わらず,いろんなことを考えて,大量の文章を日々書いてると思うのですが,書く量は減って来てて,今年は去年の半分くらいでした.
という感じですかね.

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年末年始は,例年は,いつもとそんなに変わりはなく,でも,のんびり過ごしてはいるのですが,今年は,出かけていたこともあって,あっという間に年末で,カレンダー的には,来週頭から仕事始めということは,年末年始は,今週だけって感じですね.
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右脚の具合がよくなくなった2023年の記事を読んだんですが,特に発見というか,ヒントになるようなことはありませんでした.
具体的には,6/10の林先生の退職記念講演とパーティーの日にちょっと異変を感じて,でも,その後は,特に問題ないのですが,この年は,練習には,5/26と10/13に行っただけで,でも,行かなくても動けるという感じだったんですが,10月に整体に行き始めてるので,10/13の練習の後,あまりよくなかったんですかね.で,整体に行っても特に変化はなく,その後,太腿に痛みが出るようになって現在に至るです.
でも,練習に行かなくなったり,体を動かさなくなっていたことはわかっていましたし,具合がよくなくなる過程を確認したところで,現在の状態は変わらないというか,この状態をどうするかなので,どのみち関係ないですかね.
次の月へ