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2/1'20
[架空の話?]

 冬場は,晴耕雨読で,スキーに行けたりできたらいいなあと思うんですが,仕事をしてるうちは,仕事が入ってなくて,スキー場の天気がよくて,体が元気で,なんて条件が重なることは,ほとんどないし,修論,卒論もあるし,じゃあ,リタイアしてからならできるかと言っても,今から年月が経つと,歳をとって,体も衰えてるだろうし,ってことで,結局,夢と言うか,架空の話なんですかね.

 仕事をやめてしまえば,今すぐにでもできるんですが,研究というやりたいことが大学というところで,具体的には,学生達といっしょにできなくなるってことなんですが,でも,研究は,仕事をやめてもできるわけだし(晴耕雨読の「耕」がスキーとかの運動なら,「読」は,研究とかの思索活動),一方で,スキーとかの運動は,体が衰えて行って,10年後は,できなくなるかもしれないし,研究は,それほどでもないとしたら,仕事なんかさっさとやめるべき?

 でも,仕事をやめれば,研究はできても,学生達を育てながらという形では,できなくなるわけで,そういうことの綱引きってことなんですが,大きな要素としては,仕事をやめるには,「行動を起こす」必要があるので,行動を起こさない方向に流れるってことは,あるでしょう.

 そもそも,スキーと研究とどっちを選ぶべきかということなら,自分より上手い人がいくらでもいるスキーなんかより,最先端のことをやってる研究を選ぶべきというのは,火を見るより明らかってことなんでしょうが,そんなことより,単純にどっちをやりたいか,どっちが今しかできないかで決めるべきという考え方もあるでしょう.実際,10年後のスキーのレベルの低下は,研究のそれより大きい気もしますから,やるなら今かもしれません.

 でも,現実的に考えれば,冬場に晴耕雨読でスキーに行くために,大学をやめるというのは,あり得ないことですよね.じゃあ,どうしたらいいかですが,私の場合,やっぱり,両方とりたいというか,やりたいなら今すぐやるってことです.

 つまり,現実的にできる範囲で,できるだけそういうことをマネージメントするってことですかね.でも,現実には,なかなか難しいですね.実際,まだ今シーズンは,一日も行けてませんからね.雪不足とか(すぐに大丈夫になったけど)小腰痛とか修論,卒論を理由というか,言い訳にしてるようなところはありますが,ほんとにやりたいのなら,今すぐやるはずですからね.

 でも,そうなってないってことは,結局,これでいいというか,しょうがないってことですかね.実際,無理して頑張っても,その分,後で必ず大きな揺り戻しで返ってきてしまいますからね.

 ですから,とにかく,体や心に負担をかけない範囲で,できる限りマネージメントするってことですかね.

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[いろいろ不都合なこと]
(研究)

 この話なんですが,准教授や助教がいるわけでもないのに,一人で10人近くの学生に一人一人テーマを与えて,しっかり面倒見て,研究を進めて行くという普通だと考えられないことをしていたんだと思います.でも,そうやってきたことで,学生達も頑張って,成果がどんどん出てきたわけなんですが,いろいろ不都合なことも出てきました.

 一つは,成果が出ているのに,対外的に論文になってないものがかなりあるんですね.宝の持ち腐れとまでは,言いませんし,ある程度は,大会論文にはなっているのですが,やっぱり,よくないですね.

 学生達が,査読論文まで書いて,出て行ってくれればいいんですが,成果が出るのが修論提出直前というか,やっぱり,研究なので,ぎりぎりまで研究自体を進めることになって,査読論文まで書いてくれた学生もいますが,手直しの途中で卒業となり,結局,そのままになってることが多いです.

 これじゃあまずいということで,そういうものを頑張って査読論文に出し始めたのですが,今やってるのが10年前のものという有様です(それでもまだ新鮮味を失ってないのはすごい? それとも,学界の研究の進捗が遅い? おそらく,私の研究が独特で他にやる人がいないから).ざっと数えただけでも,そういうものが10編くらいはありますし,今年の修論で,また面白い結果が出ているので,それも併せると,かなりやばいことになってきました.

 どこかで書きましたが,査読論文とかに拘らずに,ウェブ公開でもいいじゃんと思ったこともあったのですが,大会論文に出してるものなら,それもありかもしれませんが,一向に進まないということは,そういうことにその気にならないということですし,全く未公開のものをいきなりウェブ公開するのは,さすがにまずいです(盗まれる).

 じゃあ,どうするかってことなんですが,10人体制はキープして,一人一人の研究の質を落とすなんてことできるわけありませんから,現実的には,人数を減らすということでしょうか.

 もちろん,人数が多い方が,その分成果も出るんですが,それで充分な情報発信ができないのなら,本末転倒とまでは,言いませんが,だったら,少数精鋭にして,しっかり情報発信までするということで致し方ないということでしょうか.でも,まだまだ,毎年,10人分の研究テーマをどんどん思いつくのに,勿体ない話だと思います.

 でも,ものは考えようというか,定年で大学をクビになった後は,10人とか5人どころか0人になるわけですから,10人からいきなり0人というハードランディングではなく,少しずつ減らしていって,というソフトランディングの一環と見ることもできます.

 でも,それでも,私の研究室でどうしても研究がしたいということなら,身を粉にしてでも頑張ります.でも,そうでもないということなら,他の研究室に行ってくださいってことですかね.

 と,ここまで書いてきた通りなんですが,これ以外にも,理由というか,事情があったりします.それは,また,後日,書きたいと思います.

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[ためになること]

 本とか,メディアとか,インターネットとか,あるいは,誰かに話をきくとか,世の中,いろんな「ためになること」で溢れてますよね.そして,なるほどと思うこともありますし,そうは思わないと思うこともあります.そういう中から,共感というか納得できることを実践していくという人が多いのかもしれませんが,それだと大したことにはならないと思うんですよね.だって,ほとんどが誰でも手に入る情報ですからね.

 そもそも,そう簡単に納得とか共感できるものでしょうか? そういうものが溢れている中で,何でもかんでも納得とか共感してたら,結局,何も得られてないってことになりませんか?

 じゃあ,どうしたらいいか,ですが,やっぱり,自分で考えるしかないんじゃないですかね? だって,自分で考えて辿り着いたものでないと,ほんとに納得はしてないでしょうし,使い物にもならないと思うんですよね.そもそも,ロボットのように誰かの言う通りに動いて成功してもつまんなくないですか?

 それでも大したことにならないとしても,それはそれで,自分で考えたことなので,仕方ないというか,それこそ納得はできると思いますし,成功なんかしなくても,もっと大事なものが得られると思うんですよね.

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2/2'20
[積み重なって残るもの]

 人それぞれだとは思うのですが,仕事でも仕事以外でも,何かやるとして,そのことで報酬が得られるとか,評価されるとか,世の中の役に立つ(のは,目的ではなく結果)とか,そういうことではなくて,そのことを通して,成長できるようなことがしたいと何度か書きましたし,そう考える人も多いと思います.

 例えば,会社とか官庁とかだと,仕事をしながら,いろんな経験をして,成長して行くということで,成果をあげて評価を受けて給料や地位が上がって行くだけだとつまんなくないですか?

 医者とか弁護士とかでも,スキルや技術を身に着けて,病気を治したり,法的に問題を解決していくことは,重要な仕事ですが,自分自身のスキルや能力が高まって行かないと,と思うんですよね.

 そういう点では,芸術家とか職人とかスポーツ選手は,まさに自分のスキルを磨くことで成長して行けるわけです.スポーツ選手は,若い時しかできないということは,あるのですが,現役時代に,競技力を上げるだけではなく,運動原理や戦略的なことの本質に迫れれば,現役引退後も有能な指導者になれるでしょう.

 そして,そういう形で成長して行けたとして,これらは,内的に何かが「積み重なってる」とは,思うのですが,そこのところがちょっと漠然としているというか危ういというか,例えば,スポーツ選手なら,どんなに競技力を高めても,怪我で全てを失ってしまうこともあるわけです.

 つまり,成長して行けるということと別の側面として「積み重なって(形として)残るもの」と言ってもいいかもしれません.

 そういう意味では,例えば,美術家なら作品,小説家なら小説,研究者なら論文は残ります.ここで(しょーもない)文章を書いているのも,ただ考えるだけではなく,「積み重なって何かを残し」たいと思ってるのかもしれません.

 でも,会社員とか公務員とか医者とか弁護士だと,実績のようなものは残せるでしょうが,明確な形にするのは難しいかもしれません.ピアニストなら,音源,スポーツ選手なら,実績とか,全盛期のプレーの動画は,残るかもしれませんが,そこに何か差がある気はするんですよね.

 でも,これは,考え方というか,人それぞれってことですかね.有形のものなんか残さない方が潔いということもありますからね.

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[めんどくさい]

 歳をとるといろんなことがめんどくさくなるというか,回りの人と話をすると,みんなそう言いますし,私自身もそうです(笑).何とかならないものか,とも思うのですが,理にかなってる気もするんですよね.それは,体と心のバランスでしょうか.

 歳をとれば,体は衰えて行きます.もちろん,人によるし,努力によって衰え具合を低下させることもできますが,それでも,どうしようもないところはあります.でも,体の衰えほど,心というか,気力が衰えなかったら,どうなりますか?

 体を壊してしまいますよね.つまり,めんどくさいと思うということは,(体がしんどいということとともに)センサーが働いて,そういうことにブレーキをかけていると見ることもできるわけです.でも...

 心が衰えなかったら,ばりばりトレーニングとかして,体の衰えを抑えられるから,そうとも言えないと言う人もいるかもしれません.でも,それだと,やっぱり,体を壊してしまうと思うんですよね.

 いや,正確には,そこのところのバランスをとることが重要で,体を壊さない程度にやることなんですが,私の中の感覚だと,それは,大分「手前」です.つまり,え?こんなんでもうアウトなの?って感じです(怠け者の私ですら).

 そういう意味では,体がしんどいとか,めんどくさいとか思ったら,既にそういう水準に達しているので,安心してそれを受け入れる,でちょうどいいくらいなんですね.

 こんなんでは,もう大したことはできないというのは,そういうことがあるんですが,そういう条件下で結果最大にするしかないというか,そうするのが最大の結果を生むと思ってやるってことですかね.

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2/3'20

 でも,めんどくさいからやらないでは,どんどんやらなくなって,挙句の果てには...ってことになりかねません.その気になれば,やると言っても,その気になることなんか,そうそうあるもんでもない? だとすると,めんどくさいけど,やらないといけないという状況を作るしかない?

 でも,これは,普通というか平凡ですよね.そして,平凡ということは,大したことにはならないということです.だとすると,どうすれば,その気になるのかということなんですが,例えば,やる気三要素のように,いくつか方法論的なものはあるのですが,なかなか難しいところはあります.

 一つは,外部要因でしょうか.外から何か働きかけがあって,面白い,自分にしかできない,やり甲斐があるのどれかが引っかかれば,心が動いて,その気になるかもしれません.でも,外部要因では,他力本願ですし,面白い,自分にしかできない,やり甲斐があるのどれも引っかからなければ,断ることができればいいですが,それができないと,ただ疲弊するだけになります.

 外から働きかけがなくても,自分から働きかけて行けばいいじゃんという人もいるとは思うのですが,もうそういうことは,ないかな.

 ということで,内部要因ということになるのですが,やる気三要素的には,内的熟達的に面白ければ,その気になるんですが,波はあって,持続性の問題はありますよね.でも,やっぱり,それしかないですかね.

 一つは,その気になるまで(気長に)待つということでしょうか.もちろん,働かないと食べて行けないのなら,働くしかないですし,そうでなくても,仕事をやめずに続けて行くのなら,相応の役割分担はしなければなりません.

 でも,そこから先は,自分次第で,その気にならずに成果が出なくても,自分に返ってくるだけで,それを甘んじて受け入れればいいだけの話ですし,そう考えて,お気軽に過ごしていると,その気になって来たりするもので,何とも不思議なんですが,やはり,こういうメンタルのマネージメントが重要なんだと思います.

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 そんなこと言ったら,自分で考えられる人なんかそんなにいないんだから,ほとんどの人は,成功しないってことじゃない?と言う人もいると思います.そうですね.実際,成功する人より成功しない人の方が圧倒的に多いわけですからね.

 そもそも,何度も書いてますが,「成功」ってなんですか? 勉強していい大学行って大企業入って出世していい給料貰うこと? 有名になって芸能界で売れること? ビジネスで成功して巨万の富を得ること? そんなことより,平凡でもいいので,幸せな家庭を築くこと? やりたいことを思う存分やること?

 人それぞれでいいとは思うのですが,人それぞれってことは,その人にとっての成功とは何かを「自分で」考えないといけないということです.でも,多くの人は,社会的尺度とかの他者評価で考えていることが多いわけで,それで成功した(と本人は思って)いても,その実,非常に危ういということです.

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[ニュースになる]
(世の中)

 メディアの言うことは,嘘ばっかりってことなんですが,背景としては,取材や番組制作がいい加減とか,視聴率を獲るために情報が偏るということがあるんですが,じゃあ,(事実を伝えるはずの)ニュースは,どうなの?と言う人もいるかもしれません.

 今の日本は,基本的には,戦前のような報道規制はないということなんですが,忖度するのは自由ですし,何を報道するかしないかは,報道局が選べるわけで,実は,かなり危ういものです.そして,そういうことがないとしても,「ニュースになる」というフィルタがかかると思うんですよね.

 例えば,「ガソリン価格が上がっています」というニュースは,時々流れますが,「ガソリン価格が下がっています」というニュースは,ほとんど流れませんよね.株価が暴落するとニュースになるけど,暴騰してもニュースにはならない.何か災害が起こるとニュースになるけど,今日は,何事もなく平和な一日でした,では,ニュースにならないわけです.

 じゃあ,悪いことに偏るかと言うと,そうでもなくて,例えば,スポーツとかで日本人選手が活躍すれば,ニュースになりますが,活躍しませんでしたというニュースは,流れませんからね.

 ということで,ニュースという事実を伝えているはずのものでも,著しい偏りがあるわけで,結局は,受け手次第ということで,これも,自分でしっかり考えるべしということですかね.

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[年に1回の特異日?]
(スポーツ)

 ニュース繋がりというわけではありませんが,日本時間で今朝,スーパーボウルがあって,でも,放送は,今日の深夜なので,それまでニュースを見ないようにして,という年に1回の特異日?なんですが,毎年,失敗していて,今日も失敗しました(笑).でも,放送は,一応見るかな.

 結果は,残念ながら,49ersがチーフスに負けてしまったんですが(そういう意味では,「失敗」してよかったか),ここ数年の惨状を考えると,ほんと夢のような話で,スーパーボウルまで行っただけでもすごいことですし,来年がまた楽しみです.

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2/5'20
[「ちょっと」めんどくさいこと]

 「めんどくさい」ですが,マネージメントの対象だったりします.

 具体的な例で言うと,引っ越しってめんどくさいですよね.でも,いつでも引っ越せる状態になっているのならそんなにめんどくさくないでしょう.でも,いつでも引っ越せる状態にしておくのがめんどくさい(笑)わけです.

 でも,引っ越しのめんどくささに比べれば,いつでも引っ越せる状態にしておく方がめんどくさくはないし,普段生活していても快適なわけです.ということで,いつでも引っ越せる状態にしておこうと考えて,(引っ越しが)めんどくさくならないように「ちょっと」めんどくさい(いつでも引っ越せる状態にしておく)ことをやっておくということですかね.

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[面倒なこと]

 面倒なことってありますよね.こんなことやってどうすんだ?ってことは,まさにそうですし,私の仕事は,そういうことは,少ない方だとは思うのですが,仕事自体,そういうもので溢れているのが実情でしょう.つまり,非常に効率が悪い社会になってるわけです.

 背景としては,ある程度,人を信用して回っていたものの,少数とは言え,信用できないようなことをする奴が出てくるようになって,そういう余計な面倒なことが急増しているわけです.一つ一つは,大したことなくても,そういうものが積み重なるとすごい量になりますし,何より,そういうことをさせられるたびに,こんなことやってどうすんだ?となって,嫌になります.

 対策としては,もう割り切ってやるしかないか,そういうことが少しでも少ない職場に移るか,もう働かなくても何とか食べて行けるのなら,仕事をやめてしまうことでしょう.

 面倒なことというのは,上で書いたようなことに限らないわけで,平たく言えば,仕事に限らず,人と接する限りは,何らかの形で,そういうことが生じる可能性があります.もちろん,いいこともあるんですが,面倒なこともある.その綱引きってことなんでしょうが,後者が増えて来てる感じはしますね.

 つまり,心穏やかに気分よく生きて行くのであれば,無用な人との繋がりは,排除するということでしょう.つまり,無用でない人との繋がりは,何かと考えるということですね.働かないと食べて行けないのなら,どんなに面倒でも,それは,無用ではないでしょうし,心穏やかに気分よく生きて行くことにプラスとなる人との繋がりもそうなります.

 そのバランスということなんですが,一人,時々,みんなという量的なことではなく,質的なこともよく考えるということで,そのためには,自分がどうしたいのか,どうありたいのかをまずは,よく考えることでしょう.

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 背景としては,ある程度,人を信用して回っていたものの,少数とは言え,信用できないようなことをする奴が出てくるようになって,と書きましたが,実態は,違いますよね.

 これまでだって,悪いことする奴は,いっぱいいたわけです.でも,そんな奴を取り締まるより,本来的なところに労力をかけるというか,要は,経済成長していた頃は,それで回っていたったことですかね.でも,経済成長が頭打ちになって,そんなことも言ってられなくなったってことでしょう.

 ですから,効率の悪い社会には,なってきてしまったんですが,公平公正な社会には,なってきてるのかもしれませんね.

 でも,面倒なことは,面倒なので,できる限り,回避したいとは思います.

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2/6'20
(スポーツ)

 スーパーボウルの録画を(今頃ようやく)見ました.やっぱ,(〇グビーより全然)面白いです.こりゃー,毎週中継があったら毎週見ちゃうな(年に1回でよかった?).

 試合は,残念ながら49ersが負けてしまったんですが,ナイスゲームだったと思います.それにしても戦略性がすごい.球がどこにあるのか追いかけるのが大変なくらいで,でも,それ以外の各持ち場でレシーブとかブロックとかの壮絶な駆け引きが行われていて,まさに粋を極めた現代スポーツじゃないですかね.

 ゲストは,オードリーの二人が出てたんですが,しょぼかったですね.春日は何もしゃべらないし,若林は(いつものダイジェスト番組では,面白いこと言うんですが)今のプレーはすごいとか,素人同然のことしか言えなくて,東大ヘッドコーチの森さんと対照的というか,言うべきことを全部言われて,圧倒されてた感じでしたかね(昔トヨタカップの中継に出てきた〇石家さんまもそんな感じだった).所詮,素人ってことですかね.

 でも,試合ですが,あそこ(4QTの残り7分くらい)から逆転されたのは,やっぱり,ちょっとショックですね.49ersは,強固なディフェンスのチームということなんですが,20-10から7分くらいで21点とられたわけで,その後,攻撃権を得てもチーフスのディフェンスにあっさり止められたわけで,そう言えば,逆転のTDもそうですが,紙一重というところで終盤で逆転されるというか,こういう試合,レギュラーシーズンでも何回かあったような気がします.

 QBのガロポロを一試合通じて見たのは,初めてですが,思ったほどではなかったです.ペイトリオッツでは,ブレイディーの控えだったんですが,さすがにブレイディーと比べるとまだまだ全然.対照的にチーフスのマホームズは,すごかったですね.今年大ブレイクしたレイブンズのラマー・ジャクソンもそうですが,QBが走れると,オプションが一気に広がるわけで,今回の試合もそこでやられたというか,そこの差が大きかった感じはします.

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[他力本願]
(経済)

 新型コロナウィルスの影響で訪日客が激減し,観光業は大打撃との報道です.どこかで経済の多くを観光に依存するのは危ういと書きましたが,こういうことは,大いに起こり得ることです.所詮「来てもらう」という他力本願ですからね.

 今回のケースは,特殊事情と言えないこともないですが,景気が悪くなれば,こういうことは,起こるわけだし,経済成長したとか景気がいいとか言っても,そういうところが水膨れしただけなわけで,早く収まって欲しい(これまた他力本願)とかじゃなくて,今回のことを教訓に,自力でやって行けるようにしておかないと大変なことになりますよ.

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[研究のための研究]
(研究, 大学)

 修論,卒論シーズンってことで,一日中発表をきくことになるんですが,どの研究室もきっちりちゃんとした発表をしていて,大したもんだと思うんですが,うーん,きいてて面白いというか,そっかそういうこと思いつくかとか,それ斬新とか,そういうのは,なかなかないですね.

 じゃあ,お前のところは,どうなんや?ということなんでしょうが,はっきり言って,その一点でやってるようなもんです.だって,研究なんですから,そうでないとつまんないじゃないですか.

 でも,ここ数年,毎年書いてるような気がしますが,そういう研究がなかなか理解されないというか,他の研究室がやってることと違うので,浮くとは言いませんが,妙な雰囲気はあるんですよね.実際,プレゼンの問題もあるでしょうが,質問の多くが中身とか意義を理解してないとんちんかんなものなんですよ.

 どうして,そういうことになって来てるんでしょうか?

 一つには,やっぱり,つまんなくても,きっちり論文になる,査読が通る研究をしないといけないという悪しき業績主義はあるでしょうね.つまりは,「研究のための研究」にどんどん支配されて来てるわけです.まずいんじゃないですかねー.

 研究って何のためにするものですか? 修論や卒論を書いて(書かせて)卒業させるため? そんなのつまんなくないですか?

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[架空の話という以前の話]

 今日は,寒かったです.こういう日は,出かけるのも億劫というか,どんどんそんな感じになって来てて,このまま行くと,仕事とかがなくなれば,出かけなくなると思うんですよね.つまり,晴耕雨読とか言ったって,架空の話という以前の話なのかもしれません.

 見方を変えると,バドミントンとかゴルフとかスキーとかで出かけなくても,家でできることは,いくらでもあるわけですから,体の健全を何とか維持して,基本的に家で過ごすというのもありかもしれません.

 でも,それには,まだ「種目」が足りない気もしますし,それこそ体を動かせるようにそこそこ広い家が必要かもしれません.

 でも,出かけるための「ハードルを下げる」(例えば,新幹線で1時間でスキーに行けるところに住むとか)のではなく,頑張って越えないといけないハードルは,跳ばないという考えもありかなとも思いました.

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[いろんなことに縛られてる]

 広い意味で,いろんなことに縛られてると思うんですよね.生きて行かないといけない,それには,仕事をしないといけない,それには,朝ちゃんと起きて会社とか大学に行かないといけない,そして,ちゃんと仕事しないといけないし,いっしょに仕事する人とちゃんと付き合わないといけないし,頼まれたら断れないし,人間関係的にちゃんとしないといけない,仕事だけでなく,例えば,バドミントンをして行くのなら,一人ではできないので練習するところが必要で,そこでもいろいろちゃんとしないといけない.考えてみたら,大変ですよね.でも...

 もう仕事しなくても(支出を切り詰めれば)何とか食べて行けるのなら,バドミントンとか,誰かといっしょじゃないとできないことをしないことにしたら...そういう縛られてることから一気に解放されるわけですよね.すぐ上の記事とも関連しますが,それもありかもと考えてしまうのは,やっぱり,ちょっとやばい?

 もちろん,実際にそうすることはないと思いますが(多分),いざとなったら,そうすればいいじゃんと開き直るのは,大事な気がします.

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[手がかかるように]
(研究, 大学)

 この件ですが,いろいろ余計な手がかかるようになってきたということもあるかもしれません.ちゃんと大学に出てきて研究しなさいというところから指導しないといけなかったり(ていうか,しっかり仕事するなら大学に出て来なくてもOK),どうすればいいか伝えているのにそれができなかったり,言われたことはやるけど,自分で考えるということができなかったり,もちろん,そうでない学生の方が多いのですが,そういう学生がいると,そちらに圧倒的に手がかかるので,10人近くになると厳しくなってきます.

 逆に言えば,研究テーマを考えて,まずはこうやってみようか,どうだった? だめか,じゃあ,こうしてみるか,どうしたらいいか自分でも考えてごらん,とかいう感じで,研究が進められて,多少指導しながらも,結果をきっちり論文とかパワポにわかりやすくまとめてられるのなら,10人でも全然行けると思います.

 でも,現実には,(私でなくてもできるようなことに)どんどん手がかかるようになって行くんでしょうね.だとすれば,こういうことにもなってくるというのは,すぐ上の記事と通じるものは,ありますね.

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[CM出演]
(世の中)

 芸能人が法外な報酬を貰うのは,資本主義社会の中で評価されているというよりは,多くの人の目に晒されるというリスクを冒している危険手当のようなものだと何度か書きました.野球とかサッカーとかの法外な報酬を貰うプロスポーツ選手も似た側面があります.

 そして,その最たるものがCMでしょう.芸能人とかスポーツ選手になって有名になって,法外なCM出演料をもらうのが夢みたいなイメージがありますが,CM出演って何ですか? ある特定の企業のある特定の商品を,それがいい商品かどうか確認もせず盲目的に受け入れて宣伝に加担するわけですよね(中には,ほんとにやばいものも多い).

 つまりは,完全に魂を売ってるわけで,CMなので,晒される時間も半端ないですし,そこまでして金が欲しいのかって感じですよね.

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2/7'20
(日記)

 何か最近体重が増えてきたんですよね(と言っても2〜3kgくらい).考えられるのは,朝食のバージョンアップとか,これも食べといた方がいいかみたいな感じで食べる品目が増えていて,摂取カロリーも増えてるってことでしょうか.

 どうするかですが,全ての品目の量を少しずつ減らすのは難しいので(例えば,海苔一枚を4/5とかにするのはめんどい),よくやるのは,昼食時の白米とかを少し減らすことですかね.いつもこれで,あっという間に元に戻ります.

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 見方を変えると,体の健全を維持するために摂取する食材はいろいろあって,それらを全て食べるとあっと言う間に所定のカロリーに達してしまうということは,余計なもの食べてる場合じゃないってことですよね.

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[結局は外部要因?]

 架空の話という以前の話とか,いろんなことに縛られてるとか,手がかかるようにとか書いたんですが,結局は,自然の流れというか,外部要因なのかもしれませんね.

 実際,スキーとかゴルフとかに誘われれば,喜んで行くと思いますし,バドミントンなら,いっしょにシングルの練習しませんか?と誘われれば,ホイホイ乗っかるでしょうし,めんどくさいと思っても,面白いか,自分にしかできないか,やり甲斐がある仕事なら引き受けるでしょうし,どうしても私の研究室で研究したいという学生がいれば,万難を排して受け入れるでしょうからね.

 でも,じゃあ,そういうことを望んでいるかと言うと,そうとも言えないとまでは言えないのですが,そういう誘いというか,外部要因がなければ,それはそれでめんどくさくなくていいかとも思っちゃうんですよね.

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2/8'20
[週末のハンタマ(恐)]
(スキー)

 仕事もいろいろあるんですが,そんなことより,今年は,M2が4人いて,卒論,修論が佳境ということもあり,どうにも行く隙間がなかったんですが,修論提出,修論発表が終わり,卒論2人も何とか提出して,残すは,卒論発表のみとなって,パワポができるのに数日かかるということで,行くとしたら週末しかないということで,(結構疲れてる気がするけど)頑張って行きました.

 週末にハンタマに行ったことあるかなあ? イメージとしては,「激混み」です.東京にいた頃,原田君と一度行った(行こうとした)ことがあるんですが,恐れをなして,ハンターの入口を通りすぎて,エーデルワイス(だったかな? でも緩斜面ばかりでつまんなかった)に逃げたくらいですからね.

 何度か書いていますが,スキーやゴルフに行くなら平日に限ります.だって,混み具合が全然違いますし,ゴルフに至っては,料金が倍以上も違います.もちろん,その日,仕事が入ってなくて,天気がよくて,体が疲れてなくて,いっしょに行く人との都合が合うという条件が重なることは,そうそうないんですが,そこを何とか,ということでしょうか.

 で,休日のスキーですが,準指の研修会もそうですが,誰かといっしょに行くときはそうなることが多くて,確かに混んでるんですが,いくつかメリットもあることに気づきました.

 一つは,高速代が安いんですね.ハンタマは,休日は,駐車場代1000円とられるんですが,それでもお釣りが来ます.道もひょっとしたら平日の通勤ラッシュの時間よりは,空いてるかもしんない.あとは,相場が開いてないので,その日の10分の判断をしないでいいのと,休暇届を出さないでいいことですかね.

 で,実際は,どうだったかと言うと...

 道は,やっぱり,通勤ラッシュほどは,混んでなかったです.でも,思ったほど空いてる感じでもなかったです.ただ,帰りは,みんな同時に帰るので,スキー場周辺は混みますね.で,肝心のスキー場の混み具合は...

 駐車場は,下から順番に埋まっていくんですが,着いたのが少し遅かったこともありますが,今まで来たことがないような上の方までいっぱいでした.つまり,予想通り激混みなわけです(戦々恐々).でも...

 ゲレンデは,下の方は,芋洗い状態ですが,上の方は全然大したことないです.いつもは,一番上の左のコブ斜面があるところのペアで回してるんですが,そこは,リフト待ちほとんどなしです.ゴンドラは,かなり並んでいるんですが,シングルラインというのがあって,そこは,ほとんど人がいないので,これも実質,待ち時間無しです.

 ということで,休日スキーも全然ありかもしれませんね.

 あーでも,昼食時のレストランの激混み具合はすごかったです.いつも食べてるところは,ものすごい長蛇の列で,何分かかるかわからないくらい.でも,これも隣のレストランに行ったらそうでもなかったんですが,でも,それでも混んでたので,買っていって,車で食べるとかすればいいのかな(安上がりだし)とは思いました.

 そうそう,駐車場ですが,上の方だと降りてくるのが大変なんですが,ゲレンデへの抜け道を見つけたので,滑ってくればいい(帰りは,滑り込めばいい)と思います.

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2/9'20

 2日目です.初滑りなので仕方ないんですが,(力学的真上に)全然乗れてなくて,でも,動きを洗練することを意識して1日滑っていれば,だんだん乗れるようになってくるんですが,初日は,最後の方でようやく少しという感じでした.

 その日は,西那須野のビジネスホテルに泊まったんですが,ほんと必要最小限のものしかないというか,必要最小限のものは,ちゃんとあるので,これで充分ですね.初滑りということで,疲れも相当のもので,寝るだけですしね.

 翌日は,朝一から滑ってもよかったんですが,初滑りということで,疲労が大きいので,のんびり行きます.すると,目論見がはずれて下の駐車場(多分,上の前に下を埋める)になりました.上なら滑って行けるんですが,下だとテクテク登っていかないといけません.なんだよ〜

 それで,スキーセンターに行くと,リフト券売り場が長蛇の列です.引き換えやWEB購入は,そんなに並んでないので,事前購入が必要ということでしょうか.で,リフト券を買うときに,強風でゴンドラが動いてないとのことです.

 仕方ないので,途中まで行くクワッド乗り場に行くと,またまた長蛇の列.シングルラインもあるんですが,こっちもかなり並んでいて,さほど変わらない感じです.でも,10分くらいで乗れたかな.ここを降りて,いつも回してる左上のペアに行くと,今まで見たことがないくらい並んでいます.やっぱ,週末は厳しいか...でも,5分くらいで乗れましたかね.

 でも,並ぶのは嫌なので,しばらく右上のペアで回してました(ここは,リフト待ちなし).で,しばらくして,左上のペアに行くと,昼頃には,空いてました.ゴンドラも昼ぐらいから動き始めたかな.

 今日は,とにかく寒くて,風も強くて,ハンターではよくあるんですが,ガリガリのアイスバーン状態で,きつかったですね(エッジも研いでないし).昨日の疲れもあるし,腰がもうかなりやばい感じで(リフトに座ってて,降りるときにしんどくなるのは,奥利根でボートに乗ったときと同じ),とにかく,全然乗れません.技術的なこともあるんですが,どう動けばいいかわかっているのに体が動かなくて,スキーでは,あまり感じたことがなかったんが,バドミントンで感じている「動けない」感覚を感じてしまって,スキーももうそんなに長くはできないのかも,とか思ってしまいました.

 それでも,いろいろ試行錯誤をして,ターン最初から内足に乗ることを意識すると,乗れるというか,大分,安定して滑れるようには,なったと思います.単純に言えば,スキーは2本あるわけで,外スキーだけではなく,内スキーも使った方がより安定してスキーを制御できるわけですからね.

 そんな感じで,腰がやばいので,少し早めに上がろうかとも思ったのですが,内足を意識し始めてからは,割と安定して滑れたので,結局,ゴンドラが止まるまで滑ってました.腰は,何とかもったんですが,小腰痛まで行かなくても,大きくは動かせないので,今週は,バドミントンは,お休みですかね.

 そうそう,昼ご飯は,途中でコンビニで買って行ったのですが(添加物入りなので,普段は,全く使ってませんが,今日だけは,しょうがなかった.でも,スキー場の食堂もハンタマとかガーラみたいなところは,似たようなもんかも),上記のように駐車場に戻るのがめんどいので,レストランで食べたんですが,昨日ほどは,混んでなかったですし,今日は,2階のオムライスは,待ち時間なしで食べられますと呼び込みをしていたので,それをいただきました(笑).

 帰りは,もみじラインを出てからの下道(塩原)の渋滞が昨日よりひどかったです.でも,これは,特殊事情というか,昨日もそうだったんですが,福渡のところで曲がるところが通行止めで,そうすると,ルートが2通りになって,そこの信号で合流する,つまり,意味なく信号が足止めされるわけで,まさに渋滞が起こるべくして起こってるってことですかね(いつもは,30分のところが1時間).でも,渋滞中に,買っていった昼ご飯を(晩ご飯として)食べました.

 帰りの高速は,ほぼほぼ流れていて,渋滞があるのは,宇都宮より東京側なので,(北関東道に入るので)全然関係ないです.

 以上まとめるとどうですかね? やっぱ,行けるなら平日の方がいいかなあ.でも,平日2日連続で行けることは,なかなかないので,ここしか行けるときがないってときは,ってとこですかね.

 あと,全くの余談ですが,リフトに乗ってるときは,退屈なんですが,とある妄想(笑)をずっとしていて,それはそれで楽しめました.

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2/10'20
(日記, スキー)

 一日経って,何だか妙な感じです.スキーとは言え,週末,フルに活動してて,「休みがなかった」ってことですし,体もかなり動かしてるんですが,疲れは,そんなに感じないです(ただし,腰は大きくは動かせない).これで行けるのなら,休まずにずっと活動してたらいい?

 もちろん,そんなわけはないですし,どこかで帳尻は会うのですが,「疲れたら休む」ってことは,疲れを感じてなければ,休まなくていいってこと...にはなりません.でも,何ともないのに休むのは,逆に難しいですね.

 今回,最近,感じている出かけることのめんどうさを久しぶりにそれほど感じませんでした.それが何なのか,よくわかりませんが,ハードルが下がるとすると,悪いことではないですね.

 ようやく今頃,シーズンが始まったってことですし,修論,卒論も今週で終わりますし,ガーラの下山コースもようやく(今頃)開いたので,ぼちぼち行きますか.

 スキーに関しては,ここ数年,動きを洗練することを意識して滑ることに効力感を見出せるようになっていて,でも,今回は,うまく行かなかったのですが,最後にようやく光明が見えた?ので,これをテーマに今シーズンは,滑ってみますか.

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2/11'20
(日記)

 明らかにオーバーワークだったのですが,やはり,来ました.

 最近,よく眠れないというか,入眠はすぐできるのですが,3時間か4.5時間したところで,一度目が覚めて,そこでまたすぐ眠れることもあるのですが,1時間くらい眠れないこともあって,結局,もう一度寝て,という感じだったのですが,昨日→今日は,久しぶりに8時間くらい続けて寝れたのですが,目が覚めるとかなりの頭痛です.

 しばらく起き上がることができず,もう一度寝て,起きて,朝食を準備して食べ始めたのですが,吐き気がしてきて,途中までしか食べられず,吐くと苦しいので(そもそも摂取した栄養をしっかり吸収したいので),もう一度横になって,数時間して,朝食の残りを食べて,という感じです.頭痛は,まだ残ってますし,今日は,お休みですかね.

 疲れが出たんだから,休めばいいってことなんですが,しんどい思いをするのはしんどいので,そこまで疲れる前にセイブした方がいいんですかね? でも,疲れも何も感じてないのに休める?

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[そういうシステム]

 野球の野村監督,亡くなったんですね.彼のことは,このサイトで何度か書いたと思いますので,その辺のところは,繰り返しません.

 気になったのは,どういう亡くなり方をしたのかですが,お風呂でぐったりしているのをお手伝いさんが見つけて,救急車で搬送されて,死亡を確認ということですから,こういう言い方は不謹慎かもしれませんが,死ぬときは,それほど苦しまずにいい死に方をしたんじゃないですかね.

 でも,彼は,2,3年前に配偶者を亡くしていて,それ以降は,寂しい,つまらない,張り合いがないと言っていたようですから,辛い晩年を送ったのかもしれません.

 そういう意味では,私も他人事ではないってことなんですが,何度も書いているように,「一人でも大丈夫」とまでは言いませんが,誰かに大きく依存した人生はリスクが大きいと思うんですよね.

 ただ,一人で生活していると,孤独死することになるわけで,これも既に書きましたが,孤独死自体は,全然OKというか,望むところでもあるのですが,回りに迷惑はかけられないので,すぐに発見されるようにしておかないといけないわけで,それをどうするかですね.

 野村監督の場合は,「お手伝いさん」だったんですが,うーん,やっぱり,他人が家の中にいるのは,抵抗があるなあ.早くそういう「システム」ができるといいと思うのですが,例えば,電気ポットに電源が入ると,みたいのは,あるみたいですが,その日,調子悪くて起きたくないときもあるだろうし,スマホを見ると,とかいうのが現実的な気もしますが,スマホを見るたびに,誰かにその情報が行ってるというのも何だか嫌ですよね.

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[友人以上家族未満]

 野村監督のいろんな映像が流れてるんですが,サッチーに先立たれた後,誰もいない家に帰ることほど寂しいことはない,とにかくいてくれるだけでよかったと言ってました.(普通は)そうなんですかね? 私は(今は)何ともないです.

 でも,じゃあ,ずっと一人でいいかと言うと,そういうわけはなくて,大学に行けば,学生達がいるわけで,定年で大学をやめてしまった後もそうなのか(誰もいない家に帰っても何ともないのか)は,ちょっとわかりません.つまりは,「一人,時々,みんな」で,何らかの人との繋がりは,必要ってことなんですかね.

 このサイトは,読んでくれる人のことを考えながら書いているので,「勝手に人との繋がり」が感じられると書きましたが,さすがにそれだけでOKというわけには行きませんよね.

 いっしょに暮らすというところまでは行かなくても,一日一回は,顔を合わすというか,実際に毎日会うことはなくても,会おうと思えば会えるというか,家族までは行かなくても,時々しか会わない友人以上という「友人以上家族未満」というか,そういう人間関係がちょうどいいのかもしれませんね.

 そして,考えてみたら,研究室の学生達ってまさにそういう存在なのかもしれません.個人的には,自分の子供のように思っていますが,実際は,そうではないわけですし,研究室にいる間は,基本的には,会おうと思えばいつでも会えるわけですが,何年かしたらすぐ「親元」を離れてしまうわけですからね.でも,そういうことも定年で終わりなわけです.何とかした方がいいんですかね?

 「研究所」のことは,何度か書いていて,それは,研究を続けて行くことが目的だったんですが,だったら「研究グループ」でいいじゃんとも書いたんですが,研究所を作って,そこに「研究員」がいれば,そういう存在になるのかもしれませんね.

 でも,それには,研究員を雇わないといけないし,そうすると給料を払うために稼がないといけないわけで,それは,やりたいこととは違うかなあとも考えてしまいます.

 やっぱり,「一人でも大丈夫」が無敵なんですかね.でも,それは,簡単なことじゃないんですが,他者依存ではなく,自分が頑張れば何とかなるという意味では,そっちの方が早道だったりするんでしょうか.

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 これもまた外部要因ということなんでしょう.自分の都合で「友人以上家族未満」とか言っても,私自身が必要とされなければ話にならないわけで,これは,仕事,仕事以外に限らず,人間関係,恋愛関係,全てに言えることで,自分が必要とされるようなことがあれば,(心が動けば)できる限り応えたいと思いますし,望むところでもありますが,そういうことが起こらないことを想定して「一人でも大丈夫」なようにしっかり準備しておくということでしょう.

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2/12'20

 やっぱり,いろいろ考えちゃいますね.今は「一人時々みんな」で生活していて充分幸せで,人との繋がり的には,研究室の学生達を子供のようなものだと勝手に思っていても,彼らは,卒業していなくなるし,大学を定年になれば,研究室自体がなくなってしまうわけです.

 じゃあ,誰かといっしょに暮せばいいのかと言うと,そんな簡単な話ではなくて,どちらかが先に逝くわけで,それは,制御できないことだし,運良く?先に逝けたとしても,残された人を悲しい目に合わせてしまうのは,本望ではありません.つまり,そういうことで問題は解決しないんですよ(見方を変えると,先立たれて,辛い思いをしたら,相手にこういう思いをさせなくてよかったと考えるべきだし,自分が先に逝くときは,そういう思いをしないで済むけど,相手に申し訳ないと思うべき.つまり,どのみちオールOKとはならないということ).

 もちろん,誰かといっしょに暮せば(どちらかが逝くまでは),今より幸せになるのかもしれませんし,今が不幸なのなら,一か八かそういう選択をすることもあるかもしれません.でも,幸せになるのも怖いんですよね.だって,幸せになったら,それを失う可能性も出てきてしまうわけで,それは,考えられうる最大の不幸で,「幸せとは危うい」ものなんですよ.そして,歳を重ねると,幸せでないことより不幸に耐えられないようにどんどんなってきてる気がするんですね.だったら,今のままでも充分幸せだし,これでいいやと考えてしまいます.

 ただ,何かあるとしれば,それは,やはり,外部要因でしょうか.私としては,今のままでもいいけど,私に何らかの要請があって,それに私が応えることができるのなら,心が動くのかもしれません(動かないのかもしれません).

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 検索してリンクを貼ったので,危うい幸福を読んでみました.もう10年くらい前の記事です.(我ながら)すごいですね(笑).その通りじゃないですか.「状況」なんか関係ないってことです.

 ですから,やっぱり,敢えて「状況」を変える必要はないと思います.でも,自分一人で生きてるわけではないので,外部要因によって,何かが起こることはありえるわけで,そのときは,そのときというか,そういうことに対して,冷静かつ直感的に判断すればいいことですし,それで不幸になっても,それで幸せになって,それを失って最大の不幸になっても,自分で判断したことなので,甘んじて受け入れればいいってことでしょう.

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 あとは,誰かといっしょに暮らすかどうかはともかく,何らかの形で誰かに何かを大きく依存するのは,やはり,リスクが大きいと思います.

 もう大分時間が経ちますが,私は,ずっと一人暮らしをしているわけではなくて,家族といっしょに暮していたこともありました.そして,生活して行く上で必要なことの多くをいっしょに暮している人に依存していましたし,それだけではなく,いっしょに暮らしていると情が移るというか,精神的に多くの部分を何らかの形で依存することになっていたと思います.

 それは,幸せな状況だったのかもしれませんが,どこか不安というか,もし,いっしょに暮している人が突然いなくなってしまったら,とても耐えられないというか,立ち直れないほどダメージを受けてしまうかもしれないという恐怖があったんですね.

 今はいっしょに暮していませんから,ある日,(突然ではないけど)いなくなったわけで,しばらくは,寂しい思いもしたんですが,死んでいなくなったわけではなく,どこかで元気で暮してくれているので,今は全然大丈夫ですし,ある意味,うまくソフトランディングできたということかもしれません.

 ですから,今は今の状況でいいんですが,何かが起これば,状況が変わることもありうるわけで,それは,そのとき判断すればいいことでしょう.つまり,何もなければ,何も変わらないので,やはり,「一人でも大丈夫」なように,しっかり準備しておくことは必要ですね.

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[おかしなこと]
(世の中)

 新型肺炎報道でもちきりですが,何だかおかしなことが多いですね.

 そもそも,アメリカで1万人インフルエンザで死んでるわけで,新型肺炎は,「まだよくわからなくて」ワクチンも治療法もないし,致死率もインフルエンザよりは高いということなのでしょうが,インフルエンザは,治療法がある「のに」新型肺炎より死者が圧倒的に多いわけで,どっちがやばいかは...ってことですよね.

 潜伏期間が長いからクルーズ船に隔離するというのもよくわかりません.感染者がいる可能性が高いのなら,湖北省から来た人と同等なわけで,検査したらいいじゃないですか(検査するキャパがないわけではない).むしろ,感染を拡大させてるんじゃないですか? そもそも,既に2次感染,3次感染が始まっているのは,明らかで,火元にいくら水をかけてももうどうしようもありません(湖北省から来た人が対象というのも意味なし)し,潜伏期間が長いのなら,体温とか測っても意味がありません.

 そうすると,自分の身は自分で守るということになるんですが,どこかで書きましたが,空気感染については,マスクは,予防的にはあまり意味がなくて,それより有効なのは「嚥下」なんですが,そういうことを言ってるメディアは,見たことありません.

 あとは,いろんなところに触った手に付着したウィルスが,手で顔を触ることで感染ということで,手洗い,アルコール消毒をということなんですが,完全に洗い流すのは難しいし,しょっちゅうやるわけにも行かないし,ドアノブを触らないことは何とかできても,小銭やお札に触らないとご飯も食べられないし(ほんとキャッシュレスにしてちょ),そんなことより,手で顔を触らないことでしょう.顔と言っても,感染するのは,粘膜なので,唇,鼻の穴の中,目の中だけです.口の中にも粘膜はありますが,嚥下によって洗い流すことができます(あとは,「あそこ」(笑)も粘膜なので注意).

 ただ,寝るときは,無意識に顔の粘膜があるところを触ってしまうかもしれませんから,寝る前に手洗いはした方がいいかもしれません.

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[実質の定年]

 東大の同期とか,いろんな人と話をすると,いわゆる「定年後問題」の話にはならないってことなんですが,多くの人が考えているのは,定年後もどうやって仕事を続けるかってことで,「定年後問題」の本質とずれているというか,定年後問題そのものを考えないようにしているってことです.つまりは,定年を過ぎても仕事をして行くのが当たり前,死ぬまで働く,みたいな感じでしょうか.

 それはそれで別にいいんですが,定年があってもなくても,定年を過ぎて働き続けることができても,どこかで働けなくなるときは来ると思うんですよね.つまりは,そこが実質の「定年」なわけで,そこからどう過ごしていくかが「定年後問題」の本質なわけです.

 私個人的に言えば,研究は(仕事と思ってないので)ずっとやって行きたいですが,定年を過ぎても「仕事」をして行きたいとは思いません.そもそも,どうして多くの人は「仕事」をして行きたいのでしょうか?

 お金が必要? でも,(ほんとは)もう仕事しなくても,何とか食べて行けるのでは? 家でゴロゴロしてたら,社会から必要とされてないみたいで格好悪い? そんな見栄に拘る? やることなくて退屈? いい機会だから,ほんとにやりたいことやったらいいんじゃないですか.仕事がやりたいこと? ほんとですか? ほんとにやりたいことなら,その仕事,無給でもやりますか?

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[後は野となれ?]

 そういうシステムですが,何年か前に調べたことがあるんですが,久しぶりにまた調べてみたんですが,とんちんかんというか,例えば,一定時間スマホの操作がないと,というのもあったんですが,いわゆる見守りシステムもそうですが,子供とかの誰かに連絡が行くというもので,いやいや,その誰かをどうすんの?ってことなわけです.

 つまりは,子供とかの誰かではなく,何がしかのお金を払って契約した業者に直接連絡が行って,駆け付けてくれて,救急車とか呼んで病院に行って死亡を確認ってことなんですが,考えてみたら,その後の手続きとかは,血縁がないとできないことになってるんでしょうね.

 今は連絡する「誰か」はいますが,30年後は,どうなってるかわからないし,そういう人っていっぱいいると思うんですよね.私個人的には,孤独死自体は,全然OKなんですが,回りに迷惑をかけないためにそういうシステムがあればってことなんですが,ないのなら,ケツまくって,後は野となれ...ってことになっちゃう?

 要は,子供がいるってことが前提になってるわけで,でも,子供がいない人なんかいっぱいいるだろうし,一体,世の中どうなってんですかね?

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[何だか寂しく]

 さすがに何だか寂しくなってきました.どこかで何かを間違えたんですかね.ここでえらそーなこと書いてても,自分が一番できてないってことなんでしょうか.つまりは,自分で考えて行動するより,何も考えずに多くの人がするようにしておけばいいってこと?

 でも,これも自分で判断して選んだ道なので,結果はどうであれ,甘んじて受け入れるしかないということですし,「何だか寂しい」という感情が起こるのも,そうプログラムされてるってことなわけで,しばらくしたら,元に戻るんだと思います(多分).

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 単純に言えば,やはり,「実質」定年以降の過ごし方は,あまりに特殊で難しいんだと思います.それは,パートナーがいるとか,子供がいるとか,孫がいるとか,そんなことでクリアできるものでもないわけで,やはり,周到な準備が必要ってことでしょうか.

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(寂しい思いをするということは)

 もう完全に忘れ去られた感もあるのですが,昔はどうだったかと言うと,大家族というか,おじいちゃん,おばあちゃん,息子夫婦と孫がいっしょに住んでたわけで,年寄りにすれば,何の心配も要らないパラダイス?だったのかもしれません.

 でも,これは「お嫁さん」,即ち,女性の犠牲の上に成り立ってたわけで,誰かが犠牲になることで得られる幸せだったら,私はそんなものは要りません.

 これを敷衍して考えれば,上の方の記事で書きましたが,バートナーに先立たれて,辛い思いをしたら,相手にそういう思いをさせなくてよかったと思えばいいし,それ以外の場合でも,自分が寂しい思いをするということは,誰かが不幸にならずに済むという側面があるわけで,それはそれで幸せとまでは行かなくても,納得して何とか生きて行けばいいんだと思います.

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2/13'20

 昨日は,何だか寂しくなったんですが,自分が寂しい思いをすれば,その分,誰かが寂しい思いをしないで済むと考えると,ものすごく気が楽になって,「準備」というか,生き方的に,何かに近づけた気がします.

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 あとは,「一人,時々,みんな」ではないですが,一人は一人,みんなはみんなのいいところがあるというか,一長一短なわけで,一人だと寂しいというのは,一人の短所しか見ていなくて,めんどくさくなくて気楽という長所を忘れないようにすることも大事ですね.

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2/14'20
[これで一安心?]

 この件ですが,昨日,東大バドミントン部の後輩のS村が国際会議でつくばに来てるってことで,晩ご飯を食べたときに,彼女が親御さんの介護の関係で,そういうことに詳しくて,いろいろ教えてくれました.結論から言うと,そんなに心配することはないみたいです.

 具体的には,いざとなったら,いわゆる「施設」でなくても,限りなく普通のマンションに近い高齢者向けの住宅もあるし,「連絡先」についても,何がしかのお金を払って信頼できる弁護士に後見人になってもらうとか,方法はいくらでもあるとのことです.つまりは,ある程度のお金は必要ということですかね.

 でも,よかった,これで一安心という感じがしないのは,何なんですかね?

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[もやもや感]
(研究)

 卒論発表が終わり,修論提出,発表,卒論提出,発表という一連のものが終わりました.みんなよく頑張ったと思いますし,面白い成果がかなり出ているので,これから査読論文を出すとか,そういう活動は続くと思います.

 でも,何というか,何とも言えないもやもや感があるのは,何なんですかね.こういうこともあるとは,思うのですが,それだけでもない気がしてきました.

 学生達を指導し成長させながら研究して行くのは,ほんとに楽しいのですが,いいことばかりというわけではないし,大学をやめれば,そういうことはできなくなるわけだし,そういうことが曲がり角に差し掛かってきた感じはするんですよね.

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[研究でも何でもない]
(研究)

 昨日,S村と話したことで,うちの大学が〇長のせいで,AI,ロボット,ビッグデータ大学化してると言ったら,彼女の(農業関係の)研究所もそうなんだそうです.まさに,農業をIT使って,AIとかロボットでってのが世の中の流れですからね.

 で,研究所がどんな感じになってるかと言うと,昔は,夜遅くまで電気が付いてて,みんな一生懸命研究してたけど,今は,「真っ暗」なんだそうです.そう言えば,うちの大学もそんな感じです.理由は明らかですよね.

 やりたくてやる研究なら,みんな楽しく一生懸命やるけど,これやれって言われたら,そんなのもう研究でも何でもありません.

 まずいんじゃないですかねー.

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[一長一短]

 全てのことに一長一短はあると思うんですよね.最近だとここで書いたことがそうだし,すぐ上の記事だと,学生達を指導し成長させながら研究して行くのは楽しい一方で,いろいろ大変でめんどくさいこともあるわけです.

 一般論的に言っても,お金があるかないか,有名になるかならないか,偉くなるかならないか,評価されるかされないか,一人かみんなか,忙しいか暇か,うまく行くか行かないか,幸せか幸せじゃないか,どれをとっても,まさに「一長一短」です.そして,究極的には,生きるか死ぬかですらそうなわけですからね.

 じゃあ,どうしたらいいかですが,まさに自然の流れに従うというか,自分がこうしたいということで,(金持ちになりたいとか成功したいとか幸せになりたいとか)どちら一方に偏るのではなく,禍福は..じゃないですが,どっちに転んでもOKというか,そういう感じで力を抜いて生きて行けたらと思うんですよね.

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 具体的には,どんな感じですかね.これからはともかく,これまでというか,現状どんな感じでやってるかと言うと...

 お金に関しては,何度も書いているように,必要以上のお金は要らないので,稼ぐというかお金を得るために何かをするという感覚はありません.研究はしたいからしてるわけですし,大学の研究以外の仕事は,大学で研究するため,学生達によりよい教育効果が得られるように,そして,大学という組織の中で,役割を果たすということです.

 有名になるとか,偉くなるとか,評価されるということも,そういうことを目的とすることもありません.一人かみんなかは,まさに「一人,時々,みんな」ということですが,ひと頃は,「みんな」のことが多かったし,でも,最近は,一人(がいい)に傾きつつあるので,注意が必要かもしれません.でも,これは,自然の流れ的に言えば,自分でどうこうということではなく,誰かから要請があれば「みんな」になる,ということですし,要請がなければ,(めんどくさくない)一人でいいということでしょうか.

 忙しいか暇かについては,ずっと忙しかったと思います.でも,これも急速に「暇(なのがいい)」に傾いてきました.でも,暇なのがいいと思っていても,現状は,相変わらず忙しいわけで,ちょっとストレスですかね.

 うまく行くか行かないかは,うまく行くようにと思ってやってるわけですが,何でもかんでもうまく行くわけはないし,そんなんじゃつまんないわけで,これもうまくバランスしてるんじゃないですかね.幸せか幸せじゃないかについては,幸せだと感じることが多いのですが,別に幸せになろうと思って何かをしてるわけじゃないし,そもそも,幸せは「状況」に依存しないので,そもそも幸不幸がどうこう言っても意味がありません.

 こうしてみると,割とバランスよくというか,どちらに偏ることもなくというか,そもそも,どっちがいいとかそういうことがないというか,そういう生き方をしてきたというか,できるようになってきたというか,して行きたいということでしょうか.

 最後の生きる死ぬについても,与えられた命をありがたく全うして,お腹一杯になって,もうこれで充分と思って,死ねたらいいですね.

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2/15'20
[大きな曲がり角]
(世の中, 経済)

 新型コロナですが,日本でも死者が出て,感染ルートを調べると,2次3次感染が始まって新たな局面との報道ですが,そんなのとっくの昔にわかってたことです.

 でも,今回起こったことは,大きなことを示唆していて,こういうこともありますが,もっと広く言えば,今や世界の工場となり,GDPでも世界2位となった中国ですが,まだ「先進国」ではないわけで,こういう危うさがあることを認識すべきということでしょう.

 そういう意味では,中国叩きに失敗したアメリカがここを絶好のチャンスととらえていることは,大いに考えられます.もっと言えば,もちろん,全く証拠はないですが,覇権争いは,何でもありの「戦争」なわけですから,アメリカが仕掛けたことも考えられるわけです.

 いずれにしても,単なる「突発事項」ではなく,大きな曲がり角になる可能性はあって,これをきっかけに(再三書いている)経済恐慌へ向かうのか,逆に,こういうことに多くの人が気がついて,バブル経済を落ち着かせて,経済恐慌の回避は無理としても,先延ばしにすることになるか,どっちに転ぶかですね.

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[乗り切れる?]
(大学)

 修論提出,発表,卒論提出,発表と終わって,昨日は,研究室で打ち上げだったのですが,今年は,M2が4人いて,ごっそり抜けるということもあって,さすがに寂しくなってきました.でも,これもこう考えることで,乗り切れますかね?

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[素直?]

 こういう話を本音でする人はそんなにいないし,そういう話をしてくれたというか,そういう話ができた人の話を総合すると,歳をとって,体が動かなくなったら,介護を受けたり,施設に入ったりすればいいじゃんと「素直」に考えてる人が多い感じがします.

 そうですね.「全てを受け入れる」的にもそう考えればいいのかもしれませんし,それはそれで気が楽な感じもします.私はどうなのかなあ?

 バドミントンやスキーやゴルフはしたいけど,体が動かなくなったらできなくなります.でも,そうなったら生きて行けないってことはないと思います.ピアノは,どうなのかなあ.

 でも,そうすると,体が動かなくなってもできる「退屈しのぎ」が必要になります.つまりは,「新種目」の開拓でしょうか.「手仕事系」がいいとは,どこかで書いたと思います.生活の質の向上というか,しっかり自活して,生活に必要なことを自分でやって行くという「新種目」を開拓したんですが,施設に入ると,全部丸投げになっちゃいますしね.

 既にもってるものだと,やはり,このサイトの存在は大きいですね.体は動かなくても脳が動けば,研究はして行けるかな.でも,最先端のレベルでやろうとすると,やはり,大変でしょうね.運保も判断を間違えると大変なことになりますしね.

 テレビやインターネットを見たり,本を読んだり,音楽を聴いたり,動画を見たりというのは,ある程度は,時間は潰れると思うのですが,そういうことだけで楽しく気分よく生きて行くのは,難しいと思うんですよね.

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[めんどくさい]

 いろいろめんどくさくて,歳をとると?益々そうなってハードルが上がって来てるってことですが,理にかなってるような気もするんですよね.

 めんどくさいってことは,やるなというサインともとれるわけですし,めんどくさいと思うことをやるというか,着手することで,それこそ,もっとめんどくさいことに巻き込まれることもあるわけで,もちろん,めんどくさくてもやらないといけないことはやらないといけないんですが,この歳になると,もうやらないといけないことなんかないような気もするんですよね.

 そんなこと言ってたら,何もやらなくなるんじゃない?ということなんでしょうが,めんどくさくないというか,めんどくさくてもやりたい方が勝っちゃうことはやるわけで,そういうことをやって行くというか,そういうことに集中して行くというか,探して行くというか,そういうことでいいんじゃないですかね.

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(日記, ピアノ)

 気づいたら,もう一週間くらいピアノを弾いてません.理由としては,スキーに行って,その後,連日飲み(でも,私は飲んでないけど)ってことがあるんですが,これもまあそれならそれでしょうがないというか,どうしても弾きたくなったら弾くだろうし,そういう状況で,無理して弾くこともないんだと思います.

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2/16'20
[寂しくてつまんなそうに見えても]

 やっぱりなんか妙な感じですね.

 全ては一長一短というか,どっちに転んでもってことはあるし,寂しいけどめんどくさくなくて気楽というのもそうですが,そうすると,ニュートラルというか,感情がなくなるような感じもするし,その一方で,平穏な感じもするんですね.

 心穏やかに生きて行くには,何も起こらない方がと思う反面,それだとつまんない感じもするし,でも,自分から何か事を起こすことはもうないと思うんですよね.

 でも,外から見ると,寂しくてつまんなそうに見えても,本人からすると全然違うというか,内的には充実しているというか,そういう風にやって行けばいいってことですかね.

 というか,何かが起こるか起こらないかは外的なことで,コントロールできないし,起こったときにどうすればいいか考えればいいので,何も起こらないことを想定して,「一人でも大丈夫」になっておくということですかね.

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2/19'20
(日記)

 研究室スキーに行ってたんですが,今年は,越後湯沢ではなく,(OBのS満先生も参加できるように?)ハンターでした.ハンターは,先週も行ったんですが,一層ハンターの本領発揮というか,ガリガリのアイスバーンで,でも,考えてみたら,これまでそこまで気になることはなかったので,今年は特に硬いような気がします.

 でも,平日2日空けると,いろいろ大変というか,その間に届いているメールの量も半端ないですし,もちろん,緊急のメールがないかチェックはしてるんですが(でも,緊急のメールが来てもどうしようもないけど,すぐに返事しないといけないものは,返事はできる),それでも帰ってきてメールチェックだけで,かなりの時間がかかってしまいます.

 逆に言えば,普段,それだけ時間と労力をとられてるってことで,なんだかなあとは思いますね.

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[当たり前]

 妙な感じってことなんですが,当たり前ですよね.

 何度も書いてるように人生50年なわけで,つまりは,成長して生殖能力をもって子供を作って,子供を育てて,それでだいたい50年で,50を過ぎれば,生物学的には,もう生きている意味はないわけで,そう脳も体もプログラムされてるわけですからね.そして,それは,実際に子供を作って育てたかどうかも関係なくて,子供を作っておいてよかった(子供を作っておけばよかった)というのも関係がありません.

 更には,社会的にも,もうすぐ(定年で)お前はもう要らないと言われるわけで,ほんともう「生きてる意味がない」わけです.

 でも,実際は,まだまだ人生は続くわけで(多分),そこをどう過ごすかが重要というか,非常に難しいわけで,生物学的に本能的に,あるいは,社会的に生きるのではなく,もてる知能をどれだけ発揮できるかで,激烈な差になって現れることは明らかでしょう.

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 人生50年なんて昔の話,今は,70過ぎても元気で,だったら,定年過ぎても(死ぬまで)働けばいいじゃんと言う人も(優秀な人の中に)多いと思います.

 わかるんですが,人生50年というのは,そういう意味じゃなくて,そうプログラムに書いてあるということで,定年過ぎても(死ぬまで)働くというのは,プログラムに逆らうことになるので,あんまりいいことはない(病気になったりして体を壊す)と思うし,もっと言えば,直感的に「違う」感じがするんですよね.

 でも,やりたいことはやりたいわけで,つまり,何度も書いてるように,単純にやりたいことをやったらいいんじゃないか,ということです.ですから,働くのがやりたいことと言うのなら,それでもいいと思いますが,ほんとにやりたいのなら無給でもやるはずなので,そこに注意ということです.

 私個人的には,定年過ぎたらどころか,もう既に働きたくありませんし(笑),研究以外の大学の仕事は,無給ならやりません.でも,研究は,純粋にやりたいことなので,無給でもやりますし,定年過ぎても続けて行きたいです.

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 見方を変えると,私の場合,基本的に研究というやりたいことを仕事にしたんですが,実際のところは,研究以外の仕事もあって,そこは,しっかり働いて生活費を稼いで,研究する環境を確保して,ということでやってきたんだと思います.

 それがある日突然というか,50を過ぎて人生が実質終わって,支出を制御すればもう働かなくても何とか食べて行ける状態になって,働かないという選択肢も出てきたってことなんですが,大学をやめると研究というやりたいことができなくなるので,働き続けているということでしょうか.

 ですから,私の場合,研究というやりたいことができないのなら,大学で働く意味はないわけで,定年で大学をやめた後は,尚更で,逆に言えば,(余計な仕事をしなくてよくて)研究できるところなら,無給でも薄給でもホイホイ行きます(笑)ということです.

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 うーん,でも実際のところはどうなんでしょうね? 実際,50を過ぎて,突然「人生が終わった」わけで,40の頃,そんなこと,夢にも思わなかったわけで,10年後は,どうなってるか,どんな心境になってるかわかったもんじゃありません.

 逆に言うと,どうなるかわからないから,どうなってもいいように「準備」は必要ということなんですが,10年後どうしようとか考えるのは,あんまり意味はないし,10年後は,研究なんかもうしたくないと思ってるかもしれないわけです.

 ですから,今はとにかく「今」やりたいことをやる,少なくともあと10年近くは,研究できるわけで,そこを目一杯やるというか,できるだけのことをして,10年経ったら,そこでまた考えるけど,その時点でどうなっても(社会から必要とされなくなっても,一人になっても,研究する気がなくなっても)大丈夫なようにしっかり「準備」しておくということでしょうか.

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[命を削る]

 そういうことなんでしょうね.死ぬまで働きたければそうすればいいし,それで体を壊して命を落とすことになっても本望ってことでしょう.生きるって,結局,命を削ることですからね.

 かく言う私も「その気」になってしまったら,衝動を抑えることなんかできなかったし,それは,これからもそうなんだと思います.

 逆に言えば,その気にならないことやってストレス溜めて必要以上の金稼いで体を壊すのはばかげたことで,「準備」というは,「その気」になったことをやるための準備なわけです.

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[10倍]
(経済, 世の中)

 工業製品もそうですが,中国での食料品などの加工や生産が止まって,このまま行くともうすぐ在庫がなくなる,もし,同じものを国内で調達しようとすると,人件費を考えると10倍の値段になると言ってる人がいました.どう思いますか?

 今の日本って,まさにそういう非常に危うい状況の上に成り立っているということですよ.中国もそうですが,新興国が経済成長して,日本と経済格差がなくなったらどうなりますか? まさに食品などの物価が10倍になるということです.

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[その気]

 でも,そんなこと言っても,何にその気になるのかなんてわからないですよね.今は,研究にその気になっていても,ある日突然その気を失ってしまうかもしれないし,何か他の全然違うものにその気になってしまうかもしれないし,全てを失うような恋に落ちてしまうかもしれないし,何もかも嫌になって,何もその気にならないかもしれないし,ほんと何が起こるかわからないというか,怖いというか,どうしようもないところもあるわけで,でも「今」何かその気になるものがあれば,とにかくそれにしがみつくしかないということでしょう.

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 でも,その気にならなくてもやらないといけないのが仕事だし,しっかり役割を果たすということで「その気になる」こともあるのかもしれません.

 うーん,でも,これって「普通」ですよね.そして,普通では,大したことにならないとも思うわけです.でも,とにかく何でもいいので何か「その気になる」ことさえあればということですかね.

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2/20'20
[切迫感]
(研究)

 その気になるということとは少し違う気がするのですが,ここのところ,研究したいというより,論文書いておかないと,という切迫感みたいなのがあるんですね.それで,ぱっと思い出したのは,昇進したとき,正確には,昇進する前の年のことです.

 昇進するときは,いろいろ手続きがあるので,その前に「そういうことになったので」という話があるんですが,その時思ったのは,昇進することになって嬉しいというより,昇進したら研究以外の仕事が増えて,研究できなくなるから,今のうちに論文書いておかないと,ということでした.そして,実際,その年は,査読論文を10編近く書いたと思うんですよね.

 今は何となくそういう心境に近くて,具体的なことは書けないのですが,そういうことになるとそういうこともあるかもしれないというか,実際,定年というリミットは,刻一刻と迫ってるわけですし,いつまでも今の環境で研究できると思うなということでしょうか.

 でも,昇進する前と違うのは,今は既にいろんな研究以外の仕事で溢れてるわけで,実際,この状況で,どのくらいできるかは,わからないのですが,やはり,学生次第ですかね.特に今のM2が出した成果は大きくて,これを彼らがいるうちにどのくらいのところまでもって行けるかでしょうか.

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[振れ幅]

 その気というか,切迫感というか,要は,その気になったり,やらないといけないと思ったりすることもある一方で,その気がなくなったり,めんどくさくなったり,もういいやと思うようなこともあったりで,なかなか厄介な話です.

 でも,自分で勝手にやってるだけなら,全てを放り出してもいいのでしょうが,現実には,そういうわけには行かないわけで,やっぱり,いろんな外部要因によって,引き留められているってことなんですかね.

 とか言っても,自分が勝手にそう思ってるだけで,いざとなったら,ある日突然というわけには行かないでしょうが,学生とか大学の同僚とか,いろんな人に迷惑をかけることなく全てを手仕舞うこともできるとは思うんですよね.

 とか,書くと,ものすごい振れ幅があるような感じですが,自分の中では,そんなに大きな振れ幅でもないんですよね(この感覚,伝わるだろうか).

 つまり,ほんのちょっとしたことで,結果は大きく変わるということで,ものすごく繊細なマネージメントが必要ってことになりそうなんですが,おそらく,それはそうでもないというか,多分,結構「無難」なところに落ち着くというか,そうなってしまうとも思っていて,でも,それがちょっと面白くないというか,この一種の自己矛盾状態は何なんですかね?

 とか書くと,こいつ大丈夫かよ?と思うとしたら,その人は,そういうことがわかってないと思うんですよね.そういうものを抱えて,そういう状態で,いろいろマネージメントして生きているのが現実で,そういうことがわかってない方が危ないと思いますからね.

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(日記)

 どうも何か変な感じです.疲れてるんですかね.活動度を見るとかなり高くなってますしね.あと一日頑張って,ちょっと休んだ方がいいかもしれません.

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[両立しない]

 先日,あることをして思ったんですが,内的熟達と人との繋がりって両立しないような気がします(ましてや報酬は尚更).そっか,だから「一人,時々,みんな」なんですね(繋がった).

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2/21'20
[評価されると]

 私の場合,評価されることを第一義には考えていないのですが,もちろん,評価していただければ,悪い気はしません.でも,何かいろいろ考えちゃうんですよね.

 何度も書いているように,評価という「システム」はかなり危ういもので,評価して喜ばせておいてこき使うという側面は否めません.実際,昇進して,仕事が増えたわけで,しかも,やりたい仕事ではなく,責任が重くやり甲斐も(あまり)ない仕事です.

 大事なのは,やはり,自分にとって何が大事かしっかり考えておくことでしょう.

 私にとって,一番大事なのは,何度も書いてますが,やりたいことができるということです.それは,好き勝手やりたいということではなく,何をやるべきかを自分で考えて自分で決められるということです.今の大学の悪しき過剰サービス合戦を見ていると,とてもそれが学生や社会にとって,やるべきこととは思えません.

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 でも,そうは言っても,あまり極端なことはできませんよね.例えば,昇進話を断れば,何だこいつということになるでしょうし,昇進しなければ,研究できるかと言うとそんな単純な話もでもありません(上から仕事が降ってくることもある).

 ですから,いろんなことを考えて総合的に判断するんですが,それは,メリットとデメリットを書き出して,左脳的に分析するというよりは,右脳的に直感で,ということなんだと思います.

 そして,判断したら,もう前に進むしかありません.

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(日記)

 何かどこか寂しいですね.たとえて言えば,何かが終わる感じでしょうか.

 でも,何かが終わるということは,何かが始まるということでしょうか.

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[無意識にできなくなる]

 歳をとると(ということは,書きたくないのですが,まずは事実を受け止めてそこからどうするか的には必要なことなので書くと),体力がどうとか,認知機能がどうとか言うより,無意識にできていたことができなくなる感覚があります.

 一番わかりやすいというか,顕著なのは,バドミントンですね.相手が打つ瞬間に,骨盤を立てておかないと全く動けないのですが,若い頃は,そんなこと意識したことなんかなかったし,それは,フィジカルで何とかなってたというより,意識しないでもある程度できてたのかもしれません.スキーは,そういうことは感じてなかったのですが,今シーズンになって,途端に感じるようになりました.

 何かをしながら何かをすることが難しくなってるのもそれで説明できます.何かと何かのどちらかは,ほぼ無意識にやってるのでしょうからね.

 車の運転も認知機能の低下というよりは,アクセルとブレーキを「感覚的に無意識に」操作できなくなるということなんじゃないですかね.

 じゃあ,どうしたらいいかですが,わかりません.でも,言えるのは,できないからやらないでは,どんどん衰えて行くということでしょう.

 つまり,一生懸命脳を使って,無意識でできてたことを意識してでもやるということですかね.

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2/22'20
[無になっていく]

 やっぱり,何かみょーな感じですね.何かが起こって欲しいと思う一方で,もう何も起こらないでいいとも思ってる.寂しいような感じもするけど,ほっとするところもある.好きな人がいたとしても,その人のことを考えると,何もないことがいいとも思う.一人でも大丈夫なようにと思って,準備していると,いろんなところから声がかかって引き戻される.

 要は,全てのことには,二面性があるというか,一長一短ってことなのですが,だとすれば,何がどうなるようにということは,行動規範にならないわけで,そうすると,日々起こることに対応して淡々と自然の流れに従って,ということになるんですが,そうすると,自分がなくなっていくというか,無になっていくような感覚があるんですね.

 それはそれで,無我の境地?というか,それでいいような気もするけど,どこかつまらない気もして,これもまさに一長一短ってこと,つまりは,これもどうだからどうこうすることはないってことなんですかね(うーん,でもそれでいいのかなあ).

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[やる気三要素のトレードオフ]

 再三,このサイトに出てくるやる気三要素ですが,どれも大事だし,どれも必要なんじゃない?と言う人が多い気がします.でも,それが落とし穴だと思うんですよね.なぜなら,やる気三要素には,明らかにトレードオフがあるからです.

 具体的には,報酬(給料)は,辛くてしんどいことさせてごめんね料という側面があるわけですし,評価というのは,評価してこき使うという側面があるわけで,実際,出世することで,責任が重くて辛い仕事になって来ます.

 じゃあ,どうしたらいいかですが,何が自分にとって重要かをよく考えることでしょう.仕事は辛くてもいっぱい稼ぎたいのか,偉くなっていい気分になりたいのか,やりたいことをやりたいのか,ということです.

 どれも欲しいとは行きません.でも,やってて辛いより,楽しい方がよくないですか? そして,楽しければやるでしょうから,(あくまで結果的に)評価されたり,給料が上がったりするものだと思います.

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 トレードオフはあるけど,「併用」はできるということはあるかもしれません.具体的には,仕事とかしてて,やってて楽しければいいけど,そうでなくても,これで給料貰えるとか,誰かといっしょにやったり,評価してもらえるとか思えば,頑張れるということでしょうか.

 確かにそれはあるとは思いますが,問題は,例えば,仕事を選ぶときですね.給料が高いということで選ぶのか,会社の雰囲気がいいということで選ぶのか,仕事の内容で選ぶのかといったことでしょうか.

 もちろん,三要素のどれか一つだけに偏ることはないと思いますが,その比重というか割合は,大きく変わってきますし,そこが「自分にとって大事なこと」とずれてると苦しいと思うんですよね.そして,実際のところ,お金はそんなに要らないし,「評価するシステムの危うさ」を考えると,何を大事にするのがいいかは,明らかだと思うんですけどね.

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[無意識にやってしまう]

 無意識にできなくなるってことなんですが,逆に,無意識にやってるようなところもあります.バドミントンとかスキーについて言えば,骨盤と立てないといけないのに,無意識に骨盤が寝てしまうということでしょうか.

 何か作業をしていても,(考え事をしていることが多いということもあって)無意識にやっていて,あれ?これやったっけ?というようなことがあります.年寄りが薬を飲んだかどうか忘れるのも,記憶力云々というよりそういうこともあるんじゃないですかね.

 要は,意識と無意識がはっきりしないというか,ぼーっとしてるというか,そんな感じなんですよね.

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[変なことに]
(世の中)

 新型コロナですが,益々もって変なことになってきました.既に書きましたが,インフルエンザと比べると,致死率は高いですが,死亡者数は,圧倒的にインフルエンザの方が多いわけで,治療薬があるかどうかということはありますが,インフルエンザの死亡者数は,治療薬があっての数字ですから,論理的に考えれば,新型コロナよりインフルエンザで命を落とす確率の方が高いということになります.

 でも,インフルエンザはそんなに怖くないけど,新型コロナは怖い.どういうこと?

 一つは,メディアが(視聴率を獲るために)過剰に取り上げているということはあるでしょう.あとは,やっぱり「得体がしれない」という先入観ですかね.

 すぐに思いつくのは,東日本大震災の時の放射線騒ぎです.量的には,岩盤浴とか飛行機に乗った時より少ないくらいなのに,原発から「漏れた」ということで,非科学的に怖がるわけです.実際,あの後,放射線の影響で(小児の甲状腺癌以外で)癌になったとかきいたことありますか?

 でも,一方で,怖いというのは,心理的なものなので,それを取り除くのは,容易なことではありません.科学的にどうこう言ってもだめですし,どうしようもないところはありますね.

 なお,「論理的に考えれば,新型コロナよりインフルエンザで命を落とす確率の方が高い」と書きましたが,これは,新型コロナは怖くないというよりは,インフルエンザも怖いと考えるべきでしょう.だって,治療薬があるのに新型コロナより遥かに多い死亡者が出ているわけですからね.

 そういう意味では,今回のことを機に,多くの人が正しくしっかり予防する習慣が付くのは悪いことではないでしょう.でも,現状を見ると,「正しく」のところは,かなり疑問で,マスクもうがいも,予防にはそんなに効果がないですし(嚥下の方が効果がある.つまり,食事前の手洗いはあんまり関係ない),手洗いも喉元過ぎれば,みんなやらなくなるでしょうから,現実にできる方法,例えば,手の平や指先は「汚染されている」ことを前提に行動する,具体的には,目,鼻の中,唇,あそこ(笑)などの粘膜を触らない癖をつけるとかの方が持続性があると思います.

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 これも「よく考える」ことの重要性だと思います.

 メディアでマスクとうがいと手洗いを,と言っていたら,それを妄信するのではなく,よく考えてみるということです.

 感染のメカニズムを考えると,ウィルスが物理的に移動して体内に入らないと感染はしない,そして,ウィルスが透過できるのは,粘膜しかないわけで(皮膚についただけで感染するのなら,もっと爆発的に感染が広まってるはず),しかも,胃酸の中では生存できないのだったら,どうすればいいのか,どうするのが実行性も含めて現実的か見えて来ると思んですよね.

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2/23'20
[そういう戦略]
(世の中)

 少し文章を書き直しました.メディアが過剰に報道していると書きましたが,そういう戦略なのかもしれませんね.

 確かに今は,新型コロナよりインフルエンザによる死亡者の方が圧倒的に多いですが,感染がインフルエンザ並みに広がれば,致死率が大きい新型コロナの死亡者が逆転することもありうるわけで,それを防ぐために「有効」な方法は,「過剰に」怖がらせることでしょう.経済への影響とか言ったって,命には代えられませんからね.

 そういう意味では,既に書きましたが,今回のことがそういうことを考える機会になればとは思いますが,現実には,喉元過ぎれば,なんでしょうね.

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 ある番組で,新型コロナ対策をどうするかを議論してたんですが,議論してる人間がしゃべってるときに顔を触りまくりです.しかも,手で口を覆ったりしてます(明らかに手のひらが唇に当たってる).

 自分たちが一番対策できてねーじゃん.

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[体幹]
(体)

 最近,よく小腰痛になります.バドミントンなら,練習後半になると腰がしんどくなって小腰痛,翌日以降もしばらくそう.スキーもそんな感じですね.原因は明らかで,体幹が衰えてるんだと思います.そうなると,座ってるだけでも楽な座り方をしてるとそうなるんですが,楽してるというよりは,体幹が衰えてて楽でない姿勢で座り続けるのがしんどいってことがあります.

 楽でない姿勢で座るとか,体幹のトレーニングをすればいいんでしょうが,そうするとそれはそれで小腰痛の原因になるわけで,それを避けると,益々体幹が衰えるという悪循環なわけです.

 どうしたらいいかですが,負担にならない程度の低強度で,できる範囲でやるしかないですが,そうすると,自分でもびっくりするほどの低強度なので,もう大した運動はできないのかなとも思ってしまいます.

 でも,例えて言えば,2階に行くのなら,階段は1段ずつしか登れないので,とにかくできる範囲でできることを一歩ずつということですかね.

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2/24'20

 うーん,やっぱり,何だか変な感じです.まだまだ最先端でやりたいと思うし,研究以外にもやりたいこともある,あるいは,何かが起こることをどこかで期待している節もある一方で,何もかもすぱっとやめて,あるいは,一人(で大丈夫)になって,田舎で自給自足とまで行かなくても,東京から電車で1時間くらいのところで,何をするでもなくのんびり暮らして行きたいとも思うわけです.

 そして,これらは両極端と思いきや,そんなに大きな違いはないというか,何かをきっかけにどっちに転んでもおかしくないというか,どっちもありという感じがするんですね.

 結局,そういう大きな矛盾を抱えて生きて行くのが人生ってことなんでしょうが,そんな風に言ってしまうと,そこで思考が止まるわけで,それはあまりよくないですね.

 そもそも,ほんとにどっちもありなんですかね? ほんとは自分がどうしたいかわからなくなってる? だとしたら,自分では決められなくて,何か外部要因が必要ってこと?

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 そっか,これってまさに「全ては137億年前に..」ってことですよね.ですから,なるようにしかならないし,なるようになるということですね.

 もちろん(その気になるかどうかも含めて)できるだけのことはやるのですが,それでどうなっても結果は関係ないというか,どうなるかは全て決まっているので「安心して」やりたいようにやればいいし,結果どうなっても全てを甘んじて受け入れればいいということですね.

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(運保)

 今日は,日本は休日で市場はお休みですが,日経225先物が暴落しているようです(ニュースでは何も言ってないが).新型コロナの影響ですかね? NYダウ先物も同様なので,このまま行けば,もうすぐ開くNY市場は大荒れで,明日は日本もということになりそうです.

 現在の建玉は,日運が売り,短運が7割売りで,資保も大方手仕舞いましたが,VIX先物を売ってる(SP500を買ってる)ので,差し引きでは,売ってる状態ですが,VIXは値動きが大きいので,ちょっと気になりますね.

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2/25'20
(経日, 運保)

 NYダウの下げは1000ドルを超え,VIX指数も急上昇しました.原因としては,新型コロナもあるけど,経済で急激に悪い数字が出たことや,民主党の予備選で左派のサンダースが圧勝したことも影響してるとの報道です(まあ,それはそんなところかな).

 で,日本市場ですが,寄付直後で1000円以上の下げとなったものの,その後,少し戻して,VIX指数も少し戻したようです.差し引きはどうなのかなあ.日運,短運の下げは思ったほどでもないし,VIXが戻したことや,金(ゴールド)は急上昇してることを考えると,そこそこのプラスだとは思うのですが(結果はあまり気にしてない),VIX先物は,唯一「逆張り」になってるので,上げている間は,売りにならないことになるのがやっぱり何か嫌な感じですね.

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 莫大の売りの玉をもっていたら,新型コロナが蔓延して,相場がどんどん下げて欲しいってことがあるはずないんですが,再三書いているように,目先の経済を回すようなことしていたらだめだと思って,どんどん売って,予想通り経済が悪くなって莫大な利益が出たら,ほーら言わんこっちゃないとは思うかもしれませんね.

 そういう意味では,新型コロナについても,国の対応がだめだめで,こんなことでは大変なことになると思ったら,ただ指をくわえて待ってるのではなく,できることはやって,自分の身を守ることをやる,つまりは,自分だけは助かろうとするしかないのでしょうか.

 なんだか複雑な心境ですが,結局,世の中を(いい方向に)変えることができないのなら,リスクヘッジをする人間と何もしない人間の間に莫大な差が付くのは,しょうがないってことですかね.

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 今日は,売ってる日運と短運が益で,VIX先物が損で,差し引きはプラスなんですが,なんか変な気がしてきました.明日以降どうなるかは,わからないのですが,更に下げるとすると,日運と短運が益で,VIX先物が損で,建玉が大きい日運と短運が勝って,今日のように,差し引きは何とかプラスが続く,とはならないと思うんですよね.なぜなら,VIXは「非線形」だからです.つまり,差し引きがどこかで逆転することになります.

 VIX先物を売るのは,やっぱり,相当やばいわけで,逆に言えば,大きいリスクをとるから大きなリターンもあるということです(と言っても,余剰資金の範囲内だが).

 そう言えば,なんですが,この辺のマネージメントについて検討していました.ここでは,適宜,判断していけばいいと書いてますが,実際は,その後検討して,買いは1倍(レバレッジなし),売りは1/3(逆レバレッジ)にしたんですが,すっかり忘れていました.

 やっぱり,間抜けというか,お金に無頓着なところがありますね(ここでちゃんと書いておかないから忘れるのかなあ)..

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2/26'20
[順張りvs逆張り]
(運保)

 NY市場は,連日で大きく下げ,VIX指数も上昇しました.でも,そんなにちゃんと見てるわけじゃないですが,あまり「非線形」って感じはしませんね.つまりは,SP500を単にレバレッジを効かせてるだけという感じです.

 でも,やっぱり,逆張りは怖いですね.それは,下がったから買う,上がったから売るでは,反対売買の目途がないからです.順張りなら反転したところで反対売買すればいいですし,反転しないのなら,益が増えるのを見ながらずっと玉をもっていればいいだけの話です.

 そして,いろんな相場を分析しましたが,逆張りより順張りの方が圧倒的に好成績です.理由としては,多くの人が逆張りで売買をしているので,人の道行く..的なことがあるとは思いますが,上で書いたような理由で,逆張りは危ないということもあるのかもしれません.

 でも,そういう中で唯一逆張りの方が強いのがVIXです.理由はよくわかりません.

 理由がわからないのにやるのはどうかとも思いますが,大事なのは,やはり,リスクマネージメントですかね.つまり,損失無限大だけどリターンも大きい売りを1/3の逆レバで,ということですかね.

 あとは,信条的なことだと,アメリカ経済というか,世界経済は,明らかにバブルで,どこかで必ずツケを払わされる局面が来るということを考えると,日運とか短運同様,売り中心(VIXの場合は買い中心)という方針は,信条的にも合致してると思います.

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 日本株も下げたのですが,それほどでもなく,差し引きどうなったかは(そんなに興味ないので)わかりません.でも,これは,単に相場観の問題で,差し引きがどうなるかは,関係ない話です(日本株を売ってるってことは,日本株が下がるという相場観をもってるということ,VIXを売ってるってことは,アメリカ株が上がるという相場観をもってるということなので,アメリカ株が日本株より大きく下げれば,差し引き損になるのは,当たり前).

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[変な街]
(日記)

 今日は,仕事で東京だったんですが,委員会があったオフィスビルのトイレの中からの光景です.

 場所は,霞が関に近い東京のど真ん中で,地下鉄の駅からも徒歩1分くらいの街中なんですが,高層オフィスビルの中に昔からあるふるーい家屋がふつーにあって,東京って変な街ですね.

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2/27'20
[2週間お休み]
(世の中)

 昨日の委員会は予定通りあったんですが(正直,やるのかよと思ったけど),次々といろんな委員会の中止の連絡が来ています(ちょっと嬉しい(笑)).世の中全体としても,イベントの中止とか,戦々恐々状態になってきました.株はどんどん下がり,Tランプは,恐怖をあおり過ぎだと怒り心頭のようですが,実情はそうだと思いますが,このくらいで丁度いいんじゃないですかね.

 結局,「大衆は○カ」ってことで(少なくともお上はそう思ってる),必要以上に怖がらせないと正しく行動できないのが大衆ってことでしょうからね(これも一種の「メディアの言うことは嘘ばっかり」).

 極端な話,どこにも出かけず,どこにも触らず,誰とも接触しなければ,ウィルスはこれ以上は拡散しないわけで,去年のGWの10連休じゃないですが,2週間お休みにしたらどうですか.

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[消費増税とポイント還元]
(世の中, 経済)

 似たようなこととして,消費増税後の消費の落ち込みがすごいらしいです.実際のところは,ポイント還元が行われているので,±0かむしろプラスなんですが,「○カな大衆」はそんなのよくわからないわけです.

 じゃあ,どうしたらいいかですが,既に何度も書きましたが,消費増税のような「わかりやすい」増税をやめて,もっと「わかりにくい」増税にすればいいんですよ.所得税をいくら払ってるかすぐに言える人,どのくらいいますか?

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[伊豆戸田マラソン]
(バドミントン)

 何度か書いてますが,駒羽会という東大バドミントン部OBOG会の短報が送られてくるのですが,今回は,U野さんの伊豆戸田マラソンの記事でした.


 懐かしいです.私も一度だけ(大学2年の時)走りました(U野さんは,何と22回!完走).標高差800mというとんでもないコースですが,何とか4時間弱で(平坦なコースなら30分差し引いていいと言われたので,実質3時間半くらい?で)完走できたんですが,どこかで,私が走った年から42.195kmになったと書きましたが,その辺の詳しい経緯が書いてありました.

 で,この記事によると,この年は(憶えてはいないが),右上の盲腸のような往復コースではなく,「最初の交差点を右折せずに直進する往復コースを設定した。ところが、その往復コースは急な登り坂であり、ここで歩く人が続出した」んだそうで,右上の盲腸のような往復コースになったそうで,私が走った年は,その年限りのコースだったということになりますね.ちなみに,これもどこかで書きましたが,最初の10km(でだいたい峠の頂上)は,あっという間だったので,いきなり歩くことはなかったと思います.というか,「その往復コースは急な登り坂」であることすら覚えていないので.

 で,一番驚いたのは,この「伊豆戸田マラソン」2013年を最後に中止になったということです.知らなかった...でも,残念ってことは(私は)ないです.もう一度走れと言われても絶対に嫌ですから(笑).あーでも,ゆっくり散歩みたいにもう一度行ってみたい気はしますかね.

 ちなみに,この伊豆戸田マラソン,バドミントン部では必修(4年間のうち一度は走る)ということだったんですが,みんな走ったのかなあ(K野は,同じ年に走ったと思う.S伯さんとY崎もいっしょだった).少なくとも主将のM田は走ってない気がするなあ.

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2/28'20
(運保)

 株が下げ止まりませんね.現状は,日本株が資保は全て下がる前に売り抜け,日運,短運ともに全面売玉をもってて下がれば下がるほど益が出る状況ですが,VIX先物を売っているので,こちらと相殺します.玉の大きさは,日本株の方が圧倒的に大きいのですが,VIXは値動きが大きいので,綱引きってことなんですが,最初は,プラスだったんですが,アメリカ株の下げの方がきついので,徐々に少しマイナスになってきました(あとは,資保の商品先物や外貨も下がってるので,そこも益が減ってきた).

 VIXだけを見ると,去年,半年で2.2倍になったのですが,それが元に戻った,つまり,ここ1週間で半分以下になったことになります.やはり,VIXの値動きはすごいですし,逆張りなので,上げ続ける限り反対売買にならないのが問題ですね.

 一つの目安としては,Nasdaqなどの株価指数そのものは,まだ売りになってないので,それが売りになったときは,それを売れば,とは思いますが,現状では静観するしかないですかね(怖くなって手仕舞うのは相場観がない).

 あと,今回のことで気づいたのですが,VIX指数そのものは,かなり跳ね上がってるんですが,先物は,それほどでもなくて,それは,売る人もいれば買う人もいるからなんだと思います.

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[炙り出される]
(世の中)

 A倍さんが小中高に2週間の一斉休業の要請をしたそうです.いいじゃないですか.いやいや,子供だけ休みになっても親はどうする?

 いやいや,子供の学校が休みになったから,子供の面倒見ないといけないからと言って会社休めばいいじゃないですか.いやいや,会社は休めない? ほんとですか? その仕事,ほんとに必要な仕事ですか?

 みんないっしょに休めばいいんですよ.そして,みんないっしょに休まないと意味がありません(親が満員電車に乗って,ウィルス連れて家に帰ってきたら意味ない).

 いやいや,食品とかスーパーとか,生きていくのに必要なものは休めない?

 そうですね.でも,既に書きましたが,今回の件で,そうやって「ほんとに必要なもの」だけが見事に炙り出されるんじゃないですかね.そして,そういう仕事は,実のところ,そんなにないわけで(一体,どういう世の中なんだ?),だったら,みんなで協力して,そういうところだけ動かすことはできるでしょう.

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[意外と簡単]
(生活)

 これとかこれ,つまりは,感染を防止するにはどうしたらいいかですが,いろいろやってみてるんですが,いろんなことに気づかされて面白いです.

 まず,手袋をしたり,ハンドタオルとかを持参して,ドアノブなどを直接触らないということはできそうですが,小銭とかは,難しいし(ほんとキャッシュレスにして欲しいし,ドアも自動ドアとか,ドアノブなしというか,手を使わないで開閉できるものにして欲しい),例えば,ドアノブを触るのは,右手の指の内側と決めておいたとしても,手を組んだら終わりですし,手を机やテーブルの上に置けば,その表面を介してウィルスが付着するかもしれませんからね(手を机やテーブルの上に置かないのは不可能).

 つまりは,どこにも触らないか,どこかに触ったり,手を机やテーブルの上に置いたら「直ちに」手洗いするしかなくて,手洗いしても100%ウィルスを除去することは不可能で,逆に言えば,「手にはウィルスが付着している」ことを前提に行動するのがやはり現実的な感じがします.

 これは,意外と簡単で,とにかく,顔の粘膜を触らないことです(あとトイレのときにあそこも).ただそれだけです.顔のどこかが痒くなったら我慢できない(笑)ですが,皮膚のところなら問題ないでしょうし,粘膜のところが痒くなることはそんなにないですが,目が痒くなったときは,ハンドタオルとか袖口(はどこかに触れたりしないようにしておく)とかを使えばいいでしょう.

 食事のときは,口の中に入るものは,「通過するだけ」なので,そんなに気にすることはないですが,食事中に唇などの粘膜に触ってしまうことの方が問題だと思います.

 なお,ここで書いていることは,私が独自に「論理的に」考えたことで,医学的な根拠というか,どこからか仕入れたものではありません.ので,保証はしませんが,私はこれと嚥下で人体実験?して行こうと思います.

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[生きるとはそういうこと]

 体幹が衰えてるってことなんですが,無意識に「緩んでる」感じがするんですね.一方で,衰えてるから緩むということもあって,それが悪循環になってるということでしょうか.

 話を敷衍すると,やはり,同じ姿勢をとり続けるのがよくないです.「緩んで」だらーっと座り続けるのは最悪ですが,立ち続けるのもよくなくて,動き続けるというか,立ったり座ったり,「緩まず」まめに動くことが大事ということですかね.寝ている時だって,寝返りを打たないと床ずれしてしまうわけですからね.

 更に話を敷衍すると,生きるってそういうことかもしれませんね.

 生きるとは「命を削る」ことと書きましたが,そういうことでしょうし,常に動き続けていないと死ぬというか,そういうことなのかもしれません.

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2/29'20
[玉の維持]
(運保)

 今回の件で気づいたというか,考えてみれば当たり前なんですが,例えば,VIX先物を16で売って12で買い戻せば,4ポイント分,即ち,(16-12)/16=25%の益なんですが,16から12に行くまでに相場は大きく変動するわけで,極端な話,16から32に上昇して12に下げることもあるわけです.

 でも,16から2倍の32に上昇したときには,資金はなくなります(追証を入れなければ自動決済されて資金0になる).具体的に言えば,玉を維持するのに追加の証拠金が必要になるわけですね.これが空売りの怖いところで,32を超えると資金が0になるどころかマイナスに突入して,理論上は,損失無限大までありうるわけです.例えば,株なら空売りした株が1週間で2倍になるなんてことは,滅多にあることではないですが,VIXなら全然あるってことです.

 でも,どんなに含み損を抱えていても,下がるという相場観をもっているのなら,決済すべきではなく,どんどん資金をつぎ込んで玉を維持するのが正しい投資行動ということになります.でも,無い袖は振れませんから,これも結局は,相場は売り手と買い手の戦いで,最後は資金力がものを言うというのはそういうことです.

 でも,破産してしまえば,そこで終わりですから,そう簡単な話ではありません.ましてや,私は,資金力で相場の世界で戦ってるわけでもないし,なくなってもいい余剰資金で自分の見通しや数理モデルが正しいかどうかを検証してるに過ぎないわけです.

 ということで,VIX先物の取引が始まってからの10数年の状況を見てみました.すると,決済時点で0になることはないものの,その途中で0になるどころか-1以下,つまりは,16で売った場合だと,一時的に48まで上昇したことがあることがわかりました.

 そのときは,一時的にそうなったとしても,最終的には益になっているのですが,その途中で玉を維持するために建玉の2倍以上の資金を投入しないといけなかったことになります.

 ということで,売りは資金の1/3で,と書きましたが,それは,過去のVIX指数の最大値を基にした値ですが,玉の維持の観点から言っても,やはり,1/3が妥当なところですね.

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 問題は,今どうするかです.今は,日運と短運で大きな売り玉が建ってますから,VIXが上げて損が出ても,日運と短運で益が出るので,相殺してる状況ですが,日運と短運が手仕舞いになったとき(一時的にでも日本株が上がるという相場観をもったとき)どうするかですね.

 でも,相場観的に言えば,日本株が上がるという相場観をもったのなら(SP500がある程度,日本株と連動するのなら),VIXは下がるわけですから,VIXを部分的に決済するのは,投資行動としては正しくないですね.

 もっと単純に言えば,VIXにはVIXの相場観があるわけで,アメリカ株自体は,まだ売りになってないわけですし,玉が多く建ってはいるけど(1/3ではなく1倍だとしてもまだ破産するほど玉が建ってるわけではないので),自分の相場観を信じて,反転したと判断するまでは,頑張って玉を維持するということですかね.

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 あとは,株価の場合,例えば,ずっと成長して右肩上がりの株を空売りしたら半永久的に戻ってこないこともありますが,VIXの場合は,どこかで戻ってくるということはありますかね(リーマンショックのときは,2年くらいかかってるが,そのときでもそのくらい建玉を維持すればいいとも言える).

 だったら,上がったら売る,下がったら買うってやればいいんじゃない?と思う人は多いでしょうし,実際,そうやってる人がいるから,指数ほど先物は動かないってことなんですが,そんな単純なことで儲かるのなら,みんな儲かるわけで,でも実際はゼロサムなわけですから,そんな単純なことでは儲からないということです(単純な論理).

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[自分が救われる]

 多分,大分前の番組ですが,引きこもりの人達の支援活動をしている人が取り上げられていました.番組では「支援活動」と言ってるわけですし,世の多くの人は,大変なことをして偉いとか立派とか言うんでしょうが,その番組の中でその人が「自分が救われる」と言っていたのが印象的でした.

 その人自身も辛い経験をして来ていて,引きこもりになってる人を助けるというよりは,そういう人に声をかけて回復していくと「自分が」救われる(からやる)と言うのです.その通りですよね.

 何度か書きましたが,ボランティア活動とか人道支援とかは,人を助けるためにやるものではなく,「自分のために」やるものですし,そうでなければ,大したことはできないと思います.

 もっと一般的に言えば,何をするにしても,そこに何か目的とかがあるのではなく,ただやりたいからやる,やらずにおれないからやる,その気になったからやるものだと思います.そして,やりたいこと,その気になることは人それぞれなので,お前は何をやれと上が決めるのではなく,やりたいことを自分で見つけるのがまさに適材適所ということですし,やりたいことをやれることが人生の成功とは何度も書いてる通りです.

 もちろん,やりたいことをやるだけで食べて行けることはそうそうないと思いますが,だったら,生活していくために必要最低限だけ働いて,残りの時間でやりたいことをやればいいでしょう.目先の経済を回すために余計なことをしてる暇はありません.

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