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6/1'24

 仕事だけではなく,何か他に楽しみがないとということですが,仕事そのものに楽しみを見出してもいいわけですし,そういう人もいると思います.私もそうなんですが,それは,研究が仕事に含まれてるからで(でも,ほんとは,私の中の感覚では,研究は,仕事ではなく趣味),仕事が研究以外のことだけだとしんどいと思います.でも,研究以外の仕事も全く研究と無関係というわけでもなくて,それでやって行ける人もいると思いますし,今の私もそうかもしれません(それが落とし穴という気もするけど,本人がそれでいいと思えればそれでいいし,いろんな役割分担があるのだから,そういうものとも言える).

 私の今の状況は,そういう状態に近いんですが,もし,仕事だけだったら,しんどかったと思うわけで,じゃあ,(そういう人や子供や孫がいるわけではない)私の仕事以外の楽しみは何かと言うと,やはり,学生の研究指導や共同研究者との共同研究も含めた研究活動ということになります.

 あとは,今は,ピアノにそこそこ効力感を感じているので,かなり助けられてますかね.これ以外には,このサイトや運保や生活関係もあるんですが,バドミントンは,右脚の具合がまだよくないので,できてないですが,やりたくてしょうがないという感じではないので,あまり関係ないですかね.

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[旅はまだ続く?]
(ピアノ)

 弾く曲探しという旅が終わろうとしているということですが,既にどこかで書いたと思いますが,これまでは,年の前半は,いろんな曲をかじるだけ,後半は,ピアノプロジェに向けて新曲をやって,本番で弾いたら終わりを繰り返して来たんですが,それをやめて,ある程度,継続的に繰り返して弾く曲群を作って行くということです.

 ある程度,継続的に繰り返して弾く曲群は,ある程度弾ける状態をキープできればと思ってるので,そうすると,ある程度,弾けるようになるという見通しが立たない曲は弾かないということになります.

 とは言え,最近,書きましたが,弾けるようにならなくても,練習することで技能の向上に繋がるような曲は,弾く意味があると思いますが,そういう曲は,ものすごく限られますし,逆に言うと,そういう曲探しも続けて行くということですかね.

 そして,再発見も含めて,新曲も全くやらないことはないでしょうから,結局,弾く曲探しの旅はまだ続くということかもしれません(でも,今までのような旅はもうしないということ).

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6/2'24
[そもそもどうしてピアノを弾くかということ]
(ピアノ)

 旅が続くかどうかというよりも,そもそもどうしてピアノを弾くかということなんでしょうね.

 普通は,演奏会とかの人前で弾くことを想定して,それに向けて練習するんだと思いますが,それだと,その曲は,本番で弾いたら終わりで,それがどうよと思い始めたということもありますし,仕事とピアノは,関係ないのですが,もうすぐリタイアで,ピアノをどういう風に弾いて行くかと思った時に,演奏会とかの人前で弾くこと「だけ」を想定して練習して行くのは,そもそも違うというのは,何年か前から書いて来たことです.

 じゃあ,どういう風に弾いて行くかですが,人前で弾かないのなら,逆に何を弾いてもいいし,弾けるようにならなくてもいいのですが,人前で弾くこと以外の何かが必要で,それは,まさに内的熟達なわけです.そして,内的熟達なら,弾けるようにならなくてもいいとは行きません.

 つまり,人前で弾かなくても,日々ピアノを弾いて行くとしたら,どういう曲を弾くのかということですね.そうすると,そういう状況でも弾く気になる曲でないと持続性がないわけで,弾く曲探しの基準が変わるということでしょうか.

 では,それは,どういう曲かですが,毎日とは言いませんが,継続的に繰り返し弾いて行く気になる曲ということかもしれません.中学の時に思ったベートーヴェンの32のピアノソナタは,そういうことだったと思いますし,今は,その時より,遥かに多くの曲を知ってるわけで,そういう中から,継続的に繰り返し弾いて行く気になる曲を選んでいくということで,でも,おそらくそういう曲は,まだ知らない曲の中には,もうほとんどないと思うので(でも,それでも探して行くとは思いますが),そういう意味で,「曲探しの旅が終わった」ということかもしれまぜん.

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 アナロジーとしては,ベートーヴェンの32のピアノソナタの他には(そう言えば,ゴールドベルクもあった),食事のメニューがあります.

 リタイア後に向けての準備というか,生活の質の向上の一つとして,食事をどうするかということがあって,5年くらい前までは,外食なしでは,なかなかしんどかったんですが,生活クラブで食材を買うようになってからは,もう万全というか,外食することは,ほとんどなくなりました.

 これは,ずっと以前からそうですが,その日その時食べたいものを食べたいわけで,でも,その日その時食べたいものって,ほとんどないんですよね.でも,自分で作れる(と言っても,15分くらいでちょちょっと作れるというか,ほとんど食材に近いようなものの)メニューを眺めていると,何とか引っかかるものがあるわけです(でも,お腹はすいてて食欲もあるわけで,つまり,ほんとにその日その時食べたいものをおいしく食べたいということ).そして,それを二週一,月一とかで回してるんですが,同じようなことがピアノでもできないかということです.

 でも,食事は「新曲」は,ほとんどないわけで,でも,二週一,月一なら飽きずに回せるわけで,でも,ほんとに時々「新曲」のようなこともあって,そういう「メニュー」をピアノでも作れないかということがあります.

 そして,そういうものがある程度できれば,「曲探しの旅が終わった」ということでしょうか.

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 でも,食事と違うのは,やはり,「メニューが多すぎる」ということでしょうか.そうすると,どうなるかと言うと,違う曲を弾きたくなるということですかね.

 と書いて気づいたんですが,もうずっと弾きたいと思う曲がなくて苦労したわけで(シューベルトのD.960に助けられたり,どういうわけか,ゴドフスキーのジャワ組曲しか弾く気にならないこともあった),そういうことからすると,内的状況が変わって来てるのかもしれません.

 そもそも,どういう曲を弾きたいかは,ものすごく変化するわけで,若い頃,よく弾いた熱情やプロコフィエフの6番のソナタは,今は弾く気になれませんし,最近だと,何年か前,メトネルの悲劇的を弾いてた時は,これをずっと弾いて行けるとも思ったんですが,今は全くです.

 でも,その時,弾く気になる曲だけをかじり続けても,毎年,ピアノプロジェに向けて弾く曲を練習して,弾いた後,弾かなくなっても,しょうがないというか,ものにならないというか,それなら,食事のように(厳選した)メニューを用意して回すということですが,回すには,ある程度の数も必要なので,「曲探しの旅」が終わっても,メニュー作りは,続くということでしょうか.

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6/3'24
[月一くらいでなら弾けるような気もします]
(ピアノ)

 現実的なことを考えると,やはり,新曲と既に弾いた曲のハイブリッドなんでしょう.問題は,既に弾いた曲ですが,シューベルトのOp.120のソナタで実験した時もそうでしたし,感覚的にも月一で弾くとすると,それでは,もちろん,キープはできないのですが,少し練習すれば,戻る感じで,そうすると,それにあてる時間を1日30分とすると,15時間分になります.練習時間も入れて演奏時間の3倍としても5時間です.

 5時間というとそんなに長くない感じもしますが,短い曲なら相当の数になりますし,長い曲も何曲か入れられるかもしれません.つまり,この5時間に入る曲群を月に1回は弾くことにするということですね.

 もちろん,今はそんなに弾く気にならない曲もあるのですが,月一くらいでなら弾けるような気もしますし,もっと高頻度で弾く気になる曲はもっと弾いてもいいでしょう.つまり,「最低」月1回は弾くってことで,練習指数に加えて,そういう管理をして行くってことですね.

 ただ,現状は,既にもう最後に弾いて1ヶ月以上経った曲がほとんどで,そういう曲は,半ば新曲みたいなものですが(なので,最低月一で弾いて,ある程度,キープすることが必要ということ),一通り通るようになったら,月1回は弾くことにして,それが合計5時間くらいになるまでやってみるということですかね.いや,とりあえずは,合計1時間でも,結構な量だと思います.

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6/4'24
[それ以外の何かが必要]

 最近,ピアノの記事,それも中身というよりは,どうやって弾いて行くかというような,どーでもいい?記事が多いのですが,理由としては,仕事が大変で,「仕事だけ」にならないようにという意識が働いていることはあると思います.

 仕事が大変なのは,(こんなことやってどうすんだ?という仕事でなければ)ストレスが溜まるとかやってられないという感じではないのですが,それ以外の何かが必要で,それが生き甲斐のようなものであればいいんでしょうが,そういうものがなくても,何でもいいとは言いませんが,ちょっとしたことでも何とかなるというか,何とかなるかどうかはともかく,仕事だけになってしまうと厳しいことになる気がします.

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6/5'24
[その実,大したことしてない]

 仕事が大変と書いてますが,そうなんですかね? その実,大したことしてない感じもします.実際,ピアノも弾いていますし,仕事以外何もできないってわけでもないですからね.

 こういうのは,大変と思わない方がいいということもありますが,仕事だけなのは嫌だから仕事以外のことも「頑張って」やると,益々大変になるわけで,結局,できる範囲でできることをすればいいということでしょう.

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[そういう管理をする]
(ピアノ)

 そういう管理をするということですが,要は,月一,あるいは,二週一で弾く曲をどれだけ抱えられるか,最後に弾いた日を記録して,2週間,あるいは,1ヶ月経った時,わかるようにして,少し頑張ってその曲を弾けるか,そういう曲がどのくらいあるか調べてみるってことですかね.

 管理するのは,ちょっとめんどくさそうですが,その日にどの曲をどれだけ弾いたかは,練習指数を管理するために記録しているので,それを読み込んで出力する簡単なプログラムを書けばすぐできると思います.

 ざっとリストアップすると,1時間分くらいにはなりましたし,感覚的にも,そのくらいは行けるような気がします.逆に,それが5時間分になるとすると,それだけしか弾かない,つまり,新曲は全く弾かないことになるわけで,1時間分なら1/5ってことですからね.

 そして,演奏時間にして,1時間分をキープまでは行かなくても,何とか通る状態をキープしておけば,少し練習すれば,それなりに弾ける状態になるでしょうし,そういう中から,いつでもどこでも弾ける曲も出てくるかもしれません.

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6/6'24
(日記)

 なんかやっぱりあんまりよくないですね.こんなことやってどうすんだとは思わないですが,他にやるべきことがあるとは思いますからね.でも,内的によければ,やるべきこともできるはずですが,そこまでできないのは,内的にあまりよくないんでしょう(活動度は高いが).

 右脚は,ほんの少しずつよくなってる気もしてたんですが,一週間前くらいから(歩くと)右膝の少し下の内側が痛くなってきました.そして,付け根や太股が痛いより膝が痛い方がしんどいですね.

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[過去に弾いた曲]
(ピアノ)

 過去に弾いた曲ですが,演奏会で弾いたものは,ここにありますが,それ以外にも人前で弾いたもの,結構練習したもの,ちょっとかじったもの,一通り譜読みをしたものも結構あります.それで,ざっとリストアップしてみました(弾く曲リストはあるので,ピックアップするだけ.でも,いろいろ抜けはあると思うけど).

 曲の前の記号は,

◎演奏会や人前などで弾いた
○結構練習して一通り通るようにはなった
△一通り弾いた
・一通り譜読みはした

 となっていて,◎と○が一応弾いた曲ですかね.でも,△と・も一通り弾いてはいるので,実際に弾くとどんな曲か,難度はどうか,弾けるようになるかどうかは,わかっています.あと,参考?までに,記号が付いていないものは,いつか弾こうと思って弾いてない曲です.

 これを見てわかるのは,演奏会で弾いた曲以外に非常に多くの曲を弾いてるということですし,記号が付いていないものがそんなにないということは,弾こうと思った曲は,ほぼ弾いてるってことですね.

 これは,自分でも驚いたというか,そういうことが「旅が終わりに近づいている」ということかもしれません.

◎ヴィヴァルディ(バード編を再編)/四季
・ラモー/ラ・プーラ
△バッハ/イギリス組曲第2番〜プレリュード
 バッハ/イギリス組曲第3番〜プレリュード
◎バッハ/イギリス組曲第4番〜プレリュード
○バッハ/パルティータ5〜プレアンブルム
・バッハ/トッカータ6
○バッハ/フランス風序曲〜エコー
 バッハ/フランス組曲5
◎バッハ−ブゾーニ/シャコンヌ
◎バッハ/平均律第1集〜2プレリュード
○バッハ/平均律第1集〜21プレリュード
・バッハ/ゴールトベルク変奏曲〜
○バッハ−ヘス/カンタータBWV147(主よ,人の望みの喜びよ)
・バッハ−リスト/プレリュードとフーガ
◎C.P.E. バッハ/クラヴィーアソナタ W.49/1
◎C.P.E. バッハ/クラヴィーアソナタW.55/4〜第1楽章
○ハイドン/ファンタジア
△モーツァルト/ピアノソナタ K.310
△モーツァルト/ピアノソナタ K.311
○モーツァルト/ピアノソナタ K.330〜
○モーツァルト/ピアノソナタ K.331
・モーツァルト/ピアノソナタ K.332
○モーツァルト/ピアノソナタ K.333〜
・モーツァルト/ピアノソナタ K.576
○モーツァルト/きらきら星変奏曲〜
・モーツァルト−ヴォロドス/トルコ行進曲
△ベートーヴェン/ピアノソナタ1〜
・ベートーヴェン/ピアノソナタ2〜
○ベートーヴェン/ピアノソナタ4〜
・ベートーヴェン/ピアノソナタ7
◎ベートーヴェン/ピアノソナタ8〜1
○ベートーヴェン/ピアノソナタ8
○ベートーヴェン/ピアノソナタ10
△ベートーヴェン/ピアノソナタ14
△ベートーヴェン/ピアノソナタ17〜1
△ベートーヴェン/ピアノソナタ18〜2
△ベートーヴェン/ピアノソナタ21
◎ベートーヴェン/ピアノソナタ23
○ベートーヴェン/ピアノソナタ28〜2
・ベートーヴェン/ピアノソナタ32
 ベートーヴェン/32の変奏曲
・ベートーヴェン/6つのバガデルOp.126〜4
△ベートーヴェン−リスト/交響曲5〜1〜
◎ベートーヴェン−リスト/交響曲6
△ベートーヴェン−リスト/交響曲7〜1
○ウェーバー/ピアノソナタ1〜4
◎シューベルト/ピアノソナタOp.120
◎シューベルト/ピアノソナタOp.78, D.894「幻想」〜第1楽章
 シューベルト/ピアノソナタOp.78, D.894「幻想」
◎シューベルト/ピアノソナタ第21番 D.960
・シューベルト/さすらい人幻想曲
○シューベルト−リスト/魔王
○シューマン/クライスレリアーナ〜1〜
○シューマン/クライスレリアーナ〜7
○シューマン/交響的練習曲〜6
◎シューマン/交響的練習曲〜7
△シューマン/交響的練習曲〜10
△シューマン/ピアノソナタ3〜4
・シューマン/ウィーンの謝肉祭騒ぎ〜
◎ショパン/スケルツォ1
・ショパン/バラード1
△ショパン/幻想即興曲
△ショパン/エチュードOp.10-1
・ショパン/エチュードOp.10-4
・ショパン/エチュードOp.10-5
・ショパン/エチュードOp.10-8
◎ショパン/エチュードOp.10-12
○ショパン/エチュードOp.25-8
・ショパン/エチュードOp.25-11
・ショパン/エチュードOp.25-12
・ショパン−ゴドフスキー/エチュード42
○ショパン/プレリュードOp.28-1
○ショパン/プレリュードOp.28-7
・ショパン/プレリュードOp.28-8
△ショパン/プレリュードOp.28-15
△ショパン/プレリュードOp.28-16
◎ショパン/プレリュードOp.28-22
・ショパン/ノクターンOp.9-1
△ショパン/ワルツOp.34-1
◎ショパン/ワルツOp.64-1
△ショパン/ワルツOp.64-2
○ショパン/マズルカOp.63-1
・ショパン/ノクターン Op.48-1
△ショパン/ポロネーズ1
△ショパン/ポロネーズ2
△ショパン/ポロネーズ3
○ショパン/ポロネーズ5
○ショパン/ポロネーズ6
 リスト/ピアノソナタ
・リスト/ダンテを読んで
・リスト/詩的で宗教的な調べ〜葬送
△リスト/超絶技巧練習曲1
◎リスト/超絶技巧練習曲6
△リスト/超絶技巧練習曲7
◎リスト/超絶技巧練習曲8
 リスト/超絶技巧練習曲10
○リスト/2つの伝説〜波を渡るパオラの聖フランチェスコ
○リスト/メフィストワルツ
△リスト/ハンガリー狂詩曲6
△リスト/ハンガリー狂詩曲15
△アルカン/短調による12のエチュード〜3.悪魔的スケルツォ
 アルカン/短調による12のエチュード〜12.イソップの饗宴
・アルカン/長調による12のエチュード〜5
△アルカン/鉄道エチュード
・ワーグナー−コチチュ/ニュルンベルクのマエスタージンガーより前奏曲
◎フランク/プレリュード,コラールとフーガ
○ブラームス/4つのバラードOp.10〜1, 2
・ブラームス/2つのラプソディ〜2
 ブラームス/ピアノ小品集Op.118〜 ・サン=サーンス/6つのエチュードOp.52-1
○ムソルグスキー/展覧会の絵
△チャイコフスキー−フェインベルク/交響曲6〜スケルツォ
 チャイコフスキー/ピアノソナタOp.37
・リムスキー=コルサコフ−シフラ/熊蜂の飛行
○フォーレ/即興曲3〜
○フォーレ/マズルカ
・フォーレ/バルカローレ5
・ヤナーチェク/ピアノソナタ1905年
・ヤナーチェク/霧の中で
△モシュコフスキー エチュードOp.72-11
○アルベニス/イベリア〜港
・アルベニス/イベリア〜トゥリアーナ
・アルベニス/イベリア〜アルバイシン
・アルベニス−ゴドフスキー/イベリア〜トゥリアーナ
・アルベニス/ラ・ヴェーガ
○ドビュッシー/ベルガマスク組曲〜月の光
○ドビュッシー/12の練習曲〜1
○ドビュッシー/前奏曲第1集〜アナカプリの丘
○ドビュッシー/前奏曲第1集〜西風の見たもの
○ドビュッシー/前奏曲第1集〜亜麻色の髪の乙女
◎ドビュッシー/前奏曲第1集〜沈める寺
○ドビュッシー/前奏曲第1集〜ミンストレル
○ドビュッシー/前奏曲第2集〜月の光の下で法廷の開かれるテラス
△ドビュッシー/前奏曲第2集〜花火
・ドビュッシー/映像第1集〜水の反映
・ドビュッシー/版画〜雨の庭
○ドビュッシー/子供の領分〜グラドス・アド・パルナッスム博士
△シベリウス/5つの小品(樹の組曲)Op.75〜第5曲樅の木
 デュカス/ピアノソナタ〜1
・ブゾーニ/ショパンの前奏曲に基づく10の変奏曲
・ブゾーニ/カルメン幻想曲
◎サティ/3つのジムノペディ
○サティ/6つのグノシェンヌ〜5
○サティ/ジュトゥヴ
△グラナドス/演奏会用アレグロ
・グラナドス/詩的なワルツ
△ドゥコー/月の光
◎ゴドフスキー/ジャワ組曲第1集
◎ゴドフスキー/ジャワ組曲第2集
◎ゴドフスキー/ジャワ組曲第3集〜2, 3
◎ゴドフスキー/ジャワ組曲第4集
 ゴドフスキー/ジャワ組曲
△スクリアビン/ファンタジー
○スクリャービン/プレリュードOp.11-1
◎スクリャービン/プレリュードOp.11-14
○スクリャービン/プレリュードOp.33-3
△スクリャービン/プレリュードOp.33-4
○スクリャービン/プレリュードOp.48-1
△スクリャービン/プレリュードOp.48-2
△スクリャービン/プレリュードOp.48-3
○スクリャービン/プレリュードOp.48-4
△スクリャービン/プレリュードOp.74-5
・スクリャービン/ピアノソナタ3〜2
 スクリャービン/ピアノソナタ5
 スクリャービン/ピアノソナタ7
・スクリャービン/ピアノソナタ9
○スクリアビン/エチュードOp.8-12
△スクリアビン/エチュードOp.65-3
・スクリアビン/2つの詩曲Op.32
○ラフマニノフ/幻想小曲集Op.3〜プレリュード
△ラフマニノフ/プレリュードOp.23-7
△ラフマニノフ/プレリュードOp.32-12
△ラフマニノフ/楽興の時〜4
◎ラフマニノフ/エチュードOp.33−9
 シェーンベルク/組曲
○ホルスト/惑星〜
 アイヴズ/ピアノソナタ2〜ホーソーン
◎ラヴェル/水の戯れ
○ラヴェル/ソナチネ〜3
○ラヴェル/クープランの墓〜1
 ラヴェル/クープランの墓
 ラヴェル/夜のガスパール
・ファリャ/ヴォルガの舟歌
 ファリャ/バレエ音楽三角帽子より3つの踊り〜
◎ブロッホ/海の詩
 メトネル/ピアノソナタOp.22
 メトネル/ピアノソナタOp.25-2
 メトネル/ピアノソナタOp.30
 メトネル/ピアノソナタOp.38-1
○メトネル/ピアノソナタOp.39-5 悲劇的
 メトネル/ピアノソナタOp.53-2
・バルトーク/ブルガリアのリズムによる6つの舞曲
◎バルトーク/ブルガリアのリズムによる6つの舞曲〜第2曲
◎バルトーク/ブルガリアのリズムによる6つの舞曲〜第6曲
○バルトーク/ルーマニア民俗舞曲
○バルトーク/アレグロ・バルバロ
・バルトーク/組曲 Op.14〜
・バルトーク/3つの練習曲Op.18〜1
・バルトーク/ピアノソナタ
△バルトーク/戸外にて〜夜の音楽, 狩
・フリードマン/8つのプレリュード〜1
◎ストラヴィンスキー/春の祭典
 シマノフスキ/ピアノソナタ2
◎トゥリーナ/セビリア〜オレンジの樹の下で
△トゥリーナ/幻想的舞曲〜第3曲 饗宴
 ヴァレーズ/オクタンドル
◎ボーエン/24のプレリュードOp.102〜第1曲
◎ヴィラ=ロボス/野性の詩
・スタンチンスキー/3つのスケッチ〜3
 マルティヌー/エチュードとポルカ集〜
△プロコフィエフ/4つのエチュード〜1
△プロコフィエフ/トッカータ
 プロコフィエフ/ピアノソナタ2
◎プロコフィエフ/ピアノソナタ3
○プロコフィエフ/ピアノソナタ4〜3
 プロコフィエフ/ピアノソナタ5
◎プロコフィエフ/ピアノソナタ6〜1
○プロコフィエフ/ピアノソナタ6〜2
◎プロコフィエフ/ピアノソナタ6〜3
○プロコフィエフ/ピアノソナタ6〜4
 プロコフィエフ/ピアノソナタ7
○プロコフィエフ/ピアノソナタ7〜3
△プロコフィエフ/ピアノソナタ8〜3
・プロコフィエフ/ロミオとジュリエット〜モンタギュー家とキャピュレット家
△ミヨー/ピアノソナタ1〜1
・ミヨー/ピアノソナタ1
・ミヨー/ブラジルの思い出〜
◎モンポウ/ショパンの主題による変奏曲
・モンポウ/歌と踊り〜
△ベンジャミン/ジャマイカン・ルンバ
・オーンスタイン/野蛮人の踊り
 ウルマン/ピアノソナタ6
 ヒンデミット/ピアノソナタ3
・アイスラー/ピアノソナタ3
◎コープランド/スケルツォ・ヒューモリスティック
・タカーチ/トッカータ
・ブラッヒャー/ピアノソナタ
◎プーランク/15の即興曲〜第1, 15曲
○プーランク/組曲〜1
◎モソロフ/ピアノソナタ第2番〜第1楽章
◎ハチャトゥリアン/トッカータ
・ティペット/ピアノソナタ2
◎ジョリヴェ/5つの典礼舞曲〜英雄の踊り
・ジョリヴェ/ピアノソナタ1
・ジョリヴェ/ピアノソナタ2
・ジョリヴェ/マナ〜
 ショスタコーヴィッチ/交響曲10〜
 シュトックハウゼン/ピアノ曲〜
○メシアン/幼子イエスに注ぐ20のまなざし〜4
・メシアン/幼子イエスに注ぐ20のまなざし〜11
・メシアン/4つのエチュード〜火の島I
・バーバー/ピアノソナタ
◎バーバー/バラードOp.46
△モンサルバーチェ/イヴェットのためのソナチネ〜3
 デュティユー/ピアノソナタ
◎スヴィリードフ/ヴレーミャ,フペリョート!
◎ヒナステーラ/ピアノソナタ1
・ヒナステーラ/アルゼンチン舞曲Op.2-3
・リゲティ/ハンガリアンロック
・リゲティ/ムジカ・リチェルカータ
○ブーレーズ/12の楽譜〜1
 ブーレーズ/ピアノソナタ2〜3
○ローゼンブラット/白鳥の湖幻想曲
 ローゼンブラット/パガニーニ変奏曲
◎ラウタヴァーラ/ピアノソナタ第2番Op.64「火の説法」〜第1楽章
 ラウタヴァーラ/ピアノソナタ1〜2
◎ラウタヴァーラ/エチュードOp.42〜第1, 4, 5, 6曲
◎ラウタヴァーラ/プレリュードOp7〜第1曲
 武満徹/ピアノ・ディスタンス
○シチェドリン/2つのポリフォニックな小品〜バッソ・オスティナート
・シチェドリン/ポリフォニック・ノートブック〜9, 12
 一柳慧/ピアノ・メディア
・石井眞木/ブラック・インテンションIII
○石井眞木/彼方へ
◎カプースチン/8つの演奏会用エチュード〜1
◎カプースチン/8つの演奏会用エチュード〜3
 カプースチン/8つの演奏会用エチュード〜5
○カプースチン/8つの演奏会用エチュード〜6
 カプースチン/8つの演奏会用エチュード〜7
◎カプースチン/10のバガデル〜3
・カプースチン/10のバガデル〜1
 カプースチン/10のバガデル〜10
○カプースチン/ピアノソナタ1〜4
△カプースチン/プレリュードOp.53-1
○カプースチン/ブラジルの水彩画によるパラフレーズ
◎コリリアーノ/エチュード・ファンタジー〜第4曲「装飾音」
◎ジェフスキ/4つの小品〜第4曲
・ジェフスキ/ノースアメリカンバラード1
・ジェフスキ/ノースアメリカンバラード3
・ジェフスキ/ノースアメリカンバラード4
 ジェフスキ/スクウェア〜
 ジェフスキ/不屈の民変奏曲
△甲斐説宗/ピアノのための音楽
◎佐藤聡明/リタニア
○佐藤聡明/化身
○吉松隆/プレイアデス舞曲集IV〜東に向かう舞曲,西に向かう舞曲
△吉松隆/プレイアデス舞曲集IV
◎ヴァイン/アンネ・ランダ・プレリュード1, 7, 11, 12
・ヴァイン/アンネ・ランダ・プレリュード
○ヴァイン/ピアノソナタ3〜2
 ヴァイン/ピアノソナタ4
◎エリッキ=スヴェン・トゥール/ピアノソナタ
○クラーメル/6つの演奏会用練習曲〜2.クレド
・イェディディア/ピアノソナタ3
◎サイ/ブラックアース(黒い大地)
◎ディープ・パープル/ブラックナイト
○ボン・ジョヴィ/バッドメディシン
○ドラクエ序曲

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6/7'24
(ピアノ)

 過去に弾いた曲(+弾こうと思って弾いてない曲)ですが,いくつか付け足しました.でも,そんなに大きくは,変わらない(弾こうと思った曲は,ほぼ一通り弾いた)ですかね.

 特に,まだ弾こうと思って弾いてない曲で長い曲(10分くらいでも,今はもう「長い曲」)は,おそらくもう弾かないでしょうし,難曲も弾くことで練習になる曲でない曲ももう弾かないと思いますから,やはり,「旅が終わった」感じはしますが,旅が終わって家に帰ってきて?することは,まだあるとは思います.

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6/8'24
[やっぱり,結構,抜けがある]
(ピアノ)

 過去に弾いた曲(+弾こうと思って弾いてない曲)ですが,つらつら眺めてるんですが,やっぱり,結構,抜けがありますね.具体的には,クラーメルの6つの演奏会用練習曲の2番(クレド)は,結構練習しましたからね.でも,この曲の最大の難所は,後から付け足された冒頭の部分で,

ここは,このテンポで安定して弾けるようにはならないかな.同じパッセージは,ずっと続くのですが,左「だけ」動くというのがバランス的に弾きにくいです.で,先日,久しぶりに弾いたんですが,全然弾けなくなってて,それは,弾いてないからではなく,やっぱり,左手が思うように動かなくなってる感じでした.

 それで,思ったんですが,譜面の整理をしないといけないと思ってて,弾いた曲は,当然,譜面があるので,その時,抜けがわかると思います.

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 話は前後しますが,どうして譜面の整理をしないといけないと思ったかですが,食事で言えば,その日食べたいものがぱっと頭に浮かんだ時は,それを食べればいいんですが,そういうものが浮かばない時は,メニューを見て,そうすると,これだったら食べたいということがあるんですね.

 同じことをピアノでもやりたいと思ってて,もちろん,練習している曲があって,その曲を効力感をもって弾ける時はそれでいいんですが,今日は,練習してる曲は,弾きたくないなと思った時,リストを眺めて,何とか弾く気になる曲を見つけるということで,そうすると,その曲がすぐに出てこないとめんどくさいです.

 いやいや,そんなの本棚から譜面を取り出すだけやんというのは,違ってて,このサイトでも書きましたが,私は,書籍や楽譜は,ほぼ全て電子化したので,本棚も楽譜も(一部の近現代のものを除いては),もう存在していません.

 じゃあ,どこにあるかと言うと,PCの中で,書籍はそれでいいですが,譜面はそれじゃあ弾けないということで,パッドにも入ってて,ちょっと弾いてみるくらいのときは,それを見て弾けばいいんですが,一度に映せるのが1ページだけだし,ちゃんと弾こうとすると,結局,紙に印刷するわけで,そうすると,かなり大量の紙の譜面があって(でも,ファイルボックスで5個くらいか),それがちゃんと整理されてないので,すぐに出てこないんですね.

 つまり,それなりに弾いた曲は,紙の譜面が存在していることになり,それを整理すると,過去に弾いた曲がわかるので,上のリストの「抜け」もわかるということです.

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[東大,京大が「地元」の地域に生まれる確率]
(大学)

 どこに生まれたかって,結構,重要なのかもしれません.世界の中でどの国にということもありますが,日本のどこにということもあります.それで,ぱっと思ったのは,大学です.

 私は,福岡(大牟田)生まれで,小二から大学に入るまで福岡市で過ごしましたが,大学は,地元には,九大があって,私個人的には,九大では(当時は)研究者になるのは難しいと思ったので,東大に行ったんですが,九大でいいと思えば,九大でもいいという選択肢というか人生もあるわけですよね.

 で,思ったのは,地元に東大があれば,そういうこともないわけで,いやいや,地元に東大があっても入れないんじゃ意味ないというのは,そうですが,それは,また別の問題で,地元に東大レベルの大学がないという理由で,地方からわざわざ上京する必要はないわけです.同じことは,京大にも言えて,つまり,関西出身だと,わざわざ東大まで行かなくても京大でええやんと思う人もいるわけです.

 じゃあ,どのくらいの人が地元と言えるかですが,例えば,東大なら,首都圏,京大なら,関西ならそんな感じなんじゃないですかね.群馬や栃木や和歌山から東大や京大に通うことは難しいですが,九州から東大に行くのとは,ハードルの高さが全然違うと思います.

 じゃあ,東大,京大が「地元」の地域に生まれる確率ですが,都道府県の人口を集計すれば,すぐわかります.率にして,どのくらいだと思いますか?

 なんと半分以上(52%)です.つまり,私は,2枚に1枚が当たりのくじにはずれたということですね.

 加えて,最近は,東北大が躍進してますし,名大,阪大まで含めると,これらの大学が地元(それぞれ,東北6県,中京3県,関西2府4県)の都道府県人口は,67%にもなり,更には,福井は京都に近いとか,岡山,広島も新幹線で大阪,京都まですぐですし,静岡や長野も新幹線で東京まで2時間以内ということになると,その人口は,76%にもなり,私は,3枚に2枚が当たりのくじにも,4枚に3枚が当たりのくじにもはずれたことになります.

 まあでも,それこそ,自分ではどうしようもないわけで,結局,そういう中でどうするかってことですし,(京大や東北大や名大ではなく)東大に行くんだったら,どこに生まれても関係ないとも言えますね.

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6/9'24
[自分のピアノ史]
(ピアノ)

 過去に弾いた曲(+弾こうと思って弾いてない曲)ですが,譜面の整理をして,抜けを補充しました.譜面の整理とは関係ないのですが,全音ピアノピースで出ていた邦人作品がいくつかありました(そっか,そうすると,スキャンした譜面の方もチェックする必要がありますね).

 こうして眺めてみると,自分のピアノ史というと大袈裟ですが,そんな感じもしますし,やっぱり,そういう旅が終わりに近づいてる感じはしましたかね.

 気づいたのは,主だった作曲家の何某かの曲は弾いてる,あるいは,リストアップされてる中で,ウェーベルン,ベルク,クセナキス,ミヤスコフスキーの名前がないなとは思いました.ウェーベルン,ベルクは,作品数が少ない上に,弾きたいと思った曲がなかったということもありますが,クセナキスは,エブリアリをちょっと弾いてみたことはあったんですが,とても弾ける代物ではなかった(ヘルマとミスツに至っては,弾いてみる気にもならなかった)ってことですかね.

 なお,この中にあるのは,独奏曲だけで,高久先生と弾いた2台ピアノのためのメシアンのアーメンの幻影やファミーユ時代に声をかけてもらって練習した室内楽の曲や連弾のラヴェルのボレロやK子さんと一度だけ弾いたドビュッシーの連弾曲などは,含まれていません.そう言えば,ドビュッシーの小組曲も弾いたこともありました.

 あとは,「旅」が始まったのは,ピアノの先生につくのをやめた中二からで,それまでに弾いたモーツァルトのK.545のソナタやベートーヴェンの19, 20番のソナタといったものも含まれていません.

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 でも,こうしてみると,いろんな曲を弾いてきたんだなということで,達成感のようなものもある一方,そういうものを感じると,ピアノを弾く気が落ちる感じもして,それは,あんまりよくないですね.

 でも,実際のところは,何も達成してはいないので,達成感のようなものもあるのは,全くの錯覚で,それは,これまで弾いてきた曲を一覧にした達成感?に過ぎないということでしょう.

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[退職記念講演会とかパーティー]
(大学)

 何度か書いているように,私は,退職記念講演会とかパーティーとかするつもりはなくて,前の大学だと,やる人もいるけどやらない人もいたんですが,こっちでは,みんなやってる感じで,まずいなーと思わなくもないんですが,違うような気がしてきました.

 やってる人は,みんな長年,京大でやってきた人なわけで,私の場合,僅か○年なわけですから,もっと多くの年月を他のところでやってきたのに,たまたま最後の○年をここでやってきたから,ここでやる方がおかしいと思うんですよね.

 つまり,定年まであと○年という段階で大学を移ったことで,退職記念講演会とかパーティーをすることが(やりたくても)できなくなったとも言えるわけです.

 それに,そういうところに呼ぶ人の多くは「業界関係者」で,そういう付き合いもないことはないですが,多くの人と違うのは,これまで誰もやってなかった新しい分野を開拓したということは,そういう「業界」はないわけで,それは,研究して行く上では,好都合なところもあったわけですし,それは,そういう人を呼ぶために退職記念講演会とかパーティーをする必要もないということでしょう.

 ただ,いろんな人にお世話になったことは事実で,何らかの形でお礼を言いたいとは思うのですが,研究生活は,大学をやめても続くということは,大学をやめることにそんなに意味はないわけで,やはり,(大学の)退職記念ということ自体に違和感もありますかね.

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6/10'24
[回り回って,結局,帳尻は合う]
(世の中)

 もう大分前の話ですが,准教授から教授に昇進して,いろんな大変で責任が重い仕事が増えて,そういうことは,昇進前からわかっていたんですが,実際に昇進してみて,准教授時代は,教授の先生達がそういう大変な仕事をしてくれるおかげで,研究できたわけで,彼らに守られてたんだなと思った,というようなことを書いたと思います.

 そして,今度は,執行部に入って,更に大変で責任が重い仕事をすることになって,執行部がそういう仕事をすることで,研究所全体の研究環境などが確保できてることを実感しています.なので,頑張らないといけないのですが,考えてみたら,ここに来たのは,○年前で,その間,そういう恩恵を受けていたわけですが,僅か○年の恩恵で,この役回りは,割に合わんなーと思わないでもないです...

 でも,そんなこと言ったら,前任地では,○○長の話を断ったわけで(でも,それは,ただやりたくなくて断ったわけではなくて,先にやるべき人がいたとかいろいろ事情もあった),回り回って,結局,帳尻は合うというか,まあしょうがないんですかね.

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[自己中の人間しか成功しない]

 ふと思ったんですが,ある意味,自己中の人間しか成功しないってことはあるんじゃないですかね.

 どういうことかと言うと,このサイトで何度も書いている,他者評価と自己評価の話です.成功するというか,これまでにない何か新しいものを生み出すには,他者評価,つまり,他人の意見をきく素直でいい子では,大したことにはならないわけで,自己中でわがままで自分の考えを曲げないくらいじゃないと,大したことにならないと思うんですよね.

 でも,もちろん,自己中なだけではだめで,その自己評価が正しくないといけない,つまり,自己中は必要条件に過ぎなくて,そういう自己中の人間の中の極僅かの人間が成功するということでしょうか.

 でも,小さい頃は,それでよくても,大人になって社会に出てからそのままでもだめなわけで,どこかでそういう角がとれるというか,社会の中での生き方を身につける必要もあるのですが,そうすると,成功する確率は更に下がるわけで,そりゃあ成功者が限られるのは,当然ってことですかね.

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[めんどくさいことは,めんどくさいと思うほど若いうちにやっておいた方がいい]

 めんどくさいことは,めんどくさいと思うほど若いうちにやっておいた方がいいと思うんですよね.というのは,歳をとるとどんどんめんどくさくなってやるのが大変になるからです.

 例えば,今日,研究室の学生の報告で,プログラミングを憶えた方がいいかどうかという話になったんですが,もちろん,必要なら憶えた方がいいに決まってますが,今は必要ないけど,10年後,20年後,必要になって,そこで憶えようとしても,なかなか大変な気がします.

 同じようなことは,いっぱいあって,数学や物理とか,外国語とか,ピアノとかの楽器演奏とか,スポーツとか,資産運用とか,枚挙にいとまありません.リタイアが近づいてから資産運用とか始めても銀行とか証券会社にカモられるだけでしょう.

 もちろん,どんなに歳をとっても,頑張ればやってやれないことはないと思いますが,ものすごくハードルが高くなって,大変だと思うんですよね.

 そして,何よりも最先端の研究活動を通して非常に高度な知的訓練ができるのは,大学4年から大学院までの極僅かな期間で,それを活かすかそうでないかで,その後,雲泥の差になると思います(バイトしてる時間がほんと勿体ない).

 でも,めんどくさいことをやるのは,若くて元気でもめんどくさいですよね.それを乗り越えるのは,やはり,必要性で,授業でプログラミングなんかやっても,つまんないけど,研究や仕事で必要ならやるしかありませんし,外国語習得も然りです.

 でも,やっぱり,一番重要なのは,興味ですかね.スポーツや音楽は,やりたいからやるのでしょうし,プログラミングも憶えるとその便利さに驚くはずですし,プログラミング自体が面白いと思うこともあるでしょう.そして,それは,研究自体がそうですね.

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6/11'24
[継続的に効力感をもって練習できる曲を探している]
(ピアノ)

 過去に弾いた曲(+弾こうと思って弾いてない曲)を見ると,演奏会で弾いた曲以外に多くの曲を弾いてるってことですが,これってどういうことでしょうね.

 普通に考えれば,練習したけど,弾けるようにならないと思って,あるいは,弾けるようになるならない関係なく,弾く気がなくなって,途中で投げ出したってことなんでしょうか.それなりに弾けるようになった曲も多いんですが,多くは,そんな感じだと思います.

 ここで思うのは,そもそも,何のためにピアノを弾くのかということです.ある程度仕上げて,演奏会とか人前で弾くことが目的なら,途中で投げ出してはだめですよね.でも,人前で弾くことが目的ではなく,この曲を弾いてみたい,実際に弾くことによって,その音楽に接することが目的なら,ある程度,弾けるようになったら,それでOKという気もしてきます.

 何度も出てきた中学の時に老後はベートーヴェンの32のピアノソナタを1日1曲弾いて過ごしていこうと思ったというのも,いつかベートーヴェンのピアノソナタの全曲演奏会を開こうと思ってるわけではなく,日々,ベートーヴェンのピアノソナタという音楽に接していくということですよね.

 それをベートーヴェンのピアノソナタに限らずに古典から近現代に至る全てのピアノ曲を対象にやってきたと言えるのかもしれません.

 なので,それでいいというか,演奏会で弾くために弾きたくないのを我慢して練習することはないってことなんですが,実際は,年に1回は,演奏会で弾いてて,それは,ちゃんと練習してない状態で弾いちゃってるとも言えますが,そのくらいは,何とか弾いてるとも言えますし,一方では,少数でもいいので,ある程度ちゃんと弾ける状態までもって行きたいというのもあって,でも,そういう曲,つまり,継続的に効力感をもって練習できる曲になかなか巡り会わないというか,そういう曲を探して来たというか,探しているということはあるかもしれません.

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6/12'24
[(ほんとの)自分のピアノ史]
(ピアノ)

 過去に弾いた曲(+弾こうと思って弾いてない曲)自分のピアノ史のようなものと書きましたが,単なるリストなので,「史」ではないですね.ということで,ほんとの自分のピアノ史はどんな感じかなと考えました(ここにそれ的なものはあるけど,もう20年前の記事).

 「曲探しの旅」が始まったのは,中二ですが,ピアノは,それ以前から弾いていて(習っていて),始めたのは,大牟田時代の3歳くらいでしたが,厳しい先生で嫌になって(鍵盤の上に脚をあげて)すぐにやめたと思います.確かバイエルの15番くらいまででしたかね.

 福岡に引っ越してしばらくして(小三のどこかくらいか),優しい先生が家に来てくれることになって,再開したんですが,その時,指が真っ直ぐに伸びたひどいフォームで弾いていて(なので,大牟田の時の先生は..ってことですかね),卵をもつような感じでと言われて,最初は,苦労したのを憶えてます.

 その後,バイエルを終えて,ブルグミュラーをやって,ソナチネアルバムというお決まりのコースですが,小四の時は,ソナチネアルバムを弾いていたので,上達は,早かったと思います.その後,ソナチネアルバムの第1巻は,前半のソナチネの部分は,全部やったと思いますが(確か17番までがソナチネで,18番以降は,いろんな曲のオムニバスで,18番が平均律の最初のプレリュードだった),第2巻は,つまんだくらいで,ソナタアルバムに行ったんですが,そこもそそくさというか,モーツァルトやベートーヴェンのピアノソナタから先生が選んでという感じだったと思います.

 あと,思い出したこととしては,教則本は,他にもいろいろあって,メトードローズというのもありましたが,これは,嫌いでした.ソルフェージュも嫌いでしたが,これは,譜読み能力を養うのにとても重要でしたかね.どこかの時期にバッハのインヴェンションもやってみようと言われて,やったんですが,これも面白くなかったです.おぼろげな記憶だと,一番多い時で,7冊位やってたと思いますが,他は何だったか,よく憶えてないです.そうそう,ハノンもあったかな.でも,その時は,嫌でしたが,あとから考えると,これも大事な練習ですね.こうしてみると,今頃気づいたんですが,すごいちゃんとした先生だったんだなと思いますね.

 そんな感じで,中二まで行って,将来,音大を目指すのなら,上の先生を紹介するという話が親にあり,親は,それを断り,ある日から先生は,来られなくなったことはどこかで書きました.それは,とても残念なことではあったんですが,そこから自分が弾きたい曲を自由に弾けるようになって,曲探しの旅が始まったわけです.

 ケンプのベートーヴェンピアノソナタ全集は,小学校の時から集めてて,中学の時は,ルービンシュタインのショパン全集やシューマンとかのロマン派を集めてるくらいのタイミングでしたかね(塾から帰ってきて,ポリーニが出したシューマンの第1ソナタと幻想曲のLPを聴いていたのを憶えてる).なので,ショパンの曲も弾いてみようとしたと思いますが,その時は,まだ厳しかったですかね.そういう折り,毎コンの小学生の部で優勝した人がショパンのスケルツォの2番を弾いてるのをオーケストラがやって来たで見て,厳しいなーと思ったこともどこかで書きました.

 その後,ドビュッシー,ラヴェル,近現代と進むのですが,高校の時は,ピアノ以外の曲にもはまって,FMでいろんな曲を集めてたことも書きました.高校時代,弾いてた曲として憶えてるのは,アルゲリッチがテレビでショパンのプレリュードを弾いてて,22番の時に,母親がすごいねと言ったので,22番を練習して,まあ何とか弾けるようになったのと,ドビュッシーは,沈める寺とか,ミケランジェリのLPがあまりにすごくて,子供の領分のグラドゥス...を弾いたのと(この曲を高一の入学の時に弾いてたのは憶えてる),ラフマニノフのOp.3-2のプレリュードも弾いたのもこの頃ですね.あとは,シューマンの交響的練習曲の7番かな.

 そして,どこかのタイミングで,プロコフィエフの6番のソナタに出会います(でも,早田といっしょにMCAのソナタ全集を買ったので高一かな).これも書きましたが,教育テレビで譜面付きでアレクセーエフが弾いてました.でも,その時は,何とも思わなかったですかね.むしろ,LPを集めてる方での,アシュケナージの7番のソナタ(の第1楽章)の方が衝撃だったんですが,どうやっても弾けそうもないので,仕方なく6番,それも,最初は,第4楽章を弾いたけど,これも厳しくて,あんまり好きじゃないけど,第1楽章を弾いたら,何となく弾けちゃったみたいな感じでしょうか.

 あとは,どのタイミングがわからないですが,熱情(全曲)をよく弾いてました.浪人時代,よく弾いてたのは,憶えてますが,最初に弾いたのは,もっと前だと思います.

 この時期(中二から大学受験浪人時代)は,いろんな曲を開拓しながらも,レッスンも受けず,演奏会でも弾かず,基本,家で弾いてるだけでしたが,それで楽しかったですし,人前で弾きたいとも思わなかったですかね.でも,友人の家に遊びに行った時,ショパンの22番のプレリュードやドビュッシーの沈める寺を弾いたのは,憶えてますし,中二の文化祭(みたいの)で,悲愴の第1楽章は弾きました.

 そして,東大に入り,東大ピアノの会に入って,年2回(+2回)の演奏会で弾く機会を得て,知られざる近現代曲を開拓して紹介するという感じで,やっていたのですが(この辺からは,ここに書いてある),途中からショパンやリストも弾いてるので,近現代一本槍というわけではないですね.

 というか,この時期,どんどん弾けるようになって,中学時代には,弾けなかったような曲も弾いてみたくなったということでしょうか.というか,その頃の感覚としては,何でも弾けるとは言いませんが,とにかく弾くだけなら(クセナキスのヘルマのような曲でなければ)何でも弾けるというか,この曲は,弾けそうにないから練習しないということはなかったです.というか,そういう時期でした.

 でも,東大ピアノの会は,大学+大学院で終わりなので,また,演奏会という人前で弾く機会のない状態に戻ってしまったんですが,その後,宮田にピアノプロジェに誘ってもらったり,ファミーユに行ったりして,ということは,ここに書いてあるので,繰り返しません.

 まあ,その頃は,そこそこ弾いてたのかな.でも,この記事は,2004年のものなので,自分のピアノ史的には,それ以降どうなったかですが,ぱっとしませんかね.それは,ピアノプロジェで弾いた曲を見るとわかります.

2008 サイ/黒い大地(ピアノ独奏のための, 1997)
   リスト/超絶技巧練習曲より第6曲「幻影」
2009 リスト/超絶技巧練習曲より第6曲「幻影」
   バッハ/イギリス組曲第4番よりプレリュード
   バルトーク/ミクロコスモス第6巻のブルガリアのリズムによる6つの舞曲より第2曲
   スクリャービン/24のプレリュードOp.11よりNo.14
2010 シューベルト/ピアノソナタ第21番 D.960
2011 モソロフ/ピアノソナタ第2番より第1楽章
2012 フランク/プレリュード,コラールとフーガ
2013 C.P.E. バッハ/クラヴィーアソナタ W.49/1
2014 バーバー/バラードOp.46
   C.P.E.バッハ/クラヴィーアソナタW.55/4 より第一楽章
   ラウタヴァーラ/プレリュードOp7 より
2015 エリッキ−スヴェン・トゥール/ピアノソナタ
2016 ベートーヴェン−リスト/交響曲第6番「田園」
2017 ゴドフスキー/ジャワ組曲 第1巻, 第2巻
2018 ゴドフスキー/ジャワ組曲 第3巻より第2, 3曲
   モンポウ/ショパンの主題による変奏曲
   ラヴェル/水の戯れ
2019 ゴドフスキー/ジャワ組曲 第4巻
   ヴィラ−ロボス/野性の詩
2020 (新型コロナで中止)
2021 (仕事と重なり不参加)
2022 シューベルト/ピアノソナタOp.120
2023 ヴィヴァルディ/四季(バードによるピアノソロ編を再編)
   ヴァイン/アンネ・ランダ・プレリュードより第1, 7, 11, 12曲(小さな物語,幕間の余興,フゲッタ,コラール)
   ラフマニノフ/エチュード集「音の絵」Op.33より第9番
   プロコフィエフ/ピアノソナタ第6番より第3, 4楽章
   スヴィリードフ/ヴレーミャ,フペリョート

 と,ここで気づくんですが,なぜか手元には,2008年からしかないですね.ここを見ると

ヒナステラ/ピアノソナタ第1番Op.22
サティ/3つのジムノペディ
ヴィラ=ロボス/野性の詩
プロコフィエフ/ピアノソナタ第6番Op.82より第1楽章
ストラヴィンスキー−境/春の祭典(ピアノソロ自編)
佐藤聡明/リタニア
バッハ−ブゾーニ/シャコンヌ
ジェフスキ/4つの小品より第4曲
リスト/超絶技巧練習曲より第8曲「狩」
ショパン/スケルツォ第1番Op.20
メシアン/アーメンの幻影より第1,2,7曲(共演者:高久暁)

が東大ピアノの会時代なので,

ハチャトゥリアン/トッカータ
ラウタヴァーラ/ピアノソナタ第2番Op.64「火の説法」より第1楽章
ラウタヴァーラ/エチュードOp.42より第1,4,5,6曲
コープランド/スケルツォ・ヒューモリスティック
ブロッホ/海の詩
ジョリヴェ/5つの典礼舞曲より第2曲「英雄の踊り」
プーランク/即興曲第15番
プロコフィエフ/ピアノソナタ第3番Op.28
カプースチン/8つの演奏会用エチュードOp.40より第1曲「プレリュード」
ボーエン/24のプレリュードOp.102より第1曲
コリリアーノ/エチュード・ファンタジーより第4曲「装飾音」
シューベルト/ピアノソナタOp.78, D.894「幻想」より第1楽章
トゥリーナ/セビリアよりオレンジの樹の下で
カプースチン/8つの演奏会用エチュードより第3曲「トッカーティーナ」

 がそれ以降ですね.でも,ハチャトゥリアン/トッカータは,演奏会では一度も弾いてないですかね(でも,ちょっと弾いて的な時は,いつもこれを弾いてた).

 この時期は,ピアノプロジェとファミーユと両方に出てた時ですが,ファミーユで弾いたのを憶えてるのは,

ラウタヴァーラ/ピアノソナタ第2番Op.64「火の説法」より第1楽章
ラウタヴァーラ/エチュードOp.42より第1,4,5,6曲
コープランド/スケルツォ・ヒューモリスティック
ジョリヴェ/5つの典礼舞曲より第2曲「英雄の踊り」
プロコフィエフ/ピアノソナタ第3番Op.28
カプースチン/8つの演奏会用エチュードOp.40より第1曲「プレリュード」
ボーエン/24のプレリュードOp.102より第1曲
シューベルト/ピアノソナタOp.78, D.894「幻想」より第1楽章
トゥリーナ/セビリアよりオレンジの樹の下で
カプースチン/10のバガデル〜3
カプースチン/8つの演奏会用エチュードより第3曲「トッカーティーナ」

で,ピアノプロジェで弾いたのを憶えてるのは,

ブロッホ/海の詩
プーランク/即興曲第15番
コリリアーノ/エチュード・ファンタジーより第4曲「装飾音」

なので,使い回さず,違う曲を弾いてたってことですかね.

 こうしてみると,まあ,何とか細々と弾いてた感じですかね.カプースチンに出会ったのもこの時期ですしね.でも,ただ弾く気になる曲を見つけて弾いてたわけでもなくて,ちゃんと身の丈に合った曲をちゃんと弾こうと思ったこともあって,

ブロッホ/海の詩
プーランク/即興曲第15番
ボーエン/24のプレリュードOp.102より第1曲
シューベルト/ピアノソナタOp.78, D.894「幻想」より第1楽章
トゥリーナ/セビリアよりオレンジの樹の下で
バーバー/バラードOp.46
エリッキ−スヴェン・トゥール/ピアノソナタ
モンポウ/ショパンの主題による変奏曲

とかは,そうだと思いますが,

ジョリヴェ/5つの典礼舞曲より第2曲「英雄の踊り」
プロコフィエフ/ピアノソナタ第3番Op.28
カプースチン/8つの演奏会用エチュードOp.40より第1曲「プレリュード」
コリリアーノ/エチュード・ファンタジーより第4曲「装飾音」
カプースチン/8つの演奏会用エチュードより第3曲「トッカーティーナ」

あたりは,結構,難曲なので,結局,弾きたい曲を弾いてるってことですかね.

 でも,ピアノプロジェで弾いた曲を見ると,2009年は,演奏会用のプログラムではなくて,弾く曲がなくて,普段弾いてる曲をそのまま弾いたんですね.つまり,この頃,「弾こうと思える曲がない」状態に陥っていたことがわかります.

 その危機を救ってくれたのがシューベルトのD.960で,「再発見」という道もあるんだなと思いました.その後のプログラムを見ても,そんな感じなんですが,ゴドフスキーのジャワ組曲まで行ったあたりで,また行き詰まり,なぜか,ゴドフスキーのジャワ組曲以外弾く気にならなくなったんですが,そのおかげ?で,何とかほぼ全曲弾いたんですが,なんで,第3集の第1曲だけ弾いてないんですかね(笑).別に嫌いなわけじゃないし.

 なんか,ぐだぐだになってきたので,この辺でやめますが(ちゃんと整理するには,ピアノプロジェとファミーユのプログラムを引っ張り出す必要がある.どちらも捨ててはいないので,どこかにあるはず),自分のピアノ史的には,先生について習っていた中二まで,自分で弾きたい曲を開拓しながら家で弾いていた大学入学まで,年2回以上の演奏会で弾いていた東大ピノの会時代,それ以降のピアノプロジェやファミーユで弾きながら細々と続けていた時代(ファミーユに出たのは,2014年のC.P.E.あたりが最後なので,それ以降は,年一のピアノプロジェのみ)ということなんですが,ここのところは,演奏会など人前で弾くことより,家で弾くというか音楽に向き合うことが中心ということでしょうか.

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[TOPIX先物始めましたー]
(運保)

 運保のその後ですが,どうも芳しくありません.

 濃い青の資保が少し低下しているので,相場が少し下がってるということもあるのですが,私の場合,売り買い両方やるので,相場が少し下がってるのは関係なくて,実際,相場がそうなってからも成績は順調だったのですが,濃い青の資保より緑の売り買い両方やる指運がよくなくて,全体の水色も下がっていて,特によくないのがグロース250先物です(これも相場が下がってるのは関係ない.つまり,売ったら上がる,買ったら下がる感じで6連敗中).

 このグロース250先物の一つの問題として,出来高がそんなにないことがあって,現状でも,4回位に分けて発注しないといけないし,てことは,今以上に資金が増えると厳しいわけで,そういうことで,グロース市場で信用取引ができる銘柄でpfを組んだこともあったんですが,多くの銘柄を瞬時に注文しないといけないですし,銘柄によって急に信用取引ができなくなってエラーになることも多くて,そもそも,データが8年分くらいしかないし,どうよという気がしてきました.

 で,これに代わるものは,ということで,出来高もできて持続性があるということで,TOPIX先物はどうかと考えました.同じ日本株が対象なので,値動きは,日経225と大きくは違わないし,以前,解析した時は,日経225の方がパフォーマンスが出るということで,日経225にしたんですが,あらためて解析してみると,値動きは似ていても判断材料は違うので,リスク分散になるとは思いました(TOPIX先物は,10年以上前にもやってたけど,今はその時とはやり方が全然違う).

 ということで,TOPIX先物始めましたー(でも,使ってる楽天証券でTOPIX先物は取り扱ってなくて,SBI証券で取引できるようにしてとか,ちょっと面倒だった).でも,グロース250先物も今の建玉の半分くらいは,大丈夫なので,その範囲で,続けては行きます(複利ではなく単利になるけど).

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[株価を決めるもの]
(経済)

 この30年,日本株は,低迷を続け,バブルの最高値を抜いたと言っても,要は,30年前に戻った,つまり,株価の伸び率は,30年で「1倍」なわけです.かたや,アメリカ株(SP500)は,20倍です.この差は,一体,何なんでしょうか.

 アメリカが日本の20倍成長した? 確かに目先の経済を回すことも含めて,アメリカは,日本より経済成長していますが,いくら何でも20倍ってことはないですよね.

 じゃあ,株価を決めるのは何なのかってことです.

 会社の業績? でも,そうだとしたら,業績のいい会社の株を買えば儲かるわけですが,そんな簡単な話でないのは,明らかです.

 それで,今朝のMーサテで言ってたことなんですが,この10年の日米の利益の伸び率は,ほとんど変わらない一方,ROE(利益/純資産)の伸び率が日本はアメリカの1/10以下なんだそうです.その背景に,日本企業の純資産の伸びがアメリカの2倍なんだそうです.どういうことかわかりますか?

 要は,日本企業は,儲けてきたのにそれを内部留保で貯め込んできたってことです.でも,それを自社株買いなどで株主に還元すると,理論上は,株価が何倍にもなる,アメリカ並みだと日経平均で10万円になるってことだそうです.

 どう思いますか? 荒唐無稽? でも,外国人からの株主還元圧力は,高まる一方ですし,買ってるのも多くは外国人だし,実際,日本企業の自社株買いはどんどん行われてるし,あり得ない話ではないと思いますけどね.

 でも,もしそうなったら,日本経済は,どうなると思いますか? またバブルの時みたいにウハウハになる? いや,このからくりだと,株価は上がっても,給料が上がるとは限らないし,年金はなおさらだし,インフレになるかもしれないし,しっかり,自衛しないと,生活はどんどん苦しくなるというか,儲かる人は儲かって,そうでない人は,どんどんじり貧になっていく(儲かる人が儲かる分,損する人が損するという自然の理)と思います(壮絶な二極化).

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[弾くことそのものに効力感を見出せるか]
(ピアノ)

 曲探しの旅が終わりに近づいている感じがするというのは,どういうことかというと,これまで,まだ知らない,いい曲があるんじゃないか,自分に合った曲があるんじゃないかと思って,何十年にも渡って探してきたけど,まだ見つからないというか,探し尽くしたというか,もうそろそろなさそうだということでしょうか.

 そうすると,どうなるかと言うと,これまでのやり方を変えないといけないことになります.いや,2009年あたりの,弾こうと思える曲がなくなった時に既にそういう状態で,再発見も含めて,何とか凌いできたけど,もうそろそろそういうやり方を変えないといけないということですかね.

 じゃあ,どう変えるかですが,一つは,過去に弾いた曲(+弾こうと思って弾いてない曲)だけでも膨大なわけですから,これらを,あるいは,これらの中から弾きたいものを選んで,ベートーヴェンのピアノソナタを1日1曲弾いて1ヶ月で回すように弾いて行くということでしょうか.

 でも,まだ弾いたことがない弾く気になる曲を弾くとか,ある程度,仕上げて演奏会で弾くということがないと,何がモチベーションになるでしょうね.

 それは「ピアノを弾く」ということかもしれません.

 弾けるようにならなくても,弾きながら音楽に接するということがありますし,弾けるようにならなくても,ではどうよということなら,弾けるようになることそのものに効力感を見出せるかでしょうか(まさに内的熟達).そして,それができれば,結果的に弾けるようになって,結果的に人前で弾いてみようと思うようになるのかもしれません.

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 いや,ほんの少しずつでも弾けるようになって行けば,効力感を見出せると思います.

 でも,実際は,どこかで頭打ちになって,これ以上は,なかなか弾けるようにならないという局面になるわけで,だいたい,そこで放り出すんですが,そこでどうやって効力感を維持するかで,一つは,「ピアノを弾くこと」そのものに効力感を見出せるか,あるいは,放り出して,1ヶ月後に戻って来たらどうなるか,それを繰り返したらどうなるか,頭打ちになってもそこそこ弾ける難度の曲や弾くことそのものに効力感を見出せる曲を探すかですが,最後のところは,曲探しが続くことになりますし,最後から2番目は,やったことないので,可能性はあるかもしれません.

 でも,最初の「ピアノを弾くこと」そのものに効力感を見出せるというか,そういう意識を持つことが一番重要な気がします.

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6/13'24
[夏が来た]
(季節)

 これまでは,そうでもなかったのですが,昨日から暑くなって,夏が来た感じです.

 具体的には,研究室のエアコンを入れて(家はまだ),服装も半袖になりました.時期的にはどうなんですかね? 昔は6月に入ると夏服になってたので,ちょっと遅い?

 でも,梅雨入りもまだみたいですし,去年の記事を見たら,6月下旬には,梅雨「明け」してるみたいなので,後ろにずれて,夏が短くなるってことはないんですかね.

 今年も猛暑との予報です.でも,猛暑の定義って何なんでしょうね.夏の時期,例えば,6〜9月の平均気温? でも,6月や9月は涼しくても,7, 8月の一時期だけ,猛暑になったら猛暑? どうとでも言い訳できるようになってる?

 ちなみに,猛暑「日」の定義は,最高気温が35度以上ということですが,日本のどこかで猛暑日のところが1日でもあれば,猛暑? まさかね.

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[右脚(など)が痛い原因]
(体)

 右脚ですが,依然としてあまりよくはないのですが,痛いから動かさないではなく,痛くても動かすようにしていると,ほんの少しずつよくなっているような感じもします.

 それで思い出したのが,以前(添加物排除生活を始める前まで),体調が悪かった時のことで,病気になる前に敏感で有能なセンサーが働いてサインを出してるんじゃないかと書きましたが,右脚,あるいは,それ以外も含めて,体が痛くなるのも,同じようなことがあるんじゃないかと思いました.

 どういうことかというと,歳をって体を動かさなくなると,益々衰えて行くというのを痛みという形で知らせてるのではないかということです.実際,歳をとって体のあちこちが痛くなることの多くの原因は,体を動かさなくなって血流が悪くなり,筋肉が硬直化していくことと言われてますからね.

 私の場合は,右脚付け根を傷めたのは,バドミントンという別の原因ですが,それを無意識にかばって,右脚の筋力がいつの間にか衰えていたことは事実で,これ以上はやばいということで痛みという形でサインが出ているということかもしれません.

 じゃあ,どうするかですが,できるだけ体を動かす,30分以上座り続けないようにするってことなんですが,なかなか難しいですよね.座ってる時は,痛みはないですし,歩くのもゆっくり歩けば,そんなに痛くはないし,個人的には,出かけたいと思わないので,このままでいいと思えば,いいわけですからね.

 でも,そうすると,今は大丈夫でも,10年後,20年後は,よぼよぼになって行くわけで,実際,多くの人がそうなってるわけですからね.でも,それでいいと思えばそれでもいいのでしょうし,私の場合,いろんなところに出かけたいというのもないですし,それこそ,一日のほとんど座って内的熟達的活動をしながら過ごして行けばいいわけで,実際,今もそうですからね.

 ただ,何度も書いているように,要介護になるのは避けたいですし,バドミントンやスキーやゴルフもできれば,やって行きたいと思っています.でも,できればやって行きたいというくらいでは,危機感がないですかね.むしろ,要介護にならない方が重要で,最初に来るのは,「靴下を履く」だと思います.

 今は何とか大丈夫ですが,ということは,このまま体が硬くなっていくと,そのうち自分で靴下を履くことができなくなって(何か器具みたいなのを使うという方法もありますが),やはり,今以上に体が硬くなるのは,厳しいですし,体をできるだけ動かして,右脚の痛みがもう少しとれれば,バドミントンやスキーやゴルフもできるようになって,そこで体も動かせるので,痛い→動かさない→益々痛く動かなく,の負の連鎖を,動かす→痛くなくなる→益々動かす,に逆回転させるまで持って行くということでしょうか.

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[過去のどこかに戻って,そのまま人生を継続するのではなく,何年かしたらまた今のところに戻って来られるとしたらどこに戻りたい?]

 これまで生きてきた中で今が一番幸せなので,過去のどの時点にも戻りたくないと何度か書きました.でも,なんか変な感じもしてきました.

 過去のどの時点にも戻りたくないのは,そこに戻ると,(一番幸せな)今のところに来られるとはとても思えないということなんですが,じゃあ,過去のどこかに戻って,そのまま人生を継続するのではなく,何年かしたらまた今のところに戻って来られるとしたらどうかと考えました(妄想の世界(笑)).

 そうすると,逆に戻ってみたいところがいくらでもあることに気づかされます.単純に言えば,楽しかった時ですね.

 幼稚園の頃は,よく憶えてないですが,大牟田時代の小一の時は,楽しかったと思います.近所で仲がいい女の子もいましたし,仲がいい(男の)友達もいました.

 福岡に引っ越してからの小二,小三は,しんどかった感じもしますが,仲がいい友達はいましたし,基本,楽しかったんじゃないですかね.小四の時は,早田がいっしょで楽しかったですし,小五小六も楽しかったと思います.

 中学時代は,西南に入って,森田に通って,ということで今にして思えば,大変だったと思いますが,仲がいい友達もいましたし,勉強というものに一番効力感を感じていた時期で,脱落した中三の秋冬を除けば,楽しかったんじゃないですかね.西南は男子校だったんですが,森田には,女子もいましたし,好きな人もいました.

 高校(修猷)時代も高二の冬に父親が亡くなるまでは,楽しかったです.特に高二の時は,楽しかったですね.好きな人もいましたしね.でも,高二の冬に父が亡くなって,やる気のようなものを失って,高三は,しんどかったと思います.というか,どう過ごしたかよく憶えてないくらいです.浪人時代は,自由になって,楽しかったです.

 大学に入って,理論物理に失望して,進振り前に建築構造を見つけるまでは,しんどかったですが,東大ピアノの会に入って,知られざる近現代曲を開拓して演奏会で弾くのは楽しかったですし,バドミントン部は,最初は,練習がきつくて,上下関係も厳しくて,しんどかったですが,3年あたりから楽しいというか,練習も頑張れるようになりましたし,2年の秋に建築学科に進学してからの建築学科時代も楽しかったですね.あーでも,2年秋の「駒場製図」が大変すぎて,そこには,戻りたくないですかね.

 大学4年の春に青山先生,小谷先生の研究室に入って,研究というものに出会って,大学院に行って博士をとるまでも楽しかったです.バドミントンもサークル(ラブオール)に入って続けて,そこで好きな人もいましたし,スキーも始めて,スキーが一番楽しかったのもこの時期だと思います.バドミントンでプーナに入って,文京区大会で松井さんを見て衝撃を受けて,全日本を目指そうと思ったのもこの時期ですね.

 地震研に就職してからも楽しかったです.何年かして好きな人と婚約までしたのですが,そうはならず,そこからしんどくなっていった感じはします.研究もなかなか評価されなかったんですが,バドミントンやスキーが一番充実していたのは,この時期ですし,ピアノもファミーユに行くようになって,いろんなことをして,いろんな分野のいろんな人達と仲良くなって楽しかったですし,相場研究を始めて,これも楽しかったです.当時の南研,工藤研,壁谷澤研の学生達ともよく遊びましたしね.でも,南先生が亡くなった時は,ほんとに辛かったですし,直後の状況は,厳しかったと思いますが,ほぼ同じタイミングで,1999年台湾集集地震が起こって,事態は(いい方向に)一変することになりました.

 筑波大時代も楽しかったですね.何より,自分がやるべき研究に辿り着いて,優秀な学生が研究室にたくさん来てくれて,成果を出して,社会的にも認めてもらえるようになりました.ただ,バドミントンは,競技力が落ちていってしんどかったですし,右脚付け根の怪我は,かなり深刻でした.でも,筑波大バドミントン部と関わるようになって,バドミントンという競技というか運動の本質に迫れた感じはしました.

 と,こうして書いてみると,所々しんどいこともありながらも,基本,楽しいことが多くて,過去のどこかに戻って,そのまま人生を継続するのではなく,何年かしたらまた今のところに戻って来られるとしたら,戻りたいところは,いくらでもあります.

 でも,選ぶとしたらどこですかね.何度か書いているように,一番研究できた大学4年,大学院時代という気もしますが,単純に戻りたいと思ったのは,中高時代かもしれません.純粋に楽しかったということもありますが,好きな人がいたということも大きいですかね.もちろん,好きというだけで何ともなるわけでもないですが,ああいう感覚は,あの頃だけのもので,今も好きな人はいますが,あの頃とは,違うと思いますからね.

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 過去のどこかに戻って,そのまま人生を継続するのではなく,何年かしたらまた今のところに戻って来られるとしたら,と書きましたが,今のところに戻って来られない,つまり,そのまま人生を継続するとしたら,どうかとも考えました.

 具体的に言うと,中学や高校の時,好きになった人とそういう関係になれて,その人と添い遂げるような人生はどうだったかということです.

 私は,(やりたいことをやるために,そして,何事かを成し遂げようと思って)大学入学で東京に行くのですが,その人といっしょにいるために,それをやめるというか,それほどいっしょにいたいと思った,あるいは,その人といっしょにいるために,自分がやりたいことではなく,例えば,医学部に行くとかして,その人と福岡で平凡ながらも幸せな人生を送って行くのは,どうかと考えました.

 そう考えると,それも全然ありな感じがしてしまったのは,ちょっと驚きました.でも,もちろん,これも,所詮,妄想の世界ではあるんですけどね(笑).

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6/14'24
[妄想(笑)を続けると]

 妄想(笑)を続けると,私は,この分野の研究者にならず,これまで出して来た研究成果,例えば,1-2秒応答などは,世に出なかったことになります.普通は,人一人がやったこと(でも,実際は,何度も書いているように私一人でやったわけではなく,いろんな人達に助けられたんですが)なんか大したことないってことなんでしょうが,次々と起こる大地震で震度が大きいのに被害が出たり出なかったりする原因について説明できる人がいなかったとすると,それは大問題ですし,私がこの分野に(紆余曲折を経て)辿り着いて,そういう成果を出したことは,意味があったのかもしれません.

 とか書くと,そんな大したもんなのかって感じもしてきて,ほんとに社会的に受けられてるのなら,震度算定法が変わってないといけないわけで(気象庁に委員会が設置されて何度か議論はされましたが),でも,実際は,変わらなかったわけで,それは,社会的に受け入れられなかったというよりは,守旧的ないろんな事情はあるのですが,現状,大きな問題はあっても(亡くならなくてもいい貴重な命が失われていながらも)世の中は,動いてるわけで,地震災害なんか社会の中での比重的には大したことない,そんなことより大事なことがあると社会が言うのなら,社会的には,そういうことなんでしょう(個人的には,社会がどうあるべきとかは,ここでは書きますが,社会を変えるために行動を起こすことはない).

 1-2秒応答自体も,何度か書きましたが,建築構造の分野で建物被害が等価周期応答で決まることは,よく知られていることですし,非線形共振という現象も機械系ではよく知られてることのようで,そういうことを,被害関数などが議論される防災の世界に持ち込んだだけ,つまり,いくつかの異分野にまたがって研究を行ったということ,そして,それを,20年以上に渡って,大地震が起こるたびに強震観測点回りの被害調査に出かけて実データを集めて証明した,というだけの話で,そんな大したことをしたわけではないと思うんですよね.

 ここで,思うのは,もし私がいなかったら,どうなったか,私でない誰かが同じことをしたかですが,うーん,全くの想像ですが,防災系では,PGAやPGVやその組み合わせで議論されているのが現状ですし,建築構造の分野は,防災的なことは,ほとんど考えないので,私でない誰かが同じことをした感じはしませんかね.

 でも,2つ上のパラグラフで書いたように,そうだとしても,社会というか,世の中全体の中で,大したことないのなら,結局,私個人の問題で,そういう意味では,いろんなことがありながらも,研究とか社会との関わりも含めて,大いに楽しめたので,私個人的にはOKですが,一方では,妄想(笑)的には,中高のどこかで好きになった人とそういう関係になれて,福岡でその人と添い遂げるような人生を送るというのもOKだったということですかね.

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 更に妄想を続けると(ほんとどーでもいい話(笑)),好きになった人と福岡で暮らすとするとどうなったでしょうか.

 まず,思ったのは,福岡の家は,高速道路が通ってなくなったので,どこに住んだかですね.相手もいることですし,どこかに家を買ったんですかね.でも,住むとしたら福岡のどこがよかったですかね.

 自分が過ごしたところは,中学が荒れてたとかの経験や利便性も含めて考えると,藤崎とか室見とか城南とか,その辺がよかったですかね.

 で,次に思ったのは,福岡に住んでたら,ライオンズからホークスに鞍替えしたんですかね(笑).1980, 1990年代は,ライオンズの黄金期ですが,今の惨状を見ると.ホークスに鞍替えが正解?

 うーん,やっぱり,ちょっと想像できないですね.

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 でも,中高の時の人を好きになる感覚は,あの頃だけのもので,今は違うと書きましたが,そうなんですかね.感覚そのものは,あの頃も今も変わらないと思います.

 ただ,あの頃と今と違うのは,そういうことが社会的に許されないとか,そういうことは,もう起こり得ないとか,外的なことで,内的なところは,変わらないと思うのですが,いろんなことがわかっちゃってるってことはあるわけで,やっぱり,何か違うんですかね.

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6/16'24
[歩くのは体によくない]
(体)

 昨日は,講演の仕事で,講演自体は,要望に応えるということもありますし,しゃべるのも嫌いではないのでいいのですが,当然のことながら出かけることになります.そうすると,やはり,右脚が痛くなってしまいます.

 出かけると右脚が痛くなるのは,歩くということもありますが,講演の時は,ずっと立って,それ以外の時間は,ずっと座ってることになって,何度か書いているように,座っていても立っていても同じ姿勢をとり続けるのが(私に限らず人間にとって)よくありません(旅行で疲れるのも移動時にずっと座ってるのが大きな原因).

 これは,出かけなくても,学内で会議があって,数時間座りっぱなしだと,やはり,右脚が痛くなりますし,これは,右脚に限った話ではなくて,全身の血流が悪くなって,体全体がこわばります.

 じゃあ,どうするのがいいかですが,家や研究室にいて,基本,座って作業して,30分に1回立ち上がって,体を(関節を大きく)動かすのがいい気がします.でも,出かけたり,会議があると,それができず調子が悪くなってしまいます.出かけず,会議もなくということだと,もうリタイアするしかないのですが,逆に言えば,リタイアすれば,そうできるとも言えます.

 同じ姿勢をとり続けることもそうですが,歩くのもよくない気がします.これは,右脚を傷めている私に限ったことではなくて,健康のために歩いているとしたら,健康を害しているのかもしれません.

 でも,歩くのさえよくないので,できるだけ歩かないとすると,一体,何のために右脚が(動かすと)痛いのを何とかするのかというと(座っているだけなら痛くないので),これ以上,体が硬くなると要介護に近づくということもありますが,バドミントンやスキーやゴルフをしたいということはあります.

 え? できるだけ歩かないようにしてスポーツをするの?と思う人も多いと思いますが,そう言えば,確かオリンピアンの陸上の藤光謙司さんが人間の体は消耗品なので,練習以外では,できるだけ体を使わないということで,歩く代わりにセグウェイを使ってたのを思い出しました.

 私も出かける時は,できるだけ歩かないようにしたいです.でも,電車にも持ち込める折りたたみ式の電動キックボードとかないかなと思って,少し調べたんですが,適当なのはないですね.

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[第二の学歴?]
(世の中)

 リタイアすると肩書きはなくなるのですが,肩書きのようなものを求められることもあります.例えば,新聞とかで記事を書いたり,講演の仕事をするとかで,元○○株式会社取締役専務とか,元○○大学教授みたいな.大学教授の場合は,○○大学名誉教授という場合もあります.これって何なんですかね? 第二の学歴みたいなもん?

 つまりは,仕事をしている間は,現職の肩書きと○○大卒という学歴,そして,リタイアしたら,最終学歴と最終職歴が肩書きみたいなものになるのでしょうか.と書いて気づいたのですが,学歴も職歴も最終が使われることになる? そうすると,私の場合,京大ってことになる? でも,京大にいた(いることになる)のは,○年で,東大や筑波大の方が長いわけですからね.

 やっぱり,何らかの形で仕事を続けるのなら,元○○とか,名誉教授とかではなく,現職,つまり,仕事をするのなら死ぬまで仕事をするというか,何か肩書きのようなものが必要ってこと? なんかめんどくさいですね.

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6/17'24

 こうしてみると,元○○株式会社取締役専務も元○○大学教授や名誉教授も長年一つの組織で仕事をしてきた人が対象で,職場や大学をいろいろ移ってきた人は,そういうものがないということになります.

 だったら,ずっと一つの組織で仕事をすべき,とはならないわけで,これまた終身雇用を是とする日本の悪しき慣行ということなんでしょうし,そもそも,元○○にしても名誉教授にしても,過去の話なわけで(名誉教授は,現在の肩書きだが,中身的には,過去の話),過去のことが現在の肩書きになるというのがそもそもおかしな話です.

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 名誉教授ということで,思い出したことがあって,父が亡くなった時の話です.

 父は,日本近代文学が専門で,でも,当時は,日本近代文学は,今と違って,学問として認められておらず,実際,当時は,九大(教養部には,重松先生がおられましたが)文学部の国文学には,古典の講座しかなかったわけで(確か東大にもなくて,近代文学をやる人は早稲田に行っていた),そういう事情から,職には苦労したんですが,それでも40過ぎには,福大の教授になって,その後,活躍の場を広げるために,東京の(そんなに有名ではない)私立大学に単身赴任しました(そして,体を壊して亡くなった).

 つまり,亡くなった時は,東京の(そんなに有名ではない)私立大学の教授ということで,亡くなると新聞の訃報欄に名前が載るのですが,同じ日に京大の名誉教授の先生も亡くなっていて,京大の名誉教授の先生の名前が先かと思いきや,父の名前が先に載ってる新聞が多くて,事情的には,まだ若いとか,父がジャーナル活動もしていたということもあるかもしれませんし,上の記事とも関係しますが,亡くなった時の肩書きは,父にとって不本意だったのかもしれませんが,どこの大学の先生(だった)かより,実質,どういう仕事をしたかが大事なんだなと子供心に思ったことを憶えています.

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 こうしてみると(どこかで書いたとは思いますが),私と父は似てますね.

 私がやろうとしたのは,構造動力学というか,地震動と建物被害の関係だったんですが,そんなことやる人間はほとんどいなくて,いても,RCとか各種構造物の枠組みの中の話で,それを地震防災に繋げるような研究をしている講座も研究室もなかったわけです.

 地震研の南研というか,震災予防は,近いことをやっていましたが,実際は,建築学科の青山小谷研というか武藤梅村研というか,RCの研究室のテリトリーで,実際,南先生が亡くなったときも,他大学のRCの研究室に行くように言われました.

 父も近代文学ではなく,古典をやるように言われたのですが,言うことをきかず,随分長い間干されたみたいですからね.私は,干されたというわけではなく,RCの研究室を紹介していただいたのですが(でも,それが父の場合の古典をやれということか),言うことをきかなかったのは,同じですね.

 そして,筑波大で「構造動力学」の公募が出て,自分がやろうとしていることができる唯一の選択肢に思えて,行くことにしたわけです.

 そういう意味では,私は,父より恵まれていたとは思いますね.そもそも,こうやってまだ生きてるわけですしね.

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[福岡の就職事情]

 妄想(笑)の件ですが,例えば,医学部に行くとかして,その人と福岡で平凡ながらも幸せな人生を送って行くってことですが,どうして医学部? やりたいことをやって,何事かを成し遂げるのなら,九大の理学部とか工学部に行けばいいじゃんっと思った人も多いかもしれません.

 そうですね.でも,父親が九大出身でいろいろ苦労して,大学の先生(研究者)になるんだったら東大に行けと言われてたことは,何度か書きました.じゃあ,大学の先生にならなくても,やりたいことができたかですが,どうなんでしょうか.

 東京出身の人は,わからないと思いますが,地方は,受け皿的に就職先がなくて,理工系は,九電くらいのものでしょう.なので,大学までいっしょにいられても,就職で東京に行くことになるわけで,じゃあ,地元で受け皿になるものとしては,これもどこかで書きましたが,文系は弁護士,理系は,医師,歯科医師,あとは,地方公務員か教員だと思います.

 私は,公務員になるなら中央官僚,教員になるなら大学教員(研究者)だと思っていたので,そうすると,受け皿的には,医者くらいになってしまいますし,実際,地元にいる高校の同級生の多くは,医者か歯科医師か弁護士か教員という感じです.

 うーん,でも,自分のやりたいことをさしおいて,いっしょにいるために,と考えるのかってことですよね.だったら,彼女を誘って東京に行く方が現実的? でも,それじゃあ,うまく行かなかった感じがするんですよね.

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[突然,あっという間に歳をとる]

 人は1年で1%ずつ歳をとる,なので,普段は歳をとって行っているという感覚はないけど,50年すると0.99**50=0.605なので,気づいたら歳をとってしまってると書きました.でも,違うかもしれません.だんだん歳をとるのではなく,突然,あっという間に歳をとるのかもしれません.

 以前から左手がこわばったようになって,指がうまく動かなくなってきて,PCのキーボードが打ちづらくなってきていて,ピアノもそうです.そして,今日,ピアノを弾いていて,明らかに動かなくなったと思いました.

 考えてみたら,右脚も1年前は,付け根の不具合はありましたが,バドミントンやスキーをするのに問題はなかったですし,階段も1段飛ばしで登ってました.でも,今は,バドミントンやスキーなんかできる状態ではないですし,歩くのも一苦労です.

 それどころか,しばらく座っていると,右脚が痛くなって,体全体が硬直するのがわかります.これでは,出かけるのもままなりませんし,会議に出るのも大変です.

 一時的なもので,回復するのかもしれませんが,もう1年とか数年こんな状態なので(意を決して整体に行ったけど悪化した),老化の一環だとすると,どんどんやりたいことができなくなって行って,リタイア後の生活は,思ったほど楽しくないのかもしれませんし,要介護になるくらいならさっさと逝ってしまいたいと思いますね.

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[まるで今その人のことが好きみたいな変な感じ]

 こういう妄想をすると,当時好きだった人がどんどんリアルになって行って,まるで今その人のことが好きみたいな変な感じになってきてしまいます.

 でも,その人は,もういないというか,この世のどこかにいたとしても,もうその時とは,全然違う人なわけで,つまり,喩えて言うなら,ドラマや漫画の中の架空の人物のことを好きになってるようなもので,どうにもならないわけで,でも,どうにもならないのは,最初からそうだったとも言えて,やっぱり,何か変な感じです.

 でも,もちろん,妄想の中の話ですが,そういうことになって,福岡で平凡ながらもその人と幸せに暮らすというのは,かなりリアルにイメージできて,それはそれで悪くなくて,逆に実際に自分が生きてきた人生が色褪せるというか,違う人生もあったんじゃないかと思えてきて,よくないですね.

 なので,もう妄想するのはやめた方がいいと思いますが,どういう人生であれ,これまでの人生は,既に終わったことなので,どのみちもうどうでもよくて,なので,実際に自分が生きてきた人生が色褪せても別によくて,問題はこれからなんですが,これからのことを考えると,思ったより厳しいことになりそうな気もしてきて,そっちの方が問題ですね.

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6/18'24
[年に1回の変な日]
(日記)

 今日は,年に1回の変な日です.何の日かと言うと,京大の創立記念日で,3年前にも書きましたが,大学はお休みで,でも,世間は,普通に活動していて,そういう経験を私はこれまで一度もしたことがないので,変な感じなわけです.

 でも,結局,いつものように過ごすので何も変わらないのですが,会議が設定されることはないので,それはいいですし,今年度になって,仕事がいろいろ大変になったということもありますし,ここのところ,週末に仕事が入ることも多いので,平日の一日が休みになるのは,助かります.

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[日本は後退途上国?]
(経済)

 日本のことを発展途上国ならぬ「後退途上国」と言った人がいたことを書きました.その通りなんですが,後退「途上」かどうかは,何とも言えません.確かに1ドル100円台から150円台になって,一気に1.5倍後退したのですが,「途上」ということは,これからもそれが続くってことで,それは,わからないということです.というか,ほんとに後退「途上」国なら,ある意味,簡単な話です.

 もし,これから日本が諸外国に比してどんどん衰退していくとしたらどうしますか? そうならないように少子化対策をしたり,移民をばんばん受け入れたり,一生懸命働いて外貨を獲得するしかない? もっと簡単な方法がありますよね.

 そう,外貨や外国株や商品を買うことです.実際,こうなる前,外貨や外国株や商品を仕込んでた人は,円安やインフレによって物価が上がるマイナスの何倍も儲けたわけですからね.なので,日本が後退途上にあって,これからも後退していくと思うのなら,これからも外貨や外国株や商品を買って行けばいいことになります.

 でも,ここから日本が意外と頑張って,反転して円高になるかもしれないし,この水準で推移するかもしれません.でも,これからアメリカの景気が頭打ちになって金利が下がって,円高になると言う人もいますが,そんなに円高にはならないでしょうし,今の水準で推移する可能性が高いと見ている人が多いんじゃないですかね.

 だとすると,これまでは,外貨や外国株や商品を買っておけばよかったけど,これからは,そんな簡単な話ではないということです.

 じゃあどうするかですが,そんなこれからどうなるかなんてわからないよ,ということなんでしょうが,その通りです.でも,相場で勝つには,実は,これからどうなるかを読む必要はなくて,人々がこれからどうなるかと思うかを読むというのが正解です.

 実際,5年位前,これから円安やインフレになるから外貨や商品を買っておいた方がいいからそうしてると言ってる人は,結構,いましたし,それが正しいか正しくないかは,どうでもよくて,そう思う人がいて,外貨や商品を買ったりという行動を起こせば,実際に円安やインフレになるわけです.

 じゃあ,今はどうでしょうか.ここから日本が踏ん張って円高に戻ると思う人と,ここから更に衰退していくと思う人とどっちが多い? というか,行動として,外貨や外国株を買う人と売る人とどっちが多い?

 今朝のMーサテで,こんなことを言ってる人がいました.新NISAが始まって,多くの人は,毎月積み立ててSP500やオルカンを買ってて,その額がこの1年で10兆円を越えそうだと言うのです(昨年は数兆).ポイントは,長期投資が推奨されて(買って売らせないようにはめられて),毎月積立ということで,そういう人は,設定して20年とか30年とかほったらかしってことは,ものすごい額の外貨買い円売りが今後数十年に渡って続いて行くということですし,今年始めた人は,まだ一部で,これから始める人が増えていくかもしれません.

 でも,そういう人が増えれば増えるほど円安になって,生活は苦しくなるわけで,何もしない人との差は,どんどん開いていくでしょう.

 でも,じゃあ,ここから更に外貨や外国株や商品を買うのがいいかどうかは,何とも言えません.急激な円高は考えにくいですが,何度も書いてるようにアメリカ株は,既に天国的高値水準で,いつ大暴落が起こってもおかしくないですからね.

 ほんと難しい大変な時代になりましたね.

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[これまでの人生は,もう過ぎ去ったものなので,どうでもいい,重要なのは,これから]

 何度も,これまでの人生は,もう過ぎ去ったものなので,どうでもいい,重要なのは,これからと書いています.それはそうなのですが,厳密には,そうではないですよね.

 それは,これまでの人生,これまでどう過ごしたかが,これからの人生に大きな影響を与えるからです.なので,「これまでの人生は,もう過ぎ去ったものなので,どうでもいい,重要なのは,これから」というのは,過去のこと,あの時ああしておけば,というようなことは考えない,というようなことです.

 じゃあ,これまでの人生,これまでどう過ごしたかが,これからの人生に与える影響は,どういうものがあるでしょうね.

 卑近なものとしては,いくら稼いでいくら散財したかで資産が決まるのでしょうし,これから定年で仕事を失うことを考えると,資産の多寡は,重要かもしれません.

 でも,そんなことより大事なのは,やはり,これまでの人生で身につけたものですよね.多くの資産よりは,定年で今の仕事をクビになっても稼げる方がいいと思いますからね.でも,経済的なことは,何とか食べて行ければよくて,もっと重要なのは,これからどれだけ楽しく気分よく過ごして行けるかでしょう.

 それは,楽しく退屈しのぎできることがあるかとか,人間関係とかもありますし,心身の健全は,やはり,重要ですね.

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[「このやり方」が早速威力を発揮]
(ピアノ)

 昨日,ピアノを弾いていて,左手が動かなくなったことに愕然として,今日はもう弾く気にならない(というかもうピアノを弾く気にならない)と思ったのですが,さすがにその時弾いていた曲は,弾く気になりませんでしたが,「弾く曲リスト」を眺めて,この曲なら何とか弾けるかもしれないと思って弾いたら何とか弾くことができて,「このやり方」が早速威力を発揮することになりました.

 昨日弾いてた曲は,しばらく弾かないと思いますが,記録を付けて,ある意味,安心して,1ヶ月ほっとこうと思います.こんな感じで騙し騙し何とか弾いて行くということなんですが,老化でどんどん下手になっていくとしても,弾ける曲を弾けばいいというか,下手くそでも,弾けるようにならなくても,とにかく弾く気になればいいってことですかね(なんだかなあ).

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6/19'24

 思ったんですが,弾く曲を,ある程度,限定して,その中でぐるぐる回すのが弾けるようになるか的には,効果的ということでしょうか.極端な話,たった一つの曲を毎日練習すれば(ただし,弾けない状態を繰り返さない練習論的なことに注意),もっと効果があるでしょうからね.

 でも,同じ曲をずっと弾いてれば飽きるし,まだ弾いてない曲を弾いてみたいということもあるでしょう.なので,そのバランスの問題ということもありますし,弾く曲を限定するとして,飽きと弾けるようになる度のバランス的に,どのくらいの数の曲群がいいかということですかね.

 そういう意味では,弾いてみたいと思う曲で,まだ弾いてない曲がもうそんなにないことがわかった(「旅」の終わりが近づいてきた)ということもあって,やみくもに新曲を増やさず,弾く曲を,ある程度,限定して,その中でぐるぐる回すのが中心というか,その曲数がどのくらいなのがいいのかを探るということでしょうし,新曲をやるとしても,その中に入りうるかの試験という位置づけになるのかもしれません.

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[日本は民主主義,そして,資本主義の国]
(世の中)

 日本は後退途上国だとしたら,外貨や外国株や商品を買えばいいってことですが,どう思いますか? そんなことしないで,地道に働くべき?

 その通りです.日本は後退途上国ということで,多くの人が外貨や外国株や商品を買えば,益々円安や(相対的)日本株安,インフレが進んで,日本は,益々後退して生活は苦しくなって行くので,そういうことをするのは,自分で自分の首を締めているようなものです.

 でも,それなら,挙国一致で(外貨や外国株や商品の購入を禁止するなどして)行動する必要があります,そうでなければ,地道に働く人間が割を食うことになってしまいます.

 でも,そんな共産主義のようなことは,日本ではできませんよね.そう,日本は民主主義,そして,資本主義の国なので,挙国一致で行動するには,民主主義,資本主義をやめる必要があります.

 それができないのであれば,どうするかは,個人の自由で,それでも,外貨や外国株や商品を買ったりせずに地道に働くというのも,その人の自由ですが,それは(これからは)武器を持った相手と素手で戦うようなものかもしれません.

 やられたらやり返すのがいいとは思いませんが,無能な政府,そして,自分のことだけを考えて金儲けに走る人間が多い中,割を食って生活に窮しないために,ある程度は,自衛しないといけないということでしょうか.

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[入院するとほっとする]

 私は,これまで「入院」なるものをしたことがないのですが(大学を卒業して大学院に進学することを,冗談で入学や進学ではなく「入院」と言ってた人はいましたが),これからは,「入院」すると,どこかほっとするのかもと思いました.

 どういうことかと言うと,理想的な死に方としては,いつものように寝て,翌朝目が覚めないということなんですが,一人暮らしだと周りに迷惑をかける的にいろいろ問題はありそうです.

 じゃあ,次善の死に方としては,ちょっと具合が悪くなって,自分で病院に行って入院することになって,そこから痛いとか苦しいというのがなく,あっという間に逝くということですね.

 つまり,一生で一度の入院を生まれて初めてそこでするということで,その時の心境としては,これで,死んでも周りに迷惑をかけることはないんだなと,ちょっとほっとするというようなことでしょうか.

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[ゴキブリを食す]
(生活)

 そういえばなんですが,もう随分長い間,ゴキブリを見てない気がします.

 今の家には全く出ませんし,前の家もそうでした.つくばの職員宿舎は,どうだったかなあ.「森の中」にあるので,いないことはないと思いますが,そんなに記憶にないですね.その前の西片の家もあまり記憶にありません(バークレーの家も).

 でも,福岡の家では,出てましたし(ゴキブリホイホイが発売になって,「大漁」でびっくり),駒場の家でも出てたような気がします.本郷の家でも出てたかな.

 ということで,ゴキブリのことなどすっかり忘れていたのですが,それを彷彿とさせるものが目の前に現れて,それが「デーツ」です.

 デーツを食べるようになって,もう半年位経つと思いますが,これがゴキブリそっくりなんですよ.つまり,ゴキブリを食しているような感じ(笑)なんですが,もちろん,だから食べられないとかいうことは,全然ないです(おいしいです.でも,とても甘いので,単独ではなく,コーヒーを飲む時にいっしょに食べる).

 デーツの画像検索

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(ピアノ)

 今日のピアノですが,つらつらメニューを眺めたら,一昨日,弾いていて,左手が動かなくなったと思って弾けなくなった曲を弾く気になって弾くことができました.なので,こうやって,騙し騙し何とかその日弾く気になる曲を(食事のメニューのように)弾いて行くということですかね.

 食事の場合は,食べる気がするものがなくても何か食べないといけませんが(でも,そういうことはほとんどないが),ピアノの場合は,そういう日は,弾かないという選択肢もあります.そして,そういう日が続けば,ピアノを弾くことをやめるということになるんでしょうが,食事の場合は餓死ということですが,ピアノの場合は,また弾く気になったら弾くこともできます.実際,1ヶ月以上,弾く気にならず弾かなかったこともありましたしね.

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[欲が大事]

 やっぱり,「欲」が大事な気がします.

 本能的なものとして,食欲,性欲,睡眠欲がありますが,食は大事です.栄養のバランスというか,たんぱく質と野菜などからビタミン,ミネラル,食物繊維,(歳をとると)特にたんぱく質を充分に摂ること,添加物などの余計なものを摂らないこと,カロリー過多にも不足にもならないこと,炭水化物を摂りすぎないこと,食べたい時に食べたいものをおいしく食べることなど枚挙にいとまありません.

 歳をとると意外と重要なのは,性欲だと思います.なぜなら,何もしないと性欲が落ちて行くからで,逆に言えば,性欲が落ちないようにすることが大事ということですし,実際,調子がいいというか,活力のようなものと性欲は,比例するような気がします.

 睡眠欲も超大事です.人間,基本的に眠ることによってしか休むことはできないので,眠くなったらとにかく眠るようにしています.

 本能的なもの以外には,物欲とか評価(されたい)欲とかがあるんですが,この辺は,要注意ですかね.なぜなら,これらを満たそうとすることによって,失うものが大きいと思うからです.

 私が大事だと思う欲は,内的熟達的なもので(そういう意味では,やる気三要素で言えば,物欲は報酬で,評価欲は人との繋がり),研究して未解明のものを解明したい,ピアノを弾きたい,バドミントンやスキーをしたいというようなものです.

 ピアノを弾きたい,バドミントンやスキーをしたいは,ピアノが上手くなりたい,バドミントンが強くなりたい,スキーが上手くなりたいだったのですが,残念ながらそれはもう難しそうなので,せめて,ピアノを弾きたい,バドミントンやスキーをしたいと思いたいです.

 思いたいということは,苦労してるということですが,最近,ピアノの記事が多いのもどうやってピアノを弾く気になるようにするかということなわけですし,バドミントンやスキーをしたいとは思いますが,体の不具合やしんどさが勝ってしまって,全然やれてないのが実情です.

 そのためには,まずは,右脚の不具合を何とかすることでしょうか.そして,そのために必要なのは,バドミントンやスキーをしたいと(もっと)思うこと,ということですね.

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6/20'24

 どうして,内的熟達的欲が大事だと思うかですが,単純に楽しいからです.そして,楽しければ,やるでしょうから,結果として,結果も付いてきます.楽しくて結果も付いてきたら,こんないいことないですよね.

 お金が欲しいとか評価されたいというのは,お金や評価を得るために,(そんなに)楽しくないことを我慢してやるんですよね.私には,無理かなあ(でも,社会や組織や人間関係の中で一定の責任を果たすことは重要).

 その楽しいことを見つけるのが難しいってことなんでしょうが,探すしかありません.でも,どういうことにもそれなりの楽しさや面白さはあるので,楽しいことを見つけるだけではなく,楽しさを見つけることも必要だと思いますし,それが実態なんじゃないですかね(ピアノを弾く気になるようにするのも一苦労).

 でも,楽しさを見出すには,その対象に奥行きが必要で,ただ楽しいだけみたいなことは,そのうち飽きるでしょうし,飽きないとしたら,本人の素養が足りないってことなので,大したことにはならないわけです.

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[どうするのがいいんでしょうね]
(体)

 右脚の不具合ですが,どうするのがいいんでしょうね.普通だと,整形外科とか整体に行くんでしょうが,整形外科は,何度も行きましたが,何もしてくれませんでした(消炎剤と痛み止めをもらってしばらく安静と言うだけ).整体は,却って悪化することになりました.

 何でもそうですが,痛みという症状をとるのではなく,抜本的な原因をとることが重要で,それは,加齢もありますが,やはり,運動不足でしょう(施術で痛みをとるだけではだめで,運動療法的なものが必要になる).なので,できる範囲で体を動かすようにはしているのですが,私は,健康のために運動するということをしたことがないので,どうしても怠けがちになってしまいます.

 何か効力感をもって体を動かせることが見出せればいいんですけどね.それとも,無理してでも今の状態で練習に行ってみる?

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 と思ったんですが,今日は,京大建築の懇親会で,歩いて,電車に乗って,歩いて,数時間の立食パーティーで,歩いて,電車に乗って,歩いて帰ってきただけですが,ものすごい筋肉痛というか,右脚が痛くなってしまいました.

 やっぱり,何かおかしい? もっと低い強度の運動からリハビリすべき? でも,歩いたり,立ってたりする程度で強度が高いのなら,バドミントンなんてもっての他だし,もうほんとにやばい状態なんじゃないですかね.

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6/21'24

 一晩明けて,筋肉痛というか,痛みは,ほぼとれた感じです.そして,またほんの少し筋力が回復した感じもしないでもないです.

 メモ的に書いておくと,普段は,朝起きた時が一番痛くて,寝ている時も姿勢によっては痛くて,要は「緩む」のがよくない感じで,それは,最初に右脚の付け根を傷めた時もそうでした

 そういう意味では,座ってる時も緩んでるわけで,でも,座ってる時は,ほとんど痛みはなくて,でも,寝ている時は,姿勢によっては,痛みがあります.でも,起き上がって,あるいは,座ってる状態から立ち上がって動くと痛みというか,右太股が突っ張るような違和感があります.

 で,どうするかですが,やっぱり,運動するんでしょうね.めんどくさいしやりたくないですが,バドミントンやスキーをやるためにちょっと頑張るということですかね.あとは,やっぱり,要介護にならないようにということでしょうか.

 1年前は,バドミントンもスキーも普通にやってたわけですが,1年で急激に衰えたというのも考えにくいですし,右の脚力が衰えていたのは,以前から(例えば,右前のランジは,もう大分前から安定してはできなくなってた)ですからね(そんな状態で,バドミントンやスキーが普通にできてたというのが逆に驚き).

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[「やりたい」ってことにしちゃう]

 でも,もうこんな歳だし,(何とか要介護にならなければ)バドミントンとかスキーとかやらなくても,という考えもあると思うんですよね.そして,それは,ピアノもそうです.

 でも,そうするとは,今は仕事が忙しいから何とかなってますが,リタイアして,どうやって退屈しのぎしていくかということになります.他にやることはありますが,そういうものは,たくさんあった方がいいし,やりたい度的にこれまでの実績もあるわけですし,要介護にならないように,体を動かすというやりたくないことは,やりたくないですからね.

 なので,バドミントンもスキーもピアノも「やりたい」ってことにしちゃうってことですかね.そうすると,健康のためや要介護にならないためではなく,バドミントンもスキーをするために運動するわけで,その方が(私の場合)効力感を感じることができる気がします.

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[たそがれコンサート]
(日記)

 今日は,宇治キャンパス構内(というか研究室のすぐ隣)のきはだホールというところで,たそがれコンサートというのに(初めて)行ってきました.

 たそがれコンサートというのは,近隣住民の方との交流的なことを目的として毎年開催されているもので,今日は,防災研の中谷先生がヴァイオリンを弾かれるということで,行ってみたわけです.会場は,ほぼ満員で,宇治市長も来られてて,大盛況でした.

 中谷先生とは,去年の教授懇親会で席が隣だったので,いろいろお話ししましたが,ヴァイオリンを弾かれることは,言っておられませんでした.でも,プロフィールを見ると,毎コンで高校の時,大阪で2番で,コンクールとかリサイタル歴もあって,かなり弾けることは,それでわかったのですが,実際の演奏も期待通りのもので,ドレスを着ているということもありますが,さすがに普段の先生とは,別人に見えました.

 こういう人,時々,いるんですが(東大ピアノの会にも結構いる),京大の先生(教授)で,ヴァイオリンがあれだけ弾けて,近隣住民の方々も驚かれたんじゃないですかね.

 個人的に思ったのは,やっぱり,ヴァイオリンは,自分の楽器で弾けていいなあということでしょうか.ピアノだと,その会場のピアノになってしまいますからね.きはだホールのピアノは,弾いたことがないですが,サイズもそんなになくて,あまり弾きやすそうな感じではなかったですかね(ハイブリットスペースのピアノは,弾きにくいと池田先生は言ってた).

 あとは,自分はもうこういう世界とは,無縁になったというか,ピアノは,まだ弾いてますが,どんどん指が動かなくなって,もう人様の前で演奏を披露するようなこともないだろうなということでしょうか.

 ただ,こういう一般の方向けだと,どういう曲を弾くのかなとは思いました.ていうか,私の場合,レパートリーが近現代なので,弾く曲がないですかね.スヴィリードフのヴレーミャ,フペリョート!とか,サイのブラックアースとか,(ソフトバンクのCMで使われてる)プロコフィエフロミオとジュリエット〜モンタギュー家とキャピュレット家とか,ホルストの惑星とか,カプースチンとかヴァインなら一般の人にも何とか受け入れられる?

 でも,もうちゃんと弾けないんじゃ,話にならないですね.

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 あと,思ったこととしては,中二の時,ピアノの先生につくのをやめずに,上の先生を紹介してもらって,音大を目指すかどうかはともかく,ちゃんとレッスンとかコンクールとかを受けて,みたいになってたら,どうなったのかなということでしょうか.ピアノは,もっと上手くなった?

 でも,最近書いたように,そこから「曲探しの旅」が始まって,これまでずっと楽しんで来られたわけですし,そういうのがない状態で,「習い事」としてピアノを続けるより楽しかったというか,私の場合,そうでないと続かなかったとは思います.

 なので,これも結果オーライってことなんでしょうが,そういうのももう「終わってしまった」わけで,問題は,これからなんですが,やっぱり,なかなか大変そうです.

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6/22'24
[川瀬博先生の退職記念講演会とパーティー]
(大学)

 川瀬博先生の退職記念講演会とパーティー(+二次会)でした.

 今回は,運営側にも入っていたんですが,松島先生と川瀬ファミリーが中心に頑張ってくださって,特に松島先生が大車輪で,私は,そんなに大したことはしてないんですが,やっぱり,ちょっと疲れましたかね.

 でも,壁谷澤先生の時もそうでしたが,お世話になったというか,ずっと背中を見てきた先生なので,寂しい感じはしますね.壁谷澤先生の時は,パーティーが終わってから急に寂しくなったんですが,今回は,準備にもたずさわっていたので,今日が近づくとだんだん寂しくなっていく感じでした.

 ここでいろいろ書こうかと思ったんですが,寄稿文を書いていたので,それを載せておきます.

 川瀬先生との最初の出会いとその後

 川瀬先生との最初の出会いと書いたものの,その記憶は,はっきりしません(そのくらい昔ということでしょうか).ただ,これは,ご本人にも3年前,確か65になられた2回目の区切りのお祝いの会の帰りの中書島の駅でお話ししたのですが,1993年釧路沖地震の何かの報告会で吠えておられた(笑)のは,はっきり憶えています.場所は,東大生産研のどこかの会議室でしたでしょうか(もう30年以上前ですね).

 1993年釧路沖地震は,もはや忘却の彼方というか,知らない人も多いと思いますが,当時は,久しぶりに震度6を記録して(まだ計測震度になる前で人が判定.被害調査で釧路地方気象台に行って,判定された当人の台長さんにもお話しをうかがいました),実際,非常に大きな地動最大加速度も記録して,でも,建物被害は,限定的で,日本の建物の耐震性は充分で,もう日本では大きな地震被害なんか生じないんじゃないかという雰囲気になっていました.

 私は,このような雰囲気に危機感を感じて,いやいや,加速度は大きくても破壊力は全然大したことないので,日本の建物の耐震性はもう充分なんてことはないと言っていたんですが,博士をとって助手になって2年目という30そこそこの若僧の言うことにこいつ何言ってんだという感じで相手にしてもらえず悶々としていたのですが,上記の報告会で,(当時はまだ清水におられた)川瀬さんが同様のことを言って吠えてくださってて,ちゃんとわかってる人はわかってるんだと思って,とても心強かったのを憶えています(でも,東日本大震災の後も同じような雰囲気になって,またまたいやいやそれは違うということを言って回ることになって,世の中は,何とも学習しないというか変わらないというか).

 そして,ご存じのようにその2年後,1995年兵庫県南部地震が起こって,川瀬先生と私の予言が当たったとは言いませんが,あのような大災害になったわけで,忸怩たる思いはありましたし,川瀬先生は,このことがきっかけで現行体制に問題提起するということで清水をやめられて大学に行かれたと言っておられました.

 その後は,いろんなところで川瀬先生とお仕事をさせていただいたり,関わらせていただいたり,吠えられてる(笑)場面を拝見したりして,心強いと思いながら過ごして来た気がします.そして,川瀬先生ももう京大をご退職で,気づけば,先生がおられた講座に在籍して,彼を送り出す立場になっていて,何とも不思議というか,ありがたいことで,ほんとにこれまでありがとうございましたというか,これからもどうぞよろしくお願いします.

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[お別れの会]

 でも,私もあと○年なわけで,お前はどうするんやということなんですが,何度も書いていますが,私はやりません(やるとしても,地震研から筑波大に移った時のように内輪で集まって飲むくらいでいいです).

 どうしてやらないかですが,何度も書いたので書きませんが,今日,新たに思ったこととしては,上でも書きましたが,寂しくなるからというのもあると思いました.

 退職記念講演とかパーティーって,これまでの業績とかを紹介してお世話になった方々にお礼をするというのはあると思いますが(それは大事なことだと思いますが),一区切りというか,「お別れの会」でもあるわけですよね.でも,お別れするのは,嫌だなあ.

 でも,お別れ(の会)をしなければ,お別れしなくていいというか,何となくこれまでの状態が続くんじゃないかというか,実際,今いる大学を定年でやめても,研究者としては,本質的に何が変わるわけでもないと思いますし,シームレスに今の状態を続けていきたいんですよね.

 それをお別れ(の会)をするからお別れになってしまうというか,余計なこと?はしない方がいいみたいなこともあるような気もしました(内輪で集まって飲むんだったら,毎年やってる研究室の卒業生会のように,ただ,内輪で集まって飲むだけの話).

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[どこかでまだ生きてる感じがする]

 話を敷衍すると,お別れということだと,葬式って,まさにそうで,でも,退職記念行事と違うのは,ほんとにお別れということで,どこかで書いたと思いますが,葬式というのは,残された人がちゃんとお別れして次に行くためのものということです.

 でも,これもどこかで書きましたが,歳をとって違う感覚が出てきて,東大ピアノの会のS木さんが亡くなったことをきいた時に書いたと思いますが,もちろん,ショックだったのですが,彼とは,大学時代以来会ってなかったので,だとしたら,亡くなっても実質そんなに変わらないというか,どこかでまだ生きてる感じがするというか,そういう何とも言えない感覚になったんですね.

 もちろん,家族とかしょっちゅう会ってる人はそうは行かないと思いますが,そうでなければ,亡くなったことを知らなければ,永遠に(実際は自分が生きてる間は)生きてるようなもので,だとすれば,余計なことは知らない方がいい,葬式に行ってちゃんとお別れしない方がいいというか,実際,身内だけの密葬にして,対外的な葬式をやらないことが多くなってるんですが,それは,形式的なことは,ということもあると思いますが,そういう方向性なのかなとも思います.

 私自身も,そういうことになったら,人知れずいなくなるのがいいというか,それは,大学をやめる時も然りということでしょうか.

 と書いたんですが,どうなんですかね.(定年で今の)大学をやめる時は,人知れずやめたいですが,死ぬ時は,そういうわけにも行かない? でも,死んだ後は,自分では,どうすることもできないので,自分がどうこうしたいということではないですね.

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6/24'24
[研究を続けていく]
(右脚)

 右脚ですが,行事とか会議とかがあると,数時間,座りっぱなし,あるいは,立ちっぱなしになって,30分に1回,(座ってる時は立ち上がって)関節を大きく動かすこもできず,痛くなってしまいます.

 それでも,ほんの少しずつは,よくなってる気もしないでもないですが,目に見えてよくなってるわけではないので,怠けがちというか,やらないといけないこともやらなくなるわけで,持続性がないです.

 30分に1回体を大きく動かさないと生きて行けないのなら,否応なし(仕事をやめないといけないの)ですが,生きて行けないことはないわけで,でも,あと○年,こんな状態が続くのは,ちょっとしんどいですね.

 なので,もっと即効性があるようなことをしないといけないのか,こうやって1年とか数年くらいは,地道にやって行かないといけないのかってことですが,大腰痛を克服したように「解」はあると思うので,研究を続けていくということですかね.

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[このまま終われるのか]

 右脚もありますが,このまま終われるのかということもあるかもしれません.

 右脚がよくならなければ,バドミントンやスキーは,もうできないわけで(でも,もう少ししたらスキーは,整地の中緩斜面なら滑れるような気はするし,滑って動かす方がいい気がする),バドミントンは,その運動原理と体の動かし方がようやくわかった感じはして,しっかり練習とトレーニングすれば,また全日本に出られるかもと思ったこともありました.

 ピアノは,もう激しい曲は,弾く気にならないのですが,欲が大事的には,そういう意欲をかき立てることも必要で,弾く気にならないから弾かないでは,どんどん弾けなくなっていきますし,実際,そうなって来てます.

 非常に具体的に言うと,春祭のソロは,大学の卒演で弾いたきりで,駒場祭,五月祭のものも含めて,当時の録音は,どこかに残ってるとは思いますが,私の手元にはないので,公開もできなくて,このままでは,埋もれてしまうわけですし,あの時のものがベストとも思えません.

 でも,今またこの曲をやる気力も体力もないのですが,これから益々気力と体力が衰えて行くとすると,やるなら早くやった方がいいわけで,それは,春祭やピアノやバドミントンやスキーに限った話ではないわけです.

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6/27'24
[定年後の2つの道]

 大学を定年で辞めてどうするかですが,大きく2つに分かれて,1つは,対外的な仕事などが多少あっても定職には就かず,基本的には,悠々自適でやって行く,もう1つは,がっつり定職に就いてこれまでのようにやって行くということです.

 人それぞれでいいとは思うのですが,前者の考えの人が後者の人のことを「信じられん,そんなに仕事したいんか」みたいなことを言うのをきくことがあるんですが,どうなんですかね.

 今は,前者の人も仕事(研究)をしてるわけですし,研究者なら,やりたくない仕事を嫌々してるわけではないわけで,でも,何度か書いてるように,定年で大学をやめて研究しなくなったら,仕事というか稼ぐために(も)研究していたということになってしまうわけで,そういう「次善」の人生を何十年にも渡って送ってきたというのってどうですか.

 でも,もちろん,そんな単純な話でもなくて,歳をとると気力も体力も衰えて行くので,研究したくてもできなくなることはあるでしょうし,大学をやめると研究費や実験設備の問題もありますし,分野によっては,大学をやめて研究してると煙たがられる雰囲気があるところもあります.

 もっと言えば,50とか55を過ぎて,経済的には,もうやめられるとしても,やはり,キャッシュフローを失うのは,不安ですし,途中で辞めるのは,回りにいろいろ迷惑をかけるころもあるでしょう.でも,定年なら正々堂々とやめられるということもあるわけです.

 なので,やっぱり,人それぞれというか,その人のいろんな事情に合わせて,その人がやりたいようにすればいいんでしょう.問題は,やりたいようにできるかですが,前者は,できますが,後者はそういう話がなければできないので,そういう意味では,前者有利なんですかね.

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 じゃあ,私はどっちかですが,メンタリティーとしては,前者ですが,そうとも言えないというか,研究以外のめんどくさい仕事は,今の大学の定年後は(ほんとは今も)やりたくないですが,研究して行けるような話があれば,受けると思います.でも,そんなうまい話はないでしょうし,実際,定年後,がっつり定職に就いてる人の多くは,研究というよりは,マネージメント的な仕事ですからね(そういう仕事がしたい人はそれでいい).

 でも,大学なら,週に数コマ講義をして,その分,しっかり研究して,でも,給料は,他の教員の半分で,大地震が起こった時は,その大学所属として,メディアに出れば,その大学の宣伝になるでしょうし,それは,大学以外の研究機関でも同様でしょう.

 でも,どこかで書きましたが,定年後,どこかに就職しても,死ぬまでとは行かないわけで,そうすると,無給で客員,あるいは,給料がもらえる特任から,どこかで無給の客員に,というのが現実的な気もするんですよね.

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[投機的な動き?]
(経済)

 円安が進んで,160円を突破したそうです.Z務省は,投機的な動きだと言って牽制していますが,日本人自身が1年で10兆円のペースで円を売ってるわけですから,投機的ではなくて,この円安圧力は,当面,下手したら何十年も続くってことなわけで,この流れを変えるのは,容易でないと思いますけどね(そして,何もしない人は,どんどんじり貧になる).

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6/28'24
(世の中)

 でも,これからは,貯蓄から投資の時代とか言って,投資をするように誘導しておきながら,それで円安が進んでしまって,大きな国力低下に繋がってるわけで,一体,何をやってるんでしょうね.まさか,みんなおとなしく,(外国株ではなく)日本株を買ってくれると思ってた?

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[大相場]
(経済)

 円安もそうですが,もう大分前(検索すると,8年前3年前)に,これから「大相場」になるかもしれないと書きました.そして,5年くらい前に,インフレや円安や経済危機から資産を守るための資保が始まったわけですが,まさに大相場になりました.

 先日,大学上層部の設備施設関係の委員会で,建設費が高騰していて,以前の2倍くらいになってるということが言われてました.万博の経費がうなぎ登りということで批判を受けていますが,こういうこともあるわけです.

 もし,資保を始めていなかったら,資産は,実質,半分になっていたわけで,危ないところだったと思うのですが,問題は,これからですね.

 「大相場」は,必ずどこかで終わります.でも,まだまだ行くかもしれないですし,どこで終わるかを判断するのは,難しいです.

 それで,資保と指運の成績のことを思い出しました(今はこんな感じ↓).

 緑の指運が低迷しているのですが,指運は,売りもやる,つまり,大相場の終わりの兆候が少しでも見えたら空売りをするわけで,その空振りが続いているということなんですが,そういう意味では,今は,ここで収益をあげなくてもいいわけで(収益が出るのは,大相場が終わって暴落する時なので)これでいいのかなとは思いました.

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[順張りと逆張りを同時に行う]
(運保)

 とは言え,指運でもパフォーマンスを出した方がいいわけで,思ったのは,順張りと逆張りです.

 これについては,何度か書いて来ましたが,多くの人がやる逆張りでは,負けると思っていて,これまで順張りを中心にやって来ました.資保は,それが正解でした.でも,指運も当初は順調でしたが,徐々にパフォーマンスが出なくなり,部分的に逆張りを入れると成績がよくなって,でも,最近は,よくないです.

 で,思ったんですが,順張りも逆張りも両方必要なんじゃないですかね(順張り優位になる局面と逆張り優位になる局面があるということ).何を当たり前のことを,と言う人もいるかもしれませんが,順張りと逆張りを同時に行うことはできません.

 でも,順張りと逆張りを同時に行う方法を思いつきました.ということで,しばらくこれでやってみようと思います.

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6/29'24
[リターンはコントロールできないが,リスクは,コントロールできる?]
(経済, 世の中)

 昨日のWB?だったか,運用額が10兆ドルと世界一の運用会社のBラックロックの幹部が出てきて,これまで,一部の富裕層にしか使えなかったAラディンというシステムを多くの人に利用してもらえるようにする,Aラディンは,長年の実績があり,どういうポートフォリオを組むとリターンとリスクがどれだけなのかがすぐわかる,リターンはコントロールできないが,リスクは,コントロールできると言っていました.どう思いますか?

 これって,(顧客ではなく)Bラックロックが儲かる仕組みということですよね.Bラックロックは,顧客から資産を預かって運用するわけですが,リターンはコントロールできないというのは,顧客を儲けさせようとは,思ってないと言ってるようなものです.

 リスクはコントロールできると言っても,例えば,このpfならリーマンショックでは,何%暴落,新型コロナでは,何%暴落する可能性がありますよと顧客に説明しておくってことらしいですが,多くの投信もそうですが,債券とか株式を組み合わせれば,そのくらいのことは簡単にできますし,しかも,データも過去のものに過ぎないわけで,結局,これって,そういうことが起こった時に言い訳できるようにしておくということで,顧客からどんどん資金を集めて運用はするけど,暴落のリスクは,顧客に負わせて,その手数料で稼ぐ仕組みということでしょう.

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6/30'24
[故郷を離れる時]

 何事かを成し遂げようと一念発起して,故郷を離れて東京とかに行くみたいな場面がよく出てきます.送り出す方としては,頑張ってだめだったらいつでも帰っておいで,とか,成功するまで帰って来るな,みたいな感じですが,出て行く方は,一旗揚げるまでは故郷には帰らない,みたいな感じでしょうか.

 私は,そんなこと考えたこともなかったですし,もし東京で成功できなかったら福岡に帰るということも考えたことなかったです.ていうか,帰ってどうするの?

 でも,Q大の話を何度も断ってるのが何かってことですよね.それは,成功してないから帰れないのではなく,話があるということは,むしろ逆なわけですからね.

 よくわからないのですが,そもそも,成功とかそういうのは,私にとって,どうでもよくて,そんなことより,やりたいこと,やるべきと思うことをどれだけできるかが重要で,福岡に帰ったら,それが(その時いるところより)できなくなると思ったということなんでしょう.

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[折角,めんどくさい仕事は,もう勘弁と思っていたのに]

 歳をとるとできてたことができなくなったり,やりたかったことがやりたくなくなってりします.でも,リタイアすると退屈しのぎをしていかないといけないわけで,そうすると,やること,できること,やりたいことをどれだけ残せるかということになります.

 そのためには,いろんなことに興味をもって,やること,できること,やりたいことをたくさんもっておけば,そのうちどれかが残るということはあるでしょうし,たくさんなくても,たった一つでも残ればいいとも言えるんですが,リスクは大きいですかね.

 私は,いろんなことをやってきたんですが,スポーツとか,体を動かすことは,できなくなるということもありますが,年寄りなりにやればいいとも言えて,でも,体がしんどくなって,億劫になるということはありますかね.

 でも,めんどくさい仕事は,もう勘弁と思っていたのですが,引き受けたからには,しっかりやらないといけないし,意外と「やること」になるかもという感じがいまさらながらしてきたのは,今は否応なしなのでいいんですが,リタイア後のことを考えると,折角,めんどくさい仕事は,もう勘弁と思っていたのに,とも思ってしまいます.

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