年が明けましたね.今年もよろしくお願いします.って,実は,今年は,12/31の24時を過ぎてから書いているので,昨日の記事からの続きみたいなもんですね(こういうケースは多分1年の中で今日だけ).
今年の抱負?としては,去年とだいたい同じですかね.変わり映えせずぱっとしない,ということではなく,数年かかるということでしょう.つまり,今年も去年に引き続いて仕事して論文書いていこうということです.ていうか,これって別に去年とか今年とか関係ないですよね.
ただ,ここ数年くらいで1つの目処というか,一応ここまでは,というところまでは何とか頑張ってもって行きたいと思っています.
-----------------------------------
今年の年賀状の図柄?です(12年前は,確か,ミッフィーだった).

知ってる人は知ってると思いますが,「しろいうさぎとくろいうさぎ」という絵本です.

小さい頃読んだような気がします.絵本の中身は,はっきりは憶えてませんが,仲がよくて幸せな2羽のうさぎがいるんですが,黒い方のオスの方が,幸せを失うのが不安になる,でも最後には結婚するというものです(オリジナル?の英語のタイトルは,うさぎの結婚とかだったような気がする).ですから,危うい幸福をテーマにした,ということになるんでしょうか.
-----------------------------------
「鹿島、清水破り優勝」って...ん?ゼネコン?
なわけないですよね(^^;(もちろん,サッカーの天皇杯の話です).Jリーグ発足当時,佐藤工業の人がうちは横浜フリューゲルズに金出してるのに,鹿島は,何にもしないで宣伝になってて悔しいと言っていたのを思い出しました.でも,清水も「あった」んですね(^^;.
-----------------------------------
年賀状減産計画ですが,なかなかうまく行きませんねー.この人にはもう全然会ってなくて,去年も年賀状来なかった,あるいは,来た日付から見て,こっちが出したものに返事をくれてる感じなので,もういいかなと思って出さないと,いきなり来ちゃったりします.多分,先方も同じようなこと考えてるんでしょうね.
それで,つらつら見ていたら,気になるものがありました.その人はもう80くらいだと思うのですが,そろそろ身辺整理と思っておりますので,本年をもちまして年頭のご挨拶を終わりにしたいと存じます.長い間,ありがとうございました,とありました.もちろん,寂しいというか何とも言えない気持ちになったのですが,そういうのもありかな,とも思いました.
私は,その人の歳までまだ30年以上あるし,仕事も仕事以外のこともまだまだ頑張って行きたいのですが,何度か書いたように,これまでは,何でもかんでも風呂敷を広げてきたと思うのですが,部分的にではありますが,ぼちぼち畳んで行くものは畳んで行こうと思っています.
そして,死ぬときには全て畳めたらいいとは思うのですが,それはさすがに難しいでしょうね.でも,これも何度も書いてるように,「いつ死んでもいいような生き方」ができればいいな,とは思っています.
-----------------------------------
今日は父の33回忌の法要でした.つまり,こういうものはこれで終わりということになります.感慨的なものは去年書いているので,特に付け加えることはないのですが,32年前のことがつい先日のような気もしますし,随分前のことのような気もします.
10年ずつ分けると,最初の10年は,とにかく一人前になるために頑張った10年でしょうか.でも,父が亡くなって数年はやる気をなくして,大学受験にも失敗しましたし,大学に入ってからも進路について随分悩みました.ただ,建築構造の道を見つけてから大学院を出るまではよく頑張ったと思います.その結果,小さい頃からの夢であった,「やりたいことで飯を食う」を実現することができました.
次の10年は,夢を叶えて次の目標みたいなものが見出せず,暗く苦しんだと思います.でももちろん,ただ悶々としていたわけではなく,仕事にも仕事以外にもいろんなことがありました.
この10年は,「地震動の性質と建物被害の関係を構造動力学を用いて探求し,それを地震災害軽減に結びつける」という,やるべきことがようやく見つかって,何とか頑張って来れたと思います.でも40を過ぎて体調的にはちょっとしんどかったですかね.
それで,これからの10年,あるいは,定年までの10何年かですが,今やってることはまだまだ続けて行かないといけないと思っています.少なくとも10年やそこらでできることじゃないですからね.ただ,これまでのような10年がそのまま続くとは思えないし,そうあるべきでもないと思っています.ただ,何度か書いているように「切り換える」のにあと数年はかかると思います.
-----------------------------------
どーでもいいけど,何でも楽しんじゃえシリーズ第*弾です.私は,腕時計をしないと書きました.手首が締め付けられるのが嫌で,出かけるときはデジタル電波腕時計が胸ポケットに入ってることが多いです.でも,デジタル時計って何年かおきに電池がなくなるのが面倒です.
それで,ソーラー電波腕時計を買いました.ソーラーで電波時計でとにかく小さくて軽量のものにしました.ベルトが金属なのも嫌なので樹脂のものにしました.とすると自然とこれになりました.
腕にはしないし,別に腕時計でなくても,ていうかそうでない方が,つまり,懐中時計みたいなのがあればそっちの方がよかったのですが,ソーラーで電波時計で軽くて小さいというとやっぱ「腕」時計になっちゃうんですよねー.
ちなみに,電波時計は,必須です.今ではかなり普及していて,電車はもちろん,バスの運転席にも置いてありますから,それこそ,秒単位で発車時刻が制御されています.つまり,このバスや電車に間に合うかどうかを判断するのに秒単位で時間を把握する必要があり,言い方を変えれば,そうすることによって,間に合うか間に合わないかが的確に判断できるわけです.
それで,インターネットで半額くらいで売っていたので,買ったのですが,箱を開けてびっくり.こんな風に「丸み」がついてるんですよ(インターネットで買い物をすると得てしてこういうことがある).

「丸み」がついてると何が問題かって,胸ポケットに入らない.入ることは入るんですが,すげーごろごろして,うっとーしー.で,しばらくは,ほっぽってありました(でもソーラー電波時計なので,確実に正確な時は刻み続けるのであった).
で,それまで通り,デジタル電波腕時計が胸ポケットに入っていたのですが,例えば,家からセンターに行くとき,胸ポケットから時計を出してちらちら見るか,夏だと,手に握っていくのですが,そんなことするくらいなら,通勤時間のものの2,30分くらい腕にはめてもいいんじゃないかと思い始めました.
それで,そのときだけ普通に(^^;腕にするようになったんですが,ここでまた問題が...私ってとても手首が細いんですよ.それで,ベルトにいっぱい空いてる穴の細い方から数えて何番目という感じなんですが,そうするとベルトがすげー余るんです.で,「ベルトをとめるわっか」をぎりぎりいっぱいのところにもってくるんですが,それで最初は,特に問題はないんですが,

動いているうちにだんだん「ベルトをとめるわっか」が動いてきてこんな感じ↓になってめっちゃうっとーしいんですよ.

で,どうしようかと思ったんですが,最初考えたのは,ベルトを切るっていうことなんですが,なんか子供みたいだし(^^;,できるだけ「加工」はしたくない.で,次に考えたのが「ベルトをとめるわっか」を接着剤で固定してしまおうということです.でも...時計をはずして机の上に置くときに「ベルトをとめるわっか」を動かしてこういう状態↓にしないと

ちゃんと立たないんですよ.もちろん,ごろんと横にすればいいのですが,それじゃあ時間が見えないし,なんか乱雑にほっぽってあるみたいで格好悪い.つまり,「ベルトをとめるわっか」を動かせるようにして,なおかつ,腕にしているときにそれが動かないようにするにはどうしたらいいか?ということです.
解決のヒントは,腕にしているときに「ベルトをとめるわっか」がずれるのは,滑っていくからということでした.つまり,滑らないようにすればいいわけです.答えは...ベルトの裏に出っ張り(ソニーのVAIOの裏にある滑り止めで余っていたものがぴったりサイズだった)を貼りました↓(ほんと注意して見ないとわからないくらい目で立たない).

こうすることで,ベルトと「ベルトをとめるわっか」の間の隙間が減って,摩擦力が大きくなり(F=μNのNが大きくなる),ずれにくくなるという寸法です.試して1週間くらいになりました.今のところ大丈夫です.
まー,どーでもいいっちゃいいってことですが(^^;,要は,何か解決したい問題があったら,何でも楽しんで解決しちゃえ,ってことですかね.
-----------------------------------
と書いたのですが,書いた直後くらいから,朝方時々目が覚めるようになりました.だから,いいときいいって書きたくないんですよねー.でも一旦起きてもすぐ寝るのは変わりありません.でも眠りが浅くなってる感じであまり調子はよくないですね.
-----------------------------------
自分が死ぬときのこと,そして,そのときの状況のことを何度か書いてきました.
おひとりさまの老後基本的には,「おひとりさま」がいいとは思うのですが,周りに迷惑をかけるわけにはいきません.今は違いますが,将来は,一人暮らしをしている可能性が高いと思いますからね.それで,もし孤独死したときに誰かに連絡が行く,というようなシステムは,いろいろあるようです.例えば,↓とか.
でも問題は,「みまも〜る」人がいるかどうかですよね.私には(まだ)子供はいませんし,そんなに長生きしたいとは思いませんが,もし長生きしてしまったら,配偶者,兄弟は,自分が死ぬときにはもういないでしょう.例えば,90過ぎまで生きちゃった日にゃ,へたすりゃ子供がいたってわからないでしょう(生きていても).
つまり,孤独死したいとかしたくないとか,そういう問題ではなく,誰でも否応なしということです.何か対策を考えておかないといけません.もちろん,今は家族がいるので,今死んでも周りが何とかしてくれるでしょうが,周りに何とかしてくれそうな人がいなくなる20年後,30年後までには(生きていれば)何とかしておかなくてはいけません.
要は,「みまも〜る」家族,ではなく業者,そして,事後処理までしてくれる業者みたいなのがあればいいな,ということですかね.もちろん,ある程度のお金は必要でしょうが,20〜30年したら,そういう商売は成立してるでしょうかね.
事後処理というと,まずは遺体の処理ということになるでしょうか.葬式については,私個人的には,拘りはないのですが,どこかで書いたように葬式は,死んだ人のためではなく,残された人が亡くなった人にお別れをする,つまり,残された人のためのものですから,私にちゃんとお別れをしたいという人がいてくれるのなら,やるべきでしょうね.ですから,葬式まで出してくれる業者ということになります.
遺骨の処理はどうしましょうかね? 一応,福岡の大牟田にお墓はあるんですが,あそこに入るというのはあんまりイメージわかないですかね.私は(科学者の端くれなので)人間死んだら「無」になるという考えなので,別にどこかにまいてもらって全然構わないのですが,だったら,別にどこの墓に入ってもいいってことか.
今からなんでそんなこと考えるの?と思われるかもしれませんが,「死に方」の問題ですから,結構,大事なことだと思うんですよね.とにかく,周りに迷惑はかけたくないですから.
-----------------------------------
ミュージックギフトカードってわかります? CDとかが買える商品券みたいなものです.地震研から筑波大に来るときに坂上さんや災害部門の学生達やOBOG達が送別会を浅瀬川で開いてくれて,そのときにくれたんですが,最近,CD買わないんで,まだ何枚かあったのでした.で,ニュースでやってたんですが,もう期限切れになっていて,この12〜1月だけ払い戻しをするんだそうです.でも,告知が全然足らなくて知らない人いっぱいいるんじゃないですかね?

払戻期間が僅か2ヶ月というのもひどい話ですが,こういうのって難しいですよね.要は会社がもたなくなって清算するわけで,莫大な費用がかかるテレビ広告を打つのは無理でしょうからね.あ,うちにもあったという人はお急ぎください.
-----------------------------------
最近の調子というか感じなのですが,仕事については,これから修論,卒論という季節なので,なかなか「自分の研究」というわけにも行かないのですが,少しずつでもやっていって数年を目処に何とか「片を付けたい」とは思っています.とにかく,どんなに少しずつでもやることですよね.
ピアノについては,曲探しは続けているのですが,シューベルトの21番ほど「はまる」曲はありませんね.ていうか,だから去年これを弾いたわけですし.ただ,去年と今年の心境が違うのも確かで,「そういう曲」に拘らなければ弾いてみようかな,という曲はぼちぼち見つかってきました.
バドミントンについては,練習場所を移してから少し「戻ってきた」感じもしてきたのですが,周りはみんな若(^^;くてスピードもあるので,ダブルスが続くと,めっちゃ疲れます.練習後半になってくると股関節もそうですが,体のあちこちが痛くなって極端に動けなくなってきます.次の日もかなり疲れが残っている状態です.シングルを挟むとそういうことはないんで,スピードの問題ですかね.ていうか,やっぱ,シングルの方が向いてるってこと?
スキーについては,雪があまりなかったこともあり,結局,研修会以来行ってません.でも,猛暑の年はどか雪の法則通り大寒波襲来で,ようやくガーラの下山コースもオープンしたようですし,ハンタマも全面滑走可能になったようなので,ぼちぼち行きたいと思うのですが,週末以外の予定を見たら,ほんとピンポイントでしか空いてないので,いっしょに行く人と予定を合わせるのはかなり難しそうです.
-----------------------------------
N田聖子さんの出産,驚きましたね.50歳だそうです.ここまで来るともう執念?
ただし,卵子は,彼女自身ではなく,第三者のものなので,「子供」は,彼女のDNAはもっていないことになります.でも,日本の法律では,子供と認められるのは,DNAではなく,「誰から産まれたか」なので,法的には,このケースが子供と認定されることになります.生物学的には,自分自身の卵子で人工授精して,代理母出産したM井亜紀さんのケースが子供なのですが,これは,日本の法律では認められておらず,最高裁まで争いましたが,結局,養子縁組という形になりました.
さすがに代議士であるN田聖子さんが日本の法律を守らないわけには行かなかったということもあるでしょうが,これは,単に日本の法整備が遅れているということでしょう.変な言い方をすると,N田さんの出産はそういう日本の法律の不備をうまくついた,とも言えます.
N田さん自身は,好きになった人のDNAを残したいと思った,自分のDNAはどうでもよかった,そういうエゴを捨てたら楽になった,と言ってるそうです.それが本心かどうかはわからないのですが(そう思い直したということはあるでしょうが),女の人の子供を産みたいという本能がどこにあるのか,自分のDNAを残したいのか,この人だと思った人のDNAを残したいのか,どっちなんでしょうね? そう言えば,M井さんもN田さんと似たようなこと,T田さんと出会ったとき,この人のDNAは残さなくてはいけないと思った,と言ってましたね.
男としては,そういうことを言われたらどういう気分でしょうか? やっぱり,悪い気分はしないでしょうね.というか,そう言う女の人を愛おしく可愛らしいと思うでしょう.一般的には,男が女に惚れる,惚れられるのが女の幸せとか言いますが(でもこうい一般的って何やねん?と思うが),この場合は,逆ということになります.だから,一般的?なケースではない?
いずれにしても,N田さんの出産が50歳ということで,まだまだ行けると思った人もいるでしょう.そういう意味では,多くの人に希望を与えたかもしれません.ただし,女の人の子供を産みたいという本能が自分のDNAを残すことなら,40代前半がリミットのようです(40代後半になると卵子はほとんどなくなる).
-----------------------------------
何か相変わらず,夢をもとう,夢は実現できる,とか言ってるんですが,そもそも,小さい頃から○○になるのが夢だった,というような夢ってどう思いますか?
子供が将来なりたいものランキングというのは,昔からあるのですが,だいたい相場が決まっていて,男の子は,スポーツ選手,女の子は,食べ物屋さんとか花屋さんとか保母さんです.後は,日本でノーベル賞受賞者が出ると学者になりたいとか,電車やバスの運転手とか.
これって,要は,子供が生活していくときに目に触れる世の中のごくごくごく一部の中から選んでるってだけですよね.つまり,子供の頃の夢なんて,夢でもなんでもないんですよ.だから,そういう夢を実現することになんか拘る必要は全くありません.
先日のカンブリア宮殿で,夢実現スペシャルみたいなのをやってて,バスが好きで好きでバスの運転手になった人,食べ物屋さんになりたくて,パティシエになった人を夢を実現して素晴らしいと紹介していたのですが,私もそうでしたが,大概の男の子は,小さい頃,みんな乗り物好きですから,そういう子供がみんな運転手になったら世の中成立しませんよ.
でも高校生くらいになると大分様相が異なってきます.少なくとも,その歳にもなって,バスの運転手になりたいって言ってる人は,相当の変わり者ですよね.でも,村上さんもおっしゃってましたが,そういう人こそ,バスの運転手になったらいいとは私も思います.あと,そのとき,番組出ておられたロボット工学者の人が,小さい頃は学者志望が多いが,高校生になると極端に減るということらしいです.
でも,これはしょうがないですね.学者になるには,勉強ができないといけないと思われてるのでしょうし(でもほんとは違うんですけどね),「勉強」は,裾野が最大,つまり,最も競争が激烈な分野ですから,あきらめる人も出てくるでしょう.これは,スポーツ選手も同様です.
でも,高校生くらいになっても,世の中全体のどのくらいを見ているかというと,まだまだごくごく一部でしょう.私自身もそうでした.ですから,勝負は,やはり大学時代だと思います.ここでどのくらいやりたいこと探しをして,「これだ」というところを見つけられるかですね.その際に,「消去法」が効果的ということはどこかで書きました.でも,消去法は大変な作業ですよ.だって,消去するには全体を把握しないといけませんからね.
結果的に小さい頃からの夢と違うものに辿り着いたとしても,それは,夢を実現できなかったということとは全然違います.小さい頃が無知だっただけです.夢を実現するとか余計なものに拘ることが却って選択の幅を狭めてしまうと思います.
とにかく,夢をもとうとか夢を実現しようとか言うのはもうやめた方がいいでしょう.そういう右肩上がりではない状況に,既に若い人達は対応していますから,そんなものなくても楽しく頑張って行けます.それなのに,そういうことを言われすぎて,夢をもたなくてはいけない,夢を実現しなくてはいけないとがんじがらめになっています.大学卒業者の内定率が低いのはそのためです.求人は卒業者を上回っています.就職先がないとか虚偽の報道をするメディアも問題です.
-----------------------------------
夜,星空を見上げるとどう感じますか? 私が最近感じるのは,宇宙とすぐそのまま繋がっているということです.地球って丸裸ってことですかね.
それで,不思議なんですが,見上げたときなぜかいつもオリオン座があるんですよ.赤道上にあるから当たり前?

-----------------------------------
願い事ってありますか? A石家さんまさんの願い事って,願い事がなくなりますように,だそうです.彼の娘さんの名前の元になった「生きてるだけで丸儲け」とか(その通りだと思います),彼って結構哲学者だと思うのですが,願い事がなくなるってどういうことですかね? 多分,願い事がなくなるということは,願いが全て叶うということだと思うのですが,そんなことはあり得ないわけで,要は,これもどこかで書きましたが,見果てぬ夢を追い続けるということでしょうかね.
で,自分の胸に手を当てて考えてみました.驚いたことに,私って別に願い事ってないんですよ.そりゃー,いい仕事していきたいとか,ピアノやバドミントンやスキーが上手くなりたいとか,気分よく生きていきたいとかは思いますけど,これって願い事じゃありません.神様?にお願いして叶えてもらってもつまんないからです.つまり,自分で何とかしないと意味ないわけで,こういうことをお願いすることはありません.
-----------------------------------
あんまり調子よくないですねー(って書くことがやっぱり多い?).このサイトの更新が滞るときは,だいたいそんな感じです.でも,こうやって書き始めてるので,少し回復基調?
もちろん,やるべき仕事はやってるのですが,それ以外の「当人次第」の部分はどうしても疎かになってしまいます.それが大学教員の良し悪しですかね.
ただ,体調はそんなに悪くないです.でも,明け方に目が覚めているような気はします.気はします,というのは,一旦目が覚めてもすぐまた寝るのでよく憶えてないんですよ.
あと,食べる量が少し増えたような気がします.でも体重は増えてないと思います.一時期は,すぐお腹いっぱいになる感じで,たくさん食べられない状態でしたから,これは少しいい方向に変化したということですかね?
実は今,合計すると1日5kmくらいは走ってると思います.これは別に何年か前のように「ランニング」してるわけじゃなくて,歩いて移動するところは,基本的に全て走ってるんですよ.で,合計したらなんだかんだで1日5kmくらいは走ってることになります.ですから,別に着替えるでもなく普段の格好で走ってるんですが,寒いんで,息も上がらないし汗一つかきません.寒いとそういうメリットもあるわけです.
-----------------------------------
ちょうど去年の今頃,なんで医者じゃなくて,今の仕事を選んだかについて書きました.このときの結論?としては,単に興味の対象ではなかったということだったんですが,ちょっと違う,というか,それだけではない気がしてきました.
それは,「何かを残す仕事」をしたかったということかもしれません.もちろん,医者に限らず職業に貴賎なしですから,職業の良し悪しという問題ではありません.そういう中で人の命を預かる仕事であり,高度な知能や倫理観まで要求するお医者さんにありがとうという気持ちに変わりはありません.私にはとても務まらないとも思います.
でも,誤解を恐れずに書くとすると,「何かを残す」というわけではありませんよね.「何かを残す」というと漠然としていますが,例えば,名を残すとか業績を残すとかそういったことでしょうか.要は,「仕事を残す」ということです.仕事を残すのではなく,人を残してなんぼ,ということは既に書きましたが,あえて,ここでは,仕事を残すということに限定します.つまり,大袈裟に言えば,「歴史に名を残す」というようなことでしょうか.
そして,そういう仕事は非常に限られます.研究者,文学者,芸術家(美術家ならほぼ含まれるが,音楽なら演奏家ではなく曲を残す作曲家)などの「作品」を残す人くらいではないでしょうか.あるいは,史実を残すという意味では,政治家も入るかもしれません.いずれにしても世の中の極々一部の人に限られます.
繰り返しになりますが,それは,職業の良し悪しではなく,「そういうもの」ということです.でも,例えば,ビジネスなどでお金儲けをする人がその分野でどんなに成功し巨万の富を築いて「時の人」にはなっても「歴史に名を残す」ことはありませんよね.
もちろん,「歴史に名を残す」というところまで行くのは,大変なことでしょうが,小さい頃から頭のどこかでそういうことはずっと考えていたと思います(実際に,それに見合った努力をしているかどうかは置いておいて(^^;).なんか人と違うような気がする,とも書きましたが,そういうこともあったかもしれません.
もう10年くらい前の話ですが,私が震度算定法についていろいろやっていた頃,私と同い年くらいの他大学の先生に,まさか本気で震度を変えようとしてるわけじゃないですよね?と言われたことがありました.普通だとそんな大それたことまでは考えないということなんでしょうが,私は全くそういうつもりでした(まだ若かった?ということもありますが).つまり,そういう大それた?ことを大それたとは思わないというようなところが昔からあるのです.
でも,それに全てを捧げ,それに見合った努力をしてるのか?と言われると...(^^;.再三書いてるように,私の場合「その気になる」かどうかが,最大の問題です.ですから,実際にそうなるかどうかは...(^^;.でも,こういう仕事をしている以上は,可能性はあるとは言えるでしょう.
実際問題としては,「歴史に名を残す」かどうかはともかく,というか,そういうことが目的ではなく,とにかく,これだと思った身を置いている分野で,そういうレベルの仕事がしたいということです.その結果,実際に「歴史に名を残す」かどうかは,他人の評価に過ぎないので,大した問題ではありません.
要は,研究者たる者,そのくらいの気概(あくまで気概です(^^;)をもって仕事をすべしということですね.そして,そういう気概をもてるのは,やはり,この仕事の特権みたいなもので,恵まれていることだと思います.
-----------------------------------
↑と(大それたことを)書いたのですが,それはそれでそう思うのは事実なのですが,その一方で,そんなしてまで,そんなしんどい思いしてまで頑張らなくても,もっと気楽にのんびりやって行こうよ,もちろん,楽していこうということではなく,できる範囲で無理せずやっていくのもありなんじゃない?という思いがあるのも事実です.なかなか難しいですね.やっぱり,「その気になる」かどうかってことですかね?
-----------------------------------
↑とか書くと,やるとかやらないとかいう以前に,できもしないことほざくんじゃねえ!って声もきこえてきそうですが(^^;,(私の場合)できるかできないかは関係ありません.できようができまいが「そういう気概」でやるということです(「そういう気概」でやるのなら).つまり,上で書いたように,そういうことが目的ではないということです.でもこれは,本気で研究してる研究者ならみんなわかってくれることだと思います.
-----------------------------------
卒研配属のシーズンになりました.このサイトで書いているように,私の研究室は(自分で言うのも何だが)結構人気があって,これまでずっととれる数目一杯の学生が第一志望で来てくれていました.ところが...今年は,第一志望で来てくれる学生は一人ということになったようです.何となく今年は出足が鈍いなという感じはしていたのですが,私が筑波大に来て7回目(8年目)の卒研配属で初めてのケースです.何が問題だったんでしょうかねー.
最近あんまり地震がなくて(去年は結局何年かぶりに被害調査に行かなかった),地震防災に対する意識が低くなってるとか,その結果,テレビや新聞に最近出てないとか(^^;? 特にがんがん活動しなくても,学生は来てくれると思って油断していた節もあったのでしょうか?
でもまあ,「こんなこともあるかな」というところでしょうね.今までずっと目一杯来てくれていた方が奇跡みたいなもんかもしれません(そんな研究室は専攻で数えるくらいしかありませんから.しかも他はロケットとかエネルギーとか花形研究室ばっかし).それに,今回来てくれる学生は,熱心に何度も話をききに来てくれて,彼女には来て欲しいと思っていたので,もうそれでOKです.というか,誰も来なくなったらそれはそれでしょうがないことですし,一人でも来てくれるのなら,全精力をかけて面倒を見ていくのは当然のことです.
-----------------------------------
K改造内閣ですが,Y謝野さんの入閣(というかその前の動き)には驚きましたが,これが最後のチャンスになると思います.世間はあまり期待していないようですが,ここでやらなかったらもう日本はアウトでしょう.
とにかく,Kさんも含めて,M主党は,政権を維持することになんか拘らず,正しいと思うことを貫いてもらいたいです.そうしなければ,何も変わらないでしょう.平たく言えば,国民は嫌がるでしょうが,消費税を(10%以上に)上げるしかないでしょうね.内閣の平均年齢は上がったようですが,年寄りは先がないわけですから,保身なんかもう関係ないでしょう.
-----------------------------------
昨日の話の続きなんですが,別に「歴史に名を残したい」というわけではありません.仕事の「種類」が「そういうもの」である,ということ,そういう仕事がしたい,ということです.これは,「職業」ではない,「職業」とは言えないようなことを仕事にしたい,ということにもなり,この辺のことにも繋がって来ますね.
-----------------------------------
ですから,そういうことができれば,別にそれが仕事(職業)でなくてもいいということになります.でも,食べて行くには(今のところはまだ)仕事をしないといけないので,それが一番できそうな大学の教員をしているということです.
と書いたのですが,少し違う気もしてきました.例えば,世の中便利になって仕事しなくても食べて行けるようになっても(もうすぐなりそうですが),今の仕事(研究)をするのか,ということです.ちょっとわからなくなってきました.世の中便利にならなくても,定年になれば,(貰えれば)年金暮らしでそれに近い状態になるわけですよね.
そうなると,やっぱり,「張り合い」はなくなるかもしれませんね.実際,定年過ぎてもバリバリ研究してる人ってそんなにいません.ですから,社会的な繋がりはやはり無視できないってことでしょう.つまり,今のうちにやっとけ,ということですね.なんだか,最後(じゃないかもしれないけど)は,ふつーー?になっちゃいました.
-----------------------------------
昨日,今日とセンター試験の監督でした.受験生を送迎する車で大渋滞となるので,昨日は,自転車で来たのですが,今日は,朝,雪となってしまって車で行きました(バスも渋滞に巻き込まれる).

センター試験と言えば,なぜか雪の日が多いと言われますが,1月中旬ですから当たり前ですよね(こんな時期にやるなってこと).でも,統計的にはこの日関東で雪になる確率は20〜30%くらいだそうです.でも,関東でこの位の確率なら充分高いですよね.ただ,今日は,群馬から雲が南東に流れたようで,東京ではそんなに?降らなかったようです.つくばの雪も昼前には消えてしまいました.

理科や社会が細かく分かれていて,ほんと効率が悪く,以前は,科目によっては受験者が部屋に数人みたいなこともあったんですが,今回は,常に半分以上の受験生がいる感じでした.2科目課す大学が増えたってことですかね? 当たり前だと思いますがね.
それで,最後の科目が理科Bという物理と地学だったんですが,受験生少ないだろうなと思ったんですが,半分くらいは残ってました.でも,男女比が...物理が苦手というか好きじゃない女の子が多いってことでしょうか? でも,物理受けてる女の子も何割かはいて,もうそれだけでもうよしよし(頭を撫でてる擬態語)って感じです.
で,一緒に監督してたH田野先生にきいてみました.彼女によると,嫌いじゃないけど,なんか滑車とか出てきて(^^;,3Kみたいなイメージがあるらしいです.そう,単なるイメージなんですよ.
女性は子供を産むので「数」が必要で,命を落とすような危ない仕事は(種馬でそんなに数は要らない)男がやるっていう仕組みなんでしょうが,実際は別に危ないわけじゃないし,やった方がいいと思いますよ.単純に考えて,人がやることより,やらないことやった方がいいに決まってます.
-----------------------------------
1995年兵庫県南部地震から16年経ちました.もちろん,当時現地に入って目のあたりにした光景は昨日のことのように憶えています.この悲惨な災害を忘れないようにといろんな催しが行われています.でも「災害を忘れないように」ってどういうことでしょうか?
何度も言っているように,地震災害は,自然災害ではなく人災です.神戸の記憶を風化させないように,というだけでは意味がありません.対策をしなければ,必ずまた繰り返されますし,言い方を変えれば,対策さえすれば,災害は劇的に減ります.そして,対策をするのは,あなた自身です.
これも繰り返しになりますが,1995年兵庫県南部地震で明らかになったのは,現在の日本の耐震規定の妥当性です.調査の結果,耐震規定が大きく変更された1981年以降に建てられた建物はほとんど被害を受けてませんでした.その一方で,1980年以前に建てられた建物は甚大な被害を受けました.何をすればいいかは,明らかでしょう.それでも対策をしないと言うのなら,(厳しいことを言うようですが)被害に会ったときの責任はあなた自身にあります.
-----------------------------------
今日はセンター試験監督の代休で,現地の天気がよかったらスキーに行こうと思っていたのですが,予報では暴風雪ということで,というか,やっぱり試験監督で疲れてもう歳なんで(^^;,無理せず休もうと思って家にいたら,新幹線がシステムトラブルで東日本全線で止まったようです.あぶねーあぶねー.
でも,今回はシステムトラブルということなので架線が切れたというのとはわけが違うでしょう.要は,エレベータや車や航空機と同様,新幹線の運行がコンピュータというわけのわからないもの(ブラックボックス)に制御されていて,いつ破綻してもおかしくないということです.実際,(トヨタのときと全く同様に)システムトラブルの原因は不明ということらしいですし,1時間電車がストップするくらいでは済まないことが起こらないと誰が言えるでしょうか?
で,家にいても休まらないので,(いつもの休日と同様に)昼過ぎに大学に出てきました.そしたら,学生が次々と...明日明後日とほとんど予定が詰まってるし,今日来なかったらどうなってたの?
-----------------------------------

(14)とよく似ているが,一番後の柵が非対称(右の方が広い)で,柵の形も丸く飛び出していて,段差もある.
-----------------------------------
何気なくテレビを見ていたら,「20世紀最大の発明と言われる航空機ですが...」と言っています.って,そんなこと誰が決めたんや!
でも,大発明に間違いはありませんね.ライト兄弟が世界初の有人飛行に成功したのが20世紀初頭ですから,それから100年しないうちに今の状況が実現すると誰が想像したでしょうか?
これもどこかで書いたと思いますが,20世紀の科学技術≒世の中を便利にする的な発達はものすごいものでした.100年前と今と比べれば明らかですよね.航空機以外にもぱっと思いつくだけで,ロケット(アポロ11号による月着陸),(カラー化も含めた)テレビ,洗濯機,冷蔵庫の三種の神器,新幹線に代表される高速鉄道,コンピュータ,インターネット,携帯電話などのIT,通信技術,これらを支える半導体など枚挙にいとまありません.一応?建築構造の人間としては,耐震技術の発展もものすごいものがありました.それは,100年前と今の東京の街並みの劇的変化を見ればわかります.
それで,「20世紀最大の発明」ですが,何でしょうね.そういうことを専攻内の何人かの先生に振ってみたのですが,いろんな反応があって面白かったです.「世の中を便利にした」という観点では,航空機はやはり大きいでしょうね.ただ,アポロ11号の月面着陸のインパクトも大きいでしょう.でも,だいたい,航空機,ロケット,コンピュータや集積回路も含めた広い意味での半導体の3つというような意見ですかね.
で,パルスデトネーションロケット開発の第一人者であるK原先生にきいたら何て言われるか,さすがにロケットと言われるのか,ということが話題になりました.で,きいてみました.何かそういうことは嫌と言うほどきかれてるそうです(^^;.で,答えは意外にも,というか,当然なのかもしれませんが,半導体ですかね,ということでした.なぜなら,半導体がなければ,ロケットは飛ばないからです.なるほどねー.
はてさて,20世紀はそうだったとして,じゃあ,これからはどうか,ということに関しても何度も書いてきました.世の中を便利にする的科学技術は,航空機にしてもロケットにしても,コンコルドの運行停止や人類が結局まだ月より遠くに行けていない,つまり,1969年がある意味「ピーク」だったことを考えると,やっぱり,もう「いいところ」まで来てしまった感は否めません.地デジ(ハイビジョン)にしてもカラーテレビから何十年も経ってたったこんだけ?ということも既に書きましたし,今メディアが騒いでいる3Dなんか,もっとそんな感じです.
で,21世紀がどうなるかですが,20世紀ほどの世の中を便利にする的な劇的変化は望むべくもないし,もうこのくらいでいいんじゃない?ということも再三書いてきました.あえてあげれば,21世紀中は難しいでしょうが,核融合に成功すれば,すごいことになるでしょうね.あとは,やはりバイオ関係でしょうか.これも既に書きましたが,人間は人間自身のことをあまりに知らなすぎます.要は,世の中を便利にするというより,もっと足下を見直すことかなと思います.手前味噌になりますが,防災なんかもそうですね.
-----------------------------------
20世紀が科学技術が劇的に発達したこと,それを受けて,21世紀がどうなるのか,ということを考えるのに1つのヒントがあるかもしれません.それは,他の分野はどうだったのか,ということです.例えば,音楽はどうだったでしょうか?
音楽を見てみると,それが最も劇的に発達したのは,バッハをスタートとした古典音楽からロマン派までの18〜19世紀でしょう.それ以降ももちろん新しい音楽を産み出す努力は続けられてきましたが,20世紀を19世紀と比べるとやはり見劣りすることは否めません(私個人的には20世紀の音楽は大好きだが).そして,今は...どん詰まり状態ですかね.
つまり,音楽は科学技術より1世紀早く発達し,終焉?を迎えたわけです.そして,科学技術に関しても似たような状況にあるということでしょう.ただ,音楽という芸術の探究に限りはありませんし,それは,科学も同じです.
-----------------------------------
大卒の就職内定率が68.8%になって就職氷河期とメディアでは報道しています.でも実際は,違います.求人は卒業者数を上回ってます.要はえり好みしてるってことですね(大企業にしか入りたくない「大企業病」と言うらしい).背景には,何度も書いているように,就職なんかしなくても食べて行けるってことがあるでしょう.
でも,別にいいんじゃないですかね? 大学に浪人して入るのは普通のことですし,就職だって,自分の行きたいところに行きたいから浪人する人がいてもおかしくありません.でもそれを景気のせいにしてはいけません.それはメディアも同様です.
-----------------------------------
今日は,午前が田町,午後が新宿とずっと東京だったのですが,PC関係の買い物があって,帰りに秋葉のヨドバシで,と思っていたのですが,ヨドバシって,元々新宿ですよね.買い物するのは,別にヨドバシでなくても全然構わないんですが,通り道だし,新宿のヨドバシにちょー久しぶりに行ってみました.そしたら...昔と全然変わらない感じで↓

その横の高速バス乗り場も昔のまんまで↓,なんだか懐かしかったです(でも店内のヨドバシの音楽?はやっぱりうるさい).

でも,ビルの谷間から見える東京モード学園↓は,やっぱり異様...

K学院大の28階まで行って(大学のエレベータとは思えん...)↓

そこから見える東京モード学園↓も,やっぱり異様...(鉛直ラインがわからず,全体が傾いてしまった)

回転(^^;!

と,たまにはブログっぽく大した意味のないことも書いてみる.
-----------------------------------
昨日,電車の中で,缶コーヒーかなんかの広告が貼ってあって,確か,雲は風に自然と流されるだけだけど,人間は違う,強く生きよう,みたいなことが書いてありました.このサイトで再三書いてるように,私は,自然の流れに逆らわず,生きていきたいと思っています.というか,絶対に逆らえません.
これはどういうことかというと,逆らうことまで含んでいるということです.で,逆らってどうなるかも決まっている.つまり,無駄(かどうかはなかなか難しいが)な抵抗はしないということです.
ただ,風に流される雲のように,というよりは,川を流れる石ころのような感じでしょうか.流れに逆らわず,そういう中で障害をうまく越えながらもだんだん丸くなり(^^;,海に到達してゴールとなる.
こういうこと書くと(ここで書いてことに限らず他のいろんな記事も),曲解する人が必ずいるんですが,努力しないということではありません.要は,流れを読んで,ここは頑張りどころ,ここはすらりとかわす,ここは素直に言うことをきく,ここは流されるみたいな判断をあえてあまり深く考えないで直感的にする,ということです.
-----------------------------------
教師がクレームをつけてくる親を相手に不眠症になったなどとして損害賠償で訴えた,というニュースが流れていました.ほんと唖然とするようなことですが,いいんじゃないですかね.ていうか,どんどんやったらいいと思います.このサイトで何度も書いているように,(人間)教育はまず家庭であり,自分の子供をろくに育てもしないで,何かあると責任を全て学校に押しつけるのは,責任転嫁も甚だしいです.
もちろん,今回のケースがほんとに親に非があるのか,実際は,教師に非があるのかはわかりません.ただ,言えるのは,立場は公平でなければならないということです.何かあって親が文句言ってきたら,否応なしに教師の責任,というのは,フェアでありません.そんなことでは,親はどんどんモンスター化するでしょう.これは,もちろん,学校の言うことが絶対ということでもありません.50:50でなければならないということです.今回のことがそういうことを考え直すきっかけになればいいと思います.
-----------------------------------
中国が日本を抜いて世界第2位の経済大国になった,と報道されていました.(中国に食べさせてもらわないといけない)経済界は,おめでとうと言いましょうとか,これからいっしょに成長して行きましょうとか言ってます(へらへらしてみっともないなー).でもまあ,人口が日本の10倍以上ですし,一人頭にすれば,というか,都市部と農村部の格差を考えるとまだまだ豊かとは言えません.
というか,そんなことより,見てるとつくづく今から2,30年前の日本というか,いつか来た道という気がしてなりません.そして,その後,日本がどうなったかというと...それでも,人間は同じ道を辿るんですかねー.賢くないですねー.
-----------------------------------
トイレのごみ箱のその後ですが,そう言えば,ここんとこは,ずっと奥に置いたままです.学習した? あるいは,私より早起きの人がせっせと移動してくれてる?

次に?飛び込み営業ですが,あんまり来るんで,ドアのところにちっちゃく貼り紙をしました↓.

そしたら,激減しました.下の方にファイルボックスを置いて,カタログとかはここに入れてください,としました.ばんばん入ります(^^;.要は,カタログさえ置いてくればよくて,本気で営業なんかしてないってことですね(そんなことで思考の時間が寸断されたらたまらん).ていうか,そんなことしたら逆効果ですからね.
最後に(^^;,かき揚げそばですが,もう大分前から,海老入りでなくなり,野菜のみになりました.ただ,元のものには戻らず,少しサイズがちっちゃくなり,そばの量も減ったような...でも値段もちゃんと350円から330円に値下げになりました.ただ,食べる量が少し回復したせいか,これだけではちょっと足りなくて,筑波大に来た時みたいに+いなり寿司(2つで100円.ほんとは1つでいいが券売機に券がないのでいちいち50円玉を出して頼むのが面倒で最近は2つ頼んじゃう)にしています.
-----------------------------------
寒いですね.寒いですが...私は,ここんとこコートはほとんど着てません.だいたい,タートルネック+ジャケットか,シャツ+薄いセーター+ジャケットって感じですかね.それで寒くないの?って家族にも先生達にも言われます.でも寒くないんですよ.なんでかって...
ほとんど「外」にいないからです.いるとしても,研究室からバス停までと家の最寄りのバス停から家までです.それ以外は,部屋の中かバスの中ですから,コートなんか着てたら暑いですよ.そして,それは,電車通勤の人なら似たような状況なのでは?
実際,私が東京に仕事に行くときもだいたい電車の中か建物の中で,時間の長さから言ったら圧倒的に「室内」が多いので,コートは着ていかないですね.10分くらい歩くことはあるのですが,それだけのためにコート着ていくと,電車の中で暑いし,脱ぐとかさばるし,それだったら着ていかないです.
でも,実はそれだけじゃなくて,移動してるときは基本的に走ってるというのはあります.私は大学に行く日は,一度夕飯を食べに家に帰るので,1日2往復しているのですが,そのうち1往復はセンターまで走っています.走ったらそれこそコートなんか着てたら暑いです.
-----------------------------------
上とちょっと似てるかもしれませんが,私は傘(雨傘)もほとんどさしません.鞄の中にはいつも日傘を兼ねた折りたたみが入っています.でも使うのはざーざー降って,ささないとずぶ濡れになるというときくらいです.でも,そういうときって実はそんなにありません.「雨の日」のほとんどは「小雨」だからです.小雨なら服も着てるし,濡れてびちょびちょになった傘をもってバスや電車に乗るくらいなら,わざわざ傘を出してさすことはしません.むしろ,去年の夏は,日傘としてさすことの方が多かったかな.
でも,そもそも傘ってどうですか? これだけ文明?が発達して,未だに超原始的なものだと思いません?(でも意外と傘の歴史って浅いんですけどね) でもこれも,通信技術が進んでそこに行かなくても行った感覚になれることで「どこでもドア」が実現するように,地下街のような人工建造物の建設が進んで,どこに行くにも「外」に出ずに行けるようになるのかな.でも「どこでもドア」ができたら,そんなもんも要らないか(^^;.やっぱり「何か変」ですね.
-----------------------------------
ちらっと見ただけでしたが,やる気について,報酬vs内的なんとか,みたいので話している人がいました(多分,W大のI田先生だったと思う).ほんと一瞬見ただけだったのですが,やる気のもととなる報酬と内的なものがコンフリクトする,というようなこと,つまり,報酬に対してやる気を出す人は,「その分」内的なものに対してやる気を感じなくなる,逆に報酬に対してやる気を出せない人は,内的なものにやる気を見出す,というようなことでした.そして,前者の傾向は,例えば,芸をするイルカのような動物に見られ,後者は人間の特徴のようなことも言っておられました.
これがほんとだとすると面白いですねー.私の認識は,報酬はやる気に繋がらない,というものですが,確かに動物は「報酬」ですね.そして,(こういう言い方はどうかとは思うが)あまり知的でない人もそうかもしれません.物事を深く考えず,汗水垂らして家族のために働き,今日も働いたーと,夜は飲み屋で一杯やる,みたいな単純?な生活に正直憧れもしますし,そういうのが結局幸せだとも思うのですが,でも,どうですか?
幸か不幸か?人間(まだ)働かないと食べて行けません.そして,起きてる時間の大半は仕事をしています.というか,働く働かないに関わらず,何かをして報酬をもらうって状況を考えたとき,報酬って「一瞬」ですよね.つまり,5%の快感を得るために95%苦しいのを我慢してるわけです.これは,幸不幸相対論的には,幸せの本質という考え方もありますが,やっぱり,95%が楽しい方がよくないですか? 内的なもの,つまり,それそのものに楽しさや面白さを見出す,そういうことを仕事にする,というのは,そういうメリットもあるわけです.
-----------------------------------
間寛平さんゴールしたんですね.でも24時間マラソンでゴールという学生の予想ははずれてことになる? でも途中で前立腺癌で手術しましたから,それで計算が狂った?
いずれにしてもすごいことです.でもヨットによる海上移動はともかく,ランニングは2万Km(ちなみに地球一周は赤道で4万km)ですから,例えば,1日20km走れば,20000/20=1000日≒3年弱で地球一周できちゃうわけです.1日10kmでも5年強です.このくらいなら毎日走ってる人はいくらでもいるのでは?
つまり,毎日(家の周りやランニングコースを)走っている.うん? 計算したら何年かかけたら地球一周できるんちゃう?って気づいたところ,そういう計算ができたこと,そして,実行に移したことがすごいんだと思います.そして,そういう「計算ができる」ことって実はとても重要な能力ということは,既に書きました.
ちなみに地球一周の「定義」ってなんだと思います? 例えば,全ての経線を横切ることだとしたら地球一周するのに最低何万km必要ですか? 答えは,数十cmです(原理的には限りなく0).北極か南極の回りをぐるっと一周すればいいからです(北極や南極まで行くのは大変だが(^^;).全ての経線と緯線を横切ることだとしたら(でもそうだとしたら,間寛平さんもフィリアス・フォッグも地球一周してないことになります),北極か南極の回りをぐるっと一周して反対側の北極か南極まで移動するのが最低移動距離ですから2万kmくらいということになりますね.
-----------------------------------
卓球の全日本選手権をやっていて,F原さんのもつ1回戦勝利の最年少記録を破ったとか言っています.でも268人も出てるんじゃあ...ちなみにバドミントンの全日本総合は出られるのはたったの32人(ダブルスなら32ペア)です.体力の消耗の少ない卓球ならでは,ということでしょうか.
そもそも,最年少記録ってどういう意味があるんでしょうか? 単純に考えれば,若ければその分未熟なはずだから,その割りにどうか,ということを評価しようということでしょうか.でも,よく考えるとあんまり意味はないですよね.結局,最終的にどうかが全てで,マラソンで最初の5kmのときのタイムが世界最高記録でも意味ないですからね.要は,すごいパフォーマンスをするちっちゃな子供を見せ物にする大人とか視聴率を稼ぎたいメディアの思惑ということでしょう.
小さいときは神童でも大人になったらただの人ということはよくあるということも書きましたが,F原さんは,例外中の例外ということも既に書きました.そういう意味ではすごいと思います.私が思う彼女のすごいところは,彼女が実はそれほどすごくないのに,つまり,特にそれほど才能がなくても今くらいのところまで来られた,ということです.
例えば,I川さんなんかと比べるとその才能とかセンスはかなり差があるように私には見えます.F原さんのプレーを見ていても,才能とかセンスはあまり感じられないのですが,そういう中で,例えば,しっかり球を引きつけてコースを読まれないようにして正確に球を打ち返すなどの地道で基本的なことをやることで何とかここまで来た気がします.つまり,vs天才を実行したということでしょうか.そういう意味では,才能のない人に希望を与えるでしょうし,評価に値すると思います.
※とか書いていたらI川さんがF原さんに準決で勝って,全日本優勝したみたいですね(^^;.
-----------------------------------
いつも?このサイトを読んでいただいてありがとうございますm(_ _)m.このサイトには,私が思うことをかなり包み隠さず(包み隠さなさ過ぎ?)書いています.ということは,どういうことかというと,このサイトを読んでると私がどういう人間かかなりわかるということです.何だったかははっきり憶えてないのですが,確かヘッドハンティングを専門とする人がいて,対象となる人がどういう人なのか調べようと思ったとき,まず,その人のブログがないか調べる,あったら全部読む,それが一番よくわかると言っていました.
他人のことはわかりませんが,少なくとも私がこのサイトに書いていることに偽りはありませんから,そうなんだろうと思います.そして,このサイトは1日100件以上のアクセスがありますから,私は,私がどういう人間か,いろんな人にかなり詳しく(^^;知られているということになります.じゃあ,このサイトを読んで,私という人間がどう思われているのかな,と考えてみました.こんな感じでしょうか.
仕事は,国立大学の中でも帝大系という一流という範疇に属する大学の教員をしていて,研究者としては,その分野では,最先端のことをやっているらしい.専門のことはよくわからないが,地震が起こるとテレビや新聞でよく名前を見るので,***.
じゃあ,仕事ばっかりしてるかというと,そういうわけでもなく,仕事以外にもピアノとかバドミントンとかスキーとかを趣味と言うには,***.人間的には,(一度人生に絶望して人が変わった?後のここ10数年の間に直接会って話したことがあれば)***.いろいろ思い悩んでいて人間くさいところもあり,でも,そういうことまで含めて人生を楽しんでいるように見える.
というような感じでしょうか.こういうことを自分で書くのはめっちゃ恥ずかしいというか,ほんとはこんなことは自分で書くべきじゃないし,書きたくもなかったのですが(やっぱり,包み隠さなさ過ぎ?)話を進めるためにいろんな人から言われることも参考にして敢えて相当頑張って書きました(でもやっぱりほとんど伏せ字にしてしまいました.何を書いていたかは,多分,このサイトを読んでくださってる方が私のことをだいたいそう思ってるんだろうな,というようなことです).そして,思ったのは...このサイトを読んで,私がこういう人間だと思われているとしたら...ほんとにそうなのか?ということです.
もちろん,実際,どう思われているのかはわかりませんが,もし,上で書いたことがほんとだとすると...正直,違うと思います.そう,私って別にそういう人間じゃないんですよ(こんなに頑張って書いたのに全否定).怠け者だし,かなり適当でいい加減な奴なんです.
このサイトに書いてることに嘘はないですが,このサイトに書けないことも沢山あります.ですから,もしご興味があれば,是非直接お確かめください(^^;.実際,直接会うと予想と全然違うと言う人も中にはいらっしゃいます.
でもじゃあどういう人なの?と言われると...よくわかりません.そうよくわからないのです(そういうことは何度か書いてきましたよね).
最近感じるのは,例えば,私が人前とかで何かしゃべっているとき,しゃべっている私が,自分から乖離して,私でない誰かが格好良く?しゃべってるようなみょーな感覚です.これが自分なんだろうか? 自分でないとしたら誰?
あと感じるのは,もしこれがほんとの自分でないとしたら「こういう状況」の危うさというか,「こういう状況」を全て壊してしまって,全て放りだして,本来のあるべき自分になりたいというか,何かそうなる予感というようなことです.でも,本来のあるべき自分というのはわからない.だから,このまま,ある意味,ずるずる行ってしまうのかもしれないし,それでいいのかもしれない.
と,また?みょーなカミングアウトをしてしまったような気もしないでもないですが,だからどうこうするということはなさそうです.だって,じゃあどうする,というのがわからないからです.でもずっとこのまま行くとも思えない.ただ,思うのは,自分から何か「仕掛ける」ことはもうなさそうです.つまり,他人というか,世の中というか,状況次第ということでしょうか.「その気」になるのかどうか,あるいは,自然の流れに身を任せるということですかね.なんかしょぼいなー.こんなんでいいんでしょうか?
-----------------------------------
好きこそものの上手なれ,と言いますよね.別に上手でなくても,好きなことがあればもうそれだけでハッピーでしょう.私は自分がどういう人間なのか,自分探しをしたらいい,と書いてきましたが,それは,自分がどういう人間か,何が好きか,何が得意かを見つけることによって,例えば,それを仕事にすることで,多くの時間を気分よく過ごせるようになる,つまり,よりよく,より気分よく人生を生きていけるように,ということです.
でも,その好きなことや得意なことがなかなか見つからず,苦しんでいる人が多いのも事実です.そもそも,何かを好きになるメカニズムって何でしょうか? 扁桃体で生まれつき決まってるもの? あるいは,後天的に決まってくるもの?
最近,お,と思ったこととしては,卒研配属で話をききにきてくれた女子学生が「コンクリートが好き」と言っていたことです.全く見かけに寄らずガテン系?のコンクリートが好きというのもポイントが高いですし,彼女の同じ学類の友人には,「土が好き」という女子学生もいて,彼女は,土質系の研究室に行ったそうです.今時の言葉で言えばコンクリガール,土ガール(^^;?ですかね.女の子だと「そういう風に」刷り込まれることが多くて,そういう中で,全く正反対のものが好きだと発見できたことは,すごいことで,もうそれだけで彼女達は,ほかの人よりいい人生を歩んでいけると思います.
ただ,注意を要するのは,これは私の経験ですが,何が好きかは,変化するということです.例えば,私は,人生とか世の中とか政治とか経済とか文章を書くこととか,そういうことは,30くらいまではあまり興味もなかったですし,好きでもなんでもありませんでした.でも今では...ですから,そういう興味に合わせて,やることも変えて行けたらとも思うのですが,話はそう単純でもありません.やることをそんなころころ変えていたのでは,大したことはできないからです.
じゃあ,どのくらいやればいいの?ということですが,これも私の中の感覚ですが,10年くらいですかねー.東大におられた秋山先生もそんなことを(10年ごとに研究テーマを変えると)言われてました.だとすると,私ももうそろそろですかね.でももちろん,その前に,今やってることにそれなりに区切りをつけることは必要です.
-----------------------------------
最近よくバース・デーとかで,戦力外となってクビになったプロ野球選手を取り上げています.この不況のご時世で,華やかなプロ野球の世界でもリストラされる人もいるんですよ,と不幸な人を見せて,相対的に幸せになってもらおうという意図でしょうか.でも,紹介してる人の中にはドラフトの上位で指名された人もいますし,そもそも,夢のまた夢であるプロ野球選手になれたわけですから,会社をリストラになった人とはわけが違うでしょう.
でも,幸不幸は相対的なものですから,夢を叶えたという幸福からのギャップはそれだけ激しいのはそうでしょう.ただ,思うのは,戦力外と言われたときは目の前が真っ暗になったとか,これからどうやって家族を養っていくのかとかほんと悲壮感が漂っていて,なんか勘違いしてるんじゃない?とも思えることです.ずっと野球をやっていけると思っていたとか,自分がこういうことになるとは思いもしなかったとみんな口を揃えて言うのです.
もちろん,熾烈な競争社会で,その競争に負けるということを想定した行動をとることは難しいかもしれませんが,あまりにも計算できなさすぎじゃないですか? 実際,プロ野球選手の平均活動年数は10年,平均引退年齢は29で,アンケート調査によると7割もの選手が将来に不安をもってるそうです.だったら,若くして大金を手にしても外車なんか乗り回してないでちゃんと計算しましょう.給料が高くなってるのは,活動年齢が短いことも勘案されてのことですし,今の日本では,一度にたくさん稼ぐといっぱい税金でもってかれる仕組みにもなっています.
-----------------------------------
卓球で王子サーブってありますよね.ボールを高く投げ上げ,ボールに縦回転を与えて,不規則な変化をさせるというものです.F原さんも使い手のようで,これを開発?した人のところには,教えを乞う人が絶えないそうです.でもどうですか? そんなんして勝ってもつまんなくないですか?
要は,卓球の面白さってなんだ?ということです.私が思うに,やっぱり,ラリーの中でコースや緩急の変化をつけたりそれを読んだり,目にもとまらぬものすごいスピードでのラリーの応酬,あるいは,カットでとってとってとりまくるというようなことなんじゃないですか? どんなに強くてもサーブ一本で終わってしまったらやっぱつまんないでしょう.
バドミントンでもシャトルに縦回転を与えてコルクではなく羽をインパクトさせてとれなくするということが行われていたことがありました.でも,そんなのはバドミントンでもなんでもないので,すぐ禁止になったと思います.
とにかく勝つことが目的ならそうなるのでしょうが.何のためにスポーツがこの世に存在するのかを考えれば,それでは意味がないことは明らかで,サーブ一本で終わったら見てる人もつまらないですし,勝つことなんかより競技を楽しむことの方が大事でしょう.
-----------------------------------
昨日のアジアカップ準々決勝のカタール戦はすごかったですね.いや,正確にはすごかったらしいですね,ということでしょうか.昨日は,練習日だったので,もちろん,練習に行きました(スポーツは観るものではなくするものなので).帰ってきたときは,後半が始まったところで1-1でした.練習から帰ったところなので,シャワーを浴びたいところですが,ちょっと観ていました.と,そこで,DFの吉田がイエロー2枚で退場になり,与えたフリーキックで失点.つまり,地元カタールという完全アウェイの中で1-2とリードされて一人少ない10人となってしまったわけです.
で,私がどうしたかというと,シャワーを浴びました(^^;.別にあきらめたわけじゃないけど,厳しいな,負けたかなとは思いました.そして,お風呂から上がってくると3-2と逆転してました.すごいじゃないですか.こういう状況で誰一人あきらめなかったということらしいです.何年か前,中国でのアジアカップで,今回と同じように,いや,ある意味,今回以上の超アウェイでの中澤のヘッドでロスタイムに追いついた試合やPK戦での川口の神がかり的なスーパーセーブで大逆転したときのことを思い出しました.
とまあ,別にこれだけの話なんですが,というか,これだけでどうこういうことはないと思うのですが,なんか最近,あきらめがいい?んですよ.まあいいや,みたいな.どこかで書きましたが,なんかいろんな意味で「あきらめ」始めてるんですかね?
-----------------------------------
ここで書いたことですが,私という人間がよくわからないから知りたい,ということではありません.というか,ということに気がつきました.本来ない(必要ない)夢や目標をを探し続けた30代は苦しかったと書きましたが,ないものはいくら探しても見つからない,ということかもしれません.だとしたら経験が生きてるってことですかね?
要は,私が何かするとして,それが「私が」何かしている,という感覚がなくなってきたということです.喩えて言うと,誰かが私を使って何かしてる,という感じでしょうか.30を過ぎて自分のためにはもう頑張れなくなったと書きましたが,誰かが何かをしているのなら,頑張るも何もありませんよね.
去年の今頃,とにかくやるべきことを淡々とやっている,というみょー?な状態が続いたことがあったのですが,それもこういうことなのかもしれません.要は,私がどういう人間かとか,私が何をするのかとか,そういうことはどーでもいいことで,というか,「私」というものがそもそもなければ,そういうものは存在しないわけで,自分のことをわかるとか知るとか,何かをあきらめるとかあきらめないとかいうこともそもそもないわけです.ひょっとしてこういうのを無我の境地って言うんですかね(^^;?
つまり,何度も書いているように,自然の流れに従って,なるようになっていく,もし,今の状況が壊れるのならそれも自然の流れだし,ずるずる今のまま行くのもまた同じということです.
-----------------------------------
昨日の情熱大陸(久々の登場(^^;)の道尾秀介さんの回はちょっと刺激になりました.桜庭一樹さんのときもそうだったのですが,小説家という完全?自由業で,なぜあれほど自分を律してきちんきちんと規則正しく仕事することができるんですかねー.大学の教員も自由業ではないですが,サラリーマンの中ではかなり時間に融通はきく方で,少なくとも私の場合は,あれほどきちんきちんとはできないです.
もちろん,そうするために,家の中で仕事をするスペースとそれ以外をはっきり分けたりとか(中には家とは別に仕事するための部屋をわざわざ借りる人もいますよね),自分の中で「勤務時間」を設定したりとか様々な工夫や苦労をしていると思うのですが,私の場合,そもそも,時間に融通がきくから今の「職業」を選んだということもありますから,「時間で」区切ることは敢えてしていませんし,研究室もそういう風に運用しています.
でももちろん,成果を出すことは重要ですから,その辺のところの創意工夫はいろいろしています(具体的にどうしてるかは秘密(^^;).研究室の学生達にも研究室にいる間だけでも,そういう創意工夫をしてもらいたいと思って,そうしているということもあります.だって,やりたいときにがんがんやった方が効率いいし,楽しいじゃないですか(でも結局,追い込まれないとやらないだけ?).
いや,やりたいときなんてそんなないから...だったら,やりたいことを仕事にすればいいじゃん,というのが,1つの答えですが,それでも,気乗りしないことも多いでしょう.そういうときにどうするのかが創意工夫なわけです.きちんきちんと規則正しくやるというのも1つの答えです.そういう意味で,刺激になったということです.
-----------------------------------
もうすっかり主たる通信手段になったメールですが(私の場合は携帯は不携帯なので連絡手段の99%がPCメール),結構,落とし穴があると思っています.まずは,これは当初から言われていたことですが,「書き言葉」なので,表現が(人によっては)きつくなってしまって,トラブルになることがあるということですかね.これはもう大分皆さんこなれてきたようですが,実はまだ結構あるんじゃないかという気がします.まあこれは,プレゼンと同じで,ちゃんと読む人の立場に立って書いてるか,ということに尽きるんですけどね.
後はタイムラグがあって,言葉足らずとか,ちゃんと読まない人もいて(これは結構多い)誤解があったりしてもすぐその場で「いやいやそうじゃなくて」と修正できないので,これもトラブルとなることがあります.でもこれらはまあ「メールはそういうもん」ということでしょう.
後は,「ちゃんと届いたかどうかわからない」ということです.これも当初から言われていたことですなんですが(でも,郵便でも書留とかにしなければそうですよね),これに関して,最近また新たな問題に気づきました.というのは,メールを出しても返事をしても全く反応がない人が時々いるんですよ.私的には,そんな非常識な人は,もうさっさと「向こう側」に行ってもらって,私の中からは「いなくなって」もらえばそれでいいのですが,なんか変な気もしてきました.
いつかこんなことがありました.大学の事務から問い合わせが来て返事をしたのですが,何度もメールで催促が来るのです.送りましたと「メールで」返事するのですがまた来ます.とうとう電話がかかってきました.で,送ったと言ったのですが,届いてないと言うのです.いろいろ調べてもらうと...何と迷惑メールに振り分けられていたそうです.なんでそんなことに...
詳しくきかなかったのでこれは予想ですが,おそらくパソコンかシステムを新しいものにして迷惑メールのフィルタが自動設定されたんだと思います.フィルタの中身は不明ですが,迷惑メールは,大学のサーバを使ったものも多いらしく,なんとアドレスに「.ac」が付くと迷惑メールと判断するフィルタもあるそうです.私のアドレスにはもちろん「.ac」がついています.携帯とかフリーメールとかプロバイダ系だとそういうことが時々あるみたいです.
で,どうしたもんかとも思ったんですが,どうしようもないですね.私のアドレスから送る限りは「絶対に」届かないので「フィルタチェックしてください」と連絡することもできないのですから.もちろん,違うアドレスを使って,送り直すという手もあるのですが,ちゃんと届いているのに先方が無視してるだけかもしれませんし,そもそも面倒です.
そう,そういうことが最近結構「どうでもいい(^^;」んですよ.昔だったら,もしそういうことが原因で人間関係が壊れたら嫌だし,先方は「私が」返事もしなくて非常識だと思ってるでしょうし,そう思われるのは心外だと思ったでしょうが,最近は,まあそれはそれで仕方ないかな,というか,その人とはもうつき合うなと神様が教えてくれてる(137億年前から決まってる)のでしょうからそれに従いますという感じです(^^;.何度か書きましたが,私は人間関係は,広いほどいいとは全然思ってません.
ちなみに,私はどんな方からもメールをいただいたら,必ず返事を出しています(忙しいときは時間がかかることはあるが).もし,私からに限らず,返事が来ないことがあるのでしたら,迷惑メールのフィルタを一度チェックされることをお勧めします.
-----------------------------------
研究なんかをしているといろんなことが前提になっていることに気づかされます.そもそも,研究とか論文自体,こういうことを仮定したらこういうことになるという論理構築ですからね.そういう風に考えて行くと,全ては前提の上に成り立っていることがわかります.
例えば,もう異論を挟む人はほとんどいないと思われる宇宙はビッグバンから始まったというのも,観測したら星が全て遠ざかっているという観測事実から逆算してのことです.つまり,「時間という概念」が前提になっているのですが,そもそも時間は人間が考えた概念です.ですから,全てのものには始まりがあると同時に終わりがあるというのも同じです.
そういう風に考えてくると,前提とか当たり前と思われていること全てが怪しく思えてきます.例えば,全てのものは光速より速く移動できないというのもそうですね(覆すこともできないが).何が言いたいかというと,コペルニクスの地動説より前は,最先端の科学者も含めてほとんどの人は,天動説を信じてたわけで,そういうことがあるかもしれない,要は単に人類が(まだ)無知なだけかもしれない,ということです.
そう考えるともう何でもありです.宇宙には始まりも終わりもない,つまり,永遠(というのも時間的概念だが)で,つまり,時間が次元的に「永遠に」ぐるぐる回るのかもしれませんし,人間も人類も永遠に存続を続けることができるのかもしれません.それはおかしいというのが私の哲学ですし,「プログラム」がそうなってない,ということは書きましたが,プログラムですから書き換えることもできるわけです.
でも何でもありということは,何にもなしということで(^^;,何の根拠もないのにそうだと言うことはできないわけで.現状で客観的事実(これも考え出すとかなり怪しいが)をもとに論理構築できること以外は真実ではないということになります.
-----------------------------------
先日,ガーラ湯沢スキー場がオープン20周年で(20年経ったんですねー.ガーラのことを初めて耳にしたのは,私がまだ青山・小谷研究室の学生だった頃,1つ下のフロアの研究室のY田君(現東工大)や助手のM井さん(現建研)とよくいっしょにスキーに行きましたが,M井さんが「なんかJRが新幹線の線路を越後湯沢から引き込んで駅直結のスキー場作るみたいだよ」と言ってたときです.あれからもう20年以上経ったんですねー)「大きく変わりました」ということで,行ってきました(予報では雪でも午前中は,晴れていい天気↓.以下,写真はゲレンデが明るすぎて(携帯付きの)デジカメの液晶画面が全く見えないので構図は勘で...(^^;).


結論から言うと「大きく変わった」と言えるでしょうね.まず,ずっと閉鎖になっていた南エリアが再オープンということで,行ってみたんですが,連絡コースではなく,260万ダラー(コースの名前.でも,ハンターといい,コースになんで(どっちもなぜかニューヨーク絡みという)わけのわからんカタカナの名前を付けるんですかねー.この手の命名で定着した例を私は1つも知りません)という頂上から南エリアに直接繋がるコースが開いていました(入口の様子↓).

このコースは,南エリアがやってたときからほとんど閉まってて,私の記憶では滑ったのはたった1回だけでした.南エリアは非圧雪のボコボコのコブコブというのが売りなんですが,その通り(^^;でした↓

でも,以前は手が付けられないくらいのほんとオフピステだったのですが,今日滑った感じだとそうでもなかったです.ていうか,ちょうどいい感じで(単に上手くなっただけかもしれませんが),結構面白くて,しばらく南エリアを滑ってました.もちろん,オフピステではなくしっかり圧雪されたコースもあります(イライザというコース↑).
で,連絡コースで中央エリアに戻ってくるんですが,接続の悪さ(要は「漕ぐ」)のは,以前と全く同じでしたね.ボーダーなんか大変なんじゃないですかね.クラウチングで直滑れば何とか漕がずにすみますが,人がうじゃうじゃいたらそうも行かないでしょーねー.
で,北エリアに移動し,いよいよ?下山コースを降りてみます.これについては,何年か前から話は出ていて,ここでも何度か書きましたが,ガーラって強風になるとゴンドラがすぐ止まって,帰りはゴンドラで降りないといけないので,なんとスキー客がスキー場に取り残されて一夜を明かした,なんていう「事件」が起こってるんですよ.で,いざとなったら滑って降りれるコースが必要,ということで作られたというのもあると思うんですが,そりゃー,ゴンドラで降りるより滑って降りる方がいいですよね.でも,単なる「下山」のためのコースなのか,どうなのか,ということがあるわけです.
結論から言うと,思った以上にちゃんとしてて,充分楽しめると思います.ただ,びっくりしたのは,下山するのに(^^;,入口がリフト一本登るんですよ(なんか野沢のスカイラインみたい)↓

でも,これだと終了間際はリフトが混むのでは...で,入口はこんな感じで↓

入ると林間コースみたいに狭いんですが,すぐ広くなって,下までずっと中回りができるくらいの広さの斜面が続いていました.斜度もそこそこあって,(例えば,野沢の)林間コースというのとは全然違います.湯沢高原の下山コースより全然いいです.横幅も野沢のスカイラインより広いと思います.
コースからゴンドラが見えるというこれまでのガーラではありえない風景(曇ってきた)↓

ただ,やっぱ下山コースなんで,下の方になると,滑っては,カクッと曲がり,滑っては,カクッと曲がりとなるのは致し方ないですかね.
2.5kmということなのですが,ノンストップだと5分くらいで到着します↓

なぜだか理由はわからないのですが,他のコースに比べて雪が硬い感じがしました(ハンターみたいな感じ).でも,硬くてちょうどいいくらいです.
到着するのは,新幹線の駅がある建物(これもわけわかんないカタカナの名前が付いてる)の南側の入口でした↓

ここから入ってゴンドラ乗り場までぐるっと回っていかないといけないので,できれば,ゴンドラ乗り場に直結できるようにもして欲しかったですねー.
下山コースは,結局,帰るときも含めて3回降りました(つまり,ゴンドラに3回乗ったということ).終了間際の帰るときのリフトはというと,いつもはガラガラのリフトがこんな感じで全席埋まってる感じでしたが(もう雪)↓

リフト待ちがあるというほどのことはありませんでした.ただ,注意を要するのは,このリフトが止まる前に北エリアが「閉まる」ので,それまでに北エリアに移動しておかないといけないということです.
下山コースは,午前に1回降りたときはガラガラで,終了間際は混むかと思いましたが,そうでもなかったです.ただ,まだあんまり認知されてないということはあるでしょうね(1日中,日本語と英語と中国語と朝鮮語で下山コースの案内が延々と放送されて,うっとーしかった.ただ,女の人の朝鮮語ってなぜだかほっとすることに気がつきました.もしかしたら遠い祖先は朝鮮人(^^;?).
ということで,これまではガーラで1日過ごすのは厳しくて,連絡している石打丸山に行ってたのですが,中央→南→北→下山と2時間くらいのサイクルで2,3回回せば,何とか1日もちそうです.
-----------------------------------
卒研配属のその後ですが,2回目の配属が行われ,何人かから来たいという問い合わせがあって,無事,定員の2名が配属となりました(1回目の調査で3人以上の希望者がある場合のみ3名配属できるので定員は原則2名.でも学生対教員比がこれだけ高い大学もそうそうない?).やっぱり一人だと学生にとってどうかなとは思っていたのでほっとしました.でも,研究室始まって以来,初めて「第2志望」での配属学生が誕生?することになりました.でも,だからどうとか,区別するとかいうことはもちろんありません.
でもどうなんですかね? 研究室にとってというよりは,学生自身にとっては,もちろん第一志望に行けたらいいんでしょうけど,「いつも第一志望で思い通り」という人生を送る人がいったいどのくらいいるのでしょうか? そういう意味では,学生にとって,そういうことを経験するのは,悪いことばかりではないと思います.というか,むしろ,そういうことで人生が開けたりするものです.
-----------------------------------
死後の世界ってあると思いますか? 科学的に説明できないものはないとすれば当然ないことになります.私も科学者の端くれ?ですから,当然ないと思っています.でもあると思っている人もかなりいるわけですよね.少なくとも,多くの宗教は,そういうことが前提になっています.というか,死に対する恐怖を死後の世界があるということで和らげるということで,これらの宗教が広まったとも言えるでしょう.これもどこかで書きましたが,「未来がある」と思えるかどうかはやはり大きくて,でも,死後の世界がないとすれば,「未来はない」ことになります.
問題?は,死後の世界があるかどうかですが,これは確かめようがありません.なぜなら,死んだら確かめられないからです.一度死んで生き返って死後の世界があったという人がいたとしても,生き返ったら死んでなかったとも言えます.なんかまた禅問答のようになってきましたが,この問題?の本質はここにあります.科学的にあるとは証明できませんが,ないとも証明できないのです.というか,科学的に,ではなく,あらゆるを手段を使っても,です.繰り返しになりますが,死んだら確かめられないからです.
死んだら確かめられないとしても死んだ人とコミュニケーションをとれればわかる,死んだ人とコミュニケーションをとれたと言い張る人もいるようですが,そんなことは,証明できないでしょうし,逆に,証明できないからと言って,死後の世界がないとまで結論づけることもできません.
ですから,結局,「信じるか信じないか」ということでしょう.でも,信じた方が気分よく生きていけるのなら信じたもん勝ちというところはあります.だって,実際に死んだときに,死後の世界がなかったとしても,それは,上述のように確かめようがないわけで,「死後の世界があるって信じてたのに実際はなかった.嘘つきー!」とは,絶対にならない,なぜなら,死後の世界がなければ,死んだらそう思うことも文句を言うこともできないわけです.うまい「からくり」になってますねー.
じゃあ,死後の世界はないとしたらどうでしょう? 死ぬのが怖いですか? もちろん「死に方」の問題はありますが,「死」そのものは,死ねば,考える主体,つまり,自分自身がなくなるわけですから,死後の世界があるのか確かめようがないのと同様に,怖いと思う主体もなくなるわけで,怖いもへったくれも本来的にないわけです.私が死ぬこと自体は怖いと思わなくなったということを何度か書いてきましたが,こういうこともあるわけです.
ですから,死後の世界を信じようが信じまいが,結局,さほど大きな違いはないのでしょう.上で未来があると思えるかどうかが大きいと書きましたが,逆に未来が永遠に続くのはしんどいということもあります.そして,そう思うようになるようにプログラムされているから「大丈夫」ということも書きました.要は,体だけではなく精神(脳)も50年くらい,かなりの安全率?を見込んでも,せいぜい100年くらいが耐用年限ということで設計されているということでしょう.
-----------------------------------
宇宙人はいるのか?シリーズ?の続きですが,宇宙から見て地球というか人類ってどのくらいのもんなんでしょうか? (人類の一構成員である私から見れば)確かに奇跡に近いとは思うのですが,実はてんで大したことはなくて,宇宙のどこかの生命体(宇宙人とは敢えて言わない)が光速以上では移動できないというような現在の人類のもつ物理を遙かに超える英知や文明を有していて,地球を発見したとしても,人間がアメーバや動物に対してコミュニケーションをとれないと思うように,人類の知能が低すぎてコミュニケーションがとれないと思ったら,(おそらく他にもそういう星を沢山発見してるでしょうから)別段興味ももたれず放置されている,なんてことはないんですかね?
-----------------------------------
アジアカップ優勝しましたね.決勝のオーストラリア戦は,一応ずっと見てました(準決の韓国戦は延長に入ったところで寝た(^^;).でも,決定的な場面はかなりあって,よく0点に抑えたなという感じです.サッカーっていろんなスポーツの中で最もロースコアのスポーツに属すると思うんですけど,これは,番狂わせも多く,ほんのちょっとしたことで勝敗が入れ替わってしまうということで,そういう中で,まさに薄氷を踏むような試合の連続で優勝まで来られたのは大したもんだと思います.
サッカーは,「人生の縮図」のようなスポーツ,そういうことも,これだけ世界的に人気が広がった理由の1つだろう,ということも既に書きました.それは確かにそうなんですが,再三書いているように,99%が不幸なよりも,何でも楽しんで,幸な時間が多くした方がいいと思ってます.ここで書いていることもそういうことです.
前回は戦争の混乱の中でイラクが優勝して,その前は,中国での超アウェイの中での日本の優勝でしたから,2大会ぶりの優勝ですが,決勝の中国戦は,全日本教職員で島根入りしていて,大橋君とかと見てましたから,つくばに来て2年目で2004年ですね.でも,アジアカップはワールドカップの間の4年ごとの開催なので計算が合わない...
で,調べてみたんですが,なぜか,前回大会から1年繰り上がって,WCの翌年開催になってますね.理由はよくわかりませんが,やっぱWC予選絡みということでしょうかね.
-----------------------------------
1mmのマス目がはいったグラフ用紙ってありますよね.1日経つとその1マスを塗りつぶしていくとすると,人生80年として,A4で何枚くらいになると思います?(計算しちゃだめですよ.直感で)この質問を何人かの人にしてみたのですが,5枚とか10枚というような答えが多かったですかね.答えは...
なんとA4半分くらいです.1年365日なので,計算すると80年で365×80=29200(mm2)で,A4が210mm×297mm=62370(mm2)ですからね.びっくりじゃないですか? これは,日本地震工学会の今月号の会誌に元東北大の和泉先生が寄せられた原稿に書いてあったことで,私は編集をしているので,原稿を読ませていただいたのは,もう1ヶ月以上前でしたが(もう会誌は発送されたと思うので,ようやく?ここで書いています),ある意味,衝撃でしたね.人生は短い.
-----------------------------------
禁断?のトイレ・排泄ネタ(^^;第*段です.もうかなり普及した感のあるウォシュレット(普通名詞的には「温水洗浄便座」)ですが,使ってる人はどのくらいいらっしゃるのでしょうか? 私は当初はあまり好きじゃなかったのですが,一度使うとやっぱりちゃんと洗う方が気持ちいいですから,基本的に使うようにしています.でも,何かのアンケート調査によると家では使うが会社や公衆トイレなどでは使わないという人が半数くらいいるそうです.理由は不衛生だからということらしいです.でも不衛生って...?
多くの人は何となく不衛生ということらしいですが,よく考えてみると,ノズルから噴射した水が「そこ」に当たった後ノズルにかかるということは考えられます.肛門は粘膜ですから,もしそういうことがあれば,不衛生という以上に大問題ですよね.これは,実は,当然のことながら開発当初の最大の問題で,検討に検討を重ねられ,噴射角度43度と決まっているそうで,この角度なら噴射した水がほぼ真下に落ちるので,ノズルにかかることはないということらしいです.
これは,噴射角度だけでなく,ノズルと肛門の距離にも関係するのですが,少なくとも噴射した温水がノズルにかかることはないらしいです(実際,温水はかなりの「距離」を飛ぶので噴射した温水がノズルにかかることはなさそう).でも,そうは言われてもやっぱり気になる人もいるわけですよね.どうしましょうか? 携帯用のものもあるようなので,マイウォシュレット(^^;もち歩きます?

私はどうしているかというと,とりあえずまず,肛門以外のところに「当て」ます(^^;.尾てい骨あたりですかね.ここなら粘膜ではないので,万が一ノズルに何かが付着していてそれが飛んできて当たっても大したことはありませんし,そして,そういうことがあっても,その段階で洗い流されるわけです.
-----------------------------------
先々週あたり,1995年兵庫県南部地震から16年ということで,いろんな特集番組がメディアで放送されていたのですが,その中で,とある自治体の方が,震災当時困ったこととして,とにかくどこで大きな被害が生じているのかわからなくてどうしようもなかった,それが最大の問題だった,と言われていました.それを受けて,地震が発生したらすばやく調査に出る,そして,住民の方々にも協力していただいて情報収集するようにした,とのことでした.でも,自治体職員の数はどんどん減ってますし,住民同士の繋がりもなくなってきてる状況でうまく行きますかね? どんなに頑張っても一日か数日はかかるのでは?(倒壊した建物の下敷きになっている人を助け出すのには72時間がリミットです)
何度か書きましたが,地震発生直後,かなりの精度と密度で被害が大きいところを人工衛星などを使わずに地震波形から30分くらいで計算できる技術を既に私の研究室ではもっています.システム自体も暫定版ですが,既に運用しています.地震が起こると被害調査に行くのですが,被害があるのかないのか,あるとしたらどこかは,被害調査に行く前にわかってしまいますので,調査というより確認に行くようなものです(もちろん,ただ確認に行くのではなく,現場に行って定量的なデータを集めるのが目的).
ということで(というわけでもないが,1つのきっかけとなって),研究室のホームページの取り組んでいる研究テーマのところを地震被害推定システムの開発ということで,リニューアルしました.ついでに,その枠組みの中で,筑波大に来て取り組んで来たテーマや成果を盛り込んでみました.なんか,これまでやってきたこと,今取り組んでいること,これからやるべきことが整理されたような感じでちょっとすっきりしました.
-----------------------------------
先日,同い年の友人とのメールのやりとりで,突然「周りにお相手探してる独身男性いない?」とか言うんで,「そりゃーいっぱいいるけど,なんで?」みたいになって,最初は,お相手探してる人がいるのかなと思ったんですが,まさかお相手探してる人って...ご本人? !%#&*@§☆★%#&*@§☆★!!
もうびっくりしてしまいました.彼女は,経済的にはもちろん,いろんな意味でちゃんと自立してる人だし(あんまり詳しく書くと読む人が読めば誰かわかるのでここまで.「ご本人」は多分読んでないと思うけど,読んで「削除!」と思ったら「削除!」って連絡ください),今更,結婚なんて「形態」に拘らなくてもと思ったのですが,彼女が言うには,ちゃんと一対一で真剣に愛し合いたい,ということでした.納得.
よくわかります.そうなんです.そういうことなんだと思います.
-----------------------------------
孤独死したいと書いてきました.その気持ちに変わりはありません.でも,大分前,多分,まだ学生時代のことをちょっと思い出しました.そのとき,多分,飲んで話してて,「60過ぎて仕事もリタイヤして,ある日,目が覚めたらアパートで一人暮らしだったらどう?」ってなりました.今はもちろん「全然OK」なんですが,今でもはっきり憶えているのは,そのときは「そんなの寂しい!絶対嫌だ」って思ったんですよ.
まだ若くて考えが浅かったということでしょうか? ただ言えるのは,気持ちは変化するということです.つまり,今はOKと思っていても,20年経ったら,OKでなくなるかもしれないですね.そうなったら目も当てられない気もしますが,だから,そういうことも想定して今のうちから何かしとこう,とは,思わないか.そういうことで,そういう行動をとるもんじゃないですからね.
-----------------------------------
このサイトで何度か書いている「猛暑ならどか雪の法則」ですが,まさに法則通りと言うか,ちょっとはまり過ぎですよね.ガーラ湯沢の積雪量を見たら何ともう380cmになってました.もちろん,ゲレンデはそんなことはなくて,これはある測定点の値ですが,4m近くですから尋常ではないです.
でも,これも「人間の尺度」での話でしょうね.観測史上最大とか最高とか言ってもせいぜい100年くらいの話ですからね.長いスパンでの地球の気候変動から見れば,充分に変動の範囲内ということかもしれません.
-----------------------------------
久しぶり?の「歳をとる」ネタです.いきなりですが,そもそも歳をとると要は何が衰えるのでしょうか? お肌(^^;? 体力? 脳力?
まあ,いろいろあるでしょうし,体力と言ってもいろいろあると思います.じゃあ,体力の何かって考えてみると,確かに疲れやすくなってるとは思うのですが,パワーとかは,(私の場合はまだ)そんなに衰えた感じはしません.
そうやってつらつら考えてみると,柔軟性が結構重要なんじゃないか,という気がしてきました.実際,お年寄りを見ると,最も顕著に感じるのが柔軟性の欠如ですよね.スポーツ,特に球技ではそうで,スマッシュ速くしたかったら,速い球投げたかったら,ドライバー飛ばすんだったら,筋トレするより,柔軟性高めた方が効果があるような気がします.実際,筋肉もりもりだと速いスマッシュ打てるかというと違いますよね.
実は,最近,筑波大バドミントン部出身で実業団でプレーしているある選手のプレーを久しぶりに見たのですが,最近,ちょっと結果が出てない感じなのですが,僅かですが,柔軟性が以前ほどじゃなくなった感じがしました.
じゃあ,どうしたらいいかですが,やっぱり,ストレッチですかねー.そう言えば,去年,大ブレークして沢村賞まで獲ったマエケンも,何とか野球教室で子供にどうしたらいいですか?ってきかれて,ストレッチって即答してましたね.
ストレッチって実はそんなに歴史はなくて,私がバドミントンを始めた頃,つまり,1980年くらいから広く行われるようになったものです.これはどういうことかと言うと,ストレッチをすることによって,体の衰えを防止した老人はまだいないということです.やる価値あるかもしれませんねー.
でも,ストレッチってとても地味だし,老化に関しては,衰えを防止するものなので,なかなか目に見えて効果があるわけでもないですし,モチベーションをもって続けられるかですね.日常生活の中にルーティンとして,入れられればいいとは思うんですけど.
次の月へ