いつでもどこでも(暗譜で)弾ける曲を遂に?発見して,また一つ長い旅が終わったと書きましたが,また違ったタイプの曲を探したくなりました.全く以て懲りないというか,旅は終わらないというか...
どういう曲かと言うと,ピアノを弾く時にウォーミングアップで弾くのにいい曲,なんなら,ピアノプロジェとかで弾くとき,まず,その曲を弾いて,プログラムが始まるような曲です.
ウォーミングアップなので,そんなにしんどい曲ではだめで,でも,ウォーミングアップにならないといけないので,ある程度,指を動かすというか,動くようになる曲ということでしょうか.
すぐに思い浮かんだというか,実際,何年か前まで弾いてたのは,ショパンのOp.25-8のエチュードです.でも,もうこの曲はしんどいというか,そもそも難曲過ぎるし,先日弾いた時は,もう弾けなくなっていました(とは言え,弾けなくなってるということは,練習すれば,動かなくなってきた左が多少は動くようになるかもと思って,最初の4小節だけ繰り返し5分だけ弾いています).
つまりは,この25-8のエチュードをもっと簡単にしたような曲ということですが,イメージとしては,静かに中テンポで淡々と動き続ける感じで,25-8のような六度のエチュードでなくても,ポリフォニックで音が多いものなら,そういうものがあると思ったんですが,これがなかなかないんですね.
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長嶋さん亡くなったんですね.一つの時代が終わったということなんでしょうが,若い人達は,彼のことをよく知らないんじゃないですかね.
彼のことは,ここで書きました.私の中のヒーローは長嶋ではなく王なんですが,彼のまさに天真爛漫さが世の中を明るく照らしたことは間違いなくて,それは,引退後も続きました.
事態が一変したのは,彼が脳梗塞で倒れた時で,でも,ここで書いたように,それでも天真爛漫さを全く失ってなかったのは,ほんとにすごいと思いました.
でも,実際のところはどうだったんですかね.彼が倒れたのは,2004年のアテネオリンピック前なので,そこから20年,不自由な体での生活が続いた,しかも,日本中を熱狂させた野球選手だったわけで,それは,やっぱり,しんどかったと思うんですよね.
そして,その20年は,年代的に私のこれからとだいたい重なるというか,私の体がどうなるのかということですが,そもそも,あと20年も生きるかどうかもわからないわけで,そういう意味では,長嶋さんは,ここから20年以上生きたということですね.
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誰かが,金儲けは,得する人も損する人もいるけど,投資は,みんなで儲けることができる,そこが金儲けと投資の大きな違いと言ってる人がいました.どういうことですかね?
実際には,投資で損する人もいるし,金儲けというかビジネスで三方良し的なところもあるわけで,でも,その人が言いたかったのは,そういうことではなく,例えば,株式投資なら,「みんなが」長期で株を(積み立てとかで)買って行って売らなければ,株価は上がり続けるわけで,そうすれば,みんな儲けることができるということですかね.
でも,ほんとにそうだと思いますか? みんなが株を買って死ぬまで売らなければ,そうなる? でも,積立NISAとかしてる人は,老後資金を投資しながら貯蓄してるわけで,どこかで株は売るわけですよね(死ぬまで売らずに相続したり寄付したりしても売らなければ現金化されずに経済は回らない).いやいや,新たに生まれて,投資を始める人もいるからトントン?
ここまで来るとわかりますが,死ぬ人(株を売る人)より,生まれる人(株を新たに買う人)の方が多いかということで,結局,人口が増えるかなわけです.つまり,何度か書いたように,経済成長って,基本的に,人口が増えないと厳しいんですよ.ものでもサービスでも消費する人が必要ですからね.
つまりは,これから人口が増えるのかってことなわけで,そういう意味では,先進国の人口は,もう頭打ちというか,減少傾向で,でも新興国は,まだ増える余地があるということで,そこを何とかしようと先進国は必死なんですが,どこかで厳しいことになる,少なくともバフェットが大儲けしたこれまでのようには行かないとは思いますよね.
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○年前,京大防災研に行った(来た)時,よく行きましたねと何人かの人に言われたことは書きました.大学入学時から40年近く首都圏で過ごしていて,この歳でいきなり地方に行くというのは,普通?の感覚からするとありえないということなんでしょうが,私は何とも思いませんでしたし,むしろ,楽しみでした.
でも,筑波大に移った時は,首都圏の大学なので行ったということはありましたし,つくばに行って10年くらいは,ずっと東京に帰りたいと思ってましたし,学生時代や筑波大に移った後にQ大の話があった時も断ったので,昔はそうではなかったということですかね.
で,実際,こっちに来てみてどうかですが,東京に帰りたいとは,全く思わないですね.Mーサテで,毎朝,渋谷のスクランブル交差点とかの東京の様子が映し出されるのですが,何とも思いませんし,時々,東京に行くときも,東京に行くというより,単に出かけるという感じです.
じゃあ,ずっとここにいたいかと言うと,そういうわけでもなくて,でも,今住んでるところは,職員宿舎で,定年で追い出されるので,どこかに引っ越さないといけないのですが,東京に帰りたいわけでもないし,どこに住みたいというのがあるわけでもないし,どうするんでしょうね.
何か話があるとかいうような拘束条件があれば,それで決まる気もしますが,それ以外の拘束条件は人間関係で,そういう意味では,家族や友人が多い首都圏ということなんでしょうが,以前ほどそれが大きな拘束条件にはならない感じもしていて,ほんと,どうするんでしょうね,という感じです.
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長嶋さんが亡くなって,若い頃の映像が流れているのですが,現役の時はともかく,脳梗塞で倒れる前(70ちょっと前)も若くてハツラツとしてますね.でも,病気で倒れてからが(明るく元気に振舞っておられるのですが),歳のとり方が激しいです.そんな20年をよく生きてこられたとも思うのですが,やっぱり,病気は怖いですね.私だったら無理かもしれません.
病気もありますが,怪我もあります.私の場合,病気は,今のところ何ともないですが,怪我というか,身体的には,やはり,右脚です.今は何とかなってると思いますが,桂に講義に行ったりとか,ちょっと出かけるくらいで痛くなってしまって,何とかなってるというよりは,何とかなるような生活しかできてないんだと思います.実際,もし通勤に電車で30分かかるとしたら無理でしょうからね.
でも,そういう生活しかしてないからそうなったとも言えて,その悪循環を断ち切るために,できる範囲で動くということなんですが,少し動くと痛くなってという感じで,なかなかその「殻」を破れません.曲がりなりにもバドミントンの練習に行けるくらいになると変わると思うんですが,まだかなりの道のりな感じです.
2年前は何ともなかったけど,急に悪くなったとどこかで書いた気もしますが,そうではなく,実際は,だんだん悪くなって,このままじゃまずいなと思って整体に行ったわけですからね.
実際,しゃがめないというか,しゃがんでもすっと立ち上がれないという状態には,大分前からなってたと思いますし,でも,そういう状態でも動けてバドミントンもスキーもできてたのが不思議ですが,自分で言うのもなんですが,よっぽど技術があったってことですかね?
そんなによくないなら整形外科とか整体に行けってことなんでしょうが,整形外科に行って痛み止めをもらって安静というので治るのならとっくに治ってるでしょうし,逆に運動療法的なことならやってるわけですし,整体に行っても効果はなかったわけで,やっぱり,徐々に動かせる範囲で動かして行って,ということしかないんですかね.
手術とかの抜本治療については,踏ん切りがつきません.なぜなら,そこの一線を越えるともう後戻りができないからです.例えば,人工関節にすると,痛みは消えても走ったり運動はできなくなるらしいですからね(それじゃ意味ないし今と変わらない).じっとしていても痛いというところまで行ったら,そうするしかないんでしょうが,今はまだそこまでではないということですかね.
そういう意味では,先日,痛くて眠れなくなった時は,予約寸前まで行きましたが,その後,そういうことはないですし,よくはなってないけど,どんどん悪くなってるわけでもないので,できる範囲で動かしながら,でも動かし過ぎず,そこのところのギリギリのところを続けて行くしかないってことでしょうか.
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ある研究者の人が「結局,金」と言ってました.ちゃんとした研究者の人です.どういうことですかね?
研究と言っても,いろんな研究があるわけですが,大規模な設備が必要なもの,世界中を飛び回らないといけないもの,非常に多くの人を雇ったり,いろんな仕事を発注しないといけないものなど,お金がかかる研究は,多いです.
そういう研究をする人で研究能力が高い人が,お金さえあれば,いくらでもいい研究ができるのにと思うのは,わかります.でも,現実的にどうするのがいいでしょうね.
大学の先生は,給料は大したことないですが,膨大な研究費を稼いでくる人もいます.つまり,研究するには,大学の先生になって,研究費を稼ぐというのも一つのやり方ということでしょう.でも,研究費を稼ぐのも,そう簡単なことではありません.
「結局,金」ということなら,給料とか研究費とかではなく,純粋?に金儲けをして,そこから研究費を捻出するというやり方もあるわけですよね.ヴェンチャーというのは,そういうことになるんでしょうか.でも,稼ぐというよりは,スポンサー集めというか,資金集めなので,大学の先生が研究費を稼ぐのと似てるか.
大学の先生がヴェンチャーとかと違うのは,「大学の先生」ということがあるわけで,そういう権威というか,もちろん,ただの権威ではなく,研究実績,というよりは,研究能力の高さに研究費を出す人もいるので,大学の先生をやるというのは,一つの金集めの手段と言えるのかもしれません.
もっと言えば,大学の先生になって,その責務を果たすためのいろんな仕事も,そのほとんどは,「結局,金」のためと言えなくもありません.10兆円ファンド(に伴う大学改革),概算要求などは言うまでもなく,大学の重要な仕事の多くは,金がからんでいて,一言で言えば,「金があればやらなくていい仕事」です.
実際,20世紀後半,大学がパラダイスだったのは,「金があった」からで,15年前くらいから,研究する時間が急速になくなってきたのは,金がなくなって,「結局,金」のための仕事をしないといけなくなったからでしょう.
どうなりますかね? このままではじり貧で,抜本的に全然違うやり方を考えた方がいいと思いますが,大学は,急には変わらないでしょうから,大学の先生ではない研究者(例えば,フリーの研究者)というのもあり?
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「結局,金」ですが,今の世の中は,(少なくとも日本は)資本主義社会で,実際,民間企業で働いている人や自営業者がほとんどなので,何を当たり前のことを,ということなんでしょうね.そういう意味では,そういうところから隔絶されたような大学という世界にいられたのは,ラッキーだったのかもしれませんが,ここ10年くらいは,大学もそうでもなくなって来てるということで,でも,じゃあ,民間企業の人達がラッキーじゃないかと言うと,そうではなくて,要は,金が必要ということなら,もっと違うやり方があるというか,今の大学のやり方では,非常に効率が悪いということですかね.
具体的に言えば,M科省に首根っこを掴まれて,予算獲得にひーこら言うくらいなら,「独立」して,研究費は自分たちで稼ぐくらいのことを考えてもいいと思いますが,無理か.それなら,そういう大学の傘の下ではなく,個人が「独立」する方が早いでしょうしね.
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このファイルを見るとわかるように,資保の五大商社(+中堅建設)を個別に判断するのは,めんどくさいので,全部まとめてpfにして,日経225先物と同様に,NY市場が閉まった時点(日本市場だと翌営業日の朝寄り)で判断売買することにしました.
一頃は,ものすごい種類のものを売買してたのですが,大分,シンプルになってきました.具体的には,余剰資金でハイリスクハイリターンを目指して買いも(空)売りもやるす指運が日経225先物とVIX先物,資産を守るために買いだけやる資保が,五大商社(+中堅建設),商品先物,外貨(FX)ということで,判断のタイミングが,商品先物以外が日本市場朝寄りになったのも大きいです.
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結局,金ですが,やっぱり,なんか違和感ありますね.
もちろん,「結局,金」なわけなくて,そんなことわかってるんですが,そういう中で,「結局,金」というのが今回のテーマなわけです.
もちろん,お金は必要です.食料とか住居費とかの生活に必要なお金がないと生きて行けませんし,研究だって,ある程度の研究費は必要です.
そういうことで,このサイトで,「必要以上の」お金は要らないと再三書いてきたですが,「必要以上」にあれば,というか,あったらあったで,その分,研究が進むということもあって,具体的には,今の私で言えば,もうすぐ大学は定年でクビで,その後,どうやって研究して行くかということなんですが,一人でしこしこやってもいいんですが,研究所(のようなもの)を作って,人を雇えば,もっと効率よくやって行けるかもしれないというか,大学で学生を育てたようなこともできるかもしれないし,大学にいる時だって,お金が有り余るほどあれば,大学なんかさっさとやめて,研究以外の仕事をせずにもっと研究できたかもしれないわけですからね.
もちろん,金だけあってもどうしようもないわけで,研究するには,研究力が必要なんですが,研究力があっても金がないと研究できないことはないけど,あったらもっと進む,それは,研究に限らないということで,お金は,やっぱり,あった方がいいってことなんでしょうが,何を今更と言うか,当たり前というか凡庸な感じで,でも,「一周回って」ということはあるんですかね.
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去年から新NISAが始まって,多くのド素人が株式投資をやるようになり,一方では,去年の夏とか,今年のTランプショックとか,度々株価が暴落することがあって,やっぱり,相場は怖いというようなことが言われていますが,どう思いますか?
いやいや,新NISAって積立長期投資ってことですよね.そうやって,毎月,一定額を積み立てていたら,どうなりましたか? 2回の暴落は,結局,回復したわけで,暴落なんかしても,淡々と一定額買って,相場が元に戻って,結局,暴落があった分,儲かってますよね.
てことは,暴落なんか全然怖くない,むしろ,大バーゲンセールで歓迎すべきことで,相場なんか怖くないってことでしょうか?
いやいや,相場が怖いのは,暴落なんかではなく,長期的に相場が低迷することでしょう.1990年から20年以上に渡る日本株がそうでしたし,アメリカ株にもそう時期がありました.
つまり,やっぱり,相場は怖いわけで,つまり,この1, 2年で起こった暴落なんかかわいいもので,そんなんが怖いようでは,お話にならないということでしょう.
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先日気づいたんですが,題名のない音楽会って,まだやってるんですね.私が小さい頃からやってるので,もう50年以上ってこと? でも,私が小さい頃は,日曜の朝,9時くらいだったと思いますが,今は土曜の早朝のようで,そんな早起きして見るわけないやんってことですが,今の時代,録画で見ればいいわけですからね.
で,早速見てみたんですが,バッハの無伴奏チェロ組曲をやってました.うーん,いいですね.私の周辺にチェロをやってる人は何人かいて,早田もそうですが,確か,神田先生や工藤先生もある程度の歳になって始められた感じで,歳をとるとチェロを弾きたくなる?
でも,私の場合,これからチェロというのも,というか,弦は弾けなくなるのがピアノより早いと言われていて,ていうか,ピアノですら,急激に弾けなくなってるわけで,さすがにこれからチェロというわけには...
で,思ったのは,チェロって,バリトンサックスとだいたい音域が同じなんじゃないですかね(調べてみたらそうみたいです).バリトンサックスなら吹いたことありますし,チェロよりは現実的というか,すぐに吹けそうな気がします.
実際,少し前ですが(この辺か),久しぶりにサックスを吹いてみようかなと思ったことがありました.でも,吹く曲がない(ルパン三世のテーマとかじゃーねー)ということだったんですが,バッハの無伴奏とかのチェロの曲を吹くというのはありかもしれないと思いました.で,YouTubeで見てみると,やってますね.
思ったのは,チェロに音色が近くて,かなり,雰囲気が出てるということです.でも,やっぱり,息継ぎが...あと,バリサクはEs管なので,転調,つまり,#を3つ付けて吹かないといけないのは,大変そうです.
楽器は,セルマーだと100万以上はするでしょうが,ヤマハなら60万くらいでも買える? でも,今の状況では,とてもそんな時間はないでしょうし,アルトサックスとかと違って,ちょっとやってみるかで,60万は高いか(ちなみに,アルトサックスでバッハの無伴奏チェロを吹いた動画もあったけど,全然雰囲気が出てない).
定年後の楽しみにとっておく? でも,やりたいことならすぐやる的に言えば,すぐやらないということは,そんなにやりたくないってことか.
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そっか,#を3つ付けて吹かないといけないのは大変,というのは,管楽器をやったことがない人は,よくわからないかもしれませんね.
管楽器,特に木管楽器の場合(サックスは木管楽器),#も♭も付かないドレミファソラシドから半音上がったり下がったりする場合,ドレミファソラシドの運指に加えて,もう1つ横についてるキーを押さないといけなくて,リコーダーと違って,サックスとかクラリネットにごちゃごちゃキーが付いてるのは,そういうことです.
例えば,バッハの無伴奏チェロ組曲1番のプレリュードの場合,原調は,G-dur(ト調,#1つ)で,これをEs管(ドがミ♭)のサックスで吹くと,E-dur(ホ調,#4つ)になるので,ドレミファソラシドの半分以上がピアノで言う黒鍵になって,余計なキーを押さないといけなくなるということです.
ちなみに,トランペットとかの金管には,C管もあったと思うので(ちなみに,フルートはC管),サックスにもC管はないのかなと思ったんですが,昔は,あったらしいですが,今はないみたいです.
ちなみに,ピアノの場合は,#も♭もないC-dur(ハ長)は,弾きにくいと言われていて,一番,弾きやすいのは,適度に黒鍵があるDes-dur(変ニ長,♭5つ)と言われています(特にスケール).
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先だっての証券口座乗っ取り事件ですが,証券口座をもってない人からすると,口座を乗っ取ったのに,株を売買して株価操縦をするとかまどろっこしいことしないで,株を売却して現金を引き出したり振り込んだりすればええやんと思ったかもしれません.でも,証券口座では,それはできないんですよ.具体的には,証券口座からの現金の引き出しは「出金」という形になり,出金する銀行口座は,予め本人の口座が指定されているからです.
そういう意味からすると,資産を守りたいのなら,銀行口座より証券口座の方が安全と言えるかもしれません.更に言えば,これは,既に書きましたが,銀行口座は,ペイオフで保証されるのは,1000万までですが,証券口座には,そういう制限はありません.そもそも,銀行は,預かった預金を貸し出したり国債を買ったりして運用しているので,そこで失敗すれば,破綻しますが,証券会社は,顧客の預かり金は,分別管理なので,そういうことはありません(原則的には,ですが).
ログオン時のセキュリティについても,インターネットバンクと証券口座もどっこいどっこいです.ただ,証券口座は,引き出しや振り込みはできない一方,銀行は,それができてしまうので,そこのセキュリティは,頑強ですが,証券口座は,そもそもそれができないので,その方が頑強とは言えるでしょう.
でも,先日の株価操縦というようなことを考える奴は考えるわけで,何かそういう抜け穴的なものがないとは言えませんかね.
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長嶋さんが亡くなって,(プロ野球界で大きな実績を残した)いろんな関係者がいろんなことを言ってるのですが,そう人たちの中に,大谷が二刀流(という言い方は好きではない)をやると言った時,反対した人がたくさんいたことを思い出しました.そして,当時,二刀流に反対した人は,みんな投手に専念しろということでしたよね(打者に専念しろと言った人はいませんでしたよね).結果は,どうなりましたか?
明らかに(少なくともこれまでは),投手大谷より打者大谷の方がすごかったわけで,あの時,投手に専念していたらどうなりましたか? ほんとみんな勝手なこと言って,しかも,全然当てにならないわけで,全く以てひどい話です.
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相変わらず右脚の具合はよくないのですが,朝起きた時やしばらく座っていると,右脚以外の筋肉も痛くなったり,全身が動かなくなったりするようになってきました.つまり,体をl動かさないと,体全体がどんどん衰えて動かなくなって行く感じで,動かさないといけないのですが,その気力がなくて,そもそも,体調が悪いのではないかと考え始めました.実際,40代にそういうことありましたからね.どうしましょうね.
しんどいのを頑張って動かすのは,厳しいですかね.そうすると,しんどい時,とにかく休んで,一瞬回復した時にやるしかない?
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ノートパソコンの一部のキーボードが反応しなくなりました.数週間前から時々そうなって,再起動すると治ったりしたのですが,昨日は,どうやってもだめでした.
キーボードが反応しないというと,キーの部分の不具合ということなんでしょうが,今回の場合,QとかYとかCとかの特定のキーボードが「同時に」反応しなくなるということで,そういうのとは,違う感じです.ソフト系の不具合も考えられて,キーボード関係のものをはずしたり,今日は,キーボードのドライバの再インストールをしてもだめでした.
で,いろいろ調べて,以下の動画に辿り着きました.機種は違いますが,メーカー(LG)も症状も全く同じなので,これですね(要は,キーボード全体の取り換えが必要ということ).
修理ということなんですが,ノートパソコンを使ってる人はわかると思いますが,修理に出してる間,どうすんのやということです.まあでも,私の場合,以前ほど頻繁には出かけなくなりましたし,出かけないタイミングを見計らえば,以前使っていたものを使えば,数日くらいならなんとかなるかな.
でも,何とか「解」に辿り着きましたが,こういうちょっとしたトラブルが,もう何とも鬱陶しいというか嫌な感じがするようになってきました.
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ある人とのメールのやりとりで,男女差別とか,今の日本が旧態依然としてるということで,じゃあ,今の若い人達が歳をとって社会の中枢に行く頃(30年後とか)には,そういうことが変わっているかということになって,でも,今の若い人達が「そのまま」年寄りになることはなくて,実際,この30年,若い頃は,柔軟な考えをしていても,歳をとって偉くなるに従って,保守的になって行くのを見てきたので,今の若い人達が社会の中枢に来る頃,今の世の中ががらっと変わる気はしません.実際,この30年がそうでしたしね(選択的夫婦別姓もほとんど進まず).しかも,今の若い人達を見ていると,我々の世代より,明らかに飼いならされてる感じもします.
でも,歳をとって偉くなって保守的になって行く人もいる一方,そうでない人もいるわけで,そういう人に期待するしかないんでしょうが,歳をとると保守的になって行くのには理由があって,それはやはり,偉くなる仕組み,つまり,偉くなるには,上から引っ張り上げられないといけないので,上の人間の考えに引っ張られるということがあるでしょう(あとは,偉くなったら大過なくというのも).そういうところが変わればとは思うのですが,そこを変えるのも上の人間なので,やっぱ,世の中,なかなか変わらんないというのが実感ですかね.
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ちらっと見えただけですが,「老害という言葉がよくない.何か違う言葉を考えよう」と言ってました.そして,ちらっと見えたのは,先人の知恵とか,そんな感じで,いやいやいや,全く論点がずれてます.
老害というのは,年寄りがいろいろ口出しすることではなく,そういうものの中で有害なものです.そして,そういうものは,厳然として存在するので,老害は老害です.
じゃあ,どうすれば,ということなんでしょうが,年寄りがいろいろ口出しすることで,有益なものに名前を付ければいいんじゃないですかね.老益とか.
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体調が悪いのではなく,もう歳ということかもしれませんね.実際,もう使いものにならないということであと○年でクビになるわけで,でも,そういう状況なのに,今はものすごいこき使われてるわけで,このギャップはなんなんでしょうね(まさにハードランディングにまっしぐら).
でも,ここ1, 2年で急激に衰えたというか具合が悪くなって,思い描いていた老後とは,大分違うことになりそうで,何とかなりそうだったものを,考え直さないといけないですかね.でも,こんな感じじゃ,考えても,また状況が変わるかもしれなくて,もう行き当たりばったりというか,何をするでもなく,というか,何もすることができず,自堕落にだらだら過ごすというのが現実的になってきたのかもしれません(ていうか,それもシナリオの1つではあったか).
そういう生き方しかできないのに生きてて何の意味があるのか,ということですが,生きてることに元々意味はないので,それは,関係ないでしょう(裏を返せば,生きてるだけで意味があるとも言える).問題は,どうやって退屈しのぎして行くかですが,どこかで書きましたが,退屈という意識があるうちは,何かするのでしょう.
問題は,そういう意識すらなくなった時ですが,もう尊厳も何も失ってると思いますので,要介護になって施設に入ることに抵抗はないというか,そうせざるを得ないのでしょうし,そんな状態で生きてても,と思っても死ぬこともできなくなってるんでしょう.
でも,そうなったらもうどうしようもないですが,1ミリでも尊厳が残っていたら,やはり,耐えられないと思うので,どうするんですかね.そういう状況で,果たして生きて行けるのでしょうか.でも,そういう状況でも,何をするでもなくだらだら生きて行くというのが自堕落に生きて行くということか.
そう考えてみると,別に定年後でなくても,今も含めて仕事が忙しいこともありましたが,やりたいことをやりたくなった時にやるという感じで,基本的にずっと自堕落に生きてきた気もするので,結局,何も変わらない,変わるのは,歳をとって衰えてできることが削られていくということで,それがなくなった時が終わりの時ということですかね.
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いずれにしても,これから大変ということですね.仕事という最高の退屈しのぎを奪われるということで,準備というか,考えてきたのですが,いろいろ不具合が出てきて,全然目論見通りに行かなくなったということでしょうか.
でも,研究もピアノもバドミントンもスキーもゴルフもできなくなっても,脚が悪くなって出かけることができなくなっても,やることはあるでしょうし,それこそが準備だったはずです.
健康寿命は70くらいと言われているので,多くの人は,定年退職後,5年くらいすると要介護になり,家族から介護を受けたり施設に入ったりデイサービスに行ったりして過ごすということなんでしょうが,私は,それを受け入れられないので,どうするかということだったわけです.
つい1, 2年前までは,今までと変わらずとは言いませんが,これまでの延長線上でいろんなことがまだまだできる(だんだんできなくなる)と思っていたところが,突然,崖から落ちるようにいろんなことができなくなり,感覚的には,もう80過ぎというか「最期の時期」のイメージで,つまりは,家に引きこもって,でも,なんとか要介護にならずに,食事,排泄,入浴など,生きて行くのに必要なことは自分でできる状態を維持するということで,あっという間に,それに近いところに来たということですが,ここは何とか死守しないといけないということですね.
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でも,何とかソフトランディングできそうなところだったのに,何が問題だったんですかね.
それは明らかで,とにかく体を動かすことが億劫になったことでしょう.1, 2年前までは,バドミントンとかスキーとか,スポーツというか競技することでそれを何とかごまかせてたものを,とうとう練習に行くハードルすら超えられなくなったということですかね.
要は,体の健康を保つために一日一万歩歩きましょうとかいうことができない生来の怠け者ということで,まさに自業自得ということです.裏を返すと,自業自得ということは,それを受け入れればいいとも言えて,でも,今のラインは死守しないといけない(超えたら死ぬしかない),ということですかね.
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あと思ったのは,時間は逆行しないというか,一度落ちた崖を登ることはできないということでしょうか.
体を動かさなくなって,筋力が衰えて硬くなって痛みが出るようになると,もう痛くて動かすことはできず,筋力を回復させることもできないわけですからね.
つまり,動かなくなってからでは遅くて,動くうちにしっかり動かしておかないといけないということで,そういう意味では,今の状態をとにかく維持するくらいは動かさないと,ここから更にどんどん衰えて行くということでしょう.
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生来の怠け者というのは,そうですが,体を動かすこと自体は,嫌いではないと思います.そもそも,体を動かすことが嫌いならスポーツなんかしないでしょうし,スポーツをするだけではなく,かなりしんどいトレーニングもしてました.つい数年前までは,普通は,タクシーとかで行くところを平気で歩いてましたし,東京にいるときは,普通は電車で行くようなところも自転車移動でしたし,つくば時代,バドミントンがしんどくなってやめた時は,毎日5km走ってましたからね.そうそう,家から大学まで走ってたこともありました.そうそう,つくばから秋葉まで自転車移動したこともあったな.
なので,体が動きさえすれば,動かしても痛くなければ,今でも体を動かすと思います.でも,痛いのを我慢して動かすのは無理で,時間は逆行しないというのは,そういうことです.
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これから大変というか,今の状態が回復せず,どんどん衰えて行くだけだとすると絶望的な心境にもなるのですが,これまでの人生で,何回絶望したのかなと考えました.
最初は,いつかなあ.中学の時の塾で落ちこぼれたというか精神的に付いて行けなくなったこともありましたが,やっぱり,高二の冬に父親が亡くなった時ですかね.次は,東大に入って,(当時)田無の宇宙線研究所の理論物理のゼミで行って,つまらなくて進路を見失った時ですかね(東大に落ちた時は,ろくに勉強してなかったし自業自得というか,まあしょうがないかという感じだった).
次は,就職して,結婚しようと思っていた人と結婚できず,自分がやっていた研究も評価されず,そういう中,南先生が亡くなった時て,お前はもうだめだと烙印を押された(と思った)時ですかね.
次が筑波大に行って昇進して,研究以外の仕事が激増して,もう研究できない,もう大学をやめようと思った時でしょうか.
こうしてみると,絶望の連続かと思ったけど,そうでもないですね.そして,絶望した後,得てして事態は好転してるわけで,今回はどうなるでしょうか.ただ,今までと今回が決定的に違うのは,まさにもう歳というか,残り時間が少ないというか,人生が実質既に終わってることで,このままフェイドアウトの可能性も大いにあるということですね.
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今回が絶望かどうかはともかく,これまでとなんか違う感じがするのは確かで,それは,絶望慣れ?というか,絶望してももうそんなに先は長くないので,死ぬまでなんとかやり過ごせばいいとも言えますし,どのみち,現状でできることをするしかないわけですからね.
まずは,あと○年,なんとか定年まで勤め上げることでしょうし,その後は,もちろん,あきらめたわけではないですが,もうバドミントンもスキーもゴルフもできない,ピアノも以前のようには弾けないとしても,要介護にはならずに,家に引きこもっても何とか退屈しのぎしていけるように,ということですかね.
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野球は交流戦が始まっていて,ライオンズは,いつもあまりよくないのですが,今年は,最初は悪くなかったんですが,広島に3連敗で,もはやこれまでかとも思ったのですが,セリーグ首位の阪神に3連勝です.それも,昨日,一昨日は,中継を観ていましたが(阪神戦なのでサンテレビでやってくれる),完全に劣勢な状況から終盤に大逆転というすごい試合でした.
パは,今年は,日ハムが行きそうという雰囲気ではあるのですが,日ハムもそうですが,ライオンズも「誰?」という選手が多くて,要は,若手が育ってきてるということで,チーム事情はよく似てる気がします.そっか,ソフトバンクもそんな感じですね.
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家に引きこもっても何とか退屈しのぎしていけるようにするにはどうしたらいいかですが,内的熟達的に一人でしこしこできることをやって行ければとは思いますが,それでやって行けますかね.それで行ければ,まさに無敵だと思いますが,「一人,時々,みんな」がいい私には,完全に「一人」は難しそうです.
でも,出かけることはできないとすると,来てもらうしかないとなります.もちろん,会って話がしたいと思って,来てくれる人がいなければ話にならないですが,受け入れられるようにしておかないといけないということはあるでしょうか.
そうすると,東京のど真ん中(八重洲とか上野とか秋葉とか)にたまり場?みたいなものを提供できれば,とどこかで書きましたが,そういうことも考えられるんですかね.たまり場?かどうかはともかく,私がそこに住んで,その一部を共用?スペースみたいにする感じでしょうか.
でも,そこで必要となるのは,お金ということになるので,それほどのお金があればということで,あまり現実的ではないですかね.
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絶望ですが,ほんとは,人生で何回絶望した?で書いたようなことではなく,もっと本質的というか根幹に関わることで,そういう意味では,30代の絶望は,南先生が亡くなった時(ももちろん絶望はしましたが)よりは,もっと早い段階,つまりは,就職して何年かして,これから先の人生が長くしんどく感じた時だと思います.
そういうことで言えば,逆に,幼稚園だったか,小学校低学年だったか,人は(自分は)いつか死ぬということを知った時も絶望したんじゃないですかね.
そして,もう1回は,やはり,50を過ぎて,人生が実質終わってしまったことに気づいた時で,研究以外の仕事が増えて研究できなくなったことより,そのことの方が本質的だったんだと思います.
じゃあ,今回はどうかですが,既に実質人生終わってるので,もう絶望しようがない感じもします.
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ピアノ(PCのキーボードも)の左指が動かなくなって来た件ですが,ショパンのOp.25の8のエチュードの冒頭4小節を,ピアノを弾く時,5分だけよたよた弾くようになって,少し動くようになったような気もします(でも,以前のようには全然).なので,動かないとあきらめるのではなく,動かせる範囲で動かして行くということですかね.
左指が動かないというのは,文字通りそういうことですが,ピアノを弾く時について言えば,「指が落ちる」ということがあります.具体的には,ショパンのOp.25の8のエチュードの冒頭4小節だと,左の6度で,5と2で押さえる時,4の指が落ちて,鍵盤に当たって,余計な音が出るということです.つまりは,5に引っ張られて4も落ちるという単なる結合の問題ではあるんですが,オクターブとかでも4が落ちるので,4を引っ張り上げるという意識が必要で,かなり大変です.
ただ,指のストレッチをすると少しはましになる感じで,要は,結合だけではなく,指の柔軟性がなくなってきているということで,体にしろ指にしろ,とにかくケアをして行かないと,どんどん動かなくなっていくということですね.
PCのキーボードは,2の指が上がりにくいのですが,これもショパンのエチュードの影響もあるかもしれませんし,ストレッチをすると,少しはましになる気がします.
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ピアノについて言えば,弾いてみたいと思ったら,どんな難曲でも,とにかく弾いた,というのが終わったということでしょう.思い返すと,そういう状態になったのは,大学時代のどこかで(ストラヴィンスキーの春祭をソロに編曲して弾いたり,リストの超絶技巧も弾いた),高校時代までは,弾けない曲は弾けないという感じだったので,その頃に,戻ったということですかね.
でも,実際の技量は,てんで大したことないので,むしろ,大学時代から数年前まで,「弾いてみたいと思ったら,どんな難曲でも,とにかく弾いた」というのがどうかしてた,まとも?な状態に戻ったというか,なったということかもしれません.
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本質的な絶望ですが,面白いと思ったのは,小さい頃は,死ぬのが嫌だったてことですよね.でも,30代になると,逆に死なないのがしんどいというか,もちろん,いつか死ぬんですが,それが何十年も先だとしんどく感じたわけで,じゃあ,死ぬのと死なないのとどっちがいいの?ということですが,今はどういう感じかと言うと,どっちでもいいというか,どっちも受け入れるというか,まさしくニュートラルということですかね.
でも,体の具合が悪くなったり,楽しいことがなくなったりすれば,そっちの方向に傾くでしょうし,でも,あとどのくらい生きるとしても,五十歩百歩というところまでは来ているので,そういうことも含めて受け入れるということでしょうか.
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これから大変ということですが,家に引きこもって,でも,要介護にはならず,何とか自活ということなんですが,それはあくまで最終段階で,でも,今それに急速に近づきつつあって,でも,そういう状態になって,10年も20年もその状態を維持することはできない気がします.つまり,そうなったら,いずれ要介護になるか,死ぬかってことでしょうか.
そういう状態を何とか維持するトレーニング的なことを室内でできるかということもあるんですが,今の生活を続けるだけだと,自然落下的に加齢で少しずつ衰えて行くので,少し負荷をかける必要があるんだと思います.実際,私が今のような状態になったのは,練習に行かなくなり,普段の生活の多くは座って過ごし,通勤とか出かけるとかで歩くこともそんなにないということがあるわけで,でも,こうなってしまうと,もう動かすと痛いので動かせなくなる,つまり,逆戻りはできないわけです.
なので,結局,痛くない範囲,無理しないできる範囲で動かして行くしかないわけで,それで今の状態をどのくらい維持できるかということでしょうか.
関係することとして,先日の名誉教授の先生もいらっしゃる教授懇親会で,席が隣になったI尾先生と話したことで,彼は,何かスポーツをされてるわけではないそうですが,新型コロナで体を動かさなくなった時,これではまずいと思って,自宅のマンションの階段の昇り降りを20〜30分くらいされるようになり,それは今でも続けているとのことです.
そういう話をきくと,しっかり自分の体を管理されていてすごいと思う一方,私は,そういうことを全然してなくて,たまたまスポーツをしてたってだけのことで,体がしんどくなって,スポーツをしなくなると途端に体が動かなくなり,もうスポーツをすることも,階段の昇り降りもできないわけで,覆水盆に返らずというのは,このことですかね.
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このサイトで生きることに意味はないと書いて来ましたが,生きる理由は,必要です.生きることに意味がない生きる理由が必要ということもあります.人間死ねないから生きていると言った人もいましたが,死ねない理由ということでしょうか.
もちろん,本人が生きてて楽しいのならそれで生きる理由としては充分でしょうが,そういうことは,あてにならなくて,やりたいことに興味を失うかもわからないし,歳をとってできなくなることもありますからね.
なので,生きる理由としては,そういう内的なことよりは,外的なことが大きい気がします.具体的には,親が生きているうちは,先に死ぬわけには行きません.
子供がいる人は,子供が一人前になるまでは,当然ですが,その後も,親が死んで嬉しい子供なんかいないでしょうから,そのために生きることはできるでしょう.でも,そうすると,子供がいない私は,親がいなくなると,生きてる理由がなくなることになりますね.
でも,大学にいる間は,研究室の学生達をちゃんと卒業させないといけませんし,今は執行部にいるので,その仕事をちゃんと全うしないといけません.でも,そうすると,今の大学やめた後は,生きる理由(の一つ)がなくなることになります.
ここまで来ると明らかなのは,要は,私が誰かに必要とされているか,いなくなると困るか,いなくなると悲しい人がいるかということになりますね.そういう人が一人でもいれば,生きる理由になると思いますが,そういう人がいなくなったら,なかなか厳しい感じはします.
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でも,それは他力本願なので,内的に(生きる理由を),ということでしたね.
でも,いろいろ不具合が出てきて,それは,思ったより難しいことを実感しているということですかね.
でも,こういうのは,互いに関係してるところはあって,内的にそういうことがあって,そういう生き方をしていると,自然と回りから必要とされると思いますし,その逆もあるでしょう.なので,とにかくしっかり生きるということなんですが,最初の一歩としては,やはり,体調ということになるでしょうか.
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東北大におられた柴田明徳先生が亡くなられたという知らせが来ました.ずっと年賀状のやりとりは続いていたのですが,何年か前から滞り気味になっていました.88ということなので,そういうことが起こってもおかしくない歳ではあるのですが,やっぱり,寂しいですね.
柴田先生と言えば「柴田本」(最新耐震構造解析)だと思いますが,私もお世話になりました(学生時代に自分が勉強したのはもちろん,教員になって振動学の授業をするのにも).私がもっているのは,初版ですが,もうボロボロです.いつだったか,建築学会か地震工学会で,学生に勧める研究書のアンケートというのがあったと思いますが,第1位だったと思います.
研究については,何かの委員会でいっしょになった時,構造物の非線形応答がどういう感じ(まさに「感じ」という感じ)で起こるかということをものすごく端的に表現なさっていたのが印象に残っています.
柴田先生との思い出は,地震研にいらっしゃった時に,呑気(おでん屋)に行こうと言ってくださって,学生も誘っていいですかと言ったら快諾していただいて,そしたら,学生が柴田本をもってきて,先生にサインをしてもらってました(笑).
その時も,いろんなお話をしてくださいましたが,一度,淡路町の蕎麦屋に飲みに連れて行ってくださって(東京下町の蕎麦屋は,夜は飲み屋.最後のしめで蕎麦を食う),いろんなお話をしてくださったことでしょうか.
ほんとに温厚というか,(少なくとも私と接してくださるときは)優しい先生で,今でも笑顔が浮かぶのですが,もうそれを見れないと思うと,やっぱり,寂しいです.
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今朝のMーサテでやってましたが,欧州経済も株価も絶好調だそうです.どうしてかわかりますか?
戦争をしてるからです.軍需産業は,もちろんのこと,それに伴ういろんな需要があるわけですし,復興のことも考えないといけませんからね.そう言えば,日本が敗戦後,驚異的な経済成長をしたのも朝鮮戦争特需があったわけです.どう思いますか?
もちろん,経済を回すために戦争をするなんてことは,あってはならないことですが,経済というのは,「そういう側面がある」ということです.つまりは,経済を回すことを第一義に考えるのではなく,もっと大事なこと,本質的なことを考えるべきとは,このサイトで何度も書いている通りです.
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もう何日か経ってますが「夏が来ました」ね.と言っても,梅雨明けしたわけではないでしょうから,また雨模様の日々になることもあるでしょうが,これから3か月以上は,こんな感じの日(以上)の日が続くということですかね.でも,私個人的には,夏は嫌いじゃなくて,そもそも,一日のほとんどを空調の効いた部屋で過ごしているので,暑いのはそんなに関係ないです.
毎年書いてますが,今日は創立記念日で休み(だが世間は平日)という年に一度の変な日です.で,折角の休みなので,というわけではないですが,先日,紹介してもらったカイロプラクティックというのに行ってきました.紹介してくれたのは,学生時代の研究室の後輩のK村さんで,大阪のN建設計勤務なんですが,私がこっちに来たということで(と言っても,もう4年以上経ってるけど,異動当初は新型コロナだった)ご挨拶にうかがいますと言ってくれてて,来てくれたということです.
会うのは,それこそ,卒業以来だったと思いますが,会えば当時に戻るということもありますし,その後のいろんなことも含めて話すことはいくらでもあって,楽しい時間を過ごせたのですが,その時,右脚のことを話したら,「神の手」と言われてるところありますよ,と今日行ったところを紹介してくれたわけです.
でも,何度か書いてるように,これまで整体とかいろんなところに行きましたが,どこもだめで,今回も行ってみないとわからないのですが,変なことされて悪くなることがなければ,とりあえず,行ってみるというのはあるでしょう.
でも,やはり,背景的なことは重要で,根本的な原因の一つとして,体が歪んでいるということが大きいと思うんですよね.最近は,トイレの姿見の前に立つと自分の目で見ても歪んでいるのがわかるほどです.歪みを補正するストレッチもわかっているのですが,現状は,そのストレッチすら痛くてできないので,せめて,そのストレッチができるくらいまでになればということはあります.
この体の歪みを解消しないで,痛みだけとってもすぐに元に戻るでしょうし,歪んだままだとどんどん歪は大きくなって行くので(一旦右に傾くとその傾きはどんどん大きくなる),まずはそこだと思っていて,紹介してくれたところは,歪を治すところのようで,ゴリゴリとか揉んだりとかはしないとか,1回で結果を出すので回数券はないとか,1回4000円とか,いろいろポジティブな点も多いので,行ってみることにしました.
場所は奈良で,JRから近鉄に乗り継いで1時間くらいですかね.ちなみに,奈良(県)に行くのは,(多分)初めてなので「初奈良」で,経県値も少しアップですかね(笑).近鉄も初めてかなと思ったんですが,学生時代,神戸で建築学会大会があって,1日さぼって,ライオンズが勝てば優勝という試合を藤井寺球場まで見に行ったことがあるので,それ以来ですかね.いや,近大で建築学会大会があったときも近鉄だったかな? でも,隣の県でも,行ってないところに行くのは,なんかわくわくしますね(笑).
で,施術は,専用の台があって,そこに乗って,見た瞬間,原因がわかりました.帰りには痛みはなくなりますよ,という感じだったんですが,予想通り全身が歪みまくっていて,専用の台でがしゃんがしゃんってやって,首から背骨から骨盤までの歪みを矯正した後,股関節が(これも予想通り)はまってないということで,はめると可動域が一気に広がりました(なので,神の手というよりは,歪んだところを把握して慣性力を使ってがしゃんがしゃんと歪みをとるという,合理的方法という感じ).
施術は,15分くらいで終わり,その後,歩くと,明らかに感覚が違っていて,痛みもほとんどなくなっていました.帰りに走ろうと思えば走れる感じで,でも,以前の別の施術でもそういうことがあったんですが,こんな一瞬で治るなんてことはどうかなあとは思っていました.
帰りもまた電車で1時間なんですが,その間は,座ってないといけないし,しばらくしたら戻っちゃう感じもしていたのですが,戻って来たら,痛みとかは,また出てきた感じです.でも,歪みがとれたのは,確かだと思うので,この状態を維持した上で,動かせる範囲で動かして行くことが大事なんでしょう.
でも,また歪んだとしても,月一くらいで歪みを治しに行くくらいは,全然ありで,今回かなり大きく動かした感じはするので,全身の歪みをとるということで,近くのちゃんとした整体に月一くらいで行くというのもありかもしれません.
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何時間か経って,痛みとかの症状は元に戻ってしまった感じです.これをどう考えるかですね.今回もだめだったのか,そうではないのか.
言えるのは,体の歪みは,一時的かもしれませんが,明らかに解消したと思います.見てもわかりますし,右左の骨盤の可動域も(数十年ぶりに)同じくらいになりました(これはスキーには大きい.でも,滑れればの話).でも,症状は残ってるということは,歪で負担がかかって炎症のようなことが起きていたのなら,すぐには症状はとれない可能性はあります.
あとは,歪はとれたのに違和感はあって,でも,これは,歪んだ状態に慣れてしまっていたということでしょうから,この違和感がとれるのにも少し時間はかかるでしょうし,歪がとれた状態で今までの歪みに慣れたものではない動きをしないといけません.
あとは,ついてしまった癖というか,「歪む復元力」のようなものもあるでしょうから,そこを治すことも必要で,それでもまた歪んでしまったら,また施術を受ける必要はあるかもしれません.
ということで,元に戻らないように気をつけて,できる範囲で動かしながらしばらく様子見ですかね.
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いっぱい稼いでる芸能人が出てきて,節約の話をしていました.そんなに稼いでいるのにどうして節約なんかするのか,そんなに金貯めてどうするんだ?ときかれたら,老後,豪華な施設に入りたいと言ってました.そう言えば,島崎遥香もそんなこと言ってましたね.どう思いますか?
いいんじゃないですかね.生きてることに意味はないわけで,でも,生きる理由は必要です.つまり,退屈しのぎしていかないといけないのですが,最高の退屈しのぎが仕事で,でも,仕事していっぱい稼いでも使い途がないわけで,それがタワマンに住んで高級車乗ってブランド品買って海外旅行に行って,ということではなく,遠い未来の今と関係ないことにあると,とにかく仕事することとか今を生きることに注力できる気がします.
つまり,遠い将来のことを考えているようで,実は考えてないというか,一度考えた上で今にフォーカスしているわけで,今を生きる一つの方法ということでしょうか.
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上の話は,実際に豪華な施設に入るかどうかは,どうでもいい,今を生きる理由になることが重要ということですが,リアルな話として,定年で社会からお前はもう要らないと言われ,年老いて思うように体も動かず,要介護になったりした時のことを考えると,どういう施設に入るかは,重要ですよね.もちろん,施設に入らず自活できるのが一番いいのですが,それは,非常に難しいし,フェイルセイフとして,そういうことも考えておくことは必要でしょう.
でも,ちゃんと調べてないので何とも言えませんが,それこそピンキリなんでしょう.安いところだと,一人の人間の尊厳がどこまで尊重されるのかと思いますし,同じ施設に入ってる人達のいろんな意味での「レベル」もそういうものに引っ張られるでしょうからね.つまり,最後にものを言うのは,結局,お金ということなんでしょうか.
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ちょっと調べてみました.もちろん,ピンキリなんですが,入居金数千万,月額数十万くらいな感じです.つまり,20年入るとすると数億くらいかかるってことで,ここが1つのラインとすると,その数倍くらいは,必要ってことですかね.
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でも何か変ですね.要介護になったとして,施設なんかに入らず,住み慣れたというか,余計な干渉を受けない自宅で介護を受ける,何かあった時,病院に連れて行ってもらうとかするとして,その費用がいくらかかるかですが,人一人の平均年収が500万としても,つまり,誰か信頼できる人を,その人の生活も含めて完全雇用するとしても,年間500万,20年で1億,実際は,フル稼働しないことを考えると,これより少ないわけで,「豪華な施設」には,いろいろ余計なものが上乗せされているということですね.
まあでも,いずれにしても,お金があった方がいいことは間違いないか.要介護にならないことの方がもっといいとは思いますが.
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先日そういう話になったのですが,バドミントンでは全日本の試合に出ていて,スキーは準指で,ピアノもかなり弾けるみたいで,一方では,仕事は,最先端の研究をしていて〇大の教授だし,○○でかなり稼いでる感じで,いやいや,そんなことある? あり得ないでしょ,ということなんだと思います(そういう意味では,既に新書50冊分の文章をこのサイトに書いているというのは,このサイトを見ればわかりますかね(笑)).
でも,バドミントンをいっしょにやってた人達や全日本とかで試合をした人,スキーをいっしょに滑ったことがある人,私の弾くピアノを聴いたことがある人は,どのくらいできるかはわかってるわけですが,これらを「全部」見た人はいないわけで,結局,どれも大したことないと思われてるんでしょう.実際,私のピアノを聴いて,ほんとに弾けるとは思わなかったと言ってた人もいましたしね.
まあ,大したことないという意味では,確かにその通りなので,別にそれで全然いいんですが,そういう時期があったとしても,多くは,もう衰えてしまって,あるいは,できなくなってしまって,ほんとに大したことなくなったわけで,なんだかなあという感じはしますかね.
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でも,嘘つきと思われているのは心外なので,何か証拠?はないかなと考え始めました.
まずは,バドミントンですが,ここに記事がありますが,40になった時,初めて全日本教職員に出てシングルで16に入ったんですが,インターネットで検索すると,なんとその時の記録がありました.
こうやって,ちゃんと見るのは,実は,初めてだったりします.でも,その時は,初出場でシード下に入れられて,シードとの試合が壮絶過ぎて(2, 3時間はやってた気がする),準々決であっさり負けたと思っていたのですが,1ゲーム目は,13-15なので(当時は,まだ15点のサーブポイント制),かなり競ってたんですね(確か2ゲーム目で脚がつった).でも,その時は,全然知らなかったのですが,ベスト8以上は,江藤さんとか高崎さんとか奥山さんとか高原さんとか,全日本シニアでも上位の錚々たるメンツ,つまり,この年代の日本のトップなわけで,そんなのに勝てるわけないじゃんって感じですかね.ていうか,江藤さん,やっぱ強過ぎますね.
準指(スキー)は,ここに準指導員証がありますね(笑).

ピアノは,一度だけ,演奏動画をアップしていたのを思い出しました.曲は,ファジル・サイのブラックアース(黒い大地)で,練習始めて2週間くらいの時のものです.でも,この曲なら,今でもちょっと練習したら弾けるかな.でも,この動画も久しぶりに見ましたが,今はここまで鳴らないですかねー(以前のリンクは,クロームだと動画のダウンロードになっちゃうので,mp4に変換しました↓).
あとは,何かな.研究は,論文書いてるし(論文リスト.でも,ここ数年は,あんまりちゃんと更新してない),このサイトは,見ればわかるし,いくら稼いだかは,死んだときわかる?(いや,売買履歴は,日本時間朝寄りの売買直後に公開しているので,これを基に計算すれば,いくらかはわからなくても,元手を何倍にしたかはわかるか
でも,証拠?じゃないですが,そんなのにどういう意味があるのかと思いますよね.所詮過去のことだし,今何ができるかなわけですからね.
でも,歳をとって衰えるのは,どうしようもないし,最期は死ぬわけで,そういう何かを残しておくことも必要なんでしょうか?
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残すということで言えば,私の場合,やはり,研究なんでしょう.実際,バドミントンやスキーやピアノ,どれをとっても,研究に比べれば,吹けば飛ぶようなものです.
でも,研究ができるのは,あと〇年しかありません.でも,一方では,後世に残すような仕事はできたと思います.具体的には,被害と対応する震度算定法もそうですし,将来,より正確に地震被害推定を行うために,私が提案した方法が使われるとすれば,しっかり残せたというか,私の生前に震度算定法が変わらず,後になって私の研究が参照されて変わるとしたら,まさに「残せた」ということになりますからね.
あとは,やはり,このサイトですかね.書きたいと思って書いてる以上は,何か発見があると思って書いているので,評価とかはどうでもいいんですが,残しておくという意味はあるんだと思います.
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ある人に,その人が定年まであと何年という話をしたら,「長いな」と言っていました.その人は,とても話ができる人で哲学者だと思うのですが,先のことは考えない方がいいですね,と言っていました.
そう思いますね.先のことを考えず,その日その日を楽しんで生きる,そして,気づいたら,というのがいいんだと思います.でも,気づいたら,こんななずでは,となるかもしれないので,やはり,「近く,時々,遠く」ですかね.
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ノートPCのキーボードですが,近くの修理屋さんに頼んで治って返ってきました.
最初は,自分でやろうかなとも思ったのですが,だいたいいくらくらいかかるかきいて,そのくらいの値段でできるのならプロに任せようと思いました.そして,それは正解で,キーボードの総取り換えもそうですが,その際,部品の一部が破損していることがわかって,そこも部品が入手できない中,職人技で修理してくれたのです.
もちろん,修理になんかならない方がいいのですが,今後,こういうことがあれば,またお願いしようと思いました.
でも,思ったのは,私が使ってる大画面かつ薄型かつ軽量のノートPCですが,まだ買って2年くらいしか経ってないし,落としたりした憶えもないのに中の部品が破損してるわけで,大画面かつ薄型かつ軽量にするために,いろいろ無理してるってことなんだと思います.
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いくら稼いだかは,死んだときわかる?と書きましたが,売買履歴は,日本時間朝寄りの売買直後に公開しているので,これを基に計算すれば,いくらかはわからなくても,元手を何倍にしたかはわかりますね(ちなみに,日経225先物はレバレッジ2倍で,VIX指数先物は0.3倍.それ以外は1倍).
まあでも,いくら稼いだかも含めて,このサイトに私の仕事以外のいろんなことは書いているので,(研究のことは,研究室のサイトにある),ここを見ると,あるいは,ここからリンクを辿ると全部書いてあることにはなりますね.
でも,なんせ,量が膨大なので,どう整理するか,ということはあるでしょうか(老後にやること? でも,やりたいことではないので,今すぐやることではない).
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右脚なんですが,よくないです.これじゃあ,体の歪みをとってもらう前と変わらないです(ちなみに歪み自体は,元に戻ってはいないと思う).
でも,考えてみれば,これは当たり前で,右脚(太もも)の痛みの原因は,右股関節を傷めてそれをかばって,左右非対称の動きををすることで体が歪み,右脚の筋肉が硬くなって神経を圧迫していることが原因だと思っていて,体の歪みがとれても,筋肉が硬いままでは,痛みがとれないのは当然でしょう(痛みだけとっても,筋肉の硬さをとらないとだめなのも同様).
なので,筋肉の硬さをとって動かして行かないといけないということですね.でも,それだけやっても体が歪んだままだと元に戻るわけで,つまり,体の歪みをとることと,筋肉の硬さをとって動かして行くことと,両方必要ということですね.
そして,痛みが少しでも軽減して,その分,動かせるようになれば,動かすことで,ものすごく低下している筋力を戻すことも必要ですね.
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社会的に生きてしまった(のかなあ)と考え始めました.
私としては,やりたいことを見つけて,それで飯が食えればよかったんですが,やりたいことが研究で,そのために研究者になり,研究すれば,研究成果が出たりして,そうすると,評価や社会的地位が付いてきたりするわけです.
でも,それは,研究者にとって,必ずしもいいことではなくて,実際,評価されて社会的地位が上がるほど研究できなくなるわけですからね.もちろん,評価を受けた社会的地位がある人が若い人達が研究できるように身を粉にして,ということはあるんですが,私自身は,研究するのに,そんなにお金は必要ないし,お金が必要な研究をすると,そういうことが起こるので,敢えてお金がそんなにかからない方法を模索したということもあるわけで,なんだかなあとも思うんですよね.
じゃあ,どうすればよかったかですが,40年前にフリーの研究者というのは,現実的ではなかったというか,それは,今でもそうなので,地震研の助手になって,ずっと助手(助教)のまま研究してればよかったんですかね.
でも,助手(助教)は,若い人のポストなので,昇進する機会が与えられれば,それを拒否することは避けるべきで,そうすると,RCの世界で認められず,新しい分野を開拓するつもりで筑波大に移って,何もないところから,研究分野と研究室を立ち上げて,多くの優秀な学生が来てくれて,教授に昇進するまでは,とてもよかったんですが,昇進後,いろんな仕事が増えて,研究できなくなって,ということがあったわけです.
実際,50を過ぎたあたりでリタイアすることを考えましたし,その時,やめていれば,というのは,一つの選択だったかもしれませんね.でも,あの時やめて,食べて行くことはできたと思うので,フリーの研究者になって,ということですが,どうなんですかね.もっと研究できたというか,研究したんですかね? あんまりそういう感じもしませんし,あそこでやめていれば,その後,来てくれた学生達と出会ってないことになるので,その差は,やはり,大きいです.
次の岐路は,防災研に来た時ということになりますが,断ろうと思えば断れたわけで,受けたということは,まさに自分でそう判断したということですし,残り年数を考えれば,この時,定年まで行くことが決まったようなものでしょう.
まあこんな感じで,社会的に生きるつもりはなかったんですが,社会的に生きる以外の選択肢はなかった感じで,結局は,社会の仕組みがそうなってしまっている,大学で言えば,研究者になって研究成果を出すと昇進しないといけないことになっていて,昇進するといろんなマネージメント的な仕事が増えるということで,そういう点では,民間の会社と同じということでしょうか.
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見方を変えると,怠惰でどうしようもない人間がだらだら自堕落に過ごしたものを,社会の枠にある程度はめられて,やりたくないこともやらないといけなくて,少しはまともに過ごしてくることができたとも言えるかもしれませんね(定年後が心配?).
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そういう社会なのでどうしようもないのですが,どういう社会だったらいいかということだと,やっぱり,適材適所ってことですよね.
昇進なんかしないで研究していたい人もいるし,偉くなっていっぱい給料もらいたい人もいるわけで,でも,今の社会は,みんな偉くなっていっぱい給料もらいたいというのが前提になってるわけです.
でも,そうでない人もいるわけで,大学教員ならずっと助教,会社なら平社員というか現場の仕事ということなんでしょうが,研究や現場で能力を発揮する人もいるので,そういう人も昇進とか給料以外で評価するのがいいと思うんですよね.
要は,地位みたいなものをやめればいいということで,管理職は,管理するのが仕事で別に偉いわけじゃないし,みんなフラットな関係ということで,でも,適材適所に最適化するのは難しいので,やりたくない責任の重い仕事は,その分,給料を高くすることは必要で,でも,給料が高いというだけで,偉いわけではないということでしょうか.
会社だと指揮命令系統というのがあるので,上下関係が必要ということなんでしょうが,出世したい人は,言うことをきけばいいし,言うことをきかないでやりたい仕事をする(もちろん,会社の中にそういう仕事があることは必要)という道もあるでしょうし,大学ならなおさらです.
でも,そんなこと言うんだったら,どうしてずっと助教でいなかったのかとなるのですが,それがまさに社会的に生きてしまった(のかなあ)ということです.でも,私は,研究さえできればいいとは思ってなくて,自分の研究室をもって研究しながら若い人達を育てることもしたいので,それには,昇進しないといけなかったということはあります.
それなら,准教授止まりということも考えられるのですが(ただし,小講座制ではなく,准教授にも独立した研究室がもてる大講座制),いい歳してまだ結婚しないの?みたいに,ある程度の歳になっても准教授だと,教授になれない人みたいな余計な社会的圧力があるのは事実で,やっぱり,地位みたいなものをやめればいいってことなんですが,そうすると,みんな出世したがらずに偉くなって責任の重い仕事をする人がいなくなるってことなんでしょうが,これは,みんな偉くなっていっぱい給料もらいたいというのが前提というのと矛盾してるわけで,つまり,今の社会のシステムが矛盾してるんじゃないですかね.
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右脚ですが,体全体の歪みをとるだけではだめだったのですが,それは当然で,上流の汚染源は除去できたとしても下流の汚染された流域を何とかしないといけないわけです.
それは何かというと,じっとした後動かした時の太ももの痛みなんですが,そこを除去しても,これまただめで,その原因,つまり,その上流の原因をとらないといけないわけです.更に言えば,体の歪みが最上流ではなくて,もっと上流にあるのは,座り過ぎとか体を整えるとかの生活習慣でしょう.つまり,生活習慣→体の歪み→何か→太ももの痛みとなっていて,この何かが何かがポイントなわけです.
こうなると,整形外科とか整体とか行ってもだめで,自分で考えるしかありません.ヒントはいくつかあって,一つは,右股関節の内旋が痛くて全くできなくなってることで,そのため太ももに負担がかかって痛みが出ていることは考えられます.
じゃあ,右股関節を内旋させる筋肉は何かというと,これは調べることができて,大腿筋膜張筋,中殿筋,小殿筋です.要は,骨盤の外側に付いてる筋肉ですね.股関節とか太ももの痛みの対処法として,整形外科とか整体とかの情報をいろいろ集めると,腸腰筋,つまり,大腰筋と腸骨筋をほぐせと出てきますし,これはやりましたが,私の場合は,効果がなかったです(あっても,一時的ですぐに戻る).
でも,大腰筋は,脚全体を引っ張り上げる筋肉ですし,腸骨筋は,内旋よりは外旋でしょう.私の場合,外旋は全く問題ないですし,股関節が悪い人の9割は内股が原因ということですが,これも私の場合は,逆です.
ということで,大腿筋膜張筋,中殿筋,小殿筋,即ち,骨盤の外側に付いてる筋肉をほぐし始めました.気づいたのは,外旋しようとすると,実際にこのあたりの筋肉が動きますし,歩いたりして,右脚に力がかかるときもかなり動きます.そして,ここを押すとかなり痛いですし,その後,太ももの痛みが緩和する感じはします.今支障があるほど痛いのは,唯一階段を登る時なんですが,それにも効果が感じられます.
でも,これまでいろんなことを試して,こういうことは何度もあって,でも,しばらくすると元に戻ったので,今回もどうなるかわかりませんが,とりあえず,しばらくこれを続けるということですかね.
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昨日の夜ふかしの心理テストで,あなたが何でも自由になる王様で,国民に顰蹙を買ってることは何ですか?という質問がありました.私の答えは,仕事をしない,です(もちろん,実際は,王様ではないので,あくまで架空の話).
これで何がわかるかというと,あなたがほんとはどうしたいか,ということです.もちろん,この手の心理テストがどのくらいあてになるかということはありますが,少なくとも今回は当たってると思いました.だって,もう(研究以外の)仕事したくないですもん.
でも,やりたいことだけやってればいいかは,なんとも言えません.でも,もうすぐ(定年後)そういう状態になります.どうなりますかね.あんまりいいイメージは湧かないですが.
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なんか変ですね.元々自堕落で怠け者で仕事なんかしたくないし,社会的地位とかお金とかもどうでもいいし,もう仕事なんかしなくても食べて行けるし,定年で仕事しなくてよくなるのは大歓迎のはずですよね.
じゃあどうしてここまでこういう感じでやってきたかですが,研究というやりたいことをやっていたら成果が出て昇進させられたということもありますが,筑波大に移った時もこっちに来た時も,声がかかったということがあったわけで,もしそういうことがなかったら,もっとだらだらやってた気もしますし,社会的にはめられたというか,活かしてもらったというか,そういうことが大きいんだと思います(副所長とかも依頼がなければ絶対やってないし).
なので,定年後どうなるかも,結局,そういうことなんだと思います.そして,どこからも声がかからなければ,ようやくそういうことから解放されて,思う存分,自堕落にだらだらと生きて行けばいいということかもしれません.
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女と男は,女と男という以前に同じ人間とずっと書いてきました.その考えに変わりはありません.でも,女と男が同じかというと,これも同じと言いたいところですが,決定的に違うところがある感じがしてきました.
それは,女と男が違うというよりは,(女から見て男がどう見えるかは男にはわからないので)男から見た女は,やはり,特別です.でも,女も人間なので,人間という部分では同じです.でも,男と決定的に違う「ところ」はある.そして,それを感じる人と感じない人がいて,ほとんどの人にそれは感じないということです.
つまり,女の人はたくさんいるけど,そのほとんどは,「同じ人間」で,でも,ごく少数,同じ人間だけど,それだけじゃないものを感じる人がいるということでしょうか.
でも,そういう人も同じ人間なわけですから,それが何とも不思議というか,二面性があるわけで,でも,それがいいのかもしれません.
でも,それは,おそらく,本能的なもので,つまり,当てにならないわけで,そうでない部分,つまり,同じ人間であることの人間の部分がやっぱり大事ということですかね.
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私にとっての「理想の老後」はどういう感じなんでしょうね.
まずは,生活していかないといけないので,ある程度のお金は必要でしょう.でも,年金もそれなりの貯えもありますし,これは,さすがに大丈夫でしょう.運保もやってますしね.でも,運保は,諸刃の剣で,儲かることもあれば,損することもある,それどころか全財産を失うリスクもあるわけで(でも,そういうリスクをとらないと大して儲からない),そこのマネージは重要です.
生活するには,お金があるだけではなく,食事の準備や買物,掃除洗濯などの家事もあります.そして,そういうことをちゃんと自分でやることは,とても気持ちいいし,老後は時間もあるので,今よりもっとちゃんとできるかもしれません.
次は,やはり,楽しく退屈しのぎして行けるかですね.仕事をやめれば,人との繋がりは激減するでしょうから,一人で内的熟達的に退屈しのぎして行けることが重要です.でも,ずっと一人はしんどいので,「一人,時々,みんな」が理想ですかね.
つまり,普段は,多くの時間を一人で楽しく退屈しのぎをして,時々,分かり合える限られた人と会って話をしたりするということですかね.そういう意味では,定年後は,フルタイムで働くのはしんどいとは思いますが,研究はして行きたいので,どこかに所属できるといいとは思います(大学とかの客員とかでもOK).
でも,一人で内的熟達的に過ごすのは,思いの外,難しくて,それは,体や脳が衰えるからです.具体的には,右脚がよくならなければ,バドミントンやスキーはできませんし,左指が動かなければ,ピアノも思うように弾けません.バドミントンやスキーは(ゴルフも),誰かとすることが多いので,「一人,時々,みんな」の「みんな」とも関係します.
自堕落にだらだらではないですが,テレビやインターネットを見たり,音楽をきいたり本を読んだりとかでも結構な時間はつぶれる感じもしますが,脳が衰えないことは重要で.運保は,経済的には,リスクはあるのですが,内的熟達的生活をするために必要なものでしょう.このサイトも研究もそうです.そして,運保やこのサイトや研究を続けること,要は,考えることが脳が衰えないことに繋がるでしょう.
こんな感じで,生活して行きながら,内的熟達的生活+人との繋がりの「一人,時々,みんな」で,日々淡々と過ごして行ければ,それで充分ですかね.つまり,「理想の老後」は,そんな突拍子もないことではなく,でも,難しいのは,やはり,体と脳の維持で,私の場合,やはり,右脚と左指でしょうか(左指は,ピアノだけでなく,PCのキーボード入力にも影響するので,このサイトにも関係する).「一人,時々,みんな」で過ごすには,一人暮らし,つまり,要介護にならずに施設に入らないことが必要で,そのために,適度に体を動かすことも必要ですね.
逝くことについては,自分で制御はできないので,でも,いつ逝ってもいいように準備しておくことは必要で,その上で,痛いとか苦しいとかなく,穏やかに逝ければいいですね.回りに迷惑をかけないようにしておいて,自宅で一人で逝く,つまり,世間で言うところの孤独死がいいですが,回りに迷惑をかけないことを優先して,具合が悪くなって,病院に行って,そのままあっという間に逝くというのでもいいです.
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あとは,どこに住むかですが,どこでもいいと思います.でも,フルタイムでなくても,客員とかちょっとしたことでも,何かそういうことがあれば,それが拘束条件になるかもしれません.でも,そういうのがなければ,(こういうのも考えられないこともないですが),普通に考えれば,東京から電車で1時間のどこかですかね.
ただ,将来住む街探しでいろんなところに行きましたが,その街の雰囲気は大事ですかね.職場の近くとかの拘束条件があれば,そっちが優先しますが,そういう拘束条件がなければ,街の雰囲気は大事だと思います.
買うのか賃貸かは,UR(なら年寄りにも貸してくれる)の賃貸がいいですが,いいところがなければ,二束三文とは言いませんが,数千万くらいで買えるのなら,買っちゃった方が楽かもしれません.
戸建かマンションかは,老後多くの時間を過ごすことを考えると,理想の間取りにできる戸建とも思ったんですが(ZEHにすれば,リスク回避もできる),年寄りには,マンションが住みやすいと思いますし,最近,気づいたマンションのメリットとして,「階段がある」ということがあります.
先日のI尾先生の話もそうですが,階段があれば,適度に体を動かすことができると思います.散歩だと強度が低いので,時間がかかりますし,走るのだと雨が降ったり寒いとやらない気がするんですよね.部屋でスクワットやランジをしたり,エアロバイクを漕ぐというのもなんか効力感が感じられません.
実は,少し前から(I尾先生の話を聞く前から),防災研の階段の昇り降りをしていました.私の部屋から行くトイレは,右と左とあって,どちらも結構遠くて,しかも,左の方は,同じ階になくて,上か下の階にしかないんですよね(同じ階にあるのは女子トイレ).なので,左のトイレに行く時,階段を昇り降りしないといけないのですが,それを逆に利用するということです.
階段の昇り降りを始めたのは,右脚のリハビリです.現状,日常の動きで痛みを感じるのは,階段の登り(下りは痛みは感じない)と深くしゃがんだ時で,ということは,これらの動きが痛みを感じずにできるようになればいいとも言えるわけです.トイレに行くだけでなく,その際に5階分登れば,右脚の不具合で全く運動できずに体力が落ちまくってる今の状態だと少し息が上がるくらいになります(2年前までは,1段飛ばしで息も切らさず駆け上がっていたので,その凋落ぶりは凄まじい).
ただ,その時は,しばらくすると,痛みが出るようになり(その時は,防災研のトイレに行く階段の蹴上の高さだとぎり大丈夫だった.宿舎の階段は,蹴上が少し高いので痛い),やめてしまったのですが,大腿筋膜張筋,中殿筋,小殿筋をほぐすと大丈夫になったので,再開しました.つまり,痛みを感じずに階段を登れるかが右脚回復の一つのバロメータになってるということで,次の目標は,宿舎の階段ということになります(つまり,今は痛いので,帰る時,登るのが苦痛).そして,この階段の昇り降りですが,運動強度もそこそこあるし,結構,効力感が感じられるんですよね.
これが癖になればしめたもので,でも,防災研にいられるのは,あと〇年なので,そうすると,自宅(のマンション)に階段が必要ということになるのかもしれません(笑)(でも,今はまだ大丈夫ですが,階段から転落して元も子もないようにしないとですね).
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左指はともかく,右脚がこういうことになってしまったのは,何が問題だったのでしょうか.それは,気力でしょうか.バドミントンの練習に行くのがなんか億劫になってしまって行かなくなってこうなったわけで,じゃあ,どうして億劫になったかというと,気力がなくなってきたからなわけです.
でも,気力って何でしょうね.ものすごく体調が悪くても,気力があれば,乗り越えられる? そう考えると,気力以前に体調のような気もしてきます.体調というか,要は,体がしんどいってことですね.
でも,これは,歳をとると,ある程度は,しょうがない気もします.じゃあ,どうしたらいいんですかね.
やっぱり,それなりに効力感を感じられる体を動かすことを見つけることじゃないですかね.効力感が感じられなければ,続きませんからね.
でも,これがかなり難しいと思います.私の場合,バドミントンやスキーなら効力感を感じられたのですが,いつしかその壁を乗り越えられなくなって,行かなくなり,代替のものを見つけられればよかったのですが,それが見つけられず,というか,見つけようともせず,気づいたら,あっという間にこの惨状なわけです.
このままどうしようもないのか,ここからある程度は回復するのかはわかりませんが,少なくとも現状より悪くなることは避けたいので,できる範囲でできる,効力感を感じられる体を動かすことを見つけるしかないですかね.
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人生の年齢に対する幸せ度曲線を見ると,40代半ばくらいがボトムで,このあたりを境に幸福度が上がって行くという調査結果があるのですが,そんなのおかしいと言ってる人がいました(でも,おかしいと言っても,調査結果なんですけどね.でも,調査結果(平均像)に過ぎないとも言える).
その人が言うには,このくらいの年齢は,子育てが終わったり,仕事がある程度結果が出たりして燃え尽きやすい頃で,一方では,この辺から親の具合が悪くなって介護が必要になるかもしれないし,亡くなり始める年齢でもあるわけで,状況を考えると,確かにここから厳しくなっていく感じもします.
でも,調査結果は,逆なわけで,これが何を意味するかですが,外的状況が厳しくなるほど,内的状況がよくなるというか,そうでないとやって行けないというか,そういうことがあるんですかね.そうだとするとすごいことで,幸せって,外的なものではなく,やはり,内的なものということでしょうか.
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「自堕落にだらだら過ごす」というワードがよく出てきますが,具体的にどういうことでしょうね.
何もする気にもならずにせずにぼーっとするのはそうでしょうが,一日中そうするのは,逆に難しそうです(でも,認知症になったらそんな感じになるのでしょうか).でも,旅行とかに行って電車の中から移り行く風景をぼーっと見てるのはそれに近いでしょうし,ただ何となくテレビとか映画とかを見てるのも,ぼーっと音楽とかを聴いてるのもそれに近いですかね.
ここまで来ると見えてくるのは,(アウトプットではなく)インプットということですかね.でも,本を読むのは,インプットですが,それなりの労力を要するので,「自堕落にだらだら過ごす」とまでは行かないですかね.
食事を作ったり食べたり家のことをするのがインプットかアウトプットかは難しいですが(でも食事を作るのはアウトプットか),そうすると,アウトプットかインプットかと言うよりは,能動的か受動的かと言った方がいいですかね.
そして,歳をとると,体がしんどくなってくるので,能動的なことより受動的なことが多くなるということなんでしょうか.でも,体はしんどくても脳がまだ大丈夫なら,そういうことを能動的にアウトプットすることはできそうです.
つまりは,老後は,そういうことをメインにして行けばいいということなのでしょうか.でも,体があまりに動かなくなると,要介護になってしまうので,ある程度は,体を動かす(のは能動的)ことも必要でしょう.
でも,「自堕落にだらだら過ごす」というのは,私の場合,老後に限らないわけで,実際,若い時も,例えば,高校時代とか大学受験の時もそういうことはかなりありましたから,元々怠け者というか,性格的なことですかね.そして,歳をとって体がしんどくなれば尚更ということですね.
でも,それでいいと思えるのならそれでいいんですが,そういう風に過ごすと,何とも気分がよくないわけで(真面目),そこでぎりぎりのところで何とかなって来た気もするのですが,どうしようもないものはどうしようもないわけで(不真面目),まあなるようにしかならないんですかね.
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もちろん,具体的なことは書けませんが,最近,准教授から特任教授に,という人事を時々見ます.最高じゃないですか.
何度も書いているように,教授になると,責任の重い大変な仕事が急増します.でも,特任教授は,そういうのはありません.給料は,教授よりは少し安いとは思いますが,研究以外の仕事を半分にして給料も半分にしてくれとずっと書いてきた人間からすると,まさにいいとこどりというか,研究以外の仕事がほとんどなくて,給料が少し安いくらいなら,いいとこどりどころじゃないですよね.
でも,だったら,ずっと助教とか准教授でも同じことのような気がします.つまり,特任「教授」と職位が上がることで社会的圧力から逃れられるのがメリットということですかね.
あとは,特任だと,特任でない教授のように学生をとることはできないということはありますかね.私が大学にいる理由というか,50を過ぎてもう大学をやめようと思って,でも,何とも思いとどまった理由は,まさに学生の研究指導をするためなので,結局は,なるようになってるということでしょうか.
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ワイドショーで,I破は,消費税減税は,国民全体,即ち,高所得者にも恩恵があるので,低所得者によりターゲットがあたることをしたいと言っていたけど,蓋を開けてみれば,所得制限なしの給付金というまさにばらまきで,言ってることが滅茶苦茶だと言ってました.どう思いますか?
具体的に考えてみましょう.話を簡単にするために,高所得世帯を年に1000万使う世帯,低所得世帯を年に100万使う世帯だとすると,消費税を5%減税すると,恩恵は,高所得世帯が50万,低所得世帯が5万です.でも,所得制限のない給付金を一律一人頭2万とか4万円配れば,少なくとも,消費税減税より,より低所得世帯に恩恵が行くことになります.財源も少なくて済むんじゃないですかね.
まさに「基準化問題」ですが,こういう計算は,国民はしないんですよね.政府がちゃんと説明すべきとは思いますが,説明しても,よーわからんってことなんですかね.だったら,ワイドショーとかでちゃんと説明するべきなんでしょうが,現体制を叩いて視聴率を獲るのが目的ってことですかね.ひょっとして,この「基準化問題」に気づいてない? まさかね.
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気力か体調かですが,もちろん,鶏と卵というところはあるんですが,どんなに体調がよくても全く気力がなければ,どうしようもないけど,体調がよくなくなても気力があれば,ということはあるわけで,やはり,気力というか,内的活力のようなものが重要なんだと思います.
怠け者には,それが足りないってことなんですが,足りないなりに何とかしないと,動かない→体調が悪く→益々動かないの悪循環になってしまいます.右脚についても,練習に行く気にならなくなったことが最大の要因でしょうからね.
体の歪みもありますが,歪みの原因は,左右非対称の動きをするバドミントンで(スキーは対称),でも,プレイしている時は,筋力があって,そういう人が運動をやめて筋力が落ちると,途端に痛みが出るのは,よくあることらしいです.
階段というのもないことはないのですが,バドミントンほどの運動負荷はないので,それで回復するとは限らなくて,やはり,バドミントンの練習に行けるくらいにという気がします.そのためには,階段登りよりは,バドミントンのフットワークに近い動きから,ということですかね.
もちろん,体の歪みがとれれば,ということなんでしょうが,何十年にも渡ってできたものがそう簡単に解消するとは思えず,足首とか股関節とか肩関節が硬いというのも同様です(もうこんな歳だし).
一方では,体を動かすことではなく,脳的作業について言えば,内的活力は,逆に働くことになります.具体的には,研究とかしてて,気づいたら何時間も座りっぱなしというようなことで,そういうことにも注意しないといけませんね.
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いつからか,答えがないというか,どうしたい,どうありたいというのがないという感覚になるようになりました.
金持ちになりたいとか,偉くなりたいとか,そこまで即物的でなくても,評価されたいとか,人に好かれたいとか,幸せになりたいとか,そういうのがあれば,それはそれで話は単純で,それを目指して頑張ればいいわけですよね.
私の場合,元々,そういうのは,そんなになくて,研究して何かに迫りたいとか,ピアノが弾けるようになりたいとか,バドミントンが強くなりたい,スキーが上手くなりたい,(お金は要らないけど)相場のメカニズムを解明したいとかは,あったと思いますが,そういうのもいつの間にか希薄になっていて,じゃあ,何のために生きてるのかというか,楽しみがないというか,(内的にも)目指すものがなくなって来てる感じがします.
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どうしたい,どうありたいというのがなくても,(死ねないのなら)生きて行くしかありません.そして,それで充分なんでしょうし,どうせ生きて行くのなら,できるだけ楽しく生きて行きたいとなるわけです(まさに人生所詮退屈しのぎ).
でも,そうすると,やっぱり,内的熟達的生活を目指すんですかね.「一人,時々,みんな」がいいとは思いますが,「みんな」は,他者次第ですし(自分が会いたいと思っても向こうがどうかはわからない),必ず楽しいとも限らないので,不確定要因が大きい気はします.
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家ですが,二束三文とは言いませんが,数千万くらいで買えるのなら,買っちゃった方が楽と書きましたが,元々借りた方が得な上に,買えば,その分,資金が減るわけで,減った分を運用して家賃が出るのなら借りた方が得なわけで,そういうことを計算していたのに,すぐ忘れるんですね.
でも,買った方が楽というのは,お金の問題ではないので,それはそうか.でも,持ち家となるとマンションなら理事会とかで,修繕積立をどうするかとか,それはそれでめんどくさそうです.話を戻すと..
じゃあ,どのくらいで運用すればいいかですが,200倍の法則だと,家賃15万のマンションが3000万で買えるのなら買った方が得ということです.200倍というのは,200月,つまり,200/12=16.7年で,だいたいこのくらいで減価償却するということなんですが,(買わずに手元に残った)3000万を元手に複利で16.7年回して,15*12*16.7=3000万稼ぐ,つまり,資金を倍にできれば,家賃が出ることになります.
じゃあ,年利いくらで回せばいいかですが,1.043**16.7≒2なので,4.3%で回せばいいってことで(ここで既に書いてる),やっぱり,買うより借りるべしということですね.それに実際は,買えば減価償却していく,つまり,家賃も下がって行くわけで(不動産価格自体の変動はここでは考えない.家賃が下がらないとしたら,それは,不動産価格自体が上がっているということ),実際は,4.3%も要らないことになります.
でも,年寄りに貸してくれるところは,URしかないわけで,でも,URと言ってもピンキリで,都心駅近だと家賃30万以上しますし,懐具合とか条件とかで住みたいところに住むってことですかね.
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あとは,平均寿命まで生きるとしても20年くらいしかないわけで,家を買うのは,どうかと思いますよね.
で,この「20年しかない」ですが,「20年しかないと思うのか,20年もあると思うのか」ではなく,この場合は,「家を買うには」ということで,まさに「家を買うには」もう20年「しかない」ということだと思います.
余命半年だとしても,まだ半年も生きられると考えることはできると思いますが,さすがに家を買う人はいないでしょうしね.
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そっか,6/30ということは,今年が半分終わったってことですね.ということで,運保のその後を確認しておくと,以下のような感じです(青が資保,緑が指運,水色が合計).

昨年の12月に指運の見直しをしたのですが,今年の1月までは,全然だめで,でも,そこを底にそれ以降は順調に推移していて,一方の資保は,ぼちぼちで,もうすぐ指運が資保にキャッチアップしそうです.これをどう考えるかですね.
指運がうまく行ってるのなら,これに集中することも考えられなくもないのですが,指運がだめな時,資保がよくてカバーしてたこともあったので,まあリスク分散というか,現状維持ですかね.
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やはり,体調が悪いんだと思います.2013年の夏の時と似ています.加えて,今は右脚も痛いし,歳もとってます(こんな状況で,やらないといけない仕事をするのが精いっぱいで,でも,お金はせっせと働いて稼ぐ働き者).
右脚も体調もそうですが,動かさない,動かないということだと,益々悪くなるわけで,でも,体調が悪いのに動く,痛いのに動かすのは,ものすごくハードルが高くて非常に厳しいですし,両者は,互いに悪い方向に影響してると思います.
病院に行けということなんでしょうが,2013年の時は,いろんなところに行っていろんな検査をしましたが,どこも異常なしで,結局,テストステロンを増やす食材とかを自分で調べて何とかしたような感じでしたし,右脚もいろんなところに行っていますが,それでよくなるということはなく,これも自分でなんとかしないといけないと思うと,厳しいですね.
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