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10/1'19
[消費税が上がった日]
(世の中)

 今日から消費税が上がったとニュースでやってます.昨日も明日から消費税が上がる,いろんなところに長蛇の列がというニュースが流れていました.個人的には,そんなの関係ねーというか,そういうことに振り回されてる暇があったら,他にやることがあると思うんですよね.

 消費税が上がるのは,何回目でしょうか? 最初が3%で,5%に,8%に,そして,今回の10%なので,導入時を入れて4回目ということになりますね.そのたびに大騒ぎして,一体何やってんだかって感じですよね.

 消費税が導入された日のことは,割と鮮明に覚えています.大学院生のときでしたが,研究室にいたら,北山さん(現都立大)が来られて「マックでハンバーガー買ったら消費税とられちゃったよ」というようなことを言われて,あーそうなんだ,今日から消費税がかかるようになったんだな,とは思いました.当時は,あまり深くは考えてなかったんですが,「消費税をとられる」という感覚に何とも言えない,いやーな感じがしたのを覚えています.

 調べてみると,導入されたのは,1989年4月とありますね.つまり,私がD1からD2になった日ということですが,ということは,北山さんは,もう宇都宮に移られてたということになるので,その日は,たまたま何かの用事で研究室に来られたってことですかね.

 何度か書いたと思いますが,「消費税」というやり方自体に大きな問題があります.公平というのは,建前で,実際は,低所得者に厳しいものですし,ものを買うたびに税金をとられてるという「痛税感」が高く,税率を上げるたびに景気が悪くなるとか言って先延ばしにして,どんどん財政が悪化しているという悪循環なわけです.

 もっとうまいやり方はあると思いますが(少なくとも消費税より売上税の方がまし),軽減税率にしろ,欧米の後追いしかできない政府の無能は,消費税にはじまった話ではないということでしょうか.

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10/1'19b
[不思議な国]
(社会)

 ということなんですが,考えてみたら,アイルランドってちょっと不思議な国ですよね.イギリスのすぐ横にあって,つまり,島国とか気候とかいろんな条件は,そんなに変わらないけど,イギリスとは,大分違う道を歩んできたわけですからね.イギリス出身の有名人は枚挙にいとまないでしょうが,アイルランド出身というと,(私の場合)U2のボノとサッカー選手のロビー・キーンくらいしか思いつかないなあ.

 ということで,ちょっと調べてみたんですが,そんなに大きな発見はなかったですかね.平たく言えば,イギリスからの侵略の歴史と北アイルランド紛争でしょうか.最近は急激に経済成長しているようですが,かつては,イギリスとは対照的に,西ヨーロッパの最貧国とも言われてたわけで,やっぱり,ちょっと不思議です.

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10/1'19c
[しっくり来る]

 いろいろ考えるんですが,この考え方(価値があると思わないことを(できるだけ)やらない)が今の自分には一番しっくり来るような気がします.

 他者評価など意に介さず価値があると思うことをやるというのは,確かにそうですが,価値があるかどうかわかんなくても,やりたきゃやるでしょうし,価値があると思っても,めんどくさくてやらないこともあるわけですからね(怠け者).

 勝手気ままな生き方と言えるでしょうが,そういう生き方が(ある程度)できるのは,幸せなことですし,昔からある程度そういう生き方をしてきて,それで結果もある程度出してきたと思いますが,どんどん気まま度というか幸せ度は増してる(そして,結果も益々出る?)ということでしょうか.

 そんなこと言ってないで,能力を発揮して,世の中の役に立つことをがんがんやってくれよ,と言う人もいるかもしれませんが(いなかったら,これ幸い),ほんとに世の中の役に立つことなら,言われなくてもがんがんやりますよ.でも,それが世の中の役に立つかどうかを判断するのは,世の中(他者)ではなく,自分自身ということです.

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 見方を変えると,世の中は,やる価値のないことで溢れてる,つまり,非常に非効率なことになってしまってるんですが,どうしてそんなことになってるかというと,背景にあるのは,やはり,資本主義ということでしょう.

 非常にわかりやすい例としては,携帯大手三社が別々にアンテナ建ててるわけで,こんな非効率なことはないですよね(しかももうすぐ四社になる).ビジネスは,世の中を便利にするという側面はありますが,実際のところは,それは極一部で,いかにして安く仕入れて高く売るか,要は,他人を騙すか(安く仕入れたものを高く見せるか)が大部分を占めるわけですからね(投資なんかその典型).

 さらにその背景にあるのは,自由競争ということで,人間,怠けることばっか考えよるから,非効率でも競争させて,馬車馬のように働かせようということです(労働者から資本家が搾取する構図).でも,自由競争というときこえはいいですが,結局,いかにして怠けるかと,いかにして人を騙すのかの違いに過ぎないと思うんですよね.

 まさに「何やってんだか」状態ですが,そういう世の中が当面変わらないのであれば,その中でどうするのか,ということになるわけで,私の場合は...ということでしょうか.

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10/1'19d
[長い旅が始まった]
(バドミントン)

 違和感の修正というか,要は,スムーズに動き出せるポジションを「無意識に意識」できるように,ということで,練習のときだけやっても全然足らないので,日常生活の中で意識するようにして一週間が経って,今日,練習に行きました.

 この一週間の経過としては,最初のうちは,全然できなくて,でも,気がついた時は意識するようにしていたら,3日くらい経った時に,「無意識に意識」できるようになってることに,そして,それが自然という普通になってることに気づきました.最近は(と言っても一週間しか経ってないけど)大分できるようになったかなあという感じです.

 で,練習なんですが,うーん,確かに一週間前よりは,意識できるようになったと思いますし,それができたときは,動けると思います.でも,まだ6割くらいですかね.日常生活で大分できてるのにコートに入るとなぜ戻る?という気もしますが,大分長い時間に渡って変な癖が刷り込まれてるということかもしれません.

 ですから,やっぱり,簡単な話じゃないと思うんですが,これをやっていくしかないですかね.でも,長い旅が始まったというか,2万回というか,これを続けて行って,どうなるか実験ってことでしょうか.

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10/2'19
[距離を置くと同時に]
(世の中)

 資本主義の弊害は大きいし,それは,ひどくなって行く一方ですが,共産主義とか社会主義は,もっとひどいわけで,まさに八方塞がりで,それが閉塞感に繋がってるわけです.

 だとすると,そういう現状で,どうやって行くかということなんですが,大して価値がないものに散財することなく,食べていくために,充分文化的な生活をするために必要な分だけ働いて,そういう世の中とできるだけ関わらず,自分がやりたいこと,価値あると思うことに精力を傾けていくのがいいと思うんですよね.

 そのために非常に重要なのが,職業選び,会社選び,働き方選びということでしょうか.それは,就活を始めてから考えるのでは遅くて,いろんなことを学びながらまさにやること探しをするのが大学だと思うんですよね.

 あとは,資本主義の世の中から距離を置くと同時に,「対策」も必要になってきます.具体的には,何度か書いてますが,このまま行けば,資本主義は,崩壊するので,それに備えて,自分の資産を守らないといけないということです.

 これが結構難しいと思います.というのは,(資本主義の)世の中から距離をとりつつ,資本主義のことを熟知するというか,○○主義という枠を超えて,世の中の仕組み的なことをしっかり考えないといけないからです(でも,目先の経済回してバブル作って散財してたら,どこかで帳尻が合わなくなるのは当たり前のこと).

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 でも,みんながそんなことしたら,経済は低迷して,日本は国際競争力を失ってしまうじゃないかと言う人もいるでしょう.安心してください.多分,大丈夫です.

 それは,世の中,いろんな人がいて,そういうことにしゃかりきになってくれる人もいるからです.ありがたい話です(皮肉).

 ですから,安心して(でも,しっかり対策はして)生きたいように生きて行きましょう.そして,それが結果的に世の中を変えることになるんだと思います.

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10/2'19b
[時間の問題]
(経済)

 そう言えば,なんですが,去年だったか,経済関係者の多くが世界経済が失速するのは,今年の7月とか言ってたのを思い出しました(ここに書いてる).でも,もう3か月くらい過ぎてて,そういう指標がぼちぼち出ては来てるんですが,7月に売っておけば,って感じではないですよね.一方では,東京五輪が終わったら,多くの人が不動産価格が暴落すると言ってるんですが,これも同じことです.

 つまりは,そんな事前予想は,当てにならないわけで,じゃあ,いつまで経っても世界経済は失速しない,不動産価格も下落しないかと言うと,そんなことはなくて(むしろ,バブルが膨らめば膨らむほど壮絶に崩壊する),まさに「時間の問題」なわけです.

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10/2'19c
[よぼよぼした動き]
(体)

 スムーズに動き出せるポジションを「無意識に意識」できるようにですが,いくつか気づいたことがあります.それは,バドミントンに限った話じゃなくて,自然と歩くスピードも速くなりますし,交感神経がONになるような感覚があります.どこかで,スキーをするときに骨盤を立てるということを書きましたが,それに近いです.

 でも,結構,疲れるんですね.実際,腰や体幹に負担がかかるような気がします.

 見方を変えると,体が変化してというか,衰えることに対処するために,体を動かさないように「スムーズに動き出せるポジション」にならないように無意識に体が「対応」してたということかもしれません.

 それならそれでありというか,そうやって老化を受け入れていくってことも一つの考えかもしれませんが,そうすると,年寄りのよぼよぼした動きになってしまうわけで,それが嫌なら,というか,まだまだバドミントンとかスキーで思うようなプレーをしたいのなら,やるしかないってことでしょうか.

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10/2'19d
[便乗値上げ再び]
(世の中)

 今日は,56限が授業で,その後,学生が報告に来て(来させて),大学院セミナーの発表練習して,みたいな感じで疲れたので,週に1,2回行ってる定食屋に行ったんですが,案の定,消費増税のため値上げされてました.前回(5→8%)のときが600→650円,700→750円で,今回が650→680円,750→780円です.率にすると前回が1.08/1.05=2.9%のところを7.1〜8.3%,今回が1.1/1.08=1.9%のところを4〜4.8%ですから,立派な便乗値上げですね.

 でも,それが気に食わない,この値段でこの定食かよと思うのなら,行かなければいいだけの話で,「ものの値段」というのは,そういうものでしょう.私個人的には,生活クラブを使うようになってから,確実にだんだん行かなくなってますし,今日も,たまたまかもしれませんが,大分人が少なかったような気がします.

 消費増税に伴うキャッシュバックは,どれがいいのかとか,さかんにテレビとかでやってるのですが,ものすごく複雑でわかりにくいし,それをきいて,とにかく単純に無駄使いをしないようにする,外食もできるだけしないようにすると言ってる人がいました.

 いいんじゃないですかね.これって,消費増税とか関係なく,やるべきことだし,これをきっかけにそうなれば,いいと思います(でも,経済は低迷しますけどね).

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10/2'19e
[そういう仕事]
(世の中)

 関電幹部の金品受領問題ですが,どう思いますか? 彼らが言うには,金品を渡した助役が高圧的で,原発建設を進める上で機嫌を損ないたくないので返却できなかったということなんですが,まさに死人に口なしで真偽のほどはわかりませんが,ありそうな話ですよね.

 私が一番思うこととしては,そういう仕事はしたくない,しないで済む仕事でよかったということでしょうか.こんなことしたらおかしい,まずいと思っても,事を進めるために信義に反することをしないといけないのなら,そんな仕事さっさとやめますよ.

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 でも,不正に金品を受領するのは,問題外としても,こんなことやってどうすんだ?という大学の仕事はしてるじゃないか,という人もいるかもしれません.

 そうですね.以前は(少なくとも,5年くらい前までは)そんなにひどくはなかったですが,状況は,悪くなって来ています.そして,益々状況が悪化すれば,やめることになるんだと思います(とか書くと,研究室の学生は,不安になるかもしれませんが,決断したとしても,実際にやめるのは,今いる学生を全てちゃんと卒業させてからになるので,心配は要りません).

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10/2'19f
[いつの間にか]

 つくばに来て,いつの間にか16年経った(17年目)ということなんですが,「いつの間にか」って,どういうことかなと(定食屋の帰りに)思いました.

 ここで書いたことが関係してるような気もしますが,違う考え方をすると,いつの間にかということは,16年「も」経ってしまったってことですよね.つまり,感覚的には,もっと短い,あっという間だったということで,だとすると,割と有意義に過ごしてきたってことになりませんかね?

 でも,だとすると,充実した人生だったら,死ぬ時にあっという間だったなあって思うってことですよね.そして,実際,日々充実して,一日一日を過ごしていれば,振り返るとあっという間って感じはします.

 そりゃあ,充実しないより充実した人生を送りたいとは思いますが,振り返ってあっという間だったというのがいいのかどうかは,ちょっとわからないですね.

 充実してたけど,あっという間じゃなくて,それなりに長い旅だったというのが理想? でも,考えてみると,つくばに来てからはともかく,今までの人生を振り返ると,いろいろあったし長い道のりだったなあ,よくここまで来たなあとは思うわけですし,その一方で,やっぱり,あっという間だったなあとも思うわけで,この何とも言えない不思議な感覚は何なんでしょうね?

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10/2'19g
[大学 vs 技研]
(仕事)

 大学がどんどん厳しいことになってきてるとは思うんですが,実際のところは,どうなんですかね?

 先日,建築学会のときに,大手ゼネコンの技研にいる後輩と話したんですが,彼は博士もとったし,これからどうすんの? 大学とか行く気ないの?ときくと,ずっと技研にいたいと言ってました.彼に限らず,最近,そういうことを言う人は,結構います.大学が昔ほど天国ではなくなってきてるというようなことを漏れ聞いてってこともあるんでしょう.

 で,どんな感じで仕事してんの?ときくと,自分の研究ができるのは,半分くらいで,残りの半分が業務なんですが,業務とは言っても,研究とまでは行かないけど,それなりに高度な工学的な仕事ができていて,充分満足しているんだそうです.つまり,業務の部分を大学と比較すると,こんなことやってどうすんだみたいな仕事するくらいなら,技研にいた方がってことでしょうか.

 わかるんですが,じゃあ,私も技研に行くかと言われると,うーん,そうはならないかなあ.じゃあ,大学のメリットって何かと言われると...

 やっぱり,「学生」なんじゃないですかね.これは,それこそ技研とかの研究所から大学に移ってきた人がよく言うんですが,学生を育てたいってことなんですよ.

 学生って,ちゃんとした奴もいるし,そうでもないのもいる.そうでもないのは,いろいろめんどくさい.でも,共通して言えるのは,みんなかわいいんですね.私には,子供がいないのでわからないですが,親が子供がかわいいというのは,そういうことなんだと思います.

 てことで,学生の研究指導というか,最先端の研究を通して学生を育てることをして行きたいので(こんなことしてどうすんだ?という仕事をしながらも)大学にいるってことなんですが,やりたいことをやりたいより,やりたくないことをやりたくないが勝って,あるいは,めんどうな学生を指導するのがめんどくさくなって,大学をやめることにならないことを祈るって感じですかね.

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10/3'19
[天と地ほどの差]

 そっか,つくばに来て,いつの間にか16年ということじゃなくて,ここで書いたように,つくばに来てから10年が(20代のときと同様に)特別ということかもしれません.

 20代に関しては,ただ東大に入っただけで何者でもなかった人間が,20代を過ごす中で,やりたいことを見つけ,それに打ち込み,最終的には,それを仕事にすることにできたわけですから,前後で天と地ほどの差があったわけですし,40代についても,つくばに来る前までは,研究者としては,何者でもないとは言いませんが,40代でやった一連の仕事をやる前と後では,これも天と地ほどの差があると思います.

 まさに人生10年周期ってことで,でも,谷間?というかプラトーの10年,例えば,(私の場合)10代,30代,50代も決して無駄に過ごしているわけではなく,むしろ,20代,40代の大ジャンプ?の準備期間とも言えるわけで,それはそれで大事なんだと思います.

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10/3'19b
[直感で即決]
(仕事)

 大学 vs 技研(研究所)ですが,学生を育てられるから大学の方がいいということじゃなくて,人それぞれということでしょう(と書けば丸く収まる(笑)).学生を育てながら楽しくやりたい人もいれば,一人でしこしこ,あるいは,研究所内外でチームを組んで研究する方がいいって人もいるわけですからね.

 じゃあ,私がどうか,ですが,今は,基本的には,学生達と楽しくやってますが,実のところは,よくわからないですね.実際,筑波大に来る前までは,研究がしたい,それなら,研究以外の仕事が少なくて研究する時間もとれるい助手(助教)でいいと思ってたわけですからね.

 でも,何の因果か,筑波大に来ることになり,研究室をもって,学生の面倒を見ることになったわけです.そして,やってみると楽しいわけで,食わず嫌いにならないように,自然の流れに従うというか,そういうことも大事なんだなあと思うんですが,じゃあ,なすがままに流されればいいというわけでもなくて,なかなか難しくて,そこが分かれ目という気もするんですよね.

 そういう意味では,これからどうするか的にも,学生と楽しくやって行くのをずっと続ければいいってわけでもないかもしれないわけで,何かの岐路が来た時に判断をするってことなんでしょうが,そういうことは,じっくり考えると言うよりは,直感で即決が正解のような気がするんですよね(確か,壁先生もそんなことおっしゃってた気がします).

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10/3'19c
[思うようなプレー]
(バドミントン)

 思うようなプレーというのは,漠然としてますかね.でも,私の中には,割とはっきりしたイメージがあって,ピアノとかスキーにに比べると,それに遥かに届いてないのがバドミントンだとは,どこかで書いたと思います.

 相対的レベルの高低は関係なくて(だって,準指持ってるスキーより,「本来的」にはバドミントンの相対的レベルは高いはず),「思うようなプレー」ができれば,年代別の全日本の試合に出ても何回か勝てるでしょうし,地域のクラブの中で一番上のレベルの若い人達と打っても遜色ないプレーはできると思います.筑波大バドミントン部で言えば,女子の準レギュラーくらいかな(実際,筑波大に来た時は,シングルやってもその辺と競ってましたからね).

 でも実際は,全く届かないところにまで落ち込んでしまって,できるはずなのになぜかできないというのが何とももどかしいんですね.そりゃあ練習してないんだから当たり前じゃんってことなんでしょうが,そういう問題じゃない気がするのです.例えば,やってて疲れてパフォーマンスが落ちてくるなら,トレーニングするしかないというか,そうすればいいだけの簡単な話なんですが,そういうところまでも行かない,平たく言えば,動けなくて球に届きすらしないので,疲れようもないんですよ.

 逆に言えば,何とか球に届きさえすれば,何とか繋いで相手のエラーを誘うこともできるわけですし,それが私の本来のプレースタイルだったわけです.

 でも,体は大きいし,太ってもいないし,フィジカルがそんなに衰えてる気はしないし,なぜ動けないのか,球に届かないのかが不思議なんですが,そこを何とかすれば,何かが変わると思うんですよね.

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10/3'19d
[自己研鑽]
(世の中, 経済)

 今朝のモーサテで,自己研鑽についてやってて,日本人って,自己研鑽に費やしてる人が海外に比べて圧倒的に少ないんだそうです.で,経済番組だから,もっと自己研鑽に励みましょう,そういうことにお金を使いましょうってことで,しょぼい話なわけです(自己研鑽とお金は関係ない).

 そもそも,自己研鑽って何でしょうね? 文字通り,自分を磨くこと? 例えば,健康のために運動したり,ジム通いしたり,英会話教室に行ったり,自己啓発本を読んだり,勉強して何かの資格をとったりみたいなこと?(しょぼいな)

 こうしてみると,私って全く「自己研鑽」などしてないことに気づかされます.スポーツをするのは,健康のためなんかじゃないし,ピアノは弾きたいから弾いてるだけだし,何をやるにしても,自己研鑽という(しょぼい)目的など全くありません.

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10/3'19e
(経済)

 アメリカ株が下げてますね.てことは,7月に売るが正解だった? でも,事前予想は,7月に世界経済が失速するということで,でも,失速している,そういう数字が出ているのは,今なので,3か月ずれてることになりますし,だったら,7月じゃなくて今売ればいいだけの話で,実際,下げてるわけですが,じゃあ,今売るのが正解かどうかは,まだわかりません.

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10/4'19
[「自己研鑽」という概念]

 自己研鑽なんですが,うーん,何て言うのかな,「自己研鑽」という概念そのものがしょぼいと思うんですよね.そして,実際,そういう人達が金儲けしたい奴らのターゲットになるわけです.そもそも,自分を磨くために何かをするって考え方がしょぼくないですか?

 英会話教室とかカルチャースクールとか投資セミナーみたいなところに行って,自分を磨いて成長した気分になってるけど,実際は,全然大したことになってないわけで,そんなことする暇あったら,やりたいこと,興味がもてること,知りたいことを見つけて,「自己研鑽」とか中途半端なことじゃなくて,もっと徹底的に打ち込んだらどうですか? そこまでしないとほんとに自分を磨くことになんかならないし,単なる息抜きとか趣味とか気分転換ならそれでもいいですが,それは,自己研鑽とは言わないと思うんですよね.

 これも結局,何か目的があるとか,評価されたいとかそういうことじゃなくて,何か知らんけどやらずにおれないから(徹底的に)やって,結果として,ということなんだと思います.

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10/5'19
[ラグビーは面白くない]
(スポーツ)

 ラグビーWCですが,今日は,サモア戦なのですが,大一番と盛り上げるために必死です.でも,大一番は,どう考えてもスコットランド戦です.ベスト8が目標なら,サモアに勝つのはmustで,アイルランドには負けてもいいというのが正解です.つまり,アイルランドに勝ってしまったことで(そこにエネルギーを費やすことで),サモアに負けるようなことになれば,何やってんだかということです.

 でも,今回のWCもちらちら見てますが,正直,あまり面白くないですね.前回の方が面白かったかな.今回,日本開催で,盛り上がって(ほんとかなあ?そう報道してるだけじゃないの?),ラグビーがこんなに面白いとは思わなかったとか言ってる人がいますが,ラグビーは,本質的に(そんなに)面白くないと思いますよ(ばっさり).

 だって,基本的に肉弾戦ですからね.つまり,F=maに支配される球技特有の面白さがありません.肉弾戦を見たいのなら,相撲とかの格闘技を見ればいいわけですし(「集団」の肉弾戦ということはありますが,かなりコアかな),同じ肉弾戦でも,球技的な要素がかなりあるアメフット(NFL)の方が全然面白いです.

 あとは,これはどこかで書きましたが,ラグビーは,とにかくペナルティでプレーがすぐ止まります.最近のWCは,ものすごく技術が上がって,そういうことはなくなってたんですが,今回は(湿度が高いとかの悪条件はあるでしょうが)そういうことが多くて,つまんないです.

 ルールがわからないということがよく言われるのですが,ラグビーを見るのにルールを理解する必要はほとんどありません(ノックオンとかスローフォワードとかオフサイドとかの意味がわからなくても大丈夫).とにかく前に進めばOKで充分見られるし,だいたいのルールは見てるうちにわかります(それはアメフットも同じだが,アメフットの場合,ファーストダウンの意味の理解くらいは必要).

 経済効果がうんちゃらかんちゃら言ってますが,経済を回すというか,世の中や人々の人生を豊かにする方法は,他にもいくらでもあるし,要は,こうやって人々を躍らせて,一部の人間が金儲けしたいだけってことなわけで,踊る阿呆に見る阿呆とはわけが違います.

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10/5'19b
[スポーツは面白くない]
(スポーツ)

 あえてもっと言えば,ラグビー以外についても,野球にしろサッカーにしろスポーツ(を見ること)は(そんなに)面白くないと思います.私は,結構,見る方だと思いますが,例えば,地上波で(只で)ライオンズ戦とかサッカーのWCとかをやる場合で,他にやることがないというか,優先すべきやることがない場合は,見ることが多いですが,見るだけだと正直退屈で,だいたい,何かしながら見ています.バドミントンは,自分がプレーしているので,何か盗めるものはないかと血眼になって見てますが,逆に言えば,面白くて見てるわけではないってことです.

 だって,他人がプレーしているの見てるより,自分でプレーした方が百倍面白いじゃないですか.何度も書いてますが,スポーツは,見るものじゃなくてするものですよ(音楽も同じ).つまり,この場合は,まさに踊る阿呆に見る阿呆なわけです.

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10/5'19c
[橋が何本?]

 人生というか,日々気分よく過ごしていくためには,やりたくないことを我慢してやるより,やりたいことをやる方がいいと思いますよね.やりたくないことを我慢してやる方が,やった後の解放感や幸福感が得られるという側面も確かにありますが,そうやって騙してこき使おうという側面の方が大きいですし,(やる価値があると思う)やりたいことに打ち込んだ方が達成感や幸福感は更に大きいですからね.

 私の場合,これを実現というか,理想に近づけるために,職業の選択に始まって,いろんなものをマネージメントしてるわけですが,やりたいことだけやってればいいなんてことは,現実にはあり得ないので,じゃあ,どうするのか,どう考えればいいのかということになります.

 まず,やりたいことをやること自体は(他人に迷惑をかけなければ)何の問題もないでしょう.問題は,やりたくないことをやらないといけないとき,どう考えるかです.

 例えば,朝起きて,朝ごはんの支度をしないといけない.やりたくないとまでは言いませんが,やりたいことと言うよりは,ちょっとめんどくさいわけですよね.でも,やらないと朝ごはんを食べられないのですから,やるしかありません.食事の準備や食事に行くこと以外にも買い物とかシャワーを浴びるとか歯を磨くとかトイレに行くとか,否応なしのものは否応なしなので,逆に問題ありません.そういう意味では,働くことも,働かなければ,食べていけないので否応なしと言えます.

 でしょうか? 例えば,1日10時間働いて,月30万稼いでいるとして,でも,20万でも充分やって行けるなと思えば,仕事がしんどいのなら,仕事自体に面白さをそれほど見出してないのなら(無給ならやらないのなら),働く時間を減らしたいと思うこともあるわけで,そうなると,月10万円分余計に働くことは,「否応なし」ではないわけです.

 私の場合,必要以上のお金は要らないですし,それなら,やりたくない仕事してまで働く必要もないので,やりたくない仕事は,やめたいのですが,研究という(無給でも)やりたいこととセットになってるのがネックになっててやめられないということですし,私と同年代の人達で,東大の同期とか充分に稼いだ奴らは,これ以上お金は多分要らないけど,仕事やめても他にやりたいこと,少なくとも,1日8時間もの時間を埋めるものがあるわけでもないし,仕事は,無給ではやらないけど,それなりのやり甲斐はあるし,将来のことを考えて,お金はあった方がいいし,それなら働いとくか,という感じの人が多いんだと思います.

 つまりは,食べて行かないといけないから働くというように動機が「直接」繋がってるわけではなくて,風が吹けば桶屋が儲かるじゃないですが,何本が橋を渡さないといけないときの動機付けが問題なわけです.

 例えば,昨日,まさにこんなことやってどうすんだ?という仕事が降ってわきました.量的には大した仕事ではなくて,打ち合わせも入れて1時間くらいで終わるのですが,時間の問題というよりは,精神に与えるダメージの問題で,こういうときは,猛烈に大学をやめたくなるんですが(そうやって,教員を追い込んで経費削減のために大学をやめさせようとしているわけです.そんな大学に未来があると思いますか?),そういうときどう考えるかです.

 こういうしょーもない仕事でもやらないと食べていけない,なら,橋は一本ですが,実際は,研究していくためには,大学にいる必要がある→大学にいるためには,こういうしょーもない仕事もしないといけない,と橋が二本になるわけで,そうなると途端に動機付けが難しくなるんですね.

 昔(若い頃)は,橋が二本でも何とか割り切ってたけど,最近は,かなり厳しくなってきたと書きましたが,そうではなく,若い頃は,橋が二本でも大丈夫だったのではなく,橋が一本だった,つまり,大学をやめると食べていけなかったからで,だとすると,大学をやめても食べていける私の場合は,動機付けが難しく,事態は深刻ということになります.

 救いは,唯一,学生達と楽しく研究がしたいということで,今は割と順調に行っているので何とかなってますが,逆に言えば,ここが揺るげば,やばいことになるわけです.と書いたのですが,そうなったら,(2年くらいかけて今いる学生達をしっかり卒業させて)大学をやめればいいだけの話なので,別に「やばい」というほどのことはないですね.

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10/5'19d
[やりたくないことを(できるだけ)やらないようにするには]

 やりたくないこと,具体的には,単にやりたくないというよりは,こんなことやってどうすんだ?という無意味,無価値に近いと思うこを(できるだけ)やらないようにするには,どうしたらいいかですが,話は単純なんだと思います.

 まずは,しっかり経済感覚を発揮して,大して価値のないものに散財しないことなんですが,そうやって無駄な支出を減らしても,やりたくない,やるべきとも思わないことをして無駄に稼いでしまうことになってしまっては,どうしようもないわけで,つまりは,無駄に働く量をコントロールできるかということでしょう.

 そのためには,職業選び,会社選び,働き方選びってことで,理不尽な命令をされないところに身を置けるかってことですかね.組織に所属しない自営とかフリーランスというのも一法ですが,仕事をもらうために理不尽なことをしないといけないことも多いでしょう.

 だったら,安定性とかを考えて,組織に所属する方がまだましということはあるでしょうが,組織には上下関係があるのが問題です.平たく言えば,理不尽な命令をするのは,しょぼい上司や上層部なわけで,そういう奴らがいないというか,そういう組織になってないところがいいということになります(さっさと出世するって手もあるけど,時間がかかるし,その分余計に理不尽な命令に従うことになる).

 そういう意味では,大学の教員は,いいとは思います.研究室というか大学次第ですが,助教でも准教授でも,ある程度,独立してやらせてくれますし(少なくとも私がいるところはそう),ここ何年かは,こんなことやってどうすんだ?的な理不尽な仕事もありますが,全体からすると僅かであることは確かです.

 別に大学でなくても,そういうところは,丹念に探せば,あるんじゃないですかね.でも,民間企業の多くは,理不尽な命令というか,そういうストレスにさらされて大変みたいで,ここ数年,いろいろこのサイトで不平不満を書いてますが,多くの企業では,それが普通だと思うと(もちろん,そうでないところもあるでしょうが),大変だなあとは思いますね.

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 じゃあ,私がちゃんとそういうところまで考えて,今の仕事を選んだかと言うと,そうでもない(笑)と思うんですよね.何度か書いてるように,やりたいことを見つけて,それを仕事にできればいいということでしたからね.

 でも,父を見て,大学の先生いいなあと思ったのはありますかね.ほんとに楽しそうに仕事してましたし,これもどこかで書きましたが,彼は,近代文学をやりたくて,でも,当時は古典しかなかったわけで,若い頃,干されてたんですが,そういう時期も,大学の先生になってからも,誰かに命令されて仕事してる感じは全くありませんでした.

 そういうのを見てるわけですから,大学の先生になりたいと割と安易に決めても(でも,何の分野を選ぶかは大分探しましたけど)うまく行ったってことかもしれませんが,重要なのは,給料の多寡は,全く考えもしなかったということでしょうか.

 要は,楽しく気分よく生きていくのに,そんなにお金なんか要らないこと,だったら,給料が高いなんてことより,やりたいことができること,上から理不尽なこと言われるのではなく,自分でどうするか決められるのがいいってことで,なんとなくですが,やりたくないことをやらないで済む仕事を選んだのかもしれませんね.だって,私個人的には,他の人よりやりたくないことをやりたくない度は,相当高いですからね(笑).

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10/5'19e
(スポーツ)

 サモア戦ですが,そんなによくなかったと思いますが,何とか勝って,最後ギリギリでボーナスポイントもゲットしました.よくないながらもノルマを果たしたということで,地力はついてきてるんだと思いますし,これでスコットランドに負けても7点差以内なら目標のベスト8に行けるのかな? まあトーナメントの対戦相手もありますし,勝つことしか考えてないと思いますけど.

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10/5'19f
[ほんとですか?]

 スポーツ選手というか,トップアスリートの人間模様みたいなのがあると,必ずと言っていいほど,苦しい練習に耐えて栄光をつかむとか,子供たちと触れ合ったときに,小さい頃は,純粋に楽しかった(けど今は違う)とつぶやく,みたいな作りになっています.ほんとですか?

 研究者なら,小さい頃は,勉強が楽しかったけど,最先端の研究は,そんな甘いもんじゃなくて,激しい競争に晒されて苦しいけど,それを乗り越えたらノーベル賞という栄光が待ってるみたいな感じ? ほんとですか?

 私は,小さい頃は,勉強が楽しかったなんてことは,全然ないし,つまんない勉強とかするより,わからないことを自分で解明して行く今の方が1億倍楽しいですし,何かの目的のために研究してるなんてことはありませんけどね.

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10/5'19g
[便乗?]
(世の中)

 消費増税に伴う便乗値上げですが,学食もそうですね.でも,そんなことより,キャッシュレス導入してもらえませんかね? 現金使うのって,ほんともう学食と定食屋くらいなんですけど.

 で,便乗というのは,税率(1.1/1.08)以上の値上げをするということなんですが,実際のところは,食材とか人件費とかいろんなものが値上がりしているわけなので,消費増税分だけというわけには行かないのもわかります.

 でも,それだったら,消費増税にタイミングを合わせることはないはずで,消費増税という大義名分があるときに,ついでに食材とかの分も値上げするってことなんでしょうが,それもまた「便乗」には違いないわけです.

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10/5'19
[学力と年収]
(世の中)

 学力とか学歴と年収の間には,強い相関があると言われます.そんなの当たり前と言う人もいれば,そんな世の中はおかしいと言う人もいるんでしょうが,そんなことより,年収が高いことが是であることが大前提みたいなのがおかしいというか気になりませんか?

 学力とか学歴が高いと年収が高い,ではなくて,時給が高い仕事ができて,労働時間が少なくて済んでるとか,やり甲斐のある仕事ができて,幸福度や満足度が高いとかの方が本来的というか,そういう調査をしたらどうですか?

 でも,そうすると,相関関係がなくなったりする? だとすると,勉強していい大学行っても大したことにならないとなって,学歴社会が是正される?

 でも,学力とか学歴が高いと時給が高い仕事ができる,は,ある程度の相関はあるでしょうね.ちゃんとそういう能力を生かせる素養があればの話ですけど.

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10/6'19
[そんなに面白くなくても]

 人生そんなに面白くなくても,自分が社会からそんなに必要とされてなくても,割と楽しくやっていけるんじゃないですかね.食べて行く分は働かないといけないですが,しっかり経済感覚を発揮すれば,そんなに働かなくても大丈夫でしょう.

 具体的には,目覚ましをかけずに目が覚めるときに起きて,朝食の準備をして食べてちょっとのんびりして,午後は,働くとか買い物に行くとか生活に必要な活動をして,夕飯を食べて寝るまでは,やりたいこととか,特にそういうことがなくてもちょっと興味があることでもやって,眠くなったら寝て,みたいな.

 これじゃあ,何をするでもなく,退屈しのぎしながら生きて,ただ死ぬのを待ってるようなものだ,と言う人もいるかもしれませんが,人生って,そもそもそういうものだと思うんですよね.

 つまりは,そこがベースというか,底辺ということで,そこから,やりたいことを見つけたり,何か知らんけどやらずにおれないことが出てきてしゃにむにやったり,誰かに助けを求められて,しょうがないけどやってやるかとその気になったりみたいなことがあったらやればいいし,でも,そういうことがなければ,一億総活躍社会とか言われて,自分も頑張らなきゃって無理して余計に頑張ることもないと思うんですよね.

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10/6'19b
[東京に住まない]
(生活)

 経済感覚ということを再三書いてますが,その中で一番重要なのは,何でしょうね?

 豪邸まで行かなくても,無駄に広くて立派な家に住まないこと? そもそも家を買わないこと? 価格分の価値がない高級車とか法外な値段のブランド品とかを買わないこと? 流行という「騙し」に会わず,必要な分だけの衣服で済ますこと? 毎日飲んだくれたりしないこと? 外食をしないで自炊すること? 日常を充実させて非日常を求める海外旅行に行かないこと?

 どれも節約というか,節約というと,切り詰めてるという感覚なんでしょうが,そうではなく,それだけの価値がないものにはそれだけのお金は払わないという単純な話(逆にそれだけの価値があると思えば払う)なんですが,当然のことながら,その対象によって額は大きく変わってきます.

 じゃあ,一番額が大きいのは何でしょうか? それは,住居費ですよね.家を買う場合も借りる場合も同様です.具体的には,頑張って食費を1万円削っても,2万円高い家賃の家の住めば吹っ飛ぶわけですからね.

 じゃあ,荷物を極力減らして,できるだけ狭い家に住む,というか,これも別段無理して倹約するのではなく,そういう生活スタイルにするというか,例えば,何かやりたいことがあって,家には寝に帰るだけなら,家なんかどうでもいいわけで,そういうことも考えられるのですが,重要なのは,どこに住むかですよね.

 はっきり言えば,「東京に住まない」ことなんじゃないですかね.

 確かに東京は,いろんなものがあって,住んでて楽しいし,5年くらい前までは,かく言う私も東京に帰りたいとずっと思ってましたし,実際,大学に入って20年,ずっと東京に住んでました.そのときは,住んでて楽しかったし,大学や職場が東京にあって,通勤通学の時間が無駄で苦痛に思えたので,職住接近ということでそういうことにしてたんですが,わけあって東京を離れてみると,その住居費の高さは,異常とも言えるもので,一方では,東京には,学外の仕事とかでしょっちゅう行くんですが,意外と素通りというか,用事がないんですね.

 でも,職場が東京にあるのなら,しょうがないじゃんということなんでしょうが,そういうことも含めての経済感覚というか,東京で働いて高い給料もらっても,高い住居費に消えるのでは,アクセルとブレーキを同時に踏んでるようなもので,何やってんだか,ということなわけで,要は,目先の節約ではなく,全体をトータルで考えるということでしょうか.

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10/6'19c
[前回とは違う?]
(スポーツ)

 一夜明けて,スコットランド戦に向けて盛り上げようということなんでしょうが,ここで(7点差以上で)負ければ,まさに前回の二の舞です.でも,前回とは違う,日本代表は強くなったとみんな言ってるんですが,前回ともっと決定的に違うことがります.何だと思いますか?

 それは,日程です.日本は開催国なので,自国に有利な試合日程,具体的には,日本は十分な試合間隔を空けて,逆に,日本と対戦するチームは,前の試合から短い試合間隔で日本と当たるように試合日程が組まれています.卑怯ですよね? ラグビーは,非常に体力の消耗が激しいので,これは決定的です.

 でも,前回は,日本は,これでやられたので,やり返してるとも言えるんですが,何が言いたいかと言うと,自国開催ということで(単に地元の応援がどうこういうことではなく,もっと決定的に)前回よりかなり有利な条件でやってるということを考慮しないと客観的評価にならないということです.

 そんなに見てるわけではないし,単純に比較することは難しいのですが,私は,(既に書いたように)前回と今回のチームを比較して,格段に強くなってる気はあまりしません.でも,条件が有利になれば,決勝トーナメントに行ける可能性は大きくなるわけですし,他国のレベルもちょっと落ちてる感じはするし,勝負は時の運なので,更に上に行けるかもしれませんが,それはあくまで結果なので,(もちろん,日本代表には頑張って欲しいですが)日本大躍進とか言って,変なことに利用されないようにとは思いますかね.

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10/6'19d
[成功するかどうかの分かれ目]

 この件ですが,どこかで書いたと思いますが,理由はあって,それは,やりたいからやってる,だと,オリンピック選手とか国立大学の研究者なら,税金が入ってるわけで,国民の皆様のために苦しい思いをして練習や研究をしています,ということにしておかないといけないわけですし,それは,ファンにお金を出してもらうプロスポーツ選手も同じです.

 でも,実際は,そんなことはないわけですし,辛くて苦しいだけの試合を見せられても,見てる方は感動しないでしょうし,長嶋さんがあれほど人気があったのは,ほんとに楽しそうに野球をしてたからですし,研究だって,楽しいからやるわけだし,だからこそ,成果が出ると思うんですよね(もちろん,やりたいことをやらせてもらってることに対する感謝の気持ちは大事).

 でも,そんなこと言っても,多くの人はわからないわけで,そういうことにしてるんですが,言い方を変えると,メディアをはじめ,そこら辺で言われていることの多くは嘘なわけで,その嘘を信じて騙されるのか,それが嘘だとわかるのかどうかが成功するかどうかの分かれ目ってことですかね.

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10/6'19e
[やらないといけないがなくなる]

 50を過ぎるといろいろがらっと変わるということを何度か書いてきましたが,「やらないといけないがなくなる」という感覚はあります.

 子供の頃なら,大人になったら自分で食べて行かないといけない,そのために勉強しないといけない,何を仕事にするか決めないといけない,やりたいことを見つけないといけない,大人になったら,ある程度は,出世しないといけない,成功しないといけない,会社の理不尽な命令に従わないといけない,結婚して子供を作らないといけない,研究者だったら,研究業績を残して,昇進しないといけない,英語で論文を書いたり,発表したりするのに英語の勉強もしないといけない,いろいろめんどくさい仕事もしないといけないとか,様々あったと思うのですが,そういうのが50を過ぎるとなくなるというか,もちろん,やらないってことじゃなくて,やりたければやればいいけど,やらないといけないということではなくなるんですね.

 それは,ゴールが見えて何でもありになるというか,いざとなったら,できないってケツをまくって仕事をやめても何とか食べては行けるし,(そういうのはよくないし私はやりませんが)そんな感じで居座ってる人もいるわけで,何が言いたいかと言うと,若いときは,やらないといけないことがいっぱいあって,大変だと思うんですが,そういうことがなくなるのは,意外と早いので,もうちょっとと思って頑張りましょうってことですかね.

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10/6'19f
[双青戦]
(バドミントン)

 バドミントンの京大戦のことを何度かこのサイトに書いたことがあると思います.この記事を見るともう70年くらいやってることになります(この記事を見ると中止とありますが,その後,日を改めて開催されました).

 それで,東大バドミントン部OBOG会(駒羽会という)の駒羽会報が定期的に送られてくるのですが,その中に「双青戦」というのが出てきてて,何?と思ったんですが,どうやら京大戦のことで,いつからかそういう呼び方になったのかと思って調べてみたんですが,ここにありますね.

 どうやら,バドミントン部とか各部でそれぞれやっていたものを全体の対抗戦にしたみたいで,2009年から始まってるようですから,まだ歴史は浅いですね.

 でも別にいいんですが,双青戦とか言われてもぴんと来ないなあ.

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10/7'19
[スクールカラー]
(大学)

 上の話の続きというか,双青戦の由来は,東大のスクールカラーが淡青(ライトブルー),京大のスクールカラーが濃青(ダークブルー)であることだそうで,東大のスクールカラーが淡青であることは,知ってましたが,京大のスクールカラーは,知りませんでした.でも,そう言えば,この色がよく使われてたなあとは思いました.例えば,京大のウェブサイトは,そういう色使いですし,確か,防災研のロゴのバックもこの色だった気がします.

 じゃあ,東大は,どうかと言うと,ぱっと思いつくのは,野球部のユニフォームですが,ウェブサイトは,こんな感じで,それほど全面押しでもないですね(むしろ,イチョウの葉で黄色と対になってるイメージ).

 ちなみに,筑波大のスクールカラーは,紫で,校章の色に使われてるんですが(ウェブサイト),これも紫と対みたいに使われる薄緑とか青の印象というか,バドミントン部のユニフォームもそういうのが多い気がします.紫のユニフォームってちょっと変ですしね.

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10/7'19b
[ジュニア経験者]
(スポーツ)

 駒羽会報の記事にもあったんですが,最近は,京大が強いんだそうです.分析というか理由としては,東大にはほとんどいないけど,京大には,ジュニアからの経験者がかなりいるということで,このサイトでもどこかで書きましたが,小学校高学年くらいのときにやってたスポーツって重要なんですよね.実際,筑波大の場合は,ほとんどがジュニア経験者ですからね.

 そうなる理由としては,東大の場合,中学受験者が多い(筑駒とか開成とか多くの進学校が中高一貫)ということがあって,小学校高学年で受験勉強しないといけない,一方,京大の場合,高校から勉強しても目指せるということらしいです.更には,東大には進振りがあって,1, 2年生のときも勉強しないといけないとか,体育館の数が少なくて,サークルもいっぱいあるので,週三でしか練習できないということもあります.

 うーん,考えさせられますね.スポーツしないといけないとは言いませんが,小学校高学年から受験勉強しないといけないってのは,あまり自然じゃない気がしますね.かく言う私も受験勉強というほどではないですが,全教研の模試を受けたりは,してましたし,週末だけ小学生向けの森田に行ってたような気もするかなあ.

 でも,確かに筑駒とか開成とかに中学から行くのが王道だとは思いますが,私もそうですが,多分,半分くらいは,高校からとか,公立からだと思うので,東大だって,高校から目指せるとは思いますけどね.

 逆に(どこかで書いたと思いますが)ちゃんとスポーツをする環境がなかったです.近くの空き地でY田君とかC竃君とかK迫君とかと野球をよくやってましたが,いわゆる部活のようなものは,小学校のときはなかったですし,もしバドミントンに目覚めたとしても,やる環境がなかったです(もっと言えば,中学にも高校にもバドミントン部はなかった).

 でも,いろんなスポーツはやりましたし,早い段階で一つの競技に絞り込むよりは,楽しかったと思いますが,今は(ほんとはいろんなスポーツをやりたいけど)限られた競技しかできてないわけですから,それがバドミントンだったかどうかはともかく,音楽ではピアノを早い段階からやったように,何かのスポーツをそれなりに小さい頃からちゃんとやれてたらとは思いますね.

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 と書いたんですが,確かに現役時代(と言っても大学時代だけ)は,大した成績は残せませんでしたが,その結果かどうかはともかく,その後もバドミントンを続け,30代は,文京区という社会人にとって恵まれた環境でそれなり練習して,40になったときは,年代別の全日本の試合で何回か勝てるくらいにはなって,今は,怪我とかもあって,その頃より競技力は,格段に落ちてしまいましたが,まだ何とか続けてるわけですし,いろいろ考えて,復活というか,また年代別の全日本レベルに戻ろうとはしてるわけで,結果オーライじゃないですが,いいバドミントン人生は送れてると思うので,(私の場合は)これでOKですかね.

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10/7'19c
[やっぱり環境?]
(バドミントン)

 と書いて思ったんですが,やっぱり,環境なんですかね?

 私が一番バドミントンの練習をしていたのは(大学の現役時代を除けば),30代だと思うのですが,それは,文京区という社会人にとって恵まれた環境,具体的には,毎日どこかでかなりレベルの高い練習がされていて,そこに行くと,松井さんとかのシニアの全日本クラスの人がいて,シングルの相手をしてもらえたってことなんですが,じゃあ,今はどうかと言うと,確かにそういう練習はできないですね.

 私の競技力が衰えたということで,そこそこレベルの高い人はいるんですが,ちょっと基礎打ちしてダブルスのゲームって感じですし,シングルがやりたい私からしたら,やりたい練習は,ほとんどできません.

 筑波大バドミントン部の練習に混ざることは考えられますし,実際,筑波大に来て何年かはそうしてましたが,それには,相当の覚悟が必要ですし,15年前ならともかく,今のフィジカルでは,またすぐ怪我すると思います.そもそも,部活ですから,私が練習したいというよりは,私が彼らに対して与えられることがないといけないわけで,今の状況では,プレーでそういうことをするのは,厳しいですね(でも,そういうところまで戻したい,具体的には,準レギュラーの女子と打って,いろいろアドバイスできるところまで戻したいとは思ってるけど).

 でも,どこかで書きましたが,環境が変えられないのなら,その中でどうするか考えるしかありません.そして,実際,そうしてますし,成果が現れて競技力が戻れば,また,筑波大バドミントン部の練習に混ざるというか,準レギュラーの女子と打って,いろいろアドバイスできると思うんですよね.

 でも,「現在位置」を考えると,やっぱり,遥かに遠い道のりに見えますね.

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10/7'19d
[橋を一本にするには]

 橋が二本になると厳しいってことなんですが,じゃあ,橋を一本にするには,どうしたらいいかということになります.例えば,しょーもない仕事だけど,これで時給実質1万円ならやったるか,ということでしょうか.そして,そういうことを言う人は,結構います.

 でも,私の場合,必要以上のお金は要りませんし,しょーもない仕事以外にもやることはいくらでもあるわけで,そこが逆に?問題ということなんでしょうか?(余計な金を稼ぐことより,無駄な支出をしない方が遥かに高効率だし)

 例えば,お金は要らないけど,お金を稼ぐことにそれなりの意義を見出す? 実際,ないよりはあった方がいいのは確かでしょうし,日運とかでハイリスクの取引ができるのも,一方では,安定した給料があるから? それは,確かにありますが,この場合は,橋が二本ですね.

 じゃあ,日運とかは,(お金は要らないけど)スポーツと同様,「試合に勝ちたい」とは思ってやってるわけで,そういう考えは,仕事にも導入できる?

 うーん,でも,スポーツで,試合に勝つのは,あくまで結果で,何のためにやってるかは,創意工夫をして強くなることを楽しむことですし,それは,日運とかも同じです(世の中や経済の動きを見て,将来の見通しを立て,それが正しいかどうかを試すみたいな感じ).

 ですから,私の場合,やっぱり,ちょっと難しいですかね.

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10/7'19e
[授業]
(大学)

 研究以外の大学の仕事のうち,授業については,しょーもない仕事というわけではありません.確かに自分で勉強すれば,30分で済むものをわざわざ75分とか90分に引き伸ばしてやってるという側面はあって効率は悪いですが,優秀な学生ならともかく,そうしないとわからない学生も多いですからね.

 でも,「そうしないとわからない学生」よりは,優秀な学生を相手にしたいとは思いますし,研究ではなく,既にわかっていることを毎年繰り返してやるのがだんだん苦痛になってきました.もちろん,毎年,更にいい授業にするためにリバイスはするんですが,長年やってると,それもだんだん収束はしてくるわけで,じゃあ,担当科目を変えるかと言うと,それはもっとめんどくさいわけで,55歳定年説じゃないですが,いろいろ潮時感は感じますね.

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10/7'19f
[「まだまだ」と「もうこのくらいでいいや」]

 まだまだだめだ,と,もうこのくらいでいいや,のせめぎ合いだと思うんですよね.

 思い返してみると,何をやるにしろ,基本的にずっと「まだまだだめだ」でやってきたと思うんですよね.でも,「もうこのくらいでいいや」と思うものも出てきた.少なくとも,研究以外の仕事はそうです(きっぱり).

 でも,それは,まだら模様というか,「もうこのくらいでいいや」というものもあれば,「まだまだだめだ」と思うものもある.そして,単純に言えば,「まだまだだめだ」と思うものこそ,これからやることなのかもしれません.

 「まだまだだめだ」というのは,言い方を変えると,やればもっとできる,やればもっとできないことができるようになる,わからないことがわかるってことでしょう.

 そんなこと関係なく,単純にやりたいこと,やらずにおれないことをやるということもありますが,そういうこともあるとは思います.逆にやりたくないことは(できるだけ)やりたくないし,もうこれ以上やっても...ってことも潮時ってことでしょうか.

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 じゃあ,何もかもが「もうこのくらいでいいや」となったら人生終わり?

 まあそういうことですが,たとえそうなったとしても,実際には,人生は続きます.そして,そういう人生になったとしても,まあまあ楽しく生きていけるとは思いますよ.

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10/7'19g
[メンタルのコントロール]

 そもそもなんですが,メンタルのコントロールなんかできるんですかね?

 緊張してるときどうするかとかそういうことじゃなくて,モチベーションを上げるというか,だったら,まさにやる気三要素ということなんですが,報酬ではなく,内的熟達ということなら,結局,やってることにそういうことを感じるかってことなわけで,でも,面白くないことは面白くないし,やりたくないことはやりたくないわけですからね.

 だったら,何とかしてそういうものを探せばいい,何か一つでもそういうものがあればいいってことなんですが,何もなくなると八方塞がりということになります.

 まあそれでも,すぐ上で書いたように,それなりに楽しくは生きていけるとは思うし,そう思うと,まあいっかとなって,じゃあ,どうするかってことにもなってくるんで,そうやっていろいろ考えているうちに,人生は過ぎていくってことですかね.

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10/7'19h
[蜜蜂と遠雷]
(ピアノ)

 さかんに宣伝をしてるんですが(プロコフィエフの3番が出てくるので耳につく),蜜蜂と遠雷という小説が映画化されたんだそうです.小説にも映画にも興味はないんですが,蜜蜂と遠雷ってどこかできいた名前だなあと思ったら,ある音楽サイトに何年か前に紹介されていたのを思い出しました.

 そこでは,小説の中に,「世界中で自分一人になってもピアノを弾くか」という問いがあって,どう思いますか?ということだったんですが,私の答えは,もちろん「はい」です.というか,そういうことを目指してるというか,探求してるってことですかね.

 でも,実際のところは,ほとんどの人は,それでは厳しい,つまりは,誰かに聞いてもらうことで演奏は成立するってことみたいです.つまり,非常に難しいってことなんですが,難しいからやってみようとは思いますし,(技量の問題ではなく)そういう領域?に近づきつつあるとは思います(むしろ,演奏会で弾くのがしんどい).

 それにしても,この小説(映画)もそうですが,どうしてすぐ「コンクール」ってことになるんですかね? コンクールなんて,そんなに大した意味はないというか,それこそ大学入試みたいな登竜門的なものに過ぎないと思うんですけどね.若い人が主人公じゃないと様にならないから,まだまだ未熟なコンクールを受けてるときってことになっちゃうってことですかね.

 ていうか,今時,コンクールで今まで聞いたことがない度肝を抜かれる演奏に遭遇,みたいなことは,まずないでしょうし,コンクール自体も実際はそんなに華やかなものではないし,そもそも,音楽ってそういうものじゃないというか,作り上げられた架空の話(まさにフィクション)って感じがしますかね.

 まさにエンターテインメントってことなんでしょうが,何年か後に地上波で放送されたらご飯食べながら退屈しのぎに見てもいいかなって感じでしょうか.

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10/7'19i
[男と女の幸せ]
(世の中)

 「男と女の幸せ」というフレーズがきこえました.てことは,男と女の幸せは違うってこと? でも,同じなんじゃないですかね?

 やり甲斐があってそれで飯が食っていける仕事があって,愛する人がいるってことで,それは,男も女も同じなんじゃないですかね?

 いやいや,男の幸せは,かわいい女をものにして,仕事で成功して,家族を養うことで,女の幸せは,そういう男をゲットして,三食昼寝付きで生きていくこと?

 もう何をかいわんやといったところでしょうか.

 でも,そうしたい人もいるでしょうから,そうしたい人は,勝手にそうすればいいとは思いますが,そういう価値観を他人に押し付けたり,メディアを使って洗脳したりするのは,だめですよ.

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10/7'19j
[当たり前ですかね]
(世の中)

 こういうご時世なので,YouTuberとか,何かのしょーもないビジネスとかが宝くじのようにたまたま当たって,○億くらいのあぶく銭を稼げることもあるでしょう.そして,そういう奴らの多くは,タワマンとか高級車とかブランド品とか夜の街とかに散財してるんですが,そんなしょーもないビジネス?に持続性があるわけないですから,さっさと手を引いて,手堅く運用して,やりたくない仕事しないで,やりたいことやって行くのが正解だと思うのですが,実際のところは,そういう人は,なかなかいないわけで,一見すると,ものすごく不思議な感じもするのですが,何か素養というか能力があって稼いだわけじゃなくて,単に宝くじが当たっただけのようなものですから,当たり前ですかね.

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10/7'19k
[不思議]

 もっと言えば,それこそ論語の時代,つまりは,2000年以上前から,こう生きるべきとかいうことは説かれているのに,そこからほとんど成長がないというか,未だにしょーもないことばっか考える人間ばかりなのは何なんですかね? それこそほんとに不思議?

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10/8'19
[「研究者」の割合]
(大学)

 私は,研究者になりました.そして,研究者として食べていくために,数ある研究機関の中から大学に就職しました.でも,大学は,研究機関であると同時に教育機関でもありますから,研究だけするというわけには行きません.でも,最近,大学教員の中に占める「研究者」の割合が減ってると思うんですよね.

 大学教員の研究以外の仕事としては,まず,講義があるでしょう.でも,ただ講義をするだけではだめで,最近は,学位プログラムとか,カリキュラムや時間割の変更がものすごいです.それこそ数年おきにやってる感じです.なんなん?

 その他にも担任とか学務とか総務とかいろんな仕事があります.でも,これは,学校の先生ならやってることですかね.つまりは,大学の教員は「教師」でもあるということです.

 でも,そこで話は終わりません.例えば,教授なら,准教授,助教の昇進人事や採用人事,更には,助教のテニュアトラック審査に関わります.つまり,会社の人事部,更には,評価する人の上司的な仕事もあるんですね.

 更には,入試とか広報とか就職とかいろんな仕事があって,どれも事務方ではなく,教員がメインの仕事をしてるんですね.研究室の予算を管理したり(経理),研究室自体の運営もしないといけません(経営).

 つまりは,大学の教員は,研究者+教師+人事+総務+事務+経理+経営みたいなことになってて,これじゃあ,「研究者」の割合が減って行くのは,当然のことで,私は今何かときかれて「研究者」って感じじゃないというか,自分自身,もうそういう気がしないんですね.

 5年くらい前までは,何とかなってたと思うのですが,今ほどカリキュラムがしょっちゅう変わることはなかったし,人事ももっとシンプルだったし,仕事量は全然違ったと思うんですよね.つまりは,余計な仕事をどんどん増やして,一体何やってんだ?ってことでしょうか.

 でも,不平不満ばかり言ってもしょうがないし,大学には大学のよさ,具体的には,学生を育てられるということや,完全裁量労働制(時間ではなく仕事量が決まってるだけなので,事務処理能力を発揮してさっさと片付ければ早く仕事が終わる)ということなんで,与えられた環境でやるしかないってことかもしれませんが,一念発起すれば,環境を変えることもできるので,タイミングをはかるというか,何かが起こるのか起こらないのか,ってとこでしょうか.

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10/8'19b
(補遺)

 やる気の制御は確かに難しいんですが,報酬でやる気を出そうとしてもだめで,内的熟達(それそのものに面白さを見出そうとすること)こそがやる気の源泉ってことなんですが,問題は,内的熟達に値しないというか,そういう要素を見出しにくいものをどうするかってことです.

 それでも,やらないといけないことならやらないといけないし,どんなにつまんなそうに見えることにも,何かしらそういう要素はあるものですが,やる価値が(そんなに)ないことをそんなにむりくりやることないでしょ,ということなわけです.

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10/8'19c
[腰に来る]
(バドミントン)

 練習だったんですが,日常生活から「例の意識」をすることで,先週よりは,意識ができて少し動けたと思います(でもまだまだ).でも,かなり腰に来ますね.つまり,早くもトレーニングの必要性ということでしょうか.具体的には,腹筋とか背筋とかの体幹ですかね.

 でも,重要なのは,やはり,日常生活から意識することですかね.それは,意識の問題もありますが,トレーニング的な効果もあると思います.ですから,まずはこれですかね.

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10/8'19d
[少し余計に長生きしないと]

 父は,48で亡くなって,まだまだやりたい仕事があって,無念だったと思うのですが,私だったらどうだろうかとふと帰り道で考えました.

 だいたい10年前ですが,もしそこで死んでいたとしても,強震観測点回りの被害データを集めて,分析して,1-2秒応答は,既に提案してるし,一仕事できていたことになります.もちろん,そこから,更に検討は進むのですが,大枠はできてたってことで,10年前に死んでてもよかったとは言いませんが,もしそこで死んでても,父のように無念ではなかったかもしれません.

 と思ったのですが,その頃のこのサイトの記事を見ると,一仕事できた的なことはあんまり書いてなくて,ちょっと意外でした.ですから,ほんとに死んでたら,その時は,無念だったかもしれず,一仕事できたと思うようになったのは,いつかはわかりせんが,実際に仕事をしてから,大分時間が経って振り返るとそう思えるというのがちょっと面白いというか,あーいい人生だったと思うには,振り返って客観的に見るために「少し余計に長生き」しないといけないってことですかね.

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10/9'19
[ずっと続けばいい]

 こんなことやってどうすんだ?という仕事をどんどん増やす大学に対する不満を書いてますが,何度か書いたように,私は人生の中で今が一番幸せで,人生の中の過去のどの地点にも戻りたくありません.

 そんなに不満があるのに今が一番幸せってことは,過去が不幸だったってことじゃなくて,過去も基本的にはずっと幸せだったと思います.つまりは,相対的な話ってことですが,幸せは絶対的なものなので(他人と比較するものではありません),幸せなら幸せってことです.

 幸せなら,今の状態がずっと続けばいいなあってことになるんですが,実際,そう思います.どこかで書きましたが,大学受験の浪人時代にそう思ったことはありました.だって,学校に行く必要もないし,ほんとに自由でしたからね.大学院時代も今の状態がずっと続けばいいなあと思いましたし,それに近い状態を続けるために大学に就職したようなもんです(笑).

 でも,現実には,歳をとって行くし,定年が来れば,大学はクビになって,学生達と楽しく研究していくことはできなくなるわけで,それは,永遠に浪人生活や学生生活が送れないのも同じです.つまり,今の状態がずっと続くことはないわけで,今はいいけど,将来のことを考えると,今の状態を続けることがいいってことにはなりません.

 研究がもっとできるよりよい環境があるところに移れれば,ほいほい乗っかるでしょうし(研究者なら当たり前),それが難しければ,定年後のこと考えて,しっかり準備して,場合によっては,ってこともあるということです.

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10/9'19b
[橋を一本に]

 橋を一本にするには,ですが,お金(報酬)がだめなら人との繋がりということで,素直に考えれば,ある組織に所属している以上は,その組織の利益のためにしっかり仕事をする,ということでしょうか.組織は,大学全体というよりは,専攻とか自分の回りにいる教員とかですかね(つまり,大学(上層部)は敵ってことか).

 彼らはみんなまともでちゃんとしてるし,彼らといっしょに(余計な仕事もあるけど)しっかり仕事をして,場合によって大学上層部と戦うというか,何とか受け流して行きながら,将来ある若い教員のために専攻を守る,学生達のためになるようにして行くということでしょうか.

 こっちの方が報酬よりはしっくり来ますね.でも,やっぱり,内的熟達というか,一組織ではなく,社会全体の利益に繋がるようなこと,具体的には,日本や世界の地震防災に繋がる仕事がしたいとは思います.でも,それが阻害されるいろんなことがあるってことは,お前はその程度の玉で,それに甘んじてやれってこと?

 まあそういうことなんでしょうが,お前はその程度の玉だって誰がどう決めるんや?ってことですよね.どんどんしょぼい世の中になって行く中で,そういうしょぼい価値基準でそういうことを決められてるわけで,でも,世の中が変わらない限りはどうしようもないわけで(というか,益々おかしな方向に行ってるわけですし),だとすれば,そういう世の中からさっさと離脱することも考えられるわけで,実際,定年が来れば,そうなるわけで,ものは考えようということでしょうか.

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10/9'19c
[いい迷惑]
(学術)

 ノーベル賞ウィークってことなんですが,やっぱり,あんまりいい気はしないんですが,日本人が受賞しないとメディアがお祭り騒ぎをしないので,それはありがたいですかね(笑).

 毎年同じようなこと書いてるような気もするんですが,そもそもノーベル賞って何なんですかね? ていうか,賞を与えられる研究とそうでない研究があるということは,研究に優劣があるってこと?

 それはそうかもしれませんが,じゃあ,それは,どうやって判断する? 権威ある?審査員がいて,彼らが判断する? じゃあ,彼らは,何を判断基準としている? それ以前に彼らはどうやって選ばれる?

 非常に危うい話ですよね.そもそも,「賞」自体がそういうものですからね.

 ですから,別に気にしなければいい,研究の価値は,他者評価ではなく,自己評価,つまりは,自分が価値があると思う研究をすればいいってだけの話なんですが,ノーベル賞ウィークとか,誰がどういう賞をとったとか,余計な情報が入ってくると,いい迷惑って感じですかね.

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 じゃあ,お前もノーベル賞をもらえるような研究すればいいじゃん,それを目的としなくても,自己評価を基にいい研究をすれば,結果的に他者評価が得られることもあるんじゃないか,と言う人もいるとは思うんですが,これは何度か書いてますが,私の分野は,対象ではありません.広い意味では,物理学の範疇ということになりますが,受賞した研究は,いわゆる「物理学科」の延長上にあるもの,もっと具体的に言えば,NatureとかScienceに論文を投稿できる分野に限定されることになり,著しい不公平があるわけです.でも,ノーベル賞の重要な評価項目として,人類の役に立つということがあったと思いますが,実情は,かけ離れていることになります.

 ノーベル賞は,ともかく,他にもいろいろ賞はあるんだから,そういう賞をもらえばいいじゃん,と言う人もいると思いますが,これも既に書きましたが,そういう賞のほとんどは「自分で応募」するものなんですよ.もうびっくりじゃないですか?

 つまり,自分に賞をちょーだいと手を挙げないともらえないわけで,応募するのにものすごい手間もかかりますし,ノーベル賞ともなると,いろんな「手順」があって,政治的な話もあるし,そんなことしてる暇があったら研究してたいというか,単純にめんどくさいというか,もらったからと言って,別に何かが起こるわけでもないというか,却って余計な仕事が増えるだけだし,そもそも興味がないってことですかね.

 でも,最近は,だんだんそうも行かなくなって来ていて,具体的には,採用とか昇進とかのいろんな審査で,研究の中身ではなく,I.F.がいくつ以上の査読論文が何編とか,受賞歴とか,外部資金の獲得状況とか,うるさく言われるようになって(でも,だったら,それこそAIにでもやらせりゃいいじゃん),世も末というか,そういう世界からできるだけ距離を置きたいと思いますね.

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 もっと言えば,査読論文自体どうなん?ってこともあると思います(これも既に書いたか).

 研究して面白い結果が出たら,それを多くの人に,特にその研究の真の面白さとか独創性や新規性を理解してくれる非常にレベルの高い人達に知らせたいと思うのは,研究者として当然のことです.それには,ものすごい数の大会論文より,数が絞られて人目にもつく査読論文ということなんでしょうが,査読って,圧倒的査読者優位のシステムなので,いろいろ変な難癖を付ける査読者も多くて(査読するってなると,何か一生懸命仕事しないといけないと思って,せっせとあら捜しする人もいるけど,掲載に値するかどうか判定するのが仕事なので,余計なことをしなくていいと思うんですよね),正直めんどくさいです.

 でも,私は,何とかそこまでは,やってきたってことですかね.でも,最近口うるさく言われるI.F.というか海外のジャーナルには,あまり書いてなくて,それは,単純に,すぐ上で書いた「研究して面白い結果が出たら,それを多くの人に,特にその研究の真の面白さとか独創性や新規性を理解してくれる非常にレベルの高い人達に知らせたい」ってことで,地震工学に関しては,圧倒的に日本に優秀な研究者が多いからに他なりません(海外のジャーナルに書いても,それこそ大した人には読んでもらえない).

 でも,そういう事情を無視して,AIばりの「定量的評価」が行われてるんですが,それは,大学ランキングとかも全く同じで,つまりは,大学上層部とか文科省というよりは,もっと上の話で,世の中全体の「痴呆化」が急速に進んでるってことですね.

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 どうしてそんな悲惨なことになってるかですが,人口増加とそれに伴う経済成長が頭打ちになって,懐具合が心もとなくなって,学術とか芸術とかいった酔狂に気前よく金を出せなくなった,つまり,金を稼ぐしゃばい人間に説明がつくように,多くの賢くない国民に税金を払ってもらうために,「わかりやすく」しようとしてるってことですね.

 そういう意味では,どこの誰か知らない人がノーベル賞もらって,メディアがお祭り騒ぎをして,それに国民が浮かれて税金払うというのなら,ノーベルウィークも多少は我慢できるというものかもしれませんが,学術自体のレベルは,どんどん低下していくと思いますよ.

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 でも,そういう状況の中で何とかするしかないわけですし,若い人達のために,これ以上事態が悪化することがないようにとも思いますが,関係ない奴のことは知らんというか,日本が沈んでも自分が頑張ればいいってことで,そういう体制に与することなく,淡々とやって行けばいいってことでしょう.

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 とか書いてたら,日本人が化学賞を受賞したそうです(気づくのが遅れた.というか,ずっと気づかない方がよかった?).で,また,お祭り騒ぎ?(あんまり見てない) 何だかやっぱり,いい迷惑って感じですかね.

 同じ日本人として誇りに思う? 励みにして自分も頑張りたい? ○カじゃないの? そんなことだから大した仕事できないんですよ(毒).

 リチウムイオン電池ということなので,青色発光ダイオードのときのように,世の中の役に立ったという意味では,わかりやすいのかもしれませんが,研究そのものの価値というか,どういう問題をどういうアイデアをもって解決したかという点ではどうなんですか?

 でも,私個人的には,そういう他者評価は,全く意に介しませんし,別に自分の研究を評価しろとか言ってるわけじゃないので,勝手にやってもらえればいいんですが,ノイズというか研究意欲をそぐというか,せめて邪魔しないで欲しいと思いますし,そういうものに便乗というか,世の中のよからぬ背景的なことを考えると,いい気分はしませんね.

 そもそも,研究なんですから,いろんな人がいろんなことに興味をもって研究していろんな成果が出て,それをいろんな人がこの研究は面白いとかすごいとか言うというのじゃどうしてだめなんですか? ある特定の限られた分野の極一部の研究を取り立てて大きく評価することにどういう本質的意味がある? というか,まさによからぬ企みということですよね.

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10/9'19d
[うまいことなってる]
(世の中)

 世の中の仕組みというか,負の側面が見えると,いい気分はしないのですが,だったら,そういうものが見えない方がいいじゃん,と言う人もいるかもしれません.

 例えば,大学受験で,こんなつまんない勉強なんかしてどうすんだ?とか思わずに,ある意味,盲目的に勉強した方がその時点で成功することもあるでしょうし,能天気にノーベル賞獲るぞーとかいって研究した方が成果も出る?

 私はそうは思いませんし,やる気三要素的に言っても,大したことにはならないでしょうし,うまく行ったとしても一時的というか,持続性はないと思います.

 そもそも,これは私個人的なことでしょうが,研究○カにはなりたくないというか,なれないと思いますし,研究者である前に一人の人間だし,ある意味,哲学者であるべきで,どんなに仕事ができても,そういう話をして,こいつ何も考えてないなという人間にはなりたくありません.

 そして,最近思うこととしては,「うまく行ってる」とも思うんですよね.

 具体的には,歳をとるに従って,いろいろ考える中でいろんなことに気づいてきて,世の中の負の側面が見えてきて,その一方で,定年とかリタイアという形で,そういう世の中から離脱しないといけないわけで,それは,そういうしょぼい世の中から離脱できるということでもあるわけで,ある意味,願ったり叶ったりというか,うまいことなってるなあとも思うわけです.

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10/10'19
[何とかやって行ける?]
(大学)

 うまいことなってるとは言え,まだ10年くらいはありますし,まだまだ研究して行きたいので,何とかするしかないってことなんですが,世の中の「痴呆化」がどんどん進んで行くとしても,自分が頑張ればいいわけですし,孤軍奮闘は,さすがにきついとしても,自分の周辺の人達がまともなのなら,何とかやって行けると思いますし,自分の周辺の人達は,まだ大丈夫だと思います.

 でも,そこが怪しくなってくるときついですね.実際,専攻や学類の同僚の先生達とか,学外のいっしょに仕事をしている人達は,まだまともですが,大学の上層部は(世の中全体の痴呆化に伴って)痴呆化が進んでるわけで,それが浸食というか,例えば,専攻や学類の上層部までそうなってくると,厳しいですね.

 そういう意味では,他の大学はどうなってんのかな?とは思います.というか,そういう話は,もちろんするわけで,例えば,(東大京大以外の)旧帝大系の大学だと,似たようなもんというか,大学や状況によっては,うちよりひどいところもあって,結構やばいと思うわけです.

 東大京大は,まだまともな感じはしますし,そう信じたいってこともありますが,東大京大だけで日本の研究を引っ張って行くのは,さすがに無理ですし,東大の先生は,とりまとめ的な仕事が大変ですから,今の状況は,相当やばいとは思いますね.

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10/10'19b
[よく考えてない]
(スポーツ, 世の中)

 ラグビーWCで,オールブラックスが試合前にやる「ハカ」とかのダンス?が話題になってる(真似して動画をアップしてるような奴らがいっぱいいる)ってことらしいんですが,あれってどう思いますか?

 先住民族の踊りということですが,ゲームが始まる直前にフィールドで,相手に向かって舌とかを出して威嚇するわけですよね.それをWCとかテストマッチとかの公式の場でやるのは,本来的にはルール違反で,例えば,サッカーだったら,一発レッドでしょうし,オールブラックスとかサモアとかはやるけど,対戦相手はやらないというのは,著しい不公平でしょう.

 ○ホな観衆は,喜ぶからそれでいい? だとしたら,観衆が○ホなのが問題でしょう.

 でも,多分,「よく考えてない」んですよね.そして,よく考えずに何となくやってるけど,よく考えると,非常にまずいことっていっぱいあると思うんですよね.

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10/10'19c
[20と50]

 何度か人生50年とか書いてますが,だから何なん?というか,だからどうしたらいいかってことですよね.

 人生50年というのは,人類が存続していくためにDNAに書かれている情報で,要は,20で一人前になるとすると,子供を何人か作って育てたらお役御免,つまり,人類全体からしたら,生きてる価値がないってことで,実際,昔は,そのくらいが寿命だったわけです.

 そういう意味では,20で一人前ということは,20までは,ほっといてもどんどん成長するというか,そうDNAに書いてある(成長ホルモンがどばどば出る)のですが,それ以降は,成長は止まって,自分の身を削ってひたすら子供を育てるように仕組まれてるわけです.

 人類の繁栄のために自分を犠牲にすることを厭わないのなら,そういう生き方もいいでしょうが,私は,そんなつもりはさらさらない(笑)ので,じゃあ,どうするかってことなわけです.

 具体的に言えば,20を過ぎたら,もう成長しない(とDNAに書いてある)ということをしっかり自覚して生きていくってことですかね.つまり,そこから更に成長するには,本能的なものではだめで,それを超える何か知恵のようなものが必要ということです.

 そういう意味では,私は,そういうことを意識したことはなかったですが,人類の繁栄のためではなく,自分が楽しむために何をするかを考えてやってきましたから,結果的にうまく行って成長できたということでしょうか.

 そして,50を過ぎたときは,そのおかげ?か,はっきりと人生が実質終わったことが実感できました.いろんな人と話をしますが,そういうことに気づいてる人はあんまりいないので,次の人生に向けての準備とか,いろんな点で,かなり優位に立てるんじゃないかとは思っています(もちろん,他人と比べてどうこうということではなく,自分がどうかですけどね).

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10/10'19d
[地球温暖化(久しぶり)]
(世の中)

 また台風が来るんですね.房総半島の南の方は,復旧がまだみたいですから,厳しいことになりそうです.2016年熊本地震じゃないけど,震度7が連続してくるようなもん?(でも,熊本地震の場合,震度7が連続することで被害が拡大したことはほとんどなかった(本震で被害はほぼ決まった)んですけどね)

 こういう状況だと,また地球温暖化と騒ぎだす奴がいそうです.地球温暖化については,(最近はあまり書いてないけど)何度も書きましたが,地球温暖化が進んでいるのは,事実ですが,それが人間が排出する二酸化炭素が原因だという証拠は,一切ありません.二酸化炭素を排出すれば,何某かの温度上昇に繋がるとは思いますが,それが地球温暖化にどのくらい影響を与えているかは,全くわかりませんし,屁のツッパリにもならないとは言いませんが,気候変動の要因が大きい(人間が二酸化炭素を排出してない過去に,このくらいの変動は幾度となくあった)と考えるのが妥当でしょう.

 よく出てくる横軸が年で,縦軸が地球の平均気温と二酸化炭素排出量のグラフで,どっちも右肩上がりだから因果関係があるって○ホなこと言う奴がいるんですが,だったら,縦軸にソーラーパネルによる発電量をとったらどうなりますか? これも同様に右肩上がりで,ソーラーパネルによる発電量が増えるほど,地球温暖化が進むということになります.

 つまり,地球温暖化と二酸化炭素排出は,全くの別問題なんですが,それをむりくり結び付けて何かよからぬことを企んでいるわけで,具体的にどういうことがあるかは,いくつか書きました.でも,最近だと,スウェーデンの女の子を騙くらかして国連で演説までさせて,挙句の果てにはノーベル平和賞とか,一体何を考えてるんですかね?

 はっきり言えるのは,彼らが考えてるのは,地球温暖化を止めることではなく,それをネタに何かを企んでるということです.

 でも,むりくり目先の経済を回して,後世に莫大な借金を残して,無駄に二酸化炭素を排出するのはやめましょう,というのは,いいんじゃないですかね.でも,それならそういう風に言わないといけません.

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10/10'19e
[神風?]
(スポーツ)

 週末,台風で,いろんな行事が中止になってるみたいですが(いろんなところからメールが来る),個人的には,バドミントン部のインカレ@小田原,秦野が一番心配ですね.室内競技だから何とかできるとは思うんですが.

 あとは,個人的に心配ってことはないけど,ラグビーのWCも週末に(日本代表にとって)大事な試合があります.一つは,スコットランド戦で日曜日ですが,もう一つ重要なのが,あまり言われてないけど,土曜日のアイルランド対サモアです.

 普通に行けば,アイルランドがボロ勝ちするとは思うんですが,台風で中止になると順延ではなく「引き分け」になるって言うんですよ.もうびっくりですが,アイルランドにしてみれば,やればボロ勝ち(勝ち点5獲れる)ところを引き分け(勝ち点2)では,痛いどころではなく,日本対スコットランドの結果次第では(具体的には,日本がスコットランドに7点差以内で負ければ),アイルランドが敗退になってしまいます.

 日本にとっても,そんな結果でベスト8に入っても後味が悪いでしょうし,それは,日本対スコットランドが中止になって,両者に勝ち点2が入り,スコットランドが敗退しても同じでしょう.でも,やって負けて敗退するのなら,まさに神風?

 でも,土曜日のアイルランド対サモアは,福岡ですし,日本対スコットランドは,横浜なんですが,日曜の夕方なので,何とか通り過ぎた後みたいな感じもするんで,試合の結果は,どっちでもいいんですが,変なことになるのは,よくないと思うので,どちらの試合もやれるといいですね.

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 あっ,イングランド対フランス,ニュージーランド対イタリアは,中止になったんですね.でも,これは,大勢に影響がないかな(イタリアがニュージーランドに勝ってボーナスポイントまで獲得するのは厳しいし,イングランドとフランスは,もうトーナメント進出が決まってた).大勢に影響がある場合は,そうも行かない? でも,同じ日のアイルランド対サモアは,やるってことですかね.たまたま,会場が東海や関東じゃなく福岡だったってことで,まさに薄氷を踏む感じ?

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10/10'19f
(ガソリン)

 ガソリンですが,その後,消費増税に伴って,146円に再上昇したのは,想定内でしたが,その後,なかなか下げず,今日,ようやく一気に141円に下がりました.でも,グラフを見ると,まだ下がる感じもしますね.

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10/10'19g
[そんなにハードルは高くない?]
(生活)

 「いつでも引っ越しできる状態」が理想なんですが,逆に言えば,引っ越しは,大変で面倒なわけです.でも,考えてみたら,引越し屋さんって,毎日,下手すりゃ,一日三回くらいやることもあるんですよね.ただ,荷物を運ぶだけってこともあるでしょうが,おまかせパックとかだと,荷造りからやるわけですからね.

 何が言いたいかと言うと,「いつでも引っ越しできる状態」だと,いつでも引っ越しできるように荷物が低減かつ整理されているということで,普段の生活も快適ってことなんですが,実は,そんなにハードルが高いわけじゃないってことかもしれません.

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10/10'19h
[生きたように死ぬ]

 先週の情熱大陸の在宅ホスピス医は,よかったですね(録画で今頃見てる).

 (第一の)人生を実質終えたとしても,単純にやりたいことである研究はしていきます.でも,死ぬまで続けるのは,無理でしょうから(仕事しながらポックリ逝ければ,理想でしょうが,そうは問屋が卸さない),何十年と続くかもしれない第二の人生が退屈で苦しいものにならないように,準備はしっかりしないといけませんし,そして,その先にあるのは,やはり,「死に方」という壮大なテーマということになります.

 これがとてつもなく重要,かつ,難問だし,だからこそ,何とかしてうまく行かせたいと思うわけです.その人は,「生きたように死ぬ」と言っていましたが,ソフトランディングというか,苦しむことなく,穏やかに眠るように死ねたら最高ですよね.

 でも,多くの人は,病院のベッドの上で長く苦しい時間を過ごした後に亡くなるわけです.そこをそうではなく,延命治療をせず,でも,しっかりペインケアをして,在宅で家族といっしょに過ごし,そして,最期は家族に看取られて,というのが,その人が行っている方法で,私もそれでいいと思うのですが,私には子供がいないので,そうは行かないし,変な話,最期の時期を家族と過ごしたいというよりは,今と同様に,最期の時期も,一人,時々,みんな(家族とか友人達)で過ごしたいと思うんですよね(今は).

 つまり,基本,一人でのんびりがいいってことなんですが,それは,とてつもなく高いハードルでもあるでしょう.でも,高いハードルだから超える挑戦をしたいとも思うわけで,それはまるで,若い頃,一丁仕事してやろうと思ってた時と同様に,「その気になること」でもあります(ていうか,第二の人生の最大の目標?).

 で,50過ぎて,(第一の)人生を実質終えたと思ってから,というか,そう思えたおかげで,早速準備にとりかかってる(笑)わけですが,一番重要なのは,大きな病気にならないことでしょう.これを100%実現するのは,非常に難しいですが,確実に確率を減らすことはできます.

 基本は,できるだけストレスをかけない,溜めないことと,無理をしないことでしょう.これについては,何度か書きましたが,そもそも,ストレスをかけられず,無理もできなくなりました.そういうことを歳をとったと嘆くのではなく,潔く受け入れて,疲れたら休むを守るということですかね.そして,結果的に,その方が仕事も仕事以外のこともできて,結果最大になってると思います.

 現実には,疲れても休めないときもありますし,こんなことやってどうすんだ?というような仕事もストレスも増えてきてるんですが,もうあかんと思ったら,いつでもやめてやるぜと思ってやってますし,そういうつもりでやるのも大事なことかもしれません.要は,優先順位が抜本的にひっくり返ったということです.

 あとは,やっぱり,お金が必要な気もしますよね.ほんとに病気にならずに,ふつーのマンションの一室で一人(時々,みんな)で過ごして,具合が悪くなって,自分で通報して,あるいは,業者というか,そういう契約をしているところに発見されて病院に運ばれて,最期は,病院のベッドの上というのは,全然OKなんですが,高齢になると,体調が大きく変化して,在宅だと子供とかのケアが必要みたいで,それができないとすると,どこかの施設にということになりそうです.

 そうすると,一人(時々,みんな)がいい私としては,病院の大部屋は嫌だし,個室でプライバシーがしっかり確保されて,となると,それなりのお金がかかると思うんですよね.

 もちろん,そんなことより,しっかり無理をしないで,余計でストレスを溜める仕事も(できるだけ)しないで病気にならないことが一番なんですが,そうは行かなかったときのために,ある程度,稼いでおくことも必要で,でも,そのために無理して働いたら,何やってんだ?てなことなわけで,やっぱり,無駄な支出をしないのが大原則だとは思いますね.

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10/10'19i
(野球)

 CSファイナルもやってるんですが,よくないですね.唯一,まともなピッチャーだったニールが打たれ,今日は,当然のように今井が打たれ(打たれた球は全部高い),このままでは,去年と全く変わりません.このまま終わるんですか? それでいいの?

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10/10'19j
(このサイト)

 最近,このサイトに書く量が増えてる気がします(今日も「j」まで来てるし).でも,記録を見てみると,費やしてる時間は,いつもとそんなに変わらない(1〜2時間程度)ですね.

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10/10'19k
[慣性モーメント]
(スポーツ)

 (日本時間の)夜中に世界体操をやってるんですが,シモーネ・バイルズという選手がいます.確か男女を通じて史上最多の金メダルを獲得しているとか,全種目制覇を狙ってるとか,男女を通じて初めてのJ難度の技をやるとか,とにかく圧倒的な競技力をもつ選手で,フィジカルがすごいんですが,さっき見て「え?」と思いました.

 めちゃくちゃ小さい.体操は,(慣性モーメントが小さい方が圧倒的に有利なので)小さい選手が多いんですが,その中でもひと際小さく見えました.で,調べてみたら,142cmですね(そりゃ小さい).

 でも,バイルズがそんなに小さいという印象はなくて,でも,実際は,めちゃくちゃ小さかったわけで,何か不思議というか,演技があまりにすごいので,大きく見えてたってことですかね? でも,あのフィジカルで,それだけ小さかったら(慣性モーメントが小さかったら)そりゃあ圧倒的ですわな.

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10/11'19
[全てを受け入れられるように]

 人生が(実質)終わって,優先順位が抜本的にひっくり返ったってことなんですが,余計な拘りがなくなって,全てを受け入れられるようになったということですかね.

 多くの人は,若い頃は,金持ちになりたいとか,仕事で成功したいとか,有名になりたいとか,会社で偉くなりたいとか,結婚して玉の輿に乗りたいとか,いろいろ思ってるわけですよね.私の場合は,やりたいことやれてればよかったんですが,一仕事したいとは思ってましたし,東京に帰りたいとも思ってました.でも,50くらいというか,ある時期が来ると,そういうのは,「もう全部終わり」なんですよ.

 私自身については,仕事は,何とか一仕事できたかなとは思ってますが,東京に帰ることはできなかったわけで,でも,50を過ぎて,人生が実質終わると,もうそういうことは起こらないわけで,否応なしに受け入れざるを得ないわけです.

 そして,どうして東京に帰りたいと思ってたのか,よくよく考えてみると,単なる思い込みというか,東京に帰ったら帰ったで,いろいろ面倒で大変なことに巻き込まれた可能性が大きくて,だったら,帰れなくてよかったとも思えるわけで,一体何だったんだ?ということを身をもって感じるわけです.

 そうすると,当然のように,生き方も変わってくるわけで,例えば,このサイトに,研究関係以外の大学のしょーもない仕事がうざい(口悪)と再三書いてますが,じゃあ,そういう仕事が今いるところより少なくて,もっと研究できるところ(は,ほとんどないと思うけど奇跡的にそういう話が)来たら,ほいほい行くとは思うのですが,もしそういう話がなかったとしても,それはそれで受け入れるというか,そもそも,そんなうまい話はあるのか,東京の話じゃないですが,そういうところに行ったら,それはそれで大変なこともあるでしょうし,つまりは,どっちでもOKというか,全てを受け入れられるようになったってことで,これって,ある意味,無敵だと思うんですよね.

 とか書くと,自堕落にだらだら遊んで生きていくのもありか,という人もいると思うんですが,はっきり言えば,当人がそれを選択するのなら,それもありでしょう.でも,何かその気になることがあれば,やればいいし,体や心と相談してできる限りのことをやればいいと思うし,でも,その結果どうなるかは,関係ないというか,そもそも,そういうことを目的とすることはないってことですかね.

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10/11'19b
[それだけの価値があるか]

 体と心をすり減らして余計な仕事をして余計な金を稼ぐくらいなら,経済感覚を発揮して,支出をコントロールした方が全然楽と再三書いています.それは,そうなのですが,実際には,なかなか難しいこともあります.

 具体的には,仕事や仕事以外でいろんな付き合いがあるでしょうから,そういうところで「経済感覚」を発揮すると,ケチケチすんなってことになります.

 じゃあ,自分しか関係ないところで経済感覚を発揮すればいいということになりそうですが,これも単純な話ではなくて,自分に関係したところでも,それだけの価値があると思えば,ケチケチしてはいけません.

 そういう意味では,自分しか関係ないところ,他の人も関係するところという区別もあまり意味はなくて,人間関係を円滑にするために,気前よく払った方がいいと思うのなら,それは,自分にとって「それだけの価値がある」ということですし,結局は,それに尽きるという単純な話でもあるわけです.

 じゃあ,自分にとって「それだけの価値がある」かどうかの判断は,どうやってすればいいかってことになるんですが,そんなの知ったこっちゃありません.だって,価値観は人それぞれですからね.つまりは,各自しっかり考えろ,結局は,いつも書いてる「よく考える」ってことです(でも「直感」も大事.つまりは,なかなか難しいし,そこが分かれ目ってこと).

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10/11'19c
[マンションの雨戸]
(生活)

 今はまだとても静かで.嵐の前の静けさということでしょうが,最強クラスの台風が東海,関東を直撃ということで,戦々恐々状態みたいですが,いいんじゃないですかね.用心しすぎてカラ振ってもそれが防災の基本ですからね(津波避難と同じ).

 でも,気になることがあります.それは,マンションに雨戸がないことです.理由としては,高層階の雨戸が飛ばされるとやばいってことなんですが,じゃあ,何か飛んで来たらどうすんの? マンションだと建物自体は,台風くらいはどうってことないと思いますが,唯一,窓に何か飛んで来て,窓ガラスが割れると大変なことになります.もちろん,カーテンを閉めたり,ガラスの飛散防止の対応はしますが,強風下でガラスが割れれば,雨や風が室内に入ってきますからね.

 そんなことになったらやばいってことで,てきとーに素人が何か取り付けたりしたら,それが飛ばされて却ってやばいんじゃないの? つまり,雨戸がいいかどうかはともかく,台風でも飛ばされない窓ガラスが割れないように保護するものが必要では?

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10/12'19
(日記, バドミントン)

 少しずつ,雨とか風が.

 インカレですが,今日は,最初の一試合だけで打ち切りとなりました(昨日の時点での決定事項).今日一日待機して,今日中に台風にさっさと通り過ぎてもらって,何とか明日以降,タイムテーブルをやりくりして,最後まで実施できるように願っています.

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10/12'19b
[新しい?]
(世の中)

 この記事もそうですが,次々に「新しい」映画とか音楽とか小説とかが出てきますよね.どうしてだと思いますか? 今までにないものを生み出そうという芸術活動の賜物?

 もちろん,それが理想というか本来的ですし,そういうつもりで活動をしてる人もいるとは思いますが,実態は(残念ながら)ほとんどが金儲けです.つまり,「新しい」映画とか音楽とか小説に飛びつく人間は,まんまとカモにされてるわけです.

 そもそも,それほんとに「新しい」ですか? 今までにない「新しい」ものだから見る価値があるというのなら,過去のものは,全て見尽くしましたか?

 言い方を変えると,金払って見ないといけない「新作」より,遥かに価値の高い宝の山が図書館とかインターネットにいくらでもあるわけで,今の世の中,(お金なんかそんなになくても)退屈しのぎに事欠かないというのは,そういうことです.

 でも,それでは,経済は回らないわけで,そこを無理くり回そうと○カな人達を騙そうと必死なのですが,目先の経済を回すことより大事なことは,いくらでもあります.

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10/12'19c
[緊急を要する]
(日記)

 雨と風がすごいですね.先日の15号のときも,何年か前の台風も,かなり強い風が吹きました.家にいるしかないし,家にいたらいたで,やることはいくらでもあるのですが,自分の回りというよりは,他のところがどうなってるのか気になってしまいます.実際,既に何か所か川が氾濫したり,ダムの緊急放流が行われたりしてるみたいですし.

 私は福岡出身なので,最大瞬間風速が40m/s以上というのは,経験があるんですが,はっきり覚えているのは,高3か浪人時代の48m/sというのだったかな.家は一軒家で雨戸もありましたが,サッシがしなるほどの風でした.前回,そして,今回の風の強さは,そのときに匹敵すると思います.

 つまりは,何十年か前だと,九州にしか来ないくらいの強力な台風が関東にも来るようになったということで,温暖化の影響があるのかもしれません.実際,ここ数年で,台風は何度も来てますし,今回の19号は,30年ぶりの強さということですが,それは,次に来るのは,30年後,ということではなくて,今の状況だと,また来年,あるいは,毎年のように,このくらいのものが来るってこともあるのかもしれません.

 でも,ここでも書きましたが,それが人間の排出する二酸化炭素が原因という証拠はないし,頑張って排出する二酸化炭素の量を減らしたところで,急激に温暖化が止まるとは思えず,そんなことより,地震対策もそうですが,今回クラスの台風が来ても大丈夫なようにしっかり防災対策することの方が現実的というか緊急を要する気がします(例えば,電柱は,風速40m/sで設計されてるけど,それじゃだめで.地中に埋めるとか).

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10/13'19
[何か得るもの]

 インカレですが,団体戦は中止になったとのことです.この日のためにみんな頑張ってきたわけで,ほんとに残念です.せめて,個人戦は,行われることを願っています.

 こういうことがあると残念なのはもちろんですが,いろいろ考えさせられます.中止になった理由としては,特別警報が発令ということと,会場が避難所に指定されたということなんですが,災害にあって,着の身着のままで避難してくる人がいるのに,バドミントンやってる場合かよ,ということはありますよね.

 もっと敷衍して考えれば,スポーツなんか,災害とか人の命に関わることの前では,吹けば飛ぶような存在なのです.そして,それは,学術や芸術もそうです.私がやっていることは,災害に関わることですが,それでもそうです.

 じゃあ,そんな吹けば飛ぶようなことやっててもしょうがない,ってことにはならなくて,大事なのは,そういうことをやらせてもらってる,ましてや,それでご飯を食べさせてもらってるとしたら,それは,もうほんとに感謝すべきということです.

 つまり,幸せ者なんですよ.今回のことは,ほんとに辛いとは思うのですが,自分たちがいかに恵まれてるか,幸せ者かを再認識できたら,何か得るものもあるんじゃないかと思います.

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10/13'19b
(野球)

 CSはあっさり終わりました.一日「水入り」で,ひょっとして流れが変われば,とも思いましたが,結局,去年と全く同じパターンです.野球はピッチャーと何度も書いてますが,またしても,その通りになってしまいました.

 でも,優勝は優勝ですし,二連覇は二連覇です.でも,日本シリーズに出られないとすると,優勝なんかより,2位でも3位でもCSを勝ち抜くことを考えた方がいい,という考えもあるでしょうが,それは別問題です.優勝した方がCSを勝ち抜く確率は当然高いわけですし,そもそも,CSで一勝もできないのでは,話にならなくて,こんなんでは,むしろ,優勝できた方が不思議というかラッキーってなもんでしょう.

 でも,やっぱり,ここまで楽しませてくれてありがとうですかね.そもそも,自分の事ではないので,結果がどうなろうと,私に何かがあるわけではありません.

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10/13'19c
[いい気はしない]
(生活)

 全国各地での河川の氾濫や堤防の決壊がひどいんですが,私が住んでいるところに一番近い川も氾濫危険水位に達しました(今日の昼過ぎをピークに水位は下がり始めた).ハザードマップを見ると,氾濫したとしても,私のところまでは水は来ないし,万が一来たとしても,1階ではないので,大丈夫だとは思いますが,車は地面に置いてあるし,やっぱり,あんまりいい気はしませんね.

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10/13'19d
[利用する]
(スポーツ)

 ラグビーWCの日本対スコットランドは,何とか行われることになりました.昨日,アイルランドが(想定通り)サモアに完勝して,予選突破を決めたので,日本は,スコットランドに4トライ以上を与えず7点差以内で負ければ,目標としているベスト8進出となります.でも,そういう戦い方は難しいですし,当然,勝ちに行くとは思います(2位通過だとトーナメントでいきなりオールブラックスだし).

 でも,言えるのは,日本がどうかはともかく,スコットランドは,ただ勝つだけじゃだめで,4トライ以上あげて,8点差以上で勝たないといけないわけで,つまり,相手は,そういう戦い方をしてくるということで,それを「利用する」ことはできると思います.

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 やりましたね.後半開始直後の28点目を獲ったところまでは,快勝ペースでしたが(福岡大活躍.フォワードもよかった),逆にうまく行きすぎて,却って「利用」できなくて,つまり,「打ち合い」になってしまって,逆に攻め込まれて,7点差になったときは,危なかったんですが,日本が4トライを獲ったことで,BPの関係で,トーナメント進出には,スコットランドは,そこから15点以上必要,つまり,2トライ+2ゴールでは,だめなわけで,そういう「臨界点」まで何とか我慢して,そこを超えたところからは,うまく「利用」できた,つまり,自分達も相手も得点せずに時間を使うことができたと思います.

 ほんとはアイルランド戦のようなロースコアが理想だったと思いますが,後半途中まで打ち合いで4トライ獲ったことが奏功して,そこからは,ロースコア(ていうか,両者得点なし)に持ち込めたわけで,結果的に,うまくはまった感じがします(逆に言えば,ちょっとした何かで,結果が変わった可能性もあった).

 これで何と全勝で首位通過ということで,次は,WC直前に負けている南アなんですが,明らかに+αの何かが働いている気がするので,更に上を目指して頑張ってほしいですね.

 ベスト8が目標とずっと言ってきて,それを達成して,「終わった」感があるかもしれませんが,人生と同様,終わったということは,何かが始まるわけで,つまり,気分も新たに新しい挑戦をすればいいんだと思います.

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10/13'19e
[そう思うことが大事]

 人生,楽しいことばかりではないでしょうが,基本的に楽しく退屈しのぎして行ければいいんだと思います.何が楽しいかは,人それぞれなので,やりたいことを見つけられれば,それに越したことはないですが,そうでなくても,充分楽しく退屈しのぎして行けると思いますし,そう思うことが大事なのかもしれません.

 やる気三要素的に言えば,報酬を得て食べて行くのに精いっぱいならそれはそれで一つの人生でしょうし,人との繋がり的には,家族を持って子育てをすること,あるいは,いろんな人と付き合ったり,仕事するのが楽しいのであればそれでもいいし,やりたいことを見つけられれば,内的熟達で打ち込んでいけばいいわけです.

 もちろん,これら三つの要素は,どれか一つというわけではなくて,複合的なものなんですが,例えば,芸能界で売れるということ一つとっても,それで大きな報酬を得るためというよりは,売れてる人は,基本的に楽しそうに仕事してると思うんですよね.

 私個人的には,やりたいことがやれて,愛する人や家族や話ができる友人達がいれば,充分なんですが,仕事をしていく中で,私にしかできないことだったり,流れの中で,面倒そうに思えることでも,その気になるのであれば,やって行けばいいんだと思います.

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10/14'19
[退屈しのぎさせてもらえる]

 もっと言えば,「退屈しのぎさせてもらえる」という感覚かもしれません.

 これは,母親がよく言う言葉で,彼女は,小さい頃,戦争を体験し,終戦後しばらくは,彼女の父親(私の祖父)が戦時中,大手化学メーカーで武器製造に携わっていた責任者ということで職に就くことができなくなって,大学もお嬢様学校に行くところを教育大に行くことになって,その後,20年小学校の先生をして,しんどくてもうあかんと思ってやめたら,夫(私の父)が亡くなって,未成年の子供二人(私と妹)をかかえてまた働くことになり,という感じで,大変な人生を歩んできたと思うんですが,彼女は,「楽しく退屈しのぎさせてもらった」と言うんですよ.

 それは,振り返ってみると,そう思えるということもありますが,自分が与えられた境遇というか,そういうことを受け入れて,というか,そのときは,なかなかそう思えないかもしれませんが,もちろん,変えられるものは変えた方がいいですが,変えられないのなら,そういう中で,できるだけのことをすればいいし,そうして過ごしていけば,「楽しく退屈しのぎさせてもらった」ということになるんだと思います.

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10/14'19b
[金儲けの鉄則]
(スポーツ, 世の中)

 インカレですが,個人戦は,予定通りやってるようです.それは,よかったんですが,何とか団体戦もどこかでやれませんかね?

 ラグビーWCですが,一夜明けて(全然見てないけど,間違いなく)お祭り騒ぎなんでしょうが,勝ったのもそれに向けてしっかり準備してきたのも彼らですし,それに便乗するのは,勝手ですが,自分に何かいいことがあって欲しいのなら,他人を応援してるだけではだめですよ.

 でも,そういうことで飯を食おうとしてる人もいるわけで(具体的には,何とかグッズを売る奴,逆に言えば,買うやつはカモ),ラグビー関係者としては,これからの戦略はいろいろ考えてるんだと思います.

 具体的には,ラグビーを野球,サッカーに次ぐ人気スポーツにしたいってことでしょうか(ライバルはバスケットか).それには,強くなる必要があって,WC招致は,その流れの一環で,今回の日本のベスト8進出で,当初の目的は,達成できたと言えるでしょう.

 でも,問題は,これからというか,持続性ですよね.今回,確かにベスト8進出という目標は達成しましたが,代表合宿が200日以上!とか,自国開催とか,最大瞬間風速的なところが大きいわけで,これから,持続的にそういうレベルを維持するのは,簡単なことではないでしょう.

 具体的には,トップリーグの集客とか,スーパーラグビーとの関わりとかだと思うんですが,サンウルブスは,スーパーラグビーからはずされるみたいですし,実際,ほとんど勝てなかったわけで,レベル的には,まだかなり苦しい感じはします.

 でも,集客面から言うと,ラグビーって,実は,昔から結構人気は,ありますよね.大学ラグビーは,(冬は野球をやってないので)冬のスポーツの花形でしたし,高校ラグビー(花園)も高校サッカーに次ぐか並ぶくらいの注目度はあったと思います.

 でも,大学ラグビーは,昔より低迷してて,それは,社会人のレベルが上がって,というか,元はと言えば,世界から見れば,かけ離れたレベルのプレーに熱狂してたってことなわけで,そういう意味では,核になるのは,やはり,トップリーグなんでしょうか.

 つまりは,スーパーラグビーという形で外に出ていくのではなく(それはやったけどうまく行かなかったので),外国から強い選手にどんどん来てもらって,トップリーグのレベルを上げていく,そして,3年以上住んでもらって日本代表になってもらうということでしょうか.

 問題は,集客ですが,どうですかね? 単純に見て面白いかってことですが,例えば,昔の大学ラグビーは,ものすごい人気でしたが,プレー自体は,ノックオンとかのペナルティーでプレーがすぐとまるひどいもので,それに比べれば,世界のトップレベルのプレーは,大分見て面白くなったとは思います.ですから,プレーのレベルを上げるのは,必須でしょう.

 でも,レベル的には,例えば,女子サッカーがWCで優勝した後は,ちょっと盛り上がりましたが,一時的なものだったと思います.それは,日本のレベルが落ちたからか,所詮そういうものなのかは,わかりませんが,少なくとも,レベルが落ちた(今は世界ランク10位くらい)のでは,話にならないでしょう(あとは,やはり,男子と比べると,スピードとかが物足りないということはあるか).

 でも,考えてみたら,なでしこが世界10位ってことは,今の日本ラグビーと同じくらいなわけで,ベスト8を歴史的快挙と言ってのけるのは,したたかな騙くらかし作戦ってことですかね(つまり,今回,優勝とかしちゃうとなでしこの二の舞なので,ラグビー関係者としては,そろそろ負けてほしい?).

 でも,一つのスポーツに日本中が熱狂するというのは,気持ち悪いことですし,実際,今回もメディアや一部の人が騒いでるだけなんだと思いますが,そういう意味では,パイが拡大しない以上,一部のコアなファン(カモ)をしっかり捕まえるということで,結局,これまた金儲けの鉄則ってことですかね.

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10/14'19c
[お金がない]
(防災)

 C02削減とか言ってる暇はなくて,防災対策は,緊急を要するってことなんですが,堤防を高くするとかいうことになると,すぐには無理だし,莫大なお金もかかるわけで,経済成長が頭打ちでお金がないということもあります.でも,すぐにできることで,そんなにお金がかからないことがあります.

 それがいわゆるソフト面の対応で,具体的には,ハザードマップを作っておいて,危ないところは,空振りしてもいいので,しっかり避難するとか事前に準備するとかいうことでしょうか.今回の場合は,それがこれまでより機能したという面はあるでしょう.

 それはそれでいいんですが,経済成長が頭打ちでお金がないというのは,どういうことかと言うと,少子化で人口が減っていくということで,だったら,川の近くとか危ないところに住まないように徐々にシフトしていくことも必要でしょう.

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10/14'19d
[美少女]
(世の中)

 美少女というか,かわいい女の子っていますよね.女の幸せ顔全部,男の幸せ顔半分と言った奴がいましたが,果たしてそうなのでしょうか?

 女の幸せ顔全部の意味としては,かわいい女の子は,それを武器に芸能界で稼ぐとまでは行かなくても,もてるから男を選びたい放題で,仕事ができて養ってくれる有能な男をゲットできるということなんでしょう.でも,何度も書いてますが,そんな他人に依存する人生は,リスクが大きいわけで,有能な女性なら,自分の食いぶちくらいは自分で稼ぎたいと思うのが普通でしょう.

 でも,そうすると,自分がかわいいというメリットを放棄というか全く生かせなくなるんでしょうか? 世の中,まだまだ男社会だし,スケベな男もまだいっぱいいるから,仕事面で優遇されることもある?

 そういうこともあるのかもしれませんが,大したことはない気がします.そもそも,もてるってことも,言い寄って欲しい男に言い寄られることより,言い寄って欲しくない男に言い寄られる鬱陶しさの方が全然大変な気がします.下手すりゃストーカーですからね.

 だとすると,かわいいことにメリットなんかない? そうですね.頭がいいとか,運動ができるとか,仕事ができるとか,そういう本質的なこととは,明らかに違うわけで,実際,自分がかわいいことを認識するのは,鏡を見たときとちやほやされたときくらいってことでしょうからね.

 それでも,例えば,自分が好きになった人がいて,その人に自分の人生を預けるつもりはないけど,いっしょに生きていきたいとか,結婚したいと思ったとき,その人とそういう関係になる確率は,かわいい方が高い?

 それはありそうな気もしないでもないですが,もしそういうことがあるとしたら,多少なりとも相手は,内面ではなく外面で選んでるということなわけで,それでいいと思えばそれでいいのかもしれませんが,そう考えると,何だかなあという感じもします.

 そもそも,かわいいという外面があることと,内面は全く別の話で,かわいくても内面が伴う場合も当然あるわけですが,外面がかわいいと,まずそこからはいるとなってしまうのも何だかなあと思ってしまいます.

 こうして考えてみると,本人にとって,かわいいことのメリットなんかほとんどないってことになりそうですが,実際は,そんなこともないというか,そんなことはないということになってるというか,何とも変な感じですよね.

 結局は中身ってことなんですが(当たり前),若いときの一時期だけ,そうでもないことがあるというのが不思議というか,それで人生のパートナーを決める大きな要因になってる人も多いわけで,これも「プログラム」の一つということですかね.

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10/14'19e
[冷静な判断?]

 自分に何かいいことがあって欲しいのなら,他人を応援してるだけではだめってことなんですが,日本代表が勝つことが「自分にとって」いいことなんだ,そのくらい人生をかけて応援してるんだ,と言う人もいるんでしょう.

 人それぞれなので,それはそれでいいんですが,上の美少女の話じゃないですが,まさに他人に自分の人生を預けてるわけで,リスクが大きいってことでしょう.でも...

 自分に何かの能力があるわけではないし,頑張っても大したことにはならない,だったら,他人に便乗してでもいい思いをしたいと考える人もいるかもしれません.どこかで書きましたが,自分はかなりかわいいけど,何ができるわけでもないし,そもそも楽したいし,だったら,一か八か玉の輿を狙ってみるかというのも一種の冷静な判断?かもしれません.

 まあ,他人のことなので,とやかく言うことではないですが,私は,そういう選択はしないってことですかね.そもそも,どんな人でも,自分に何かの能力があるわけではないし,頑張っても大したことにはならないってことはないと思いますからね.

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10/14'19f
[自分自身がどうか]

 いろいろ偉そうなこと書いてますが,じゃあ,自分自身がどうかと言うと,別に大したことはしてないし,やりたいことをやりたいときだけやって来ただけみたいなもんで,やらないといけないときにやらないといけないことをすることもできなかったと思うんですよね.実際,みんなよくそんなに面倒で大変なことを頑張ってやれるもんだなあと感心することしきりです.

 そして,そういう私に対する評価が今の私なわけですし,それはそれでしょうがないというか,甘んじて受け入れるしかないし,そうすればいいということなんでしょう.そういう意味では,むしろ,でき過ぎな感じはしますし,ラッキーだったとは思います.

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10/15'19
[また忘れた]
(資保)

 先週,日本株全般買いになって,日運と短運は買って,その後,上げていたのはいいんですが,また資保で買うのを忘れていました(ので,今日の日中に買いました).うーん,問題だなあ.

 いろんなことをやり過ぎてるというのはあると思いますし,忘れないように対策もしていたのですが,日運,短運と違って,資保は,時々,それこそ,年に数回しか機会がないのが却って問題です.

 でも,ちゃんと考えないとですね.

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10/15'19b
[やる気三要素再考]

 やる気三要素なんですが,やる気に留まらず,生きて行く上で非常に汎用性の高い概念で,基本的には,内的熟達>人との繋がり>報酬ってことなんですが,現実面を考えると,そんな単純でもない気がしてきました(今更?).

 やる気自体については,内的熟達>人との繋がり>報酬だと思うのですが,実際は,やる気にならなくてもやらないといけないことはあって,それが報酬に結びついてることが多いんですね.

 具体的には,食べて行かないといけない,生きて行かないといけないということでしょう.これは,否応なしですし,やる気にならなくても,生きて行くために働かないといけないわけで,働いた結果,生きていける(だけのお金が得られる)という報酬が得られるわけです.そして,これで目一杯という人も多いわけで,そういう人にとって,内的熟達とか人との繋がりとか言われても,ってことでしょうか.

 でも,それだけだと動物と大して変わらないわけで,例えば,誰かといっしょに仕事をするとか,自分の仕事が評価してもらえるとかいうことが出てきて,それが人との繋がりでしょう.まあ何とか,ここくらいまで来れば,人間的に生きていけるってことですかね.

 ですから,内的熟達まで来られる人は,そんなにいないってことなんでしょうが,そうは言うものの,例えば,ネジを回すという作業一つとっても,内的熟達的要素はあるわけで,そういうことを見出そうとすることは重要なことでしょう.

 となると,結局,何も変わらないじゃんってことになるんですが,再考と言うからには,何かが違うわけで,例えば,最初の「食べていくために」のくだりですが,だったら,食べていく分だけ働けばいいじゃんってことになるわけですし,「人との繋がり」のところも,評価とか言っても,実際は,評価して(おだてて)こき使うという側面もあるので注意が必要とは,再三書いてることです.

 ですから,やっぱり,内的熟達が無敵だとは思うのですが,それで飯が食えるとは限らないし,食えるとしても極一部の非常に高いレベルが要求されるし,そもそも,内的熟達したいと思えるようなやりたいことが見つかるのか,見つかってもそれを持続させることができるのかということはあるわけです.

 ですから,自分が置かれた現状をよく考えて,三要素をうまくミックスするってことなんでしょうね.

 例えば,食べていくだけで精一杯なら,報酬だけってことになるでしょうし,若い時は,そういうことをある程度優先せざるを得ないでしょう.私は,やりたいことを仕事にしたとは思うのですが,それは,食べていけるものの中から選んだに過ぎないわけですからね.

 あるいは,食べていくだけで精一杯とまでは行かなくても,やりたいこととか興味があることはあって,でもそれで飯は食えないし,それどころか金がかかるとしたら(例えば,海外旅行に行きたいとか),年に数回の海外旅行を楽しみに一生懸命働くみたいな感じでしょうか.実際,このパターンが一番多い気がしますが,逆に言えば,これじゃあふつーというか,大したことにならないとも言えるわけです.

 そして,歳をとってくると,普通にちゃんとやってれば,そんなにしゃかりきになって働かなくてもよくなって来るはずですし,物欲みたいなものもなくなって来るし,そもそも,定年とか体の衰えとか働けなくなってくるわけで,そういう状況で,即ち,若い時とは,いろんな状況が大きく違うことを勘案して,どうするかよく考えると,報酬とかより内的熟達だとは思うんですよね.

 でも,内的熟達には,上記のような難しさもあって,それをいかに克服していくか,ということでしょうか.

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10/15'19c
[人の死]

 誤解を招きかねないかもしれませんが,歳をとるにつれて,だんだん人の死が悲しくなくなってきたというと語弊がありますが,自然なことというか,何とか受け入れられるようになってきた気がします.

 一つには,自分自身の死が近づいているということがあるでしょう.若い頃,少なくとも,残りが想像できない,人生のほぼ半分までは,半永久的に人生が続くような気がするものですが,半分を過ぎると途端に残り時間のイメージがわくものです.

 そうすると,誰かが亡くなったとしても,そのうち自分の番がくるというか,三木清の人生論ノート的に言えば,それは,「論理的に」亡くなった人に会えるかもしれない(少なくとも生きている間は,絶対に会えない)というか,そんなことはないとしても,単なる順番待ちというか,自然の流れのような感じがするんですね.

 逆に言えば,若い時に,人の死に遭遇すると,とても辛いし,そういう意味では,受け入れられるところまで長生きしてもらえることは,非常にありがたいわけで,長生きにも意味はあるということでしょうか.

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10/15'19d
(バドミントン)

 台風で中止になったインカレ団体戦ですが,別日程で実施を検討しているそうです.

 でも,現実的には,難しいかもしれませんね.また出場選手全員が集まれるかということもありますし,選手は,ここに合わせて調整してるわけで,総合に出る選手もいるだろうし,どこかでまたピークをもってこないといけないのは,大変かもしれません.

 五連覇してる女子は,ってのも,ここで連覇が途切れるわけじゃない(来年勝てば六連覇になる)ですからね.

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10/16'19
[人生下り坂?]

 いつの頃からか,気が付いたら人生下り坂になってるわけです.

 一般的には,成長が止まって,歳をとって,体がしんどくなる,できてたことができなくなる,気力も落ちてくるということなんでしょうが,社会的には,偉くなるとかいうことに関しても,定年前だとしても,役職定年とかは,そういうことなんでしょうし,50を過ぎれば,もうgame overというか,だいたい決着は付いてるんですよね.

 一方では,ちゃんと釣り合うように,物欲もなくなってきて,若い時は,何か欲しいものを買うことが嬉しかったけど,歳をとると,むしろ,ものを捨てて身軽になることに快感を覚える,期待されて頑張って評価されることから,期待されず頑張らずのんびり過ごしていくことに気分のよさを感じるようにもなってくるわけです.

 人生下り坂と言うと,未来がないみたいにきこえますが,実際はそうでもなくて,それはそれで,快適なわけです.だって,坂を登るより下る方が楽でしょう?

 でも,登らなければ下ることはできませんから,若い時に頑張って,しっかり,位置エネルギーを蓄えておきましょうとは言えますかね(人生は山を登るのではなく,越えるようなもの?).

 あとは,人生は下り坂でも,人生は続くというか,物質的なことや社会的なことは,下り坂でいいですが,内的なこと,具体的には,思索を続けて人生の達人になって行くとか,研究して未知のことを解明していくとか,音楽や運動の本質に迫って行くとか,そういうことは,(私は)ずっと続けていきますから,実際は,下り坂でも何でもないんですが,坂を必死こいてむりくり登ってるという感じじゃなくて,できる範囲で,でも結果的に結果最大になるようにうまくやって行けたらってことでしょうか.

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10/16'19b
[人生=仕事?]

 でも,実際のところは,多くの人がうまく行ってないんですよね.どうしてでしょうか?

 全てとは言わないけど,仕事に人生の多くを賭けてきた,実際,人生の多くの時間を仕事に費やすわけだし,それは間違ってなかった,だから,それを失えば,抜け殻みたいになっちゃうのはしょうがない?

 うーん,どうなんですかね? 私も何だかんだ言って仕事人間ですし,仕事こそ人生最大の退屈しのぎとは,何度も書いてる通りですが,人生=仕事,ではないと思うんですよね.つまりは,仕事の他に,というより,仕事より前に大事なことがあるんじゃないかと.

 それは,一人の人間として,どう生きるかとか,哲学的なこととか,あるいは,仕事をするにしても,稼ぐとか社会的に成功するとかじゃなくて,仕事の中に,何か生き方みたいなものがあるか,あるいは,仕事だけではない,そういう生き方をしているのか,ということでしょうか.

 もし,そういうものがあれば,仕事を失っても,そういうものは,残るわけで,だとすれば,仕事という「表面」の部分がなくなっても,そういう「中身」に違う何かを着せていけばいいというか,むしろ,そんなに変わることなくやって行ける(はずだ)と思うんですよね.

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10/16'19c
[潔くない]
(何?)

 一転して?どーでもいいようなネタですが,スキンヘッドの人っていますよね.事情があって,そうしてる人はいいんですが,そうではない人,具体的には,禿げちゃったから,「潔く」スキンヘッドにしたと言う人が結構いるんですが,それって潔いですか?(でも,これも一種の事情(笑)?)

 「一見してそうでないように見せている」という意味では,カツラしてるのと同じじゃない? 別にカツラするのが悪いと言ってるのではなくて,実際は「一見してそうでないように見せている」のに「潔い」と言ってる,そう思ってるのが,潔くないと思うんですよね.

 で,そういうことを言ってる人がいました.確かマキタスポーツだったかな.彼が言うには,一番,潔いのは,トレンディーエンジェルの斎藤なんだそうです.全く同感ですね(彼の場合は,それで飯まで食ってる(笑)).

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 でも,そんなこと言えるのは,お前が禿げてないからだ!と言われそうです.

 そうですね.正直,禿げた人の気持ちはわかりません(上から目線).

 でも,私は,小さい頃,少なくとも,高校くらいまでは,自分は将来禿げるとずっと思ってたんですよ.というのは,父親が見事な?禿げだったからです.でも,彼は,(時代もあるけど)スキンヘッドにしたりなんかしなかったし,むしろ,キャラクターというか個性の一部で,ある意味,堂々としていて,格好よかったと思いますね.

 じゃあ,私がもし禿げてたらどうしたか,ですが,うーん,よくわかんないです.でも,やっぱり,スキンヘッドにはしないかな.スキンヘッド自体は,さっぱりするし嫌いじゃないんですが,禿げをごまかしてる感じがするのは嫌かな.

 でも,こうしてみると,「禿げ」一つとっても,人生模様というか,生き方というか,いろいろ簡単ではないびみょーなこともあって,面白いですね.

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10/16'19d
[そういう生き方]

 とは言え,私がずっと「そういう生き方」をしてきたかと言うと,そんなことはないですね.

 高校生くらいまでは,やりたいこと見つけて,それを仕事にしてやって行きたい,そのために勉強して東大に行かないといけないというか,やりたいことが何となくしか見つからずに動機付けが今一で勉強に身が入らずに受験に失敗したわけですし,大学に入って,やりたいことを見つけてからは,そこそこ頑張りましたが,やりたいことやってるだけってことだし,運よくやりたいことを仕事にしてからも,そうだったわけですし,30代の頃は,やりたいことを見失ったりしてましたからね..

 じゃあ,「そういう生き方」をするようになったのは,いつ頃からかと言うと,このサイトにそういうことを書き始めてからだとは思うのですが,それこそ(人生が実質終わった)50を過ぎてからかもしれません.

 つまり,人生が実質終わってからってことで,全然手遅れじゃん,てなもんですが,そういう生き方までは行かなくても,社会的成功とかには,そんなに固執せず,やりたいことやってたから結果的に何とかなったたような気もするし,一方では,そういうことに全く無頓着というわけでもなかったから,社会的にもそこそこ成功したような気もするし,結果オーライというか,よくわかんないですね.

 でも,そこを追究しようとは,思ってないというか,過去のことはどうでもいいので,問題はこれからなんですが,50を過ぎてからでも,それまでそれなりの生き方をしていれば,手遅れではない気はしますし,「気づく」タイミングとしては,むしろ「ちょうどいい」くらいかもしれません.

 でも,お金とか社会的成功を第一義として生きてきてたらそれを変えるのは大変じゃないですかね.でも,過去に対する拘りを捨てればいいだけの話のような気もしますけどね.

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10/17'19
(バドミントン)

 インカレ女子シングルで香山が優勝しました.二連覇です.

 去年優勝してるので,第一シードということもあるかもしれませんが,準決で1ゲームとられた以外は,ほとんど危なげなく勝ち上がり,決勝も佐川に勝った日体大の池内を全く寄せ付けない感じでした.

 次というか本来のターゲットは,総合ということになります(インカレの団体戦とかやってる場合じゃない?).ここで勝ち上がって,代表入りして欲しいですね.

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10/17'19b
[結局全ては相対的?]

 結局全ては相対的なことなのでしょうか? 相対的ということは,何と比較するかということなのですが,それは,他人ではなく自分の中で,ということは,もう10年以上前に幸福論で書きました.例えば,やりたくないし,こんなことやってどうすんだ?というような仕事でも,やった後は,その解放感から幸せになれると考えればいい?

 まあ一つの方法ではあるんですが,極端に言えば,それじゃあ,同じところを行ったり来たりしてるだけってことですよね.つまりは,そういうことを繰り返しながらも何かに近づいて行きたいというか,もっと大きな周期というか,人生全体として,というようなことでしょうか.

 それは,相対的というよりは,絶対的なこととも言えるんですが,一方では,人生全体と言っても,それは,日々の積み重ねですから,その日その日を生きるというか,そういう周期も必要なわけで,でも,たった一日で何かに近づいたという変化が感じられるわけはなくて,なかなか難しいのですが,これもやっぱり「近く,時々,遠く」ですかね.

 でも,こんなことやってどうすんだ?ってことは,やっぱりやりたくないですね.

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10/18'19
[何かに近づいて行く]

 でも,何かに近づいて行くって何でしょうね? それが何かは,私の中には,割とはっきりとあるのですが,それが何かを表現することは難しい.

 平たく言えば,いろんな意味で成長していくってことなんでしょうが,そう単純なものでもなく.ある意味,退化することが何かに近づくことだってあると思うからです.

 でも,普通に考えれば,仕事ができるようになるとか,知識が増えるとか,できないことができるようになるとか,人間関係や世の中の仕組みが見えて,大所高所から適切な判断ができるようになるとか,そういうことでしょうか.

 つまり,目先の経済を回すために,とにかく飯を食っていくために,必要以上の金を稼ぐためにやりたくない仕事して,解放されて幸福感なんか感じても,何かに近づくとは言えないってことなんですが,仕事をしてれば,その仕事に熟達して,仕事が早くなったり,偉くなっていい給料をもらったりするのかもしれません.でも,それで得られるものは,余計なお金と偉くなった気分くらいのものでしょう.

 そして,そういうことは,定年,あるいは,実質的には,50くらいで「終わる」ので,じゃあ,それから何十年と続くかもしれない人生をどうするのかと言うと,必死こいて会社や組織や仕事にしがみつくしかないのでは,能がありませんし,いつまでもしがみつけるものでもありません.

 じゃあ,「何かに近づいて行く」というのは,何かと言うと,まさに「何かに近づいて行く」ということでしょう.研究なら真理に近づく,芸術やスポーツなら,音楽や描写や運動の本質に近づくということでしょうか.そして,そういったものにゴールはないので,死ぬまで近づいて行くことができます.つまり,そういうものが必要ということでしょうか.

 そして,その最たるものが哲学というか,生き方でしょう.生き方の本質に近づくために生きるというのは,まさに禅問答的ですが,人生に目的がないというのは,そういうことでしょう.

 研究して,真理に近づいたと思っても,音楽や運動の本質にほんの少しだけ迫れたと思っても,ここで記事を書いていても,何の報酬も得られないし,誰かに評価されるわけでもないけど,それでもやるというのは,そういうことですし,逆に言えば,報酬も評価もなくてもやること,やらずにおれないことがあるのか,そういうことが生きて行く上で必要だと思うんですよね.仕事を失った後なら尚更でしょうか.

 研究とか哲学とか言われても,ってことはあるでしょうが,そこまでハードルを上げなくても,いいような気がします.興味があることについて調べたり,考えたりするだけでも,そこからいろんな可能性が広がって行くと思うんですよね.

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 一方では,別に「何かに近づいて行か」なくてもいい,何とか食べていけて,ゆっくり休む時間も遊ぶ時間もあって,その日その日を楽しく過ごして行けたらいいという人もいるでしょうし,まさに「素養の問題」というか,それはそれでありだと思います.

 でも,それだと,こき使われる立場になってしまうので,思うようには生きて行けないと思いますし,収入は少ないでしょうから,仕事をリタイアしたら,せいせいして悠々自適かという具合には行かないことも多いと思うんですが,しっかり,体と心の健全さを維持できれば,働き続けるという選択肢もあるとは思います.

 でも,そういうことまで全部含めての判断なので,最終的には,各自が決めることですが,そこでちゃんと考えて決めてますか?ってことでしょうか.

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10/18'19b
[誰かに評価される]
(大学, 世の中)

 とにかく,誰かに評価されるってのが気にくわないってことなんでしょう.ていうか,誰かが誰かを評価するなんて何様?

 とある人事案件に関わってるのですが,ほんとめんどくさいです.研究科には,コンピュータとかロボットとかもあるし,全学まで行けば,全く専門外で,だから,そういう人でも「わかりやすい定量的な指標」,具体的には,I.F.とか論文数とか受賞歴とか外部資金獲得状況を数字で示せとか言うんですが,じゃあ,I.F.計算したり,査読したり,賞とか外部資金の審査は誰がやってるんや? 大学ランキングとかも然りで,そういう人達は,ほんとに信頼が置けるのか? というか,研究の世界なんだから,ほんとにトップレベルなら審査する方がそれに及んでいないことの方が多いわけで,一体何やってんだ?ということになるわけです.

 少なくとも,いい研究をしてるかどうかは,単なる定量的指標ではなく,その分野の人間がしっかり論文の中身を精査すべきで,でも,上の方がいろいろめんどくさいことを言ってくる,お前らには任せられんから,どこの誰が評価したかわからない「定量的指標」の方を信用するってことは,当該分野の我々のことを信用してない,評価してないってことなわけです.だったら,人事専門委員会とか要らなくて,それこそAIとかに点数だけ計算させりゃいいなじゃないですか.

 もちろん,世の中,いい加減でしょーもない奴もたくさんいますから,そういう奴らは信用できんというのは,わかりますが,そうでない人間を巻き込むのは勘弁して欲しいですし,そうでない人間にもっと研究する自由としょーもない仕事からの解放を与えなければ,最先端の研究など進むわけがありません.

 こんな感じでは,どんどん研究の空洞化は進むでしょうし,世の中の役に立っても,査読は通っても,つまらない研究で溢れかえるようになりますし,実際,そうなってきてます.そもそも,研究というのは,世の中の役に立つとか,査読を通すとか,ノーベル賞をもらうとか,そんなことのためにやるのでは断じてないし,そんなことでは,ビジネス研究者ばかりになって,人類の知の発展は,著しく後退することになります.

 こんなことでは,ほんとさっさとこんなしょーもない世界から離脱したいと思いますね.離脱してどうするんだ?って言う人もいるんですが,評価が無用なら,ある意味,無敵なわけで,逆に言えば,世の多くの人は,評価を得るために,不自由で窮屈でつまらない人生を送っているってことになりませんか.

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 でも,5年くらい前までは,こんなにひどくはなかったと思います.問題は,これをどうとらえるかですね.うちの大学,あるいは,大学全体,あるいは,世の中全体の流れということなら,事態は深刻かつ絶望的で,これがどんどん進めば,世の中とか社会からの離脱を考える必要があります(まーどのみち,10年くらいすれば,そうなるけど).

 でも,うちの大学のここ数年のある特殊な事情ならそこまでのことではなくて,実際,「うちの大学のここ数年のある特殊な事情」ということはあると思います.その人が○○になってから,ほんとにひどいです.とにかく余計な仕事を増やし過ぎ.

 この大学の研究水準を上げたいのなら,余計な仕事を増やさず,研究者(教員)に研究する時間を与えるべきなのに,やってることは,真逆のことばかりです.

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10/18'19c
[研究者にとって「いいこと」]
(世の中, 大学)

 そもそも,「評価」自体が非常に危ういもので,評価することでこき使うシステムになってるわけです.上が下を評価して引っ張り上げる出世とか昇進は,その典型ですし,賞とかもそういうメカニズムです.

 そもそも,誰かの研究がノーベル賞をもらったからと言って,その研究自体は,何も変わらないわけですし,研究者にとって,いいことは何もありません.ちやほやされてうれしいのなら,それこそ何のために研究してたんだ?ってことでしょう.

 昇進についても,私自身,身を以て体験することになりました.具体的には,昇進なんかしても,メリットと言えるのは,給料がちょっと上がって,社会的風当りがないくらいで,余計な仕事は増えるし,ほとんどいいことはありません.

 そもそも,研究者にとって「いいこと」って何ですか? たくさん給料もらえること? 地位が上がって,賞をもらってちやほやされること? ○カじゃないの?

 研究者にとって「いいこと」は,研究する環境や時間に恵まれることに決まってるじゃないですか.それを真逆のことばっかりして,ほんと○カじゃないの?

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10/18'19d
[何かを「解明」するもの]

 何かに近づくですが,ネタはいくらでも転がってると思うんですよね.

 私の場合,ピアノ一つとっても,例えば,中学の時,塾の帰りに友達に「老後は,ベートーヴェンのピアノソナタを1日1曲弾いて,それを一月で回して暮らして行くよ」と言ったことは,どこかで書きましたが,ほんとにそれで行けると思いますし,その後,膨大な数の曲を開拓しましたから,対象は,ベートーヴェンのピアノソナタに限らず,半無限にあるわけで,逆に,例えば,今弾いてるゴドフスキーのジャワ組曲一つとっても,これを丹念に毎日少しずつ練習して行くだけでもかなりの時間がかかるし,その過程を楽しめると思うんですよね.

 何かスポーツをしてるんだったら,ただ健康のために体を動かすというだけでなく,競技力を上げるとまで行かなくても,どうやったら強くなるか,うまくなるか考えて,練習のたびにそれを試すとか,テーマをもってやったり,そのための効率的なトレーニングを考えて実行したりとかするだけで,「何かに近づいて行く」と思います.

 学術とか芸術とかスポーツは,ハードルが高いということなら,何かに興味をもって,例えば,今回の台風被害で日本の河川に興味をもったとして,それについて調べていくというのもありかもしれません.でも,それで「何かに近づいていく」かどうかは,意外と難しいかもしれませんね.河川にめちゃめちゃ詳しくなって,つまり,既存の知識が増えてもしょうがないですからね.

 ですから,どんなことでもいいので,何かを「解明」するものということになるでしょうか.

 でも,興味をもったのであれば,あるいは,やってて単純に楽しいのなら,充分退屈しのぎにはなるでしょうから,それでもいいのかな.少なくとも,必要以上の金を稼ぐためにやりたくないしやってもしょうがない仕事をして,ストレスを溜めて体と心を蝕むよりは,遥かにましでしょう.

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10/19'19
[アカウンタビリティー]
(世の中)

 昨日寝るときちらっと見た討論番組で,官僚出身の国会議員の人が,なぜ官僚が疲弊してやる気をなくしてぐだぐだになってるのか,ということで,一つの例として,今の局長は,昔課長がやってた仕事をしていると言うんですよ.

 どういうことかと言うと,世の中,どんどんアカウンタビリティー(説明責任)を求められるようになって,その雑務で忙殺されてると言うのです.これってまさにここで書いたことですよね.

 この人は,昇進させるのに充分な業績があるとか言ってもだめで,じゃあ,証拠を示せ,査読論文は何編あるんだ? そのI.F.はいくつなんだ? 同等レベル以上の他大学の教員と定量的に比較してどうなんだ?という感じで,一事が万事この調子なわけです.

 このことは,もう10年くらい前からずっとこのサイトで書いてることなんですが,みんな疑心暗鬼というか,誰かに信頼して仕事を任せるということができなくなって,アカウンタビリティーを求めるようになり,どんどん生きづらく効率の悪い社会になって来てるんですね.

 背景にあるのは,何度か書いてる総無責任社会で,そうするとどうなるかと言うと,自分に責任が降りかかるのを避けようとして,とにかく言質をとっておこうとするわけです.大学に出てこなくなった学生がいると,担任(と言っても実際は最先端の研究者)が呼び出して面談をして,というと,なんて面倒見がいい大学なんだと父兄は喜ぶのかもしれませんが,実際は,何かあったときにちゃんと対処してましたよ,という証拠作りなわけですし,そもそも,何度も書きますが,長期的視点に立てば,何でも手取足取り面倒を見ることが学生にとっていいわけはありません.

 そして,言えるのは,この流れは,止まらないということです.例えば,学生が「お客様」になった背景には,少子化があるわけで,少子化は,今後もどんどん進んでいく(少なくとも20年は確定)わけですからね.

 じゃあ,どうしたらいいかですが,そういう社会から離脱するか,少しでもましなところに身を置くということですかね.そういう意味では,大学は,まだましな方だとは思いますし,その傾向は,偏差値が高い大学ほどそうなんだとは思います.

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10/19'19b
[研究専属の教員]
(大学)

 あらためて,なんですが,どうして最先端の研究者が大学の教師を兼ねないといけないんですかね? そりゃー大学は,研究機関であるとともに教育機関なわけで,研究だけしていてもだめだから? でも,何度も何度も書きますが,最先端の研究指導ほど最高の教育はないと思いますよ.だって,調査力,分析力,論理的思考力,プレゼンテーション能力といった社会に出て高い知的レベルで仕事をして行くために必要な能力が全部超ハイレベルで詰まってますから.

 具体的には,どうすればいいでしょうか.それは,至って簡単な話で,大学を大学と大学院に分ければいいだけのことです.大学では,これまで通り,講義や演習中心のカリキュラムにしてもいいですが,PBLとかアクティブラーニングとか入試改革とかは,そこでやってもらえればいいでしょう(最先端の研究をしてないと大学の講義はできないと思ってる人も多いと思いますが,実情は,全く違って,大学の学部でやってることは,最先端の研究とはかけ離れたもっと低レベル基礎的な内容です).

 そして,3年くらいの学部教育,即ち,研究を始めるために必要な基礎学力がついたところで,大学院の研究室に配属となり(4年生時は,大学院の教員が学部の学生を指導するということにすればいい),そこからは,ひたすら研究すればいいわけです.座学的なことがまだ足りないのなら,そのくらいは,大学院の教員がやってもいいし,そこも大学の教員がやるということでもいいでしょう.

 ポイントは,学部教育をする人間と大学院で研究指導する人間を分けることです.そんなことしたら,2倍の人が必要? いや,今いる人間の仕事の種類を変えればいいだけの話でしょう.具体的には,今の大学教員は,大学と大学院の仕事をしているわけですが,それを大学の仕事だけする人と大学院の仕事だけする人に分けるということです.

 そんなことしたら,みんな大学じゃなくて,大学院の教員になりたいから,激烈な競争になる? いいじゃないですか,公明正大に競争すればいいだけの話です.

 じゃあ,競争に敗れたら大学の教員は,講義をしたり学生の面倒を見るだけで,研究できなくなる? そうですね.競争に敗れたので仕方ないですね.でも,高専の先生(教授)って,それに近い状況で,頑張ってる人は頑張ってるわけですし,そこで頑張って,大学院の教員を目指すこともできると思うんですよね.

 研究成果を出したら昇進できるとかしょぼい話じゃなくて,大学から大学院の教員になれてもっと研究できるって方が遥かに実質的で,インセンティブにもなるはずです.でも,大学の教員だと研究できないんじゃどうしようもないってことなら,現実的なやり方として,大学の教員も研究室をもてて,修士までは,数は少なくても学生をとれるというようにしてもいいでしょう.

 でも,これって,文科省が20年くらい前に考えた「大学院大学」構想だと思うんですよね.でも,うまく行かなかった.それは,学部をもたない「大学院大学」にしてしまったこと(わざわざ自分が行ってる大学と違う大学の大学院に,それも新設のよくわからないところに行くわけない),そして,既存の大学では,大学の教員と大学院の教員を兼ねてさせてしまったことでしょう.結果として,余計な仕事が増えるだけになってしまいました.

 でも,今からでもできるんじゃないですかね(私の世代は間に合わないけど,若い人達のために).具体的には,既存の大学で,大学院(研究)専属の教員を徐々に増やしていけばいいってことです.間違いなく激烈な競争になって,それこそ「定量的評価」も必要になるでしょうが,少なくとも今の状態よりは遥かにいいでしょう.

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 でも,考えてみたら,既にそれに近いところはありますね.具体的には,東大の地震研,生産研,京大の防災研などの付置研究所ですね.東大の新領域や東工大の長津田とかもそれに近いのかな.実際,私は,東大の地震研にいたのでわかりますが,学部の仕事はないし(入試の監督はあるけど2年に1回,センターか前期試験のどちらかみたいな感じ.今いる大学と雲泥の差),講義は,大学院の一コマだけでしたし,大学の雑務的な仕事は,少なかったと思います.でも,学外の仕事がかなり多かったですけどね.

 他のところも似たような感じなのかな.でも,東大の新領域は,学部の講義もしてると思いますし(というか,新領域を作ったとき,学部の先生の一部が新領域に移動した),京大の防災研もそうだったと思います.でも,それは,ある意味,必要なことで,というのは,そうやって学部生に存在を知らせないと学生が来ないんですね.実際,地震研の学生の多くは,学外出身でしたからね.東工大の長津田もそんな感じだと思います.

 つまり,現状では,大学と大学院の教員が分かれているわけではないので,学生は,どうしても4年生のときに所属した研究室でそのまま大学院に行くことになって,研究所とか郊外にキャンパスがある新領域とか長津田には,なかなか学生が集まらないってことになります.

 あーでも,京大の防災研には,4年生もいますね.藤原先生のところから大学院で地震研の南先生のところに来た中山君がそうでしたし,どこかで書きましたが,強震動の世界に入倉研出身で優秀な研究者が大勢いるんですが,彼らはみんな学内出身だと思います(学外出身者が優秀でないということではありません).

 いずれにしても,やるなら部分的にやるんじゃなくて,一括?してやらないとうまく行かないってことですかね.そういう意味では,大学の教員と大学院の教員を分けて,徐々に移行するとしても,大学院の教員は,しばらくは,大学(学部)も併任ってことになるんですかね.

 まあ,架空の話(笑)なので,細かいことをごちゃごちゃ言ってもしょうがないですが,コンセプトとしては,大学院(研究)専属の教員を作るってことなんですが,実は,こういう細かいことがうまく行かないとか,抵抗勢力が抵抗するとかで,実現しないってこともあるんでしょうね.

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10/20'19

 でも,単なる大学教員ではなく,最先端の研究者になる人間なんかそんなにいるわけではないので,やるとしても,旧帝大系くらいのレベルの大学に限って,研究専属の教員を認めるみたいな感じでしょうか.

 そういう意味では,旧帝大でも研究所以外の教員は,研究専属ではないし,研究所だって,いろいろ仕事はありますし,研究以外の業務がどんどん増えてきてるのが現状ですから,今のままではやっぱりますいですね.

 あとは,そういう特別枠を作ったとしても,優秀で研究をしたい人は,みんなそこに行きたいでしょうから,どうやって公明正大な競争にするかでしょうね.そこで,「定量的評価」ということになるんでしょうが,そうすると,研究の中身は空洞化していくし,逆に「中身を精査」ということになると,いろんな恣意的なものが入る余地が出てくるし,なかなか難しいですね.

 そういう中で,これまでというか,10年くらい前までは,何とか機能してきたと思うので,少子化という背景はあるのですが,そこであわあわしないというか,少なくとも旧帝大系(+αの優秀な学生が集まる大学)くらいは,ばたばたして余計な仕事を増やすことなく,教員がもっと研究に専念できる状況を確保して欲しいですね.

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10/20'19b
(スポーツ, 日記)

 南ア戦ですが,惨敗でしたね.ベスト8という目標を達成した後ということもありますが,地元開催とか,日本に(ものすごく)有利な日程設定とか,そういう+αがなくなって,真の実力が露呈した感じでしょうか.実際,WC直前もボコボコにやられてますしね.前回は,今回同様,対等な条件で,南アに勝ってるわけですし,やっぱり,前回よりそんなに強くなってる感じはしません.

 でも,地元の利を(ものすごく)活かしたとは言え,目標はベスト8と言っていたので,その目標は達成したことになります.問題は,これからですが,やっぱり,現状では,厳しい感じがします.つまりは,ここが一過性の最大瞬間風速にならないかってことなんですが,今のままではそうなっちゃうかな.

 でも,ここで負けて一番喜んでるのは,野球関係者ですかね.日本シリーズもやってたの?って感じでしょうからね.でも,もし勝ってても,次の試合は,週末ですが,もう日本シリーズ終わっちゃってるかもしんないから,どのみち関係ない?

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 NFLは,6週経ったんですが,何と49ersがペイトリオッツと並んで全勝です.もちろん,QBのガロポロの活躍はあるんでしょうが,それだけでこんなに急に変わるもんですかね.でも,ペイトリオッツとスーパーボウルになったら面白いですね.

 思うのは,NFLももちろん金儲け的なところはあるんですが,WCとかと違うのは,国を代表して国のためにとか,国威発揚とか,そういうのはないので,どこかほっとするところはありますね.

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10/20'19c
[そんなの理科じゃない]
(学術)

 時々出てくるんですが,重さが違う球を同時に落としたら,あるいは,斜面を転がしたら(摩擦や空気抵抗がなかったら),どっちが早く地面に着くでしょうという理科の問題です.答えは,もちろん,同時なんですが,「解説」がないというか,ガリレオの何とかの法則だから,で終わりなんですね.そんなの理科でもなんでもありません(単なる暗記科目).そして,小中学校の理科って,そんな感じですよね.

 じゃあ,「解説」すると,どうなるでしょうか? F=maから始まって,質量とは何か,力とは何か,重力とは何か,重力の大きさはどうなるか,そして,斜面を転がる場合は,三角関数を使った計算が必要だし,加速度を理解するには,微分積分も必要です.

 更に言えば,F=maだって,どうしてそういう法則が成り立つのかってことになるわけですが,それは,単に観測結果を説明できる最も根本的な微分方程式に過ぎないわけです.つまりは,F=maというたった一つのシンプルな法則が成り立つとすると,光速とかではなく,身近なレベルの現象であれば,全てF=maに支配される,説明できるってことであって,それこそが理科であり科学でしょう.

 でも,そこまで来ると,大学の力学になっちゃうわけで(しかも,私の力学の講義では,そういう話をするけど,そこまで本質を理解してる学生は少ない),小中学生には,厳しいってことなんですが,何が言いたいかと言うと,科学者とか工学者になる素養というか,そういうことに興味をもったとしても,そのどういうところが面白いと思ったかが重要なわけで,小さい時,算数とか理科が得意とかは,全く当てにならないし,非常に難しい問題ということです.

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10/20'19d
[どっちが簡単か]

 どうしたら「その気になるか」ですが,やる気三要素的に言えば,報酬,人との繋がり,内的熟達の順番で行くと,金が儲かったり偉くなったりすること,評価されたり世の中の役に立ったりすること,そして,単純にやってて面白いこと,となります.

 ここで気づくのは,仕事は,最初の2つは満たしていて,3つ目は,満たしている場合といない場合があるということです.仕事を定年で失うことは,これらを失うことになるのが問題なのですが,自分の仕事に何があるのかを考えることで,その後の対処法が変わるでしょう.

 私の場合は,「全部入り」なんですが,お金はもう何とかなるし,評価とかは,元々拘りもないし,もうそういうのは卒業したので,なくなっても大丈夫なんですが,単純にやりたい研究がなくなるのが困るわけです.

 逆に,多くの人は,お金とか評価が大事,お金は何とかなっても,評価とか社会との繋がりがなくなるのが厳しいんでしょうね.でも,仕事そのものに(報酬とか評価がなくても感じる)面白さを感じていなかったとすれば,それはそれで,やりようがあるというか,単にやってて面白いものを探せばいいんじゃないですかね.

 でも,そういう人は,お金や評価が欲しいわけですから,面白いだけではだめなんでしょうね.私の場合は,面白ければいい(報酬や評価は要らない)ので,研究ができなくなっても,他に面白いものを探せばいい(ていうか,既にいくらでもある)ってことになるのかな.

 つまりは,お金や評価が得られるものを探すのと,やってて面白いものを探すのとどっちが簡単かってことになりますかね.そりゃあ,後者ってことになりそうですが,意外と前者という人もいるのかな.

 ただ,内的熟達の場合,いつも面白くてやりたければ,ほんとに無敵なんですが,やるのがめんどくさいときもあるわけで,それが問題なんですが,報酬や評価が必要ないのなら,やりたいときだけやればいいってことか.

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10/20'19e
[こんな感じでは]

 何かはっきり言えないというか,逆にはっきり言えるというか,このままというか,こんな感じではだめだと思うんですよね.でも,一方では,このままでいいというか,そもそも,もう「終わって」るんだから,いいもだめもないというか,そういうところもある.

 でも,そうこうしているうちに時間は過ぎていって,時間が解決というか,結局,このままという気もする.もし何かを変えたいのなら,自ら何か行動を起こすということも考えられるし,外からそういうことが起こるかもしれない.

 でも,言えるのは,そういうことが起こるのかどうかはわからないけど,そういうことが起こるときは,そういう気になるときであって,そういう気にならないのなら,それまでの話ということでしょう.

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10/21'19
[他に楽しいことがない]

 この話と関係するのかもしれませんが,とあるMLというか,集まりで,○○した後,時々集まって飲んでるみたいです.私は,いろんなことしてる関係から,こういう集まりみたいなものはいっぱいあるんですが,ひと頃は,よく出かけました.実際,そういうところに行っていろんな人と話をすると楽しいものです.

 で,そのMLに流れていたんですが,こうやって集まって飲むこと以上に,他に楽しいことがないという発言がいくつかあったんですね.つまり,仕事とか仕事以外にやってる(ことがあればそういう)ことより,集まってわいわいやるのが楽しいということです.

 そんなもんなのかなとも思うのですが,そういう時間は,全体の極々一部でしょうから,それでいいんかいとは思いますし,仕事をリタイアした後は,どうなるんやとも思います.

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 私の理想としては,やはり「一人,時々,みんな」ですかね.つまりは,基本的には,内的熟達的に一人で過ごして,時々,家族や友人達と会うみたいな感じでしょうか.そして,それは,既にそうですから,仕事をリタイアした後も,そんなに変わらないと思うんですよね(仕事も基本的には,一人で,時々,学生と話したり,講義したり,学内の会議に出たり,学外の仕事で東京に出かけたりみたいな感じですからね).

 それは,いざとなったら一人でも大丈夫ということもありますが,単純に「一人,時々,みんな」がちょうどいいというか,快適ってことが大きいです.

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10/21'19b
[部分的ミニマリスト]
(生活)

 ミニマリストとか,8tトラックを改造して生活とまでは行かなくても,身の回りの荷物を必要なものだけに減らして,さっぱりしたら気分がいいと思うんですよね.実際,部分的にそういうことを実現してることがあって,それは,「食器」です.

 もともとは,大きな食器棚があって,そこいっぱいに食器があったのですが,前住居の同居人が引っ越すときに,食器棚ごとほとんどもっていってくれたので,私のところには,必要最小限の食器しかないんですね.量にして,机の引き出し2つ分くらいです.そして,それで充分なんですね.

 他の「カテゴリー」もそうできたらいいなと思います.具体的には,衣類,寝具,調理器具,掃除道具とかもそうでしょうか.調理器具も基本的には,フライパンと小さな鍋があればほとんど事足りますし(フライパンが大きな鍋を兼ねられる.あとは,包丁,まな板,ざる,秤くらいか),衣類ももってるものの1/5くらいしか使ってない気がします(捨てればいいだけ).

 CD, DVD, カセッテテープ,ビデオテープ,本などのメディア類はかなりあるのですが,本は,前回の引越しのときにほとんど処分しましたし,CD, DVD, カセッテテープは,(ちょっとめんどくさいけど)ケースから出して袋に入れることで半分とか1/4以下に圧縮できます.

 あまり圧縮できないし,メディア自体もでかいのがビデオテープですが,多分,ほとんど要らないと思うんですよね.だって,必要なものはデジタル化してますし,それ以外のものは,もう10年以上見てないですもん.とっておきたいものがあるとしたら,イカ天くらいかな(YouTubeにもそんなにあがってない).

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10/21'19c
[そういう意識]
(大学)

 最近,あらためて思うんですが,うちの大学(筑波大学)ってどういう大学なんでしょうね.

 レベル的というか,ランキング的には,東大,京大,東工大,一橋には,及ばないけど,東大京大以外の旧帝大や横国,早慶とは,同じくらいってことなんでしょうが,あんまりそういう感じがしないというか,一方では,一応,首都圏にあって,TXが開通してからは,東京の東の方なら何とか通えるし,東大,東工大に少し届かない優秀な学生の受け皿になってるかと思いきや,結構,東北大に流れてる感じがするし,何かぱっとしない気もするけど,教育の中身的には,かなり充実してる(教員は大変)わけで,何だかなあという感じでしょうか.

 でも,どこかで書きましたが,やっぱり,(東大京大以外の)旧帝大とは,違うと思うんですよね.それは,新しい大学で知名度が今一ということもありますが,旧帝大なら,その地方でNo.1なわけで,学生もそういう意識をもってると思うんですが,筑波大生には,あまりそういうものが感じられないんですよね.もちろん,変なエリート意識みたいなものは無用ですが,そういうのってやっぱり大きいと思うんですよね.

 それは,なぜかと言うと,使命感みたいなものに繋がるからでしょうか.自分より優秀な人間が(そんなに)いないんだったら,自分が何とかするしかないわけですからね.別に国のためとか社会のためとか人類のためとかじゃなくて,優秀な人間には,そういう意識が必要だと思います.

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10/21'19d
[○○]
(バドミントン)

 香山のインカレ女子シングルの準決と決勝を見ました.だいたい予想通りの内容だったんですが,唯一ちょっと苦戦というか1ゲーム落とした準決ですが,あることに気づきました.普通は,○○だと思うんですが,明らかに全然○○じゃないというか,相手がほとんど全く○○なんですね.

 意図的にそうしたのか,結果的にそうなったのかはわかりませんが,唯一1ゲーム落としたことになったわけで,うーん,どうなんだろ? もちろん,それが何かは(香山研究に使われる可能性もあるので)書けませんが,あそこまで極端だと,当然本人も気づいてるんでしょう.

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10/21'19e
[世界の強豪の仲間入り?]
(スポーツ)

 一夜明けて(予想通り)よくやった,これで世界の強豪の仲間入りだという報道なんですが,そんな感じはしません.具体的には,何度か書いているように,前回大会とは,条件(地元で試合できたということもあるけど,何と言っても日本に圧倒的有利な日程設定)が遥かに優位だったわけで,それで予選リーグを勝ち抜けてベスト8に入りましたが,日程設定の条件が同じになったトーナメントになると,途端にボロ負けですからね.

 逆に言えば,前回大会あたりから強くなってるのは確かですから,前回大会のチームをもっと評価してあげてもいいと思いますが,それも次回は地元開催ということで,オリンピック同様,「そういう効果」があったということですからね.

 次は,フランス大会みたいですが,そこで(前回大会同様,日本に不利な日程設定で)ベスト8に入って初めて世界の強豪の仲間入りということでしょう.そのためには,予選リーグで上位2か国に,つまり,世界ランキングで8位以内をキープしないと厳しくて,つまり,スコットランドとかにはもう(アウェイでも)負けられないってことで,そう簡単なことじゃないと思います.

 今回のように初めての地元開催WCのために代表合宿を年間250日以上もやるなんてのは,まさに最大瞬間風速で持続性がないし,じゃあ,トップリーグを(バスケットのように)プロ化するという話が出てるんですが,どうなんですかね? 数千人動員すればいいバスケットと違って,大きな競技場でやるラグビーだと,数万人集めないといけませんからね.ただ,Jリーグがなぜか未だに野球と同じ夏にやってますから,秋冬のスポーツとして定着するかですが,うーん,見てて正直そんなに面白いもんじゃないですし,屋外スポーツなので,秋冬にやるということは,見てる方は寒いですからね.

 そもそも,前回大会の後も,五郎丸ポーズ(実際は,ウィルキンソンポーズ)とか流行って,結構盛り上がったし,サンウルブスができたりしたんですが,サンウルブスは全然勝てないし,観客動員数が増えて,トップリーグがちょっと盛り上がったのも一瞬だったと思いますからね.

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10/22'19
[洗濯]
(生活)

 そっか,洗濯というか衣類も既にミニマリストに近いですね.具体的には,週に2回(練習がある日ともう1回)洗濯してるのですが,洗濯機が脱衣場に置いてあって,脱衣場に物干し場と乾燥機を設置して,普段洗濯して着るものは,洗濯が終わるとそこに干して(乾燥機で一晩でだいたい乾く),収納はせず,着るときは,そこからとって着ているからです.物干し場は,横幅2mくらいですが,ジャケットとかスラックスとか以外の普段着て洗濯するシャツとかタオルとか下着とか練習着とか靴下とか寝間着とか枕カバーとかは,全て収まります.

 じゃあ,それ以外の衣類はどうなってるのかと言うと,夏冬の入れ替えとジャケットとかでハンガーラック一つずつくらいで,それ以外に衣装ケースとかはあるんですが,衣装ケースに入ってるものは,ほとんど使ってないってことなので,これをほとんど廃棄すれば,いいってことですね.

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10/22'19b
[表現できるか?]

 生きていると,いろいろ負の感情というか,例えば,なかなか思うように事が運ばなかったり,好きな人に振り向いてもらえなかったり,これでいいのかともやもやしたり,何のために生きているのかとか考えたり,わけもなく寂しくなったりとかするわけですよね.そういうときどうするかというか,寝てしまうとか,やり過ごすとか,一生懸命仕事するとかは,あるとは思うんですが,それを「表現」できるか,となると,なかなか難しいですよね.

 例えば,仕事が研究者なら,研究に没頭して忘れることはできるとは思いますが,そういうことを仕事に反映させることは,難しいでしょう.じゃあ,何がそういうことができるかと言うと,表現するものなので,芸術系ということになります.

 つまりは,人生がうまく行かないほど,表現する材料が揃うとも言えるわけで,実際,後世に残る傑作を残した作曲家とか画家とか小説家とかって不遇というか,そういう負の感情が表現の基になってることってすごく多いですよね.

 そりゃあ,人生,うまく行かないよりうまく行った方がいいと思う人が多いんでしょうが,芸術系の人達は,うまく行かない方がいいというか,うまく行かなかったとしても,それはそれで,ネタができるというか,そういうところがあるわけです.

 学術より芸術の方が上と書いているのは,そういうことがあるんですが,じゃあ,才能があったとして,芸術家になりたいかと言うと,どうですか? 人生,順風満帆に過ごしたいと思うのなら,芸術家としては,今一というか,少なくとも限られた材料で勝負しないといけないので,圧倒的に不利ということになります.

 つまりは,世のほとんどの人は,芸術家にはなれない,なれても大したことにはならないってことですかね.

 表現するという意味では,ここで,文章に書くというのは,そうですが,直接,文章で書いちゃうわけだから,芸術とは言えんわなー.でも,負の感情というか,これでいいのか?的なネタがないと書くことないわけで,そういう意味では,ガス抜き程度には,なってるって感じでしょうか.

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10/23'19
[役に立たないことほどやる価値がある]

 思うんですが,やっぱり「役に立たないことほどやる価値がある」ってことじゃないですかね.理由としては,役に立たないのにやらずにおれないというのは,よっぽどやりたいんでしょうし,そうすると,とんでもないことになるわけです.

 一方で,役に立つことは,お金とかの報酬や評価が得られるわけで,それは,モチベーションになるというよりは,そういうことがないとモチベーションが上がらないというのは,大したことないってことです.

 芸術なんか,何の役にも立たないもので,その一方で,ピアノにしても絵を描くことにしても長編小説を書くことにしても,とんでもない途方もない細かく単調な作業を延々と続けないといけないわけで,まさに,それでもやらずにおれない人しかできないことでしょう.

 役に立たないという意味では,スポーツだって,同じで,それを人々を元気づけるとか言ってるのは,それで飯が食いたいから,あるいは,それで金儲けしたい奴が「そういうことにしてる」わけですし,練習にしてもトレーニングにしても,単調でしんどい作業を延々と繰り返すことが基本なわけで,それに耐えられなければ,そういうことそのものにモチベーションを見出せなければ,大したことにはならないでしょう.

 学術なら,役に立つ研究は,大したことなくて,全く何の役に立たなくてもやるのが知的探求ですし,結果的に役に立つとしても,それがモチベーションの一つだとしたら,そういう助けがない程度の知的探求欲しかないってことで,大したことにはなりません(せいぜいノーベル賞がもらえるくらい.ちなみにアインシュタインは,ノーベル賞はもらっているが,対象は相対性理論ではない).

 じゃあ,役に立たなくてもやりたいことやればいいということになるんですが,そうすると,遊んで暮らす奴が多くを占めるのでしょうし,役に立つことをやりたい人は,社会から評価され報酬も得ることになるということで,まさしく「素養」の問題なんですが,全く何の役に立たなくても,やる価値を見出したもの,やらずにおれないものが役に立つという以上の本質的価値をもっていれば,もっとすごいことになるということなんですが,本質的価値なんてほんとはわからないし,結局,やらずにおれないことをやるべし,それでそれがどうなるかは,誰もわからない,どうなってもそれを受け入れるということでいいんだと思います.

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10/23'19b
[泥沼化?]
(世の中)

 泥沼化してるように見えるBrexitですが,どうなんですかね? 結局,EUに残る方向に進んでるってことはないですかね? 国民投票の結果が出てBrexitになるとなったときは,世界恐慌が起こると言われましたが,少なくともここまでは,起こってないし,世界経済の減速懸念は言われてますが(特に欧州はよくない),Brexitの影響的には,離脱しないことを織り込んでるようにすら見えます.実際,シリアの内戦激化で難民が押し寄せてきてたあのときとは,状況は違うわけで,ここまで何とか引き伸ばしたってことで,今解散や国民投票をやれば,3年(も経った)前と違う結果になるってことじゃないですかね?

 でも,そうだとすると,国民投票からこの3年以上,一体何やってたんだ?ということになりそうですが,時間と手間をかけて,Brexitを回避する努力をしてきたってことになるのかもしれませんが,だったら,元に戻れば,やっぱり,徒労ということになるというか,まあ他人事なので関係ないですが,そういう類のことには関わりたくないと思いますね.

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10/23'19c
[ものの整理→要らないものの廃棄]
(生活)

 ものの整理ですが,要らないものを廃棄するついでに整理しようとするから時間がかかるし,ハードルが上がるのかもしれません.つまりは,まずは,要らないものを廃棄するだけ,あるいは,何年か前に自宅を「いつでも引っ越しできる状態」にしたように,大まかに分類するだけでもやるべしってことですかね.もし8割廃棄するのなら,それだけでものは2割になるわけですからね.でも,それだとものの整理じゃなくて,要らないものの廃棄か.

 でも,思うんですが,10年前なら必要というか,一応とっておこうと思っていたものが,今は全く未練なく廃棄というのは,やっぱり,面白いですね.時代背景とか,人生のどういうステージにあるかとか,考え方の変化とか,いろんな要因があるとは思うのですが,言えるのは,必要なものは,どんどん減って行くということです.

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10/23'19d
[総報酬評価社会]

 世界初のことがしたいし,そういうことをやってるのが面白いと言ってる人がいました.その人は,学生時代は,常に成績はトップで,東大からMITに行った秀才(回りは天才と呼んでた)だったそうです.

 でも,世界初のことをやるのが面白いってどういうことでしょうね? 面白いってそういうことではないのでは? つまりは,やることの中身ではなく,やった結果が世界初というような評価とか報酬が欲しいだけでは?

 でも,世の中の多くの人がそうなんでしょうね.まさに総報酬評価社会ですからね.そして,そういう人は,報酬や評価がないと頑張れないわけで,仕事をやめれば,何をやってもやり甲斐を感じなくなって濡れ落ち葉になってしまうのでしょう.そうならないために,というよりは,そもそも,真の面白さを探したらいいと思うのですが,なかなか難しいんですかね.

 思うんですが,総報酬評価社会なのが問題なんじゃないですかね? 何か面白いことを見つけたと思っても,そんなことやっても,金にもならんし評価も受けないとなったらやってもしょうがないと考えてしまうんでしょうからね.でも,面白いかどうかって,報酬とか評価とか全然関係ないことだし,こんなことやってどうすんだ?と思うのにやりたいことこそが真にやりたいことですからね.

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10/23'19e
[リーグ優勝と日本一]
(野球)

 日本シリーズですが,予想通り,あっという間に終わりました.でも,野球のことがちょっとわかる人なら,誰でもそう予想したとは思いますけどね.とにかく,力の差があり過ぎますし(巨人は,スタメンの半分くらい誰?状態),そもそも,何度も書いてるように,パリーグとセリーグのレベルが違いすぎます.

 で,ちょっと気になったこととしては,ソフトバンクは,シーズンで優勝できなかった悔しさが原動力となって日本一に,と言っていたことです.ふーん.

 ホークスがシーズンで優勝できなかったのは,もちろん,ライオンズが優勝したからなんですが,CSで負けて,ホークスがシリーズに出たわけで,なんだかなーとは思っていたのですが,そうでもないかもと考え始めました.

 リーグ優勝と日本一とどっちが上か,というと,リーグ優勝は,リーグで一番だけど,日本一は,両リーグで一番なので,普通に考えれば,日本一が上ってことなんでしょうが,日本シリーズって高々7試合(今回は4試合(笑))の話だし,それは,CSもそうだし,そんな最大瞬間風速(最近よく出てくる)なんかより,140試合を戦った結果のリーグ優勝の方が遥かに価値がある,真の勝者ということなんだと思います.

 つまりは,ポストシーズンは,あくまで「ポスト」シーズンという「おまけ」なわけで,特にCSが始まってから,日本シリーズの価値が低下してるのは,間違いなくて,つまり,日本シリーズに出るためにシーズンの戦いがあるわけではないので,2位とか3位になって,CSを勝ち上がってシリーズに出ることより,シーズンで優勝することが最重要で,ホークズは,日本シリーズを制しましたが,ホークスを抑えてパリーグで優勝したのは,ライオンズということです.

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10/23'19f
[お小遣い制]
(経済)

 「うちはお小遣い制だから」っていう話,きいたことあるというか,大の大人が奥さんから月何万円とかの「お小遣い」をもらってるって言うんですが,ほんまかいなって感じですよね.だって,自分で稼いだ金なのに,お小遣いを貰うってどういうこと?というか,そこから昼食代も出さないといけなくて,値上げ交渉をするとか,小学生か!

 で,ある人が言ってたんですが,たくさんお金をもっていたら,その人は,あるだけ使っちゃうんだそうで,小遣い制にしてもらってるんだそうです.要は,経済感覚のかけらもないわけで,そんな奴は,一生尻にひかれて,亭主元気で留守がいいとか言われて,こき使われた末に濡れ落ち葉になるのがオチってことですね.

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10/24'19
[狂気]
(世の中)

 表現できるか?ですが,音楽で言えば,今時ロマン派じゃねえんだから,そんなもん表現できるのか?ということはあるかもしれません.じゃあ,近現代社会におけるそういうものって何でしょうね?

 それは,少し極端な言い方をすると「狂気」ではないでしょうか.狂気とまで行かなくても,人口増加に伴って,世の中を便利にするために文明がどんどん発達するとともに社会が形成され,資本主義などの社会構造の歪みが生じて,人々にはいろんな負の感情というか,何とも表現しがたい何かを抱えていて,でも,それを表現するのが表現者ということになるわけです.

 実際,現代音楽にしても現代美術にしても,非常にデフォルメされ,ある意味,歪んだものになってきていて,それはそれで自然の流れでもあるし,人生がうまく行かないほど芸術家はネタが増えるじゃないですが,世の中がおかしくなるほど芸術はネタが増えるとも言えるわけで,じゃあ,世の中どんどんおかしくなった方がいいかと言うと,もちろん,そういうわけじゃないのですが,全く100%健全になるということはありえないし,ある意味,不自然でもあるので,これも自然の流れということでしょうか.

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 見方を変えると,現代社会で生み出されている最先端の芸術は,非常に歪んだものである一方,人々の志向は,音楽で言えば,古典やロマン,あるいは,わかりやすい商業音楽であるわけで,このことが意味することは,最先端分野がどんなに進歩しても,人々は,それに付いて来られるわけはなく,そこで何が起こるかというと,報酬や評価の問題ということになるわけです.

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10/24'19b
[スポーツにおける報酬や評価の問題]
(スポーツ)

 報酬や評価の問題ですが,学術や芸術については,評価が難しいということになると,スポーツは,結果がわかりやすく出るからいい?

 それはそうなんですが,実際のところは,先天的にフィジカルに恵まれた選手をスカウトして,報酬や評価という餌で釣って,ロボットのように練習やトレーニングをさせて,それで飯を食ったり,金儲けしてる人間が大勢いてし,選手サイドとしてもそれにまんまと丸め込まれてるわけです.つまり,スポーツの世界では,また別の形で報酬や評価の問題があるんですね.

 じゃあ,どうしたらいいかですが,選手が「一人前」になることでしょう.それは,まずは,自分で考えられるプレーヤーになることですし,正当な報酬や評価を要求することよりは,何のためにスポーツをするのか,そのために自分はどうしたいのかをよく考えることですし,ちゃらちゃらした報酬や評価に騙されないことも重要でしょう(スポーツをやりたくてスポーツをやっているのなら,商業的な要求に与する必要はない).

 そういう意味では,筑波大バドミントン部の方向性は,間違ってないと思いますし,事あるごとに自分で考えられるプレーヤーになるということは話しますし,そういう話ができるのも筑波大バドミントン部ならではのことでしょう.

 しかしながら,スポーツ全体から見ると,筑波大バドミントン部は,特別と見られているところはあって,これがメインというか主流になる必要があるのですが,そのためには,まずは,勝って結果を残さないといけないということになります.そして,徐々に結果は出つつあると思います.

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10/24'19c
[生涯で何回引越?]
(生活)

 最近何かと話題?の引越しですが,そう言えば,生涯で何回引っ越したのかなあ,あるいは,どこに何年住んでたのかなあ,と考えました.どこかで書いたような気もするので検索したのですが,ここですね.もう10年以上前なので,もう一度まとめると,大牟田に7年,福岡に十数年,駒場に4年,本郷に9年.バークレーに1年,西片に7年,竹園に十数年,今住んでるところに3年となりました(多い?少ない?).

 こうしてみると,一か所に住むのは,長くても十数年ということになりますね.でも,本郷,西片は,バークレーの1年がなかったら,ずっと同じところに住み続けたかもしれないし(でも,本郷は,学生時代から住んでるところなので,ずっとそこに住み続けたかどうかは..),つくばも,職員宿舎の取り壊しがなかったら,ずっと住んでたかもしれません.

 逆に言えば,バークレー行きとか,職員宿舎の取り壊しがあったおかげ?で,引っ越さないといけないことになって,荷物の整理というか,引越しの大変さを感じて「いつでも引っ越せる状態」にすることの重要性,そして,それが普段の生活における快適性に繋がることに気づくということもあるわけです.

 そして,そういう否応なしの引越しは,次は,定年ということになるのでしょうか.そうすると,今住んでるところには,10年くらい住むことになるので,ある意味,計算ぴったり? あるいは,何かが起こって,もっと前倒しになることもある?(後ろ倒しはないと思う)

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 あと,思うのは,どこで荷物が増えたかです.少なくとも,本郷のときは,部屋の広さは,6畳+DKだったわけで,荷物は,6畳の一部屋に押し込めば入るくらいでした.その後,結婚してバークレーに行って,向こうでいろいろ買い揃えたんですが,ほとんど向こうで処分してきたので,西片の家になったときも,防音室+グランドピアノは,入れましたが,それ以外は,そんなに荷物があったわけではないと思います.

 その後,つくばに来て,ということですが,そこで増えたと思っていたんですが,実際はそうでもないかな.3年前の引っ越しの時に大分処分しましたしね.ですから,実は,今でもそんなに荷物があるわけではない気がします.あるいは,少しずつ増えて行って気がついたらってことですかね.

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10/24'19d
[福岡に帰る]
(自分)

 住みやすい街No.1とか,ソフトバンク日本シリーズ三連覇?とか,福岡の躍進が続いてますし,私の回りで福岡に帰る人もぼちぼち出てきています.実際,住みやすい街だと思いますしね.でも,私は,福岡に帰ろう(住もう)とは思わないと何度か書いてきました.

 それは,親や家族がこっちにいるとか,友人達も東京の方が多いとか,東京から離れてるとか,スキーに行けないとか(笑),そういうことじゃないような気がしてきました.非常に具体的に言えば,Q大から話があったときは,行かなかったんですが,H大なら行ったかもしれないと思うからです.どういうこと?(スキーじゃないと思う(笑))

 私は,大学に入るために上京しました.それって,ある意味,福岡を捨てて東京に行ったということですよね.何かを成し遂げようと思って上京するとき,もしだめだったら,国に帰っておいて,というようなことが言われるのですが,私は,そんなつもりはさらさらなかったし,東京に出てくることで成功したと思ってるので,福岡に帰るわけにはいかないし,それは,成功しなかったとしてもそうです.

 と書いたのですが,よくわからないですね.今は,というか,大学時代からずっとそう思っていますが,将来,どう思うようになるかはわかりませんしね.でも,やっぱり,福岡に帰ることはないような気がします.

 そういう意味では,もう東京に拘りもないですかね.人生は旅のようなものですが,出かけていつか家に帰ってくるのではなく,片道切符というか,流れ流れてどこかにというのがいいし,「家に帰って」しまうと,そこで終わりのような感じがするんですよね.

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10/25'19
[連絡?]
(このサイト)

 今週末は,全学停電なんですが,このサイトは,既に外部に引っ越してますので普段通り更新できますし見られます.でも,メールは,届くのが月曜の朝になるので,急ぐ場合は,gmailの方に送ってください.

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10/25'19b
[やりたいことなんかない]

 別の見方をすると,やりたいことなんかないのかもしれませんね.つまりは,やらないといけないことがあるだけで,その中で多少なりともその気になるものがあるってだけってことでしょうか.

 研究というものに出会って,これこそ自分が生涯をかけて取り組んでいくものだと思ったり,音楽さえあれば生きていけると思ったり,バドミントンとかスキーにかなり打ち込んだ時期があったり,経済や世の中の仕組みが見えて,ある程度,将来を見通せてそれを形にできると思ったりしたとしても,それは,一時的なもので,そういう気持ちを維持し続けることは難しく,やらないといけないとか食べて行かないといけないということがなければ,だんだんやらなくなってしまい,歳をとれば,体も心も衰え,50を過ぎれば,DNA的には終わりなので尚更でしょう.

 そうすると,結局,夏が来れば早く涼しくなって欲しい,冬が来れば早く暖かくなって欲しいという季節の移り変わりとともに年月が過ぎていくように,やらないといけない仕事をして,疲れて休息してささやかな幸福を感じるというのを繰り返しながら,いろんなものを先送りして,時を過ぎるのを待つという,まさに人生所詮退屈しのぎということでしょうか.

 それでも,若いときは,何かにとり憑かれたように何かに打ち込んだこともあったわけで,そのおかげで何かを成し遂げたかどうかはともかく,楽しく退屈しのぎできてきたとは思うのですが,そういうやり方は,50を過ぎると通用しないというか,違うやり方を考えないといけないのかもしれません.

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10/25'19c
[長老]

 その一つの答えが「長老」なんでしょうか?

 その昔?村には,長老がいて,もうよぼよぼなので,働き手としては,全然戦力にはならない.でも,ものすごい知恵や経験をもっていて,何かあるとみんな相談に行くし,尊敬され大事にもされている,みたいな.

 現代社会なら,多くの人が,50を過ぎると,もう実働部隊ではなくなって,偉くなって,口であーだこーだ指示はするけど,自分で動くことはなくて,みたいな.研究者なら,あれこれ指示するだけか,大学なら何とか長になって,行政的な仕事をするとか,

 私自身に関して言えば,まだまだ研究するとか言ってても,実際は,大学の業務はいろいろあるわけですし,10人近い学生一人ずつに研究テーマを与えて研究させていれば,その指導だけで手一杯になってしまうのが現実ということでしょうか.

 じゃあ,もし私自身が研究に100%時間を使えるとして,実働要員となって,バリバリ研究して行ったらどうでしょうか? それはそれで,成果は出るとは思いますが,学生10人というマンパワーはあるわけで,彼らがその若さを生かして頑張れば,もっと大きな成果が出るかもしれないし,何より彼らが研究活動を通して成長できることが大きいわけです.

 ですから「長老」はともかくとして,だんだんとそういうやり方にシフトしていくのは,自然なことかもしれませんね.でも,大学行政とか,こんなことやってどうすんだ的な仕事には,興味ないですけど.

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 でも,一つ気づいたことがあります.それは,研究は,(置かれた状況からそうなってしまうこともあって)だんだん長老化?してますが(でも,ほんとの長老と違うのは,学生より遥かに研究力は高いってこと),それ以外の,ピアノもバドミントンもスキーもまだどれも「プレーヤー」なわけですし,それは,世の中と経済研究もこのサイトも同じです.

 ということは,そういうことをリタイア後はメインにしていけばいいってこと? あるいは,研究も(やりたかったら)そういう風に取り組む,即ち,一人でしこしごやって行けるものをやればいいってこと?

 まあ,「状況による」ってことですかね.今は研究は,学生の研究指導がメインってことですが,それは,別に「長老化」してるわけじゃなくて,学生を指導しないといけないという「状況」があって,でも,やらないといけないからということではなく,やりようによっては,一人でしこしこやるより大きな成果が出るかもしれないし,将来ある人材を育てられるということもあるわけです.

 ですから,それができるうちにありがたくやらせてもらえばいいし,定年後,何らかの形でそういうことが続けられれば,続ければいいし,できなければ,そういう状況の中で,できることをすればいいということでしょうか.

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10/25'19d
[研究指導]
(研究)

 こうして見ると,研究指導ってちょっと不思議ですよね.

 例えば,スポーツと比較すると,指導者の競技力は,選手より低いというか,競技力が衰えて選手を引退して指導者になるのが普通ですよね.でも,研究の場合は,「競技力」(研究力)が選手(学生)より全然高いのに指導するわけですし,「競技力」(研究力)が選手(学生)より高くなければ,絶対に研究指導はできません.

 でも,スポーツの場合は,そういうことはないし,むしろ,競技力が現役の時高かったからと言って,優秀な指導者になれるとは限らないし,選手としての実績はそんなになくても優秀な指導者はたくさんいます.

 芸術系はどうでしょうか.ピアノの場合は,指導者の競技力(実技力)が学生とか弟子より高いことが多いですね.そういう意味では,研究者に近いですが,歳をとって技術が低下しても指導することはできるでしょう.

 でも,研究の場合,指導者の研究力が学生より高くても,若さとかパワー的なものは,学生の方があるでしょうから,研究テーマを考えたり,まさに学生をうまく指導すれば,大きなパフォーマンスをあげることができるということでしょう.学生がいないと研究できないと豪語?してる人もいるくらいですからね.

 でも,私の場合,そういうのとは,違うかなあ.自分の研究のために学生を使ってるわけじゃないですからね.そういう風に割り切った方が楽なのかもしれませんが,それだとうまく行かないと思うんですよね.パワハラとかが起こるのもそういう背景があるんだと思います.

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10/26'19
[基本が大事]
(スポーツ)

 イングランドやりましたね.オールブラックスは,ずっと好きだったのですが,このことに気づいてから,あまり応援する気分でなくなって,イングランドを応援というか,イングランドに勝って欲しいと思いながら見てました.

 日本のレベルは大分上がってるんですが,このレベルになると,やっぱり,違いますね.一番感じるのは,基本ができてるってことです.サッカーは,トラップがうまいかどうかとどこかで書きましたが,このレベルになると,とにかく球の扱いに慣れてて,その分,高度な状況判断とかプレーに繋がります.

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[「新曲」が見つかるかも]
(ピアノ)

 で,ただ見てるだけだと退屈なので,CDの「圧縮」(CDを不織布に入れてそれとケース以外の部分を透明な袋に入れてケースを捨てるだけ.重さも体積も1/4くらいになる)をやりながら見てたんですが,レアなCDがゴロゴロ出てきます.YouTubeにアップされてないものもかなりあるんじゃないかな.

 つまり,CDは,まだ捨てられないということですし,聞き直すと「新曲」が見つかる(20年前は,何とも思わなくても,今は弾きたくなる曲がある)かもしれません.

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10/26'19b
[何か変な感じ]

 やっぱり,何か変な感じです.こんな感じではだめというか,だめとか言ってもどうにもならないというか,だからこれでしょうがないというか,これでいいと思えば,それでいいというか.

 当面やるべきことは,いくらでもあるので,やるべきことをやっていればいい? というか,それで時間は過ぎていく? でも,それは,ほんとにやるべきことなのか? 他にやるべきことがあるのではないか?

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10/27'19
[これでいいと思うこと]

 こんな感じではだめと思うからいけないんでしょうね.これまでは,そういうことで,成功してきたとは思うのですが,これからは,そういう生き方を変えていかないといけないんでしょうからね.つまりは,これではだめではなく,これでいいと思うことなんでしょう.

 だって,ちゃんと仕事して食べて行ってるし,誰に迷惑をかけてるわけでもないですからね.もってる能力を発揮して社会に貢献すべきというのはわかりますし,そういう要望があれば考えますが,そういうことがなければ,自分にやらせろとしゃしゃり出るつもりは,ありませんからね.

 今までと正反対の生き方をしないといけないので,非常に難しいというか,急には無理ということでしょうか.つまりは,ソフトランディングということなんですが,そういう意味では,長年かけてだんだんできるようになってきている感じはしていて,でも,その変化は,単調増加(減少)的ではないということでしょうか.

 あとは,「プログラム」の問題はあるでしょうね.人間,基本的に,そういう風に「プログラム」されているので,それに逆らうことは,難しいってことなんですが,そのプログラムも50くらいを境にあまり効かなくはなってはくるんですが,これも急にというわけではないってことですかね.

 厄介なのは,ほとんど前例というか,お手本みたいなものがないということでしょうか(でも,私は,自分で考えるのが面白いので,そんなのない方がいい).具体的には,第一の人生で成功した人で,第二の人生でも成功する人は,ほとんどいないわけで,いたとしても,それを説く人はいないというか,いたらそれはもはや第二の人生ではないので,論理的に存在しないということになりますからね.

 ですから,自分で考えるしかないし,それはそれでOKです.

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10/27'19b
[最高到達標高]
(自分)

 全然関係ない(どーでもいい)話ですが,最高で標高何mのところまで行ったことがありますか?(飛行機とかじゃなくて,自分の足が地面についた状態で)

 ほとんどの人が山に登ったことはあるでしょうから,今まで登った山で一番高い山ってことになるんでしょうか? でも,私の場合,多分,違うと思うんですよね.

 どこかで書きましたが,父が登山をしていたこともあって,私は,小さい頃,よく山に登りました.大分の九重には,何度も行ってますし,九州で一番高い久住山(1786m.でも屋久島も入れれば,宮之浦岳(1936m)の方が高い)には,何度も登ってると思います.

 でも,その後,ちゃんとした登山をした記憶はないので,じゃあ,私が行った一番高い標高は,久住山の1786mかと言うと多分違うと思うんですよね.

 それは,大学を卒業するときにスキーを始めて,スキー場って標高が高いところにあるし,これまで行ったスキー場でリフトとかゴンドラの頂上で1786mより高いところも多分あったんじゃないかと思うんですよね.でも,そんなのちゃんとチェックしてるわけじゃない.

 どこかなあ? やっぱ志賀? 奥志賀というか,焼額山って多分標高2000m以上だったと思いますし,焼額山のゴンドラ降り場は,ほぼ山頂だと思うので,ここが私の「最高到達標高」? 

 調べてみたらやっぱりそうですね.焼額山の山頂は2009mで,ゴンドラ山頂駅は,ほぼ2000mです.ですから,少なくとも久住山山頂ではないのですが,もっと高いところがあるかもしれないので,ここが私の「最高到達標高」かどうかは,わかりません(月山はどうかと思ったけど,1984mだった.バークレーにいたとき行ったスコーバレーも1890m).

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 と思ったら,あっさりこういうサイトがありました.答えは,同じ志賀の横手山(2307m)ですね.最後に行ったのは,随分前ですが,何本もリフトを乗り継いで(上の方は板をはずして乗った)一番上のリフトを降りたところは,山頂近くだったと思います.渋峠も東京で準指を受けていた時に練習に行ったことがあります.

 ということで,スキー場で私が行った最高到達標高は,わかったのですが,これが「答え」かどうかはわかりません.スキー以外で行ってる可能性もありますからね.

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10/30'19
[標高話?(続)]

 この数日,いろいろ書いてはいたのですが,なぜかアップする気にならず,読み返してみると,アップするほどのこともないので,これは,アップしない方がいいのでしょう.

 標高話?ですが,あと考えられるのは,「車で通ってる」ってことでしょうか(地面に足は付いてないけど(笑)).スキーの準指の研修会に行くときにいつも通る金精峠は,すぐに思いつくのですが,これは2000mくらいですね.で,調べてみたところ,国道で一番高いのは,渋峠(2172m)なので,ここは行ってるし,すぐ横の横手山山頂付近の方が高いです.

 じゃあ,もっと範囲を広げて車道の日本最高標高なんですが,山梨県山梨市と長野県南佐久郡川上村の境にある大弛峠(おおだるみとうげ.2360m)なんだそうです(ちなみに富士山で車で行けるのは五合目までで標高だとだいたい2300m).ここは,行ったことないですが,横手山とそんなに変わらないですね.ですから,「横手山スキー場の一番上のリフトを降りたあたりの横手山山頂付近」が答えなんだと思います.

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 でも,横手山の一番上のリフトまで行ったことある人は,そんなにいないとは思いますが,スキーをやる人で行ったことある人はいるでしょうし,行こうと思えば,行けるところです.

 じゃあ,頑張って登山とかしなくてふつーに行ける標高が高いところは,どこなんや?ということになります.ぱっと思いつくのは,黒部峡谷鉄道の室堂(2450m)ですが,これも調べればすぐ出てきて,もっと高いところがあります.

 答えは,中央アルプス駒ヶ岳ロープウェイの千畳敷で,標高なんと2640mです.ふもとのロープウェイ乗り場のしらび平に行くには,電車だとJR飯田線の駒ケ根駅から路線バスか,車だとバスセンターまで行って路線バスなので,誰でも行けますね.

 つまりは,標高が高いところに行くことに価値を見出すのなら,ここより高いところに行かないとあまり意味はないということになります.

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 じゃあ,日本じゃなくて世界に目を向ければ,ということになるんですが,これも調べればいろいろ出てきます.アルプスには,そういうところいっぱいあるみたいですし,インドには,車で行ける5359mの峠があるとか(でもインドの山奥まで行くのはそれなりに大変そう),標高4000mを超えるハワイ島の頂上には天文台があって車で行けますよね.

 じゃあ,私はどうかと言うと,ぱっと思い出したのは,ニュージーランドに国際会議で行ったとき,会議が終わった後,今井先生とマウントクックに行って,セスナで氷河まで行ったんですが,マウントクックの頂上は,3724mなんですが,氷河の標高が横手山より高かったかどうかは...(笑).

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10/30'19b
[国立大学なのに?]
(スポーツ)

 先日,箱根駅伝の予選会が行われ,筑波大が26年ぶりの出場を果たしたと報道されてました.筑波大は,その前身である東京高等師範が第1回大会に優勝しているらしく,出場回数も(96回中)63回なので古豪とは認識されているみたいですが,最近は,私立の強豪校の台頭に伴って苦戦していて,国立大学で資金も人材もないのにクラウドファンディングとかやって,厳しい環境でよく頑張ったという言われ方です.でも,何か変ですよね.

 筑波大は,確かに国立大学ですが,高校の時に全国大会上位の実績があれば,推薦枠で入学することができます.実際,インカレを五連覇しているバドミントン部の女子のレギュラー選手は,ほとんどが推薦生ですし,柔道とかサッカーとか,全国レベルの運動部は,他にもいくらでもあるというか,ほとんどが全国レベルなんじゃないですかね.陸上だって,走り高跳びの日本記録保持者である戸邉さんもいますし,400mハードルの成迫さんもトップ選手でしたよね.でも,陸上の中長距離は,箱根駅伝という地方大会出場を果たしただけでよくやったって...

 実情はよくわからないのですが,要は,陸上の中長距離には,最近,有力選手が(推薦で)集まってなかったってことなんでしょうか.どういうことなのか,今度体専の先生に会ったとききいてみようと思いますが,箱根駅伝は,20kmと距離が長い上に10人も必要という極めて特殊な競技ということがあるんじゃないですかね.

 でも,何度か書いているように,箱根駅伝って,一地方大会に過ぎないんですが,某キー局が正月みんな暇してる時に二日連続一日中やるという理由で,絶大な大学の宣伝効果があって,こぞって無名私立大学が金にものを言わせて参入するようになって,変なことになってきたわけで,これも資本主義社会の歪みですかね.

 そもそも,箱根駅伝って,マラソン選手を育てることを目的として作られたものなんですが,もう100年前の話で,今は全然事情が違いますし,今や日本マラソンのレベルは,地に落ちたわけで,何やってんだかってことでしょうか.いやだからこそ意義がある? でも,箱根駅伝頑張ることで,アフリカのスピードランナーに勝てますか?

 でも,そんなことより,悪い大人達が金づるを離さない,そして,若い人達も乗っかれるものには乗っかるというのが実情なんでしょうね(しょぼいな).

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10/31'19
[ピアノプロジェのちらし]
(ピアノ)

 ピアノプロジェのちらしです.

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