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3/1'13
[つくばに来て10年]
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 今日でつくばに来てちょうど10年が経ちました.一昨年までは特に思うところはなく,昨年は,ちょっと違うという感じだったのですが,最近このサイトで再三書いているように,今年は全く違います.一言で言って,10年もつくばにいるとは思わなかった,というのが正直なところです.

 もちろん,この間,幸いにも移籍の話は来ましたが,心が動くものはありませんでした.それは,全くもって私の不徳の致すところなのでしょうが,「同じ職場には10年が限界」説ではないですが,急激にハードルが下がってきているのは確かです.昇進してからある程度の年数が過ぎ,その間,こき使われて何とか少しはお返し?できたかもというのもあります.

 再三,このサイトで書いているように,今いる専攻,学類,研究室の学生やこれから来ると言ってくれている学生に迷惑をかけない数年を目処に移籍先を探して行こうと思っています.「同じ職場には10年が限界」説的に言えば,次のところが骨を埋める最後の職場になるでしょう.移籍先が見つからなければ,リタイアすることになるかもしれませんので,その「準備」もして行きます.リミットは,これも再三書いているように,あと4年です.

※こんなことをここで書くべきでないという考えもあるでしょうが,ある意味,確信犯的にも書いています.それは,自分のことというよりは,急に辞めると言って周りに迷惑をかけないように,ということもあります.

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01b
ただの老人にならないためには
(生き方)

 どんなにすごい仕事をしても,どんなに偉い人もリタイアしたらただの老人と書きました.その後読んだ上野さんの本にも確か同じようなことが書いてあったと思います.

 その通りだと思うのですが,もちろん,私は「ただの老人」になるつもりはありません.つまり,ただの老人になる人は多いが,みんなそうとは限らないということです.そして,それは,老前の「業績」は全く関係ありません.

 上野さんの本にも紹介してあったように,老後,地域活動や趣味の世界で生き生きと生活している人は,たくさんいるでしょう.でも,私にとっては,そういう人達もその他大勢の「ただの老人」です(ちょっと手厳しいか).

 あるいは,80過ぎても90過ぎても,陸上などのスポーツで,例えば,世界マスターズなどの年代別の世界で活躍している選手もいます.でも,彼らも「歳の割には」すごいという話で,そのこと自体は,確かにすごいんですが,競技レベルは,若い現役選手には,遠く及びません.

 そうすると,歳をとって体力や脳力など様々な能力が衰えて行く中で,その世代で,ということではなく,全世代を通じて「ただ者ではない」のはどういうことかと考えてくると,それは「蓄積」であることに気づかされます.

 若い人がどんなにしゃかりきになって何年か勉強したり研究したりしても,何十年にも渡って研究してきた蓄積には,到底及ばないでしょう.研究に限らず,一般的な仕事も同じです.それは,知識的なものだけではなく,経験的なものや何より考え方のようなものが大きいです.でも,これは仕事をしていればの話ですから,仕事を辞めてしまえば,やはり「ただの老人」です.

 お金はどうでしょうか.お金については,再三,批判的なことを書いてきましたが,「蓄積」することができるので,実はかなり威力を発揮することを再認識しています.能力が衰えた年寄りが若者より優位に立つためにそういう仕組みが考えられたという気すらします.ただし,これから国がやろうとしているインフレターゲットなどによる経済状況の激変(インフレターゲットは,うまく行くかどうかわからないが,これに失敗すれば,財政破綻という最悪のシナリオが待っている)を考えると,「蓄積」するだけではだめで,「運用」する力が必要とは,既に書きました.

 そうすると,最後の最後に残るのは,やっぱり,「生き方の蓄積」ですよね.この中には,いわゆる生活力も含まれます.老人は,単純に若い人の何倍も生きてきたわけで,もちろん,どう生きてきたかは,ピンきりですが,何かに打ち込み,かつ,何かに打ち込むだけではなく,どう生きていくかについて,考え続けてきたのなら,膨大な蓄積があるはずです.

 歳をとって行く中で思うのは,やっぱり,その歳になってみないとわからないことはたくさんある,ということです.それは,驚きや発見の連続でもありました.ですから,歳をとりながらも何かに打ち込み続け,かつ,生き方について考え続け,人生の達人となった老人を目指したいと思います.

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01c
[失うことは得ることと同じ]
(生き方)

 どこかで「失うことは得ることと同じ」というフレーズがきこえました.大事なものは,失ってみて初めてわかる.失ってそのありがたみや存在の大きさがわかるということは,得るということである,ということらしいです.確かに一理ありますね.

 でもそのまま永久に失われたらどうでしょうか.やっぱり相当厳しいことになるでしょう.

 先日,そういうこと,そうなるかもしれないことがあったと書きましたが,そういうときって人間どうなると思います? もちろん,きいた瞬間は,頭が真っ白になり,何も考えられなくなり,それこそフリーズしたようになるのですが,意外だったのは,しばらくすると,もちろん平気ではないのですが,普通に行動するようになることです.

 人間って,あまりに衝撃が大きいと,自ら自分を守るというか,防御的本能が働くのかもしれません.こういう経験も1つの「得ること」でしょうか.

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01d
このサイト
(生き方)

 そう考えると,人生の生き方について考えて,その成果?を公表するこのサイトの意義が大きいことにあらためて気づかされますし,読んでいただける方には,感謝してもしきれません.

 人生の達人になれるかどうかは,わかりませんが,というか,なれないと思いますが,おそらく人間にとって,人生の生き方以上の壮大なテーマはないでしょうから,見果てぬ夢に向かって,それこそ死ぬまで日々精進?して行きたいと思います.

 ただ,リタイアするまでは,人生を生きることを考えることが人生を生きることになるには早いので,それまでは,何かに打ち込むことが必要だと思います.それが今は仕事(地震動の性質と建物被害の関係を探求し,それを地震災害軽減に結びつけて社会に還元すること)なのでしょう.

 逆に言えば,リタイアしてもこのサイトさえあれば,少なくとも充分楽しく退屈しのぎして行けそうです.最近,書く量が増えてることにお気づきの方もいらっしゃるでしょうが,実は,「準備」の一環という意味合いもあります.つまり,これからどうやって生きていくかの最大の懸案である4.ということですね.人生もありますが,世の中を見れば,ほんとしょぼいことばかりで,書くネタに困ることは,(幸か不幸か)なさそうです.

 あとは,生活していくお金ですが,経済状況の激変さえなければ,もうリタイアしても何とかなるとは書きましたが(リタイアするとしたらそれこそデフレが続くのがベスト),経済状況の激変対応についても4年程度経てば,目処が付いていると思います.

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3/2'13
[農家2]
(世の中)

 農業ですが,少なくとも私が知る限りは,農家が(私が知る農家の人達は)やって行けてない,ということはないです.ですから,TPPで例外品目を作って関税をかけるのではなく,少なくとも現状はキープできるように補助金を増やすということでしょうか.

 でも,もちろんあまり大きな声では言えませんが,税金とかいろんなものの微妙なバランスの上で現状が成り立っているので,制度を変えると得する人と損する人が出てきてちょーめんどくさいことになるのは,確実でしょうね.それを調整するのが政治の仕事なんですが.

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02b
[レスリング]
(世の中)

 オリンピック種目からはずれるかもしれないということで,どたばたやってるレスリングですが,可能性はあると言っても,レスリングが採用されるということは,野球やソフトボールが不採用になるということですよね.つまり,ソフトボール関係者にとっては,ほんととばっちりというか迷惑な話なんですが,そういうことは,全く報道されてません.ソフトボールは,メダル1個だけど,レスリングならいっぱい獲れるってことでしょうか.しょぼいなー.

 そもそも,オリンピックに採用されることってそんなに大事なんですか? 世界選手権で1番なら,世界で1番なわけですから,それでいいじゃないですか.みんなそんなに目立ちたいんですかねー.オリンピックで目立って金儲け? しょぼいなー.

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02c
[失うことは]
(生き方)

 「失うことは得ることと同じ」なんですが,そのまま永久に失われたら相当厳しいと書きました.でも,それでも大事な人と過ごした時間や出来事は,思い出すと辛くなるかもしれませんが,記憶の中に残るわけですよね.そして,大切な人を思い続ければ,生きる希望は必ず見つかるということでしょう.

 そう考えると,やはり,失うことは得ることなのかもしれません.つまり,失うのが怖いから得ないとは,ならない,たとえ失われるとしても得たことは残る,失われることによってより鮮明に残ることもある,ということですね.

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02d
[わからなくなった(朝ドラ)2]
(生き方)

 わからなくなった(朝ドラ)ですが,あっさりホテルの仕事に戻りました(はやっ).ちょっと時間がなくなって展開を急ぎ始めた? でもまあ,あまりに過酷な試練が続くとしても,やはり,捨てる神あれば拾う神ありってとこでしょうか.でも肝心の「わからなくなった」について,明確な答えありましたっけ?(ちゃんと見てないんでよくわかんない)

 あー,あと,純が愛に,人のためじゃなくて自分のためって告白するところがあるんですが,これはその通りですよね.このサイトで何度も書きましたが,人のためって言ってたって,大概は,自分のためです.でも,それでいいんですよ.情けは人のためならず,ですから(って何度も学生に言うんだけど,何回言ってもわからない奴はわからない).

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02e
[テレビの言うこと]
(世の中, 地震防災)

 先日,某民放でI上彰さんが解説?する大地震に備えるみたいな番組が流れていました.この手の番組は,私もいくつか関わったことがあって内部事情がわかるのですが,もちろん全部嘘とは言いませんが,いい加減な情報がかなり多いです.テレビでやってたから間違いないという人がいますが,「ほんとのこと」を知っている専門分野の放送を見ると,情報のいい加減さがよくわかります.既に書きましたが,「メディアの言うことは嘘ばっかり」と思っていてちょうどいいくらいかもしれません.

 この番組は,全部見たわけではないのですが,気づいただけでも,例えば,免震のことをあたかも万能であるかのように言っていたのは非常に問題です.引き合いに出したのが,2011年東北地方太平洋沖地震で大きく揺れた超高層ビルで,超高層ビルは,耐震構造だから揺れたけど免震は大丈夫,という解説は,ほんとにひどいです.

 どこかで書きましたが,免震は,地震から「免」れるものではなく,基本的には,ゴムなどを敷いて周期を伸ばしているものです.つまり,高さが低くて周期が短い建物を周期が長い超高層ビルにしているようなもので,長周期地震動で超高層ビルが揺れるのなら免震建物も揺れるということになるので,上の解説は滅茶苦茶です.

 他に例を挙げればきりがないですが,上から見てL字の平面をしていても,今は長方形に切っているから大丈夫というのもエキスパンションジョイントを充分にとっていなければ,建物同士が衝突して却って被害が大きくなることがあるのは,この分野の人なら常識です.

 長方形の平面をしたマンションで桁行方向より梁間方向が揺れるから家具は梁間方向の壁に沿うように設置した方がいいというのも,全く一般的ではありません.おそらく桁行方向では,スウェイが,梁間方向では,ロッキングが卓越するというのが根拠?だと思いますが,梁間方向には,壁が入っているので,一般的に被害を受けるのは,桁行方向です.そもそも,桁行,梁間で剛性が違うので周期も違い,どちらが大きく揺れると言えるようなものではありません.

[証拠になってる]
(生き方, 地震防災)

 とまあ,突っ込みどころ満載の番組(というか,この番組に限らず,だいたいがそう.特に民放)だったのですが,おっ,と思う箇所があって,それは,T大J研のK藤先生が出ておられたところです.彼が言ったことにこういうことがありました.

 「我々は別に人の命を救うために研究してるんじゃないんですね」

 どう思いますか? I上さんは,それをきいて,国の税金使って研究してるのに,って国民は思うかもしれませんよ,というようなことを言っていました.多くの視聴者もそう思ったと思います.ひょっとしたらテレビ局に苦情の電話が殺到したかもしれません(なお,K藤先生(理学系では,先生とは呼ばず,〜さんと呼ぶんですが)の名誉?のために付け加えておくと,この発言の後,研究が役に立つことがあれば,委員会などを通していくらでも協力しています,と言われています).

 でもこれが真相です.でも私はそれでいいし,むしろ,そうあるべきだと思っています.このサイトでも再三書いて来ましたが,研究は,何かの役に立つためにやるものでは断じてありませんし,役に立つためにやっていたんでは,大した研究はできないと断言できます.それは,既に何度も書きましたが,知的欲求に勝るものはないからです.

 そもそも,理学や文学などいろんな研究分野がある中で,「役に立つ」地震や防災などの研究だけが税金泥棒と言われるのがおかしいです.じゃあ,地震や防災の研究を役立つ形で研究する国の研究機関を作るべきという人もいるでしょう.はい,そういうものも既にあります.

 でも,もちろんそういう研究機関に優秀な研究者はたくさんいますが,トップレベルの研究者は,やはり大学に多いです.これは,どういうことかと言うと,大学では,役に立つとかそういうことを度外視して純粋に知的欲求から研究しているからトップレベルの研究成果が出てくるわけで,このことが「知的欲求に勝るものはない」ことの歴然たる証拠になってるわけです.

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02f
[新生活が快適なわけ]
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 新生活が快適な理由ですが,身の回りのことは自分でやる安心感というか充実感ももちろんあるんですが,私ってやっぱり一人暮らしが好きというか性に合ってるんだと思います.もちろん,ずっと独りぼっちだと寂しいですから,「一人時々みんな」であることが前提条件ですが.でも,今この文章は,家で一人で書いていますが,読んでくれる人達のことを考えながら書いているので,こういうときでも充分人との繋がりを感じることができます.

 一人暮らしだと,基本的に自分のペースで生活できるので,何時にご飯を食べに帰らないといけないということもないですし,外食ならその時食べたいものを食べることができます.これは大きいです.今日は,魚って気分じゃないなーと思う時に魚が出てくるとがっくし来るものです(^^;.食べることはやっぱり大いなる楽しみで,食べたいときに食べたいものを食べることに勝る喜びはなかなかないでしょう.

 食べたいときに食べたいものを食べると偏ると思う人もいるかもしれませんが,結構,ばらけるものです.これは,大学に入って10年以上一人暮らしをしていましたが,そのときからずっとそうです.そして,今は,そのときより遥かに栄養のバランスに気をつけてますしね.

 あとは,家の中でも非常に「コンパクト」に過ごしています.基本的には,リビングダイニング+台所と隣接する寝室(+トイレ,洗面所,風呂)だけでほとんど済みます(ピアノは今はほとんど弾いてないけどピアノの部屋もリビングダイニングのすぐ隣にある.ていうか,大きなリビングダイニングの中に防音室を置いてる).作業もリビングダイニングのテーブルの上でノートPCを開いてしてますし,起きてる時間のほとんどをここで過ごします(と言っても,家にいるときの話で,大学にいるときの方が多いですが).朝起きるときも「起きて行く」必要がないので,非常に楽です.ていうか,理想としては,そんなに広くない20〜30平米くらいの「1つのスペース」の中で過ごせたらいいと思ってます.

 つまり,私って,全部で40〜50平米くらいであれば,充分過ごして行けるってことですね.これも「準備」の一環でしょうか.

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3/3'13
[私が一人で大丈夫なわけ]
(生き方)

 私は一人暮らしが好きというか性に合ってると書きました.でも,ほんとに独りでもやっていけるのなら,それこそ無敵ですが,私の場合,そうではないと思います.じゃあなんででしょうか?(と考えました).

 それは,やっぱり(私が勝手に)「思う」人がいるからだと思います.で,どのくらい思う人がいるかを指折り数えてみました.家族,親族,研究室の学生達や卒業生達,お世話になった先生方,研究を通して知り合った友人達や先輩達や後輩達,ピアノやバドミントンやスキーを通して知り合い,仲よくなってわかり合えるようになった人達,そして,小中高大学時代からの友人達.数えてみるとものすごい数の人達と「繋がって」いて,精神的に支えられていることに気づかされます.

 もちろん,向こうが私のことをどう思っているかはわかりません.でも,そんなの関係ないっていうと語弊がありますが,こっちが一方的に思うだけで,充分繋がりを感じるし,中にはそんなに会うことができない人もいますが,こっちが一方的に「思う」だけで,大丈夫というかやっていくことができます.

 つまり,一人で大丈夫なわけではなくて,一見すると一人だけど,全然一人じゃないってことなんですね.ほんとにありがたいことだと思います.

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03b
[もう気楽に生活させてもらってよかろうもん]
(生き方)

 なんかのテレビ番組で,夫が病で倒れ,苦労して女手一つで子供を育て上げた人が「もう気楽に生活させてもらってよかろうもん」と言っていました.その人が今どうやって生活費を得ているかは不明なのですが,子供が成功して莫大な収入があるようなので,援助してもらってるのでしょう.

 そして,その人の年齢を見ると55となっていました.人生50年じゃないですが,計算ぴったりです.つまり,私ももうすぐ「そういう年齢」ということです.子供は作りませんでしたが,何とか一仕事はできたとは思っているし,充分楽しめたし,これから何とか食べて行けるのなら,私でなくても誰かができる仕事をするよりリタイアするというのは,自然なことなのかもしれません.

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03c
[練習]
(生き方)

 リタイアして「毎日が日曜日」になったとき,最大の懸案であるどうやって退屈しのぎをするかの「準備」の一環というわけではないのですが,予定が特に入っていない休日に「練習」というかシミュレーションをしています.結論から言うと,結構大丈夫な気がしてきました.

 まず,朝ですが,目覚ましをかけずに寝るので,自然と目が覚めた時間に起きます.ですから,寝起きはいいです.時間はいろいろですが,8〜9時くらいになることが多いです.すぐに起きる必要もないですし,布団の中でテレビでも見ながらしばらくうだうだしていてもいいでしょう.その後,時間を気にせず,朝食の準備をしてゆっくりテレビを見ながらご飯を食べて,ちょっとのんびりしていると,午前の時間は,過ぎていきます.テレビでは,ニュースとか世の中のことを報道していますから,このサイトで文章を書いて突っ込んでもいいでしょう.

 お昼も自分で作ることが多いのですが,出かけることもできます.今は大学に出てきています.「老後」も午後は出かけるのがいいかなと思っています.外で昼食をとって買い物をしたり,街を散歩をしたりすればいいでしょう.都心に住んでいれば,そんなに遠くに行かなくても数百円の運賃でいろんな街に行くことができます.これから「住む街」探しをしないといけないのですが,そんな感じで次に住む街を探してもいいかもしれません.時々,おそらくガラガラのゴルフの練習場に行ってもいいですね.

 今思いついたんですが,ゴルフもまたやるでしょうが,ボーリング始めたらいいかもしれません.おそらく,年寄りが集まるそういうサークルあるんじゃないですかね.今は全然やってませんが,かなり小さい頃からやってたんで,ちゃんと練習したら,そこそこのレベルまで行けると思いますよ.

 歳をとると夜眠れない,朝早く目が覚めてしまうというのをよくきくのですが,私はまだそういうことは全然ありません.別にまだ若いと自慢してるわけじゃなくて,これは,私の感触ですが,夜眠れないのは,筋肉痛と同じで,昼間の活動度が低いからなんじゃないか,眠れないのは歳をとると体が動かなくなって活動度が減るからではないかと思っています.ですから,昼間,体を動かすことが大事なんじゃないかと思うわけです.

 午後を外で過ごせたら,夕方くらいから何を食べようかなと考えて,買い物をして夕食の準備をしてもいいですし,疲れていたら外食でもいいでしょう.これもゆっくり準備をして夕食をとってニュースを見ながらのんびりしていれば,8時くらいにはなるでしょう.ここまで来れば,もう心配ありません.あとは,このサイトの文章を書いたり,ピアノを弾いたり,練習がある日は練習に行ったりすればいいでしょう.トレーニングする時間も充分にあります.掃除,洗濯,アイロン掛けなど家のこともいろいろやらないといけません.

 上で書いたように,午後は,出かけるのがいいとは思いますが,平日は,場が立っているので,15時までは家にいて,何か脳力を使う作業をして,その後,夕食の買い物に出かけてもいいですし,11時くらいに出かけて昼食をとってちょっと散歩して14時くらいに帰ってきてもいいです.お昼寝するとするとこのくらいのタイミングがちょうどいいですかね.

 もちろん,時々,夜は話せる友人達と飲んだり,ゴルフに行ったり,冬はスキーに行ったり,ピアノを人前で弾いたりする日もあるでしょう.

 こうして,練習(シミュレーション)してみると,全然大丈夫な気がしてきました.

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03d
[大学行政というか大学教育]
(大学)

 私は,大学で偉くなって組織の利益代表になって,大学行政に関わることには,興味がないし,私でなくてもできる人はいくらでもいる,そういうことに忙殺されて研究できないのなら,もっと研究できるところ,あるいは,広く社会全体の利益に繋がる地震防災の仕事ができるところに移籍する,そういうところがなければ,リタイアすると書いてきました.これに対して,大学行政に関わることは,大学教育,ひいては,人材育成に繋がることで,それこそ研究なんかより重要な仕事だ,と言う人もいるかもしれません.

 でも,今の大学教育を見ていると,どんどんおかしな方向に行っています.背景には,少子化に伴う資本主義社会の中における顧客獲得競争があります.つまり,学生(とその親御さん)はお客さんであり,お客さんのご希望に添うようにご機嫌取りをし,彼らの意向に沿うようにどんどん改悪されて来ています.もっと平たく言うと,どんどんサービスや面倒見がよくなり,結果的に,自分の頭では何も考えられない,指示されないと何もできない学生がどんどん増えています.そんなことでいいわきゃありません

 再三書いているように,私の研究室では,とにかく自分の頭で考えるということを徹底してやっています.つまり,私がこうあるべきという大学教育は,既に自分で(勝手に)やっているのです.それがこうあるべきでないということをやらされて,こうあるべきということができなくなるのでは,もう本末転倒なこと甚だしいです.

 つまり,大学で偉くなって組織の利益代表になって,大学行政に関わることに興味がないということもありますが,そんなことをするのはおかしいと思うことに荷担するような自分の信条に反することは,やりたくないしやらない,ということです.

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3/4'13
[何をかいわんや]
(大学, 世の中)

 じゃあ,おかしくなってきてる大学教育を是正するためにお前が頑張れと言う人もいるかもしれません.でも,これに関しては何をかいわんやですよね.文科省主導下の教育行政を変えるのであれば,大学にいてもだめで,それこそ政治家になるところから始めなければならないでしょう.そして,これも再三書いていますが,私は,政治家になるつもりは毛頭ありません.

 もちろん,世の中をよくなればとは常々思っていますが,正直,もう誰にも止められないところまで来ています.これに関しては,もう絶望感すら感じています.でも,そういう中で,ひょっとしたらできるかもしれないこと,そして,私にしかできないことがあるとすれば,それはやはり,地震で亡くなる人の数を一人でも減らすことでしょう.つまり,適材適所的に言って,おかしな方向にどんどん進む大学行政なんかに関わってるような場合じゃないのです(でもお前になんかそんなこと任せられないということであれば,喜んで潔く身を引いて,のんびりやらせてもらいます(^^;).

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04b
[過酷な条件]
(生き方)

 あらためてなんですが,人がその気になるとかやる気になるとかいうメカニズムって何なんでしょうね? もちろん,生きていくのに働かないといけないのならその気になろうがなるまいが働かなくてはなりません.でも,今の世の中,どんどんそうでなくなりつつあるし,リタイアすれば,みんなそうなります.そうならないとしたら,大変かもしれませんが,それはそれでやるしかないわけで,選択の余地はないわけです.

 そして,今の私ももうそうなりつつあるわけで,そういうある意味「過酷な条件」で,その気になるとかやる気になることを探すのは,至難の業であることを痛感しています.もちろん,特に何もせずにのんびり過ごすこともできるのですが,それで気分よく楽しく過ごしていけるかが最大の問題です.練習すればなんとかなるでしょうか?

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3/5'13
[インプットで老後を過ごせるか]
(生き方)

 リタイアした後,どう楽しく気分よく過ごすかですが,特に生産的なこと,即ち,「アウトプット」をしなくても,本を読んだり旅行したりなどの「インプット」をしながらのんびり過ごして行くというのが一般的なのでしょう.私が高校生くらいのとき読んだ上智大学の渡部昇一さんの有名な「知的生活の方法」というのがあって,この間,上野さんの本を買って,本屋をぶらぶらしていたら見つけて懐かしくなって,ぱらぱら見ていたら,彼の至福の時というのがあって,それは,アメリカから最新の小説を取り寄せて布団に潜り込んでそれに読みふけることで,それが思う存分できる老後が楽しみと書いてありました.

 はてさて,それから30年以上が経ってめでたく?老後となった彼は今どうしてるのでしょうか,と思い,ちょっと調べてみました.現在82歳でご健在のようです.で,どのような生活を送ってらっしゃるかは知るよしもないのですが,ここ10年の著作物などを見ると,ものすごい数の「アウトプット」をされていて,アメリカから最新の小説を取り寄せて読みふけるという「インプット」だけをしておられるようには,とても見えません.だから,結局,(まあ予想通りなんですが)「アメリカから最新の小説を取り寄せて布団に潜り込んでそれに読みふけることが思う存分できる老後が楽しみ」なんてーのは,幻に過ぎなかったわけです.

 彼に限らず,私も含めて,アウトプットをし続けてきた人は,リタイアしたからと言って,アウトプットすることは,やめられないと思います.もちろん,インプットもしますが(私の場合,もうインプット自体ほとんどしないが),それは,あくまでアウトプットするためのインプットでしょう.だから,(多分),「練習」しても,もう気楽に生活させてもらってよかろうもんとは,行かないんだと思います.

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 じゃあ,私はどうするか,ですが,アウトプットし続ければいいじゃん,てなもんですが,渡部さんは,英米文学者で,かつ,「知的生活の方法」を書かれたような著作家でもあるので,大学をリタイアされても,ほぼそのままアウトプットを続けることができるでしょう.これは,盲点というか,やられた感はありますねー.

 ここが文系と理系の大きな違いでしょうか.理系,特に工学系の場合は,そうは行きません.大きな実験設備が必要ということもあるでしょうが,私の場合,そういうものは,なくてもできることもあります.でも,先人達を見る限り,大学をリタイアすると,そういう最前線から一気に遠ざかる感は否めません.なんででしょうね?

 変な話ですが,やっぱり,権力構造みたいなものと結びついてしまってる感は否めませんねー.上の偉い先生達がそういう権力のようなものをもっているわけですが,逆に言うと,そういうものは肩書き的なものと結びついていて,リタイアするとそういうものもろとも引きはがされる.つまり,そういう権力をもった上の人間を下の人間は,全く快く思っていないということです.

 そういうことと全く関係ないところで,研究をして来られた先人達もたくさんいらっしゃると思うのですが,ある意味,(私も含めて)そういう権力構造の犠牲者なのかもしれません.もう変なことやめましょうよ.

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05b
[想像力がない?]
(生き方)

 ↑とか思うのですが,単に想像力がないだけかもしれませんね.どういうことかと言うと,60を過ぎ70を過ぎ80を過ぎると今より気力も体力も衰えて,アウトプットするどころかインプットすることすらできなくなってるかもしれないわけです.

 実際,50を境に考え方が大きく変わったと書きましたが,10年前,今のような心境になるとは,想像できなかったわけですからね.ですから,あんまり先のことを考えてもしょうがないわけです.でも「準備」はやっぱり必要だと思います.

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3/7'13
[三尊天井崩し]
(経済)

 NYダウですが,いつの間にか最高値を更新したんですね.ということは,ついに三尊天井崩しが成立したわけです.といっても,SP500やNasdaqとかは,既に別の形になってますし,相場を張る人なら三尊天井くらい誰でも知ってるようなことですからね.でもまあ「一般的」に言えば,まだまだこれからも(むりくり)経済拡大路線で経済成長ということでしょうか.

 日本株の方も日経225が一時12000円を付けてリーマンショック以降の最高値ということらしいです.こちらもとにかく金融緩和で経済重視路線ということで,まだまだ上に行くのでしょうか,でも,ポートフォリオ的には,目先ちょっと調整するかもみたいな雰囲気も出ていて微妙なんですけどね.

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07b
[逆生命保険]
(世の中)

 死亡したときに残された人のためにいくら保険金が出るというのが生命保険ですよね.でも「おひとりさま」だったら,残される人はいませんから,心配なのは,長生きしてしまうことです.つまり,そういう人にとって必要なのは,生命保険ではなく,逆生命保険なわけです.

 具体的には,死んだらもらえるんじゃなくて,生きたらもらえるというものです.頑張って長生きすれば得する的にも理にかなっています.ここまで来ればもうわかるのですが,これが年金です.でもこれがかなり不安.年金一元化などの大再編が計画されているようですが,これをいい契機?にばっさりやるのは間違いないでしょう.

 でもそもそも年金にしても逆生命保険にしても,誰かにお金を預けて運用してもらうということですから,そんな他人任せにするくらいなら失敗しても自己責任ということで自分で運用する,って考えればいいってことでしょうか.

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07c
ドロップアウト
(生き方, 世の中)

 なんでこんなことになってしまったのでしょうか? 世の中を見渡しても,自分の周りを見ても,そう思わざるを得ません.とにかく,いろんなものがどんどんおかしな方向に動いている.でも,誰もそれを止めようとしない.むしろ,そういうことを言うことやすることが憚られるような非常におかしな雰囲気です.

 世の中を変えられない,このままの状態が続くとすると,個人的には,もうドロップアウトするしかないと思います.このサイトで書いてきたように,私は,これまで何度もドロップアウトしてきたので,そういうことには,違和感はありません.むしろ,ふつーに他の人と同じように順調?に階段を上っていって,最後は,退職記念パーティという方がものすごい違和感を感じます.

 ただ,これまでのドロップアウトと違うのは,これまでは,私がしょぼくてドロップアウトしたんだと思いますが,今回は,世の中がしょぼくてドロップアウトするってことでしょうか(何様?).ですから,ドロップアウト自体,私らしいし,ドロップアウトすることも本望ということかもしれません.とにかく,周りに迎合して人の道や自分の信条に反するようなことは,絶対にしたくありませんし,そんなことするくらいなら,ドロップアウトしてのんびり高みの見物でもさせてもらいます.

 ドロップアウトというと,具体的には,どういうことになるでしょうか? リタイアは,その1つと言えるでしょうね.それ以外にも方法はありそうです.もちろん,世の中を変えることをあきらめたわけではないですが,少なくともあと4年はあるので,その間に,着々と「準備」はして行きたいと思います.

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07d
[同じ職場には10年が限界]
(生き方)

 いろいろ物騒?なことを書いていますが,ここに来て10年が過ぎて,単に煮詰まってきた(正しくない使い方)ということかもしれません.だとすれば,とにかく移籍すればいいということになります.そして,もし移籍先が見つからなければリタイア,または,ドロップアウトということでしょう.

 思い返せば,10年前もうそうだったのですが,移籍すると生まれ変わったように?仕事をし研究をし学生の面倒を見,論文を書いて研究業績もあげて,テレビとか新聞にいっぱい出て大学や専攻の宣伝もして,大学の中の仕事もきっちりやって,まさに大学や専攻にとっても模範的な教員だったわけです.でも,10年経つとだんだんおかしくなってくる(でも,やっぱりおかしくなってきたのは,自分というよりは,周りというか世の中という気もするが).やはり,同じ職場には10年が限界ということでしょうか(少なくとも私の場合は).

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 でもなんで「同じ職場には10年が限界」なんでしょうね? 私が単に飽きるということなら私の責任ですが,少なくとも今回は,そうでもなさそうです.

 私が飽きるということもあるでしょうが,「周りがその人に飽きる」というところはあるかもしれません.どういう意味かというと,10年もいればそこにいるのが当たり前になってくるので,扱いも雑になって,有り難みみたいなものも感じなくなり,不当に放置されるようなところもなきにしもあらずです.実際,(もう書いても大丈夫だと思うので書きますが)今年度末で,何人かの先生が移籍されるのですが,そうなって初めて,彼らがいかに貴重な存在だったか,その有り難みに気づいてあたふたすることになってしまってます.

 でも,何が理由であるにしろ,10年くらいで職場を変えるのがむしろ自然なことでしょう.実際,一般の会社や同じ学校でも小中高は,そうなわけですよね.とにかく,腰に根が生えるのがいいわけありません.

 実は,ここに移籍する前からの癖?というわけではないですが,ここに来てからもずっと朝,大学に出てくると必ずJREC-INをチェックしています.つまり,ここに来た時から,次にどこかに移ることを考えていたということで,10年くらいして今のようになることは,ある意味想定通りなわけで,これをこれまで通り続ければいいってことですね.4年あれば,どこか見つかるでしょう.見つからなければ,(準備ができていれば)リタイアすればいいだけの話です.

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3/8'13
[一応の当面の結論]
()

 一応の当面の結論は,出たと思うのですが,気がかりなのは,やはり学生達のことです.今いる学生も(世界中の誰でも)このサイトを見ることはできるわけですからね.

 でも,既に書きましたが,少なくとも今いる学生は,(もちろんちゃんとやればですが)必ず一人残らず卒業させますから何の心配も要りません.これから来ると言ってくれている学生も同じです.

 でも,4年が目処ということは,それ以降は,わかりません.でも,移籍という形になれば,別に私に限った話ではなくて,移籍する教員はみんな同じことです.例えば4年後に移籍なら,そのときのM2は卒業しますし,4年生で大学院に行くのなら付いてくることもできます.唯一M1だけは,1年間残ってしまいますが,移籍した先生もみなさんそうされてるように,週に1回くらいは,戻って来られて責任をもって面倒をみられていますので,私もそうしたいと思ってます.移籍ではなくリタイアになってもそうできると思います.

 あとは,博士の学生でしょうか.でも彼らは,研究者を目指しているので,しっかり研究して論文を書けば,就職先は,いくらでもあります.もちろん,論文や研究についての相談にはいくらでも乗ります.これから博士に来ると言ってくれている学生についても,卒業するまでは,責任をもって面倒を見るつもりです.

 そして,この研究室が,即ち,「地震動の性質と建物被害の関係を探求し,それを地震災害軽減に結びつけて社会に還元すること」がどうなるのか?ということですが,これも既に書きましたが,そういうことが重要,誰かが続けなければならないと思う人がいれば,そう思う人が引き継いでもらえればいいと思います.もちろん,それが私の研究室の博士の学生(が博士をとって一人前の研究者になって)であれば嬉しいです.

 いずれにしても,私はそのうちいなくなります.それが4年後か14年後かはわかりませんが,時間の問題です.これも既に書きましたが,いつまでも親がいるとは思うな,というのはそういうことです.でも,私がこの世にいる限りは,いくらでも相談に乗ることはできます.

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08b
[農家3]
(世の中)

 ちらっと見ただけですが,国会中継でMんなの党のE田さんが,ここで書いたこととだいたい同じようなことをおっしゃってました.ふーん,ちゃんとわかってる人はわかってるってことでしょうか(って私が言うのもなんですが).対するJ民党サイドも概ね同意するような答弁だったと思います.

 でもそれでも変わらないとしたら一体なんなんでしょうか? やっぱり誰かが理不尽に抵抗しているとしか思えませんよね.

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08c
[進化?]
(生き方)

 最近,仲がいい友人の一人がよく「歳とりましたねー」と言います.多分,私の言動や行動を見てそう思うからそう言うんでしょう.

 私もそう思います.でもこれって「進化」なんじゃないですかね.

 もし,若い頃と変わらず,精力的にバリバリ行動していたらどうでしょうか.いやー,あの人は,いつまでも若くてすごい,ってな感じでしょうが,単に疲れている,衰えていると感じるセンサーが壊れているだけかもしれません.もしそうだとすると,あとになって体を壊すとか,手ひどいしっぺ返しを受けることになります.だって,衰えているのは,間違いありませんから.

 「歳をとる」(=歳をとったように見える言動や行動をする)のは,そういうことを未然に防ごうと有能なセンサーが働いていると考えることもでき,これってある意味進化とも言えるかもしれません.

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 ていうか,若い頃の私だったら「歳とりましたねー」とか言われたら「何をー」と思って頑張ったでしょうから,素直に?そういうことを受け入れられるようになったということの方が「進化」かもしれません.

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3/10'13
[難しい]
(生き方)

 一応の当面の結論も出たし,歳をとって衰えていくことも大分受け入れられるようになって来たのですが,やっぱり難しいですね.これまでの感覚だと,頑張らなくちゃと思うんですが,その一方で,これにブレーキをかける力も働きます.後者に何とか従おうとする(疲れたと思ったら素直に休む)のですが,やっぱり頑張らないと気分が悪くなるので,それをどう収めるかがとても難しいし,一番の問題は,やっぱり仕事が忙しいっていうのが...もう少し「練習」すれば,うまくできるようになるでしょうか.あるいは,何もかもあきらめてしまえば楽になるのでしょうか?

 でも,歳をとって衰えていくことを受け入れるというのは,別にあきらめるということではなく,最高の結果を出すためのペース配分のようなものです.マラソンで言えば,後半は疲れてくる,でも,そんなこと無視して頑張り過ぎれば一気にペースダウンするし,下手すれば,完走すらおぼつかないでしょう.

 人間なら病気になって,体を壊してしまうということです.病気で死んでしまえば,それはそれで本望という人もいるかもしれませんが,現実には,人間そんなにうまい具合にポックリ行くことは非常に難しいです.それどころか,後遺症が残った不自由な状態で何十年と生きていかなければならないかもしれません.

 ただ,人生とマラソンと違うのは,これも既に書きましたが,若い頃は,いくらオーバーペースでも大丈夫,というか,そのくらいでないと,とても成長なんかおぼつかないということです.これは,人生50年なので,人間のプログラムにそう書いてある,例えば,若い頃は,無理して活性酸素が発生したり,ストレスを感じたりしても,それに耐えられるようにできているということでしょう.医学的にも40〜50を過ぎるとそういう抵抗力が急激に低下することがわかっています.つまり,40〜50までに頑張らないでどうすんの?ということです.

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[難しい,ていうかこっちは不可能?]
(世の中)

 今の日本が向かおうとしている(おかしな)方向も似ています.国全体として歳をとって来ているのは,明らかです.そういう中で,むりくり経済成長しようとすれば,あとになって手ひどいしっぺ返しを食うのは,人間と同じです.でも,人間と同様,これまでの生き方,やり方を変えるのは,途方もなく難しいんだと思います.というか,どうやらもう当面は(数十年は)不可能のようです.

 ただ,人間と違うのは,しっぺ返しを食うのが本人ではなく,下の世代ということです.ほんとみんな自分勝手ですよねー.

 超高齢化社会は,永遠に続くわけではありません.人口ピラミッドの中で突出して多かった労働者年齢層が高度成長を成し遂げて歳をとり,今からしばらくは,高齢者が突出して多くなる時代が続くけど,それを過ぎれば,人口ピラミッドは,また以前の形に戻って行くので,それまでの辛抱なのです.でも,やっぱりみんな辛抱できないんでしょうね.

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3/11'13
[真実を知りたい]
(生き方)

 もしこれから4年経っても移籍先が見つからず,私が社会から必要とされてないと判断せざるを得ない状況になったらどうでしょうか? そこでリタイアするとしたらやっぱりドロップアウトですかね?

 そうかもしれません.そして,それが社会の私に対する評価ですから,それは全く私の不徳の致すところであり,甘んじて受けなければならないのでしょう.

 問題はそこでリタイアしてしまうかどうかですよね.でも,おそらく私に限らず,世の中のほとんどの人が似たような状況なんだと思います.つまり,その人じゃなきゃだめ,ということは実はほとんどなくて,他に代わりはいくらでもいるんだと思います.

 私の場合も,自分にしかできないことがある,それで社会の役に立てると思っていても,社会がそう思わなければ仕方ありません.多くの場合,社会が「気づいていない」こともありますが,私の場合は,(幸い)気づかれているところまでは来ていると思います.

 そういう社会から必要とされていない状況で,なんでしがみつくかというと,やっぱり自分のためでしょう.平たく言えば,生活していくお金を得るために既得権にしがみつくんでしょう.

 ですから,リタイアするということは,やりたくない仕事なんかしなくても生活して行ける,かつ,既得権はもってるがしがみつかない,ということが条件になります.なかなか高いハードルですが,実際にその高いハードルを越えるかどうかはともかく,越えられるだけの「準備」をすると,今まで「食べて行かないといけない」とか様々な条件に縛られて見えなかったものが見えてくるのは間違いないと思います.

 リタイアしようと思えばできるための「準備」というよりは,真実を知りたい,ということかもしれません.知らない方がいい真実もあるのは確かですが,そんな損得勘定ではなく,自分の中のこの流れももう止められない気がします.

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11b
東日本大震災から2年
(地震防災)

 あの日から2年が経ちました.いろいろ思うことがあるというよりは,思うことは,ただ1つと言ってもいいかもしれません.それは,一体何やってんだ?ということです.

 復興が進まないということもありますが,とにかく対策が進まない.対策が進まないというよりは,どんどんおかしな方向に行っている.こんなことでは,同じ過ちをまた繰り返しますし,もっと他に対策すべきことを忘れて,足元からひっくり返されることになってしまいます.

 津波であれだけの甚大の被害を受けたのだから,その対策をすることはもちろん必要です.でも,それだけで大丈夫ですか? 羮に懲りて膾を吹いてませんか? 津波ってそんなに怖いですか? もっと大事なことを忘れてませんか?

 結局,守ってるのは,被災者や国民ではなく自分達自身ということなのでしょう.何か事が起きれば,それに対処するという後手後手の対応しかできないのが今の社会のシステムです.でも,何度も同じことを書いていますが,ほんとの対策は,事前に手を打つことのはずです.

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11c
[年号に対するイメージ]
(?)

 久しぶり?にお気楽?な話題なんですが,歴史ではなく,自分が生きてきた間,あるいは,少しそれ以前も含めた間の年号に対するイメージってありますよね.もちろん,人それぞれでしょうが,私の場合を書くと(別にそんなんどーでもいいでしょうが(^^;),やっぱり,自分の生年は基準になります.

 で,前から思ってるんですが,自分が産まれる前って,極端に「昔」って感じます.具体的には,私が産まれたのは,1960年代ですが,1950年代って高々10年前なんですが,10年よりすごーーく前の感じがしてしまいます.更にその前の1940年代は,戦争をやってたときですが,もう「大昔」です.

 産まれた後についても,「リニア」でない感じがします.具体的には,1970年代まではリニアなのですが,1980年に「不連続面」があって,1980年以降は,そんなに昔な感じがしません.なんでですかね?

 多分,関係ないと思うんですが,昔LPを集めていたとき,レコード芸術とかで録音年を確かめるのですが,1980年以降だとデジタル録音で最近,1970年代までだと録音が古いというイメージがあります(これは私と同世代で,かなり音楽をやってた人ならわかると思いますが,それ以外の人は???でしょうか).そのせい? んなわきゃないですよね.

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11d
[強い]
(経済)

 ちょっと微妙な感じもしていたんですが,乗り越えてしまったような気がします.一言で言うと,とにかく「強い」です.まだまだ行くんですかね?

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3/14'13
[一人vsみんな]
(生き方)

 私は,基本的に一人が好き,でも,ずっと独りぼっちは嫌だから,一人時々みんながいいと書いてきました.でも,よくわからなくなってきました.

 ここ数日,中学からの友人が訪ねてきていて,寝食も含めてしばらくずっといっしょにいたのですが,もちろん,気心が知れた間柄というのはあるんですが,やっぱり楽しいんですね.

 とは言っても,ずっといっしょにいるとめんどくさいこともあるし,彼が帰ってまた一人になると気楽というのは確かにある,でも,いなくなると寂しさのようなものを感じます.

 要は,一人もみんなも一長一短ということでしょう(なんて当たり前な話).ですから,どっちがいいとか好きとかいうことではなく,状況がどっちなのか,そして,状況がそうであれば,それを受け入れて,それをよしとする,というだけの話かもしれません.

 もちろん,状況を変えるということもあるのですが,これについては,一人になる方が圧倒的になりやすいでしょうし,最終的にそうなる確率も高いと思います.つまり,「一人がいい」ではなく,「一人でも大丈夫」にしておく,ということですね.

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14b
[やっぱり何かがおかしい]
(生き方)

 また余計なこと,自分の利益にならないことを書いてしまうような気がするのですが...そして,なんでそんなことを書いてしまうのかもよくわからないのですが...

 やっぱり,何かがおかしいというか,根本的に何かが変わってしまったような気がします.つまり,同じ職場には10年が限界とかいう単純?な問題ではないということです.喩えて言えば,30過ぎくらいの時に,自分のためには頑張れなくなったような感覚でしょうか.

 具体的には,どういうことかと言うと,もう頑張れないというと非常に語弊があるのですが,もう自分が何かして自分を成長させるとか,何かを解明していくとか,そういうことができなくなってる,そういうことに効力感を感じなくなってきた気がします.つまり,大学行政には興味がない,そんなことより研究がしたい,社会全体の利益に供することがしたいと書いたのですが,少なくとも,研究がしたいというのは,違う気がしてきました.

 じゃあ,何がしたいのかというと...とにかく,何かしようとすると,以前とは全く違う,ものすごいハードルの高さ,まるで巨大な壁のようなものを感じてしまいます.なんでこんなことになってしまったのでしょうか...

 1つは,再三書いているように,人生50年(子供を産んで育てるとだいたい50になり,生物学的に生きている意味がなくなる)なので,単純にそうなる歳ということかもしれません.つまり,DNAにそう書いてあるということですね.ですから,これでいいのかもしれませんし,DNAの指令に従って,もうリタイアした方がいいのかもしれません.

 でも,ここでリタイア(仕事のリタイアではなく,何かすることをリタイアする,つまり,ほんとに隠居)すると,これから何十年と続くかもしれない「老後」を超つまんなく過ごさなければならなくなってしまい,それは本望ではないでしょう.

 じゃあ,どうするか,ですが,1つは,隠居してもつまんなくなく感じることができればいいことになります.これは,少しずつできるようにはなってきたのですが,今すぐは無理です.

 もう1つは,何ができるか,何ならやる気になるのかを考える,探すということです.

 これは,想像ですが,おそらく多くの人がこの歳くらいになると同じようなことを感じるんだと思います.そして,例えば,大学の教員なら,中には大学で偉くなることに効力感を感じる人もいるでしょうが,多くの人は,これまでは研究してきたけど,これに効力感を見出せなくなり,そんなに興味があるわけじゃないけど,大学という組織の中で責任を果たすということもあって,そういう違う道に入っていく人もいるんだと思います.

 でもじゃあ,私もそういうことを,ということには,なりません.つまり,何ができるか,何ならやる気になるのかを考えたときに,そういうことは,やる気にならないということです.

 じゃあ,何がやりたいか,やる気になるかと言うと,1つは,人を育てることでしょう.学生の研究指導を通して,彼らが成長して行くのを見るのは,何事にも代え難い喜びがあります.私がこれ以上「偉く」なりたくないのは,大学行政に興味がないということもありますが,これ以上「偉く」なると,学生の研究指導ができないということがやはり大きいです.そして,今いるところで,これができなくなるのなら,移籍もやむなしということになります.

 あとは,社会全体の利益に繋がること,具体的には,地震発生直後にどこでどのくらいの被害が出ているかを迅速かつ正確に把握するシステムの開発,あるいは,それを前もって予測できるシステムの開発ということになります.

 そして,そういうシステムの開発を学生達にやってもらうことで,彼らを成長させることもできるでしょう.つまり,自分がやることに拘らずに,学生達を指導しながら,彼ら自身も成長させつつ,マネージメントして仕事をして行けばいいのかもしれません.

 ということで,書き始めたときは,一体,何を書こうとしてるのだろう?とも思ったのですが,書いてみると,既に得ている結論?というか当然の結論?の枠内に収まって,正直,驚いています.書き始めたときは,かなり暗澹たる気分だったのですが,「書く」ことの効用を再確認しました.

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 でも,仕事は,学生の研究指導ができるのなら,(当面は)それでいいと思いますが,それ以外はどうでしょうか? 例えば,ピアノは,もう全く弾かなくなりました.上で書いたように「練習してピアノが上手くなる,弾けるようになる」ということに,ものすごい壁を感じるのです.バドミントンやスキーも***もそうです.

 これらについては,まだ明確な回答が得られません.そうすると,やめてしまうということになるのでしょうか.ただ,このサイトについては,(まだ)効力感を失わずに書くことができます.

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14c
[昔と何も変わってない]
(生き方)

 昔からの友人といると,私って,昔から何も変わってないんだな,と感じます.向こうもそう思ってると思いますし,実際,そう言います.少なくとも,私と彼の間の関係は,昔から何も変わらない.でも,おそらく昔からの友人とか親以外だと,私は,昔と全然違うんだと思います.どういうことでしょうか? 昔からの友人や親と接すると昔に戻るということなのでしょうか? なんだかとても不思議な感覚です.

 でもやっぱり,私の中の感覚としては,私自身は何も変わってないんですよ.ただ,人の気持ちや相手の立場を頭でしっかり考えて行動するようにはなった,ということなんだと思います.

 でも,昔からの友人といると,化けの皮が剥がれる?ような感じもするし,そうではなくて,実は,昔からの友人と接しているときの私がほんとの私で,昔の私が昔からの友人以外に見せていた自分勝手な私が本物の私とは違うものだったのかもしれない,というような,やっぱり不思議な感覚にもなります.

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3/17'13
[]
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 自分の中で論理的に自己完結は一応したと思うのですが,やっぱりあんまりすっきりしません.一言で言うと気分が悪いし,ストレスが溜まるような変な夢ばかり見ます.新生活が始まって,ずっと(見かけの)活動度が高かったので,単に疲れているということなら単に不調ということでしょう.でもこれが続くのなら,考え直さないといけないことになります.

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17b
[弾く曲]
(ピアノ)

 ピアノなんですが,ようやく弾いてみる気になってきました.でも,弾く気になる曲はありません.つまり,ようやく「弾く曲探し」をするところまで来たことになります.

 でも思うのは,自分の技術をひけらかすような難曲は弾く気にならないということです.それは,そういう曲がハードルが高いということもありますが,簡単に言ってしまえば,そういう曲を弾くことに今は価値を見出せないということです.

 ということで,「弾く曲」ですが,そうでない曲,でも,弾く価値があって,今の私の心境をそのまま表現すればいいような曲(どう弾いたらいいかわからないのではなく,この曲はこう弾きたいというようなことがある曲)を探そうと思います.ベートーヴェンの32番の第2楽章は,今の心境に近かったのですが,少し違和感を感じるようになりましたし,難曲なのでハードルが高いです.ていうか,技術的にも難曲ですし,表現上は,とてつもなく難しいです.ラ・ベーガもいいんですが,これも超難曲です.

 イメージとしては,ドビュッシーの夢(夢想)なんかが近いです.この曲は,どちらかと言うと嫌いな曲だったのですが,今は素直にいい曲と感じることができます.あとは,ラヴェルのクープランの墓のメヌエットとかソナチネの第2楽章とか.でも,いずれも「弾く」(練習する)というところまでは,行かないです.

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17c
[シンプルに]
(ゴルフ)

 先日,超久しぶりにコースに出ました.でも,惨憺たる結果でした.まあ,3年以上ぶりで,その間,全くクラブも握ってなかったのでしょうがないんですが,レベル的には,まるでゴルフを始めたときとまでは言いませんが,ゴルフを始めて数ヶ月くらいのときに戻ってしまったような心境です.

 でも,もちろん,ゴルフを始めて数ヶ月くらいのときとは,全然違います.ていうか,違うはずです.何がかと言うと,ゴルフに対する考え方みたいなものでしょうか.

 もちろん,技術に関する知識もそれなりにあるとは思います.でも,それだと(私は)つまんないんですよね.ていうか,それなら,ゴルフ教室に入ってレッスンを受ければいいってだけの話でしょう.再三書いているように,私にとって,スポーツとは,創意工夫をして上手くなるもの,強くなるものなのです.

 そして,仕事が忙しいとか仕事以外にいろんなことをやっているなどの現状を考えると,ゴルフ教室に行く時間なんかないし,そもそもコースに出るのも年数回がやっとです.そういう状況の中でどうやって上手くなるかも創意工夫の一環なのです.

 こんな私でもスイング1つとっても,留意すべき注意事項を書き出せば,100くらいは行くと思います.でも,そんなこと同時にはできないし,そもそも練習時間もありません.そういう中で,ゴルフが上手くなるには,やはり,シンプルに考えることだと思います.

 そして,ゴルフというスポーツを最もシンプルに考えたとき,それは,球にヘッド(のできるだけ中心)をスクウェアに当てることでしょう.そのためにいろんな技術(例えば,頭を動かさないとか,右肘を内側に入れるとか,右膝を開かないとか,インサイドアウト(ほんとはヘッドは円弧を描くのでインサイドインなのだが)に振るとか,球の位置とか,背筋をしっかり伸ばすとか,コックの入れ方とか,スイングのリズムとか,体重移動とか,アイアンなら上から鋭角に入れるとか,ドライバーならプレーンをしっかり寝せるとか,トップよりフォロースルーにマックスをもってくるとか,グリップを緩く握って脱力するとか,ワッグルの入れ方とか,ルーティンとか,書き出したらきりがない)があるのですが,そんなことより,コースで球を打つことを考えたとき,練習場とは違って,条件が微妙に違うので,そういう中で球にヘッドを当てるのは,やはり,「ゴルフは球技」ということになります.つまり,シンプルにそういう練習をすればいいのではないかと思うのです.

 もちろん,プロになろうとするのなら,そうは行きませんが,これもどこかで書きましたが,平均90で100は確実に切る90±10くらいなら,なんとかなるんじゃないかと思っています.そして,それを実際に証明してみせることが効力感に繋がるということになります.

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17d
[WBC]
(野球)

 何とか準決まで来ましたね.メジャーリーガー抜きということで,もうノルマは果たしたと言えるでしょう.打線が繋がり出したという報道ですが,野球はやっぱりピッチャーですから,マエケンの出来次第,つまり,ストレートが走ってストライクからボールになるスライダーが低めにしっかりコントロールできるかでしょう.あとは,打線が何とか得点できれば,プエルトリコは何とかなるでしょう.

 問題は,やっぱりドミニカですかねー.これまで再三優勝候補に挙げられながら,やっと本領発揮といったところでしょうか.今回はまだ一度も負けてないんですね.でも,ずらりとメジャーリーガーを並べても打線は水物ですから,やっぱりピッチャー次第ですかねー.マー君どうかなー.変に力勝負になんか行かなきゃいいですけど.

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3/18'13
[WBC]
(野球)

 負けましたね.ちらちら見てた程度ですが,変化球を低めに集めるという日本のピッチャーがしないといけないピッチングを相手のピッチャーにされたという感じでしょうか.でも,ピッチャーは3点に押さえたので(でも能見が打たれたツーランは,腕を振らずに変化球を投げるとああなるという典型のような,力のない置きに行った球でしたねー),やっぱりバッティングですかね.でも,再三書いているようにバッティングは水物ですから,いいピッチングをされたらそうそうは打てません.1点返した場面では,凡ミスもあったようで,ロースコアの競ったゲームでは,ミスした方が負けます.

 でも,メジャーリーガー抜きでベスト4はノルマを果たしたとは言えるでしょうし,日本が三連覇なんてした日にゃ,ちょっと顰蹙もんでしょうから,全世界のバランス的には,まあいいんじゃないんですかね.

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18b
[筋肉痛]
(バドミントン, 生き方)

 3〜4月は,小学校の体育館が卒業式,入学式で使えないので,ほぼ1年ぶりにBLの練習に行きました(去年も同じ状況).去年行ったときはいなかったのですが,今回は,昔谷田部の練習のときにいたS田君がいました.谷田部のときも強かったんですが,やっぱり強いですねー.きいたら,去年の全日本40代ダブルスで3位だったそうです.今の40代ってああいうレベルなんですねー.私がいた10年前より格段にレベルが上がってる気がします.

 でも何と言うか,10年前のときのように,強すぎて全く手が付けられないというまでのことはなくて,でも,それは,私と彼の差が縮まったというよりは,単に10年経って両方ともスピードが落ちたということかもしれません.

 BLの練習は,ゲームの前にちょっとしたトレーニングやノックもやるのでとてもいいのですが,久しぶりにシャトル拾いをしたら,ものすごい筋肉痛になってしまいました.練習後半からもう痛くて昨日,今日とまだかなり痛いです.

 これはどういうことかと言うと,そういうトレーニングが全くできていないということです.ていうか,実際,全くやってないし.こんな状況で,思ったようなプレーができるはずもありません.

 問題は,じゃあ,トレーニングやるか,となるかということですね.でも少なくとも言えるのは,やらなければ,歳とかそういうこととは関係なく,どんどん競技力は衰えて行くということです.でも,これは,歳と関係すると思うのですが,歳をとると体力が衰えるというより,何かトレーニングのようなことをして,自分の競技力を高めるとかそういうことに対する意欲というか,そういうことに対する欲求がなくなってくるということです.でも,そういう本能?DNAの指令?に従っていくと,どんどん人生はつまらなくなって行きます.

 ただ,もう若くはないので,嫌がる体にむち打って無理矢理体を痛めつけるようなトレーニングは,無理ですね.ということで,これも,どうやってトレーニングするか,どうやって自分をそういう気にさせるかという創意工夫の一つとなります.ていうか,もともとそんなきついトレーニングなんかしてないし,若い頃から怠け者なんで,別に歳とかは関係ないですかね(爆).

 でも,自分を成長させるとか高めるとか自分の限界を知りたいとか,そういうことに対する欲求は,確実になくなってきています.そしてそれは,別に歳をとって枯れてきたということではなく,自然なことなんだと思います.それを受け入れた上で,これからの人生をどう楽しく気分よく生きていくかということでしょう.

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18c
[子供を見ると]
(生き方)

 今日,仕事で東京に行って,秋葉原から岩本町まで歩いているときに,多分幼稚園児くらいの小さな女の子が一人でてくてくと歩いていました.もちろん,かわいいなーと思ったんですが,ただ単にかわいいというよりは,けなげというか,もっと具体的に言うと,これから生きていくんだねー,大変だねー,頑張っていい人生を送ってねー,と思ってしまいました.

 振り返って私ですが,生きていくのが大変という中で,よくここまで無事に生きて来られたなあと思うと同時に,そんなに大変な思いもせず,随分楽してやってこられたなーとも思ってしまいます.生きていくってやっぱり大変なことなんだと思いますからね.

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18d
それでいい
(生き方)

 最近あんまり調子がよくなくて,単に疲れているのか,つくばに来て10年経って煮詰まってきたのか(正しくない使い方),50を過ぎてもう生物学的に生きている意味がないとDNAから指令が出ているのか,とか考えていたのですが,やっぱり,そもそも,人生所詮退屈しのぎ,ということなんでしょう.

 つまり,不調?が当たり前というかデフォルトというか,要は,人生は退屈でつまらなく,虚しくて無意味なものなんだということをあらためて認識したんだと思います.

 でも,30くらいのときにそういうことに「気づいた」ときとは,明らかに何かが違います.30くらいのときは,それこそ虚しくなって,そこからずっと生きていくのが途方もなく辛く大変そうに見えてしまいました.でも,今はそんな感じはあまりしません.それは,物理的に先が短くなったということよりは,それでいいんだと思えるということでしょうか.

 ですから,最近不調で,その不調を脱するために,例えば,移籍とかリタイアとか何かしないといけないと思っていたのですが,実際にどうするかはともかく,それでいいんだと思えるようになってきました.

 日常を生きているといろんなことがあります.ほんとめんどくさいこともあるし,感動的なこともあるし,とんでもなくひどいこともある.でも,世の中のありとあらゆることに,大した意味はないし,そんなにしゃかりきになって,しがみついたり拘ったりする必要もありません.

 人生所詮退屈しのぎ,でも,どうせ生きていくのなら,気楽に楽しく気分よくやって行きましょう.そして,そういう中から,きっと何かが起こるんだと思います.でも,何も起こらなくても別にそれはそれでOKでしょう.

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3/19'13
[失うことは(朝ドラ)]
(生き方)

 朝ドラですが,しばらく見てなかったのですが,愛死ぬんですかね? 朝ドラでそこまでできますかね? まさにそこまでやるか,という感じなのかもしれませんが,失うことは得ることと同じと考えれば,それも「あり」なのかもしれません.ていうか,失うことは得ることと同じと考えられれば,それこそ無敵ですよね.

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19b
[責められない]
(野球, 地震防災, 世の中)

 1点返した後の凡ミスをビデオで見ることができました.メディアでは,あの状況で「行けたら行け」の判断は難しい,内川は責められないという論調ですが,ダブルスチールで1塁ランナーは,2塁ランナーの状況を見るのが基本ですから凡ミスですよ.ていうか,ずっと下向いて走ってるし.

 でも,責められないというのは,その通りでしょう.そもそも別に国の命運を背負って戦ってるわけじゃないですからね.今回は,相手は(たかが)同じ人間でしたが,東日本大震災で想定外とはなんだと地震関係者が責められましたが(ちなみに私は地震関係者ではありません),自然が相手なので尚更のことです.研究者は,国の付託を受けて国民の身の安全のために研究してるわけではありませんし,彼らが責められ,ある意味,自分達を守るために,これでもかというとんでもない被害想定を出してきて,却って対策が進まなくなってしまってるのは,国民にとっても不利益なことでしょう.

 でも,内川の今後は,やはり気になりますね.アテネオリンピックのG.G.佐藤のようになってしまうのか...それともまさに「失うことは得ることである」となるでしょうか.まあ,G.G.佐藤と内川では,大分実績が違いますが.

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3/20'13
[]
(日記)

 どうにも具合が悪いです.今日朝起きて,朝ご飯を作って食べたまではよかったのですが,その後,どうにもだるく,洗い物をすることもできずにずっと横になっていました.何が悪いんですかね? それとも単に疲れているというかこういうこともあるってだけ?

 周期的には,今年になって新生活が始まって,ずっと(見かけ上の)活動度が高い状態だったので,そろそろ調子を落とすタイミングではあります.でも,活動度が高いときからずっとそうなんですが,気分が晴れないというか,とにかく気分が悪いんですよ.やっぱり,今のままでは,だめな気がします.

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 家で昼ご飯を作って食べて,昼過ぎから大学に出てきたのですが,どうにも疲れて結局仕事にならず,夕方,家に戻ってきました.でも,夕食を作って食べるのがやっとでやっぱりだめですね.でも結果的に,今日は,三食自分で作って食べることになりました.

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3/21'13
[]
(日記)

 昨日ずっと休んでいた(ようなもんな)ので,今日は,少し作業することができました.やっぱり,疲れてたんですかね.そして,疲れたときは,休めってことでしょうか.

 気分的にも少し晴れてきました.休んだということもありますが,また別の1つの「解」が見つかったということもあります.先日,大学の退職記念パーティーというのがあって,いつものことながら,あまり気が進まないながらも行かなきゃと思って行ったのですが,そこで,H先生と話をしていて,大きなヒントをいただきました.やっぱり,こういうのは,行くもんですね.

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21b
[三ノ輪]
(住むところ探し)

 どこかで書きましたが,(近い)将来住むところを探すシリーズ?として,まず,今日,東京での仕事のついでに,日比谷線三ノ輪駅周辺に行ってみました.いろいろ調べた中で,都心の割には,家賃が安いエリアだと思います.でも,1時間半しかなかったので,ちょっと見ただけという感じでしたが...

 まず,生活するのに必要なものがあるかなんですが,都心の最大の欠点として,スーパーがないということがあるんですが,ここはいっぱいあります.オリンピックやイトーヨーカドーは,地図にあったので事前にわかりましたが,その他にも小さな,でも充分な大きさのスーパーがいっぱいあります.

 で,中に入って野菜とかの値段も見たんですが,つくばと変わんないですね.つまり,充分安いということです.お総菜屋さんみたいのもありますし,都電荒川線の始発駅の三ノ輪橋駅が近くなんですが(てことは,バドミントンの都大会があった荒川区体育館も近く),昔ながらの商店街もありました.飲食店はそんなにない感じですが,吉野屋とか松屋とか一通りのチェーン店とかそば屋とかはあります.ただ,街の雰囲気としては,「古い」感じなのですが,可もなく不可もなく,まあこんなもんかといったところでしょうか.

 あと,地下鉄三ノ輪駅ですが,古い駅なので,「ちょっと下りるだけ」ていうのはいいですね.ここから,上野と北千住に2駅,秋葉にも4駅です.

 ということで,一応,候補にはなりそうです.今度行くときは,もっとゆっくり住宅地も見てみたいと思います.想定しているのは,西側の東日暮里なんですが,東側は,いわゆる山谷に近いところなので,ちょっとやめといた方がいいですかね.でも,逆に格安の定食屋とかがありそうな感じはするんですが.

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21c
[bmobile Fairの使用量]
(モバイル通信)

 bmobile Fairが4ヶ月の使用期限が来ました.買ってから3Gのみのものを買ってしまったことに気づいたので,4月になってから3G, 4Gのものに買い換えようと思います.

 それで,1GBに対して実際に使用した量は,だいたいですが,400MB程度でした.つまり,半分以上余ってるってことです.つまり,これで充分ってことですね.そりゃあ,WiMAXを中心に使っていて,スマホから繋ぐときとWiMAXが繋がらないときしか使ってませんからね.

 4月に3G, 4Gのカードを買って,4ヶ月ごとに4, 8, 12月とチャージすれば,1ヶ月あたり2000円ちょいなので,新しく出た1ヶ月1GBで6ヶ月14900円のものより安いです.

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3/23'13
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(日記)

 やっぱり,具合よくないですねー.体調もよくないし,とにかく気分が悪く,効力感が感じられません.周期的なものなのか,つまり,時間が経てば自然に回復するのか,そうでないとすれば,このままリタイア,そして,人生の終焉に向かっていくということでしょうか.

 気がかりなのは,研究室の学生達ということは,何度か書いてきましたが,そうでもない気もしてきました.つまり,私が思ってるほど私は彼らに必要とされていないではないかということです.実際,そう思わせることも起こっています.それなら,話は早いです.

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3/26'13
[ある程度]
(生き方, 日記)

 相変わらず気分がすぐれません.一体,何なんでしょうか?

 外部の状況も確かによくはないのですが,そういうことは,再三書いているように関係ありません.つまり,私内部の問題ということです.

 気分がすぐれないのは,例えば,疲れていて,気分を落として動かないようにして体を休めるように脳が指令を出しているということも考えられますし,そうであれば,ゆっくり休んだ方がいいのですが,実際のところは,なかなかそうも行きません.

 それに,ただそういう指令?に従っているのでは,人類が存続する「だけ」という平凡でつまらない人生しか送れないでしょう.50を過ぎて,生物学的にもう生きてる意味はないとDNAに言われてそれに従うのならもう死ぬしかないってことになってしまいますが,そんなつもりは毛頭ないですし,人類の存続のために一個人が犠牲になるべきでもありません

 言えることは,外部も内部もどういう状況であれ,まずは,それを甘んじて受け入れるところからしか何も始まらないということです.その上で,DNAの指令を受けて,それにある程度は耳を傾けると同時に,ある程度は,逆らっていくことも必要ということでしょう.

 最大の問題は,その「ある程度」がどの程度かということですが,幸い,人間には,他の生物にない知能があります.つまり,結局,再三書いているように,よく考えるということですね.もちろん,考えてばかりでは何も始まらないので,行動を起こすことも大事です.つまり,どのくらい考えるのか考えないのか考えることも重要ということです.

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3/28'13
[noblesse oblige]
(バドミントン)

 先日,筑波大バドミントン部の追いコンでがありました.ここ数年ずっとそうですが,練習に出なくなって,また,彼らの練習を見ることすらなくなって,こういう行事のときだけ行ってえらそーに話をするのもどうなのかと思っているのですが,呼ばれるということは,何かを期待されているのでしょうし,筑波大バドミントン部には恩があるので,頑張って行きました.

 そして,何を話したかですが,ここ数年感じていることなんですが,筑波大バドミントン部が本来もつべきものが失われつつあると感じていて,要は,他の強豪校との違いがなくなってきているように思っていて,追いコンという卒業生にとって最後の場でそういう苦言を呈するのがどうかとは思ったのですが,そんなことが言えるのは,私しかいないと思ったので,そういうことを話しました.

 それがどういう風に受け止められたかはわかりません.ただ,確実に反応があったとは思っていて,それは,吹田先生や私や齊藤先生の話の後に,卒業する学生が話をするのですが,黒田が「境先生はそう言われたけど,自分はしっかり自分で考えながらやってきたつもりです」と反論してくれたのです.

 もちろん,反論されていやいやそういうことじゃなくて,と思うこともあったのですが,私は嬉しかったです.ちゃんときいてくれてたんだなとも思いましたし,私が話をする意味って,こうなんだから言うことをきけ,ということじゃなくて,話したことに対して何かを感じて考えるきっかけにしてもらうことなのです.ですから,校長先生のお話みたいな,当たり障りのない,誰でも話せるようなことは話してもしょうがないし,そうでない話が私にはできると思っているのです.

 で,「他の強豪校との違いがなくなってきている」というのは,どういうことかと言うと,黒田が言ったような練習とかプレーの面というよりは,それ以外の普段のことです.彼は,阿部先生に言われたsuper preparedという言葉を出して,東日本のときは,それがしっかりできて思うような結果が残せたと言っていました.それは,すごいことだしそういうことがしっかりできたことは誇りに思っていいと思います.でも,そういうことは,他の強豪校も(やってる人は)やってることだと思うんですよね.

 じゃあ,どういうことかと言うと,筑波大バドミントン部にずっと伝わってる言葉として「ノブレス・オブリージュ(noblesse oblige)」というのがあるのですが,まさにそういうことです.つまり,プレーや練習だけではなく,普段の日常生活の中での態度や行動がどうなのか,ということです.

 私が追いコンに行ったのは,途中からで,会場に入ったときは,卒業生に向けての動画が流れているところでした.もちろん,下級生が愛情をもって必死で作ってくれたものだと思うのですが,その中身やそれをみんなで見てげらげら笑ってる様は,少なくとも「noble」ではありませんでした.

 もちろん,そういう動画を作るなということではありません.でも,最初に作ったのは,多分,てるお君だったと思いますが,そのときのもの,あるいは,そのとき見ていた様子と比べると,他の強豪校との違いがなくなってきている,少なくともnobleでなくなって来ていると感じてしまいました.

 でも,nobleってなんだよ? そもそも,nobleである必要なんかあるのかよ?と思う人もいるかもしれません.でも,だとすると,それがまさに「他の強豪校との違いがなくなってきている」ということです.他の強豪校と同じでいいと思うのなら,それでも構いませんが,他の強豪校では,絶対に真似できない,筑波大バドミントン部しかできないことがあるのにやらないのは,筑波大バドミントン部,あるいは,それぞれのメンバーの社会における存在価値を高める機会を放棄していて,ほんとに勿体ないと思うし,社会における使命を果たしていないとも思うのです.

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3/31'13
[何がまずかったのか]
(生き方)

 どうにも具合が悪いです.内部状況もそうですが,外部状況を考えるとやはり暗澹たる気持ちになります.私は私なりにやれることはやってきたと思います.一体何がまずかったんでしょうか.

 たまたま付けたテレビで,この失われた20年,昔はエリートだった人達も夢を叶えることができず,あるいは,叶えてもだんだん窓際に追いやられ,最後はリストラに会って寂しく会社を去っていく,というのをやっていました.

 私はどうだったかと言うと,やりたいことを見つけてそれを仕事にするという小さな頃からの夢は叶えました.そして,その後,紆余曲折はありましたが,この分野で一仕事はできたと思っています.

 それが評価されて,昇進もしましたが,結果的に,そのことでやりたいことが逆にどんどんできなくなってきてしまいました.つまり,夢を叶え,仕事もして結果も出したのに,最後の最後になって夢破れるというとんでもないおかしなことになってきてしまったのです.一体何がまずかったんでしょうか.

 こういうことは,もう1年くらいずっとこのサイトに書いてきましたし,何人かの人に話もしました.でも,そんなもんだよ,大学で偉くなればいいじゃないという感じで,ほとんど相手にしてもらえません.周りから見れば,夢は叶えたし仕事もして結果も出したし,何贅沢言ってんだって感じなんでしょう.でも私の中では,ほんとに深刻な問題なんですよ.私の価値観が普通の人とあまりに違いすぎるということなのでしょうか?

 誰も助けてくれないとすると,やっぱり,自分で何とかするしかないんでしょうか.でもそうすると残された道は,やはり,リタイアしかないと思います.つまり,私は社会から必要とされなかった,それが私に対する社会の評価ということです.そう考えると,やっぱり寂しいですね.

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31b
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 少し時間が経ってしまいましたが,先週の月曜は,卒業式,修了式,そして,研究室の追いコンでした.感じるのは,いつもと同じ,つまり,送り出せてほっとする,元気でやって行って欲しいというのとやっぱり寂しさですかね.

 出るのは3人(そのうち1人は熱を出して欠席)に対して,新人は5人(卒論が3人で,外部からの新大学院生が2人)なので,2人増えることになります.つまり,少し賑やかになるということで楽しみなのですが,今の状況でどのくらいちゃんと面倒を見て行けるかと思うと...

 私のやり方は,「とにかくまず自分で考えさせる」ということなのですが,もちろん,ほったらかしとは全然違います.つまり,そこのところのマネージメントがものすごく大変なのですが,学内の業務に忙殺されるようになってからは,以前ほどうまく行ってません.でも,うまく行った学生もいるし,最終的には,やっぱり,本人次第なんだと思います.

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31c
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 先週末は,東大地震研で坂上さんと工藤さんの送別会でした.いつものように?北千住で乗り換えて千代田線で根津から歩いて行ったのですが,いつものようにと思ったのですが,実は,随分久しぶりだったような気がします.

 当時のいろんな人と会えていろんな話ができてとても楽しかったんですが,終電,そして,ミッドナイトなんとかとかいう終バスにも間に合わず(こんなことは多分初めて),名工大の梅村先生,鹿島の引田さんと新宿で一夜を過ごす(^^;ことになりました.


↑丸ノ内線四ッ谷駅の新宿行最終が時間を過ぎてもなかなか来ない

 坂上さんは,私が地震研に就職したときからずっと旧六部にいらっしゃる(工藤さんは,組織替えで災害部門に来られた)ので,彼が地震研(の旧六部)からいなくなるというのが正直実感が湧きません.地震研の建物も新しくなってどこに何があるのかよくわからないし,もうどこかのよく知らないところという感じで,やっぱりとても寂しい思いがしました.

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