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12/1'19
[明らか]

 再三,やりたくないことはやりたくないと書いてますが,これこそまさに怠け者の論理ですよね(堂々と言うことか(笑)).でも,誰でもやりたくないことはやりたくないし,もちろん,やりたくなくてもやらないといけないこともあるんですが,やらなくてもいいこともたくさんあると思うんですよね.

 そして,当然のことながら,やらなくていいやりたくないことをやらなければ,その分,やりたいことができるわけで,やりたいことは,がんがんやるわけですから,結果も成果も出るし,そんなことよりいい人生が送れるわけで,どっちがいいかは,明らかです.

 でも,こういう「ほんとのこと」にみんな気づいちゃうと,困る人はいっぱいいるわけで,それは,他人を騙して自分が得しようとしている人達(例えば,目先の経済を回して金儲けをしようとしている人達)です.つまり,多くの人は,騙されてるわけで,逆に言えば,騙されずにしっかり考えることができれば,劇的に人生が変わるということです.

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12/1'19b
[靴]
(生活)

 私が今履いてる靴なんですが,もう10年くらいになると思います(それ以上かも).ほんとは,さっさと買い換えたいのですが,買い換えたいと思う靴がありません(事情的には,車と似てる).デザインもそうですが,実際に履いてみると,明らかに今履いてる靴の方が快適です.そんな感じで4年前に靴底を補修したんですが,またすり減ってきました.どうしましょう?

 もうこうなったら,今履いてる靴をまた補修して使い倒すしかないですかね.靴底だけじゃなくて,さすがに表面の老朽化も進んできたんですが,見てくれより普段の快適性の方が大事ですし,そもそも靴履いて歩くことなんてそんなにないですからね(それはそれで問題か).

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12/1'19
[あの頃の政治家と今の政治家]
(政治)

 そもそも,あの頃の政治家と今の政治家の何が違うんでしょうね? 時代が違う?

 確かにそういうこともあるでしょうが,あの頃の政治家には,よくも悪しくもこれからの日本をどうしようというヴィジョンがありました.でも,今の政権(A倍さん)からは,それが全く感じられません.とにかく選挙に勝つ,憲法改正でも何でもいいから仕事をしたという実績を残したい,そんな感じです.

 一方,かつての野党には,よくも悪しくもこれからの日本をどうしようというヴィジョンは,あったと思います.そして,政権を獲った.でも,ヴィジョンはあっても,実行力がなくて,あーしたいこーしたいと言ってるガキみたいなもんでした.そして,今は,政権を批判するだけで,ヴィジョンすらなくなってしまいました.

 ほんとにどうしようもない状態ですが,どうすればいいかは,明らかで,政治とか国とか関係なく自分が頑張ることでしょう.

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12/2'19
[ヴィジョン]
(政治, 世の中)

 野党は,政権を批判するだけと言うのなら,ここで,こんなこと書いてるお前もヴィジョンがないという点では,同じじゃないか,と言う人もいるでしょう.まず言えるのは,私は,政治家ではなく,政治家を選ぶ一国民なので,政策を示してもしょうがないわけで,つまりは,政権選択,政策選択ができるようにちゃんとやれと言ってるわけです.

 でも,何度か書いてますが,私が政治家だったとしても,ヴィジョンはありますよ(でも,絶対に政治家にはならないけど).

 いろんな政策がありますが,今の国民の最大の関心事は,社会保障+税制でしょうから,その点から行けば,2つの道があります.一つは,消費税20%,もう一つは,消費税の全廃+マイナンバーを使った抜本的税制改革です(でも,これは,既に書いたと思います.少子化対策とか外交についても).

 前者は,言うまでもないでしょう.今の日本の社会保障は,高福祉低負担になっていて,このままで財政破綻は,時間の問題で,それが将来不安に繋がってるわけですから,財政を健全化させることで,安心して消費してもらおうということです(個人的には,消費自体には,否定的だが,そこは置いておく).でも,これには,国民の説得が必要ですし,消費増税=景気後退という悪循環というか,今の衆愚政治の状況では,現実的には,難しいでしょうね.

 そういう意味では,後者の方がインパクトも大きくて国民受けもするでしょうから,可能性があるかもしれません.何度も書いてますが,消費するたびに税金を取られるという痛税感がある消費税というやり方が最悪です(消費増税=景気後退という悪循環もあるし).そうすると,消費税を全廃した分の財源をどうするかということが必ず言われるのですが,所得税でがっちりいただきます(でも,その前に議員定数大幅削減などの政治家自ら身を切ることが先決.歳費も同様だが,無意味な選挙運動を禁止にして選挙にお金がかからないようにする).

 そうすると,所得をごまかせる自営業者が有利で,ごまかせないサラリーマンが不利ということになるんですが,そこでマイナンバーを活用するわけです(そもそも自営業者が有利という現状がおかしい).キャッシュレスにする必要もあるでしょう(希望者には,簡単に使える端末を開発して只で渡す).誰がどこで何にお金を使ったかがわかる総監視社会のようになると言う人もいますが,そういうことと,公平性や社会保障や財政の安定とどちらを選ぶかということでしょう(監視カメラが増えると犯罪が減るのと似てる).

 そう,よくも悪しくもこういう選択肢を提示するのが政治家の役割のはずで,でも,現状,それが全くできていないのが問題なわけです.

※なお,ここでは,敢えて,極端なことを書きましたが,実行性を検証して,細部を詰めるのは,当然のことです.例えば,消費税全廃の財源というか,代替ですが,令和何とかのような金持ち攻撃ではなく,そこの税率を調整することで,公平性や実現性を担保するわけです.

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12/2'19b
[好かれたい]

 他者評価ではなく自己評価と再三書いてますが,適切な自己評価ができない人は,ぐだぐだになるだけなわけで,結局,これも素養の問題ということになるんですが,他者評価ではなく自己評価をもっと拡大すれば,好かれる嫌われるということにもなるのでしょう.

 世の多くの人は,評価されたいのと同様に好かれたいわけですよね? でも,そうすると,評価されるように,好かれるようにということが行動規範になって,どんどんしょぼいことになっていき,世の中全体もどんどんだめになって行くわけです(原因の一つは,SNSの普及でしょうか).

 でも,評価されて,余計で面倒な仕事が来てこき使われるのと同様,好かれるのも,(それで飯を食う芸能人とかでなければ)よくよく考えると,あんまりいいことは,ないような気がしますけどね.つまりは,本能的なことも含めて,やはり,どこかで騙されてる的なところはあるわけです.

 私自身に関して言えば,もちろん,わざわざ嫌われようとは思いませんし,円滑な人間関係というか,無用な波風を立てて周りに嫌な思いはさせたくないし,いい気分になって欲しいと思って行動していますが,私自身が好かれるために,自分の信条を曲げることはありません.

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12/2'19c
[無敵の何か]

 中西麻耶さんの情熱大陸を見ました.かなり前から知っている選手ですが(先日の世界選手権で優勝したのも生で見てたと思う),地元の商店街で壮行会のビラ配りをして,どんどんスルーされてるのは,驚きました.そんなもんなんですかねー.

 彼女が仕事場で鉄骨の下敷きになって脚を切断したことは,初めて知りましたが,思ったのは,パラアスリートというか,障がい者には,二通りあって,物心ついたら既に障がい者だった場合と,それ以降,どこかで事故とか病気で障がい者になった場合があるということです.そして,後者の場合は,壮絶な経験をしているわけで,まさに一度人生に絶望して,そこから立ち上がったということで,もちろん,だから,前者のケースより偉いとかそういうことではないのですが,無敵の何かをもってるとは思いました.

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12/2'19d
[評価すら必要ない]

 最近,どうも変な感じというか,まだまだやりたいこともあるし,アイデアもどんどん浮かぶし,自分で言うのも何ですが,自分の能力に自分で驚くようなこともある一方で,もうやりたいことなんかないし,アイデアとか言ったって,実はしょーもないことで,自分の能力なんか,ほんととるに足らないというか,大したことないようにしか思えないこともあるんですね.

 それは,時間的に交互に現れるというよりは,両面同時に成立するような感じで,やっぱり,なんか変な感じです.

 でも,これって,自己評価ができてないってことですよね.じゃあ,他者評価ってことには,もちろん,ならないわけで,要は,評価すら必要ないってことかもしれません.

 ですから,(仕事とかやらないといけないことでなければ)単純にやりたきゃやる,やりたくなきゃやらない,アイデアが出ればやる,出なきゃそれまで,自分の能力がどうとか関係ないってことでしょうか.

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12/3'19
[やるかやらないか]

 変な感じではなく,それが当然なのかもしれません.物事には,すべて二面性があるわけですからね.

 そもそも,巨万の富を得たとしても,何億人という人を熱狂させるようなプレーをしてWCで優勝したり,オリンピックで金メダルを獲ったとしても,世界的大発明をしたとしても,それが何なの?と言えば,その通りです.

 つまりは,結果を(自己でも他者でも)評価することに意味は(そんなに)なくて,やるかやらないか,それだけのことかもしれません.

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 見方を変えると,仕事もそうですが,もっと広く言えば,やはり「必要とされるか」といった外部要因が大きい気もします.もう必要とされず,やりたいときだけやりたいことだけやって行きたいという気持ちもある一方で,必要とされるのなら(ただし,ほんとに必要とされてるかどうかに注意),やるしかないとも思うわけで,まさに二面両立ということなんですが,二本の道を同時に歩くことはできない,つまり,どちらかしか選べないわけで,だとしたら,選ぶのは自分というよりは,社会とか誰かというよりは,自然の流れというか,全ては137億年前に,ということでしょうか.

 でも,全く正反対のことがどっちもありというか,真ん中はとれないというか,非常に不思議というか,面白いもんですね.

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12/3'19b
[好きな人に好きな人が]

 「好きな人に好きな人がいた」というフレーズがきこえました.中身的には文字通りですが,歌詞としては,韻を踏むというか,そういうことなんでしょうが,その後の流れとしては,だからもう終わりという感じでした.

 でも,好きになるってそういうことなんですかね? 好きになった人に好きな人がいたら,途端に嫌いになる? 付き合うとか,結婚できないのなら,好きになっても意味がない? でも,だから苦しい?

 好きになったら,相手がどうとかじゃなくて,それでいいんじゃないですかね?

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12/3'19c
[友達でいいじゃん]

 友達でいいじゃん,と思うんですよね.

 好きな人がいて,でも,いろんな事情で,付き合うとか,結婚するとかできなくても,友達でいいじゃん(性別とか年齢とか関係ない).

 いや,独り占めしないと気が済まない,〇体関係が必要ということなら,それは,「好き」ではなく,何か別の目的があるんじゃないですか?

 そもそも,好きって何ですか? 独占したいとか,○。○○したいとか,そういうことじゃなくて,その人の何かに惹かれたわけで,だったら,会いたいときに会ったり,話ができたりする友達でいいってことになりませんか?

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12/3'19d
[夢で逢いたい]

 百人一首というか,古今集とかの平安時代の歌の中には,恋の歌も多いのですが,好きな人がいても,思いが通じなくて思うように会えないことの方が多いわけで,そうすると,せめて夢で逢いたいと思うわけで,でも,そういうことをコントロールすることは難しいわけす.

 そういう中で,自分の夢に出てくるということは,まだ脈があって,でも,出てこないということは,もう脈がないと嘆くという歌があったというか,当時は,そういう考え方なんですが,論理的にはどう考えても変ですよね.だって,夢を見るのは,自分がその人のことを考えているからであって,その人が自分のことをどう考えているかは関係ないからです.

 でも,そういう考え方?が小さい時からずっと気になってるというか,何かあるかもしれない感じもするんですよね.実際,その人のことをそんなに考えてるわけでもないのに,唐突に夢に出てきたり,すごく考えているのに全然夢に出てこないことも多いですからね.

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12/3'19e
[大丈夫?]
(経済, 世の中)

 VIX先物(のマネージメント)ですが,個人的には,しっかりマネージメントして行けばとは思うのですが,相場全体というか,世の中全体としては,大丈夫なんでしょうか?

 具体的には,ちゃんとマネージメントしてる人や企業ばかりじゃないでしょうし,暴騰すれば損失無限大ですから,破産どころでは済まないわけで,そういう場合は,破産するんでしょうが,穴埋めできなかった部分はどうなる? 回り回って税金ということになる? でも,それでも埋めきれなかったら?

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12/3'19f
[東急プラザ]
(世の中)

 今から40年近く前の駒場時代,よく行った渋谷の東急プラザですが,取り壊されて建て替え中なのは,知っていましたが,オープンしたようです.何でも,昔よく渋谷に行ったけど,最近は,行かなくなった中高年がターゲットだそうです.まさに私じゃん(笑).でも...

 全然違ーうというか,なんでこんなとんちんかんなんですかね? ていうか,世の多くの中高年のニーズは,こういうのってこと? 騙くらかして,金巻き上げようとしてるだけじゃん.

 やっぱ,もう,行くところなんかないですね.

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12/3'19g
[モデルケース]

 そうそう,先日送って来た駒羽会報(東大バドミントン部の同窓会誌)にOBOGで全日本シニアに出てる人が紹介されてました.このサイトで書いたかつての会長のK丸さんが80代で優勝だそうです.もちろん,すごいことなんですが,70に上がって優勝された時から,10年経ったんだな,と思いました.S村も出てたな.

 そう言えば,なんですが,S村もそうですが,私と(個人的に)練習してた人って,その後,みんな強くなってるんですよね.S村もそうですし,Y野君も,W所さんも,F原もそうです.もちろん,たまたまってことなんでしょうが,なんだかなあって感じですかね.でも,Y野君が言ってたんですが,私と練習すると,とにかくしんどいんだそうです(笑).

 あとは,K上さんのスポーツ吹き矢の記事が秀逸というか,読み入っちゃいましたね.何でも距離の日本新記録を出されたそうです.でも,彼自身,少し自虐的に書いておられましたが,競技者の多くは,高齢者だそうで,協会みたいなものもあって,人間関係的にちょっとめんどくさそうな(ある意味,ちゃんとしてる)感じはしました.

 前回,このサイトでも書きましたが,彼の老後?の過ごし方は,模範的というか,一つのモデルケースだと思うのですが,自分とは,ちょっと重ならないですかねー.私は,もっと自堕落で怠け者ですしね.

 でも,一方では,(何らかの形で)自分にしかできないことじゃないと,とも思ってるわけで,どうしようもないというか,でも,私は私のやり方で,ということでしょうか.

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12/4'19
[どこで何を間違えた]
(バドミントン)

 すぐ上のなんだかなあというのは,私と(個人的に)練習した人がみんな強くなったことがなんだかなあ,ってことじゃなくて,みんな強くなったのに,私だけ弱くなったのがなんだかなあということです.どこで何を間違えたんでしょうか?

 40くらいまでは,順調に来ていたので,転換点は,そのあたりということになります.つまり,大学を移籍して,練習環境が変わったことですね.具体的には,松井さんとかとがんがんシングルができてたところから,そういう練習がなかなかできない状況になったということでしょうか.

 でも,筑波大バドミントン部の練習に混ざることができたわけだし,全国レベルのプレーヤーと接したり,情報的なこともありますが,いろいろ考えることになって,それまで見えてなかったものが見えるようになってきたことは,間違いありません.でも,体が付いて来なかったということですかね.

 実際,40までは,ほとんど怪我という怪我をしたことがなくて,でも,40を過ぎて怪我ばかりするようになり,その結果,ほとんどまともに対処できなかったと思います.研究室をもって,更には,大地震が頻発して仕事が忙しくなったこともあるかもしれませんが,やりたきゃやるので,あまり関係ない気がします.

 でも,細かく見ると,つくばに来てから数年は,バドミントン部で練習してたわけですし,その後も,W所さんといい練習ができてたと思うのですが,どんどん競技力は,(同年代に対しても)落ちていきましたから,そういうことでもないと思うんですよね.

 ということで,よくわからないですね.でも,わからなくてもOKというか,問題は,これからですし,それが全てですからね(過去はどうでもいいというかどうしようもない.過去の経験を活かすべきという考えもあるが,これから体も心も変化していくので,過去の経験に縛られるのは,逆に問題で,40以降は,それで失敗したとも言える).

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[意識し続ける]
(バドミントン)

 これからということで,「あることを意識」ですが,日常生活で「あることを意識」して過ごすと,確実に何かが違います.喩えると,一週間トレーニング(みたいなこと)をして,練習すると,というような感じでしょうか.

 でも,それを怠るというか,いつの間にか日常生活で意識しなくなってると確実に後退します.つまり,常に意識し続けないといけないということですね.今は,せっかくよくなってきてたのに,かなり後退してしまった感じですが,とにかくやり続けるしかないですね(意識の問題なので,普段は,体にそんなに負担はかからないですが,練習のときは,かなりの負担はかかる).

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12/4'19b
[鈍]

 成功するには,「鈍」であることが必要だと思うんですよね.何かを始めようとするとき,うまく行くかなとか心配して行動を起こさなければ,何も起こらないわけで,そういうリスクに鈍感というか,とにかく行動を起こせば,可能性はあるわけですからね.

 私が研究者として,成功したかどうかはともかく,研究者になりたいとは思ったとき,果たして研究者としてやって行けるだろうかとは,1mmも考えませんでした.今にして思えば,根拠のない自信というか,鈍感というか,○カという感じですが,何かそういうものが必要な気はするんですよね.

 これ以外にも,何かの(危険な)スポーツで,難しい技に挑もうとするとき,恐怖に鈍感であることは,必須でしょうし,投資もそうですが,相場の世界で勝つには,恐怖に打ち勝つ強い心というよりは,鈍感さが必要だと思うんですよね.

 あるいは,失敗して怒られても全然めげないとか,耳の痛いことを言われても受け入れられるとか,言われもない誹謗中傷にも動じないとか,こうしてみると,まさに無敵って感じすらしてきます.

 そう言えば,父親がよく「運根鈍」と言っていたのを思い出しました.彼の造語かと思ったんですが,検索すると出てくるので,そうじゃないみたいです.でも,意味として「幸運と根気と、ねばり強さの三つが必要である」と書いてありますが,鈍の解釈というか,意味が全然違いますね(なんで,鈍がねばり強さなん?それじゃ根じゃん).

 じゃあ,鈍感であるためには,どうしたらいいか,ですが,よくわかりません(笑).ちっちゃいことは気にすんな的な性格的なことだとすると,鈍ではなく運ってことでしょうか.

 でも,やり方はあって,例えば,ネットの誹謗中傷に傷つくのなら,見なけりゃいいだけの話ですし,相場とか投資については,値動きとか結果なんか気にしないことで,私の場合は,1日10分だけ(その後,手を広げたので30分くらいにはなってるかなあ),というのは,そういうこともあります.将来的なことについては,直感というか,自分を(根拠なく)信じるということでしょうか(失敗しても自分が引き受ければいい).

 でも,鈍感ならそれでいいかというとそういう単純な話でもなくて,人の気持ちがわからないのは,問題ですし,ちゃんと心配しないといけないのに気にせずやってたら,取り返しのつかない大失敗するかもしれないわけです.

 つまり,何でもそうですが,バランスの問題というか,単純な話でもないってことなんですが,単純な話って感じもするわけで,こういうのって感覚的なものなので,こうすれば誰でもできるってことじゃないとは思います.実際,成功するのは一部の人だけなわけですからね.

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12/4'19c
[欲がなくてちょうどいい]

 物欲や出世欲もそうですが,歳をとると欲がなくなるってことなんですが,「ちょうどいい」んじゃないんですかね.だって,歳をとると若い時のようには行きませんからね.

 思い返してみると,私は,物欲や出世欲は,元々そんなにないですが,若い時の方が欲はあったし,欲を満たすように行動していたと思います.そして,それは,今も変わりません.

 でも,もし今,欲が若い時と同じで,欲を満たすように行動していたら,体を壊してしまいますよね.だから,ちょうどいいんじゃないかと.

 ちなみに,感覚的にですが,若くて一番欲があったときに比べると,今は,5〜6割ってところですかね.逆に言えば,まだそのくらいは,欲があるということです.そして,欲の満足度というか達成率は,今のほうが遥かに高いです.

 そういうこと,即ち,どんどん幸せになってきてると再三書いてきましたが,こうして分析?してみると,欲がなくなって来てるってこともあるんだと思います.

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12/4'19d
[年賀状]
(生活)

 12月ということで,年賀状のことがちらちら頭をよぎるのですが,畳んで行く的には,これもそろそろ何とかしたい感じはします.実際,受け取る年賀状は,あけおめことよろ的な定型的なものも多いですし,普段から会ったり,仕事したりしてる人なら,あらためて年賀状のやりとりをする必要もないし,年賀状という「葉書」じゃなくて,メールでもいいし,全然付き合いがないのに,年賀状のやりとりだけ続いてる人もいるし,みたいな感じで,リストをつらつら見ていたんですが,なかなか判断が微妙というか,今は全然会わないけど,だからこそ,生存確認(笑)じゃないですが,年1回の年賀状のやりとりくらいは,と思える人もいるし,メールにするからアドレス教えてください,というのも考えたんですが,目上の人には,失礼な感じがするし,難しいですね.

 私サイドのメリットとしては,先方の連絡先(住所)はわかるということなんですが,メールがわからなくてどうしても連絡たくて,葉書を送るか,現地に行くか,というようなことはまずないと思うし,あったとしても,現在の住所はわかるわけですし,引っ越して住所が変わって,それを私に知らせたいと思えば,向こうから連絡が来ると思うんですよね.というか,私へ連絡したいと思えば,メールで連絡できるわけですし,近況は,このサイトを見ればわかりますからね(元日に年賀状的な記事も書いてますし).

 礼を失するのはまずいので,こちらからは出さず,来たものに返事を書いていき,そうするとだんだん減っていくというのも考えられるのですが,元日から一週間くらいに渡って五月雨式に届くので,却って面倒な気がします.

 それに,どこかで書きましたが,数は徐々に減らしてきてるんですが,数の問題じゃないんですよね(50枚も100枚も200枚も手間はそんなに変わらない).ですから,やめるのなら全部スパッとやめるってことでしょう.実際,最近,時々,今年をもちまして,というのが来ることもありますからね.

 でも,いきなり来年からというのもなんだし,スキーの準指みたいな外部要因?というか,何かきっかけは欲しいですね(お中元とお歳暮もそうだった.確か業者が配送に手間取って,年内に届かないとか言い出して私のところに送ってもらって,つまり,そのときは,送ることができず,それをきっかけにやめた(ここに記事があった.6年前ですね)).

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 年賀状もそうですが,畳んで行くと言うと,終活みたいですが,そういうことではないというか,若くても年寄りでも,みんないつ死ぬかわからないわけで,そういう意味では,終活は,誰でも必要というか,いろんな縛りとか拘りとかを捨ててあらためて考えなおして,もっとやる価値があると思うやりたいことをやるために効率化して行くということでしょう.

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12/6'19
[話が合わない]

 以前からそうなんですが,なんか最近「話が合わない」感じがするんですよね.うん?学生と?

 いや,学生じゃなくて,同世代とか少し上の世代の人達です.学生達の方がむしろ違和感ないですかね.

 もちろん,人によるので,全体的な雰囲気なんですが,私くらいの世代って,基本的に,いい大学入って,大企業とかに就職して,かわいい嫁さんゲットして,バリバリ働いて,出世して,いっぱい稼いで,欲しいもの買って,いい家に住んで,いい車に乗って,海外旅行して,みたいな感じなんですよね.

 私は,元々,そういうのないし,最近,益々そうだし,同世代とか少し上の世代の雰囲気についていけないというか,話が合わない感じがします.物質的,社会的なものもそうですが,それ以外のもっと基本的な考え方とかもそうですかね.

 でも,だから合わせようとは思わないし,みんながみんなそういうわけじゃないし,若い人達,同世代,上の世代,みんな含めて,分かり合える人と付き合っていけばいいというだけの話なんですけどね.

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12/6'19b
[簡単な話だった]

 逆に言えば,「いい大学入って,大企業とかに就職して,かわいい嫁さんゲットして,バリバリ働いて,出世して,いっぱい稼いで,欲しいもの買って,いい家に住んで,いい車に乗って,海外旅行して,みたいな感じ」なら,ある意味,「簡単な話だった」と思いますね.

 でも,今はもうそうは行かない.だから,多くの若い人達は,どうしたらいいかわからなくなってきてるし,我々の世代も気づいてる人は気づいてるし,老後が心配というか,それこそどうしたらいいかわからなくなってるんじゃないですかね.やること作って,それなりに充実して過ごしてるように見える人も,どこか何か違うみたいな.

 つまりは,(どこかで書いたと思いますが),どう過ごしてきたかってことですよね.物質的なもの,社会的なものを求めてきたのなら,そういうのは,いずれ終わるし,多くの若い人達は,もうそういうものは求めていない.じゃあ,何を求めればいいのか,ということでしょうか.

 それを見つけられたかどうか,ですかね.

 私は,どうだったのかなあ.もちろん,見つけられた「方」だとは思いますし,研究は,無償でもやりたいことなので,ほんとの意味で,やりたいことを仕事(の一部)にしたとは思うのですが,(どこかで書きましたが)食べて行けるものの中から選んだということはありますし,じゃあ,いろいろやってる食べて行けないもののどれかかと言うと...

 もちろん,これから探すというのもありなんでしょうが,「どう過ごしてきたか」ということは,これまでやってきたものの中にあるということになりますからね.

 ということで,だんだん茶色くなって来たんですが,人生所詮退屈しのぎなんで,別にそんなに深刻に考えることもなくて,何とか食べて行ければ,やりたいときにやりたいことやって行けばいいじゃん,とも思うわけで,哲学は,無敵という感じもしてきます.

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12/6'19c
[哲学があったか]

 そっか,どういう生き方をしてきたか,そういうものを見つけられたかというのは,生きる上で哲学があったか,ということかもしれませんね.

 そういう生き方さえしていれば,生き方的に苦境に立ったとしても,考えることができるわけですからね.

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12/7'19
[資本主義の社会的洗脳]
(世の中)

 こんなこと書くと,東大の同期とか関係者をディスってるようにもきこえますが,むしろ,彼らは,まともな方で,広く世の中全体の方がひどいというか(いい大学入れてないのに),もっと「いい大学入って,大企業とかに就職して,かわいい嫁さんゲットして,バリバリ働いて,出世して,いっぱい稼いで,欲しいもの買って,いい家に住んで,いい車に乗って,海外旅行して」って感じです.

 大企業とかに就職せず,起業したりするのも,結局,同じことですし,音楽とか美術とか文学とかやってても,ほとんどは,商業的なものだし,芸能人は言うに及ばず,スポーツ選手の大部分もそうでしょう.つまり,「お金と社会的評価」みたいなものを第一義とする考え方が蔓延してて,というか,一見すると,そういう風に見えて,もちろん,賢い人は,そんなことなど意に介さないのですが,多くの賢くない人がそういうことに洗脳され,世の中が殺伐として行って,賢い人も巻き込まれかねないというか,いい迷惑ってところでしょうか.

 じゃあ,なんで(一応)成功した人間が多い,東大卒の連中が,まだまともなのかですが,結局,成功しないと,成功する無意味さに気づかないということはあるでしょうね(まだ気づいてない奴もいると思うけど).でも,最初からそんなことなど意に介さずやってきた人もいると思うんですが,と書いて思ったんですが,結果,そうなった人はいるんですが,具体的に思い当たる人は,ほとんどいないことに驚かされます.

 そんなもんなんですかね.人類を繁栄させるプログラムもそうですが,資本主義の社会的洗脳も相当のものということでしょうか.

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12/7'19b
[子供に戻ればいい]

 歳衰えて,できてたことができなくなるのが,ってことなんですが,子供に戻ればいいという考え方もあるのかもしれません.子供のようにかわいくはないけど,人生の大先輩という敬意は,ある程度は,あるでしょうしね.子供なんだから仕方ない的に,お年寄りなんだから仕方ないってことでしょうか.

 もちろん,この場合は,子供のように半人前に扱われることを受け入れないといけないのですが,その分,義務も半分ということでしょうか.実際,年金もらって,働かずに食べて行けるわけですからね.

 でも,私は,子供時代は,ずっと半人前扱いで,正直,そんなに楽しくなかったし,今の方が圧倒的に楽しいし,子供に戻ればいいとは,思いませんかね.

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12/7'19c
[人口と大学の関係]
(大学)

 そう言えば,テレビでもやってましたし,電車の中にも貼ってあったのですが,遂に?横浜国大駅ができるそうで,それに伴い?相鉄線のJRへの乗り入れも始まって,渋谷とか新宿に一本で行けるようになるそうです.横浜国大関係者の皆様,おめでとうございます(笑)っていうか,卒業生とかは,関係ないと思うのですが,横国って,結構行きにくくて,これで偏差値,少しは上がりますかね?

 で,思ったんですが,この話です.具体的には,人口と大学の関係ということでしょうか.大阪は,関西の中心地ですし,ずっと東京23区に次ぐ人口だったのですが,今は,横浜が2番目です(これも吸収合併が大きい.ちなみに神奈川県の面積の何%が横浜市だと思いますか? ていうか,ここが横浜?って感じ).

 つまり,人口に多いところにある大学ほど偏差値というかランキングが高いということになると,1位は,東大で,2位は,横浜国大ということになります.おめでとうございます(笑).そうすると,3位が阪大(でも,実際は,阪大は大阪市にない),4位が名大,その後は,北大,九大,神戸大ということで,京大は,9位に凋落(笑)です.川崎には,もちろん,大学は,あるのですが,川崎市という地域を代表するような大学はないですかね.そして,筑波大は....何位か見当もつきません.おそらく大凋落ですね(笑)(調べたら100位くらいでした(笑)).

 もちろん,大学がある市の人口で大学のレベルが決まるわけでは,ありませんが,「そういう要因」が全くないとは言えないということは,あるでしょう.そういう意味では,京大や筑波大,特に筑波大は,よく頑張ってると言えるかもしれませんね.

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12/7'19d
[ピアノプロジェ終了]
(ピアノ)

 ピアノプロジェが終わりました.出来としては,何とか完奏はしましたが,とても満足できるものではなかったです.左の小指がほとんど使えないということはあったんですが,そもそも無謀というか,曲の難度と長さに対して,練習時間が足りてないのは明らかです.でも,今回弾いた曲しか弾く気にならなかったわけで,弾く気のない曲をいくらうまく弾いても(私の場合)意味がないし,そもそも,ピアノを弾くモチベーションを保つのが精一杯で,それを失うのが一番怖いので,仕方ないってことでしょうか.

 まず,ゴドフスキーのジャワ組曲第4集ですが,本番での集中力の勝負と思ってましたが,譜めくりをお願いしたんですが,私の説明が不十分で,めくるポイントがいつもと違って,うまく集中できませんでした.でも,それは,あんまり関係なくて,どのみちこんなもんというか,本番だけ集中力で乗り切ろうというのが無理な話ってことでしょう.実際,3曲目は,譜めくりポイントは,全く問題なかったですしね.

 野性の詩は,のびのび,でも,30年前と違って,もっとちゃんと弾こうと思ったのですが,これもうまく行かなかったですね.というか,結果として,ジャワ組曲より,こっちの方が(30年前に弾いてるからという油断からか)練習不足というか,準備不足でしたかね.

 今回は,K子さんが久しぶりに出たんですが,当たり前ですが,演奏の質がもう全然違うわけで,でも,それだけの準備をしているわけです.

 でも,結果は結果というか,結果はどうでもいいというか,今の私にとって,日々ピアノを弾くことが最優先なので,しょうがないですね.

 問題はこれからですが,ジャワ組曲もこれで終わっちゃったわけですし(3年もったとも言えるが),野性の詩は,降って湧いたようなもんなので,また「弾く曲がない」状態になりそうです.野性の詩は,自分に合ってるし,何とか(それなりに)仕上げて,いつでも弾ける状態にしたいとも思ったんですが,今の感覚だと,難しくて長いし,負担が大きいですかね.

 左手小指を治すためにもしばらくお休みかなあ.でも,あんまりそういう気にならないのもなんか不思議な感じです.でも,弾く曲がないなら弾けないか.

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12/7'19e
[ポスドクで雇ってもらう]
(大学)

 打ち上げで,K大のM田と大学を定年でクビになった後のことを話したんですが,彼の分野の場合,ポスドクで雇ってもらうケースが結構ある,もっと具体的に言うと,自分が育てた学生が研究者になって,運営してる研究室に雇ってもらうこともあるんだそうです.

 私の分野からすると,そんなこと考えたこともなかったというか,そんなケース見たこともきいたこともないです.と書いたんですが,そう言えば,このサイトのどこかで,そういうのは,どうかと(冗談で)書いたことを思い出しました(確か,院試を受けて「入学」すれば,拒否はできない,みたいな(笑))..

 でも,感覚的には,(かつての)学生というか,若手の研究者にしてみれば,煙たい話ですよね,でも,彼の分野では,そうでもないらしいです.というのは,まだまだ未解明のことがあまりに多くて,実験して数打つことが必要で,偉い先生でも何でもとにかく人手が欲しいんだそうです.

 そういう意味では,私が若い研究者達に必要とされるかですが,人手というよりは,まだまだアイデアは,どんどん出るし,困ったときに相談に乗れると思うので,成果を出したいと思えば,役に立てるとは思うのですが,そういうことが彼らのためになるか(回り道しても,なんとか自分の力でやって行くことも大事)ってことです.

 ですから,これも話が来れば考えるけど,自分からどうこうということはないですかね.

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 あとは,K大の話もいろいろきいたのですが,このご時世,いろいろ余計で面倒なことは,どんどん増えてきてるようで,K大と言えども,昔のようなパラダイスでなくなって来てるのが現実というところはあるみたいです.

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12/7'19f
[滅茶苦茶]
(ピアノ)

 演奏が終わったら,疲れ果てるくらい集中すれば,と思っていたんですが,全く疲れてないというか,もう1回弾きたいくらいで,逆に言うと,全然集中できなかったというか,(歳をとって)集中できなくなってるのかもしれません.

 でも,これもどこかで書きましたが,今回,K子さんが弾いた曲は,技術的には,そんなに難しい曲ではなくて,でも,元々もってる技術や音楽性が全然違うのに,私と比べれば桁違いに時間と労力をかけて準備してるわけで,そう考えると,私のやってることは,ほんともう滅茶苦茶なわけです.そして,K子さんに限らず,ちゃんと弾いてる人がちゃんと準備しているのは,みんなそうです.

 思い返すと,満足の行く演奏とまで行かなくても,それなりに弾けたと思ったときは,技術的には,そんなに大変な曲じゃないわけで(例えば,シューベルトのD.960とかトゥールのソナタとか),弾く気にならないとか言わずに,もっと丁寧に曲を探していくべきなのかもしれません.

 私の悪い?癖というか,とにかく難しくないとその気にならないところがあります.研究なんかまさにそうで,でも,研究の場合は,それでいいし,結果も出してきたと思いますが,ピアノの場合,じゃあ,それだけのことやってんのか?ってことになると全然なわけです.

 でも,再発見じゃないですが,技術的に平易で退屈そうに見えても,「それを音楽にする」何かが見えれば(D.960のように),その気になるんですが,そういう曲が見つからないってことなんですが,もっと血眼になって探せってことかもしれませんね.

 実際,K子さんの演奏は(技術的に難度が高くなくても),「まさに音楽になってる」わけで,そういう意味では,どんな曲だって,そうなりうるというか,もっと丹念に見て行くべしということですね.

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12/8'19
[少しずつそういう練習]
(ピアノ)

 一晩明けて,達成感も解放感もなく,あまり気分はよくないですね.じゃあ,もっと練習すればよかったとか言っても,現状では,今以上は物理的にも意欲的にも無理だし,もっと簡単な曲だと弾く気にならないし,だとすれば,曲を絞る,例えば,野性の詩だけとか,ジャワ組曲ならどれか1曲だけとかにすればよかったってこと?

 でも,そうすると,多分,練習時間が短くなるだけで,出来的には,そんなに変わらない気もするんですよね.具体的に言えば,夏頃,弾く曲を決めて,このくらい練習すれば,このくらいの曲は,このくらいまでは弾けるようになるだろうという何となくの目論見があるのですが,ここ何年かは,それが全然目論見通りにならないというか,普通にやったのでは,「このくらい弾ければ」というラインに達しないのを創意工夫で何とかしようとするけど,結局,そういう+αが不発に終わるというか,もちろん,いろいろ考えるんですが,考えた結果,成果が出ることを前提に弾く曲を選んでる嫌いはあります.

 簡単に言ってしまえば,無謀なんですが,そうやって弾けない曲が弾けるようになって来たし,保守的になると,意欲とか技術とかいろいろ含めて後退してしまうのが怖いってところはありますかね.

 だったら,やることやれよってなもんですが,生来の怠け者というか,地道にコツコツというのがだめで(今日も〆切を一日伸ばしてもらった査読論文書かないといけないんだけど,ここでこんな文章書いてるし),でも,一方では,いろいろ考えて,アイデア勝負で起死回生みたいなのが好きで,要は,どうしようもない奴(笑)なんですが,そういう性格は,この期に及んでもう変えられないので,これで何とかするには,どうしたらいいかを,これまた考えるしかないですかね(考えるのは好き).

 でも,バランス的なものは,あるわけで,いくら起死回生とか言っても,全く練習しないで弾けるようになるのは,無理なので,そういう創意工夫もあるかもしれません.そういう意味では,少しずつですが,そういう練習ができるようには,なってきたので,起死回生とまで行かなくても,現状できる範囲で,ということはありますかね.

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12/8'19b
[地道にコツコツ]

 思うんですが,ピアノに限らず,成功したかったら,やっぱり,地道にコツコツなんだと思います.T田にどうやって暗譜してるのかきいたら,暗譜するまで練習するんだよ,というのは,簡単ではないけど単純ではあるわけで(昨日は,自分のピアノは体育会系だと言っていた),そういうことをする気になるのであれば,それがむしろ早道でしょう(音楽性はまた別の話).

 受験勉強とかだって,こんな勉強してどういう意味があるんだろうとか,効率よく勉強するには,どうしたらいいか,とか考えてる暇があったら,とにかく勉強した方が成功,つまり,合格に近づくでしょうし,それができなかった私は,受験で失敗してるわけです.

 でも,私の場合,その気にならないとき,その気にならないことを我慢してやるのがどうしてもだめで,一方では,その気になったときは,爆発的にやるわけで,人それぞれと言ってしまえば,そうですが,何をやるかによると思うんですよね.

 ピアノとかスポーツとかなら,地道にコツコツでしょう.でも,研究ならその気になったときに爆発的に,というのもありかもしれません.でも,アイデア勝負ならそうかもしれませんが,地道にコツコツ実験していかないといけない分野も多いので,全体的に言えば,やはり,地道にコツコツだと思います.

 これじゃあ,私が成功しないのは,極々自然の成り行きという気がしてきますが,そう考えると,ここまで何とかやって来られたのが,やっぱり,不思議というか,ラッキーだったんだなとは思いますかね.

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12/8'19c
[ポイントがちょっとでもずれると]

 昨日の打ち上げで話していたことで,私は,地震にも建築にも防災にも(そんなに)興味がなくて,興味があるのは,力学(を使って未解明の問題を解くこと)ということを話したんですが,9.11の話を出されて,その時,気づいたのは,9.11(旅客機が突っ込むという外力がかかったとき,WTCがどうしてああいう壊れ方をしたのか)には,全く興味がなかったんですよ(興味があったらやってる).

 でも,これってまさに力学(を使って未解明の問題を解くこと)ですよね.つまり,力学(を使って未解明の問題を解くこと)に興味があるとは言えないわけで,じゃあ,何に興味があるかと言うと,よくわからん(笑)ということになるわけです.

 実際,どこかで書きましたが,私の興味の範囲は,まさに広大で,でも,ありとあらゆるものに興味があるわけではなくて,興味があるのは,広大な範囲の中の極々限られた点(範囲ではない)に「点在」しているわけで,そのポイントがちょっとでもずれると,途端に興味がなくなるわけです.ピアノで弾きたい曲がほとんどないというのもそういうことがあるのかもしれません.

 なかなか厄介な話なんですが,これまたしょうがないですね.

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12/8'19d
[実験?]
(ピアノ)

 T村さんが早速音源を送ってくれたので(いつもありがとうございます),(あまり気は進まないのですが)聴いてみました(でも,去年は,聴く気にもならなかったので,去年よりはましだと思った?).でも,やっぱり,ちょっとひどいですね(そんなことやってないで,さっさと論文というか,査読対応書けって).

 弾けてないところは,わかっているので,単なる確認ですが,こう弾きたいと思ってそう弾けたと思ったところも,そう弾けてないところばかりですし,そもそも,一貫して安定しないというか,いわゆる「基礎体力」的なものがなさすぎます.これじゃあ,昔より下手になってる感じすらしますし,実際,フィジカルは,衰えてるでしょうし,こう弾きたいという音楽性以前の問題です.

 でも,これが現状なので仕方ないですし,昔と比べても意味がないというか,自分の中のスタンダードが上がってきてることも考えられるので,これからどうするかですね.次に何を弾くかいろいろ聴きながら考えてて,弾く気になる曲がないと言っても,いい曲は,いくらでもあるわけで,でも,どれも難しい曲ばかりで,でも,そんなことやってる場合じゃない気がしてきました.

 具体的に言えば,こんなに弾けてないんだったら,じゃあ,難しい曲じゃなければ,弾けるのか,そういう曲すら弾けないんじゃないかということで,そういう実験をしたくもなってきました.動機は不純?かもしれませんが,理由は何であれ,弾く気になれば何でもいいので,それはそれでありでしょうか.

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12/8'19e
[今のままではだめ]
(ピアノ)

 そもそもなんですが,弾く曲を決めるときには,このくらいの時間があれば,このくらいの長さのこのくらいの難度の曲だったら,このくらいまでは,弾けるようになるだろうというのがあるわけで,そういう経験をもう何十回も繰り返してるわけなんですが,ここ数年,それがずれてきてしまった感じはします.とすると,やっぱり,下手になってきているということなんでしょうか.それとも,昔からこんなもん?

 よくわからないですが,実際の本番の出来は,惨憺たるものというか,今はそうとしか感じられないので,少なくとも今のままでは,だめですね.

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12/8'19f
[こういうのがいい]
(日記)

 昨日の出来のことを考えると,とてもじゃない,いい気分ではないですが,論文とか査読対応を書いたりしながら(何とかだいたい終わった),いろんな曲を聴き直したり,このサイトに文章を書いたりしながら過ごしたんですが,こういうのがいいです.

 つまりは,研究というか,仕事というやるべきことをやりながらも,やりたいこともやって,人との繋がりも勝手に感じられて,大学を定年でクビになっても,あるいは,定年前でも,ずっとこんな感じで過ごしていけたらいいなと思いました.

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12/8'19g
[譜読みしてるときが]
(ピアノ)

 買い物して少し遅く家に帰って来て晩ご飯食べてから,今日聴いた曲とか,譜面をいろいろ引っ張り出して,弾いてみました.しょーじき,ジャワ組曲と野性の詩を弾いた後だと,どの曲も「スカスカ」というか,めっちゃ弾きやすく感じます(笑).

 でも,こうやって譜読みしているときが一番楽しいですね.いつもだと1時間くらいが精一杯ですが,譜読みだとあっという間に2時間くらい経ってしまいます.

 そして,以前は,どうかなと思ったけど,今なら弾けそうとか,弾くなら今というか,そういう感じがすることもあるんですが,それが罠というか,そんな簡単な話じゃないんでしょうが,何か弾けるような感じ(錯覚?)がしてしまうのは,何なんですかね?

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12/9'19
(日記)

 更に一晩明けて,気分は悪くないです.そもそも,過去は変えられないし,でも,その失敗を次に活かして,これからのことだけ考えればいいし,それが楽しいというか,そうやって過ごしていけばいいんでしょう.

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[音の量]
(ピアノ)

 敗因分析というか,目論見通り行かなかったということですが,長さと難度のうち,長さは,そのまんまなので,難度とは何か?ということでしょうか.

 普通に考えれば,ものすごく難しくて弾きにくいパッセージが多いとかいうことなんでしょうが,ジャワ組曲は,ものすごい音の洪水ですが,テンポもゆったりしてるし,一見するとものすごく難しくて弾きにくいようには見えません.実際,しばらく弾いてると,何となくは,割とすぐ弾けるようになります.でも,そこから全然仕上がらない.

 歳のせい(笑)かとも思ったんですが,(多分)そうではなくて,とにかく音が多いので,憶えられないんですね.暗譜しないんだから,関係ないってことじゃなくて,やっぱり「暗譜」しないと弾けないんですよ.つまり,譜面見ながら弾いてても,結局,何となく暗譜しているわけで(でも,この何となくが実はやばい),どこを見て弾いてるかの違いみたいなものかもしれません.

 だって,暗譜してなかったら,譜面見て,どの指でどの音を押さえて,とか弾きながらやって間に合うわけありませんからね.

 ということで,いつもの「暗譜論争」になるんですが,やっぱり,暗譜すべきだし(自分の中にある音楽を表現するという意味でも),だとすると,ジャワ組曲を暗譜するのは(音がめちゃくちゃ多くて,しかも複雑で),途方もないことなわけで,非常に難度が高いということになり,そんなもんを野性の詩とあわせて,週に4,5日,1時間くらいずつ半年やそこらで何とかしようとするのがどうかしてるわけです.

 野性の詩は,ジャワ組曲に比べたら,音は少ないですし(でも,それでもものすごい多い.ていうか,ジャワ組曲が異常),30年前に弾いてるってこともあったんですが,これも意外と仕上がりませんでした.一つは,30年前に弾いてるという油断もあったでしょうし,30年前にいい加減にしか弾いてなかったということもありますし,「弾くのが難しい」的には,ジャワ組曲より格段に難度は高いですからね.

 ということで,この曲をこのくらいの時間で弾けるかの判断ですが,弾けるか弾けないかということもありますが,「音の量」が大きな目安になるかもしれません(長さも,結局,これに含まれることになる).それも単なる量ではなくて,「憶えられるか」(どこかに書きましたが,憶えていれば,憶えた通りに指を置いていけばいいので),つまり,和声がシンプルとか,調性的かとかも含めて,ということになります.

 つまりは,期限までに憶えられるかということで,基準としては,非常にわかりやすいですね.もちろん,暗譜できればそれに越したことはないですが,保険というか,暗譜していても,譜面台に譜面を乗せて,時々見てもいいでしょう(この場合は,弾いてる位置を憶える必要あり).

 そう言えば,いつでもどこでも(多分)すぐに弾けるハチャトゥリアンのトッカータですが,これだけは(全然弾いてなくても)ほぼ暗譜してて,音は少ないということはないんですが,憶えやすい,だから,弾きやすいということなのかもしれません.

 そういう意味では,ジャワ組曲とか野性の詩に比べると,いわゆる難曲とされるものでさえ,音の量は,格段に少ないですから,今回は,まさに無謀だったということですかね.

 でも,今回,そういうことを学習したので,曲選びの際に活かせると思うのですが,ジャワ組曲に比べると,どんなに難しい曲を見ても簡単に見える(憶えやすい)ので,それはそれで危ないですね(笑).

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12/10'19
[何のためのピアノを弾くのか]
(ピアノ)

 見方を変えると,そもそも何のためのピアノを弾くのか,よく考えたほうがいいってことかもしれません.再三書いてるように,やりたいことに「何のために」はないですし,究極的には,(人生)退屈しのぎなんですが,じゃあ,何の曲でも,どんな弾き方でも,上手くならなくても,仕上がらなくてもいいから,とにかく弾けばいいってわけではないですからね.

 この辺については,既にいろいろ考えていて,要は,人前で弾くことより,普段の練習というか,日々,ピアノを弾くことで,自分が音楽を表現することが目的で,人前で弾くことは,目的ではないのですが,こう表現したいと思うものがあるとか,近現代の知られざる名曲(と自分が思うもの)であれば,人前で弾く意味も出てくるということでしょうか.今回のピアノプロジェで言えば,(上手く行きませんでしたが)野性の詩が前者,ジャワ組曲が後者ということになりますね.

 ここで気づくのは,人前で弾くことは目的ではないのですが,年1回でも人前で弾いて,そこで弾く曲を半年くらいは練習するのなら,それは,1/365ではなく,1/2になってるってことです.そして,自分が表現したいものがあるのなら,ある程度は,仕上げないと,伝わるものも伝わりません.

 じゃあ,具体的に何を弾くかとなると,これもいろいろフィルターがかかってきます.ここのところずっと,このフィルターをくぐり抜けるものがないということで,弾く曲がなくなってるんですが,本来的には,フィルターには,どういうものがあるでしょうか.

 例えば,自分がいい曲だと思えなければ,弾く気にはならないでしょうし,いい曲でも(今)弾きたいと思うかどうかは別ですし,自分の技量で何とかなるか,逆に平易すぎてもつまらないってこともあります.人前に出すのであれば,どのくらいの時間でどのくらいまで仕上がるかと実際に練習できる時間との兼ね合いもあるでしょう.そして,何より「こう弾きたい」というものが(今)感じられることが(今の私には)必要です.

 でも,これだけのフィルターがかかると,弾く曲がなくなってしまうわけで,じゃあ,弾かないってことにならないのであれば,そういうフィルターに拘らないことも必要になってくるのかもしれません.

 K子さんの演奏を聴いていて思ったのは,その曲を表現することが先で,何の曲を弾くかには,あまり拘ってないというと変ですが,そういう感じがしたんですね.普通は,作曲者がいて,演奏者は,いかに作曲者の意図する音楽を表現するかということで,じゃあ,作曲者が上で演奏者が下(と父親はよく言っていた)かと言うと,そういうわけじゃなくて,演奏者は,楽曲という素材を使って,自分を表現しているわけで,そういうことは作曲者にはできないわけです(監督と俳優とか選手の関係に近いか).

 だとすると,演奏者は,楽曲(監督の指示とか脚本)にそんなに拘る必要もなくて,逆に言えば,単純に自分が表現したいと思った曲を(技量などを多少考慮して)弾けばいい(俳優は監督の指示に従わないといけないけど,演奏者は,脚本が決まってるだけでそれをどう表現するかは自由),でも,弾くのであれば,表現したいように表現するために,できる範囲でできることをやる,ということでいいのかもしれません.

 そうすると,「普段ピアノを弾くこと」がどういうことかが大きく変わってくるような気がしてきます.具体的に言えば,「普段ピアノを弾く」のは,「音楽と接する」というよりは,(人前で)「音楽を表現するための練習」ということになります.もっと具体的に言えば,通しで弾くことではなく,ほとんどは,部分練習,繰り返し練習ということになります(スポーツで漫然とゲームばかりやってても強くならないのと同じ).

 そんなんで面白いのかってことにはあるんですが,ピアノが上手い人は,例外なく,そういう練習をしています(というか,ほとんどそういう練習しかしていない.しかも,長時間).でも,私は,ほとんどしてないわけで,そんなんで仕上がるわけもないんですが,そういう練習をつまらないと決めつける必要もないというか,できる範囲でやったらいいとは思うんですよね.実際,バドミントンなら,ゲームやるより基礎練習やってる方が遥かに楽しいですからね(なのに,そういう練習ができないのは,ほんとに何とかならないものかと思う).

 結論?をまとめると,何を弾くかには,そんなに拘らなくていい,できる範囲でいいから,部分練習,繰り返し練習をするってことですかね.あとは,譜面とか暗譜も含めて,しっかり準備をするということでしょうか.

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[長く,そして,消えた一週間]
(日記, バドミントン)

 今日は,練習だったんですが,一週間ぶりという感じが全くしませんでした.2,3週間空いた感じ.それで,この一週間は,どういう一週間だったんだろうと思って,手帳のテキストファイルを見てみたら,消えてました...一週間ごとにファイルを更新して,過去のものは,別ファイルになってるんですが,そのときにカット&ペーストし忘れたみたいです.こんなことは,初めてです.

 でも,もっと詳しい記録(todoリストのテキストファイルの過去のもの)は,あるので,それを見ると,査読対応で論文を手直ししていたり,ピアノプロジェの一週間前ということでは,あったんですが,何か特別なことがあったわけでもないので,やっぱり,不思議です.

 でも,今日の練習は,まさに.2,3週間空いた感じで,全く動けませんでした.この一週間,日常生活の中で骨盤の意識はそれなりにしてたと思いますし,練習中も意識しようとしたんですが,どうしても意識できないというか,どうやるんだったけ?みたいな感じで,どうしようもなかったです(今日一日,人事関係の仕事で座ってる時間が長かったこともあるかも).

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[ムシのいい話?]

 今日の練習(バドミントン)もそうですし,ピアノは,割と順調に行ってたと思ってたけど,考えてみたら,実は,全然だめだめなわけですし,うまく行かないですね.でも,仕事(研究)では,最先端のことやって,成果をどんどん出して,ピアノやバドミントンやスキーやゴルフは,どんどん上手く強くなって,運保では,どんどん儲けて,このサイトに文章を書きながら,いろいろ考えて,楽しく気分よく生きて行くことにどんどん近づいて,などというムシのいい話あるわけない?

 でも,私自身としては,「ムシのいい話」とは,全然思ってないですし,仕事(研究)がうまく行っていれば,仕事以外にやってることは,うまく行かなくてもしょうがないとも全く思ってません.

 でも,どれか一つ選ぶとしたら,そりゃあ,楽しく気分よく生きて行くことですよね.でも,これは,ドラゴンボールの「何か一つ願いが叶うなら」じゃないですが,単なる言葉の問題なわけですし,結局は,やりたいように,生きたいように生きて行けるかというか,(できるだけ)そうすればいいということでしょう.

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 「ムシのいい話」というのは,変かもしれませんね.ある程度は,やることはやってるわけですからね.でも,浅く広くならともかく,たったそれだけの時間と労力でそれだけのレベルに行けるわけないのなら(実際,浅く広くとは全然思ってないので),まさに「ムシのいい話」?

 確かに無謀に見えるかもしれないんですが,私の中では,勝算があるというか,何とかこのくらいまでは,行けるんじゃないか,というのは,あるんですね.でも,実際は,全然届いてないものもあるわけで,でも,そのくらいがちょうどいいというか,何もかもうまく行くなんてことは,ないというか,あったとしても,まだ上というか,次があるわけですからね.

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[楽しいですか?]
(世の中)

 経済ニュースを(ほとんど早送りで)見てると,こういう商品が出ましたとか,システムができましたとか,タピオカの次は何かとか,NISAをどうするかとか,世界レベル?のホテルがオープンしましたとか,私からすると,ほんとしょーもないことがほとんどで,世の中の人達は,一体何が楽しくて生きてるの? 他にやることないの?と思ってしまいます(ディスりまくり).

 働き方改革とかも,仕事をしたい人(お金を稼ぎたい人ではない)からしたら,やりたいことをやるなと言われてるようなもので,とんちんかんな話ですし,世の中の多くの人は,毎日毎日やりたくないこと(仕事)をしてるってことなんですよね? そんなんで楽しいですか?

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12/11'19
[もっと大事なものがあるはず]
(世の中)

 おそらく,世の中のほとんどの人が気づいていない,あるいは,何となく気づいてはいるけど,(目先の経済を回すとか,とりあえず稼ぐとか給料を得るとかで)何となく流されてしまってて,限られた人生という大事な時間を無駄に過ごすというか,もっと大事なものがあるはずだと思うんですよね.

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[大きく変わる可能性]
(ピアノ)

 かなり大事なことというか,私のピアノに対する取り組み方が大きく変わる可能性があるので,もう少し考えてみます.

 まず,私がピアノを弾く意味ですが,年に数回の演奏会より,日々が重要で,今はもう一人で音楽に接しているということでいいのですが,それだと人前では「一切」弾かないことが必要になります.現実的に考えると,それは,難しい気がします.

 だとすると,年1回でも,1/365から1/2になるわけで,一転して,そういうことが前提となってきます.つまりは,これまでのように,たらたらただ弾いてるだけではなく,練習するということです.問題は,これに効力感をもてるかでしょう.

 私が人前でピアノを弾く意味としては,知られざる近現代曲の紹介とこの曲をこう表現したいということでした.でも,ある程度,仕上がってなければ,伝えたいものも伝わらないわけで,それに必要なのは,やはり,練習です.

 あと,知られざる近現代曲の紹介ということですが,30年前は,そういうつもりでやってましたが,今は,インターネットとかにいくらでも音源はありますからね.具体的には,ゴドフスキーのジャワ組曲を紹介したいのなら,ほぼほぼ曲の魅力を伝えきれてるプジャージョの動画のリンクを貼ればいいわけです.もちろん,彼女の演奏の中に「私ならこう弾く」というところがないでもないですが,それなら,知られざる近現代曲の紹介ではなく,この曲をこう表現したいの方なわけですし,それなら,ゴドフスキーのジャワ組曲でなくてもいいわけです.

 更に,「私ならこう弾く」ですが,そんなに拘らなくてもいいのかもしれません.どんな演奏をしても,過去に行われたありとあらゆる演奏と同じになることは絶対にないですし,そもそも,生演奏と録音は全然違いますからね.

 そうすると,どうなりますかね? フィルターが一気に取れて,それこそ何でもありになって,自由になりすぎて却って不自由になる感じもしてきます.

 でも,弾く気にならない曲は,弾く気にならないですし,こう表現したいというものが感じられない場合も同様です.ですから,単純に(なぜか)弾く気になった曲をしっかりマネージメントして,できる範囲で練習していく,ということですかね.

 でも,これって,極々普通のところに戻った感じもしないでもないです.でも,いろいろ紆余曲折を経てのことなので,普通とは,違う何かが出てくれば,ということでしょうか.

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[生きていくだけで精一杯?]
(世の中)

 (何度も同じこと書いてる気がしますが)こんなこと書くと,いやいや,働いて生きていくだけで精一杯なんだよ,という人がいます.ほんとですか? 生きていくだけで年収いくら必要ですか? 年収300万は,ワーキングプアだそうですが,ほんとにそんなに要りますか? 私だったら,年収100万でも行けると思いますけどね.やりたいことがあるのなら,余計なことしてる暇などなくて,支出をしっかりコントロールして,生活するのに最低限必要な分だけ働けばいいわけですからね.

 子供がいたらそうは行かない? ほんとですか? 塾とか行かせる必要ありますか? それ以前に学校のことちゃんとやってますか? そもそも,そんなに勉強する必要ありますか? 大枚はたいて海外旅行に連れて行く必要ほんとにありますか?

 結局,誰かに騙されて,大した価値のないものを欲しがらされて,必要のない金を稼ぐためにこき使われてるわけで,人生の貴重な時間を無駄にしてると思いませんか? 別段やりたいことなんかないし,という人も多いんですが,それこそ,人生の貴重な時間をもっと楽しく過ごした方がいいと思いませんか?

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 じゃあ,やりたいこと,もっと大事なものってなんだ?ということになるわけで,そこは,もう「素養の問題」としか言いようがありません.ただ遊んで暮らしたい人もいるわけですからね(でも,そういう人は,素養が低いので,宝くじにでも当たらない限り遊んで暮らすことはできない).

 でも,どうせ生きていくのなら,誰でもできることではなくて,自分にしかできないことというか,他者評価とか関係なく,自分で判断してやる価値があるというものを探した方がいいと思いますけどね.だって,単純に楽しいですもん.

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[研究グループ]
(研究)

 この件ですが,別にポスドクとして雇ってもらわなくても,時々相談に乗ったり,研究テーマを提供したりすればいいだけの話ですよね(研究はしたいけど,働きたくはないし(笑)).そして,そういう人がある一定数集まってくれば,「研究グループ」みたいなものが自然とできて,その中で「震源から構造物被害に至る物理を解明する」ことに向かって,分担とか連携とかもできますし,時々,研究会(+飲み会(笑))みたいなこともできるでしょう.

 具体的な対象は,研究室出身で,大学の教員とか技研とかの研究者になった人ということでしょうが,来る者は拒まずなので,大学の教員とか,研究者でなくてもいいですし,私の研究室出身でなくても,我々が取り組んでいる「震源から構造物被害に至る物理を解明する」というテーマをやりたい,その中のこの部分をやりたいということがあるのなら,誰でもウェルカムなわけです.

 これって,実は,かつて考えた「研究所」のようなもので,でも,箱や人件費は必要なくて,お金もそんなにかからないわけで,これこそ目指すべきものかもしれませんね.

 もちろん,こちらから押し付けるつもりは,毛頭ないので,人が集まるかってことなんですが,集まらなければ集まらないで,(自分がもはや必要とされてないことを素直に受け入れて)研究以外のやりたいことをやればいいってことでしょう.

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[再発見]
(ピアノ)

 少し戻って,この話ですが,「K子さんの演奏を聴いていて思ったのは,その曲を表現することが先で,何の曲を弾くかには,あまり拘ってない」と書いたのですが,あまりうまく表現できてなくて,もっと具体的に言うと,彼女が弾いたのは,ここにあるように,L.クープランなどの珍しい楽曲が第一部で,第二部は,ドビュッシーとラフマニノフのプレリュードです.

 第一部は,まさに「曲の紹介」という要素があるわけで,それはそれでいいとして,第二部なんですが,ドビュッシーは,有名曲で,例えば,2つ目の遮られたセレナーデですが,もちろん,何度もいろんな演奏を聴いてるんですが,K子さんの演奏を聴いて,ここは(彼女は)こう弾くんだとか,そういう弾き方もあるんだとか,この曲をいろいろ再発見させてくれるというか,まさに表現してるんですね.

 もっと,わかりやすいのは,ラフマニノフで,この曲ももちろん聴いたことあるんですが,曲名を見たときは,どんな曲だっけ?というか,正直,あまり印象に残っていないというか,そういう認識だったんですが,彼女の演奏を聴くと,へーこんな曲だったんだ,いい曲じゃんという再発見なわけで,そういう演奏ができれば,曲は何でもいいというか,もちろん,その曲にそういう要素がないといけないんですが,何かそういうものがあって(ちゃんと表現できるところまで練習して)そういうものを表現できれば(曲は何でも)いいんだと思った次第です.

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[歩く]
(体)

 意識するの話ですが,歩くことが必要な気がします.

 それだったら,1日1万歩歩いてるよ,って人もいると思うんですが,そういうことじゃないんですね.

 具体的には,そんなにたくさん歩かなくてもいいので,歩くときにそういうことを意識することです.

 理想としては,30分に1回,立ち上がって,その辺をうろうろできればいいのですが,それは,現実的に難しいので,1,2時間に1回くらいでしょうか.でも,これもなかなか難しいですよね.ですから,できる範囲でできるだけ,というか,そういうこと「も」意識する(意識が二重)ということでしょうか.

 なお,ここで言ってる「意識する」目的は,健康とかではなくて,バドミントンのプレーの中で動けることが目的なので,全然一般的な話ではありません(笑)が,交感神経と副交感神経の切り替えとか,長いスパンで見たフィジカル低下とかと関係してる気はします.

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[どのくらいのレベルまで]

 じゃあ,ピアノでもバドミントンでもスキーでもゴルフでも,どのくらいのレベルまで行けばいいのかってことなんですが,そんなのキリがないじゃんと思う人もいると思うんですが,私の中では,どれも何となくというか,割とはっきりとしたイメージはあります.意外と一番近づいてるのは,スキーだったりもするのですが,それは,想定するレベルの問題かもしれません(どんな斜面でも安全にある程度のスピードで降りられればOK).一方,一番届いてないのは,バドミントンということは,何度も書いてますが,怪我とか体の老朽化の影響を一番受けやすいということはあるでしょうね.

 ピアノは,そこそこ近づいてる気もしていたんですが,全然届いてないことに愕然としてて,もちろん,何を弾くかにもよるし,K子さんの演奏を聴いてスタンダードが上がってる感じもするのですが,そういうことも含めて,ということでしょうか.

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12/12'19
[弾く気になる動機]
(ピアノ)

 「今」弾く気になるかってことなんですが,今じゃなくても,いつか弾きたいと思う曲は,いくらでもあります(演奏会では出してないけど,弾いたことがあるものもある).そういう曲は,「今」弾く気にならなくても,時が来れば弾き気になるかもしれないわけで,そういう曲をざっと書き出してみたら,あっという間に50曲くらいになりました.しかも,どれも,大曲で難曲です.

 そして,ここ10年くらいで私が実際に弾いた曲は,そういう曲以外の曲がほとんどで,何らかの形で発見,あるいは,再発見したものなので,それを考えると,弾く気になるかもしれない曲は,何倍もあるわけです.このことが意味することとしては,弾く気になる曲がないなどと心配する必要なんかなくて,もう死ぬまで大丈夫(笑)とも言えるのかもしれません.

 でも,いつかは弾く気になるかもしれない曲がたくさんあるのに,実際に「今」弾く気になる曲がないという現実があるわけで,これは,私の「やりたいことなら今すぐやる」的なことから言えば,時が経っても,いつまで経っても弾く気になんかならないってことで,実際,そういう曲は,ほとんど弾いてないわけですからね.

 つまり,「弾く気になる動機」を抜本的に考え直した,というか,あまり深く考えないというか,単純にちょっとでも弾く気になるのなら弾けばいいというか,厳しく条件を付けなくてもいいことにしたということで,そういう意味では,いつか弾きたいと思ってたけど,実際には弾かなかった曲も弾く気になるかもしれないということでしょうか.

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[足りなくなってきた?]
(バドミントン)

 この件ですが,何だったのかなあと考えたんですが,一週間でも,2,3週間経ったような気がするってことは,週一では,足りなくなってきたったことじゃないですかね? 今までの感覚だと,もう一週間経ったという感覚で,練習に行くのがしんどい感じでしたが,今の感覚だと,明日か明後日,つまり,週二くらいでも大丈夫な気がします.

 ただ,これは,あくまで感覚的なもので,実際に体が付いていくかどうかは,別の話ですが,その気にならなければ,何も始まらないわけですから,実は,ネガティブなことじゃなくて,ポジティブなことかもしれませんね.

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[どうしてピアノを弾くのか]
(ピアノ)

 あらためて思うのは,どうしてピアノを弾くのかを考えるいい機会になったということでしょうか.ピアノプロジェで,まあいっかというくらい弾けてたら,そういうことを考えることもなかったでしょうからね.

 ただ弾きたいから弾くでもいいんですが,それだと持続性がないし,実際,ここ10年とか20年くらいは,「ただ弾きたいから」では,弾けなくて,弾く気になる曲がないとか,練習する気にならないとかいう状況がずっと続いてきたわけですからね.

 だったら,仕事じゃないんだし,やめればいいだけの話なんですが,やめることはしなかったわけで,どうせ生きていくのなら楽しく気分よく,と同様に,どうせピアノを弾いていくのなら,も然りということでしょうか.

 で,どうしてピアノを弾くのか,ですが,やはり,表現するということですかね.それは,知られざる近現代曲を発掘して紹介するとか,有名曲でもこう弾くべきというのがあって,でもそういう演奏がないので自分で弾く,とまでハードルを上げなくても,ちょっとでも弾く気になって,何とか弾けそうで,その曲を弾くことで「表現する」ことができるのなら,それでいいと思うことにします.

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[表現]

 表現という言葉が再三か出てきていますが,そういうことなんじゃないですかね.つまりは,ピアノに限らず,何でも「表現」なんじゃないかと.ピアノ以外の芸術もそうですし,スポーツもそうでしょう.そういう意味では,研究は,しこしこ自分の中でやっていくのもいいですが,論文とか口頭発表みたいな「表現」が必要なのかもしれません.

 そして,生きて行くことこそ表現でしょう.逆に言えば,何か表現するものがあれば,生きて行けるということでしょうか.

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 でも,それって,結局,人との繋がりじゃないの?と言う人もいるかもしれませんが,ちょっと(大分)違う感じがします.人との繋がりがあっても,表現とは言えないものは,いくらでもありますしね(例えば,誰かと遊びに行くとか.でも,会って(しょーもなくない)話をすることは,表現ですかね).

 もちろん,人との繋がりがあってもいいですが(例えば,人前でピアノを弾くとか,作品を見てもらうとか,誰かとスポーツや試合をするとか),なくても表現は,できると思うんですね.

 ピアノなら,表現することに効力感を感じられれば,人前で弾かなくても大丈夫な気がしますし,スポーツなら,例えば,スキーとかゴルフなら,一人で滑ったり,プレイしたりしても,そこに表現があるなら,行ける感じがします(実際,スキーはそんな感じ).

 このサイトもまさに表現だと思うんですが,勝手に人との繋がりが感じられるということはあるんですが,実際には,繋がってないわけですよね.

 でも,もちろん,わざわざ人との繋がりを排除することはなくて,そういうものがあるならあるでいいし,でも,そこが中心ではなく,あくまで表現することが主体ということです.

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12/13'19
[しょーもなくても]

 更に言えば,誰かと会ってしょーもない話をすることだって,SNSにそういう記事を上げることだって,ゲームで高得点を出すことだって,一種の表現じゃないの?と言う人もいると思います.その通りです.だからこそ,人々は,そういうことに夢中になってるわけですからね.

 そうすると,結局,人それぞれということになって,何もかも許容されるということになって,誰に迷惑をかけることなく,自分の食いぶちを自分で稼いで行けるのなら,特に問題はないですし,それでその人が幸せならそれでいいのかもしれません.

 でも,人それぞれと言えば,きこえはいいですが,まさに素養の問題で,あなたがそれでいいと思うのならそれでいいんじゃない?という,ある意味,非常に厳しくシビアな話でもあるわけです.

 具体的には,人間,成長して行きますから,歳を重ねて,いろんなことが見えたり,わかったりしてきたときに,過去の自分の生き方を振り返って,しょーもない生き方をしてしまったと思う可能性は,大いにあるわけで,少なくとも私は,そういう生き方はしたくないし,してこなかったと思って(ほっとして)います.

 じゃあ,成長しなきゃいいじゃん,と言う人もいるでしょうが,それも同じですね.人生を生きてきて,何の成長もしてなければ,まさにどういう生き方をしてきたんだ?ということでしょうし,そんな生き方は,私は,したくないですし,それでも,それでいい言う人はいるでしょうが,人生そんな甘いものではないですから,厳しく辛い人生になってしまうでしょう.

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[準備ができてる]
(バドミントン)

 筑波大バドミントン部のFBで,コンパクトというか,準備が早いということが議論になってました.大事なことですよね.

 トップレベルの選手の動画を見ると,例えば,打った後に必ずしもラケットが上がってるわけでもなくて,ということなんですが,これもその通りで(例えば,桃田さんは,シングルということもありますが,ラケットは,下がってることが多い),やはり,「準備ができてる」ことが最重要で,ラケットの位置は関係ないというか,人それぞれで,その人にとって,どういう意識でどう構えるのがベストか,それを状況によって変えて,その状況の最適値にもって行けるかなんだと思います.

 私が今取り組んでいる骨盤の傾きも,すぐに動けるように体を準備すること,とも言えます.

 体もありますが,心というか,心構えも重要です.どこかで,ダブルスの基本の中で「しっかり構える」と書いたと思いますが,そういうことなんだと思います.

 動けないときって,体の体勢もありますが,心の準備というか,要は,待ってないとか,集中力が一瞬途切れるとか,待ってない球が来た時なわけで,そういうことがないように,しっかり待つとか,どういう球も何%か待ってないといけないということです.そして,ある程度,球の種類やコースを読んだり,相手が打つ球を限定させることも必要です.トップ選手は,まるで相手が何をどこに打つかわかってるかのようにスムーズに動いて,ストロークしてますからね.

 ほんと当たり前のことなんですが,それがどのくらいできてるかが,大きく競技力の差になって現れます.

 じゃあ,どうしたらいいかですが,(いつものことながら)意識し続けるしかありません(2万回).これ以外にもやることはいくらでもあるわけで,そういうことを(言語化ではなくイメージ化して)全部意識し続けることができるかなわけで(でも,ほんと難しい.特に歳をとると),何も考えずに漫然と練習するのは問題外です.

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12/13'19c
[徒労]
(政治)

 イギリスの総選挙ですが,こういうことは,起こらず,ということは,この3年,すったもんだやっただけという,まさに何やってんだかというか,単なる徒労に終わってしまったようです.

 詳しい事情は,わからないのですが,与党も与党なら野党も野党ということで,どちらにも投票できないという意味では,事情は,日本と酷似しているわけで,まさに他人事ではないと思いますけどね.

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[表現する仕事]
(仕事)

 「表現する」ですが,仕事がそういうものなら一石二鳥ということでしょうか.具体的には,どういうものがあるでしょうね?

 芸術系は,そうですね.音楽,美術は,もちろんですが,映像とか,演劇とか,建築とか,料理とか,創作して作品を作るものは,そうなりますね.文学とか,文章を書くものもそうでしょうか.スポーツもそうですし,人前でしゃべる仕事もそうですかね.そういう意味では,教師は,そうですが,「表現」という意識で授業をしている人は,そんなにいないような気がします.

 学術系というか,研究は,既に書いたように,研究成果を論文とか口頭発表とかで「表現」すれば,そういう要素もあることになります.そうすると,大学教員は,研究して論文を書いたり,口頭発表すると同時に,講義をしたりするもするので,結構,表現する職業と言えるかもしれませんね.

 後は,何がありますかね? こうしてみると,意外と少ない気がしますが,企業とか官庁とかで,企画とかプロジェクトとかを考えてプレゼンしたり,報告したりするのは,表現と言えるかもしれません.

 個人的には,大学教員が,研究して論文書いたり,学会で発表したり以外にも,講義が一種の表現であるとすると,結構,表現することが多い仕事というのは(そういう点で,芸術系に遥かに及ばないと思っていたので),意外でした.

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12/14'19
[performance]

 そもそも,「表現」って何なん?と言う人もいるかもしれません.私の中では,かなり明確なイメージがあるのですが,それを「表現」という日本語で表現するのが適切かどうかは(人によって言葉に対してもつイメージは違うので)わかりません.

 英語で言えば,expressionというよりは,performanceですかね.自分の中に何か表現したいものがあって,それを表現するってことで,表現するものは,基本的には,自分が生み出したものなんですが,場合によっては,そういうものでなくても(ある程度は)いいということでしょうか.

 例えば,ピアノの演奏は,そうですし,講義もそうですが,曲とか講義をする内容は,あくまで素材で,それをどう表現するかに,独創性を発揮するというようなことでしょうか.スポーツも何かの競技という中でどう表現するかですし,論文や発表は,独創性が高いですが,100%オリジナルということはないですからね.

 でも,重要なのは,表現とは何か,ではなく,効力感とか面白さとか楽しさとかやり甲斐が感じられるかどうかです.ですから,別に表現でなくても,そういうものが感じられれば,何でもいいとも言えます(何にそういうものを感じられるかは,素養の問題だが).

 個人的には,ピアノもそうですが,論文を書くことや講義をすることも,それを「表現」だと思うことによって,効力感が感じられることに気づいたことは,発見というか,収穫だったと思います.発端は,ピアノプロジェで,思うような演奏(performance)ができなかったことなんですが,こういうことに繋がったのは意外でした(だからと言って,急に何かが変わるわけでもないと思いますが)..

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12/15'19
[年賀状の終活]
(社会)

 年賀状なんですが,一部で話題になってるというか,やめる人が増えてるんだそうです.実際,ピーク時に比べて半分以下とかになってるわけですからね.

 でも,問題は,やはり,やめるときどうするかです.いわゆる「今年を最後に」という年賀状を出すことを年賀状の終活というらしいですが,賛否あるようです.年賀状は,自分で勝手にやることではなく,相手に出すものなので,他人がどう思うか関係ないというわけに行きません(杓子定規に何でも他者評価ではなく自己評価というわけには行かない).

 意外だったのは,そういう年賀状を受け取ることを不快に思う人もいるらしく,そんなことするくらいなら,出さないでフェイドアウトしてくれと思う人もいるみたいです.一方では,こっちが出したのに返事をしなくて失礼だと思う人もいるわけで,難しいですね.

 というか,二律背反というか,万人に当てはまる方法はないということですね.だとすれば,フェイドアウトが楽だし,それこそ,来年(今回)からできるわけです.

 でも,もっと本質的なことは,私が年賀状を出したいかでしょう.それなら,こんな形骸化したこと,さっさとやめたらいいやん?

 そうですね.既に書きましたが,このサイトもありますし,私の近況を伝えるのなら,このサイトがありますし,年賀状を出さなくなっても,私の近況を知りたいと思っていただけるのなら,このサイトを見てくださるでしょう.

 問題は,私が相手の近況を知りたいか,です.受け取る年賀状の半数くらいは,定型化したものですが,割と詳しく,あるいは,短くても,相手が私だから,本音に近いことをそれとなく書いてくれる人もいて,そういうものは,受け取りたいと思うんですよね.

 ということで,とりあえず,続けますか.もっとも,年末まで仕事とかいろいろが入っているので,いつ出せるかということはありますが...

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[こんなことやってどうすんだ?]
(社会)

 年賀状もそうですが,(給料はもらえるけど)自分でなくてもできるいしょーもない仕事とか,こんなことやってどうすんだ?ってこといろいろありますよね.人生,限られた時間しかないわけで,まさに余計なことやってる暇なんかないですし,どこかで書きましたが,時間的に大したことなくても,「こんなことやってどうすんだ?」という時間を過ごすと,ものすごくストレスを感じて,ダメージを受けるので,時間以上の損失が大きいんですよね.

 じゃあ,どうしたらいいか,ですが,まずは,できるだけそういうことをしないことでしょう.いざとなったら,仕事をやめることを考えてもいいと思いますよ.

 あとは,「こんなことやってどうすんだ?」ってことなのか,よく考えることですかね.年賀状については,上で書いたように,意味を少し見つけることができたので,「こんなことやってどうすんだ?」と(それほど)考えないで済むようになるかもしれません.

 ちなみに,しょーもないことでもやれば,給料がもらえるは,だめです.そうやって,無駄に働かせて誰かが得しようとしてることにはめられてるだけですからね.周りに迷惑をかけられない,評価されたい,喜んでもらいたい,とかいうのは,かろうじて,というか,そう思うしかないでしょうが,抜本的な解決には,なってないので,やはり,よく考えることでしょう.

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[挑んだ?]

 ピアノプロジェですが,その後もメールのやりとりが続いているのですが,大曲とか難曲に挑むというようなコメントがいくつかありました.そっか,そういうことになってるのか,というか,そもそも,どうしてそういうことになったんだろう?と考え始めました.

 何度も書いているように,ここんとこずっと「弾く気になる曲」がない状態で,何とかぎりぎりで絞り出すというか,そういう意味では,やる気のない状態というか,そういう状況で,何とかやめずに続けて行くために腐心しているというのが現状です.でも,結果として,大曲とか難曲に挑むという,端から見ると,やる気満々に見えてしまうこのギャップは何なのかなと.

 もっと具体的に言えば,どうしてジャワ組曲を弾く気になったかというか,ジャワ組曲しか弾く気にならなかったか,ということでしょうか.それは,既に書いたと思うんですが,(音はめちゃくちゃ多くて複雑だけど)全体的に流れがゆっくりしていて,今のメンタルというか状態でも,何とか弾く気になる,ただそれだけで,この曲が難曲とか大曲とかいうのは,全然関係ないんですね.

 野性の詩については,リクエストがあったという特殊事情があったのと,昔弾いた曲なので,何とか弾けるだろうと高をくくったところは,あったかもしれません(こうして書いてみると,やっぱり,あんまりよろしくない).

 実情としては,こんなところなんですが,実は,ピアノ以外でも,よくそういうことを言われるんですね.具体的には,ただやりたいことをやりたいときだけやってるだけなのに,ものすごい努力してるみたいな.ありがたい話なんで,まあいいんですが,私としては,そんなつもりはないんで,何かものすごい違和感があるんですが,そう思われるのなら,そう思われた方が(いろんな意味で)得なので,それでもいいんですが,もしそうだとすると,我ながら(悪く言うと)うまいことやってる,よく言えば,いい人生を送ってるのかも,とは,思いました(余計なこと,書かない方がいいかな).

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12/16'19
[努力しているように見える]

 でも,努力しているように見えるというか,実際に努力してるかどうかは,回りには見えないので,結果を出してるんだから,努力してるに違いないということなんでしょうし,結果出してるのなら,それでOKなわけですよね.

 いや,才能とか頭のよさとか,努力以外の要因もあるでしょ,と言う人もいるかもしれませんが,そんなこと言ってもしょうがないでしょう.だって,どうしようもないですもん.

 誰かが誰かになったり,才能とか頭のよさを移植することは,できないわけで,だったら,各個人ができることをできる範囲でその気になる範囲でやるしかないし,そうすればいいってことです.

 でも,いくつかポイントはあって,それは,何となく書いただけですが,すぐ上の2つの記事って,関係してますよね.つまりは,自分のもってる能力とか時間とかの資源をいかに効率よく使うか,そういう創意工夫をしてるか,ということでしょう.

 大した価値のないものを手に入れるためにしょーもない仕事して余計に稼ぐ暇があったら,真に価値ある(と自分が思う)ことをすべきだし(なければ探すべきだし),今の環境でそれができないのなら,環境を変えてもいいし,変えられなくても,その中で,できるだけそういうことをすることでしょう.

 私がとやかく言うことではないでしょうが,世の中全体を見ていると,あまりにしょーもないこと,そんなことやってどうすんの?ってことが多すぎますし,ということは,逆に言えば,みんなもっといい人生が送れるのに,と思ってしまいます(ちなみに,私が思ういい人生は,社会的に成功した人生ではなく,やりたいことを見つけてそれができた人生です).

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[堅実投資家?]
(経済)

 さっき,ちらっと見た昼サテで,堅実投資家というのをやってました.世界で見た今年の投資家の成績ですが,今年は,相場が堅調だったにも関わらず,「わからない」を除くと,半数以上がマイナス,ないし,僅かな利益で,3%以上の利益をあげている投資家は,半数以下,10%以上の利益をあげてる人に至っては,極僅かなんだそうです.

 そして,3%以上の利益をあげている人を堅実投資家と言ってて,彼らは,短期より長期,損切しない,配当重視なんだそうです.どう思いますか?

 そんな誰でもできることやって勝てるのなら誰でも勝てますよね.要は,とにかく株を買わせて売らせないで誰かが得する戦略なわけです.買って長期保有してても,今年は,相場が堅調だったから,たまたまうまく行っただけの話(でもそれでも10%以上の利益をあげてるのは極僅か)で,これをそのまま続けても絶対に勝てないと私は思います.

 ちなみに,私のやり方は(何度も書いてますが),全然違います.長期ではなく短期ですし,ばんばん損切しますし(勝率50%+α),配当なんか全然関係ありません.それでも,今年10%以上の利益は出てるでしょうから,堅実投資家どころか,極僅かの中に入ってるわけですからね.

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[話を伺える人]
(大学)

 昇進とか採用とか人事の仕事をすることが多いのですが,採用のときに,推薦状,または,「話を伺える人」というのがありますよね.あれって,どう思いますか?

 採用する側としては,業績とかだけではなく,人格も重要なのは当然で,プレゼンと面談をするのですが,それだけではなく,信頼できる第三者からの客観的な話もききたいということでしょうか.

 きいた話で,ちょっと驚いたのは,応募する人は,この人なら自分のことを推薦してくれるだろうと思って名前をあげたのに,実際に話をきくと,ボロクソだったということがあるんだそうです.つまりは,本人は,よく思われてると思っていたのに,全然違ったということで,だからこそ,話をきく必要があるってこと?

 でも,考えればわかりますが,危うい話だと思うんですよね.

 例えば,「話を伺える人」が現在の上司というか,例えば,講座制の准教授か助教が移籍したいと思って,講座の教授に「話を伺える人」をお願いするのは,よくあることだと思うのですが,教授がその准教授か助教のことをすごく評価していて,出て行って欲しくないと思って,なおかつ,その教授が,准教授や助教の将来より,自分のことしか考えない人だったら?

 ほんとは,いい人なのに,わざとボロクソに行って,公募に落ちるように仕向けることもできるわけですよね? 講座制でなくても,学科とか専攻とか,あるいは,もっと広くは,いろんな変な思惑や感情もあるわけで,やっぱり,危うい話だと思います.

 じゃあ,どうしたらいいかですが,やっぱり,一人ではなく,複数から話をきくということでしょうか.「話を伺える人」も複数のことが多いですからね.でも,二人とかでは,やっぱり,少なくて,ほんとは,学会とか業界とかの評判というか,いっしょに仕事した人とか,直接知ってる人がいれば,ということになるんでしょうが,これから,そうでもないケース(例えば,海外からいきなり応募してくるとか)も増えてくるでしょうから,難しいですね.

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[誤解がないように]

 やりたいようにやったらいい,やりたいことを見つけて,やりたいことができた人生が成功した人生と再三書いてますが,誤解がないように,時々書いておきますが,当然のことながら,自分勝手に好き勝手にやればいいということではなく,何をやりたいと思うかという素養の問題ですよ,ということです.

 例えば,単なる金儲けとかしょーもないことがやりたい人間は,大勢いるんでしょうが,実際は,金儲けすらできない人間がほとんどでしょうし,たとえ金儲けできたとしても,成功した人生とは,私は思わないということです.

 そんなことより,やる価値があると思うやりたいことが見つけられるかが重要で,そういうものを見つけられて,思う存分できれば,それこそ成功だと私は思いますし,結果的に社会的に成功することも,世の中の役に立つこともあるでしょう.

 でも,そういうこと,必ずしも必要ではないし,あくまで結果であって,目的ではありません.むしろ,やりたいことをやれるか,という点では(例えば,いろいろめんどくさくて,その実,大して世の中の役にも立たない仕事が来たりして),弊害も多いと思います.

 でも,やる価値がある,やりたいと思って選んだことがほんとにやる価値があることで,それに打ち込めば,結果として,成果も出て,それは,必ず,世の中の役に立つでしょう.

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12/17'19
[どういう仕事をしてきた(いく)か]

 大学にいると実感はないですが,世の中は,急激に変わりつつあるようで,具体的には,AIとかプログラミングとかデータ解析とか,そういう需要が急速に高まってて,でも,人材が全然足りないらしく,そういう技術をもった若い人を高給で採用してるらしいです.

 これに対して,お偉い(部長クラスの)年寄りは,入社したての若僧が,これまで苦労して,叩き上げてきた自分より高い給料を貰うとは,けしからんといたくご立腹のようで,そういうドラスティックなことをしようとすると,ものすごく抵抗するんだそうです.どう思いますか?

 ほんと,しょーもないというか,今のお前に何ができるんだ?ってことで,多くの年寄りは,(実績はあっても今は)大したことできないわけで,まさに自業自得なんですが,彼らが怒ってるのは,ルールを変えるな,ってことだと思うんですよね.

 ですから,気持ちはわかるんですが,どうしようもないでしょう.だって,今まで通り年功序列で行ってたら,会社が潰れてしまいますからね.

 じゃあ,お前はどうなんや?ということでしょうか.冒頭で「大学にいると実感はないですが」と書きましたが,まさに実感なしです.それは,国立大学で親方日の丸で,年功序列とか旧態依然としたものにどっぷり浸かってるから?

 全く正反対じゃないですかね.だって,研究とか,仕事について言えば,若い人達に負ける気は全くしないですし,問題発見力,データ処理能力,問題解決力,プレゼンテーション能力,どれをとっても力の差は,かけ離れてると思いますからね(悔しかったらもっと頑張れ).

 じゃあ,世の中の多くの人と何が違う? お前は,そんなに頑張ったのか?と言われると,そんなに頑張った気もしないわけで,じゃあ,その差を分けたものがあるとすると,それは,どういう仕事をしてきたか,そういうことを仕事として選んだか,だと思うんですよね.

 何か実績のようなものを積んで,それを評価されるような仕事だと,厳しいと思います.確かに「功労賞」みたいなことは,評価されるべきとも思いますが,一番重要なのは,「今」何ができるかなわけで,競争が激烈になって,ただでさえ「沈み行く国」ですから,そこでサバイブするために会社が存亡の危機に瀕する状況では,「功労賞」なんて言ってられないでしょう.

 つまりは,実績を積むような仕事ではなく,仕事を通して,自分の能力が高まるような仕事を仕事として選ぶべしということですかね.そういう意味では,研究者だって,これまでの業績ではなく,これから何ができるかだと思いますけどね.私の場合,やりたいことを仕事にしたんですが,仕事を通して,自分の能力が高まるような仕事か,ということも考えたと思いますしね.

 じゃあ,若い人はともかく,年寄りは,どうしたらいい?

 一つは,自分が社会からもう必要とされてないことを潔く受け入れることでしょう.私自身,上では,強気なことを書きましたが,自分がどう思うかと社会からの評価は,関係ないので,そういう覚悟は,とっくにできてますし,むしろ,余計な仕事から解放されて,やりたいことができるので,それはそれで全然OKですし,働かないと食べて行けないのなら,時給1000円の仕事でも何でもすればいいというだけの話でしょう.

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[始まった]

 50を過ぎて,突然「鐘が鳴って」人生が(実質)終わったと何度か(何度も(笑)?)書いてきました.その意味するところも何度も書いたので,繰り返しませんが,人生が終わったんじゃなくて,始まったんじゃないか,ということもあるんですよね.

 思い返すと,50までは,人生に限りがあると頭ではわかっていても,そういうことをちゃんと考えて生きてなかった,とにかく山を登るという感じだったと思います.そして,ある日,突然,目の前が開けて,気がつくとそこが頂上だった.

 頂上というのは,もののたとえで,何かを成し遂げたとかいうことではなくて(でも,人生が実質終わったんだから,ある意味,人生を成し遂げたとも言えるかも),突然,もうそれ以上,登ることはできなくて,下っていく人生になったわけです.

 でも,下り坂の人生と言っても,実質は...ということも書きましたが,ここで言いたいのは,そういうことではなくて,上で書いたように,これまでと違って,明確に人生に限りがあることを意識するようになったということでしょうか.

 そして,それが本能的ではなく,知性をもった人間の生きるべき人生のような気がして,ようやく,本来の生き方というか,そういう人生が始まったような気もするんですね.

 じゃあ,若い時から,人生に限りがあることを意識して生きるべしということでもなくて,後先考えない若い時の生き方は,それはそれでよかったと思うし,要は,これから生き方が変わるというか,変えるべしというか,それができるかどうかが,これからの人生を左右すると思うんですよね.

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[いたたまれない]
(体, バドミントン)

 今日は練習で,日常生活の中での意識づけは,それなりにしていったと思いますが,先週ほどひどくはなかったですが,やっぱり,動けませんね.今日は,来た人が7人で,ということは,3人余るので,久しぶりにちょっとシングルもやってみたんですが,驚くほど動けなかったです.スムーズに動き出せるかは,重要なんですが,今日思ったのは,それができても動けない,要は,決定的にフィジカルがないということです.

 でも,考えてみたら当たり前ですね.ずっと右股関節を痛めてて,徐々にリハビリ的に再開していると言っても,未だにまともにしゃがめない状態ですし,とにかく絶対的に体を動かしていないので,フィジカルもそうですが,体全体が硬くなっています.

 どうしましょうかね? バドミントンをやめてしまっても,スキーもゴルフもあるし,何とかやって行けるとは思うのですが,そんなことより,今の体の状態でできることしかやらないと,どんどん体が動かなくなっていくと思うんですよね.

 先日,ヤクルトのOB戦かなんかで,野村監督がバッターボックスに立ったのを見たんですが,もう見るも無惨で(バッターボックスに行くのもよぼよぼで支えられないと歩けないし,バットもまともに振れない),彼は,まだ80ちょいくらいだと思うんですが,口は達者でも80過ぎるとああなってしまうと思うと,いたたまれないです.

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12/18'19
[背伸びし続ける]

 すぐ上の記事を書いて,今朝になって,はっとしたのですが,これからは,今の状態でできることしかやらないと現状維持ではなく,退化していくということですよね.つまりは,退化していくからと言って,成長しようと背伸びすることをやめてはならないということです.当たり前? 私は,意外と盲点だと思いました.

 要は,成長が止まって,降伏すると,P-Δ効果のように,衰えていくことが基準になるわけです.思い返すと,40を過ぎて,それまでは,練習すれば,練習した分だけ強くなったのに,練習してもトレーニングしても強くならないどころかどんどん弱くなって,そういうことに耐えられずに一時バドミントンをやめたんですが,これもそういうことだったのかもしれません.

 つまりは,練習しても弱くなる,弱くなる程度を抑えることしかできないことを受け入れて,そういうことにモチベーションを見出すべきということでしょうか.

 でも,非常に難しいと思いませんか? 感覚的には,私には,まだできない感じがします.でも,やらなければ,益々衰えるわけで,じゃあ,モチベーションをどういうところにもっていくかってことですよね.

 でも,これは,明らかで,やはり,内的熟達ってことなんだと思います.何か知らんけど,楽しくて面白くてやってたら,強く(弱くなる程度が抑えられることに)なってたってことですかね.

 そして,これは,体とかバドミントンに限った話ではなくて,何でもそうでしょう.

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 でも,歳とって頑張り過ぎると,バドミントンなら怪我するでしょうし,実際,そうなってしまったわけですし,それは,何でもそうなので,難しいですね.ですから,いつもできる範囲でできるだけと書いているのですが,言葉としては,「無理しない範囲で頑張る」くらいですかね.

 若いときは,無理して頑張っても全然平気というか,頑張ってるという感覚すらなかったですから,頑張るなら若いうちということでしょうね.つまり,歳をとったら,しょうがないと思うしかないですが,若いうちに頑張っておいてよかったなとは,思いますね.

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[年寄りの動き]
(バドミントン)

 気になったので,全日本シニアの70代とか60代の試合を見てみました(ほんとは,80代を見たかったけどなかった).

 70代は,バドミントンには,なってませんね.思い出したのは,何年か前,右股関節の状態が一番ひどいとき,全日本教職員に出たんですが,全然動けないので,一か八かスマッシュ打って,決まったら得点,拾われたら失点という試合になってしまったときのことで,70代の試合(決勝)は,そんな感じでした.

 60代は,かろうじてバドミントンというか,ラリーになってる感じですが,動きは,何と言うか,年寄りの動きですね.私もそうなってしまうんでしょうか?

 というか,私はもうすぐ60で,更に言えば,60になったとき,全日本シニアに出て,決勝まで勝ち上がるというレベルには,(おそらく)程遠いわけで,つまり,客観的に見れば,私も既にそういう年寄りの動きというか,見るも無惨なことになってるってことですよね.

 まさにがっかりって感じなんですが,どうしましょうね? でも,そういうことは,関係なくというか,それは,健康のために楽しく体を動かす,ということではなく,あくまで競技として,でも,「無理しない範囲で頑張る」くらいで内的熟達的にやって行くってことですかね.というか,結果は関係なく,そういうことでやって行くことにチャレンジということですかね.

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[年寄りの気持ち]

 昔から,若い人達が,大人は我々の気持ちをわかってくれないと言って抗議する,みたいなことがよくありますよね(そういうドラマとか歌とかも).でも,ほんとは,逆で,若い人は,年寄りの気持ちがわからない,ですよね.

 だって,年寄りは,既に若いときのことを経験していますが,若い人には,まだ年寄りになった経験はないからです.ですから,実際は,年寄りは,若い人の気持ちがわからないのではなく,わかっているのに何かにもの言わせて,無理矢理言うことをきけと言ってるってことでしょう.

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12/19'19
(日記)

 今日は,月に一度の教員会議の日で,午前が専攻(大学院),午後が学類(学部に相当)なんですが,もちろん,教育機関としては,大事な会議なんですが,なんだかなあ感満載で,博士課程の充足率を上げるためにどうやって留学生を引っ張ってくるかとか,学位プログラム移行のためのどたばたとか,挙げ句の果てには,オリンピックでボランティアに行く極少数の学生のために土曜日も授業をやれという上層部からの指令に対して,うちはやらないということにしていたら,学生がそれを支持したのはいいんですが,何かの集まりで副学長の前でしゃべって,まずいことになって,どうすんだ?ってことになって,一体何やってんでしょうか.

 月に一日だし,そのくらいじっと我慢してればいいじゃんと言う人もいるでしょうが,こういう会議は,これだけではないですし,どれも似たような雰囲気で,そのたびに研究するなと言われてるようなもので,どんどんメンタルが削られて行きますし,去年は,学位プログラムにがっつり関わる羽目になりましたし,でも,今の感じだと膨大な作業を伴うのに箱が変わるだけで,実質何も変わらないわけで,ほんと一体何やってんでしょうか?

 背景にあるのは,誰かが自分が仕事をしたことにしたいという手前勝手な論理で,オリンピックを招致したこと自体がそうですし,文科省不要論が高まる中,何でもいいから仕事をしたことにしたいわけで,挙げ句の果てが,大学入試の英語民間試験や記述式の導入見送りなわけで,一体何やってんでしょうか?

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 こんな感じで,今日が期限だったので車を車検に出して,疲れて帰ってきたら,全日本フィギャーの女子SPをやってたので,一応見たんですが,何か新鮮味がなくなってきた感じがします.全日本では,普段見られないトップの次のレベルの次の世代の選手が見られるというのが大きいのですが,今回は,次のレベルのメンツは,ほとんど変わらず(でも,その分,歳をとって)そんな感じじゃなかったですね.

 本田さんの滑りは,久しぶりに見ましたが,確かに身長が伸びて体は大きくなったんですが,体つきや雰囲気が大きく変わっていて,以前よりそういうコントロールができているように見えましたし,点数は,アンダーローテーションをとられて出ませんでしたが,演技は,悪くなかったと思います.

 でも,次の世代と言うことになると,ロシア勢がとんでもないことになってるわけで,今日の感じだと,当分は,全然世界では勝負にならない,当面,紀平さんが頑張るしかないってことなんですかね.

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 こんな感じだと,家に帰ってきても,疲れてやる気がしないわけで,研究とかピアノもそうですが,体を動かしたりとか,バドミントンの練習に行ったりということができなくなってきたのもそういう影響が大きいのかもしれませんね.

 いやいや,仕事なんだからしょうがない? でも,しょーもない仕事なんかするより,やりたいことやりたいのは,当然ですし,しょーもない仕事しないと食べて行けないわけでもないし,ほんと,私自身,何やってんだかって感じです.

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[節操なさ過ぎ]
(世の中)

 実際は,10代,20代の運転者による事故の方が多いのに,高齢ドライバーの事故ばかりを取り上げて,免許返納しろとか,高齢者だからと言って,運転能力が劣ると決めつけるのは,おかしいというようなことを書きましたが,ようやく,今日のWBSでやってました.ていうか,なんで今頃やるん? 高齢ドライバーの事故ばかりを取り上げておいて,今頃,ほんとはこうでしたとか,あまりに節操なさ過ぎでは?

 ほんと「メディアの言うことは嘘ばっかし」ってことです.そして,それに騙されて,いいことしたつもりで免許返納した人は...ってことですね.

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12/21'19
[自分ではどうしようもない]

 他者評価より自己評価なんですが,自分ではどうしようもないこともありますよね.

 例えば,サッカーやってて,日本代表に呼ばれて,断ることもできるんでしょうが,そうする人は,まずいないと思いますし,身近なところでは,昇進とか,やり甲斐はあるけど大変な仕事が来るとか.

 もちろん,日本代表にしても,昇進にしても,仕事にしても,いいことばかりじゃないですが,得られるものは確実にあって,それだけではなく,断れば失うものが大きいのも事実で,そうすると,実質,断れない,つまり,自分ではどうしようもないということでしょうか.

 何度か漠然と「自然の流れ」に従うしかないと書いたと思いますが,具体的に言えば,そういうことなのかもしれません.よくよく考えると,一長一短というか,いいことばかりじゃないとしても,話が来たときに直感的にどうするかは,もう決まってる感じがするんですよね.

 そして,そうであるのなら,やるしかないわけで,そのためにどうしたらいいかを考えるということでしょう.

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[よくない]
(日記)

 調子はそんなに悪くないと思いますし,実際,活動度も高いのですが,どうも落ち着かないというか,心穏やかではない感じです.活動度については,仕事がいろいろ忙しいということがあって,そうすると,やりたいことというか,やるべきと思うことはできてないわけで,週末になって,ようやくやりたいことができるとなっても,平日仕事が忙しすぎると,やりたいことをするためのエネルギーが残ってなくて,そういうときは,休むってことなんですが,そうすると,結局,やりたいことはできないわけで,よくないですね.

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 全日本フィギャーの女子フリーは,一応見たんですが,紀平さんの圧勝で,4回転を跳ぶと言ってたのに,挑戦する機会を奪うほど周りの出来がひどかったのは,残念でした.本田さんも,6分間練習のときから体が全然動いてない感じで,演技もショートとは別人で,一瞬でまた元に戻ってしまった感じでした.

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12/22'19
[調子の波]

 何度か書いてると思うのですが,調子には波があって,そして,調子と言っても,体が動くか,脳が動くか,やる気になるか,心が平穏かとかいろいろで,更には,そういうものは,外部要因というよりは,内部要因,即ち,よくわからない単なるリズムで,自分ではどうしようもなくて,じゃあ,どうしたらいいかですが,できる範囲でできるだけのことをやる,疲れて調子が落ちたら休むということでしょう(あとは,食事も大事).

 結構まずいのは,できる範囲でできるだけ以上のことをして「借金」を作ってしまうことで,あとから大きな利息が付いて取り立てがやってきます.若い時は,無理ができたと何度も書きましたが,「できる範囲」が違うだけで,基本的には,同じだと思うんですよね.

 そうすると,重要なのは,できる範囲でできるだけ以上のことをしないこと(疲れても一晩寝て回復するか),多少そういうことになっても,疲れたら(例えば,週末とかで)休みをとることができることでしょうか.つまりは,職場環境,即ち,仕事の量をコントロールできるかということで,もしそれができなくて,キャパを越えてしまうようなら,職場を変えるとか,やめてしまうとかの選択が必要ということになります.

 私は,まだ何とか大丈夫ですが,仕事が詰まってくると,結構,しんどくなってきますし,週末休めば回復するとしても,仕事以外のやりたいこと(研究も含む)ができないことは,受け入れられないので,実は,ギリギリに近いのかもしれません.

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[これから]
(サッカー)

 南野のことを書いたのは,もう大分前のことだったと思いますが(ここにも書いてる),その後,それほど日の目を見ることがなかったんですが,WCが終わった後,代表に呼ばれるようになり,CLにも出て,結果を残してきました.そして,今回のリヴァプールへの移籍となりました.日本人云々ということは,どうでもいいのですが,日本代表チームには,日本人しか入れませんから,そういう意味では,中田,香川,本田に続いてのビッグクラブへの移籍ということになります.

 そして,中田は,少しだけ結果を残しましたが(と言っても,記憶に残っているのは,ASローマでトッティの代役で出たときの優勝を決めるロングシュートくらい),香川,本田は,全く結果を残せなかったわけで,つまりは,南野も何かを成し遂げたというわけではなく,問題はこれからということです.

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[表現する]

 ピアノなんですが,ピアノプロジェの前は,左小指は,まだかなり痛くてほとんど使えないし,ピアノプロジェが終わったら,しばらくお休みというか,弾く気にならないだろうと思っていましたが,ピアノプロジェ前と変わらないペース(1時間くらいずつを週に5日くらい)で弾いています.

 ちょっとびっくりというか,意外な感じですが,私にとって重要なのは,日々弾き続ける気になることなので,これはいいことです.

 どうしてそうなのかですが,ピアノプロジェの自分の演奏や,他の人の演奏などを受けて,いろいろ考えることがあって,ピアノというか,ピアノの演奏についての考え方がまた少し変わったということがあると思います.大きくは,やはり「表現する」ということで,これは,ピアノに限らず,全てのことに影響を与え始めています.

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[仕事の量をコントロールできる職業]
(世の中)

 じゃあ,仕事の量をコントロールできる職業ってなんでしょうね? サラリーマンや公務員は,会社や役所の命令には逆らえないから,起業するとか自営業?

 でも,自分で会社をもてば,仕事をとってこないといけないわけで,世の中,give&takeですから,断れない仕事もいっぱい出てくるわけで(断ると仕事が来なくなる),実は,経営者の方がシビアだと思います.芸能人とかもまさにそうですよね.

 そうすると,フリーターとか派遣社員ってことですかね.時給いくらってことは,そこだけ働けば,いいってことですし,世の中に騙されずにしっかり支出をコントロールすれば,しんどくなったときは,休んだりもできるでしょう.でも,正規と不正規には,ものすごい賃金格差がありますし,派遣社員なら,勝手なことをしていると,次の職場を紹介してもらえないとかいうことになって,そうすると,自営業者と変わらなくなってしまうわけです.

 芸能人とかスポーツ選手じゃないですが,稼げるときにしこたま稼いで,貯蓄で食っていくとしても,運用力が必要ですし,その前にがっぽり税金もっていかれますし,早々にリタイアしても,何して退屈しのぎするかとかいうことになっちゃいます.

 ということで,現実には,なかなか難しいってことですかね.というか,そうやってがんじがらめにして,必要以上に働かせて,むりくり目先の経済を回して,誰かが得する仕組みになってるってことなんですけどね.

 でも,職場によって,多少の濃淡はあるわけですし,やり方というかやりようはあるわけですから,何とか多少はうまくやって行ければということでしょうか.ポイントとしては,お金とか社会的地位とかは,関係ないってことですかね.

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12/22'19e
[お金と愛]

 お金と愛とどっちが大事か?という死語?のような質問が聞こえました.○カですねー.

 お金がなければ,生きて行けないので,お金に決まっています.でも,生きて行くのに必要な分だけあれば充分というのは,何度も書いてる通りです.そして,必要な分だけ働くというわけには,いかなくなってるのが問題というか,そうはめられてるのは,上で書いた通りです.

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12/23'19
[愛よりお金が大事?]

 じゃあ,愛よりお金が大事ってこと? つまりは,愛がなくても,お金がない人よりお金がある人を偉ぶってこと? (やっぱり)○カですねー.

 だからー,お金なんか,生きて行くのに必要な分だけあれば充分って言ってるでしょ.じゃあ,生きて行くのに必要な分ってどのくらい? って,少なくとも,日本でお金がなくて食べられずに餓死している人は,ほとんどいないでしょうから,ほとんどの人は,生きて行くのに必要な分は,もってるか稼いでいるってことなので,お金をどれだけもっているか,どれだけ稼いでいるかは,何の判断基準にもならないってことでしょう.

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[ほんとですか?]
(世の中)

 年末が近いということで,今年の重大ニュースとか,振り返って何が一番印象に残ったかとかやってるんですが,ラグビーWCが一位と(いう人が多いと)メディアは言ってます.ほんとですか?

 私は,スポーツは見る方でしょうし,ラグビーももう40年くらいは見てますし,今年のWCも一通り見ましたが,(既に書きましたが)前回大会の方が自分の中では,印象的でしたし,実際,ホームで有利に組まれた試合日程とかを考えれば,力的にもそうでしょうし,要は,来年の東京五輪に向けて,むりくり盛り上げて行こうというか,そういうのが辟易というのもありますし,コロッと騙される人間も情けないというか,そんな感じですかね.

 関係ないんですが,ジャッカルとかオフロードパスとか,そんな用語,今回のWCで初めてきいた気がするんですが,どうなんですかね? 少なくとも,ジャッカルがどうとか言ってるのは,ラグビーのことをよく知らない奴ってことじゃないですかね?

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12/24'19
[それがまさに世の中]
(世の中)

 でも,それがまさに世の中というものなのでしょう.資本主義とか競争社会とかいう世の中で,他人を騙して踏み台にしてでも,自分だけがいい思いをしたいという人間で溢れている,あるいは,そういう人間が極少数でも,そういう人間が富を独占してるのが残念ながら現実なわけです.

 じゃあ,どうしたらいいかですが,そういう競争に参入するのではなく,できる限り距離を置いて,そういう奴らに騙されない,つまりは,しっかり自分の頭で考えて,自分がやりたいこと,やるべきと思うことをやって行くことでしょう.そして,それができれば,そういう人間は,次第に淘汰されて,少しはましな世の中になって行くかもしれません.

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[誰かがやらないといけない仕事]

 誰かがやらないといけない仕事ってありますよね.それは,時給1000円の誰でもできるけど,世の中にとってほんとに必要な仕事もありますが,誰でもできるわけではない仕事もあるでしょう.

 例えば,会社なら,誰かが社長とかCEOをやらないといけませんし,もっと大きくは,例えば,東京五輪は,再三書いているように,本来的には,招致すべきではなかったと思いますが,国内外の情勢とか,世界における日本の立場とか国力とか,いろんなことを勘案して,ここら辺でもう一度やっておかないと,というのは,あるわけで,そうすると,国民を騙してでも誰かがやらないといけないわけです.

 そして,社長にしても,国をリードするにしても,誰にでもできることではないですから,そういう仕事を任されれば,意気に感じてやる人はいるんだと思います.

 でも,私は,そういう仕事にも興味はないです.だって,できる人は,非常に限られるかもしれないけど,(結果はともかく)誰かができることで,私にしかできないか,単に面白いか,やり甲斐があるかのどれも満たしてなければ,(公平に分担すべき仕事は分担しますが)やりたくはありません.

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[ボリソフ彗星]
(科学)

 ニュースで,ボリソフ彗星というのが接近してくると報道されてました.宇宙には,今はそんなに興味はないのですが,小学生のときに夢中になったことがあったので(その時は,天文学者になりたかったけど,父親に天文で飯が食えるかと一喝された),やっぱり,なんだか萌えます(笑).

 で,一番驚いたのは,観測史上初めての太陽系外からの彗星ということです.ほんとびっくりじゃないですか? 天文学者は,千載一遇のチャンスと言ってるのですが,私が驚いたのは,そういうことではなく,これまで地球に接近した数多の彗星が全て太陽系内のものだったということです.一体何だったんだ?みたいな.

 力学の授業で,第一宇宙速度とか,第二宇宙速度とか,第三宇宙速度とかの話をするのですが,第三宇宙速度は,まさに架空の話だったということですね.

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[いい商売]
(野球, 世の中)

 シーズンオフということで,プロ野球選手の契約更改のニュースが流れてくるのですが,いつの間にこんなに年俸が高くなったんだ?と思うくらい高額です.落合さんが年俸1億を超えたときは,大きな話題になりましたが,今は,1億なんかゴロゴロいて,この程度の選手でもこんな額をもらってるのか,みたいな感じです.

 しかも,日本は,20年くらいデフレなわけですから,高度成長期とか,バブル期に年俸が上がるのとは,訳が違ってて,まさに濡れ手で粟状態みたいなもんです.

 じゃあ,どうしてこんなことになってしまってるかですが,MLBへの流出を食い止めるとかいろいろ理由はあるんでしょうが,経済的に言えば,儲かってるからでしょう(ない袖は振れない).つまり,言葉は..ですが,うまいこと騙くらかして「いい商売」をしているということです.

 まさに金儲けというか,目先の経済を回すってことなんでしょうが,それが際限なくどこまでも続くと考えない方がいいのは,経済そのものと同じでしょう.

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12/25'19
[CMに出てる人達]
(世の中)

 CMに出てる人達ってどう思いますか? 有名になって,好感度も高くて,高額のギャラを貰って憧れの存在? しょぼいな.

 CMというのは,まさに資本主義社会の縮図,つまりは,ある特定の企業が(競争に勝つことで他の企業を踏み台にして)儲けるためのもので,有名とか好感度が高いとか社会に対して影響力があるのなら,ある特定の企業にだけ加担するのは,非常に問題です.

 実際,かなり怪しいCMも多いですし,CMに一種の役者として登場してるんだからしょうがないとは言えません(とどこかで書きました).それでも,CMに出るのは,ギャラが高いからということなら,その人は,単なる金の亡者ということでしょう.

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[そんな世の中に]

 最近,世の中をディスってばかり(笑)というか,そんな世の中に誰がした?って感じですが,それが世の中の実態ということです.でも,一方で,人間一人一人を見ると,悪い奴ばかりでもない,というか,むしろ,多くの人は,まともでちゃんとしてる.どういうことでしょうか?

 それは,多くの人が「魂を売ってる」ということでしょう.ほんとは,こんなことしたくないし,するべきでもない,でも,やらないと食べていけない(ってことはないと思いますけどね),会社の業績が下がる,競争に負けてしまう,自分に対する評価が下がる,メンツが立たない,好感度が下がって仕事が来なくなる,みたいなことでしょう.

 わかるんですが,そんな人生楽しいですか? そんなことよりもっと大事なものがあるのでは?

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[フィジカル]
(バドミントン)

 昨日は,練習だったんですが(ていうか,最近毎週,つまり,練習のたびにここで何か書いてる気がするが),よくないですね.やっぱり,動けないんですが,フィジカルというよりは,動き出し方ということなんですが,それが意識できないことが多いです.

 平たく言うと,「ぼっとしてる」時が多いというか,脳が働かない感じです.いつの間にか何となくという感じでしか球を待てなくなってて,クリアを打たれて,「あっ」と思って動き遅れるみたいな.歳をとると集中できなくなるとはよく言われるんですが,そういうことかもしれません.

 どうしたらいいかですが,スムーズに動き出せる骨盤の位置を意識するのは,続けるとしても,やはり,フィジカルも大きいと思います.実際,フィジカルがもっとあったときは,ある程度は,できてたわけですし,脳が働くのも,フィジカルにある程度の余裕があってのことですからね.

 それで,考えてみたら,リハビリ中とは言え(と言っても,もう何年も「リハビリ中」なんですけどね),週に1回,基礎打ちをやってダブルスのゲームだけでは,競技力が上がっていくのは,望むべくもないのは,言うまでもありません.週1回を2回にするというのも考えられますが,それよりもっと重要なのは,体の動かし方や柔軟性も含めたフィジカルをしっかり整えることです.

 問題は,それをどうやって「持続可能」にするかです.これがなかなか悩ましいんですが,与えられた環境と私自身のその気度を勘案して,しっかり考えて行くということでしょうか.

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 そもそもなんですが,右股関節を痛める前は,週に何度か練習しないと体調が悪くなるくらいだったわけで,でも,今は,運動なんかしなくても全然平気というか,そういう状態に慣れてしまってて,加齢という要因を除いても体が著しく退化しているわけで,バドミントンの競技力だけではなく,体を整える的にも,そういう抜本的なところから変えないといけないんだと思います.

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[新たにまた]

 父親のことを(もう亡くなっているので)書くことが多いのですが,実際,いろんな影響を受けてるわけで,一番大きいのは,何度も書いてますが,彼がとにかく楽しそうに仕事をしていたことで,そんなに楽しいのなら,自分も大学の先生になりたいと思ったことですかね(ただし,父の専門の近代文学には,そんなに興味がなかったので,何か別の理系の分野を探して.でも,父親も自分で言ってましたが理系人間だったと思います).

 でも,父は,仕事をし過ぎて,体を壊して48で亡くなりました.私が高二の冬の時で,まさにこれから受験勉強を始めようとしていたときでした.その後,どうなったかは,何度か書きましたが,大学の途中くらいまで,大分長い間,低迷というか,ぱっとしない時期が続いたと思います(そういう意味では,青山先生と小谷先生の研究室に入って,研究の世界に出会えたのがやはり大きかったですね).

 どこかで書いたかもしれませんが,私も父と同様に,48で死んでたらどうだったのかなとは,時々思います.人生50年と再三書いてますが,これは,単に生物学的なこと(子供を何人か作って育てたらお役御免)ですが,父がそのくらいの歳で亡くなったことも関係あるのかもしれません.

 で,私が48で死んでたら,ですが,1-2秒応答とか,私の(多分)主要な業績になる仕事は既にやってましたから,そこで死んでても,一応の達成感はあったと思うんですよね.

 むしろ,精神的には,そこからがしんどいところもあるわけで,そして,まだのおのうと生きてる(笑)わけで,つまりは,生かされている以上は,48で死んでしまったときと同じでは,しょうがないというか,新たにまた何かを成し遂げるというつもりで生きていくということでしょうか.

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(日記)

 年賀状を出して,力学の試験と会議を一つ終えて,年内は,あとは,東京での仕事はありますが,一応終わりということになります(もちろん,ギョーム的な話で,研究とかやりたいこととかは,むしろこれから).年内に一度スキーにも行っておきたいんですが,雪がないみたいですね.こんなに雪がないのは,久しぶりな感じがします.

 年賀状については,数時間で終わるし,そのくらいの時間を捻出できない状態はよくないし,続ける意味もないことはないのですが,人気アイドルがCMに出てるのを見ると,そういうのに結果的に同調することになってしまうのは,いい気分ではないですね.

 本音としては,やめたいのですが,いい方法ありますかね? 私の近況は,このサイトで知らせられますから,年賀状で近況を知らせてくれる人で,近況を知りたい人の近況をどうやって知るかですね.

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 言葉はどうかと思いますが,ある意味,人間関係を整理する一つの機会かもしれませんね.もちろん,付き合って行きたい人とは,付き合って行きたいですが,そういうことと年賀状のやりとりがあるかは,必ずしも対応してないし,じゃあ,年賀状のやりとりをしている人で,今後もそれを続けて行きたいと思う人がどのくらいいるか,でしょうか.

 と思って,リストをつらつら眺めていたんですが,この人は,もういいかなと思う人もいる一方で,年に1回くらいは,少なくとも(これも言葉はどうかと思いますが)安否確認は,したいと思う人がかなりいました.

 思うんですが,「葉書」って,実は,それなりにいい距離感なのかもしれませんね.メールだと大分敷居は下がるのですが,その分,余計な連絡が来たりして,面倒なことにもなりそうです(LINEは論外).それを年賀状という形で年に1回というのは,意外といい線行ってるのかもしれません.

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 そっか,年末ということは,「今年を振り返って」という記事を書かないといけない(ってことはないんですが)んですね.でも,つらつら振り返ってみても別に..と思ったら,(内的に)大きなことがあったんでした.でも,それは,ここでは書けないので,それ以外だと..いつものように年初から記事を読み返すってことでしょうが,ものすごい量だし,なんだかめんどくさいですね.

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[絵に描いた餅]
(世の中)

 コンビニの24時間営業もそうですが,デパートとかいろんなお店が正月の営業をどうするか議論?されてるらしいです.おかしな話です.

 コンビニについては,会社とオーナーの契約の問題で,そういう契約になってるのなら,従わざるを得ないし,それができないと言うのなら,契約を解除するのが筋でしょう.人手不足で大変だと言うのなら,契約を見直すということで再交渉するのは,ありだと思いますが,オーナーが会社から無理強いされてるという報道の仕方は,おかしいです.

 正月営業については,休みたければ,勝手に休めばいいじゃないですか.でも,開いてる店があれば,客はそっちに流れますし,休んだ分,利益も減るし,顧客も失うかもしれないというだけの話でしょう.

 働き方改革とか言ってますが,働く量を減らせばいいなんて話じゃなくて,資本主義という競争原理を変えない限りは,絵に描いた餅に過ぎません.

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[いいことをした]
(世の中)

 ゾゾを売り払った前澤さんが千葉県のある都市に20億のふるさと納税をして,返礼品は辞退したと,まるでいいことをしたみたいな報道をしてました.いやいやいや,ふるさと納税って何ですか? 自分が住んでるところに収めるべき地方税をそれ以外のところに収めるってだけの話じゃないですか.つまり,返礼品なんかもらう方がおかしな話で,次の(○ホな人間達を騙して金を巻き上げる)ビジネスを始めるための好感度アップにメディアが加担してどうするんですか?

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12/26'19
[今年の記事]
(このサイト)

 今年の記事を読み始めたのですが,(自分で言うのも何ですが)超面白いんですが,やっぱ,長い(笑)というか,量が多くて,なかなか進みません.でも,だからこそ,年に一度コンパクトにまとめておく必要もあると思うので,頑張って読みます.

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 あとは,去年までと比較して思うのは,同じようなことの繰り返し的な感じがします.というか,わざとそういう風に書いてるということがあって,というのは,このサイトは,日々更新することを前提にしていて,そうすると,その日の記事を読む人が過去の記事のことを全て憶えているわけではないので,その日に思ったことを過去に書いたことも含めて敢えてまた書いてるんですが,通して読むとちょっとうざいですね.

 でも,そういうこともあるとは思いますが,議論がだんだん収束してきたような感じもします.

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(日記)

 なんだかちょっと疲れてきた気がします.ここのところ,仕事がいろいろ忙しくて活動度も高くなってますし,ちょっと休んだ方がいいかな.

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12/27'19
(日記)

 今年の記事の読み返しですが,最初の数か月は,同じようなことの繰り返しで,しんどかったんですが,そこを過ぎると,そうでもなくて,今日は,東京で仕事だったので,行き帰りの電車の中で読んで大分進みました.

 でも,やっぱりまだちょっと疲れてて,ピアノも数日弾いてませんし,今日は,今年最後の練習日で,ここを逃すとしばらく練習はないので,頑張って行こうかとも思ったんですが,やめにして,体を動かすことを始めようとも思ってるのですが,それもやめました.

 まさに怠け者の本領発揮(笑)ということですが,体の言うことをきくというか,無理しないで,できる範囲で,ということでやって行こうと思っています.

 今日で,今年の仕事は,終わりと言いたいところですが,4年生が中間発表をやりたいと言っていて,でも,まだそこまで結果が出てなくて,来週の月曜にやりたいと言うので,付き合います.でも,そういうのは,全然OKというか,喜んでいくらでも付き合いますよ.

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 東京から帰って来て,大学に戻って少し仕事をしたかったので,つくばセンターのフードコートで晩ご飯を食べたんですが,家族連れとか学生連れとかがいる中で,おばあさんが一人寂しくご飯を食べてました.

 って,一人「寂しく」って勝手に決めつけんなってことですよね.周りからそう見えても,本人は,全然そんなことないかもしんないし,そんなこと言ったら,私だって(全然そんなことないのに)おっさんが一人寂しくご飯を食べてるように見えるんでしょうからね.

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[ちょっとでも]
(研究)

 研究というか,今の仕事を大学をやめても続けて行くかですが,こういうのがいいなとは思うのですが,どういう形でも,ちょっとでも,何らかの形でできれば,いいのかもしれません.

 具体的には,学外でやってる仕事は,しばらくは続くでしょうし,もっと極端には,大地震が起こった時だけ登場みたいなことでも,一応は「繋がってる」感覚はもてるのかもしれません.

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[座ることの別の弊害]
(体)

 座っていること,厳密には,立っていたとしても同じ姿勢をとり続けることの弊害ですが,体だけではなくて,脳にもそういうことがあるんじゃないかと思いました.

 具体的には,座っているところを立ち上がって,例えば,歩いて食堂までご飯を食べに行くとすると,座っているという状態が解除されるだけではなく,体を動かしますよという脳のスイッチが入る気がします(そのとき,骨盤の位置を意識すれば尚よし).

 つまり,座り続けていると,そのスイッチが長時間入らなくて,そうすると,体を動かす機会が減って体が動かなくなってくる気がするんですね.

 このことが意味することとしては,しばらく座ってたら,とにかく立ち上がるだけでなく,椅子の横で体操をするだけでもなく,「スイッチを入れて」そこら辺を歩き回る必要があるということです.

 あるいは,この「スイッチを入れる」という感覚がわかれば,「スイッチを入れる」だけでも行ける気もしますが,練習が必要というか,そんなことより,実際に動き回ればいいってことです.

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12/28'19
[今年を振り返って]

 今年の記事を読み終わりました.最初は,同じことの繰り返しぽかったんですが,途中からは,そうでもなくて,というか(自分で書いたことなのに)新発見というか,そっかそっかそういうことだったということの連続で,どんどん読み進めました(でも,やっぱり,ちょっと疲れたかな).逆に言うと,今年の記事を簡単にまとめるのは,難しそうです.

 でも,それでも,確実に何かに近づいてきてる感じはしましたし,年頭でもそういうことを書いてるんですが,それでも,いろいろ気づくことはあるわけで,そうやって,考え続けて行けばいいんだと思います(まさに年頭に書いた通り).

 記事を通して読むと,どんどんひどくなる世の中とか,大学の雑務とかに批判的なことを書きながらも,割といい状態に見えました.実際,記録を見ると,去年は,右肩上がりで上昇した活動度を今年は,調子の波で変動しながらもキープできた感じで,重要なのは,まず体調,そのためには,食事と休息(睡眠)ということでしょうか.

 実際,SJJは,ずっと続けていますし,最近,更に朝食をバージョンアップしましたし,2月くらいから生活クラブを始めたのも大きいと思います.

 ひどい世の中とか大学の雑務とか,いろいろ外的ノイズはあるのですが,まずは,自分が置かれた状況を受け入れた上で,できることをできる範囲で結果を気にせずやって行くということでしょう.実際,今の状況に8〜9割は,満足してるわけですからね(研究関係以外の○○な仕事をしたくないのと,バドミントンでシングルの練習がしたいのともっとスキーに行きやすいところに住みたいくらい).定年後問題も結局は生き方問題なわけですから,それも同じということですね.

 でも,今年も新しい気づきがいくつもありましたし(最近だと,勝手に人との繋がりとか,表現するとか,好奇心とか,仕事の条件とか,研究グループとか),記事を書いたときは,そう思っても,後から読み返すとそうでもないこともある一方で,やっぱり,新しいと思うこともありますから,今年の記事に限らず,読み返して,整理してまとめて行くことが必要だと思いました.

 研究は,今年は学生も多かったし,Dの学生は当然として,M2が4人いて,よくやってて,充実してたと思いますし,B4の二人も頑張ってるし(M1頑張れ),査読論文もいくつか出せそうで,「表現する」ということで,私個人的にもまた論文を書きたいと思うようになってきました.

 ピアノは,一頃よりは,練習できるようになってきたんですが,ピアノプロジェでは,思うように行かなかったです.でも,曲の選び方とか,練習方法というか,何かが変わり始めているとは思います.

 バドミントンは,体を動かす意識ということで,やってたんですが,効果はあると思うのですが,まだまだということで,そろそろ,フィジカル的なこともできたらと思っています.スキーは,まだシーズンが始まってもいないですし,ゴルフには,全然行きませんでした.

 運保は,まだ結果をまとめていませんが,日運,短運は,今一な一方,資保は,かなり益が出ていると思います.特に6月に始めたVIX先物は,先日手仕舞いましたが,半年で2.2倍になりました.

 生活的には,片付けですかね.あることをきっかけとして,研究室の片づけを大分やって,学生の部屋に置いてた荷物を整理して,全て引き上げましたし,家の片付けも少し進みました.でも,まだまだ続ける必要がありますし,これもライフワークの一つになったということですかね.

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12/29'19
[朝起きたとき]

 すごく単純に言うと,「朝起きたとき」だと思うんですよね.具体的には,朝起きたとき,今日やることがあるか,やりたいことがあるか,ってことです.(行きたくないけど)仕事に行かないといけないからやることがあるよりは,仕事でも仕事以外でも,やりたいってことですかね.

 そういう意味では,今はそんなに悪くない状態だと思いますが,まだまだだと思いますし,定年で仕事を失った後は,尚更で,朝目が覚めたとき,今日は○○したい(からすぐに飛び起きる)というのが理想ですかね.

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[寝たきり]
(体)

 寝たきりって言いますよね.年老いて,体が動かなくなって,ずっと寝ているみたいな.だとすれば,今の私は,「座りきり」に近いんだと思います.座ることの弊害は,世の中でそういうことを言われる前からこのサイトで書いてきましたが,対処してきたつもりでも,できてなかったのかもしれません(怠け者ですしね).

 寝たきりとか座りきりになれば,体はどんどん衰えて行きます.それは,体を動かさないということはもちろんですが,先日書いたように,「体を動かしますよというスイッチ」が入らないということが大きい気がします.それは,交感副交感神経の切り替えとも関係していて,骨盤を傾けることがそのスイッチになってる感じがしていて,実際,座った状態で骨盤を傾けることは,難しいです.

 そういう状態で,週に何回という「低頻度」で,バドミントンという激しい運動をするのでは,右股関節を痛めるのは,必然だったのかもしれません.

 じゃあ,痛める前は,どうだったかですが,東京時代は,少なくとも今よりは,日常生活の中で「スイッチを入れる」頻度は,遥かに多かったと思います.移動は,基本的にすべて自転車でしたしね.

 どうしたらいいかですが,日常生活の中で,できるだけ頻繁にスイッチを入れることでしょう(ほんとは,起きてるときは,ずっとスイッチが入ってて,時々,休憩で座るくらいが本来的というくらい).でも,これも気をつけてたつもりなんですが,いつの間にか,疎かになってる.ですから,そうならないような創意工夫が必要ということですね.

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[忙しくて楽しい]

 忙しくて楽しいのが一番いい,と言った人がいました(対照的に暇でつまらないのが最悪).そうですね.私も40代までは,そうでしたし,そういうことをこのサイトに書いたような気がします(確か大変さと楽しさは相関があるみたいな).

 でも,今は,忙しいのは,だめですね.心に余裕がなくなると,いい仕事ができなくなりますし,仕事以外のやりたいことができなくなるのも受け入れられませんからね.それに,以前は,そういうことは,全くなかったのですが,どんなに少しでも「ぼーっとする時間」が必要になってきました.

 でも,実際は,忙しいわけで,何とかならないものかと思うのですが,まあこれもできる範囲でできるだけということで,どんなに忙しくても心の余裕をもつようにしてますし,ほんとにどうしようもなくなったら,仕事をやめればいいわけで(実際にはやめなくてもそう考えることが大事),やめないということは,まだ大丈夫なんでしょう.

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[できる範囲でできるだけ]

 「できる範囲でできるだけ」とよく書いてます.仕事とか,やらないといけないことは,そうは行かないんじゃない?ってことなんでしょうが,成果を出せばいいものは,そうした方が結果的に成果が出るということがあります.それは,歳をとって無理すると,体調を崩したりとかして,却って成果が出ないということもあるんですが,考えてみたら,(私の場合)昔からそんな感じがします.

 例えば,中二で突然急激に成績が上がった時があったんですが,いい成績をとろうと勉強したわけでもなかったし,大学受験は,もちろん,大学に受かるために勉強するんですが,そう考えると(私の場合)だめで,浪人して,単純に勉強するようになってからの方が勉強したと思いますし,研究室に入ってからも,単に研究が面白くて研究してただけだし,就職して成果を出した時もそうでしたからね.

 でも,「できる範囲でできるだけ」というのは,まさに文字通りで,その気になったら,その「できる範囲」がとてつもないことになるわけです.でも,その気にならなければ...でも,そうなっても,結局,自分が引き受ければいいだけの話で,夢とか目標とか設定しても,夢とか目標を諦めちゃえばいいだけの話で,何かそういうもののために頑張るってのがだめなんですよね.

 もちろん,その気にならなくても,最低限のことは,やらないといけないのですが,最低限くらいのことは,その気にならなくてもできるというか,やらないといけないので,それはそれで問題ないわけです.

 そして,これって,要は,内的熟達ってことですよね(今更).つまり(私の場合),夢とか目標とかは,無用の長物であって,むしろ,その気をそぐものなのかもしれません.でも,これは,人それぞれでしょうから,自分を知ることが大事ということですかね.

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12/30'19
[状況に]

 今年を振り返ってで,今の状況に8〜9割満足してると書きましたが,じゃあ,残りの1〜2割は,何かと言うと,どこかで既に書きましたが,研究関係以外の○○な仕事をしたくないのと,バドミントンでシングルの練習がしたいのと,もっとスキーに行きやすいところに住みたいくらいです(追記しました).

 後の2つはともかく,最初のものは,重要なことなんですが,全体として8〜9割満足してるってことは,まさにそういうことでしょう.もちろん,あくまで「状況に」ですけど.

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[あきらめることがない]

 「できる範囲でできるだけ」ということは,夢や目標もないわけで,そんなんで成功するのかってことなんでしょうが,夢や目標がなければ,あきらめることがないというか,そもそも,そういう概念がないわけです.夢や目標を設定するのは,もちろん,自由ですが,なかなかそこに届かないとしんどくないですか?

 だから,夢なんかもたないという人もいるのですが,私の場合,そういうのとは,全く違っていて,夢なんか必要ないんですね.でも,その気になったら,やりたいのならやる,そして,夢も目標もないから,そこに届かずしんどいということもない,そして,結果として,ということでしょうか.

 もちろん,そんな簡単な話じゃなくて,一番問題なのは,その気になるか,なってもそれを持続できるかなんですが,その気にならなければ,それはそれでしょうがないし,とか思ってると,その気になったりして,みたいなことでしょうか.

 でも,それじゃあ,大したことにはならないんじゃない?というのは,その通りなんですが,それはそれで仕方ないというか,自分がそれだけの人間だったということで,それでしょうがないというか,それでいいじゃないですか.でも,こんな大したことない私のような人間でも,何とかここまでやってくることはできましたからね.

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[真面目ですねー]

 芸能人とかで,稼いだらぱーっと使っちゃう,そうしたら,また頑張って稼がないといけないから,そうやって自分を追い込んでるという人がいます.一般人でも宵越しの金をもたないとか,あるいは,定年を過ぎても働き続ける(ためにお金を使いまくる)という人もそうなのかもしれません.

 真面目ですねー.怠け者の私からすると,そこまで勤勉というか,自分を追い込むとか,考えられないです.私だったら,無駄遣いして自分を追い込んだりせず,そのために働いたりせず,(金にもならず,世の中の役にも立たない)やりたいことをやりたいです.

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[キーワードとかフレーズ]

 思ったんですが,このサイトに書かれている「楽しく気分よく生きて行く方法」をいかにコンパクトにまとめるか,ですが,キーワード,あるいは,短いフレーズ(例えば,人生所詮退屈しのぎとか,全ては137億年前に決まってるとか,やる気三要素(内的熟達)とか,近く時々遠くとか,一人時々みんなとか,勝手に人との繋がりとか)にして(この作業を読み返すときにする),どこかに置いておいて,ことあるごとにそこを見るというのがいいかもしれません(どこかで書いたような気もするけど,すぐ忘れる)..

 ポイントは,それを見たら概念的なことや背景的なことがすぐに思い浮かぶこと,あるいは,そこに該当記事のリンクを貼れればということですが,検索すればすぐにヒットするキーワードやフレーズにするのがいいでしょう.でも,これは(ここに書いてないことや書けないことも結構あるので)公開することはないかな.

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 「できる範囲でできるだけ」ですが,ものすごく当たり前のようで,その実,ものすごく大事で,ものすごく難しいのかもしれませんね.

 思い返せば,大学受験で,高三の夏休みになって,もう勉強しないとやばいということで,(やる気もないのに)無謀な計画を立てて実行できず,そんなことなら,それこそできる範囲でできることをやった方が遥かにましだったし,結果的にそれで合格ラインに達してたと思うんですよね.

 まだ高校生で未熟だったということもあるんですが,最近だと,今年のピアノプロジェでは,無謀なことをしているわけですし,バドミントンというか,体を動かすことだって,できてないということは,「できる範囲でできるだけ」のバランスポイントを掴めてないわけです.

 その一方で,「できる範囲でできるだけ」のことをやってるくらいでは,大したことにならないのも事実で,でもそれは,「できる範囲でできるだけ」を無理して越えるのではなく,「できる範囲でできるだけ」の範囲を広げるというか,その気になったときにというか,やるなら今というタイミングを掴むというか,そういうことだと思うんですよね.

 でも,それも非常に難しいんですが,私の場合,大学受験とか,30代では失敗しましたが,B4〜大学院の研究室時代とか,40代とかは,何とかうまく行ったわけで(仕事以外だと,例えば,バドミントンは,30代は,うまく行ったけど,40〜50代は,だめだった),うまく行ったり行かなかったりということで,でも何とか,ここまではやって来られたんですが,問題は,これからなので,そういうことをしっかり考えて,もっとうまくやって行きたいですね.

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12/31'19
[今更]
(大学)

 今更なんですが,大学の先生って,やっぱり,普通の職業とは,大分違うんでしょうね.具体的には,自由人に近いということでしょうか.勤務時間も決まってないし,時給ではなく,やらないといけない仕事の量が決まっているだけなので,まさに裁量労働制なわけです.

 どうして今更そんなことを書いたのかというと,定年後問題です.少なくとも,会社とか役所勤めとかとよりは,「定年の崖」がなめらかというか,ソフトランディングになるんじゃないですかね.思い返せば,就職もそうでした.就活もしなかったし,半分学生の延長上みたいな感じでしたからね.

 でも,それでも,定年後問題は,あるわけで,もちろん,定年後問題は,生き方問題なので,定年前後は,本来的には,関係ないのですが,仕事の占める割合は,やはり大きいので,それなりの対策は必要でしょう.

 単に「定年の崖」を緩やかにするだけなら,学外の仕事が多ければ,自然とそうなるでしょう.具体的には,学外の仕事をいっぱいしてて,ほとんど大学にいないのなら,大学を定年で辞めても,ほとんど何も変わらないわけで,実際,東大とかの先生は,そういう人が多いでしょうし,それを年々少しずつそういう仕事を減らして行けば,まさにソフトランディングでしょう.

 でも,それだと(確かにソフトランディングにはなりますが)「定年」を先に延ばしてるってことで,その後をどうするかの問題は,残ったままですし,先に延ばすと準備が遅れるということもありますし,そもそも,学外の仕事をいっぱいしないといけないわけで,現状では,学内の仕事があって,今以上は,厳しいわけですからね.

 というか,そもそも,そういう仕事が面白いとか自分にしかできないとかやり甲斐があるとかの条件を満たしてなければ,何やってんだかってなっちゃうわけで,都合よくそういう仕事ばかりが来るとも限らないわけで,.なかなか難しいですね.

 でも,そういう「外部要因」はある中で,どうして行くかということなのでしょう.

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[気持ち悪い]
(日記, 世の中)

 大晦日なんですが,今年は,サスケをやってたので,つまらない番組しかない中で,助かったという感じでしょうか(でも,追っかけ再生でCMとかは,ばんばん飛ばす).で,何かの留守録が引っかかったのか,紅白が録画されていたので,今はどうなってるのか,早送りで10分くらい?でざっと見ました.こんな形で見たことになるのか?って感じですが,それでも見たのは,何十年ぶり?

 一頃の後半になると大御所が出てくる感じじゃなくて,あからさまな視聴率狙いの今時の曲を集めた感じで,ラグビー日本代表とか,ノーベル賞受賞者とかも来てて,正直,気持ち悪かったです.こんなものを世の人々は,求めてるのでしょうか? だとしたら,ほんと気持ち悪い.

 サスケは,競技として見る分には,面白いんですが,ドラマ仕立てとか仲間とか家族とか,そういうのは,ちょっと気持ち悪いです.これらに限らず,いろんな番組がそうですし,もっと広く,世の中全体としても,なんかほんと気持ち悪いです.

 視聴率狙いの他者迎合が暴走して,とんちんかんになことになってるのなら,とは,思いますが,大きくは,他者評価とか,いいねが欲しいとか,世論に迎合とか,おかしな世の中というか,どんどん気持ち悪いことになってきていて,正直,そういうことには,関わりたくないですね.

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