取り組んでいる研究テーマ

 地震動の性質と建物被害の関係を探求し,それを地震災害軽減に結びつけるための研究,特に,大地震が発生直後,30分以内に250〜500mメッシュで被害(全壊建物数,死傷者数)を推定するプログラムを開発中(暫定版を運用中)です(2011年東北地方太平洋沖地震も含めて被害を調査前に正確に推定して来ました).

 地震災害を減らすには,とにかく構造物を耐震的にすることです.日本は地震活動期に入ったとされ,今後30年以内に高い確率で発生する大地震(首都直下70%,東海87%,東南海60%,南海50%,宮城県沖99%)がそれこそ目白押しです.しかしながら,その費用対効果にも関わらず(飯塚,境, 2006),古い木造家屋など,現在の耐震規定を満たしていない既存不適格建物が1000万棟以上放置され,その耐震補強も一向に進んでいないのが現状です.そして,(残念ながら)心理学的にそうなってしまうこともわかっていて,事態を急に好転せるには莫大なエネルギーと費用もかかります.

 このような現状で,明日来るかもしれない大地震に対して,少しでも被害を減らすためには,地震直後にどこでどのくらいの被害が発生しているかを推定するシステムの開発が急務と考えています.大地震が発生したとき,大きな被害が具体的にどこで,生じているかがかなりの精度でわからなければ,救援活動は行えません.

 そこで,的確に実際の被害を推定する地震動強さ指標,あるいは,非線形建物群モデルを用い,更に,人口データから建物分布を推定して,大地震発生直後に250〜500mメッシュで迅速に被害推定を行うプログラムを開発しています.詳しくはこちら

2004年新潟県中越地震の推定被害分布(500mメッシュ,○は強震観測点)↓


(a) 木造建物全壊率分布


(b) 大破・全壊建物数分布


(c) 大破・全壊建物内人口分布

 1995年兵庫県南部地震のデータによると,建物の倒壊によって亡くなられた方の80%は即死と言われていますが,見方を変えれば残りの20%,人数にして1000人もの尊い命が事後対応を迅速かつ的確にとることによって助かった可能性があります.そのためには,どこで大きな被害が発生しているかをかなり細かい精度で(例えば,数百mメッシュで)把握しなければなりません.実際に救助活動に行くには,少なくとも何町の何丁目くらいの精度の情報が必要です.更に,倒壊した建物の下敷きになった場合の生存確率は,72時間を過ぎると急激に低下することがわかっており,精度とともに迅速に推定を行うことも必要です.

 地震発生直後に被害状況を迅速かつ的確に把握するためには,例えば,人工衛星から「直接見る」という方法も考えられますが,天候(雲がかかれば見えない)や夜間(1日の半分は夜です)に地震が発生した場合,あるいは,倒壊して瓦礫にならないと上空からの被害の把握までは難しい(建物が層間変形角にして1/20傾くと,その建物は既に耐力を有しておらず,余震で倒壊してもおかしくない「全壊」となりますが,木造家屋が1/20傾いても水平変位は20〜30cm程度で,これを上空から判定するのは難しいでしょう)など,まだ開発途上にあります.

 そこで,既に全国に展開されている地震計のデータを用いて,地震発生直後に被害を計算して推定するシステムを開発しています.PCとインターネットがあれば,僅かな設備投資で済むというメリットもあります.地震計には,既にデータが地震発生直後数分で即時公開されるシステムになっていて,防災科学技術研究所が設置管理しているK-NETやKiK-netなどや,震度が即時公開される気象庁の観測点や震度計などがあります.

 地震計のデータから,数百mメッシュで被害推定を行うためには,様々なことが必要になります.

 まず,建物の情報が必要になります.これはある意味,驚くべきことですが,建物は人間が設計し造るものなのに,その地震時の挙動はおろか,保有する耐震性能(ベースシア係数,耐震強度)ですらまだ不明なのが現状です.例えば,1995年兵庫県南部地震において,建物が設計で想定された強度をもつとすると,計算した結果と実際の被害は全く対応しません(長戸・川瀬,2001).これは,建物の設計時に考慮されない様々な要因があるためで,実在する建物の耐震性能を「調べる」必要があるのです.

 現在,実在する木造,鉄筋コンクリート造建物の耐震性能の調査とモデル化を行っています.具体的には,木造建物については,経年劣化や耐震規定の変遷を考慮に入れた耐力分布のモデル化(鈴木,境, 2009),鉄筋コンクリート造については,余剰耐力の発生メカニズムに基づいて構造図面から実耐力を算定する方法を用いた耐力分布のモデル化(熊本,境, 2007)を行っています.

 次に,どこにどういう建物がどれだけあるのか,という情報も必要になってきます.高層建物が林立する都市部とそれ以外の木造家屋がほとんどのところでは,同じ地震の揺れでも被害の大きさや形態も変わってくるからです.しかしながら,木造,鉄筋コンクリート造などの構造種別や層数のデータベースはメッシュ単位では整備されていません.

 そこで,人口が多いところでは,鉄筋コンクリート造などの非木造建物や高層建物が多いと考えられることから,国勢調査によって既にメッシュ単位で整備されている人口データを使って,どこにどういう建物がどれだけあるかという建物データを構築しています(境,福川,新井, 2009).更に,木造家屋1棟と高層ビル1棟では,人的被害に大きな差が出てきますので,そのようなことも考慮に入れた「建物内人口データ」の構築も行っています(新井,境, 2010).地震計によるデータを表層地盤の増幅特性などを考慮して地震動強さの面的補間も行う必要があります(境他, 2003,大月,境, 2006).

 地震計によるデータと建物データが揃えば,地震動の性質と建物被害の関係を構造動力学を使って探究するという,本研究室の研究テーマの成果を活かすことになります.現在は,震度などの地震動強さ指標と被害関数を使う従来的な方法と木造建物の復元力特性モデルの開発を行う(飯塚,境, 2009)などして,建物の耐震性能を正確に反映させられる非線形建物群モデル群を構築して地震応答解析を行う方法(境,飯塚, 2009)の2通りのものを開発しています.前者については,より被害と対応した地震動強さ指標や震度算定法の検討をしています(境他, 2001-2009).後者については,実在する建物の耐力分布モデルの構築とともに入力する地震動の方向についても検討しています(境,熊本, 2010).両者の中間的な方法,即ち,建物が全壊するときの震度とベースシア係数の関係を理論的に構築し,被害関数を建物の耐震性能と結びつけて求める方法(林,境, 2008-2010)についても検討しています.

 これらの検討を行うための実被害データを得るために,地震が発生したときには,強震観測点周りの現地被害調査を行って被害データを収集したり(境他, 2003-2010),HPFRCCを用いたRC造(境,椎野,小杉,梶原,野尻,川岡,青井,中川,鈴木他, 2003-2010),あるいは,めり込みのスケール効果を考慮に入れた木造縮小模型を開発して地震動をパラメータとした振動実験(境,川岡,赤松他, 2008-2010),実大木造の振動実験(汐満,境,五十田,荒木,松森, 2018)を行うなどしています.また,現状では,震度計では波形は即時公開されないので,震度と地動最大加速度から被害と対応した地震動強さ指標を推定する方法についても検討し(青井,境,2009),より詳細な地震動強さ分布を得るために,学校などの整形な建物の被害レベルや屋根瓦被害から地震動強さを求める方法の検討も行っています(小杉,境, 2005,境,新井,赤松, 2011)

 そして,最終的にはこれらを統合して地震被害推定システムの開発を行っています(境,大月,新井, 2005-2006, 2010).更に,南海トラフの地震,首都直下地震などの将来発生する大地震の強震動予測を行うことで,これらの地震も含めて将来どこでどの程度の被害が生じるか,あるいは,大きな被害が生じるのはどこかなどの検討も行っています.

 また,人的被害が生じる要因は,建物の倒壊だけではなく,例えば,斜面崩壊(斜面崩壊というと山間部というイメージがありますが,例えば,東京や横浜市郊外で危険なところはとても多く問題視されています)や,室内物品の移動などによる被害も考えられますので,これらも含めて総合的に地震被害推定を行っていく必要があります.現在は,斜面崩壊と相関をもつ地震動強さ指標について検討しています(神田,境, 2009).また,大地震時の建物損傷度を建物に取り付けた単一加速度センサーから判定する安価な装置の開発(田中,汐満,境, 2008-2010),日本のように強震観測網が整備されておらず,振り切れた広帯域の地震計しかないような場合でも地震動の周期特性を把握する方法の検討(中川,境, 2009)も行っています.

より詳しくは,既発表の論文をご覧ください.



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